今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

「素」のままを、詠まれた・・・?



今上と美智子さんの「二人の歌集・『ともしび』」・・・)について書きたいのが先月以来の望みなのですが、その前にと、昭和天皇さまの、公表されている御製をご紹介し始めて、いま、ちょっと引っかかってしまっています。

回りくどいことを書いているのは自覚しています、知識の量は貧弱でワタシの思いは激しい、からなのか・・・

山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく


この一首に対する疑問で、停滞しているんです。

・山百合は白い百合です。

・白百合は聖母マリアの純潔をあらわす花、花言葉もそれに因んでいて、カそしてトリックの聖地バチカンの、国花でもある。

・香りが強すぎるほど強い花・・・花の個性の強さとも思えます。

・花にも葉にも毒を持つとは、言い慣らされていることであって、植物学者であらせられた昭和天皇は、むろんのことに、それをご存じだったであろう。

・うたを詠まれる時には、正確に言葉を選ばれる陛下であらしゃった。

・・・以上のことは、私の記事に対して読者さん(賛同者と感じています)が寄せて下さった、言葉の群れ。

強引に、こじつけて決めつける意図は「無い」ので、あえて、今は、皆さまやわたしKUONの私感としておきます。

べーる20151208200040



以下は、まことのKUONの私感です。

どこをどう読んでも、2月の23日に生まれた浩宮を、昭和の両陛下がご覧になったのは、初めに設定されていた「7月」にせよ、今上が誤りを見つけて宮内庁が訂正したと発表された「8月」にせよ、いくらなんでも、遅すぎはしないか、と、まず、感じたのです。

さまざまな儀式もあったのではないかと、モノ知らずの身は想いますし、片方だけのベビーシューズをむき出しに、親王のお生まれになった病院を、天皇皇后が見舞われるなどということは、当時は無かった。のでしょうが。

単に、それまでにも会っておられたことが、報じられなかっただけなのか。

美智子さんの実家の母上は、めったに会えなかったと喧伝されたのは偽りだったと今ではわかっています、妊娠中も、入内した長女さんのところへ、アドバイスをしに、また何かの手伝いに、なんとかいうでっかいアメリカ車で、通っておられた。

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美智子嬢と正田夫人



夫人は、長女美智子さんととその夫君を、実家へ迎えいれて、得意の中華料理をふるまってもおられた。

オワダさんとやらの夫婦も、入内させた娘が子を産んだ際に、両陛下より先んじて見に行って、会見まで開いていましたが。

浩宮は、美智子さん夫婦の愛児である前にまず、皇孫、公人なのであった。

認めたくは無いけれど、生まれた時から浩宮は、皇統を継承するべき立場でした。

天皇の孫。皇太子の息子。

そのナルちゃんが、生まれて何か月も、天皇と皇后に、どんな形ででも、会わずにいた、ということなのでしょうか。

確信が持てないので、今はここは疑問形です。


そして那須の御用邸で、両陛下は皇孫と会う機会を持たれた。

前記事でご紹介した動画は、そんな「ほほえましい」場面をも、収録しています。

美智子さんは、遠慮がちに顔を伏せ気味に、浩宮を抱き、乳母車に載せています。

陛下は温顔を保っておられ、皇后さまも笑みを浮かべておられます。


・・・この時、陛下はともかく、皇后陛下は、皇孫を、抱っこなど、されたのでしょうか。

香淳さまがお子さまを抱いて写っておられる写真は、沢山あります。

何人ものお子さまをあげられたお方、浩宮を「抱いてみたい」と、思召さなかったでしょうか。

それは、言い出しにくかったか。

遠慮されたか。

ミテコの子は抱きたくも無かったか(少し前の設定では、こんな感じにも悪役を振られておられた香淳さまでいらっしゃった)。

美智子さんはナルちゃんを、抱いて欲しくない意志を持っていたか。意志を通し抜いたか。



御製を読ませていただき、睦まじげな動画の様子を何度も見返し、私は、やはり、不思議だったのでした。

前記事にも書いていて、われながらしつこい(笑)のですが。

今上ご自身が、このうたは「山百合」とあるし、昭和天皇天皇秘録にある「東宮御所」でなく、那須の御用邸で詠まれたのではないか、と、お声をあげられたという。

しかし編纂に励む資料室では、「7月1日に昭和帝が」と、記載するに足る何かの事実を元に、記載するに至ったのではないかと考えるのが、妥当ではないか?。

忙しく週刊誌や月刊誌を作っている「現場」、とは、全く異なる環境が、そこに、あったのであって。

何年もかかって世に出された、数十冊に及ぶ本。24年以上もかかって作られています。

チェック機能も大変厳しいものだったろう・・・と、考えます。

その中に、このことが起こったのですね。

わたし思いますに。

動画の撮影も含めて、那須の御用邸での両陛下、皇太子夫婦と皇孫ナルちゃん。

その方々の上には、短時間とはいえ、それなりに複雑な思惑が存在した、と、考えてたって不思議では無い。

仲良さそうに集まって、写真などを撮らせていただけでない、別の時間もあったはず。

・・・思いますに。

発表された通り。

昭和天皇さまは、御用邸の二階から、下を。

庭を歩いて行く美智子さんを、見降ろされたのだろう。

たまたま、そんなことだったのかも知れません。上から見られているなどと、皇太子の母は、思っても見なかったのかもしれません。

つまり、無防備。油断の中にあった。「素」のままで、乳母車を押していた。

その美智子さんを、昭和帝は、詠まれたのではなかったか。

何かどこか、違う者。

皇室の中心に入って来ていながら、どうしても「異界」の者。

皇太子の妃、皇孫の母として、大きく違うサムシングを秘めている、抱えている、そのうちに正体を現して来るであろう・・・者。


そんな風にお感じに、実際になられたかどうか。

山百合と言う花の名を、ここで用いられたこと。

優しげに微笑んでいる時の美智子さんでない、何か大きな不穏を背負って乳母車を押して行く、後ろ姿を詠まれたこと。


思い過ごしでしょうか。

まさか、美智子さんのあの、ひらぺったいアタマの、おでこのあたりの両側に、何やらおそろしげな、おぞましげな「角」みたいなモンが生えていて、それは素の状態の美智子さんの、後ろからでも見えてしまっていた・・・・・なんてことは、そんなこつは、なかでしょうなあ。

最後。オカルトじみた話に持って行って、今夜のしつこい話は終わらせていただきます。






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私感だけですが

kuonさま
歌に無作法な私の勝手な解釈ですが、山百合の純潔さとの対比とはとれませんでしょうか?

その当時のことを国民は知る由も無かったのですが、50年以上の歳月が
当時、分からなかったことを少しずつ剥がしています。

昭和帝はミテコさんの托卵を知っていらしたとしたら?
また、出自も懸念されていたとし、
イエズス会の密使であることもお心にあったとしたら?

ナルさんを産んだ後の女官さんの
腹の底にあるような不快な顔が、
忘れられません。
それでも車の窓を開けてナルさんを
マスコミに見せていました。
産まれたばかりの子を、あの時代
何故マスコミに晒さなければならなかったのか?
ミテコさんの天皇家に対しての宣戦布告では無かったのか?
白百合の純潔とミテコさんに対する疑念をそれとなく織り込んだと
思われる気が致します。

それからのミテコさんはやりたい放題!昭和帝も香淳皇后さんも
重大なる秘密を国民に知られたら
大変なことになることを危惧し、
アキシトさんの為にお口を噤んでいらしたのでは?と。
もし、分かってしまったら戦後皇室の最大スキャンダルになり、皇室解体にもなり兼ねません。
それをかえって、ミテコさんは脅迫に使ったのではありませんか。
ある筋では、ミテコさんは子宮を取られたとの話もありました。

香淳皇后さんをさらしたのも、
吹上御所には入らず昭和帝の愛された林を伐採し、豪華宮殿を建て、
祭祀を顧みずにアキシトを操る現在も、秋篠宮、清子さんに対する仕打ちなどは、ただただ皇室潰しの怨念からのものではないかと。
ー妄想ですが。

もう一つ大切なことは、キリスト教では、異教徒は人では無い解釈をする宗派が多々あります。

No title

おはようございます。

なるちゃんが生まれて、入院中の宮内庁病院に香淳皇后がお見舞いに訪れていたと思います。
昭和天皇もご一緒だったかはわかりません。
嫁いじめのエピソードとして、その時美智子さんが横にななれたままだったので、香淳皇后が不快に思われた。と何かで読んだ事があります。
日嗣の御子が生まれたのに、7月にせよ8月にせよ半年も会わせないというのはおかしいと思います。
昭和天皇側にも東宮側にも侍従や女官がいるのですから(当時は昔気質の職員が多いとおもわれます)慣例どうり、対面はあったと想像出来ます。

今上が訂正したといっても、平成14年ですよね。
もうその頃は記憶があやしいと思いますが・・・
あっ、そういう症状の方は昔の事はよく覚えているのかな・・・

No title

お返事遅くなりました。


・ちりぬるを さん


うたというものはうごいものですよね。

こういう言い方は不遜と知りつつ書かせてもらいますが、昭和の陛下の御製は、たとえば万葉集に通じる「ますらおぶり」のおうた。技巧や装飾に、というより、直球でお詠みになられ、それも、自分の存在は「目」であって、目以外の部位の苦しみなどはほぼ払われ、見ている対象の、人々の苦難や励んでおられるさまについての思いを、記されているような・・・

この一首の中には、珍しく「言外の思い」が多く込められている気がします。

仰るように、山百合、のたった一言の解釈、想像の行く方向、いろんな要素が。

「仕方なく」受け入れられた皇太子妃だったとは、確信します。敗戦国の天皇です。それでも、大きなお心であらしゃるのは変わりない、距離を置いても、よかれ、と思召しておられたとは思います。その陛下にして・・・

ミテコさんは、当時も今も、思い込みの強い自分一条の、やりにくい女だと思っています。

周囲は、あ~あ、で見ているしかないような。

それでなんとか来ましたが、この旅のへなちょこク-デターもどき、これは、墓穴までつながりますかね。

憲法違反ですよ、天皇を政治利用して。

九条にはウルサイ人たちが、妙に黙っているのが、おかしい。

ここで、ミテコさんの過去の姿を、知っていただきたいな~、と、思ってますKUON.

>もう一つ大切なことは、キリスト教では、
>異教徒は人では無い解釈をする宗派が
>多々あります。

ここですよね。

いま暴れているテロリスト(もしくは被洗脳者たち)は、そういう感覚でいますね。

彼等にとって、人の首を切り落すのも顔の皮をはぐのも、彼等にとっての正義。

やってるのはジハード、聖戦です。

ミテコさん(あえて今は単数で)のやらかしも、ジハード。

自身の神への・・・とはいえ、私はミテコさんは、敬虔な信徒ですら無いと確信。

ミテコに在るのは、自己愛のみ。

自己に匹敵する実子への偏愛も妄愛も、もちろん含みます・・・慈愛が聞いて呆れかえりますわ。



・まりりん さん


私もそう思っています。息子の子、であるよりまず、皇孫の誕生なのですから。

そして、何人もの親王をあげられているのですし、横になったままだとかゴチャら無かったとも思います。ミテコの言い分化も・・・ただ、女同士は難しいってこともありますしね。

見舞はあり、ミテコが皇后さまに苛められるワタシにしたのはどうとかしても、

夏までそのままだった、というのが、どうも。

ミテコさんは、また引用しますが、夫君やお子(長男限定)に執着の激しい人だったのは、爺本当のことですね。

みにくい姿をみせられるとは、花畑の頃には思いませんでした・・・

いや、わかってよかったですが。

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