今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

あきれかえる話。

新嘗祭

新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)宮中祭祀のひとつ。大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる[1]。

解説[編集]wikkiより

日本では、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。

一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。もともとは旧暦11月の二の卯の日(卯の日が2回しかない場合は下卯、3回ある場合は中卯とも呼ばれる。旧暦11月13日~11月24日のいずれかが該当する)に行われていたが、1873年(明治6年)の太陽暦採用に際して新暦11月23日とされた[1]。これは、同年11月の二の卯の日が11月23日だったことによる。1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定。同法は1947年(昭和22年)5月2日に廃止されたが、以降も宮中では従来通りの新嘗祭が行われ、最も重要な祭祀としている。神嘗祭と同様に神宮(伊勢神宮)には勅使が遣わされる。

また、「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、1873年(明治6年)から1947年(昭和22年)まで同名の祝祭日(休日)であった。以降も「国民の祝日に関する法律」により、勤労感謝の日と改称されて国民の祝日となっている[1]。なお、固定日の休日では最も長く続いており、11月23日は日本国民に最も定着している休日でもある。

現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っている。

2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。

関連項目[編集]
大嘗祭 - 天皇に即位して最初の新嘗祭を大嘗祭と呼ぶ。
豊明節会
鎮魂祭 - 新嘗祭の前日夜に行われる
五節舞
相嘗祭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新嘗祭は、宮中のもっとも大切な祭祀の一つと聞いています。

今日がその「新嘗のみまつり」の日で、前夜には「鎮魂祭」が行われるとか。

鎮魂祭、新嘗祭、天皇陛下は粛々とおつとめくだされたことと想います。

むかしは、この日を期して、その年の新米をいただき始める決まり事もあったとか。

上記、ウィキペディアの記事中に、

「2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。」

とあります。多くの宮中祭祀と同じく新嘗祭も、一般の国民の目にも耳にも遥か遠く、届かぬあたりで、うやうやしくつとめられていた、マル秘、マル禁の事柄であったということでしょうか。

その新嘗祭について今上は、昭和三十二年、未だ皇太子でいらした時に、歌に詠んでおられます。

   ともしびの静かに燃ゆる神嘉殿琴はじきうたふ声ひくく響く

    ともしびの しずかにもゆる しんかでん ことはじきうたふ こゑひくくひびく

                               昭和三十二年 歌会始儀 御題 ともしび


細かく言えば、五七五八八。字余りが二か所、それは、添削の時点でよしとされたのでしょう。字余りよりも、皇太子が新嘗祭の現場をうたわれた、そのことが、新鮮だったと思います。

私の浅い知識では、このうた以前に、天皇が宮中祭祀に触れて詠まれた一首は、無いような気がします。

歌会始の折りには、宮家の妃殿下、親王内親王まで詠草が発表されていますが、それ以外では、皇后のうたは少し残されていても、表に皇太子のそれが出されていたことは、あまり無い。間違えているかもしれませんが。

現・今上夫婦、というより、美智子さんのうたが、昭和から平成に至るまで長く、折に触れて出て来ていて、初めの歌集が、皇太子夫婦のおうたを集めた形でした。ミテコさんも始めはそれなりに、遠慮あそばしたか。

ともかく。

画期的ともいえる、

祭祀の場でうたわれた体裁のこの一首。

実際は昭和三十一年に作られています。敗戦から10年、皇室を取り巻く状況も、まだ大変化を遂げている最中であった。皇女が「おスタちゃん」などと呼ばれた時代の空気が、こういううたも許容したのだと考えます。

明るく、軽く。アメリカさんには逆らわない、逆らう気なんか無いよ~ん、でしたか。。

皇太子の喫煙写真も銃を構えている写真もあります。他の場面の写真もあります。

皇太子・明仁氏は、そういう、新しい時代の皇族として存在しておられたのですね。

正田美智子さんとの、軽井沢での出会い、テニスコートの恋、皇太子自身のプロポーズ。初めての、聡明で美しい平民出身のおキサキさん。めっちゃ、かっこいいものだったでしょうか。

・・今日、書きたいのは、他のことではありません。

うたのことです。

以前も一度、同じ内容で書きました。今年です。

あれからまた、何度も読んだり、ひっかかったことを調べたりもしてみました。

昭和四十五年、当時皇太子であられた今上は、

「新嘗祭七首」と題される、連作七首を、発表しておられます。


    松明の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古思ひて

      たいまつの ひにてらされて すのこのへ ほをすすめゆく いにしへもひて

    新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちりきの音静かに流る

      にひなめの まつりはじまりぬ しんかでん ひちりきのおと しずかにながる

    ひちりきの音と合はせて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ

      ひちりきの おととあはせて うたふこゑ しじまのなかに ひくくたゆたふ

    歌声の調べ高らかになりゆけり我は見つむる小さきともしび

      うたごゑの しらべたからかに なりゆけり われはみつむる ちさきともしび

    歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文読ますおほどかなる御声

      うたふこえ しずまりてきこゆ このときに つげぶみよます おほどかなるみこゑ

    拝を終へ戻りて侍るしばらくを参列の人の靴音繁し

      はいをおへ もどりてはべる しばらくを さんれつのひとの くつおとしげし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上、七首です。

現/天皇のよませたまひし御歌(まだこの時は「御製」ではない)とされていることに、疑問を持っています。

これは、他の場面でもそうであると、しばし言われていることですが。美智子さんは、どなたの文章にも自分流の介入をして来た方。

夫君であらせられる今上の、仰ること、書かれたもの、今年夏の「お言葉」に限らず。

指図し、書き直させ、くらいならまだしも。初めからミテコさん・作の文書が、今上のお言葉として、公に出張って来ていることは、明らかと想われます。本当はここ、断言したいところです。

皇太子の連作七首。これも、ほぼ、皇室に入ってから「優れた歌人」の名をほしいままにされた奥方の手が、何割か、あるいはほぞすべてがそう。であると、読みます。正田美智子の独身時代のうたを、寡聞にして拝見したことがありません。

いきなり「歌人としても一流」なヒデンカになっれたのでした。錚々たるセンセイがたに教えを受けておられた。秘められていた才能が、一気に花開いた。ということですか。

つかれた歌の師の個性によって、微妙に歌風が変化しても、それは、進化されたと言えばいいことなのかも。

わびさびの境地に入るのでなく、しっとりと落ち着いた、というのでもない、ガサツなKUONのごとき読者の目には「味が落ちた」ような、枯れた、でもなく(シツコイ)、スカスカになった感の深い昨今の「御歌」、ここ数年は、ミテコさんに、センセ、おられないのかな・・・・・張り切って「歌人・美智子さま」との称号に酔いつつあられた皇太子妃。持って行き方、うまかった。

ともあれ。七首はミテコの手になる、との疑問の、一番わかりやすい根拠。

今上のおうたは、平明な、普通のおうたが多いのです。飛びぬけていないが、妙な癖も無い、すとんとしたおうた。

連作は、以前も書きましたが、一つのテーマに添った内容のうたを、何首も作って(詠んで)、ひとまとまりの形にするもの。

技術も、体力も要ります。

この意味でも、今上がお一人で、とは、失礼は承知、考え難い。

かつて独身でいらした今上が、自分にしか詠みえない題材として詠まれた一首を、下敷きに。

自らの才を信じ、才を恃み、の今上夫人が、やってみせましょう、わたくしになら出来るわ、他の誰にも出来ないことよ、の野心に満ちて、作り上げた七首の世界。

ご自分の作としての発表は、叶わなくとも。

そうとしか、今のKUONは、考えられなくなりました。

世の中には、ご夫婦で歌人、という例も少なくないようです。

私の知る限りでは、それぞれ自分の世界を大切に、実生活では睦まじい二人であっても、作品に関しては、個人と個人。

言葉ひとつにも踏み込まない、要らないことはしない、してはならないとしておられるようで。それはともかく。

皇太子の妻が、才に溺れて(と言ってしまいます)、宮中祭祀を詠んで。

これが、見事に、写生歌であることが興味深い。形を整えることに夢中で、こんな情景も書いておきたいわね、とそちらに気をとられて。

次代の天皇。次代の祭祀王としてその場に在る皇太子の、精神世界と言うか、そのあたりが、まるで抜け落ちているのが、即物的に徹底していて。

細かく言っちゃいます。

・はじめの数首は、過去の今上のおうたを、視点を絞って一首としてそれぞれ完成させた(つもり)。

・「我は見つむる小さきともしび」・・・四十歳ちかい男のうたいぶりではない。と、KUONは思います。

・「告文読ますおほどかなる御声」・・・告げ文をお読みになるのは、昭和の天皇陛下です。その声を、おおどかなるお声、と、詠んでおられるのは、そのままそうだとは思いますが「読ます」も「おほどかなる」も、美智子さんの選ぶ言葉だなあ、と、感じないではいられません私は。今上は、こうは、詠まれないと思う。他の歌、たくさん読ませていただきましたが。

・「参列の人の靴音繁し」・・・直感ではありますが。生まれつきの皇族、身内みな皇族、が事実の皇太子は、ここで「参列の人の」などという、よそから来て見ているヒトみたいな視線の言葉、使うかしら、と、これも私感です。


美智子さんが、皇太子の歌として、自分のうたを出していた。

一般人の世界でも、いささかの問題、無しや有りや。

単に、歌の世界の話と言えば言える、でも、昭和四十年代から、こういうことをしていたヒトだと。

深く深く疑惑を抱く。

やられた方も見ていた人々も、だんまりなのは、変化しているわけがないと思いますし。

やりたい放題を見許し、誰も何も言わなかった、あるいは、ミテコさんが聞かなかった、雑音にしか受け取らず、目の前から消してゆかれた。基本、変kしていないと思わる現状です。

誰よりも強い権力者と成り上がられました、美智子さん。

あれもこれも。本来、皇后のすることではないでしょう。

麗々しく何冊もの歌集を出し(昭和の両陛下は晩年に一冊のみ)、恥じる気持ちをご存じない方なのか、そこに、なりすましのうたも、納めさせておられます。清子さまの本にも、疑惑のうたがいささか。

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いっぱんじんには無理な歌材も欲しいのよ、だってアタクシはこーごーへーか、世の並のものとは違うのですもの。

歌の材料見つけたら、ためらうことなど在りえません、詠んでしまいますわ、ええ、皆のものもそんな世界も知りたいでしょ?

それになにより、アタクシの方が、うた、優れていると長年、言われ続けて、おほほ。

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あたくしたちの未踏の地はどこかしら、あるかしら、探し出して行ってさしあげないと。

でもって、行って帰ったら、忘れないようにピン、ぶっ刺しておきませんとね。




どれも、美智子さんという囲みで考えれば、矛盾しません。

ご本人は「サービス」のつもりなのかも知れません、あの方的には。



この記事には後に、追記させていただきます。


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コメント

>歌の材料見つけたら、ためらうことなど在りえません、詠んでしまいますわ、ええ、皆のものもそんな世界も知りたいでしょ?

はい、庶民も同じ気持ちです。
恐れながら、昭和帝の御歌から良い材料を見つけることができました。
http://kuonnokuon.blog.fc2.com/blog-entry-3219.html

都には 咲いてはならぬ 山百合を 根絶やしせんと 動く人々
(皇室の浄化を願う民の詠める歌 その二)

さらさらと半紙に書いて、56億誤殿の窓にピターーーーッと貼って差し上げたいです。
ミッチーにも読めるように楷書で・・・


すべて第三者の視点から詠われています

天皇本人がおごそかな宮中祭祀の中で、憑依されて神がかりになった精神状態を詠ったものは一首もありません。

みて子さんは中に入れないのでしょ?

神が降りてきた精神なんぞ詠めるわけがないから、第三者の目で過程をなぞるしかないのです。

すべて見ていた光景のなぞりものですよ。

聞きしに勝る悪辣な人ですね。

お歌の世界には疎いですが

連作、のっぺりした感じを受けます。
深みが無いというか。

形を整えることに夢中で、というご指摘
その通りだなと感じます。

教育テレビで短歌の番組を見ていたことが
あります。投稿者の方、入選者ですが、
もっと踏み込んだ表現をされていました。

皇族はそうもいかないのかな、当り障りの
無い歌が良いのかな?なんて思ったり。
その辺りどうなんでしょう。

ミテコサンの作だというご指摘、興味深い
です。

KUONさまの追記、楽しみです(=^・^=)



プッシュピンは
「はい、一丁上がり~~~」って感じでしょうか。

似たもの夫婦でいらっしゃいます(^_^;)





歌はこころ

こんにちは。
以前何度かコメントした者です。
いつもkuonさんの、鋭い切り込みと深い洞察、そして何よりも歯に衣着せぬ物言いに感動しています。
ミテコってkuonさんみたいな率直で裏表のない人がいちばん苦手でしょうね(笑)。

それにしてもミテコって、ほんとに歌が上手なんでしょうか? 勉強したこともなくてこんなこと言うのもなんですが、あの人の歌読んで感動したこと一度もないんですよね。ただ小難しい言葉を意味ありげに並べているだけのような気がして。心が籠ってない。シャナリシャナリ、クネクネした歌。歌は人を感動させてナンボのものなのに。

この七首もそう。お若いときの今上の一首のほうが、臨場感があって心に響くものがあります。

幼稚な感想失礼しました。
kuonさんの鋭いものの見方、特に短歌に関する文章を楽しみにしています。

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不遜です

あるご夫婦は趣味が絵画でした。お互い作風は勿論違っていたのに、何年か後の絵画展に応募し賞を取ったご主人の絵は奥様の画風でした。忙しい夫君のために奥様は筆を取り、栄誉を贈ったのでしょうか。そういうものが大好きなご主人でした。
『仕事も趣味も高い意識を持つ自分』ってカッコイイだろ。というオーラ。
夫婦の事は他人にわかりませんが、プライドが高い?馬鹿な。自分の作品でないものを平気で世間に晒して何がプライドかと呆れた記憶があります。
一般人でも呆れるようなことを、あの御身分で見て子さんは自分の歌を陛下の作としていたのですね。陛下のプライドはやはりどこにあったのでしょう。
そもそも歌は言霊。スメラミコトの言霊は神への言葉です。
恋文のように代筆でいいや、など歌に関してはあってはならないこと。
妻の虚栄心を満たすために皇太子位や天皇位を貸し出してはならないことです。
見て子さんの【素晴らしいアテクシ】が増長していくのを止めなかった(止められなかった)陛下にも罪はあるのです。
神事に関することを偽りの名で妻といえどその資格のない者が軽々に口出し、ましてや御製とするなど神々に対して不遜すぎます。
上手い下手などは関係ありません。スメラミコトの言葉だからこそ尊い。そういう世界です。女御や中宮の歌では神に届きません。ましてや庶民の女人の歌など勅撰和歌集に載れば良い程度です。
恥と畏れを知らない人が皇后だったなんて言葉もありません。

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ミテコの

〜内助の功〜の勘違いっぷりに、怒り!

あと、歌がねぇ、
油絵っぽいイメージ。
ペタペタ、ペタペタ、後、ニス でコーティング艶出して。。。

妙に、いじくりまくり(触りまくり)なイメージ。。。

世の中には、まだまだ、両陛下と崇拝している人も多いから、

この様な歌も、神聖な御所で読まれた〜とか、
正統派の歌…とか、思い込んでいたり
する人が、たくさん、いそうですね。

ミテコの無敵さの一つに、
「ふふふ、ウチのハズ(ハズバンド)、生まれも育ちも皇族なのに、歌もあんまりなのよ」

「国民も、有り難がってくれてる。ちょろいわー」

改めて、不器用な雅子様の方が、マシだわ。。。

和歌

和歌とは詠み人の人柄が表れるものだということをkuonさんに学びました。
それまでは殆ど関心がなく小倉百人一首も半分は諳んじていなかったくらいの私ですが
その面白さに気づかせていただきました。
以来自然に声を出して読むようになりました。
ミテ子さんの飾って飾っての歌風も、なるほど「すばらしい私」がよく表れていて面白いです。




ぶっ刺し写真

早速に日本地図ぶっ刺し写真のアップ、ありがとうございます。
この老婦人のお心には近頃「小さなトゲ」が刺さっていて痛みがおありとの事ですが(大笑い)、日本地図にピンをぶっ刺す時にも痛みを感じて頂きたいものですなぁ…。

御製の鋭い解説、繰り返し拝読致しました。KUON様、凄い、流石‼︎
私の父は俳句を詠んで半世紀超えなんですけど、今上の御製「夕闇の迫る田に入り 実りたる 稲の根本に 鎌をあてがう(間違えてたらすみません)」に解釈を求めた時、「深い意味はない。今上の歌はいつもそのまんまな、素朴な歌だ。ひねりはないけど、天皇様の歌っちゅーもんはそれで良いんだ」と言ってました。
天皇様が「個人のお気持ち」やら思想やらを籠めた歌を下々の者に披露なさる必要は無いという事かなと思いました。
まぁ、片田舎の名も無き爺さんが言う事ですけども。
でも、KUON様の解説と通ずる点はあるように思います。

・cynarさん

わはは。こういう風に繋がってゆく世界も、うたの楽しさですね。

山百合退散!。

あの方にも読めるように楷書で。

そう言えば、あれだけ見て見てのお方、短冊も色紙も、ほとんどお見かけしません。あれで筆自慢でおられたら、全国通津浦々、ラーメン屋さんや寿司屋さんの、壁に、ご自慢のご当地ソング、じゃない、お詠みあそばされた色紙が、曇ったビニールに覆われて・・・それは無いかな、透明人間になって古書店めぐりたい、などと庶民に憧れる発言はありましたけど。

いろんなこと思わせる方です、うっとおしいです。あらごめんあそばせ。


・おとめ さん

まこと、仰せの通り。

まこと、その通りと思わせていただきます。

が。しかし。

天皇自体が、そのような、祭祀のなかに「憑依して神がかりに」おなりあそばす、ようなご存在と、信じられなくなってしまいました。

形だけでも、というさえ心もとない、すでにまったく、祭祀の大方は代拝、天皇自身がとりおこなっておられない現実なようです。

宮内庁がそう計らったし、ご本人いやむしろ、闇の女帝の計らいとも。

このたびの「新嘗祭」、天皇も皇太子も、出て来ていない。白い装束をまとう二人は不在、秋篠宮殿下が、モーニング姿で・・。

祭祀をなさらない天皇、東宮。皇室はもう、ち言いかけて、止めることにします。

天皇は、妻に引き回されて、あれあけ俗な出歩きをしていては、大祭に向けて引き締めてゆくような、お心も、おからだも、どうなのかと。

お盆の季節に、裾ひるがえしてスクーターで檀家回りをしている坊さんを見かけるような寒々しい気分です。

・雪深し さん

短歌にはいろいろありますね。

>皇族はそうもいかないのかな、当り障りの
>無い歌が良いのかな?なんて思ったり。
>その辺りどうなんでしょう。

これは私の考えですが、下に↓ コメント下さっている八兵衛さんの、お父さまの仰っていること、的を得ておられると思います。

技巧で「遊ぶ」ことは、うたの愉しみの中にあるとしても。人の心に通って来るのは、まっすぐで邪心の無い魂から出て来るもの・・・のような気がします。

・白樺kギライさん

過分なお言葉をいただき縮こまっています(ウソです・縮こまりたいです(笑))

美智子さんのおうたは、ああいううたが好きな人には「すばらしい」、ああいう匂いの本能的にイヤな人には、そうでない。初めに師となられたのは、五島美代子さんであずかれる宝にも似て」の一首は、「母の歌人」とよばれた五島さんが見ておられた時期のものです。

情感たっぷりなおうたを、すばらしいと読ませていただいた時期もありました。ただ。師が変わられると・・・とは、今は亡き私の師が、何度も指摘しておられたことです。

能の舞台のさなかに朗々と読み上げられた、と言われる震災翌年のうたは、私感では、恥ずかしくて聞いていられない「しらべ」のものでは、と、思っています。

清子さまをうたわれた「み遷りの・・」の一首も、後半、もたもたと理屈が勝っていると感じます。

ご苦労がおありでも「きれいに」生きて来られた方は、お年を重ねられても、その方なりの、瑞々しい枯淡、のような歌境に近づいて行ける。これも私感です。

ここに至って皇后のあのご顔貌。なんとまあ、と。貶める意図でなく、正直なものだなあと感じています。自分の来し方のオトシマエは、自分が、ということでしょうか。

これだけ人さまのことを言うには勇気が要ります(笑)。自分を顧みるよすがとさせていただきます。あれ?。


ヒミツの〇さん

こちらこそ、ありがとうございます。

・花橘さん

仰っている「プライド」の形。私が望む「プライド・誇り」も、あなた様のそれに沿ったものです。そんなプライドを、持っていたいと願います。

私が書いたことは、あくまで[私の考え」であって、考察されたことは無い。けれど、私の「仮説」を、信じて下さることは、嬉しいことです。

>上手い下手などは関係ありません。スメラミコトの言葉だからこそ尊い。そういう世界です。女御や中宮の歌では神に届きません。
>ましてや庶民の女人の歌など勅撰和歌集に載れば良い程度です。

まことにそうであると確信します。当たり前のこのことが、今では、俗にまみれた内廷によって、天皇はつまり祭祀王、天皇は神道の長である、事実が、ないがしろにされている。

諸悪の根源は、と考えますと、何もかもを自分流に押し統べて来た、非皇后にある。

使うに気持ち挫ける言葉ですが。

本来の意味の「天人相関」これ、真の理であると考えます。

・ヒミツの〇さん

承知いたしました。

・ヒミツの〇さん

お名前その他がわからないよう、内容だけコピーさせていただきました。

知ってはいましたが、日時など、記事にできるように明確にはつかみかねていたところで、調べなくても判ってありがたかったです。お礼申し上げます。

>2014年11月天皇陛下は気温が低下する深夜に始まる「暁(あかつき)の儀」
>への陛下のお出ましを今年から取りやめられると発表した。という記事がありました。

>今年の新嘗祭の予定では秋篠宮殿下のみの出席となっています。
>天皇陛下のご負担の軽減の仕方が間違っていると思います。
>祭祀だけをすればいいのです。
>宮内庁には新嘗祭の重要性もわかる人がいなくなったのでしょうか。

>祭祀を行わない天皇や皇太子は不要です。

全文、同意させていただきます。

宮内庁は、祭祀を軽くしよう、小さくしよう、と心を砕いているようです。

陛下はすでに、どんなことにも反対も反論もできないお方になられていると思われます。

後にならなければわからないのか、この異常な皇室のありようも。

祭祀をしないできない天皇も皇太子も、不要です。


・華さん

>世の中には、まだまだ、両陛下と崇拝している人も多いから、

もしかして、雅子様もこーごーよりマシ、と、KUONのところで仰るお方も、おられるかもしれませんね。

まさこが、どこの誰かと比べて少しでもマシ、なんて、わたしは、1ミクロンも思ったことありません(笑)。

・葉山さん

たまたま私は、子どものころから、七五調の調べが身近にあるところにいたのでした。

古びて角が丸く擦れて金箔の剥がれてしまったような小倉百人一首で、鍵っ子でしたので、一人で「坊主めくり」して遊びました。なんで{お坊さん」がいるか不思議でした。

結婚した相手の家が、短歌に縁のある家で、ここで短歌を(初めはイヤイヤ(笑))はじめました。

どんどん魅かれました。意地で(笑)、もう知らん、と止めました、でも、うたは今も好きです。

うたばかりでない、文章にもその人は顕れると思っています。で、自分、ぜ~んぶ晒してるよね~、と、恥ずかしく思・・いません、恥ずかしくは無い、ろしゅつきょうか(笑)、でも、気取ってもバレル、と自覚はありますので、気取ったりはできません。

うたは「訴え」といいます。斎藤孝さんではありませんが、声に出してお読みになってみて下さい。気持ちいいです。

百人一首も、声に出して詠むと、気持ちいいです。本当に。

・八兵衛さん

>「深い意味はない。今上の歌はいつもそのまんまな、素朴な歌だ。ひねりはないけど、天皇様の歌っちゅーもんはそれで良いんだ」と言ってました。
>天皇様が「個人のお気持ち」やら思想やらを籠めた歌を下々の者に披露なさる必要は無いという事かなと思いました。

句歴半世紀を超えておられる。

お父さま、すばらしい。句歴だけでない、そのなかで身につけられた「ホント」がすてきです。そこから素直に学ぶムスメさんもすんばらしい。

>片田舎の名も無き爺さんが言う事ですけども。

いつも思うことですが。この国、わたしの愛する日本という国は、そういう名も無き言葉数も少ない、普通のりっぱな人々が支えているから成り立っている国。

現在のような内廷皇族の、存在意義は、無くなっていると。



日本地図にピンを刺す神経がわかりません。神々に護られているはずの日本を制覇したかのようにぶっ刺す~陛下はおかしくなられている。間違いありません。
二代に渡る皇太子妃の間違い。
ミチコが頂点に立つカルト一家になった平成皇室。
早く終わらせましょう。

・きのくに さん

はじめ見た時、びっくりしました。これつまり「呪詛」だと受け取られても

「アタクシそんなつもりではありません、雑音にしてもうべなえない話です、しかし。

こんなこと言って来る人の声だってワタクシ、みずからを省みるよすがとして・・・そうすることにして…無視して差し上げましょう、愚かな者に対しては、愛と寛容の精神を。心おさまらない部分を、どう解消するか・・・そうですね、ハサミも投げましたね、ワタクシの繊細なタマシイを、救うためですから、

罪? ほほ、罪って何のことかしら~。」

こたえないのですね、あの方は。すべてイケナイのは、相手。自分じゃない。で、鏡を突きつけられて、そこにいる「ご自分」に、おののくような。・・精神では、いらっしゃらない?。

皇室に向かって「あちら様」「言うだけ言わせていただいた」[私がしゃべったら100人(以上)の人が困る」と、言い放ったお母さまの娘さん。


>神々に護られているはずの日本を制覇したかのようにぶっ刺す~陛下はおかしくなられている。間違いありません。

そうですね。陛下はおかしくなられている。60年も基地外の気分しだいに代わるご機嫌の波にさらされていたら。少なくとも、愚かな部分はおありでも、染まり易い素直さはお持ちだった「皇太子」は、ヤラレてしまわれたのでしょう。

注意を訊く相手でなく、どっち方向にでも、行きたい方向へ走って行ってしまうキサキ。

二代続きました。

>早く終わらせましょう。

これです。でも、どうやって・・・

kuon様に

感情のままに書き込んでしまい反省しております。
終わりにしましょう〜は、災害があまりに多い平成を終わりにしたいという気持ちでした。大変、失礼しました。
悠仁様の立太子のお姿を見る事ができればと信じております。

。きのくに さん

お気持ちは、よく判っていたつもりです。

災害が多過ぎる平成、無茶苦茶な平成内廷。そういった言葉も、口から漏れ出ますよね。

私も同じですよ。

>悠仁様の立太子のお姿を見る事ができればと信じております。

私も、後悔はしないが半生は山盛り、の毎日です。

まこと、この一事が「願い」です。きっと叶います、ご一緒に喜びたいですね(私はいささか、不安です、あとどれだけ待てるかな~?でも、と。

うた詠み専門の美智子さん

正田美智子さんは、複数の美智子さんが、存在するらしい…少なくとも、御幼少のテンプルちゃんからカウントしても、6人くらいは、居るようで、単独だと分からないけれど、画像を並べてみると、全く別人では?という検証もなされているようですね。
この複数の美智子さんズ全員に、和歌の才能が、備わっていたとは、考えにくいので、もしかすると、御所の奥の奥に、誰も知らない、和歌を専門に詠まれる影の美智子さんが、もうひとり存在するのかも知れない???

和歌から、人格を炙りだすKUONさまの今後の分析を楽しみにしています。

よみびとしらずさま

本当にねぇ、本当のことが何にも
分からないミテコタマ作演出の
コオ失ですね。もしかしてミテコタマは多重性人格障害?でもでも
ガルちゃんの方が明度を上げたこの
写真は何なのですかしら。
6人目……?

http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1480346418842.jpg

お返事遅くなりました。


・よみびとしらず さん

うたは、一人ですべてを「つくりあげる」場合だけではないようで。

ミチコグループの中の一人に、ある時期、才のある人がいて、その人に指導されたセンセイの型が、他のミテコに気に入られたりすることもあって、など、少しは考えます。

うたの形にできなくても、望めば、それらしく整えてくれる人はいる。ミテコうたはそれが多かったのでは、と、あくまで推論です。

今日このリンゴが上納されたから、それで、シナモン大目にパイ焼いてね。とか言って、

ミテコさまお手作りのアップルパイ、が、仕上がったりして。

普通にプライドのある歌詠みのしないことも、あったでしょうね。

たとえばセーター編むのに、袖だけ誰かに編ませた、とか。私はイヤですね。へたくそでも全部、自分で編まないと、わたしのセーター、にはならないもん(笑)。

その変依怙地ですので、どなたかのおうたを見せていただいても、詠みたかったお気持ちを推察しても、形を整えたりはいっさい、したくないんです。私個人のやり方です。

いっときは、講義のようなものも持ちましたが、すぐ辞退しました。人様のおうたには触れません。いいなあ、とうっとりするだけ。


・硬質憂子さん


すべて何もかもが、演出。自己自演。で、三流。残念ながらそういう方と、確定(笑)。

ガルちゃんとこ、勢いがありますね。

ごまかせませんよ、痛みも悼みもな~んにも無い空っぽの今の内廷ズのことは・・・無惨な話です。

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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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