KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

お人形さん抱いて

1d980001.jpg

昔むかし見て、もう一度見たい、と願っていた一枚の写真。

今上さん。

美智子さん。

抱いておられるのは、礼宮さまだと。

しかし。

お人形です、この[礼宮さま]。

けっこうな大きさの、お人形です。

何なのでしょう、この写真。大真面目に撮られておられます。

再びまみえて、背筋がぞわっとしてしまいました。

私にはわからない。

どなたか教えて下さいな。

理解の外です。



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コメント

木偶の棒を抱いて

場所も分からず、何のためのご旅行かもわからないので、すべて想像ですが、

柔らかい持ち重りをした赤ん坊のお尻が感じられない写真はまさしく木偶の坊人形ですね。

国民から違和感の声が起こらなかったのが不思議です。

私の感覚では「礼宮さまは美智子さんの子ではありません」

葡萄子の処置をしたときに子宮も摘出したのではと思います。

礼宮さまも紀宮さまもみて子は産んでいません。

そうでないと、虐待に近い紀宮さまへの仕打ち、礼宮さまへの産児制限が理解できません。

真の母親ではないからです。

それを考えたときに、礼宮さまを産みの母から受け取るのに、時間のラグがあったのではないかしら?

そのため、偽物で国民を欺いたのかも。

今に至る皇室の偽物騒動を思う時、美智子さんは清廉潔白で高貴な精神を宿していない人だったと腑に落ちるのです。

勝手な推察なので噴飯物でごめんなさい。

勘違い?

>葡萄子の処置をしたときに子宮も摘出したのではと思います。

美智子さんは、50代?のころ子宮筋腫のため、摘出手術をされたと
思いますが。退院の時の、陛下と抱擁の写真を時々みます。
私の勘違いでしたら、申しわけありません。

KUONさま

おとめさまのご意見と同じです。秋篠宮(礼宮)はこの時の美智子が産んだ子ではない。
それは東京新聞S41年1月4日に掲載された川端康成の一文から推測出来るのです。

概略は、S40年8月に、礼宮を妊娠 推定6~7ケ月の美智子が浩宮と共に登山途中で、川端康成の軽井沢の別荘を突然来訪した。
この日は冷たい雨の降る日だったようで、川端氏の文中に「暖爐に薪をたいて…」とあります。

安定期とはいえ、妊婦が冷たい雨の日に登山はあり得ない。
皇太子(今上)が車で川端氏の別荘にお迎えに来た、ということは、家族団らん行事でもなかった。

推測ですが、美智子は自分が妊婦でないことを川端氏に知らしめ、彼のペンの力で暴いてほしかったのではないでしょうか?
これから生まれる子は、皇太子の愛人(側室)の子だと。

側室の子だから、翌年の夏の静養には見たくもない礼宮は連れて行きたくない。でも乳飲み子を置いて静養に行ったら非難される。
だから、人形を抱いて写真を撮らせ、一緒にいるように見せかけたのだと思います。

私の妄想です。

おとめさま、よしのさまに同意します。
これ見よがしのお二人の冷遇を、おかしいと思わないわけにはいきません。
紀宮誕生時の車の中の今上の顔がひどく不機嫌なのも変でしたし、
結婚50年の会見で、今上が、悲しいこと辛いことがあったのをよく耐えたとわざわざ言いました。いえ、あの人が言わせたのでしょう。
子宮筋腫で入院したというのは確かにありましたが、アリバイつくりではないでしょうか。
よしのさまの川端康成の話は初めて聞きました。なるほどと思います。
あんな人形をわざと抱くなんて、わけが無ければあり得ません。
あと、正田の母親は浩宮にしか土産を持ってこなかったと、どこかで読みました。
皇室はおかしなことだらけですね。

エアー抱っこ

もしかしたら、

あの妊娠の処置で摘出していなくても、
再度、妊娠できる子宮ではなくなっていたかもしれません。

それにしても、
不自然な抱き方。

礼宮様は比較的しっかりした体格の赤ちゃんだったとか…
重さが感じられない。

花束みたいな抱え方…
花束ぐらいの重さだったのか…😱

浩宮の時は、預かれる宝、とか詠んだのに、、、

新宮様への多くの人々の歓声を画像から想像してしまう。
そして、虚しくなる。

礼宮様が美智子さんの子供でないとしたら、これほど目出度いことはありません。
子供の身長は母親の遺伝子が影響するそうだとどこかのスレで読みました。
結婚当初の1号美智子さんはヒールを履いていても陛下より身長が低めでした。徳仁さんは小さいですね。
木偶人形抱く美智子さんは大きな方ですね。本当に菊のカーテンは奥が深いです。

追伸
礼宮様は大きな美智子さんの子供とも違うと思います。

再度お邪魔します
皆様がおっしゃるとおり、不可解極まりない写真ですね。
確かに人形でしょ。生身だったら、あんなに角棒みたいには
なりませんよ。尚更赤ん坊だったら、もっと柔らかさを感じます。
人形を抱くにしても、肌身に寄せるものではないでしょうか。
何を意味するのか本当に不思議、不思議な写真ですね。


子供に接する姿

一度秋篠宮は美智子さんの子供ではないと聞いた事がありました。その時は信じませんでしたが、池に放り込まれた事、紀宮様の幼い時の事、年頃になっても降稼させないで自分の付き人並みに扱われた事、結婚式の時の雅子のドレスかぶり皆母親の指図でしょうか?こんな人が皇室に入ってしまったのですね。それでは天皇も美智子さんには逆らうことはできませんね。皇統が秋篠宮様に繋がっていくことを祈るだけです。

不可解すぎて混乱中

これはどう見ても人形です。

しかし、ミチコさんにしては、シナを作っていない、というか、
大根女優のように突っ立ってるのが不思議です。
当時の皇太子殿下は、爆笑寸前の顔しているし。

本編撮影前のリハーサルでしょうか?

本物の赤ちゃんであるアーヤは眠ってしまったか、
盛大にぐずっていたかで、
撮影に使えないわ、と、代役登場でしょうか?

これは、流出してはいけない一枚だったのでしょうか?

こうやって、ポーズ付けて、リハーサルして撮影していますよ~、と。

メディアとの強い癒着を感じました。




箝口令

本家の奥様が第二子を胞状奇胎で流産の処置をした際に、もう妊娠できない体になった代わりに、奥様よりも家柄の良い身元の確かな女官がお相手となりお子様をもうけたこと。固く固く箝口令が敷かれていたのですが、事情に詳しい方がご高齢となり、認知症のためあれやこれやお話しになってしまわれて。そんな折りも折り、このお人形を抱いた写真が見つかってしまい、新宮様は長らく乳母(実母)にお預けでしたね、と暴露もされて。
正統な後継者は新宮様なのです。おじいさまが身をもってハッキリお示しでしたもの。お膝の上に乗せて、お側に置いて、こちらにお譲りになられると。

認めたくないでしょうが、人の口に戸は建てられません。ただ公には発表できないだけで、どんどん真実は拡散して行くものです。

真実は必ず暴かれるのです。

きく・かおるさまのお話は、うすうす想像しながらも衝撃です。

紀宮さまのお母様も礼宮さまのお母様なんでしようね。

昭和天皇は本当に礼宮さまを手元に置いて愛されました。昭和天皇の意志は国民にはちゃんと伝わっています。

思えば、魚もつかめない、動物も触れない浩宮徳仁と、動物を抱いている写真ひとつない美智子さんは、まさしく母子です。

動物嫌い魚嫌いの徳仁が昭和天皇の血ではないことはこの一点でも分かります。

また、妄想なのですが、

紀宮清子さまに対する仕打ちの酷さ愛のなさが今では分かる身には、

紀宮さま留学中にいなくなった紀州犬の千代は、動物嫌いの美智子さんの継子虐めの一つだと今は密かに確信しています。

情けないのは、明らかな異常の妻に対して何もしない天皇明仁ですね。

無能天皇の声もムべなるかなと思います。

もう驚きました~何気なく乳母を引いていたら記者の質問に先の陛下がコメントしているのがありました。大まかに紹介させていただきます。
記者 「皇太子御一家お子様皆さん両殿下の強いご希望でお手元で全部育てられたわけですが…」
先の陛下
「世間に伝わっていることが非常に間違って居ると思います。乳母を使ったのは一日で夜中に一回だけ…」

えぇぇ… ! 絶句 絶句でした。
思い返せば、先の天皇ご一家はどのお写真を見ても暖かい気が流れているように感じました。
今上帝は悪く言いたくないですがその様な気の流れが感じられません。
皇太子一家など尚更白け鳥が飛び回っています。
マスコミの何かの折りには必ず引用するあの言葉、嘘じゃんか!!です
礼宮様 乳母 で引きました
詳しくは各自確認して下さい

もっとよく聞いておけばよかったと今更後悔しても遅いのですが。
主人の母が主人の兄を生んだのがひろのみやさんと近い日にちでした。
その御縁で何かの園遊会的なものに義母が招かれました。
主人の家は長男ではないですが、皇室関係の親戚だったので。
ひとりでいた美智子さんに母が紹介されたそうです。
そういう時はやはりアウェイだったのでしょうね。
そしてお話ししたそうですが、「お産が大変だった」「もう生みたくないわ」
というようなことをおっしゃったそうです。
私などは、でも生んだじゃんと漠然と思ってその話は終わりましたが、なんかいろいろ
こちらを読ませていただいていると怖くなってきてしまいました。
義母も昨年亡くなりまして、もう話は聞けません。

はじめまして

いつも、とても興味深く拝読させていただいております。ありがとうございます。
今回、この写真について、以前見たときに、とてもインパクトが強かったので、初コメントさせていただきます。

この写真は、1966年3月、当時の皇太子殿下ご夫妻が、葉山にご静養に赴くときのお写真です。
秋篠宮殿下(当時の礼宮殿下)は、生後3か月とちょっと、というぐらいです。

比較写真として、徳仁殿下3か月のときの、美智子妃殿下(当時)に抱かれた写真を添付いたします。
http://digital.asahi.com/special/koushitsu/photo/9/images/54.jpg

こちらはホンモノの徳仁殿下で間違いありませんが、葉山ご静養のお写真のお子様は…………

この写真はあーやとされているのですね。
堅い人形としか思えません。
弾力が感じられない。
当時はこれで誤魔化せると思っていたのか。
マスコミもグルだから、問題にもならなかったのでしょうね。

世にも奇妙な母子写真

こんな不気味な意味不明の写真を知りません。最初に見たのはデレデレ草さんのところでした。これを見て驚愕しない国民はいないでしょう。
こんな国民を平気で騙し裏切っていたのが 全国民を熱狂させ理想の家族として憧れられていた皇太子夫妻だったなんて絶句です。これに味をしめて以来どれ程の嘘を国民についてきたことでしょうか?
東宮の偽装も誰の指図だったかの証拠写真でもあります。
よもや半世紀以上も経ってから広く晒されるなんて思っても見なかったでしょうね。
人は騙せても天は騙せないんですよ、ミチコさん。

デレデレ草さんの記事へもコメントを残したけどその時私はこの人形はナル盆だと思っていたからこの時のミチコさんの心理は「将来の天皇を産んだワタクシを見て!」という恍惚だから絶対に抱いているところを撮らせたのだと思ったのですが礼宮さまだったとなると想像がつきません。
ただただ不気味な写真です。
抱きかたも不自然だし手袋を左手だけにしかしてないように見えるし。

華子さまや紀子さまなら絶対にしないことでしょう。また夫君がそんなことを許すはずもありません。
陛下が実はミチコさんと似た者同士だったのも愕然とします。
今日の皇室の崩壊もこの二人の蒔いた種ですが全く反省することもなくまた強い希望で外国訪問か。
そんなに体力があるんなら退位なんか必要ないじゃん! 何故誰もそれを言わないのか?
子供皇太子のまま全く成長できない子供天皇を国民に押し付けるな‼と言いたい。

内廷皇族の孫があんな状態なのに全く我関せずを続ける両陛下って一体何なのか?
慈愛の看板が泣くわ。
もういくら慰霊や慰問にでても偽善にしか見えない。
退位してアトヨロをしたいんだろうが地獄をきちんと見るべきだ。

美智子妃と美智子皇后の身長

シマキさんが添付して下さった写真は二人並んではいませんが明らかにヒールを履いているの美智子妃は明らかに明仁皇太子よりかなり小柄ですね。
そして背中が丸くてどっちかと言うと健康体のずんぐりむっくりの体型で婚約時代の特徴そのままですから同一人ですね。
それが流産して葉山だかに引きこもって静養した後から急に美しく痩せたホッソリ美智子妃になってしかも悲しみを克服した更なる国民のヒロインとして国民の前に現れたのでしたね。
あれで完全に国民を味方につけたと思います。傷心の引きこもりは嘘ではなかったさだろうけど今にして思えば見事な演出と言えますね。

以来半世紀以上も虚構の演出を繰り出してまんまと思う通りに皇室と国民を動かしてきたのですから大したものである種の天才ともいえるかも。
しかし大誤算はネットが全ての嘘を暴ける時代になっていたことでしょう。

膨大な過去写真を誰もが目にし比較検証出来る世の中になるとは多分ミチコさんは想定してなかったでしょう。
その焦りが明らかな綻びを見せ始めています。おごれる女帝に鉄槌が下る日は来るか?

最近の女帝は明らかに陛下より頭ひとつ抜きん出ている感じです。普通は80も過ぎれば背中も丸くなり身長も縮んでくるものなのに背中もしゃんと伸びてズカズカと歩く姿は本音は10歳くらい若いのてはないかと思うくらいです。
風邪もウィルスも陛下にだけでいつも皇后だけは無事だし年相応の衰えが全く見られないのに痛みの発表だけはある。
直後テニスで走り回ったり長時間ピアノを弾くなどの超人的活躍を見せる。
やはり生身の皇后はすり変わっているという疑いは濃厚だと思います。

改めまして

ラピスラズリさんのおっしゃること、本当にそうだなぁと、いろいろ腑に落ちます。
ミチコさんは、婚約~第一子出産は、背が低く、顔も丸く、体型的にも健康そうなぽっちゃり。それが途中で激変して、背が伸びて、激やせして、美しくなられる。→40代に入ったころに、顔面崩壊。まぶたが下がって眉毛が上に上がり、お化けのような容貌に→今に至る
といったところでしょうか。
考えてみれば、他の妃殿下や元内親王殿下たちで、こんなに容貌が激変した方はおられません。その系譜を継いだのが愛子さんなのかしらん。

KUONさまが掲載してくださったお写真と、自分が添付した写真を改めてじっくり比較してみて、おかしいと思った点。「礼宮殿下を抱いている」とされているこの写真ですが、生後3ヶ月の赤ん坊にしては、「顔が小さすぎる」「首がすわってすぎる」です。(もちろん全体的に体が硬直しており、明らかに生身ではないですね)
生後3ヶ月ちょっとは、まだ首が完全にすわっておらず、だから徳仁殿下を抱いているミチコさんは、赤ちゃんの首のあたりを腕で支えています。普通はこういう抱き方になりますよね。このお人形さんの抱き方は、本当に不自然きわまわりない。せめてそのぐらいの演技をすればいいのに、それさえできなかった(する必要がなかった)事情は一体何だったのでしょう。
当時を知る方はまだ生きておられるはず。いつか真相がわかる日は来るのでしょうか。

お返事が遅くなってしまいました


私も、過去に奇異な思いで見た写真。今上は何ごとも無さげに笑っておられる。

夫人は、今のようにまこと赤ちゃんらしい柔らかさや関節の具合の整ったものでない「人形」を抱いて突っ立っている。手袋してます。

皇族だから、赤子を抱くにも手袋姿だったのか? しかも私の錯覚かもしれませんが、あちら側の手は、人形の腰のあたりにあるようで、でも、右そでの位置(色でわかる)と、何か差があるような・・・これは自信ありませんが、書いてしまいました。

この表情は、よく見る気取ったあの方のもののようだし、私の強い印象では、「おかしくなっておられる、イッちゃっておられる」でした。これも私感です。

コメント欄で教えていただいたことによれば。

この一枚は、1966年3月、葉山へ静養に向かうお三方だそうで。

ミテコさんが抱いているのは「礼宮さま」だとされていたそうです、時期的に。

それなら、大事なナルちゃんはどこにいる? アーヤさん(リアルの)周囲に任せても、第一皇子のナルを、傍に置くのではないか。

どうして人形なのか。これは、赤ちゃんに見えない、の話でなく、人形であるのは、確かなことのようです。ただ、なぜに人形なのか、の疑問を晴らすことは、ようしないでおります。

二度目の妊娠が胞状奇胎であって、緊急入院する時の苦しそうな美智子さんの顔の写真を、見たことがあります。

徹底的に掻把しても、今はどうなのか、次の妊娠を望めなくなることも多かったようです。旧皇族華族の女性たちから、東宮の御子さんを流してしまうなんて、と、激烈な言葉もあった、葡萄子になったのは美智子さんのせいではないし、苦しく悲しかったとは思います。で、心を病んで引きこもられて、復帰されて、その時は別人になっていた、とされる。

美智子さんがその時に子宮を摘出されたかどうか、は、わかりません。私の考えでは、まだおいておかれた気がします。胞状奇胎の後にもお子を授かっている方も多いのです。しばらくの間、懐妊は避けるようにとの指示はあったでしょう。

で。礼宮さまを宿された美智子さん。

・・・少し前に、川端康成が驚いていた話・・・ナルさんが、大人のポケットに手を突っ込んでお菓子を食べてしまい、そのままどこかへ行ってしまい、川端氏が非常に驚いて書いた、その場面だけを、少し前にご紹介したことがありました。ナルさんが「しぇー」している画像の入った記事です。

このたび、コメントとして寄せて下さった、川端氏の記述。これは、この行儀の悪いナルさんに呆れた記述に繋がっているのです。

>東京新聞S41年1月4日に掲載された川端康成の一文から推測出来るのです。

>概略は、S40年8月に、礼宮を妊娠 推定6~7ケ月の美智子が浩宮と共に登山途中で、川端康>成の軽井沢の別荘を突然来訪した。
>この日は冷たい雨の降る日だったようで、川端氏の文中に「暖爐に薪をたいて…」
>とあります。

>安定期とはいえ、妊婦が冷たい雨の日に登山はあり得ない。
>皇太子(今上)が車で川端氏の別荘にお迎えに来た、ということは、家族団らん行事でもな>>かった。

>推測ですが、美智子は自分が妊婦でないことを川端氏に知らしめ、彼のペンの力で暴いてほ>しかったのではないでしょうか?
>これから生まれる子は、皇太子の愛人(側室)の子だと。

・・・礼宮さまが側室のお子かどうかの結論は、ここでは措きます、ただ確実な思いとして、

二度目の妊娠が不幸な結果となり、再度みごもった美智子さんは、神経質になっていたと思われます。何をせずとも、無事に子を産むことに専念すればいい立場です。

その身が、雨の降る日に山中へ出向いた。なかなか考えにくいシチュエーションです。

(いったん止めます、後で続きを)

続きです。


・・・ずいぶん昔に、礼宮さまの実母は実は、という話を聞いていました。が、女優さんである話は信じられなかったし、女優さんの話は事実無根と思います。

今は、そこまでシンプルな自分でいられないです。

秋篠宮殿下に関して申せば、あたりまえに今上の皇子さまでいらっしゃり、何か言われることは皆無だと考えています。皇室の光でいらっしゃいます。

ミテコさんが、特殊なヒトなので・・

母と子といえど。複雑なものがある・・・

香淳皇太后さまの妹さん、本願寺へ嫁がれた「智子」さまは、男の子を何人も授かられました。初めの方のお子はみな、専用の方の手で育てられましたが、四男さんだったか・・その方は、手放すことがお出来にならず、母親の智子裏方の手元で大きくされた。可愛くてたまらないようになられたのでしょう、お兄さん方とは違う風な大人になられました。どんな問題を起こしても裏方は、庇い抜かれました。騒動がありましたね、あの家は。

アーヤさまのお母さまはどなたなのか、どうなのか。そこを抜きに語っても、美智子さんが可愛くて愛しくてたまらなかったのは、ナルさんただ一人とわかります。

正田の実母さんが、巷間触れ回ったようにめったに会えないなど大嘘で、美智子さんは夫同伴でしょっちゅう里帰りし、中華料理を堪能し、子どもたちを先に返して、皇太子は正田家で風呂に入って遅くに帰った、実母さんもしょっちゅう、アメ車で御所へ出入りしていた。

書いて下さっているように、お土産はナルの分だけでした。どうしたらそういうことができるのか。

これも書いて下さっているように。

宮中の集まりの中では孤立していた(本人はイジメと認識、実際には未熟なのに素直でなく東宮に泣きつく姿を疎まれていただけ(、ミチコサンが、お産は辛かったのもうイヤだの。

本当に、お前はアホか。そこまでアホか、あんたはん一体どなたさんであらしゃるか、という話です。けっこうあちこちで、言いたいように言っていらした。

・・・ううむ。お一人お一人に書けない・・・ここのコメントに関連すると思われる画像、まとめて数日以内に貼ります。ナルさんを抱っこしての姿も。

おとめさん
ゆきさん
よしのさん
わすれんぼさん
華さん
るみさん
彩さん
ジェリコ・デ・アルジェリマンさん
きく・かおるさん
まりりんさん
ラピスラズリさん
しまきさん
かぼちゃさん

どうもありがとうございました。

近々また、ご一緒に・・教えてもいただきたく存じます、よろしくお願いします。

KUONさま

大変な中にお返事をありがとうございますm(_ _)m

やんごとなき出自の女性が第二皇子を産むことを昭和帝はお許しになった。というより、秋篠宮のお誕生は昭和帝が主導されたのではないかと思うのです。

御自らは一夫一婦制を守り通された帝が、皇太子妃(美智子)にこれ以上皇子を産ませてはならぬとご決意されたほどの何かがあったのでしょう。

その皇子が浩宮の立太子を阻む存在になると、美智子は恐れていた。
だから「私は妊婦じゃないわよ」アピールをしたのではないでしょうか?次の皇子は正妃から生まれていない、非嫡出子なのだと。

妊娠中の高すぎるピンヒールの写真、妊娠9カ月近くの小さすぎるお腹の写真、川端康成氏別荘突撃エピソード、全てが誰かに「皇太子妃は妊婦ではない」と言ってほしい気持ちの表れなのではないかと。

妄想炸裂です。

KUONさま

舌足らずな書きようをいたしました。連投お許しください。

美智子のもくろみはマスコミから無視されました。昭和帝のご意志があったのだとしたら当然だと思います。

彼女が愚かしいのは、「自分が正妃」、「最初の子が正嫡」と考えていたことでしょう。

親王の身位は生母次第。後から生まれても、母の身分が高ければ皇子としての身分も上になる。
時の権力者によって必ずしもそうでない時代もありましたが、皇室はそうやって高貴な血脈を保ってきたと思います。

昭和帝のご意志はどこにあったのか。数々のご一家の写真を見ればおのずと分かる事。礼宮はいつも昭和帝のおそばです。

秋篠宮殿下こそが日嗣の皇子。
「皇室の光」 KUON様の言葉に深く賛同いたします。

遅くなりました。

・よしの さん

真摯なコメントありがとうございました。

私もまだ書きたいこといっぱいある、このことです。

なかなか辿りつけませんが、また近々に触れたい思いがいっぱいあります。

KUONさま

おそれいります。
KUON様こそお忙しい中にありがとうございますm(_ _)m

これらのおかしげな事全てが白日の下にさらされる日が来ますようにと、念じております。

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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