FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 未分類
  2. tb: 0
  3. cm: 0
  4. [ edit ]

一月は「いく」二月は「逃げる」日々は猛スピードですね。

こんばんは。

えまさん。

中也の記念館は、ねじねじ、と幹のよじれた樹を目印のように、、目立たない感じにありましたが、本当によかったです。

先日も記した通り、直筆原稿が多く残っています。生家は中也の死後、火事に見舞われたりしたのですが、身内の方々が彼の遺品を懸命に運び出された、と読んで、胸が熱くなりました。

ドテラが展示されていました。写真のイメージ通り、小柄な男性だったのがわかります。

織りが、素晴らしいのです。ちょっと見惚れるくらい、緻密で素敵な織りのドテラでした。

山口県山口市湯田温泉、という町にありました。あたりは温泉の湧出する場所のようで、町の中に突然、足湯があったりしました。

山イチゴさんご夫妻に連れて行っていただけて、感謝しています。

もう一つの話題。

私に向かってどうとか、とは、思ったりしませんよ~。爆。

私に向かって叫んで気が済むなら、叫んじゃって下さいよ、どうぞ。

私も、叫んだり怒ったり噛み付いたりしていますから。

吼えてよ、叫んでよ、わめいてよ。楽しい話も、しましょうね。


ようこさん。

毎年、家族で、海へいらしたのですか。

昔の水着(私の母は海水着、なんて呼んでいました)。ビニールの、ヘンな()帽子をすぽっと被ったり、しませんでしたか。

かき氷は、こめかみがキーンとなる冷たさで、激しい色のシロップのあの人工的な甘さは、海岸で口にする時、たまらなく美味しかった。シロップは少ししかかけてくれないので「美味しいものは後に回す」派の私は、初めはシロップのたっぷりでないてっぺんから黙々と片付け、やがて赤や黄色の冷たい甘い色水となった「かき氷」を、味わって、惜しんで、飲みました。

イチゴ、とかレモン、とか、色のついたかき氷は呼ばれていたけれど、私のまわりでは、今でいう「みぞれ」、砂糖水をかけた色の無いものを「しろ」と呼んでいました。愛想なく・・・笑。

海の家のラーメン・・それは私の記憶に無い・・・いいな~、美味しかったでしょうね。塩っけのものが欲しいんですよね。

お父さんも、お母さんも、ご兄弟もご一緒だったのでしょうね。子どもの幸せって、きっと、それですね。

幸せな、夏の記憶。海の記憶。

私は、ようこさんのように家族揃って、ではないですが、それなりに、毎年の夏の記憶、記憶の海が、心の中にあります。

今は、すべて埋め立てられて、コンビナートの町、人工の町になってしまっています。

<「あの海」は今はない>。

変わってゆく自然、変わってゆく故郷のかたち、は、日本のどこにも見られる残念さですが。

「あの海」は今は無い。

福島県いわき市、忽来(くつな)。そこが、ようこさんの生まれ育った町。

あの海は今は無い。・・・・・なんとも言いようのない気持ちです。


山イチゴさん。

私は、こしあんより粒あん派なのです。おしるこより、ぜんざい。

あまり甘いものも食べないけど、粒あんのっものがテーブルにあると、ふと、食べたい気になりますね。

二号機などの温度計は、私たちがイメージする「温度計」とは、全く違うもののようですね。

今回は、東京電力の発表のように、温度計の故障だった、というのが、ほぼ本当かと結論づけられるようです。

誰も見に行けないから、推測するしかないのですよね。

とにかく、新たにイヤなことが起きて来ませんように、というのが、本音です。願いです。

残りの温度計が、では、正しく働いているかどうかは、それも「解らない」ということらしく。

東京電力も「ワルイ」のは事実と思いますが、代々の政府がやはり、いちばん「わるい」という話を、聞いたりしました。

そういう話を、ここで言えるほどの知識は、私には無いのです。ただ、他の、自然の燃料より(石油やガスや)、原子力は、安い。とっても安い、とうのは、本当だったようです。二酸化炭素も出ないし、と。

で、その「安い」話の中には、何か起こった時の後始末のためおお金が実際、含まれていなかった。

はじめは、たとえば25円とかで売る原子力・電気の中には、例えば数円・・・十円くらいは、余裕が作られていて、それは、必ず出るゴミ・・・核のゴミの、処理代として、プールされてあるべきものだった。

地下、二千メートルくらいまで深く掘って、必ず出るゴミを、地中深くに埋めておく。

永い年月の間に、簡単に地表近くに出て来たりしないように、それくらい深いところに。

当然、技術もお金も要る、そのための、例えば十円くらいの分を、そのために取っておかないで、役人やばらまくお金や、こっちへよこせ、いや、あそこへ運ばねば、と、使ってきてしまった歴史が、あるのだそうです。

だから今、こうなって、お金が無い。

なさけないな~と、聞いておりました。

・・・いろんなことの温度が違うのは、今に始まったことではないですね。

沖縄の方々は、ずっと、そういう気持ちを抱いて来ておられるでしょうし、先日の知的障害者さんが福島の仮設施設に戻られた件も、そう。

集団で避難しておられた場所は、千葉県の、鴨川青年の家、というところでした。十ヶ月そこにおられて、土地柄も人も暖かかった、と、感謝しておられたそうです。

でも、いつまでもいられない。お返ししなければならない。

障害者さんがたの問題でも、温度差、というものは、如実にあると思います。

じりじり、いらいら、も、あると思います。

これからは、今まで三人で分けていたドラ焼きを、五人で分けなければならない時代になるのではないか、と、考えるのです。

馴染みにくくても、大変でも、帰るしかない。そういうことなのでしょう。

辛いことですが、そうなのだと思います。

当たり前、が変わるときだと思うのです。皆で覚悟せなあかんのではないか、と、私は、考えてます。








スポンサーサイト






 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・