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ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

父の墓標はわれより低し



激しい雷雨の夜でした。庭の椅子も転んでいたし、ゴーヤのための支柱がのけぞったりしていて、風も大暴れだったようですが。

いっさい気にせず眠っておりました。

寺山修司の、うたが、読みたい・・・。


   海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり


   ころがりしカンカン帽を追ふごとくふるさとの道駈けて帰らむ


   日あたりて遠く蝉とる少年が駈けおりわれは何を忘れし


   少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに


   やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく


   漂いてゆくときにみなわれを呼ぶ空の魚と言葉と風と


   わが寝台樫の木よりもたかくとべ夏美のなかにわが帰る夜を


   パン焦げるまでのみじかきわが夢は夏美と夜のヨットを馳らす


   肩よせて朝の地平に湧きあがる小鳥見ており納屋の戸口より


   空を呼ぶ夏美のこだまわが胸を過ぎゆくときの生を記憶す


   向日葵(ひまわり)は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し


   父の遺産のなかに数えむ夕焼はさむざむとどの窓よりも見ゆ


   勝つことを怖るるわれか夕焼けし大地の蟻(あり)をまたぎ帰れば


   胸冷えてくもる冬沼のぞきおり何に渇きてここまで来しや


   朝の渚より拾いきし流木を削りておりぬ愛に渇けば


   さむきわが射程のなかにさだまりし屋根の雀は母かもしれぬ


   胸の上這わしむ蟹(かに)のざらざらに目をつむりおり愛に渇けば


   夏蝶の屍(かばね)をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず


   群衆のなかに故郷を捨ててきしわれを夕陽のさす壁が待つ


   胸にひらく海の花火を見てかえりひとりの鍵を音立てて挿す


   愛なじるはげしき受話器はずしおきダリアの蟻を手に這わせおり


   わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ


   遠き火山に日あたりおればわが椅子にひっそりとわが父性覚めいき


   マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや




        寺山修司のうたは、新仮名・旧仮名、混在したまま残されています。ので、そのまま。


   




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コメント

記事の題だけでも、切なくなりました。

人も、亡くなる前は、痩せたり、腰が曲がったり、小さくなりますね。そして、やがては、骨になって、、、

昔は、あんなに大きく感じた父なのに、、、とか、
ふと、思う時があります。

あらためて、命は、有限なのだと感じました。

記事の中の歌は、また、ゆっくりと、読まさせて頂きます。

いつも、ありがとうございます。

No title

・華さん


真面目に解説すれば。うたは、どう感じても、読む者のものですが。

寺山修司の父親は、東北地方(青森)の篤実な警察官でした。

妻と幼い一人息子を置いて召されて、帰りませんでした。母は修司を育てるために(あるいは恋のために)米軍キャンプに職を求め、修司は映画館経営の親戚に預けられて育ち、それは、彼の文才を磨くことにはなったのでしたが。

高校時代は腎臓を病んで入院生活。恋のうたはすべて、憧れ、幻想のもの。

長じて天才と呼ばれるようになりました、若くして死にました。

修司はガラの大きな人でした、この一首は、自分より若く、小柄な兵のままどこかで散って、遺骨さえ還らなかった「父親」への、苦い・・父親になるチャンスはあったのに、ならなかった自身への自虐の思いの、こぼれるうただと、背景をしっている私は、読んでしまうのです。

自然に老いを重ねた晩年の父を詠めるのも、一種の幸せなのかも知れませんね、人として。。。

銭湯それと木の桶

お早うございます
父は偉大で威厳に満ちて居りました

たぶん・・・・

普通、戦地還りは二つや三つの苦労話をするものですが
終ぞ『たのしげ」なはなししか・・・・

いまだから言えます
父は普段は堺俊二タイプでした
ですが決め事には無口でした
寡黙だから恐かった
あはは。

No title

・へたれ(か?)ウナっち さん

戦地帰りのお父さま、ついぞ、楽しい話しかなさらなかった。

ええ父さんだったのですね・・私の周囲は、父親との縁の薄い人間がなぜか多く。

自分の娘などが、父親(わたしの夫だったりする(笑))に対して、あまりにも傍若無人であったりする時、信じられないものを見る気がしていました。

今度うまれる時は、寡黙で恐く(これはイヤ、私だけに優しい)、どっしりと安心させて守ってくれるお父さんの子に、なりたいなあ。

そんな気持ちになりました。(笑)。

変遷

>わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ


初めてこの歌を読んだとき、年上であろう青年の怒り、憎しみの激しさに憧れました。自分も、このように強く激しくありたい、と。

自力で飼い慣らせぬ、言葉にしようのない感情に梃子摺って、具体的に何かを成し得なかった時代でした。

今でも ずっとこの葛藤を忘れずにいますが、今は、この若い傲慢さが、眩しくも愛おしく、少し可哀そうながらも羨ましく思ってしまいます。

No title

・まめはな さん

なぜか鬱屈したものが身にしみついていたのですが。

寺山修司のこの一首に寄せられたまめはなさんの感想が、わたしの気持ちに、すとーんとはまりました。

>怒り、憎しみの激しさに憧れました。

うわわわわ、こんな風に言っても、いいんですよねえ。私も、もいっちょ、言いたいよお、言うよお。ハード・あんど・ハードに、行く!。

ぜぇぜぇ。

思いの激しさは、オブラートかけなくても、いいんだよねえ。激しくたって、いいのよねえ、66歳になったけど、もっとこれからだって。

勇気を頂きました、本当。

先日、ブランド衣類のリサイクルショップに行って。

きれいに手入れされた、何というか、アロハ・シャツ。男物の方が、図柄も自由で大胆でいいの、もちろんサイズは重要事項。すごく安くなっている上に、誕生月だから15パーセント、オフにしてくれて。

七枚まとめて買って来た。(笑)。汗っかきなので、しょっちゅう着替えたいのです。

赤や青や大柄や、嬉しいなあ、さらさらしていて気持ちいいんです。

元気出ました。

寺山修司は、重大で患った腎臓病に、終生、つかれていた人です。実際にからだの不自由もあったでしょう、そんな煩悶も、作品のモトになったんだ。

私も、もっと、暴れよう(笑)。

ばあちゃんだって不敵に傲慢に、行くぜ。(笑)。

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としどしに わがかなしみは ふかくして 

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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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