今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

示されていたのに   追記あります



前日の、花橘さんからのコメントに続いて、八兵衛さんからも核心を衝くコメントを頂きました。

勝手ながら冒頭部分をなしに、読みやすくなるだろうかとの願いで、改行をさせていただいて、ご紹介します。。

お許し下さい。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>昭和天皇の御製、素晴らしいですね。昭和が終わった日、18歳だった私でも胸にこみ上げるものがあって、不意に涙が出そうになることが多々。

そんな中、「はじめての皇孫」の御製は…、違和感がありました。

山百合。百合ですよね。受胎告知を思わず連想してしまいました。

山百合の咲き誇る庭=キリスト教的なものに取り囲まれている「その母」の環境。赤子の行く末は「車」を押している「その母」の意のままに。意気揚々と進んで行く後ろ姿をじっと見つめている。

勘ぐり過ぎでしょうか。

ナルちゃんってば、還暦も近いというのにいまだにその「車」に乗ってやしませんか⁉︎

今更ご自分の足で歩けるわけないか…。

私感を書き連ね、お目汚し失礼いたしました。<

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ありがとうございました。

前記事の皇太子結婚の折りの御製もそうでしたが、皇孫誕生の御製についても、人目についてくださいね~の思いで、赤い文字を使いました。

特に、ナルさんのうた。

当時の皇太子夫婦(現・今上夫婦)の第一皇子。浩宮徳仁親王。

この浩宮は、外孫さんの少なくなかった陛下にとって、他の方々と異なる、皇統をつなぐ皇孫。

思い入れもさぞや、と、私などは想ってしまうものですが、それにしては、の一首。


山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく
  

生涯におよそ一万首のうたを詠まれたとされる陛下の、公表されている御製が、900首足らず。

こころ細やかに、さまざまな人々の身に思いをかけられた天皇の、浩宮をうたったただ一首の、距離感、傍観者の感じ。

確かめたくて再度、しらべてみました。「ユリの花言葉」より。他からも。

◎ キリスト教では白いユリ(マドンナリリー)が聖母マリアに捧げられた花であることから純潔のシンボルとされます。

「純潔」「純粋」といった花言葉もこれに由来します。「威厳」の花言葉は、ユリの堂々たる花姿にちなみます。赤・ピンクのユリの「虚栄心」は、キリストの磔刑が決まり、多くの花がキリストの運命を嘆いて首を垂れるなか、ユリだけは自分の美しさが慰めになると、誇らしげに頭を上げていました。しかし、キリストに見つめられると自分の思い上がりに気づき、赤くなって首をうなだれたという伝説に由来するといわれます。

◎ユリとギリシア神話

全知全能の神のゼウスが、眠っている妻ヘラ(結婚と母性、貞節を司る最高位の女神)の乳を息子のヘラクレスに飲ませた際、こぼれ落ちたヘラの乳が天の川(Milky Way)になり、地上にこぼれた分がユリになったといわれます。そしてユリはヘラの花とされ、清純、純潔、母性の象徴とされ、そのユリのイメージはキリスト教とも結びつき「純潔」のシンボルになっていきます。

◎ユリと絵画

聖母マリアに捧げられた純潔のシンボルである白いユリは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた有名な宗教画『受胎告知』でも、神の子の懐妊を告げる大天使ガブリエルの左手に描かれています。そして、17世紀にローマ教皇が聖母マリアの処女性を象徴する花として白いユリを描くように布告を出すと、白いユリは聖母を象徴する花となりマドンナリリーと呼ばれるようになります。


◎ユリを国花とする国

バチカン

davinci_annun_yuri.jpg


レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」部分


無理やりに、ことさらに何かをこじつける意図はありません。

キリスト教に対する悪意その他はありません。

ユリの花を愛でる方にも、ユリ自体にも、貶めたりする意志はありません。

ここで申し上げたいことは。

まっすぐにおられた昭和帝、うたに対しては真摯、直截、雑念のうかがえない姿勢でおうたいになられた昭和の天皇さま。

固有名詞をうたの中に取り入れられる時は、確かな、これしかない、という言葉を、お使いになられた陛下が、あえて、ここで用いられた「山百合」、この花。


長い間、どなたも書かれていなかったようなこの疑問に、突き当たっています。

昭和天皇は、キリスト教にも関心や理解を示しておいででした。それは、事実です。


正田美智子さんが、カトリックの信徒であることも、もちろん、当然、ご存じで、なおかつ、その女性を、皇室に。

皇太子の妃として、入れられた。

・・・陛下の想像、許容範囲の、埒外だったのか、異教徒の皇太子妃は。

天皇陛下のお気持ちを、たやすく推し量ることなど、できようもないことですけれど。


敗戦国の、天皇。

   山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく

美智子さんを「その母」とお呼びの、お気持ちの背景を、夏のさなかに思い描きつつ、悪寒のごときを感じています。

浩宮は、内孫ながら、皇孫ながら、遠い何かに隔てられる存在。

その皇孫を生んだはずの女性は、皇太子妃であるはずの女性は。

もっと、この歌について、アタマねじれるくらい、考え込んでしまいそうです。


・・・考えなくても。

昭和天皇は、明らかに、お示し下さっていた、のに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


追記させていただきます。

「柚べし」さんから頂いたコメント、内容そのまま貼らせていただきます。



那須御用邸の庭?

山百合の野の中を、乳児の徳仁さんを載せた乳母車を押して歩く美智子さん
この御製の舞台は、那須御用邸の庭だった、とされています。
私には、那須御用邸に山百合の庭が有るのかどうか分かりません。

今上による訂正が、意図的な捏造でなければ、ですが、以下はその経緯の記事です。

↓ココカラ

昭和天皇実録の一部を訂正 陛下のご指摘で

2014.10.23 19:24

 >宮内庁の風岡典之長官は23日、昭和天皇実録で、昭和天皇が昭和35年7月1日に香淳皇后とともに東宮御所を訪れ、初の皇孫となった現在の皇太子さまに会った際のことを詠んだとしていた「山百合の花咲く庭にいとし子を車にのせてその母はゆく」の御製(お歌)の情景が別の月日、場所の情景だったことが分かり、訂正したと発表した。

 御製を紹介した新聞記事を読んだ天皇陛下が「『山百合』というのは東宮御所ではなく那須御用邸ではないか」などと指摘され、間違いが発覚。実際には、昭和天皇が同年8月6日に那須御用邸の2階から、現在の皇后さまが皇太子さまを乳母車に乗せて庭を通りかかったのを見て詠んだものだったという。

 風岡長官は「編集過程で思い込みがあり、資料を十分に精査せずに記載してしまった」と釈明。両陛下にも謝罪したという。
http://www.sankei.com/smp/life/news/141023/lif1410230026-s.html

今は、ここまでです。

那須でも東宮御所(当時の)でもいいじゃないか、とも、思えないので、どう思えるか、考えてみます。

柚べしさん ありがとうございました。

  



動画を見て、自分の誤りに気付きました。

美智子さん、この時はノースリーブではありません

睦まじそうでいらっしゃるし。

でも、わたしの、ある確信は、変わりません。

スポンサーサイト

コメント

こんにちは。

さまざまな意味で、「距離」を感じる歌。

詠んだ人との
宗教( ?)と
孫と
その母と

精神的、物理的にも、距離を感じます。

山百合の表現がなんとも、、、山百合って、野に自生する、野良百合みたいな感じかなぁ。

公のほのぼの一家の写真とは別に
可愛いい ナルちゃんを、舅、姑にあまり、
触らせていなかった。
なついていなかったのかな。



No title

・華さん


私も「山百合」の「山」には、今もひっかかっているのです。

今は、自分の解釈として・・・私感ということです、しかし、何となく、というくらいでは、このあたりの重要なことがらには向かえません。

自分の考えではあるが、その自分としての確信は「ある」ということです。

わけわかんないけど・・・苦笑。

この一首の場面。御所のいずれかとして。

山百合は、実際には考えにくい。

陛下の(不遜ながら)胸中では、やはりミチコさんは「ユリ」の人である。制御ができないくらい、日本の皇室のありようから離れたひと。

でも、あからさまに「白百合」とも言い切りがたいものがある、それはつまり「あからさますぎる」から。ミチコさんの背後の問題は、陛下にはどうしょうもない大きなもの。

陛下の、精いっぱいの思いはどの方向からも「異」である「皇太子妃」に対しての、言い尽くせぬ違和感、胸の中のざらざら。その者が抱きかかえて養育する、皇嗣への(不遜ながら)ご不安、もしかして「絶望」。

表立っては出せない思い。

現実に、敗戦国の、陛下は、天皇であらせられました。

で。白百合でなく、山百合、というあたりで、一首にされた。

私の皮肉と意地悪を「私感」として付け加えれば、げせんなので気取るしかなかった東宮妃は、自己評価はもしや「白百合」でも、華さん仰るようにこれ面白いですね、

「野良百合」

これだったのかも。

嫁が異教徒で、
跡継ぎ長男が嫁に洗脳されていく姿、

そして、
伝統、生活様式も変えられたり、、、

今まで、相応しくない人を崇めなければならない国民は不憫だと思っていたのだけれど、

この、なんとも言えない空気の漂う歌を
読んで、私は、
生まれて初めて昭和天皇を不憫に感じてしまった。 この歌は、それ程の歌。

(昭和天皇崩御から、半世紀経たない間に、庭を壊され、伝統の物をオークションで売り飛ばされたり、想像出来なかったことが起こってしまった)

昭和天皇は、その母子を離れた場所から眺めながら、不気味な予感を感じられていたのでしょうか。

No title

まだまだ若輩の私の便りを、七夕の夜に皆様と願いたいと言って下さりありがとうございます。
また、山百合という名詞。内孫、皇孫を詠んだとは思えない怖い歌ですね。
山百合にたとえた皇太子妃。その姿や香りは美しいが人心を惑わす香りではないか?
マリアベールを被り聖母になりきっていた娘が皇太子妃となった。妃は唯一の神しか未だ持たないのではないだろうか?万物に神宿ることをわかっているのだろうか。
皇太子は山百合が咲き誇る衾に毎晩眠っている。そして、待ち望んだはずのあの内孫、皇孫は次次代の天皇となる。果たして皇祖皇神はお許しになるだろうか。
陛下から遠ざけるように乳母車を押して山百合の花の彼方へ向かう母子。
ギュッと拳を握りしめながら見つめた昭和天皇の御姿が浮かびます。
本当に「示されていたのに」とお花畑だった自分が情けないです。
私にとっては、『優しく偉大なお祖父様』のイメージが大きい昭和天皇ですが、優しいだけで大戦と敗戦を乗り越えられませんよね。
また、自己に厳しかった昭和天皇が、今上陛下の祭祀もせずノーネクタイでの外国訪問や鑑賞公務をどんな思いで天から見ておられるでしょう。今上陛下はお怒りが恐ろしくないのでしょうか?不思議です。
昭和天皇の御製をもっと知りたいと思います。きっと沢山の事を示されていらっしゃるのでしょう。
でも、KUON様のように歌の心を解ける方に教授いただかないと気付かない私ですが。

那須御用邸の庭?

山百合の野の中を、乳児の徳仁さんを載せた乳母車を押して歩く美智子さん
この御製の舞台は、那須御用邸の庭だった、とされています。
私には、那須御用邸に山百合の庭が有るのかどうか分かりません。

今上による訂正が、意図的な捏造でなければ、ですが、以下はその経緯の記事です。

↓ココカラ

昭和天皇実録の一部を訂正 陛下のご指摘で
2014.10.23 19:24
 宮内庁の風岡典之長官は23日、昭和天皇実録で、昭和天皇が昭和35年7月1日に香淳皇后とともに東宮御所を訪れ、初の皇孫となった現在の皇太子さまに会った際のことを詠んだとしていた「山百合の花咲く庭にいとし子を車にのせてその母はゆく」の御製(お歌)の情景が別の月日、場所の情景だったことが分かり、訂正したと発表した。

 御製を紹介した新聞記事を読んだ天皇陛下が「『山百合』というのは東宮御所ではなく那須御用邸ではないか」などと指摘され、間違いが発覚。実際には、昭和天皇が同年8月6日に那須御用邸の2階から、現在の皇后さまが皇太子さまを乳母車に乗せて庭を通りかかったのを見て詠んだものだったという。

 風岡長官は「編集過程で思い込みがあり、資料を十分に精査せずに記載してしまった」と釈明。両陛下にも謝罪したという。
http://www.sankei.com/smp/life/news/141023/lif1410230026-s.html

連投 ご容赦

パスワードを設定せず、前のを投稿したため、
更新できませんでした。

【追記】動画が見つかりました。 02:20 あたりからをご覧ください。
この歌のエピソードと思われます。

"皇室が愛する那須御用邸物語"
https://youtu.be/9d6ep69j6t0

百合の花には毒がある

こんにちは。くおんさん。

皇太后さまは浩宮を詠った歌は一首もないとか。

されば昭和天皇の「山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく」

の御製も意味深く受け止められます。

「百合の花や葉には毒がある」の言葉を思い浮かべます。

植物研究者の昭和天皇の御製としても、きわめて暗示的ですね。

阪神大震災の時に御所の「水仙の花束」を美談の道具として美智子さんは手向けました。

当時絶賛されましたよね。

「水仙」も猛毒を持っています。

それを知れば、被災者死者にたむける花としての「水仙」は、悪意を感じさせられます。

私も知りませんでした。

美智子さんもご存じなかつたとしても、「水仙」を選んだことに、何かの大きな意思を思うのです。

山百合の庭??

私のイメージで書きます。

山百合、、、私の育った田舎には、山百合が沢山咲く場所がありました。

だから、私にとっては、雑草の中に点在するように咲く野の花の一つの印象です。

なので、広い庭の一角に咲いていても不思議ではなくて、、、

植物、雑木林も大切にされた天皇陛下だと、御所や幾つかある御用邸の庭の一角に植えられたり、自生をそのままに〜もあるのかしら。。。

そう言えば、
鬼百合とかもありますね。こどもの時、妙に、こわかった(笑)

百合は、香りが強いから、病気のお見舞いには向かないよと教えられたり、花粉が服に付きやすいから、我が家は、百合を室内にはあまり、活けませんでした。

山百合が写り込んでいましたね

この度は私のコメントを取り上げて下さりありがとうございます。
何だか畏れ多いです。
また、改行や脱字の修正など、お手数をおかけしました。

柚べしさん御紹介の動画に、確かに山百合が写り込んでいましたね。
植物に関心なぞこれっぽっちもない「その母」が、山百合にだけは目を留めて「ナルちゃん、ほら、キレイに咲いてるわよ」なんて聞こえよがしに話し掛けてたりして…。

さいわい と わざわい

動画がお役に立てたようで、面映ゆくも光栄です。
昭和天皇は植物に造詣深く、ことば(詞)にも厳密であらしゃったのは確実だと思われます。

皇孫に与えた名は徳仁、お印は 梓。

諱(死者の名)に使われる文字を使い、
破魔弓の材の 梓 をお印に決められたところに、昭和天皇のオカルティストとしての深さを感じます。
一言で言えば言葉による結界「呪(じゅ)」だったのだなと。
わざわい と さいわいと、祈りと呪いとが
渾然一体のカオスのまま。

改めて御製にむかうと、戦慄が走るほど不吉な乳母車です。

山百合は

カトリックの象徴のようなお花なのです。
私はカトリック教育を受けて参りましたので、少しだけ知ったことを
書かせていただきます。
カトリックとプロテスタントの違いは、聖母マリアを認めるか否かが
最大ポイントです。
カトリックは、イエズス様よりも
マリア崇拝の感があります。
学校には、ルルドのマリア像なるものが必ずあり、其処には山百合が
植えられています。
山百合は聖母マリアのお姿の象徴と
見られます。
白百合は山百合なのです。
教会のお庭にも山百合が植えられて
いるのを多々見ます。

kuonさま、どうしてもおかしいと
思いますのは、一国の象徴としてある皇室は神道を軸とし、バチカンは
カトリックを軸としています。
ある時、バチカンがカトリックの礼拝を止め神道擬きになり、
皇室がカトリック擬きに変えられたら、其れこそ大問題となりますね。
流石にバチカンではあり得ないことでしょうが、日本の皇室では、
無きにしも非ずなのでは?
これからは、キリスト教ではなく
新興宗教に乗っ取りを図られていますから、どうなるのでしょうか?
もう其れが明らさまに行われていますよね。

山百合は自生しています

小さい頃、両親と初めて那須に行った時、その辺りにたくさん白い山百合が咲いていました。又、軽井沢の奥の方でも、真っ白な百合がそこかしこに咲いていて、しばし見惚れておりました。

それでも、この御製は哀しく響きます。皇太子妃が将来天皇となる幼子を自分の知らない世界、手の届かない世界に連れていこうとしている。

ちなみに、西洋では百合はお葬式の花です。入院している方のお見舞に百合を持っていこうものなら、大変なことになります。(日本と違って、お見舞には香り高いお花が喜ばれますので)

想いは時空を超えて

おはようございます
『寝間』に百合はいけません
ユリは大量に空気を吸います
実際に体験いたしました
夜半に息苦しさを覚えたことが・・・
路傍のゆりは美しいものですが
眺めるだけにして、けして摘むなと
亡き母が申しておりました

ユリは部屋には置くなとの訓えを
目覚めて思い出しました
齢、三十のころでした

母は、カソリックは嫌いでした・・・?

No title

お返事遅くなりました。


私の思いつかなかったこと、知らずにいたことも交えて頂いた皆さまのコメントに、とても感謝しています。

ありがとうございます。

勝手ながら、これらコメントを参考に、改めて記事にさせていただきたいと考えます。

どうぞお許し願いたく、また、お力をお貸しください、どうぞよろしく、慎重に書いて行きたいです。

菊の花も、、、
天皇家の象徴の高貴な花、競馬では菊花賞もあります。

でも、世間では、
冠婚葬祭では、葬を連想する花です。

百合も、西洋では、特別な花なのですね。


まさか、
若奥様(ミテコさん)が、庭師に百合の花をリクエストされたとか 。。。。。

No title

・華さん

少しだけ調べてみました、以下の感じでしょうか。

>『菊の花は、縁起が悪い』というのは、
明治政府が推進した“西洋化政策”から生まれた思い掛けない副産物であり、
菊にとっては、名誉棄損とも言うべき風評被害かと。爆!

つまり、菊は葬儀にふさわしい花であると言えますが、
その理由は、縁起が悪いというわけではなく、その反対に、
いにしえの時代から格式の高さ故に愛されてきた吉祥のシンボルとして、
来世への祈りを託すに足る存在である・・・ということになりそうです。<


ふうむ、なるほど、ですね。

若奥様が菊を所望・・ミテコさんは、お花の素養はなさそうです、結婚前は、着物姿で正座することも難しかった方と思っています。

それを証明するような写真もあります。

正田家は椅子の生活。それは珍しくも無いですが、たしなみ程度にも茶華道を学んで稽古するための、茶室とはいいません、普通の和室も、あったかどうかわかりません。

そういう風に思っています。

No title

お返事が、新たな記事にするため使わせてもらったり、いろんなことが起きて中途になっていたりで、自分で納得いっていません。

この件は後まで続きますので、いまこの時点は「途中」と思召して、お待ち頂けたら、と思います。

よろしくお願い申し上げます。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kuonnokuon.blog.fc2.com/tb.php/3206-26e22df6

 | HOME | 

文字サイズの変更

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

悲しいこと (67)
福島事故 (37)
未分類 (361)
ことばのたのしみ (64)
ゆれ・ふら・とーく (137)
怒っていること (33)
嬉しいこと (42)
ノンタイトル (62)
今の思い (241)
呆然となること (51)
旅のこと、とか (5)
おそれながら、なことこと (3)
あほらしいこと (89)
残念なこと (33)
虚しいこと (52)
おそれながら、なこと (70)
わははなこと (39)
茶番じゃ。なこと。 (28)
実録 (15)
美しいこと (30)
厚かましい話 (57)
おそろしいこと。 (55)
「美智子さまの恋文」より (6)
たのしいこと。 (1)
うた日記 (17)
実は実話?。 (0)
実話ぢゃないのよ実は。 (1)
戯文 (1)
戯文 ジャムのかなしみ (2)
こういうこと。 (37)
御製 (9)
ミテ子さま・考 一 (1)
ミテコさま・考 (11)
みんなのうた (12)
くおんの万葉集 (6)
くおんの万葉集・番外もあり。 (1)

ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


しんしんと肺碧きまで海の旅

             篠原鳳作


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


しんしんと肺碧きまで海の旅

             篠原鳳作


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

FC2Ad

Template by たけやん