今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

前書きのつもりが

「うた」に関して、人として不遜なのは承知。

なれど皇后陛下・美智子さんの欺瞞と嘘をつつきたいと念じて、でもちょっとオソロシクなって、絶賛された「美智子さまの御本」についてなど、覗いてみました。初めに読んだ書評を一つ、紹介してみます。

私も持っている歌集です。

【書評】『皇后美智子さま 全御歌』秦澄美枝 釈/新潮社/2500円+税/

【評者】平山周吉(雑文家)

 岩波新書の新刊で、永田和宏『現代秀歌』という短歌の本が出た。百年後まで残したい戦後の秀歌百首のアンソロジーだ。その中に、和歌の家元ともいえる皇室から唯一選ばれた歌人がいる。美智子皇后である。岡井隆、寺山修司、俵万智らとともに、代表的歌人として認定されているのだ。

『皇后美智子さま 全御歌』は、佳人にして歌人の、宮中入りから傘寿の現在までの道のりを、三十一文字に込められた思いをわかりやすく解説しながら辿っている。

「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ」は平成七年の作。「道」は「窓」とともに皇后にとって重要なキーワードだが、もし「わが君」と結婚せず、別の道を選択していたらと、「回想と、想像とから人生を述懐する御歌」であるという。バッシングによる失声症という危機を経ての作だけに、苦悩の深かったことを激しく想起させる。

1480043200413.jpg

バッシングによる失声症。で、内親王をお供に検査に行かれる車中にて。

傷ついた表情を、車内を明るくして下さり、カメラの方にお向け下さる、ご慈愛の美智子さま。

ワタシハ悪クナイ ワタシハ正シイ  ワタシハ可哀ソウ ミンナガ苛メル コンナニ一所懸命ナノニ ダレモ認メヨウトシナイ ワタ シハ悪クナイ ワタシは可哀イソウ・・・  

幻聴が、さいきんひどいKUONです。  ←お見舞い批判、無用で願います。


「いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし」はサイパン慰霊の折の作。米軍が撮影した海へと身を投じる女性像があざやかに蘇る。釈(解説)によると、源平合戦の悲しみを詠んだ『建礼門院右京大夫集』に通じる「尊くも悲しい哀悼」が込められているとのことだ。

「平和ただに祈りきませり東京の焦土の中に立ちまししより」は「天皇陛下御還暦奉祝歌」。疎開先から戻った日からの変わらぬ「平和」への希求があざやかだ。この御歌は本書の中で、例外的に二度掲出される。両陛下にとっては、最重要の作なのだろう、とわかる。

「あづかれる宝にも似てあるときは吾子ながらかひな畏れつつ抱く」は浩宮(皇太子)誕生を詠む。男児誕生の安堵は、如何ばかりだったか。宮中で初めて子育てを自らの手で成し遂げたゆえに、「吾子」は多く詠まれている。気づいたのは皇太子に比し、礼宮(秋篠宮)が少ないこと。長男の時は物珍しくて大量に撮影し、次男が冷遇されているわが家の家族アルバムを思い出した。われら庶民と変わりがないことが微笑ましい。

※週刊ポスト2014年12月26日号


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうなのか。いや、疑問は不敬(なのか?)。

美智子さまは、佳人にして歌人のヒトであらせられるのだ。その才は、皇室のうちに於いて特筆的なお方であらせられるのだ。

・・・思わず、例のあの友納尚子女史の文体をマネしてしまいました。

言い訳代筆業者の、あの、とものーセンセー。いま、馬力かけてあっちこっちと、愛子さんの「劇痩せ」のどうだこうだを、書きまくっておられます。


     かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ

     いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし

     平和ただに祈りきませり東京の焦土の中に立ちまししより

     あづかれる宝にも似てあるときは吾子ながらかひな畏れつつ抱く 
 


はじめの一首。あの時に私が選ばなかった、もう一つの道。その道は、どこへ行った(行ってしまった)のでしょうね。あちらを行けば私はどうであったか、と。発想自体は珍しくない。

私も、じいいんと胸に滲みて味わった記憶があります。いかにも、美しく耐えるおんなのイメージ。

これは、皇太子に押されて押されて求婚されて、悩み惑い、苦しんでアメリカまで行き・・・あの頃のアメリカは遠い国でした・・・ナイアガラの滝の見物中、ふと、滝つぼに向けて身を投じたくなった一瞬があったと報じさせた・・・そこまで追い詰められて、決意された若き美智子さまであった、と、される方の、回想。とゆー話ですか。

そこまで苦しんで、ぷろぽおずを受け入れられた。そういうことになっています。

美智子さんの「分去れの片への道」、どんな道だったかと考えます。

仕事を始めていたわけではない。当時の良家の子女ですから・・・そういう触れ込みでした。

十代の頃から、今で言う婚活には励んでいた。チーク・ダンスもできるようになっていた。どんな方向を目指しておられたのか。

お見合いは二十数回をカウント。三島由紀夫と会ったこともあった。

三島の場合は、お祖母さまが反対されて実を結ばなかった。

「気取ってつまらない女だ」と、本当に三島が言ったかどうか、私にはわかりません。婚約会見の時のあの話し方では、妙に気取って、と思われますかしら。誰にだって。

三島由紀夫は「上流階級」に対しての思い込みと好みのきつい男でした、自身の美学を貫いた男。高貴だけど(だから)、気取らなくてシャキシャキした女性を評価していた気がします。うりざね顔でなく丸顔の女が好きだったのは面白い。

気取ってフニャフニャしたのは、世間知らずのかの「君」仕様だった、とか。

皇太子と会うまでに美智子さんが、二十五回だか四回だか二十六回だか、見合いを経ていたのは事実のようです。

多いです。一般的に言えばとても多い。断られ易い、あるいは逆に、相手を厳選していた、など、考えられる。見合いというものは、義理でする場合もあるけれど、基本的には、結婚相手を探すため。結婚を前提に、そこそこあれこれ釣り合いの取れた(と認定される)男女が会うことでしょ。

縁談三分下がりという言葉を、何度も聞いたのは、選り好みがきついと、相手を・・・むかしの話ですね(笑)。

三島氏の場合は、男の方が断った。あとは・・・女性は、断られない方が「いい」と言われる、傷になるからとされていた。でも大丈夫、うまいこと、干支がどうとか家の方角がどうとかで理由付けしてくれての不成立も、あります。

現実には美智子さんは、後に国会の場で論議がなされたように、直前まで話が続いていた某・はたの氏を断って、軽井沢のロマンスを、結婚にまで漕ぎつけたお方。

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と考えて行って。

この自分が取らなかったもう一つの道、とは、何だったんだろ。と、考える。

まさか某・はたの氏を振ったことではあるまい。

実家でお母上のそばでべったり暮らす日々、か。あの、そんなには広くない家で、お兄さんもいていずれ娶られる、と考えれば、それも無理。お花お茶に通い、師範をとって生徒をとって、というようなお稽古事への耽溺も無かった(としか思えない)美智子さん。

どの道を、捨ててしまったあの道は、と、追走しておられるのか。

人には、確固たる「これ」でないにしても、なんとなく「あっちの方が良かったかも」という気分だって、ある。あるけど。

何なのかなあと考えて、美智子さんは、こういう風に、わたしは大きな何かを捨てて(諦めて)いまここにいる(いてあげている)のよ~、な気分を。

うたにしたかったのだろうなあ。なんか、もの思うこうごうさん、みたいでかっこいいじゃん。

すでにご自分の天下になっていた、平成の世で。


と、思いました。勿論、それもありだと思います。

ある時期までは、ナルヒト氏の結婚について(この一首は平成八年の作)、昭和天皇が猛反対なさったオワダさん。その女性を受け入れたら皇居にムシロ旗が立つとまで、当時の政治家が発言したマサコさん。その結婚を、もっと強固に反対しておけばなあ、の、おうたか、と、思ったりもしました。

あの雅子さんでは、美智子さまもご苦労よね、とか。

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こうごうさまはお上品。と、思い込んでいた時期でした。

こんなん、イヤやろなあ、と。

何も知らなかった花畑脳のもたらした「誤解」だったようです。みな、そうだったのです。


うたには背景があります。

背景を知って行くことで、歌に対する感じも、ずいぶん変化することもあります。


     いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし


この一首を、元になった写真を見知っていたゆえもあってか、泣くような思いで読みました。はじめは。

「おみなの足裏」。ここに焦点を絞ったおうた。

追い詰められて、サイパン島の、今はバンザイクリフなどと呼ばれている断崖から、今はこれまでと身を投じた日本人たち。頭を下に落ちて行く刹那に見える、白い足の裏。白さが悲しい足の裏。

バンザイと叫びながら海へ。

バンザイと叫んだというこの「バンザイ」は、あのバンザイ、ですよね。

天皇陛下バンザイ、の、万歳。日本を離れて異国に住まっておられたゆえに、なお、祖国への思い、愛国の思いは収斂されて強かったか。男女合わせて一万人とも言われます。先に飛んだ方の上に落ちて助かった方もいらした。

米兵の強奪強姦略奪行為から逃れるため・・さまざまな証言が残されています。

本当に「バンザイ」と叫んで飛ばれたか、どこから誰が、その悲痛な声を聞いたのか。アメリカ側が撮った写真は、ずいぶん遠景のものです。

実際に叫んだ女性もいたかも知れない。いたのでしょう、集団心理も働く修羅場。

もしかして、アメリカは、その期に至ってバンザイと叫ぶ日本人を、揶揄した・・・いや。

申し訳なさすぎます。言葉を慎みます。書いていて泣けそうです・・・。

とにかく。

臨場感溢れる一首。名歌、秀歌といわれるのもむべなるかな。今は、何かどこか、モヤモヤしながら。怒りながら読んでいます。



サイパンだのパラオだのフィリピンだの、天皇の強いご意向とて、政府に逆らってまで海外への慰霊の旅をなさった天皇夫婦。

政府に逆らうと言うより、むしろ「無視」と思いますが。

ヒンシュク買うかも・・のひとこと、書きたい。

なんでも詠みたいうたびとは、俳人もそうですが、うたの材料探しに、大小問わずの旅を乞います。新鮮な歌材を求めて。

行脚。あんぎゃをします。

うたを拾って来る、などとも言います。私は「拾う」という言い方、好きではありませんが。

あちらこちら、沢山の旅をなさった美智子さま、沢山の歌材を拾われたでしょう。拾われましたね。

戦争末期のサイパン島で、今はこれまでと、次々に険しい崖から飛び降りて行った日本女性たち。

ドラマティックです。でもドラマではない。あの戦争で、兵士ではないが戦争のせいで死んで行った女性たち。それを撮影したアメリカ人。その写真を見て、その場所へ行って、拝をして来た、慰霊をして来た、天皇家の夫人、美智子さん。


うたには背景がある。その背景を知って考え込んでしまう。本当は、うたはうたとしてのみ、とらえられればいいとは、知っています。

でも。

この情景をうたにして、名歌人と称えられている方は。他の誰でも無い。皇后です。

せんぱん発言されたお方でもあります。


三首目の「平和ただに祈りきませり・・」。

天皇夫婦にとっては最重要のうた、と「雑文家」だという平山氏。センスいいですね、この「雑文家」。

このうたについては、今は、書かないでおきます。

今上陛下の「平和」への向きに疑問を持っています。


さいごの、浩宮をお産みになった後の、あまりにも有名な一首。

技巧的に巧みなうたでもあります。

「吾子ながらかひな」。

たたみかけるように、わざと字余りにして

「畏れつつ抱く」

と詠み納める。

まさに名歌。秀歌。結婚してから始めたうたを、一年二年でここまで完成させられたとは。さすがの美智子さま。お辛いことばかりでいらした時期でおありだったでしょうに。でしょうにね。

>宮中で初めて子育てを自らの手で成し遂げたゆえに、「吾子」は多く詠まれている。

「雑文家」の平山氏は、美智子さまが、宮中で初めて子育てを自らの手で成し遂げた、と、こう書いておられるのですが。

自分でそうしたくてなさったのです。自分流にお子を育てたくて、育てた。「憲法(笑)」なんぞまでお作りになられて。

この文章、大昔のものではありません。二年前。

少なくともヤフオク疑惑もあれこれも、出て来ていた後。子育ての結果も充分見えていた頃。

浩宮と比べて礼宮のうたが極端に少ないわけを、庶民の場合の写真の量に比べて「微笑ましい」と書いておられます。

果たして、庶民のように、そうなのか。

私は、紀宮さまに対して美智子さんがしたこと、してはならないこと。を、ふと、しっかり、ものすごく、感じてしまっていますのです。


・・・前書きのつもりが、記事になってしまいました。
 

1480516392272.jpg

この写真を撮った朝日記者は、正田家にほぼフリーに出入りし、結婚のため実家を後にする正田美智子さんを、家の中の二階から見ていた、と。記しているヒト。

そんなこと、フツーにさせていたご良家って、とても不思議。

やったわよ、お母様。やったわね美智子。・・・幻聴のようです。



 
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コメント

昭和平成の迷女優

SHOW田見て子さん!
一生を賭けて撮影し続けてる
鉄人のような女ですね。
普通の方では到底出来ません。

宮中と言う畏れ多い神の領域に
居ながら、その国の信仰を逆手に
とって利権特権し放題の巣にしてしまった。
それに倣えの汚和駄や一部の宮家。お宝売捌き行かないで良いコームを増やしてリバックさせる
私服肥やしコーゾクども!
その金品は誰からの物?
我らが国民の血税ぞ!
下賤の者は被害者意識ばかりが
強くて、自分たちの国としての
誇りと義務はすっぽ抜けにする。
だから叩かれるのは当然至極。
人の道に曲っていたなら、
どんな権力者であろうが裁かれる
は必定ですね。

赤穂浪士の季節になって来ました。赤穂の殿様より吉良様の方が位は
上の方でしたね。
また、幕府の御沙汰のunfairに
庶民の怒りが浪士の味方となり
本懐を遂げられたと有ります。
どんなに権力を振りかざしても
庶民の見る目の確かさには勝てた
ためしが無いのです。

歌の材料を拾う〜
今回はkuonさんの解説もあったりで、面白い表現に感じました。

旅先で、
まるで海岸で色とりどりの貝殻を拾って持ち帰る様に。。。

ミテコさんの立場ならば、

歌を
貝殻工作に例えたら、
美術大学の教授クラスの方が家庭教師にいらして、工作のアイディア、アドバイスを下さる感じ〜なのかしら。

ミテコさんの、
マリッジブルーな歌 。

そして、
ナルちゃんのは、
今の時代で言えば、産後鬱 かしら。美智子さん独特の、ブルーな気持ちをあしらっての詠み方。


私が産んだ子なのに、周りがうるさいのよねぇ 。。。

あの時代、
天皇家に嫁ぐ時点で、自分、自分の子どもが、どの様な環境におかれるか、十分、理解できていた筈。

ナルさんを宝に例えた歌は好きです。
本当にいろんな思い、若き美智子さんの誇らしげな感じも、が詰まってる。と歌に疎い私でも感じることができる。(あの時代で、結婚から比較的早くに、第一子で男子、本当に幸運だったのでしょうね)

日本の多くの「母親」の胸をキューっとした歌かなぁ。

小さな赤ちゃんに戸惑ったり、

怪我をさせたら、舅、姑、実家の両親に叱られると、
怯えたり←これが一番怖い。怖かった。

一般人ながらにも、歌に(勝手な解釈で)思いを馳せて寄せて、
胸をキューっとさせて、育児に奮起した歌かな。

(私の母の思い出話より、私の母も歌には疎いです)

鍍金歌

こんばんは。
毎日kuonさんのブログを見にきています。更新されていると嬉しいし、ましてテーマが短歌だとわくわくします。
先日の清子さんを歌った歌の解説には唸りました。なんかヤな歌だなあと思っていたその理由が、わかったような気がしました。あくまでも気がしただけですが。
今回の記事も奥が深そうなので、じっくり拝見します。

皇后が自称急性気管支炎ですね。
またですか。
愛子さんの激痩せに自分は関係なかった、知らなかった、ショックを受けた、挙げ句の果てに被害者アピールですか。

アイツらのせいで自分はどんどんひねくれてきました。


あの歌の若き美智子さんの誇らしげな感じ〜
視線を変えれば、

日本の国の宝を産んだアタクシ〜なのかな。


うーん
秋篠宮殿下を詠った歌は、少ないかな。。。

次男坊ならではの可愛さがあると思うのだけど、、、やっぱり不思議。

庶民の子供の写真は、生活、育児に追われて、つい、、、だけど、、、




こんばんは。


こーごーさんでも、お出歩き多ければウィルスの餌食にも成り易いと、フツーに思いますが。


どうぞ出てこないで、と感じておられる方、沢山いそうです。

つまり風邪のようなもので大々的に報じられるミテコさん。

普通じゃない心身の状態を危ぶまれながら、痩せて綺麗になったとアゲられ、おそらく治療も受けられないあの娘さん。

気がくるってるわ。

美智子さんもう、ずっと籠っておられたら。v-359


・ちりぬるを さん


びっくり仰天の時期から、あれこれ知って行って、それが納まってわかるのは、あの方はとんでもない女だと言うこと。

>どんなに権力を振りかざしても
>庶民の見る目の確かさには勝てた
>ためしが無いのです。

まこと、こうあって欲しいですが、もう少し、待ってゐましょうか。

オワダ氏の拘束の話など、どうも信じられないくおんです。

本当ならば、大声で申します。

ざまあみろ。これから始まるよね~~~~~。



・華さん


うたの解釈は、おそらく、人それぞれだと思います。

ただ、あずかれる宝にも似て、の一首は、うまく出来すぎであると、先輩がたは評しておられました。初めの歌の師が、母の歌人と云われた方。うまく導かれたのでしょう。

美しい母のうたを、美智子さんはたくさん残しておられます。感性がゼロならどうしようもない訳なので、内部に才はおありだったのでしょう。

サイパンのあのうたは、皇后が詠むうただろうかの疑問は残ります。

まるで第三者の、悲しみ深い女性のうたになっていると思うのです。

そういう疑問は多々あります。私はシツコイ性格で、突っ込んで行ってしまうので、余計でしょう。この性格を今から変えようとは思いません。

自分は、楽しいから(笑)。

私は、皆が、国の多くの人びとも歌の先生方も。とにかく、甘やかし過ぎた、と感じています。

まことに賢ければそこは自分で悟られるかもしれませんが、ミテコさんは中途半端な「半・賢い」お方、のぼってしまわれた。そう思います。

でも、あの歌を心地よしとして、育児に励んだ方も多いのなら、うたそのものが、大きなお役目を担った、ということも、真実なのですね。

初めて一、二年であれを詠まれたのはすんばらしいと、皮肉を書いたつもりでしたが、ストレートに解釈されれば、皮肉、イヤみのKUONの、人間性の完敗です。勝ち負けで言えば。

負けてもいいタチですけどね、わたし(笑)。


・白樺ギライさん


日参ありがとうございます(笑)。こういう記事は調べ物も多く、ちゃっちゃっとは書けないので(エラそうですが)毎日はムリ・・ですが、書いていて楽しいのも ホント。

またお読みくださいね。


・ひらりんこ さん

>愛子さんの激痩せに自分は関係なかった、知らなかった、ショックを受けた、挙げ句の果>てに被害者アピールですか。

>アイツらのせいで自分はどんどんひねくれてきました。

いやあ、そういうことでしょう。

またこたまの誕生日の祝宴に出なかったらしいので、後付けで体調不良を・・・似たような道化をやってますな。

笑止千万、もう出てこんでいい、と思う人、おそらく多数。皇后が公務を休むって。

鑑賞は公務ではないと、

は~うめに~ろ~ど ますとあまん~うぉ^くだ~うん

ボブ・ディランのフレーズが。どこまで行ったらわかってくれるの~、と。

愛子さんに、30分会ったと宮内庁は報じ、週刊誌は「励ましの抱擁」とやっちまった。

宮内庁と女性誌、方向転換? 爆笑。

ミテコさん、あなたのノドより、あの娘さんの具合の方が重傷でしょう。よその子だから関係ない、愛子だってワタシはしらない、ですか。

私も、めっちゃくちゃ、性格の悪さがパワーアップしちゃいました。

kuon様、
一、二年で、あの歌を〜と評価されていらっしゃいますが、
習い事の一年、二年は、案外、スルスルと伸びる感じが致します。

そこからがーーーです(笑)

私の友人が不妊治療でようやく、子供に恵まれまして、
その時、「子どもは、授かりものって、改めて、感じる」と話していました。

日本には、昔から、
「授かりもの」「預かりもの」の 考えがあるのですね。
ミテコさんは、それが上手く、ヒットした…

ミテコさん、最初は、歌の先生に恵まれたのでしょうね。

あと、戦争の歌は、戦争の写真を見て描いたような
妙な「間」「空 」を感じます。

・華さん


ありがとうございます。

私は、ここで、歌の解釈についてどうこう、するつもりはないのです。

私はこう思う、と書きたいだけ。皆さまと思いが違うのは、はじめからわかっております。

私の解釈と他の方々が、違っていてもそれは当たり前とも思っています。

思うところあって書いていることを、どう感じられても、議論する気はありません。







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しんしんと肺碧きまで海の旅

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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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