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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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週末です。

こんにちは。

昨日から雨で、空気が湿っていて、静かです。大雪のニュースも聞きますが、空も、ほどよく、そこそこに、という感じを、忘れてしまってるのかなあ・・・。

福島二号機の格納容器の内部温度、44,7度とか、新聞に出ていますが。

どうしても「大丈夫でないことはない」と言いたがっているな、と、横目のジト目で見てしまう自分なのですが。

圧力容器から、溶融燃料が落ちて、水深は不明、の、その不明な水深の中に、スルーした溶融燃料が、溜まっている。図に書いてある。

図のことは今はともかく。

東電の社員さん「ら」34人の方が、この調査を実施され、被曝線量は最大3,7ミリシーベルトであり、その3,7は、計画線量の5ミリシーベルトを下回っているのだ、と。

いっつも、こういう言い方です。下回った、と言うと、安心なような感じがする。

日本では、事故前は、国民が一年間に「浴びていい」放射線量は、1ミリシーベルトまで、だったのです。

この数字についても、ある方はテレビで「法律なんか。そんなもの。1ミリなんて言っていたら何もできませんよ」と、武田先生に噛み付いておりましたなあ。先生、笑っておられましたが。

とにかく、自然からのもの、レントゲン検査を受けて浴びるかも知れない量、ひっくるめて、の許容量が、1ミリシーベルトと定められていたのです。

調査にどれだけの時間がかけられたのかは不明ですが、おそらく、そんなに長時間ではなかったでしょう。それで、この量を。

この東電社員「ら」さんたち・・・。


・・・室外より線量の高い、コンクリートに問題のあるマンション。売った者勝ちで、売ってしまったのでしょう。政府は「大丈夫」一点張りだったし。コンクリだけではない、やむを得ず飼い主無しになった牛、夜闇に乗じて連れ出して・・・。

そんなことも、あんなことも、はじめから少したった頃、聞く、知る機会があったので、そして、理解できて行くうちに、恐ろしくなって、自分なりに、一所懸命にあちこちにメールした。

危ない、危ない、危ない、と、本気で心配だった。でも、どこも、取り合ってくれなかった。

当たり前ですね。

小出先生のような方が、何十年間も警鐘を鳴らし続けて来られて、どうしようもなかったのですもん。

こういうことは、イヤミになるので、書くべきでないのだろうが、一度、書いてみた。悔しい。ものすごく、悔しいです。

辛くて聞きたくない、知りたくない方が多いのだから、仕方がないと、思いつつ。

愚痴です。ごめんなさい。もう止めるぞ。


いっぱい頂いて、お返事できずにいたメールたち。やっと、向き合えます。

ジュンさん。

不思議な出会いでしたね。ガサツな私、優雅なジュンさん。でも「ジュン君」の存在を介して、すぐに馴染めたのですね。自分の知らない銀座界隈のこと、セレブな世界のことなど、お聞きできて、興味深かったです。

例のあそこのあのえらいヒトは、やっぱりあかん、のね。うんうん、よ~く、わかり申した。絹のおむつでお育ちなので、わからんのは仕方な・・・くは無いぞ。滞ったままらしい義捐金、早く早く、配って下さい、と言いたい。エ~、コレは、特定の個人をさして言うてる言葉ではありません。

組織に向かって、言いたい言葉。義捐金、溜めてて、どうするんですか~。人件費に使うなよ~。私たち、500億円とか、5000億円とか、平気で一ケタ間違えて喋ってて、今も、どちらか、わかっておりません。でも、みんなの気持ちの、大切な義捐金でしょ。日赤に託した義捐金。

・・・大切なひととの悲しいことも、さばさば喋って下さって。私、ウェットなの苦手なので、居心地、よかったです。

紐育のお好きだというジュンさん。セントラルパークの、初春の陽光も、よく、お似合いでしょう。

ジュン経費のために、お仕事、お励みになって下さいね。いつか、また、どこかで・・・。


yuutaさん。

お世話になりました。あっちだ、こっちだ、ここで車止めて、など、わがまま放題に動いていただいて。とってもありがたかったです。お弁当も独り占めしてしまい。筑前煮、美味しかったな。出かけた甲斐がありました。

ありがとうございました。

「淋しい子ども」の気持ちなど、もっと話したかったね。ほんとに、一晩は短い。でもまた、会えそうだし。

会えば懐かしいし、穏やかにいると聞けば嬉しいけど、まるで離れて育ったせいか、姉たちと、溶け合いきれない自分です。いい顔しか見せてはいけないと思ってしまっている。

私には、他人が優しい。他人に、今まで、うんと優しくしてもらって来ました。今回もそうして頂いた。

ずけずけ言いますと、ははの具合が、と書いたのは、あの日、続きを書けなかったので気になって、理由をそのまま記しただけで、しょっちゅうです。「さっきから私しんどいねん、あんたいつ来るのぉ」と、いきなり言って来られる。私の仕事など「あんたが何、できるのぉ」と、全く認められない。ま、その通り、と言えばそうなのですが。
これ書くと、人間性疑われそうだけど、夫の母は、冷静に言って、わたしのキライな人。でも、呼ばれれば行くの。呼ばれない時行くと、何しに来た、と。解りやすいのです。

今は、トシとっておられて、この人に意地悪したら、わたしがモロ、悪人だよなあ、と思って、自分可愛さに、できることはする。そういうカンケイです。だから、心こめて、とか、そういうのではないの。ひどいか?ホントなのよ。ははは、悪い人ではないの。義弟夫婦と暮らしていられます。子ども、うるさいから、子どもおるなら一緒に住まれん・・・って、次男と。私、ははの孫、産みましたしね。育てなあかんでしょ。笑。

義弟夫婦は意志的に子ども、持たれなかったのです。

だから、ご心配には及ばず、です。キライだけど、えらいなあ、と感じるところは、沢山あります。yuutaさんに、代表して聞いてもらって、ごめんでした、この話はおしまい。

気を配って下さって、ありがとう。

伝言板、オーケーですよ。いつでも、どんなことでも、バリバリ行って下さいよ~。ほんとよ。ここで嘘やツイショウは無し、ですから。

ようこさん。

お世話になりました。

久しぶりに一人で一泊の旅をして、楽しい一夜でした。

お腹いっぱいで、二日くらい、軽めの食事になりました。菜っ葉炊いて食べてました。笑。

仰っていたように、お店を守りつつ、外へも出られるのですね。大拍手。大喝采。年齢制限・・・あっても、押して、頑張って下さい。私は、ようこさんを雇うとこ、すっごくお得と思うな~。絶対お得。

よく動くし、接客業が身について、笑顔で明るく気配り最高。

六角堂のこと、お陰で少し知りました。

   松島や ああ松島や松島や

の松島の海岸線も、八戸の鳴き砂の浜や、津波で景観が変わってしまったことも。

岡倉天心(名前は聞き覚えあり、有名な方ですよね、すんません、無知で)の六角堂。土台だけ残して、津波にさらわれてしまった、と、書いてありました。それが再建される。ようこさんのふるさと・勿名の杉の木を使って。・・・沢山の人に、勇気を与えてくれますように。

昨日は、言いたいこと言いました。私がかつて詠んだうたを、一首、記させて下さいね。

      皆がいてお幸せねと人の言う 家族も時に枷(かせ)ともなるを

・・・なるを、というのは、なるのに、という意味です。当時の本音でした。

また、伺いたいです。またyuutaさんも巻き込んで・・・?。逃げるかな?。逃がさんよね。


sarahさん。

ありがとうございました。

学生コンパみたいなノリでわいわいがやがや、うるさい中へお電話いただいて。静かなところへ立ちもしないで(食べ過ぎて腰が抜けておりました)酔っ払い電話みたいな受け方をさせていただいてしまって。いえシラフでした。雰囲気に酔うておりました。

あまりにも口なめらかに、ぺらぺら、何を口走りましたやら、よくは覚えておりませぬ。イメージが違う、とか、仰った気が・・・まあ、大変。どははは~のKUONとして、インプットされてしまいましたか・・・。そのものなのですが。

で。真夏の大陸、ですと。そういうイメージ?とっても嬉しゅうございます。かーっと熱くて、すてきです。外国へ行って、日本人に見られたこと皆無。チャイニーズ?、が相場にてございました。

しかし・・・。異なるシチュエーションでお話できますれば、もしかして、囁くがごとき物言いの、静かなる女人(にょにん、とお呼び下さいませ)としてのイメージで、あなた様の中に残ることが、できたやも知れませぬ・・・姿見えざる電話にてはあり・・・ごめんなさい、また、滑っていってしまっておりますなあ。

まこと、yuutaさんは晩春の潮騒。熟成した春の、思いの深さを感じさせるひと。人を裏切らないひと。

「潮騒」の間にて、枕を並べてひと夜、朝まで一直線の眠りを・・・。

ジュンさんにとってニューヨークは、特別な街らしゅうございます。きっと、お喜びとお察しします。

そして女主人ようこさんは、真冬の日だまり。派手ではないが、じわじわと、着実に滲み通って行く、底深い力を秘めたお方とお見受けしました。

sarahさんのイメージ通り。直観力に敬意と驚異をこめて、叫ばせていただきとう、存じます。

すっげえ!。



えまさん。

お返事、出荷、遅れてどうも。

明日、出させていただきます。

<東電 逃げたらあかん、人として絶対>。

・・・んんん。人、じゃないからな~・・・。

巨大企業は、人、の論理で動いていないよね、きっと。

今まで、そうだった。でも、これは、今までそうだったから、で、済まされては困ると思うのです。

毎日、大変なことが今、どんどん出ているでしょう。電気料金値上げとか。

諦めないで、違う、違う、と、思い続けようと思います。諦めてしまったら、大きいとこが、ゼッタイ勝ちですね。

自分も、ちょっと書きすぎた、かも、という時、消すこともあるし、しくしく・・・消えてしまったこともある。

ここで何を書こうが、誰も何も言うて来ないから、吼え、よし。

吼え、許す。

うっぷん晴らして下さい。どうぞ、どうぞ。ね。KUONに吼えろ!。


山イチゴさん。

塩屋のひばりの碑は、センサーで、歌声まで聞かせてくれましたよ。「乱れ髪」。

山イチゴさんの子ども時代、過酷なものだったのですね。

子どもには、どうすることも出来ない、悲しみ、傷つくしかないものね。

大人たちの修羅場で、背を向けて、じっとじっと座っているしかなかったのですね。

守ってくれない未熟な、弱い親。不信を抱き、うらみ、でも、憎みきれないですものね。

そういう思いで育った人は、子を、がばっと愛しますね。

・・・愛されなかったから、愛し方が解らないで、また、自分の子を虐待する、とか、よく言うけど。

愛し方・・・愛って、マニュアルやテクニックではない、自分がして欲しかったことを、するだけ、という、シンプルなやり方のものではないだろうか。

心が要求するもの、耳を澄ませば聞こえる・・・のではないか。

ひどい育ち方しても、自分は愛情持って子に接する人、沢山いますね。反対の例も沢山。私はそう思う。
不器用で、本当に苦しんでいる人もいるだろうけど・・・。

己だけが可愛ければ、子は、めんどくさいですねきっと。

・・・誰も助けてくれない知らない場所で、帰らない夫を待ちながら、泣き叫ぶ子と向き合っていて、ふと、窓から赤ん坊を投げ捨てそうになった、とう若いお母さんを、知っているけど。

自分だってそうだったかも知れない、と、思いましたよ。紙一重のところで、そうせずに済んだ、との思いはあります。すごくあります。

・・・まあ、こんなことを言っていても仕方ないんですが。

人間も、哺乳類の一種です。

と、そこらへん、思うです。愛し方のマニュアルって何よ、と思う私は、同情心の無いヒトですかね。

町へ出て、自転車に子ども載せてウンウン坂道登ってるお母さんや、右手に米の袋、左手に、ちょろちょろ動きたい小さいの引きずって、大きいお腹突き出してピンク色の頬で歩いてるお母さん見ると、涙、出そうになることがあります。

幸せに。みんな、みんな、どの子も、どのヒトも、シアワセにいてね、と、はなはだ「大きなお節介」の目でもって、ふうら、ふうら、歩いているわたくしです。

おかあさんのご命日。ね。










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  1. 2012.01.21 (土) 16:21
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  3. yuuta
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KUONさん こんにちは

福島原発での内視鏡検査?映像だったか
あれって なにがなにやらわからんね
専門家の言ってるのをただ聞くだけだ

被ばく線量の許容量も事態によって変えるなんておかしいわ、、、と思いますね

今朝 テレビ見てたら
北茨城の大津小学校の子供達が写っていた
震災当時のこと 思い出して何でも書いてみてとノートを渡されて

 ・あの時の事は 口に出してはいけないと思ってきた

 ・たくさんあってなにを書いたらいいのかわからない
  という子や

 ・家が跡形もなくつぶれてしまって これまで持っていたものがどんなに大切かがよくわかった

 ・今まで家の中で絵を描いたり 本を読んだりするのが好きだったのに 
  放射能のおかげで外で遊べなくなったら それがつらくなった

 ・恐かった 死ぬかと思った

 ・今までなんでもなかったことがとても大事に思える

何も書けないと言ってた女の子は 石井さんのまえで
 ・校庭に集められていた時 妹の事が心配だった
  妹の保育園はもっと海の側にあったから
  そこにいる妹のことが、、、

ポツポツと話す子供達のまなざしが胸をうちました


私たちが見させていただいた中学校は
豊間中学校でしたね
津波に襲われた姿を残してひとり立っていました
中学校の建物がそんな風にみえたの
粛然といる そんなふうでした
後ろの体育館は痛々しかった
KUONさん 泣いてたね ごめんねって言いながら泣いてた
ようこさん 辛かったでしょう あの姿を目の当たりにするのは
体育大会出場の垂れ幕をもっとよく見てくればよかった
あの垂れ幕は 豊間中学校のみんなの 
震災になんか負けないぞ!っていう意思表示じゃないかと 今になってそう思います


はまやさんで 気持ちよくおねんねさせてもらった部屋が
「潮騒の間」だったとは気がつかなかった

sarahさん 
KUONさんは大陸的な人 つまりスケールの大きさを感じさせる女性ですよ
他のお二人も sarahさんがイメージしたことピッタリそのとおり


今日は久しぶりに1人の土曜日で
ニャンコと共にのんびりできて
あんこうを のしいかみたいにした珍味をしゃぶりながら
浜茶というお茶に ちょぽっと焼酎をたらしたのを飲みながら
kuonさんのお部屋にお邪魔しています
北茨城の市場で いつの間にか連れ合いが買って隠していた あんこうのおつまみ なかなかいけるわ
他の魚も どれもおいしいね
ようこさん ありがとうね

はま茶は 震災の日に食事しに行った東横線沿線にある菜食の店でかったもの
肉類をいっさい食べない娘に誘われて出かけたのでした
海辺の砂地で栽培されるマメ科の植物らしい

はまやさんにはまた行きたいから 
いつでも誘ってくださいませ

いろいろな思いがあっても 美味しいものがあれば食べるし
美しいものがあれば 感嘆するんですよね
だから生きていけるんだわ
のんびりさせていただきました ありがとう



  1. 2012.01.21 (土) 17:58
  2. URL
  3. 山イチゴ
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ありがとうございました

お姉さん、ようこさん、yuutaさんありがとうございました
本当に、私は幸せとこんな時にしみじみ感じるの。
長年胸にありながら、昨年の震災で津波に流されたと思った塩屋岬「ひばりさんの歌碑」が無事であり「乱れ髪」センサーで歌声流れる事知り、私の中で母の13回忌法要終えた気持ち。母の危篤・通夜・葬儀・四十九日納骨私が仕切り(カン夫が助けてくれた)
葬儀屋古い付き合い祖母や親族世話になりし所で段取りも要らぬ心配なし。しかし、当時は涙も悲しいも無く私だけ淡々と…。
昨日お姉さんの報告聞き、初めて1人ポロポロと涙流した
人に助けられ、愛を貰えたから、自分も人を愛せる、愛しかたも学んだと思います。私は親から与えられなかったけど、その時々に出会いし人から…。
もちろん世の中はとんでもない悪者もいる。嵌められた。組織に個人が抗する無力さもイヤという程経験したが…いつもフンだと思う。負ける気がしないから
「答えは10年20年それ以上先かもしれないが、その時金じゃない幸せを掴んでるかが勝負やぞ!!」祖母の口癖染み付いてるからね
国や権力者なるものは自分達に都合悪いこと潰しに手段を選ばない!
私とカン夫出会いもその後の流れも、加藤登紀子夫妻と似てます…。時代が違うのに
まあ、面白くてなんぼですねぇ人生は…いつかそのくだり話したいと思う。
ようこさん、ハローワークに登録し相談したら良いですよ。私も職業訓練や職業適応訓練等制度利用、事務系、パソコン系、自動車運転免許を短期無償で取得した今は、雇用保険外でも良いはずです。ホームヘルパー2級取得すれば民宿でも活用できます。働くパターンも幅広いし、短期受講+数回実習で難しい検定無いのカン夫も娘も取得したよ。需要はばっちりある職種ですからね…。参考してくださいませ。
  1. 2012.01.21 (土) 19:11
  2. URL
  3. えま
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kuonさん みなさんこんばんわ

北茨城の旅の記憶
kuonさんほんとうにありがとう・・・
感動なんて言葉で簡単に表現できません。
昨日たくさん書いたのです。
私も一緒に行っている気持ちでした。
一つ一つの景色の断片が目の前に現れました。
そして私もポロポロと泣きました。

仕事の疲れが溜まっていても
やさいさんkuonさんのこの場所で
泣いたり、大きな声で笑ったり
きゃっと喜んだり
癒されています。

とても暖かいのです。
手を感じるのです。

言葉が上手く出てきませんが、
感情が先立ってしまって・・・

今日は久振りの休みで
ゆっくりストレス物質を体内から涙で排出中
そんな感じ・・・
止まらないのです。

でもなんかスッキリしましたよ。

  1. 2012.01.21 (土) 22:08
  2. URL
  3. sarah
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お寒うございます。

お師匠はじめ皆さま、お風邪など召されていませんか?
くれぐれも暖かくしてお過ごしください。

皆さまについての印象と称した私の失礼なコメントをおおらかな心で受け止めていただき、
ほんとうにありがとうございます。


タイトルバックの港の写真ですが、横浜港だとわかりました。
ペ・ヨンジュンが横浜港の臨港パークから見た風景とあまり変わらないと思います。
彼は長いあいだこの風景を見つめていたとのこと、どのような想いで見つめていたのでしょう・・・。


福島のマンションのコンクリートのことなど、
これから「不都合な事実」がいっぱい露見してくるだろうと思われます。

事故直後にほとんどすべての責任者が口癖のように言っていた、
「ただちに影響があるわけではない」
という言葉。
「ただちに影響があるわけではない、これから影響があるのだ」
という意味だったのだ、と。

すべきことをしなかった(知らなかった?)政府、すべきことをしなかった(わからなかった?)東電。
彼らに「不作為の罪」はないのでしょうか。
  1. 2012.01.21 (土) 23:58
  2. URL
  3. ようこ
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kuonさん みなさん こんばんは

kuonさん
ありがとうございます。
やさいさんとこのコメント、嬉しく読みました。
kuonさん、きょうはお昼に食事のお客さんが
3人ありました。「ありがとうございます」の
一心で料理をお出ししました。
「あんこう鍋美味しいですね」を
いただきました。

kuonさん
私だけかな・・・
テレビで色々な人が今も問題になっている
色々なことを解説する時、「福島」「福島」と
力説する度「福島」がますますダメージを受けて
しまいそうで、「福島」を思って言ってくれてるのはわかるけど
忘れて欲しくないけど
ますます遠ざけられた県になってしまう・・・と
でも元の福島に戻してもらうまで、国に東電に
叫び続けないといけないけど。
まとまりませんでした。

kuonさん
yuutaさんともどもお待ちしていますから
また来てくださーーい


yuutaさん
私もきょうのテレビ見てました。
米米の石井さん、時々声をつまらせてましたね。
大津は平潟の隣町です、子供達の元気な歌声が嬉しかったです。


ジュンさん
おいしいと言ってくださってありがとうございます。
歯ごたえがエレガント・・・初めていただいた言葉です。

sarahさん
みなさんのイメージ当たっていますね。
私はどうかな・・・
でもがんばって真冬の日だまりのように
お客さんをお迎えしたいです。

山イチゴさん
ひばりさんの歌碑を見せてあげたいです。
色々心配してくださってありがとう。
私ができる仕事なら何でもです。

えまさん
北茨城に是非来てください。
津波、地震、原発、に負けないで
がんばっています。
  1. 2012.01.22 (日) 19:34
  2. URL
  3. ジュン
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今日はランチで女子会

20日の、社内朝礼時に、福島と北茨城に行って、感じた事を伝えました。

タクシーに乗ったら、運転手さんに、「何しにと聞かれ・・・・アンコウと1泊でも女将を元気ずけに」と言ったら、運転手さんが喜んでくれたこと。

喫茶店に入ったら、近所の常連のお客様達は、未だに地震の話をしていた事。よそ者ぽい私を見て、優しい微笑みを頂いた事。

帰りの水産物店のオーナーが、わずかしか買わない私達に、チョト離れた所から、優しい笑み浮かべてた事。

被災地の皆さんは、以前のように沢山のお客様が来る事を待っているだなと、言葉は聞かずも感じた事を話ました。

kuonさん、私は、放射能の事は報道から小出しに得る知識だけですが、私なりに周りの友人達に伝えて行きたいと思っています。

今日のランチ女子会も、この話からでした。ついでに友人達はジュン君の家族ではないのですが、彼の話もして、吉祥寺のエノティカにジュン君のソックリさんがいるとの情報。今度行ってきます。

この場をお借りして
sarahさん、私は、ニューヨーク大好きです。
お近くなのでお会い出来るといいですね。 

今週の金曜日は、被災地支援、クラシックコンサートに行きます。

明日も雪情報ですが、皆さんお元気で 

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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