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昭和天皇の御製 



間があいてしまいましたが、昭和天皇さまの御製を、御崩御までを、紹介させていただきます。

命終に近い苦しいご闘病のなかにも、次なる歌会始の儀のための御製を、用意しておられました。

人びとの幸と、国の平らぎと、世界の平和を祈っておられた、

天皇陛下でいらしたのだ、と、改めて、思いました。



昭和天皇御製

 
                      参考:桜楓社発行「おほみうた」
                         創樹社発行「昭和天皇の和歌」
 
                               *は歌会始御製

 
 昭和三十七年
 
 「土」
*武蔵野の草のさまざまわが庭の 土やはらげておほしたてきつ
 
 「日本遺族会創立十五周年」
 年あまたへにけるけふものこされし うから思へばむねせまりくる
 
 「傷痍軍人のうへを思ひて」
 年あまたへにけるけふも国のため 手きずおひたるますらをを思ふ
 
 「遺族のうへを思ひて」
 国のためたふれし人の魂タマをしも つねなぐさめよあかるく生きて
 
 (福井県植樹祭)
 遠山に霞にくもる女形谷ヲナガダニ諸人とともに松の苗植う
 
 「長良川の鵜飼」
 篝火をたきつつくだる舟ぞひに 鵜は川波にたくみにくぐる
 
 「前同」
 長良川鵜飼の夜を川千鳥 河鹿の声の近くきこゆる
 
 (和歌山県巡行)
 雨にけぶる神島を見て紀伊キの国の 生みし南方熊楠をおもふ
 
 「日光小田代ケ原 二首」
 いく代へしから松林なほき幹の ひまにまじりて白樺の立つ
 
 「前同」
 から松の森のこずゑをぬきいでて 晴れたる空に男体そびゆ
 
 「桃山御陵 三首」
 陵ミササギも五十の年をへたるなり 祖父オホヂのみこころの忘れかねつも
 
 「前同」
 五十をばへにける年にまのあたり 国のさま見ていにしへおもふ
 
 「前同」
 桃山に参りしあさけつくづくと その御代を思ひむねせまりくる
 
 (新潟県沖地震)
 地震(ナヰ)にゆられ火に焼かれても越コシの民 よく堪へてここに立直りたり
 
          
 昭和三十八年
 
 「草原」
*那須の山そびえてみゆる草原に いろとりどりの野の花はさく
 
 「秋芳洞 二首」
 若き日にわが名づけたる洞穴に ふたたびは来てくだりゆかむとす
 
 「前同」
 洞穴もあかるくなれりここに住む 生物いかになりゆくらむか
 
 「笠山 三首のうち二首」
 そのむかしアダムスの来て貝とりし 児島をのぞむ沖べはるかに
 
 「前同」
 波たたぬ日本海にうかびたる 数の島影は見れどあかぬかも
 
 「二大事故(国鉄横須賀線・三井三池炭坑)」
 大いなる禍マガのしらせにかかること ふたたびなかれとただ祈るなり
 
 昭和三十九年
 
 「紙」
*世に出イダすと那須の草木の書フミ編みて 紙のたふときことも知りにき
 
 「前同」
 わが庭にかうぞの木もて毛の国の 紙のたくみは紙にすきたり
 
 「佐渡の宿」
 ほととぎすゆふべききつつこの島に いにしへ思へば胸せまりくる
 
 「おけさ丸」
 風つよき甲板にして佐渡島に わかれをしみて立ちつくしたり
 
 「昭憲皇太后をしのぶ 二首」
 わが祖母オホバは煙管手にしてうかららの 遊をやさしくみそなはしたり
 
 「前同」
 おとうとら友らつどひておほまへに 芝居したりき沼津の宮に
 
 「オリンピック東京大会」
 この度のオリンピックにわれはただ ことなきをしも祈らむとする
 
 昭和四十年
 
 「鳥」
*国のつとめはたさむとゆく道のした 堀にここだも鴨は群れたり
 
 「前同」
 草ふかき那須の原より飛びいでし せつかの声を雲間にぞきく
 
 「新幹線 二首のうち一首」
 避け得ずに運転台にあたりたる 雀のあとのまどにのこれり
 
 「鳥取県植樹祭」
 しづかなる日本海をながめつつ 大山のみねに松うゑにけり」
 
 「三朝ミササの宿 二首」
 戦タタカヒの果ててひまなきそのかみの 旅をししのぶこの室を見て
 
 「前同」
 夜の間に河鹿のこゑのひびくなり きよきながれの三朝の川に
 
 「鳥取砂丘」
 砂の丘四里もつづけりかなたなる 松のはやしに雲雀のこゑす
 
 「宍道湖 三首のうち二首」
 夕風の吹きすさむなべに白波の たつみづうみをふりさけてみつ
 
 「前同」
 湖のますあみを見ておもふかな 白魚むれてきたりしころを
 
 「岐阜国民体育大会」
 晴るる日のつづく美濃路に若人は 力のかぎりきそひけるかな
 
 飼ひなれしきんくろはじろほしはじろ 池にあそべりゆふぐれまでも
 
 「厚子病気全快」
 背のねがひ民のいのりのあつまりて うれしききみはみ病なほりぬ
 
 昭和四十一年
 
 「声」
*日日のこのわがゆく道を正さむと かくれたる人の声をもとむる
 
 「鳩 二首」
 静かなる世になれかしといのるかな 宮居の鳩のなくあさぼらけ
 
 「前同」
 国民のさちあれかしといのる朝 宮居の屋根に鳩はとまれり
 
 昭和四十二年
 
 「魚」
*わが船にとびあがりこし飛魚を さきはひとしき海を航ユきつつ
 
 「孝明天皇陵参拝 二首」
 百年のむかししのびてみささぎを をろがみをれば春雨のふる
 
 「前同」
 春ふけて雨のそぼふる池みづに かじかなくなりここ泉湧寺
 
 「牡丹」
 春ふかみゆふべの庭に牡丹花は くれなゐふかくさきいでにけり
 
 「埼玉国民体育大会 秩父宮記念館」
 おとうとをしのぶゆかりのやかたにて 秋ふかき日に柔道を見る
 
 「武甲山登山口」
 山裾の田中の道のきぶねぎく ゆふくれなゐににほへるを見つ
 
 「吉田茂追憶」
 君のいさをけふも思ふかなこの秋は さびしくなりぬ大磯の里
 
 「前同」
 外国の人とむつみし君はなし 思へばかなしこのをりふしに
 
 昭和四十三年
 
 「川」
*岸ちかく烏城ウジョウそびえて旭川 ながれゆたかに春たけむとす
 
 「宮殿竣功」
 新しく宮居成りたり人びとの よろこぶ声のとよもしきこゆ
 
 「北海道開道百年 層雲峡」
 そびえたつ大雪山のたにかげに 雪はのこれり秋立ついまも
 
 「稚内公園」
 樺太に命をすてしたをやめの こころを思モへばむねせまりくる
 
 昭和四十四年
 
 「星」
*なりひびく雷雨のやみて彗星の かがやきたりき春の夜空に
 
 「新宮殿初参賀」
 あらたまの年をむかへて人びとの こゑにぎはしき新宮の庭
 
 (靖国神社参拝)
 国のためいのちささげし人々を まつれる宮はももとせへたり
 
 「縄ケ池」
 水きよき池の辺ホトリにわがゆめの かなひたるかもみづばせを咲く
 
 「五島列島福江島」
 久しくも五島を視むと思ひゐしが つひにけふわたる波光テる灘を
 
 昭和四十五年
 
 「花」
*白笹山のすその沼原黄の色に につこうきすげむれ咲きにほふ
 
 「明治神宮鎮座五十年祭に 明治天皇をしのぶ」
 おほぢのきみのあつき病の枕べに 母とはべりしおもひでかなし
 
 「七十歳になりて 四首」
 七十ナナソヂの祝ひをうけてかへりみれば ただおもはゆく思ほゆるのみ
 
 「前同」
 ななそぢの迎へたりけるこの朝も 祈るはただに国のたひらぎ
 
 「前同」
 よろこびもかなしみも民と共にして 年はすぎゆきいまはななそぢ
 
 「前同」
 ななそぢになりしけふなほ忘れえぬ いそとせ前のとつ国のたび
 
 「福島県植樹祭 磐梯」
 松苗を天鏡台にうゑをへて いなはしろ湖をなつかしみ見つ
 
 「岩手県の旅・国民体育大会」
 人びとは秋のもなかにきそふなり 北上川のながるるあがた
 
 「万国博覧会」
 きのふよりふりいでし雪はやはれて 万国博覧会の時はいたりぬ
 
 「折にふれて」
 筑紫の旅志布志の沖にみいでつる カゴメウミヒドラを忘れかねつも

 
 昭和四十六年
 
 「家」
*はてもなき砺波トナミのひろ野杉むらに とりかこまるる家いへの見ゆ
 
 「欧州の旅(伊勢神宮参拝)」
 外国トツクニの旅やすらけくあらしめと けふは来ていのる五十鈴の宮に
 
 「前同(前同所感)」
 戦をとどめえざりしくちをしさ ななそぢになる今もなほおもふ
 
 「前同」
 戦果ててみそとせ近きになほうらむ 人あるをわれはおもひかなしむ
 
 「前同」
 さはあれど多くの人はあたたかく むかへくれしをうれしと思ふ
 
 「前同」
 戦にいたでをうけし諸人の うらむをおもひ深くつつしむ
 
 「前同 ワーテルローのパノラマを見て」
 戦の烈しきさまをしのびつつ パノラマみれば胸せまりくる
 
 「前同」
 時しもあれ王室の方の示されし あつきなさけをうれしとぞ思ふ
 
 「前同(光化学スモッグのこと)」
 秋の日に黒き霧なきはうらやまし ロンドンの空はすみわたりたる
 
 「前同」
 戦ひて共にいたつきし人々は あつくもわれらをむかへくれける
 
 「前同 デンマークの陶器工場にて」
 いそとせまへの外国の旅にもとめたる 陶器スエモノ思ひつつそのたくみ場に立つ
 
 「前同」
 この園のボールニシキヘビおとなしく きさきの宮の手の上にあり
 
 「前同」
 緑なる角もつカメレオンおもしろし わが手の中におとなしくゐて
 
 「前同(ウィンザー公と再会)」
 若き日に会ひしはすでにいそとせまへ けふなつかしくも君とかたりぬ
 
 「前同 フランス ホテル・クリヨンよりコンコルドの広場を眺む」
 この広場ながめつつ思ふ遠き世の わすれかねつる悲しきことを
 
 「前同」
 アラスカの空に聳えて白じろと マッキンレーの山は雪のかがやく
 
 「前同」
 外国の空の長旅ことなきは たづさはりし人の力とぞ思ふ
 
 昭和四十七年
 
 「山」
*ヨーロッパの空はろばろととびにけり アルプスの峰は雲の上に見て
 
 「伊豆須崎にて」
 谷かげの林の春は淡くして 風藤葛フウトウカヅラの実のあかあかと見ゆ
 
 「奄美大島マングローブの自生地にて」
 潮のさす浜にしげたるメヒルギと オヒルギを見つ暖国に来て
 
 昭和四十八年
 
 「子ども」
*氷る広場すべる子どもらのとばしたる 風船はゆくそらのはるかに
 
 「式年遷宮」
 宮移りの神にささぐる御宝の わざのたくみさみておどろけり
 
 「前同」
 秋さりてそのふの夜のしづけきに 伊勢の大神をはるかにをろがむ
 
 「上野動物園にて」
 ロンドンの旅おもひつつ大パンダ 上野の園にけふ見つるかな
 
 日本猿の親は子をつれゆくりなくも 森のこかげにあらはれたりけり
 
 「東久迩信彦の子供ロンドンに生る」
 やすらけく日向路さして立ちにけり 曾孫のあれしよろこびを胸に
 
 「須崎の冬」
 風寒く師走の月はさえわたり 海を照らしてひかりかがやく
 
 昭和四十九年
 
 「朝」
*岡こえて利島トシマかすかにみゆるかな 波風もなき朝のうなばら
 
 「須崎早春」
 緑こきしだ類をみれば楽しけど 世をしおもへばうれひふかしも
 
 「那須の町営牧場」
 あまたの牛のびのびと遊ぶ牧原に はたらく人のいたつき思ふ
 
 「迎賓館」
 たちなほれるこの建物に外つ国の まれびとを迎へむ時はきにけり
 
 「米国フォード大統領の初の訪問」
 大統領は冬晴のあしたに立ちましぬ むつみかはせしいく日ニチを経て
 
 「八幡平ハイツにて」
 夕空にたけだけしくもそびえたつ 岩手山には雪なほのこる
 
 「国民休暇村水郷にて」
 おそ秋の霞ヶ浦の岸の辺に 枯れ枯れにのこる大きはちす葉
 
 「十一月八日 内宮にまゐりて」
 冬ながら朝暖かししづかなる 五十鈴の宮にまうで来つれば

 昭和五十年
 
 「祭り」
*我が庭の宮居に祭る神神に 世の平らぎをいのる朝朝
 
 「北米合衆国の旅行 三首」
 いそぢあまりたちしちぎりをこの秋の アメリカの旅にはたしけるかな
 
 「前同」
 ながき年心にとどめしことなれば 旅の喜びこの上もなし
 
 「前同」
 こともなくアメリカの旅を終へしこと もろもろのひとの力ぞと思ふ
 
 「ワシントン私邸にて」
 在りし日のきみの遺品を見つつ思ふ をさなき頃に学びしことなど
 
 「アーリントン墓地にて」
 この国の戦死将兵をかなしみて 花環ささげて篤くいのりぬ
 
 「リンカーン記念堂にて」
 戦の最中モナカも居間にほまれの高き 君が像をかざりゐたりき
 
 「前同」
 わが国にてしりしなつかしきシーボルト ここに来たりて再びあひぬ
 
 「前同(佐分利貞夫外交官)」
 君が像スガタをわれにおくりし佐分利貞夫の 自らいのちを絶ちし思ほゆ
 
 「バルツ農場にて」
 畑つもの大豆のたぐひ我が国に わたり来む日も遠からなくに
 
 「サンディエゴ動物園にて」
 オカピーを現ウツつにみたるけふの日を われのひと世のよろこびとせむ
 
 「前同」
 豪州よりユーカリの木をうつしうゑて 飼いならしたりこのコアラベアは
 
 「捕鯨反対のデモ」
 時々は捕鯨反対をわれに示す 静かなるデモにあひにけるかな
 
 「多くの日系人にあひて」
 アメリカのためにはたらく人々の すがたをみつつたのもしと思ふ
 
 「前同」
 幸得たる人にはあれどそのかみの いたつきを思へばむねせまりくる
 
 「米国の旅行を無事に終へて帰国せし報告のため伊勢神宮に参拝して」
 たからかに鶏(奚+隹)トリのなく声ききにつつ 豊受の宮を今日しをろがむ
 
 「三重国民体育大会」
 秋深き三重の県アガタの人びとは さはやかにしもあひきそひけり
 
 「朝熊アサマ山の眺望」
 をちかたは朝霧こめて秋ふかき 野山のはてに鳥羽の海みゆ
 
 「湖畔のホテルにて」
 比良の山比叡の峯の見えてゐて 琵琶のみづうみ暮れゆかむとす
 
 「ハイレ・セラシエ エチオピア皇帝を悼む」
 永き年親しみまつりし皇帝の 悲しきさたをききにけるかな
 
 昭和五十一年
 
 「坂」
*ほのぐらき林の中の坂の道 のぼりつくせばひろきダム見ゆ
 
 「在位五十年」
 喜びも悲しみも皆国民と ともに過スグしきぬこの五十年
 
 「前同 東宮御所の祝」
 鮮やかなるハタタテハゼ見つつうかららと かたるもたのししはすにつどひて
 
 夕餉をへ辞書をひきつつ子らとともに しらべものすればたのしくもあるか
 
 「国際電信電話株式会社 茨城衛星通信所 二首のうち一首」
 このゆふべ南伊豆にて大雨の ふるとしききてうれひはふかし
 
 「佐賀の宿にて」
 朝晴の楠の木の間をうちつれて 二羽のかささぎとびすぎにけり
 
 昭和五十二年
 
 「海」
*はるばると利島トシマのみゆる海原の 朱アケにかがやく日ののぼりきて
 
 「須崎の立春」
 春たてど一しほ寒しこの庭の やぶこうじの葉も枯れにけるかな
 
 「常陸宮の新邸」
 新しき宮のやしきをおとづれて 二人のよろこびききてうれしも
 
 「高野山にて」
 史フミに見るおくつきどころををろがみつつ 杉大樹オホキ並む山のぼりゆく
 
 「折にふれて」
 初秋の空すみわたり雲の峯 ひざかりにそびゆ那須岳の辺ヘに
 
 弘前の秋はゆたけしりんごの実 小山田の園をあかくいろどる

 
 昭和五十三年
 
 「母」
*母宮のひろひたまへるまてばしひ 焼きていただけり秋のみそのに
 
 春はやく南風ハエふきたてて鳴神の とどろく夜なり雨ふりしきる
 
 「長野県の旅・繊維工業試験場にて」
 コンピューター入れて布地を織りなせる すすみたるわざに心ひかるる
 
 「中央線の車中にて」
 山やまの峯のたえまにはるけくも 富士は見えたり秋晴れの空
 
 「戸隠にて」
 秋ふけて緑すくなき森の中 ゆもとまゆみはあかくみのれり
 
 「高知県植樹祭」
 甫喜ケ峯みどり茂りてわざわひを ふせぐ守りになれとぞ思ふ
 
 昭和五十四年
 
 「丘」
*都井岬の丘のかたへに蘇鉄見ゆ ここは自生地の北限にして
 
 「明治村にて」
 人力車瓦斯燈などをここに見て なつかしみ思ふ明治の御代を
 
 「加江田渓谷にて」
 蘚むせる岩の谷間におひしげる あまたのしだは見つつたのしも
 
 「正倉院」
 遠つおやのいつき給へるかずかずの 正倉院のたからを見たり
 
 「甘橿丘にて」
 丘にたち歌をききつつ遠つおやの しろしめしたる世をししのびぬ
 
 「法隆寺」
 過ぎし日に炎をうけし法隆寺 たちなほれるをけふはきて見ぬ
 
 昭和五十五年
 
 「桜」
*紅クレナイのしだれざくらの大池に かげをうつして春ゆたかなり
 
 「成人式」
 初春におとなとなれる浩宮の たちまさりゆくおひたちいのる
 
 「須崎の春」
 朝風に白波たてりしかすがに 霞の中の伊豆の大島
 
 「明治神宮鎮座六十年にあたり明治天皇を偲びまつりて」
 外つ国の人もたたふるおほみうた いまさらにおもふむそぢのまつりに
 
 「伊勢神宮に参拝して」
 五月晴内外の宮にいのりけり 人びとのさちと世のたひらぎを
 
 「前同 賢島宝生の鼻」
 花の咲くそよごうばめがし生ひ茂り 浜辺の岡はこきみどりなり
 
 「栃木国民体育大会」
 とちの木の生ふる野山に若人は あがたのほまれをになひてきそふ
 
 「上二子山にて」
 岩かげにおほやましもつけ咲きにほふ ところどころのももいろの花
 
 「箒川のほとり滝岡にて」
 小雨ふる那須野が原を流れゆく 小川にすめるみやこたなごは
 
 昭和五十六年
 
 「音」
*伊豆の海のどかなりけり貝をとる 海人の磯笛の音のきこえて
 
 「春一番」
 南風ハエつよく雨もはげしき春のあらし ことしはおくれてやうやくきにけり
 
 須崎より帰りきにけるわが庭に はなあやめ咲けり梅雨寒のけふ
 
 「桃華楽堂にて沖縄の民謡と舞踊を見る」
 沖縄の昔の手ぶり子供らは しらべにあはせたくみにをどる
 
 「神戸ポートアイランド」
 めづらかにコンピューターにて動きゆく 電車に乗りぬここちよきかな
 
 伊香保山森の岩間に茂りたる しらねわらびのみどり目にしむ
 
 「大佛殿」
 いくたびか禍マガをうけたる大佛も たちなほりたり皆のさちとなれ
 
 「那須にて」
 野分の風ふきあれくるひ高原の 谷間のみちはとざされにけり
 
 「警視庁新館を見て」
 新しき館を見つつ警察の 世をまもるためのいたつきを思ふ
 
 「出光佐三逝く」
 国のためひとよつらぬき尽くしたる きみまた去りぬさびしと思ふ

 昭和五十七年
 
 「橋」
*ふじのみね雲間に見えて富士川の 橋わたる今の時の間惜しも
 
 さんしゅゆの花を見ながら公魚ワカサギと 菜の花漬を昼にたうべぬ
 
 わが庭のひとつばたごを見つつ思ふ 海のかなたの対馬の春を
 
 わが庭のそぞろありきも楽しからず わざはひ多き今の世を思へば
 
 八月ハヅキなる嵐はやみて夏の夜の 空に望月のかがやきにけり
 
 「日御碕にて」
 秋の果の碕ミサキの浜のみやしろに をろがみ祈る世のたひらぎを
 
 「行徳野鳥観察舎にて」
 秋ふくる行徳の海をみわたせば すずがもはむれて渚にいこふ
 
 「八丈島にて」
 暖かき八丈島の道ゆけば 西山そびゆふじの姿して
 
 住む人の幸いのりつつ三宅島の ゆたけき自然に見入りけるかな
 
 昭和五十八年
 
 「島」
*凪ぎわたる朝明アサケの海のかなたには ほのぼのかすむ伊豆の大島
 
 「気多神社の森」
 斧入らぬみやしろの森めづらかに からたちばなの生ふるを見たり
 
 「埼玉県の旅行 行田の足袋を思ふ」
 足袋はきて葉山の磯を調べたる むかしおもへばなつかしくして
 
 「那須にて」
 夏山のゆふくるる庭に白浜の きすげの花は涼しげにさく
 
 「同じく(那須にて)」
 秋くれどあつさはきびし生業ナリハヒの 人のよろこびきけばうれしも
 
 「同じく(那須にて)」
 ボーイスカウトのキャンプに加はりしときの話 浩宮よりききしことあり
 
 「上州の秋 二首のうち一首」
 そびえたる三つの遠山みえにけり かみつけの秋の野は晴れわたる
 
 「須崎の冬」
 冬空の月の光は冴えわたり あまねくてれり伊豆の海原
 
 「木俣修逝く」
 義宮に歌合せなどを教へくれし 君をおもへばかなしみつきず
 
 昭和五十九年
 
 「緑」
*潮ひきし須崎の浜の岩の面オモ みどりにしげるうすばあをのり
 
 「赤坂東宮御所にゆきて」
 桜の花さきさかる庭に東宮らと そぞろにゆけばたのしかりけり
 
 「ロサンゼルスオリンピック」
 外国トツクニびととををしくきそふ若人の 心はうれし勝ちにこだはらず
 
 「那須にて」
 石塀を走り渡れるにほんりすの すがたはいとし夏たけし朝
 
 「鴨川シーワールドにて」
 いと聡きばんどういるかとさかまたの ともにをどるはおもしろきかな
 
 「天鏡閣」
 むそぢ前に泊りし館の思出も ほとほときえぬ秋の日さびし
 
 昭和六十年
 
 「旅」
*遠つおやのしろしめしたる大和路の 歴史をしのびけふも旅ゆく
 
 はるとらのをま白き花の穂にいでて おもしろきかな筑波山の道
 
 「皇居のベニセイヨウサンザシ」
 夏庭に紅(クレナヰ)の花さきたるを イギリスの浩宮も見たるなるべし
 
 「熊本県にて」
 なつかしき雲仙岳と天草の 島はるかなり朝晴れに見つ
 
 「米子市にて」
 あまたなるいか釣り舟の漁火は 夜のうなばらにかがやきて見ゆ
 
 「後水尾天皇を偲びまつりて」
 建物も庭のもみぢもうつくしく 池にかげうつす修学院離宮
 
 「リニアモーターカーに乗りて」
 リニアモーターカーに初めて乗りぬ やや浮きてはやさわからねどここちよきなり

 
 昭和六十一年
 
 「水」
*須崎なる岡をながるる桜川の 水清くして海に入るなり
 
 沼原にからくも咲けるやなぎらんの 紅の花をはじめて見たり
 
 「両国の国技館」
 ふたたび来て見たるやかたのこの角力 さかんなるさまをよろこびにけり
 
 「山梨国民体育大会」
 晴れわたる秋の広場に人びとの よろこびみつる甲斐路国体
 
 (山梨県)
 斧入らぬ青木ヶ原のこの樹海 のちの世までもつたへらるべし
 
 (高松宮の病)
 うれはしき病となりし弟を おもひつつ秘めて那須に来にけり
 
 (前同)
 成宮に声たててなくほととぎす あはれにきこえ弟をおもふ
 
 「後藤光蔵元侍従武官の死去」
 知恵ひろくわきまへ深き軍人の まれなる君のきえしををしむ
 
 昭和六十二年
 
 「木」
*わが国のたちなほり来し年どしに あけぼのすぎの木はのびにけり
 
 「八月十五日」
 この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことにうれひは深し
 
 「しるしの木にたぐへて兄弟のうへをよめる」
 わが庭の竹の林にみどり濃き 杉は生ふれど松梅はなき
 
 「高速船シーガルに乗りて」
 ひさしぶりかつをどりみて静かなる おほうなばらの船旅うれし
 
 (皇太子に国事行為の臨時代行をゆだねられる)
 秋なかば国のつとめを東宮に ゆづりてからだやすめけるかな
 
 思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを
 
 国民に外つ国人も加はりて 見舞を寄せてくれたるうれし
 
 「酒井恒博士逝く」
 船にのりて相模の海にともにいでし 君去りゆきぬゆふべはさびし
 
 「木原均博士逝く」
 久くも小麦のことにいそしみし 君のきえしはかなしくもあるか
 
 昭和六十三年
 
 「車」
*国鉄の車にのりておほちちの 明治のみ世をおもひみにけり
 
 「伊豆須崎の春 三月」
 みわたせば春の夜の海うつくしく いかつり舟のひかりかがやく
 
 「道潅堀 七月」
 夏たけて堀のはちすの花みつつ ほとけのをしへおもふ朝かな
 
 「全国戦没者追悼式」
 やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるかきざしみゆれど
 
 「那須」
 あぶらぜみのこゑきかざるもえぞぜみと あかえぞぜみなく那須の山すずし
 
 「那須の秋の庭 九月」
 あかげらの叩く音するあさまだき 音たえてさびしうつりしならむ
 
 (治療にあたった医師への歌)
 くすしらの進みしわざにわれの身は おちつきにけりいたつきを思ふ
 
 昭和六十四年
 
 「晴」(歌会始のためにご準備された御製)
 空晴れてふりさけみれば那須岳は さやけくそびゆ高原のうへ


 
 昭和六十一年
 
 「水」
*須崎なる岡をながるる桜川の 水清くして海に入るなり
 
 沼原にからくも咲けるやなぎらんの 紅の花をはじめて見たり
 
 「両国の国技館」
 ふたたび来て見たるやかたのこの角力 さかんなるさまをよろこびにけり
 
 「山梨国民体育大会」
 晴れわたる秋の広場に人びとの よろこびみつる甲斐路国体
 
 (山梨県)
 斧入らぬ青木ヶ原のこの樹海 のちの世までもつたへらるべし
 
 (高松宮の病)
 うれはしき病となりし弟を おもひつつ秘めて那須に来にけり
 
 (前同)
 成宮に声たててなくほととぎす あはれにきこえ弟をおもふ
 
 「後藤光蔵元侍従武官の死去」
 知恵ひろくわきまへ深き軍人の まれなる君のきえしををしむ
 
 昭和六十二年
 
 「木」
*わが国のたちなほり来し年どしに あけぼのすぎの木はのびにけり
 
 「八月十五日」
 この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことにうれひは深し
 
 「しるしの木にたぐへて兄弟のうへをよめる」
 わが庭の竹の林にみどり濃き 杉は生ふれど松梅はなき
 
 「高速船シーガルに乗りて」
 ひさしぶりかつをどりみて静かなる おほうなばらの船旅うれし
 
 (皇太子に国事行為の臨時代行をゆだねられる)
 秋なかば国のつとめを東宮に ゆづりてからだやすめけるかな
 
 思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを
 
 国民に外つ国人も加はりて 見舞を寄せてくれたるうれし
 
 「酒井恒博士逝く」
 船にのりて相模の海にともにいでし 君去りゆきぬゆふべはさびし
 
 「木原均博士逝く」
 久くも小麦のことにいそしみし 君のきえしはかなしくもあるか
 
 昭和六十三年
 
 「車」
*国鉄の車にのりておほちちの 明治のみ世をおもひみにけり
 
 「伊豆須崎の春 三月」
 みわたせば春の夜の海うつくしく いかつり舟のひかりかがやく
 
 「道潅堀 七月」
 夏たけて堀のはちすの花みつつ ほとけのをしへおもふ朝かな
 
 「全国戦没者追悼式」
 やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるかきざしみゆれど
 
 「那須」
 あぶらぜみのこゑきかざるもえぞぜみと あかえぞぜみなく那須の山すずし
 
 「那須の秋の庭 九月」
 あかげらの叩く音するあさまだき 音たえてさびしうつりしならむ
 
 (治療にあたった医師への歌)
 くすしらの進みしわざにわれの身は おちつきにけりいたつきを思ふ
 
 昭和六十四年
 
 「晴」(歌会始のためにご準備された御製)
 空晴れてふりさけみれば那須岳は さやけくそびゆ高原のうへ



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コメント

〜和歌山のお歌より〜

南方熊楠先生の愛された土地を
秋篠宮様と紀子様は大学のサークル?で訪れられました。

改めて、感慨深いです。

南方熊楠先生は、
まぁ、なんというか、、、
探究の為ならば、の「大バカ」が付くほどの方だったそうです。

昭和天皇に、研究のサンプル?を献上(すみません、献上でいいのかしら?)の時も、
キャラメルの箱に入れていたとか…

サンプル採取の為の海外渡航など、奇想天外な話がたくさん、

南方熊楠、ネットで御覧になられると
面白いです。


BBさんのコメ欄より

桜調べ16/07/26 17:22
今の体たらくの皇室をどう見て
いらっしゃるでしょうか。
ユーモア溢れる天皇のお声と
国民を思い質素なご生活をされる
昭和天皇の素晴らしさに痛み入り
ました。
昭和を知っておくことは、大切な
ことと思います。

https://m.youtube.com/watch?v=Nh4g6h9pNTI&itct=CBgQpDAYACITCPul1uDXkM4CFc6bWAodW58A5jIHcmVsYXRlZEi-paGe5fuU1zU%3D


https://m.youtube.com/watch?v=l2lkki8swEg&itct=CBYQpDAYASITCO6WlZXZkM4CFVAiWAodI7oPpjIHcmVsYXRlZEi-paGe5fuU1zU%3D

今頃にして分かったこと。

kuon様、
昭和天皇の御製をありがとうございます。
私はkuon様が、和歌について書いて下さったのをきっかけに初めて和歌は、言霊だと
気が付いた者です。

解説や、読み方など一切付け加えずに
御製を並べてくださいました。

順番に読み進む内に、なんですか
温かいお湯のようなものに胸の内が満たされて
涙さえ浮かんできたのです。

天皇の心からほとばしる 民を想う気持ち、
時代の記録、人としての愛情溢れる
尊い御歌が沢山あるのですね。

私はkuon様が、ミテコさんの和歌から
人柄を読み解いた時に
本当に和歌とは
凄いと初めて認識した位
和歌とは無縁でした。

そんな私でも、昭和天皇の無私なる
お心が、

これらの言の葉のあちこちからこぼれ落ちて
自分の心に沁みてくる事を感じ取れます。

昭和の天皇陛下は
言葉で いつもいつも民を寿いでくださって
いたのですね。
悪しきものは言霊にてお祓い下さっていたのです。

並べられた多くの和歌から
今更ながら昭和天皇の愛情を感じる事ができました。

ミテコさんのあの、私が、私がの
クネクネ三十一文字や、

股子さんの じゅういちねんまえ〜、。
あれは、なんというものなのでしょうか?

マイ ポエム?

それにしても
この国は言霊の幸う国とは
良く言ったものです。

私も注意して生きて行こうと思った次第です。
渾身の一編をありがとうございました。



No title

こんばんは

初めて昭和天皇の
和歌しみじみ読ませていただきました。

喜びも悲しみも幾年月もあれば
身近な生きものであったり自然、その土地、人々であったり・・・・
ご自身が歌を詠むのがお好きだったんでしょうね

リニアモーターカーに初めて乗りぬ 
やや浮きてはやさわからねどここちよきなり

ユーカリを植えて自分もコアラ飼い慣らしたい
コンピュータで動く電車が楽しい
イルカとシャチが踊ってるのが面白い

など、可愛い〜と笑ってしまいました。(失礼・笑)


国内で出てくる各地
もしかしたらパパリンとほとんど行ったかもで
読んでて、景色が浮かんできました。

明治村にて・・・
もしかしてパラダイスちゃうの?と行きましたが、
勢いよく文明開化が始まった頃の
重厚な展示物や建物や当時のお召し列車など
なつかしみ思ふ明治の御代が沢山ありました。

弘前の秋はゆたけしりんごの実・・・
で、りんごって明治時代に日本に入ってきたそうで
弘前で教えてもらい
晩秋の赤い実が沢山なってた
林檎畑で驚いた事も思い出しました

おバカなな私でも
しみじみ心に染み入る歌ばかりで
『津軽のふるさと』が歌いたくなりました(笑)



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昭和天皇

40年近く前のことです。母の職場が伊勢台風で被害の大きかったところにありました。立派な水門が完成したとかで陛下がこられました。学生の私は興味も薄く乗り気ではなかったのですが、母と一緒に車道で待っていました。遠くから見えるピカピカ光る車列、オーラと言うのでしょうか?時間がゆっくり動くのを感じました。陛下の御顔や独特のお手振りに若いながらも感激しました。
ありがたい そんな気持ちになった事を今でも鮮明に覚えております。
和歌のことは、私にはよくわからないのですが
それでも優しさや、思う心みたいな感じが伝わってきます。素人が何言ってんだかって笑われそうで恥ずかしいのですが・・
あの瞬間から私たち親子は、陛下の笑顔の虜になりました。大事な思い出であります。

はじめまして!ずっと読ませて頂くだけでした。
和歌には詳しくないのですが、御製を読むうちに、陛下のまわりに人々が取り囲んでいる様子が浮かびました。常に国民を思っておられた心情を感じました。不思議です。

No title

お返事遅くなりました



・華さん

なにゆえか手元に、熊楠先生(と呼ばせてもらいます}のデスマスク・・うまく言えませんが刷ったもの・・がありまして、ものすごく欲しがられた方に、お譲りして感謝されたことがありました。

その時、いろいろ調べました。

奈良には、岡潔せんせい・・数学者でいらした・・がおられて、片方ずつ違う履物やらその他、夢中になるとあれやこれやと変事もあって、奥さまが何とか手綱を引いておられた。

男の人はいいなあ、そうやって生きて行けるのだもんな、とか、思った覚えがあります。

こういう「「バカ」大好きです。ここまででなくても、こがしこいやらこずるいやら、より、可愛げがあってくれれば、バカの方が好きですKUONは(笑)。



・硬質憂子さん

初めて拝見する動画を、ありがとうございました。

八月になったら、ぜひ、使わせて下さい。

  大あくび破顔一笑 苦の多き

  生(よ)ならむを天皇の人間の貌(かを)


・アイリス@さん


そのように言っていただきますと、嬉しいやら面映ゆいやら・・ありがとうございます。


続きは後に書かせてもらいます、

ごめんなさい、いったん失礼します

No title

・アイリス@さん


どうも失礼をいたしました。


>並べられた多くの和歌から
今更ながら昭和天皇の愛情を感じる事が
>できました。

>ミテコさんのあの、私が、私がの
>クネクネ三十一文字や、

>股子さんの じゅういちねんまえ〜、。
>あれは、なんというものなのでしょうか?

ご皇族・・皇室に生きられる方・・は、学歴その他に図ることのできない、もっと違うところで語られるものではと、つくづく思います。

おそらく(としか言えませんが)美智子さんの入内から、すべてが違って来たのでしょう。

久子さんだって、十分世俗的な、皇族の末端らしさも無い方に見えますが。ともかくまさこ。

昭和帝は、口に出せないまま、思いは深かったであろうと、不遜ながら忖度します。

わかりやすく、読みやすい、深く温かく、強烈に孤独でもあられる、昭和の天皇さまの御製。

今ここに無いので書けませんが、皇后さま(香淳さま)について詠まれたのは、ただ一首です。自分としての感情の吐露には、とことん慎み深くおいででした。

また何度も、拝読すると思います。

まさこのうたは、やっつけの垂れ流しです、気にする要は無し。

ザンネンながら(笑)、ミテコさんの「見て見て」短歌に、入って行く所存のくおんです。

自分で言っちゃったから・・・



ワッ・タ・シ熟女Nさん


昭和の天皇さまは、ユーモアもおありで、、失礼じゃないと思うな、キュートで可愛いお方でもあったと、私も思います。

ヨコシマなお心は、無かった。

好奇心も、克己心も旺盛でいらした・・最後まで天皇であろうとされた。

ぱぱりんさんと、あちこち行かれた、旅は思い出を鮮やかに切り取ってくれますよね。

>おバカな私でも

Nたんは、おバカなどでは無い。情緒てんめんたる昭和のおんな、です。

「津軽のふるさと」私も大好きなうた。

でも、最近は、キーを一つ下げないと、サビで苦しむハメになります。(笑)。



・ヒミツの〇さん

そうよ私は邪悪と戦うおんな、

ではないのよ。

ダルダルしてるのが好きなばあちゃんですよ。

でも、人の気持ちの中に平気で、どころか、恩までかぶせるド厚かましさで入って来るヤカラには、我慢できませんの。

黙ってれば「やさしそうに」もみえるらしいのにね。(笑)。アホやねんそやねん。


・カムバックさん


そうですか。

伊勢湾台風の時、私は小学生で、名古屋の住人でした。家の前の道路は川になり、上り框の2センチ下まで浸水しました。

あの後に、天皇さまをお迎えされたのですね。

そして、御製をお読みになって。

>それでも優しさや、思う心みたいな感じが
>伝わってきます。素人が何言ってんだかって>笑われそうで恥ずかしいのですが・・

いいえ、仰っているので、十分と思います。

言葉に魂がある・・その魂は、目には見えないのですよ。

見えないものが、言葉に導かれて、自分の中に・・どこなのか・・じいんと染み入って来て、感じて、残る。

うたを詠み、読むとは、基本、技術や技巧を競う事でなく・・同じ言葉をもって通じ合う人々が、様々な思いを、交し合う、感じ合う、それが喜びにも悲しみにも響く。

上手く言えませんが。わかるとかわからないでなく

感じる、感じた、胸が震えた。それで、それが、いいのでは。

>あの瞬間から私たち親子は、陛下の笑顔の
>虜になりました。大事な思い出であります。

・・素敵な思い出のお話を教えて下さり、ありがとうございました。



・きのくに さん

よくいらして下さいましたね。

>御製を読むうちに、陛下のまわりに人々が
>取り囲んでいる様子が浮かびました。
>常に国民を思っておられた心情を感じ
>ました。不思議です

素敵な光景を感じられたのですね。

よかったです。

羨ましいような(笑)。

陛下は、何人ものお子さまに先立たれられました。周囲の方々にも熱く厳しくお心を寄せられ。

きっと、ウソの無い方々が、昭和の天皇さまを、それこそ取り囲むように、集っておられるのか。

陛下に対して、大きなご供養をなされたと思います。

お喜びでしょう、きっちょ。絶対。勝手なおもようながら、絶体。

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


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・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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