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今日も元気でいましょうね^^

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昭和天皇の御製  三



戦後の昭和21年から始められた天皇の全国巡りは、昭和29年まで続きました。


御製の続きです。  米印は歌会始儀の折りの御製です。


 
 昭和三十年
 
 「泉」

*みづならの林をゆけば谷かげの 岩間に清水わきいづる見ゆ
 
 「松島」

 春の夜の月のひかりに見わたせば 浦の島じま波にかげさす
 
 「相撲」

 久しくも見ざりし相撲スマヒひとびとと 手をたたきつつ見るがたのしさ

(KUON註:相撲を好まれた昭和帝のこの一首。

久しぶりにご覧になられた相撲、それを、「人々と、手を叩きつつ」見るが「たのしさ」と。

この視点が、昭和天皇さまのものと思います。何度尋ねられても、ご贔屓の力士の名は明かされませんでした。公平であらんとされたのだと伝わります。)

 
 「八月十五日 那須にて」

 夢さめて旅寝の床に十とせてふ むかし思へばむねせまりくる

(敗戦後10年の、天皇の夢。)
 
 「神奈川県三ツ沢の国体会場(平沼亮三横浜市長)」

 松の日をかざして走る老人の ををしきすがた見まもりにけり
 
 「小田原に往復の折、吉田茂元首相の家の前を通りて詠める」

 往きかへり枝折戸を見て思ひけり しばし相見ぬあるじいかにと
 
 「社会福祉法人エリザベス・サンダース・ホーム」

 この子らをはぐくむ人のいたつきを 思ひてしのぶ十とせのむかし

(敗戦後、街に溢れた混血の孤児たちを、澤田美喜さんが集めて作られたホームです)/span>
 
 昭和三十一年
 
 「早春」

*たのしげに雉子キギスのあそぶわが庭に 朝霜ふりて春なほさむし
 
 (エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ一世訪日)

 外国トツクニの君をむかへて空港に むつみかはしつ手をばにぎりて

(今は無きエチオピア王国、今は亡きエチオピア国王、そして今はいずこにあるやも、この折に国王より賜りし、ヤフーオークションに出されてしまっていた、あの・・・)
 
 「山口県植樹祭」

 木を植うるわざの年々さかゆくは うれしきことのきはみなりけり
 
 「前同」

 人々とつつじ花咲くこの山に 鍬を手にして松うゑてけり
 
 昭和三十二年
 
 「ともしび」
*港まつり光かがやく夜の舟に こたへてわれもともしびをふる
 
 「漁船」

 ひき潮の三河の海にあさりとる あまの小舟の見ゆる朝かな
 
 「葉山にて 三首のうち一首」

 舟出してはるけくも見つ大島の けむりにまがふ峰のしらくも
 
 「那須にて」

 高原に立ちて見わたす那須岳に 朝ゐる雲のしろくしづけし
 
 「静岡県の旅 水口屋にて西園寺公望を思ふ」

 そのかみの君をしみじみ思ふかな ゆかりも深きこの宿にして
 
 「四十周年記念に際し全国民生委員に」

 さちうすき人の杖ともなりにける いたつきを思ふけふのこの日に
 
 「佐久間ダム」

 たふれたる人のいしぶみ見てぞ思ふ たぐひまれなるそのいたつきを
 
 昭和三十三年
 
 「雲」

*高原のをちにそびゆる那須岳に 帯にも似たるしらくもかかる
 
 「赤間神宮ならびに安徳天皇陵に詣でて」

 水底に沈みたまひし遠つ祖を かなしとぞおもふ書フミ見るたびに
 
 「富山国民体育大会」

 ときどきの雨ふるなかを若人の 足なみそろへ進むををしさ
 
 「和倉の宿」

 波たたぬ七尾の浦のゆふぐれに 大き能登島よこたはる見ゆ
 
 「社会福祉法人ルンビニ園」

 御ほとけにつかふる尼のはぐくみに たのしく遊ぶ子らの花園
 
 「博多の宿 二首のうち一首」

 行きかよふ車をさばく警官の うごき見てゐぬやどの窓より
 
 「阿蘇の宿」

 裏山にのぼりて見ればなつかしき 雲仙岳はほのかにかすめり
 
 「鹿児島」

 ながむれば春のゆふべの桜島 しづけき海にかげをうつせり
 
 「宮崎の宿にて」

 来て見ればホテルの前をゆるやかに 大淀川は流れゆくなり

(このあたりまでの御製の数々。陛下のお心の安らかなことの透けて見えるような、静かな、叙景歌ながらしっとりと抒情的な、美しいおうたに魅了されます。)

 
 「明仁と正田美智子の結婚内約」

 喜びはさもあらばあれこの先の からき思ひていよよはげまな

(まずはアメリカでのスクープから始まった、正田美智子さんの皇太子妃への内約のこと。

軽井沢でのロマンス、テニスコートの恋、民間から初めての入内へ。

皇嗣の結婚の定まったこの時の天皇のおうたに、心衝かれます。


喜びはさもあらばあれこの先の からき思ひていよよはげまな

(厳しい一首です。

喜びは、まあ、いいだろう、恋愛結婚とやら、それもいいだろう、喜ばしくはあろう。

と、うたい始めて、この先の、と締められている。

「からき思ひていよよはげまな」

これは、

大変なこと、苦労なことを、よくよく思って、いよいよ、ますます、励まないと。

と、天皇はお詠みです。

この最後の「な」は、希望、命令の、けっこう強い一音です。

ふつう一般の父親であられないのは言うまでも無いですが。

よほどしっかりと気を引き締めて、と、仰っている。

言われてお二方はいかがだったでしょう。

皇太子と美智子嬢。

やはり

そりゃ、浮かれて舞い上がっておられたでしょうね、いずれこのあたり、皇太子と美智子さんのうたの時にも触れてみたいです。


 
 「皇太子の婚約を喜ぶ歌」

 けふのこの喜びにつけ皇太子に つかへし医師クスシのいさをを思ふ

(わたしには不思議な一首です。

皇太子の婚約を喜ぶに、つけ、仕えた医師の、功を思う、と。

医師の功・・医師は、皇太子が婚約にまで至るようになった、何に、どこに、どんな功(功績)が、あったのか。

 
 (フィリピンのガルシア大統領夫妻訪日)

 外国トツクニのをさをむかへついさかひを 水にながして語らはむとて

(今年に入ってからの今上の、フィリピン訪問を思い浮かべました。

天皇の夫人が、皇后と認められ得なかった、あの、茶番の慰霊訪問を。)
 

文字色(前同)
 
 昭和三十四年
 
 「窓」

*春なれや楽しく遊ぶ雉子キギスらの すがたを見つつ窓のへに立つ
 
 (皇太子ご成婚)

 あなうれし神のみ前に皇太子の いもせの契り結ぶこの朝
 
 (前同)

 皇太子の契り祝ひて人びとの よろこぶさまをテレビにて見る

世紀のご結婚、ミッチー・フィーバー、馬車を仕立てての華麗なパレード。これが、今上と美智子さんの結婚を彩る言葉の群だったようです(実際、大騒ぎではありました)。

この時も昭和の両陛下は、戦中の防空壕を兼ねたお住まい、雨漏りのはなはだしい「御文庫」にお住まいのままでした。

「あなうれし」

と陛下は、皇太子の美智子さんとの「いもせのちぎり=夫婦の契り。

を寿いでおられる。

皇太子の契りを祝って、国の人びとがよろこぶさまを、「テレビにて見る」

確かに。テレビで、その熱狂のさまを、ご覧になったのは事実なのでしょうが。

陛下は熱狂しておられない。

おそらく、皇后さまも。


どこか距離のある、醒めた「祝婚歌」。


 
 「靖国神社九十年祭」

 ここのそぢへたる宮居の神がみの 国にささげしいさををぞおもふ
 
 「千鳥ケ渕戦没者墓苑」

 国のため命ささげし人々の ことを思へば胸せまりくる

ここでは昭和天皇は、靖国神社の年祭、千鳥ヶ淵戦没者墓苑、についても、確かに、上記のように、詠んでおられます。 

 「那須 二首」

 谷川をくだりてゆけば楢の枝エに かかりて葛の花咲ける見ゆ
 
 「前同」
 み空には雲ぞのこれる吹き荒れし 野分のあとの那須の高原
 
 「伊勢湾台風」

 皇太子をさし遣はして水のまがに なやむ人らをなぐさめむとす
 
 「愛知 三重 岐阜の風水害」

 たちなほり早くとぞ思ふ水のまがを 三つの県の司に聞きて
 
 昭和三十五年
 
 「光」

*さしのぼる朝日の光へだてなく 世を照らさむぞわがねがひなる
 
 「はじめての皇孫」

 山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく

(そして徳仁親王誕生。

大切な皇孫。

にしては。

この一首の情景を、描いてみました。


 山百合の花咲く庭にいとし子を 車にのせてその母はゆく

山百合の咲く庭・・・は、そのままに浮かびます。

皇居のいずこか、広大なお庭に、山百合が咲く・・2月生まれのナルちゃんさんは、生後数か月になっておられるか。

いとし子を、車にのせて…乳母車でしょう、後ろから押すタイプ、こちらから見えているのは、乳母車の赤子の帽子と、車をおして行く母親の、背中だけ。

美智子さんは、想像すると、ノースリーブのワンピース姿。

「いとし子を乗せて、若い母親は、どんどんあちらへ行く。

陛下は、見送っている構図になります。

言葉の使い方が、常の陛下のようでない気もします。

全体的に感じるのは、距離感。

お気持ち的には「傍観」。

新しい時代の皇太子妃だから。

言ってしまえば身もふたも無いが、押されて受け入れた妃だから。

なんとはなし、距離がある感じを受けます。

美智子さんの背中に、放っておいて下さいね、のメッセージまで感じるのは、考え過ぎでしょうか。

皇孫誕生に関しては、この一首だけ。


 
 「山形県植樹祭 二首」

 人びととしらはた松を植ゑてあれば 大森山に雨は降りきぬ
 
 「前同」

 実桜の花にまじれるりんごの花 田づらの里は咲きにほふかな
 
 「米沢市」

 国力クニヂカラ富まさむわざと励みつつ 機ハタ織りすすむみちのくをとめ
 
 「飯坂の宿」

 たぎちゆく摺上川の高ぎしに かかりてにほふふぢのはつ花
 
 「九州への空の旅」

 白雲のたなびきわたる大空に 雪をいただく富士の嶺みゆ
 
 「水前寺陸上競技場にて」

 大阿蘇の山なみ見ゆるこのにはに 技競ふ人らの姿たのもし
 
 昭和三十六年
 
 「若」

*旧き都ローマにきそふ若人を 那須のゆふべにはるかにおもふ
 
 「前同」

 のどかなる春の光にもえいでて みどりあたらし野辺の若草
 
 「福寿草」

 枯草ののこれる庭にしかぎくの 花さきにけり春いまだ浅く
 
 「長崎復興」

 あれはてし長崎も今はたちなほり 市の人びとによろこびの見ゆ
 
 「鏡山の眺望」

 はるかなる壱岐は霞みて見えねども 渚うつくしこの松浦潟
 
 「有明海の干拓を憂へて」

 めづらしき海蝸牛ウミマイマイも海茸ウミタケも ほろびゆく日のなかれといのる
 
 「雲仙岳 仁田峠」

 大阿蘇は波路はるかにあらはれて 山なみうすく霞たなびく
 
 「雲仙岳 薊谷 二首のうち一首」

 あいらしきはるとらのをは咲きにほふ 春ふかみたる山峡ヤマカヒゆけば
 
 「雲仙岳 地獄」

 わきいづる湯の口の辺に早く咲く みやまきりしまかたちかはれり
 
 「日本航空シティ・オブ・サンフランシスコ号に乗りて 二首」

 空翔カけて雲のひまより見る難波 ふるき陵ミササギをはるかにをろがむ

仁徳天皇陵をお詠みでしょうか)
 
 「前同」

 白波のよせてはかへす大島を つばさのしたになつかしく見る
 
 「六十の賀 三首」

 ゆかりよりむそぢの祝ひうけたれど われかへりみて恥多きかな

(還暦の陛下、「かえりみて恥多き」と。)
 
 「前同」

 還暦の祝ひのをりも病あつく 成子のすがた見えずかなしき

(東久邇成子さんは、既に癌を病んでおいででした。幼いお子様が幾人もおられた。

陛下は、第一皇女の成子さんを慈しまれ、戦中戦後のご苦労に、胸を痛めておられたと伝わります。

「成子のすがた見えずかなしき」は、天皇でない父親としての・・。)

 
 「前同」

 むそとせをふりかへりみて思ひでの ひとしほ深きヨーロッパの旅
 
 「支笏湖畔」

 湖をわたりくる風はさむけれど かへでの若葉うつくしき宿
 
 「磐梯吾妻スカイライン」

 さるをがせ山毛欅ブナの林の枝ごとに 垂るるを見つつ道のぼりゆく
 
 「福島県赤井谷地にて」

 雨はれし水苔原に枯れ残る ほろむいいちご見たるよろこび
 
 「福島県視察 翁島の宿にて」

 なつかしき猪苗代湖を眺めつつ 若き日を思ふ秋のまひるに


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日はここまでとさせていただきます。



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8 Comments

lavinia  

真っ直ぐな歌。

KUONさま こんにちは。

>久しくも見ざりし相撲スマヒひとびとと 手をたたきつつ見るがたのしさ

昭和の時代が懐かしく思い出されました。
お相撲の好きな天皇陛下。
自分だけが楽しいのでなく、周囲の人と手をたたきつつ見るのが「楽しい」と仰る。
少し前にTVで見た、園遊会にお出ましになって黒柳徹子さんにお声を掛けられていたお姿を思い出しました。
周囲がみな笑顔で、暖かい光景でした。
(なんか、そういうのに最近飢えてます。)

詠む人の心情、人柄がストレートに出るのが歌なのだと、最近やっとわかり始めました。
言霊が宿っています。

歌は、心情を誤魔化して読んだりはできないのですね。

少し味わってみたくて図書館で「古今和歌集 新古今和歌集」の簡単な解説書を借りてきました。
受験対策でしか学んでこなかった事を後悔しています。

2016/07/06 (Wed) 16:50 | EDIT | REPLY |   

KUON  

No title

・laviniaさん


こんばんは。

昭和天皇さまのこのおうた、いいですね。

屈託のない温かい笑顔が浮かびます。

仰るように、ひとびと皆さんと、一緒に手を叩いてみるのが、楽しいと。

昭和天皇は技巧に走ったり飾りを多くつけたりなさらなかった、大きな歌人、とも言われたそうです、よくわかりますよね。

さまざま、思いますが、ご長女の東久邇成子さんの闘病中の「還暦」の御製が、生のお気持ちを感じて、胸が痛みます。


 >還暦の祝ひのをりも病あつく 
 >成子のすがた見えずかなしき

そのままよく判る一首ですが、この「かなしき」は「悲しき」であり「愛しき」でもある。

とか言ってるとキリがないです。

「古今和歌集」「新古今和歌集」。

すてきですね。

万葉集は、防人のうたから庶民のうたまでを集められています。

その万葉集を「ますらをぶり」と評するとすれば、古今集は「たをやめぶり」なのだとか。

凝りに凝った、一つの言葉に幾つもの「見えない意味」を盛り込んだ、技巧的な華やかな、貴族的なうた、が、古今集の魅力でしょうか。

チェーザレのお好きなlaviniaさんなら、楽しめると思います、膨大な無駄が生み出す腐りかけの美、豪奢、って世界も。

うたを、楽しみたいですね。あんなうたも、こんなうたも。

まずは体力温存で。(笑)。私の話ですよ。

2016/07/06 (Wed) 20:36 | EDIT | REPLY |   

黒猫アビ  

No title

KUON様

今晩は。
ブログの更新ありがとうございます。

明治天皇
大正天皇
昭和天皇

御製を何度も何度も繰り返し読んでおります。
おうたが苦手な私ですが、繰り返し読むことに
より少しずつでも自分なりに理解しております。

ありがとうございます。

2016/07/06 (Wed) 20:51 | EDIT | REPLY |   

よみびとしらず  

那須の森

西日本は、猛暑と伺いました。
湿度も高いようですので、ご自愛の程。

毎年、今頃になると、那須へ蛍狩に、出向くのが、恒例となっております。

御用邸に至るロイヤルロードと呼ばれている国道沿いの赤松などは、松枯れが、目立ち始めています。

昭和帝を嫌われた千代田パレスの女主人が、売払ったと聞き及びました(真偽の程は、知らぬのですが)。

福島第一原発から、そう遠くでもない那須の地にも、日々、目に見えない放射線が、絶え間なく、降り注いでいるのでしょう。

美しい那須の森は、昭和帝と共に、去って行ったのかも知れません。

蛍狩の出来る渓谷に、原発の瓦礫を埋める廃棄所の候補地に上げられました。

あとは、廃墟となるのかも知れません。

蛍も何時まで見られるやら。

平成は、破壊の時代なのかもしれません。

昭和帝のおうたを、拝見させていただき、過ぎ去りし昭和と那須を思いました。

2016/07/07 (Thu) 04:40 | EDIT | REPLY |   

KUON  

No title

・黒猫アビさん


梅雨が明けたかのように、さっぱり雨に縁のない毎日です。

朝晩、庭に水やりをしますが、ゴーヤも風船カズラもへたれています。

昭和の天皇さまのおうたをずっと読ませていただくと、天皇の顔の向こうの、いろんな感情が見えるここちがします。

人生の途中で「現人神」から「象徴」に変換されたお方。

うちらも小さくあれこれありますが、小さいしあわせ、小さくしっかり楽しみましょうね。



・よみびとしらず さん

蛍。火垂る。ほうたる。

関西の人間は「那須へ蛍狩り」と聞くと、はああ、そういうのもあるのねえ、と、思いますね。すてきなイメージ。

私の蛍の思い出は、子どもの頃の母の田舎の夏休み。

今は行ければ、奈良の春日原生林の奥。観光マップにも載っていないようなあたり。本物の闇の中の、清流のせせらぎの音、蛍の乱舞。

脚が悪くなって、なかなか行けないでおりますが。

放射能のこと。

私は原発事件直後、そのことからブログを始めました。今も東北地方には年に数度は行きます。

毎日けんめいに記事を書き続けました。

もういっさい、感傷的には、放射能のことに触れまい。そう思い決めて、その問題から離れています。






2016/07/07 (Thu) 11:14 | EDIT | REPLY |   

花橘  

陛下の祈り

数々の歌が昭和天皇の声とともに聞こえてくるようです。
KUON様が歌に歴史と心があると教えて下さったことをありがたく思います。
敗戦後、日本各地を回られた陛下。国民を慰撫なさりつつ、私は戦争で綻びてしまった歴代天皇様が施した結界を結ぶ旅のように感じました。
天皇の祈りは歌です。祈りを歌にして神に捧げるのです。(と、大学で教わりました)
各地を詠まれた歌は正に祈りですね。
そして、陛下の杞憂は正に杞憂ではなく皇太子殿下の婚約に『からき思ひていよよはげまな』と見て子さんがもたらす破壊に祈りをもって皇室を日本を守ろうと、神事祭祀はもとより歌を詠まれたのでしょう。
各国の賓客を迎えてはかなしきことは水に流して友好を永久にと願い、謝罪など一切なさいません。不吉な哀しい言魂は避けて、陛下の御心は光ある未来への願いを歌に詠まれてます。
昭和天皇の編まれた結界は、見て子さんと見て子さんの操り人形今上陛下が見事に壊しています。陛下が冷たく見ていた皇孫の皇太子殿下は、やはり不浄の娘を神聖な御所に入れ、結界はますます壊れてます。神事祭祀は簡略化され、天皇にしか出来ない祭祀ももはや絶えているのでしょう。
日本各地の結界も平成になって数年で綻び、今や毎年大災害のある国になりました。
昭和天皇が慈しまれた秋篠宮殿下と悠仁親王殿下が至尊の位に上がられて、再び国に結界を結ばれる日を待つのみです。

2016/07/07 (Thu) 16:01 | EDIT | REPLY |   

八兵衛  

山百合…

KUON様
いつも拝読しております。
初めてコメントを書かせて頂きます。
昭和天皇の御製、素晴らしいですね。昭和が終わった日、18歳だった私でも胸にこみ上げるものがあって、不意に涙が出そうになることが多々。
そんな中、「はじめての皇孫」の御製は…、違和感がありました。
山百合。百合ですよね。受胎告知を思わず連想してしまいました。
山百合の咲き誇る庭=キリスト教的なものに取り囲まれている「その母」の環境。赤子の行く末は「車」を押している「その母」の意のままに。意気揚々と進んで行く後ろ姿をじっと見つめいる。
勘ぐり過ぎでしょうか。

ナルちゃんってば、還暦も近いというのにいまだにその「車」に乗ってやしませんか⁉︎
今更ご自分の足で歩けるわけないか…。

私感を書き連ね、お目汚し失礼いたしました。

2016/07/08 (Fri) 00:07 | EDIT | REPLY |   

KUON  

No title

お返事遅くなりました。


・花橘さん


嘘の無いおこころから、ウソでは無いおうたが生まれて来るのだと、改めて感じました。

昭和の陛下は、法や他の何が自分を責めなくても、自分としては、生涯自分を甘く遇するまい、気をぬかまいと、ご自身に対して突きつけておられたものがおありだったように、改めて感じます。

>各国の賓客を迎えてはかなしきことは
>水に流して友好を永久にと願い、
>謝罪など一切なさいません。
>不吉な哀しい言魂は避けて、陛下の御心は
>光ある未来への願いを歌に詠まれてます。

初めここを読ませていただいて、涙が止まらなくなってしまいました。

これからも、ご一緒に考えて行きたいです。



・八兵衛さん

いただいたコメント、有効につかわせていただきました。

ありがとうございました。

ナルちゃんは、今でもママの乳母車に。

母性のもたらす奇跡や害毒や。わたし子どもの頃、鬼子母神の話を読んで、本当に怯えたのです・・・世にはびこる母性神話のまやかしに、今も、ちら目、ジト目を向け続けております(笑)。

ナルちゃんはもう、ダメですね。

とっくにダメでしたが。

2016/07/18 (Mon) 16:48 | EDIT | REPLY |   

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