KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

明日のご体調は






皇室のスケジュール表があります。宮内庁が出して来る情報を、朝日新聞が、というもの。

天皇家、皇太子家(こう書いてあります)、秋篠宮家から、常陸宮家、三笠宮家、高円宮家までの、皇族方の「公務」が一覧表になっています。

皇太子家に公務が無い、と言われているのは、ここに「予定」がほぼ書きこまれていないことに拠るのでしょう。

スキー行き、なんぞは書いて無いです。


5月初めまでの現在のこの表の、皇太子家の欄は空白です。

前後の皇族はすべて、27日の園遊会にお出ましと記述あるなか、皇太子家は空白。

空白だから、明日、あの夫婦、もしくはナルさんが出て来ない。とは言い切れない。

空白でも、出て来るかも知れない。ナルさんが一人で、というのは、ほぼずっとそうだった、状態で。

ナルさん無しでまさこだけ、は、あり得ない。今までありませんでした。妃殿下個体としては何もできない、して来なかった。

では夫婦で、しゃら~~っと、ニタニタと、出ておいでか。

週刊誌が書きたてていました、雅子さま園遊会連続のご出席、着物も新調して、とか。

アホみたいなことを、多分、記者さん自身、わかっていて、これも飯のタネ、浮世の義理、いざ、ひっくり返ったら、はじめっから真実をお伝えしたかった、とか、そんな感じでゴンゴン行くと思われる。

昔の岡林 信康の歌にもありました。

犬ーが飼い主に噛みつきゃーえらいこーったー


今年の5月は、水俣病が公式確認をされてから、60年になります。



私は、いつもいつもあのことやそのことを考えている訳ではない。言うまでも無く。

自分自身の身の回りの、いろんなことに振り回されて、アタフタと日を送っているのが現状です。

そうであっても、現在の皇室の、内廷さんがたとやらの、あまりにもな惨状、醜状には、とらわれ過ぎている自覚の中にいます。

いっさい信用できません。

明日も出かける用があります、お招きにあずかって、黒柳てつこさんは、どんな思いで、目の前に現れるそのひとたちを、観察されるかなあ、など、考えたりしています。


・・・・・おととし書いた記事ですが、再度、以下に。


「銭は1銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に69人、水俣病になってもらう。あと100人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか(注)」

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ユージン・スミスが撮った「智子」さん。

思春期の若い女性である。手は拘縮、硬直している。

お母さんは智子さんを大切に育てたが、水俣の象徴のようにとらえられることに、複雑な思いも洩らされたようです。

さもありなんと、思います。

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お父さんも愛情を注がれました。


現在も熊本市在住である石牟礼道子さんの「苦界浄土」の未発表部分が見つかったという。400字詰め原稿用紙20枚ほどであると。

昨日か、おとといの新聞に出ていた。

・・・・・

「う、うち、は、く、口が、良う、も、もとら、ん。案じ、加え、て聴いて、はいよ。う、海の上、は、ほ、ほん、に、よかった。」                       
                                (第三章「ゆき女きき書き」

「嫁に来て三年もたたんうちに、こげん奇病になってしもた。…(ほ、ほん、に、じ、じい、ちゃん、しよの、な、か、おおな、ご、に、なった、な、あ。)うちは、もういっぺん、元の体になろうごたるばい。親さまに、働いて食えといただいた体じゃもね。」


「うちは情けなか。箸も握れん、茶碗もかかえられん、口もがくがく震えのくる。付添いさんが食べさしてくらすが、そりゃ大ごとばい・・・ 」

「苦界浄土」は、水俣病を描いた作品である。阿部公彦氏のブログから一部、引用させていただく。

たとえば「舟を焼く仕事」。舟を焼くというのは、漁師が舟の底にくっつく牡蠣殻や、藤壺の虫をとりのけるためにすることである。陸にひきあげた船体を斜めに倒し、舟底に薪をくべ、舟火事にならぬようにこれらを焼き落とす。なかなか面倒な作業である。

その手間をはぶくために、わざわざ百間の港まで、持ち舟を連れて来て、置き放すというのだった。きれいさっぱり、虫や、牡蠣殻が落ちるというのだ。百間の港の「会社」の排水口の水門近くにつなぎ放してさえおけば、いつも舟の底は、軽々となっている、というのであった。

そのうちに漁獲高が目に見えて減ってくる。水に魚が浮くようになる。それから猫がやられた。「猫が舞って死ぬ」との噂が流れる。「舞う」のは、神経の異常のためである。次は人間だった。海沿いの部落で病人が出始め、工場が排水口の向きをかえると、こんどはそちら側で病人が多発する。

はじめて病人が出た頃、この原因不明の奇病は伝染病と誤解されがちであった。当然、余計な恐怖心を持つ者もいた。

この頃、看護婦さんが、手が先生しびれます、といいだした。看護部さんたちが大勢で来て、先生うつりませんかという。よく消毒して、隔離病院にうつすようにするというと、うつらない証明をしてくれという。このとき手がしびれるといった湯堂部落出[水俣病の多発地帯のひとつ]の看護婦さんは、あとになって胎児性[水俣病]の子どもを産むことになった。まさかそこまではそのとき思いおよばなかった。

水俣病は伝染病ではない。しかし、この病気の出発点は、まさに「手が先生しびれます」という感覚なのだ。現在絶版だが、吉田司『下下戦記』(白水社)には次のような一節がある。

ところが今度ぁ、あたしが身体中痺れっきたったい。手とか指とか、足ン痺れひどうなって、なんじゃ手袋はめて物ば触っとる気色で、富子と清治に飯食する匙ばポロポロ落とすわけたい。茶碗まで落として割ってしまうわけたい。『あれーッ、こりゃいかん。まさか富子ン病気が伝染ったわけじゃなかろうねえ』もう居ても立っても居られんわけ。夜中他ン患者が寝てしもうてから、こっそり病院の炊事場さ行ったったい。なんとかこン痺れ取ってやれッち思て、指先ばゴシゴシ軽石でこすってみた。ゴシゴシゴシゴシ、取れんとたい、痺れが。今度ぁコンクリートの壁にこすりつけて、ゴシゴシゴシゴシ。

水俣病は何よりも「わからない病気」だった。何であれ、わからないということ自体、人間にとっては不気味なのである。コンクリートに指をこすりつけてでも取り去りたい、得体の知れない痺れは、原初的な恐怖を呼び起こした。

著者石牟礼はとにかく水俣病のすべてを見ようとしてきた。東京から視察に訪れたチッソ社長の車をタクシーで追うこともあれば、大学病院に頼んで患者の解剖に立ち会うこともあった。この本の力づくの文体には、力づくの視線が感じられる。

彼女のすんなりとしている両肢は少しひらきぎみに、その番い目ははらりと白いガーゼでおおわれているのである。にぎるともなく指をかろく握って、彼女は底しれぬ放意を、その執刀医たちにゆだねていた。内臓をとりだしてゆく腹腔の洞にいつの間にか沁み出すようにひっそりと血がたまり、白い上衣を着た執刀医のひとりはときどきそれを、とっ手のついた小さな白いコップでしずかにすくい出すのだった。


わたしKUONは、今までに数度、この本について書いた。知って欲しいことがあります、と、叫び出すみたいに、書いた。

発症前、元気だった娘を思い、

「木にも草にも、魂はあるとうちは思うとに。魚にもめずにも魂はあると思うとに。うちげのゆりにはそれがなかとはどういうことな」

と納得できない母親のことを、書いた。

健康な人が水俣病になることが多かったが、母親は無事でも生まれてきた子供が水俣病におかされていたというケースもあった。どんどん増えた。

生まれ出た日が、発症の日。「苦界浄土」の中にこんな部分がある。

山本富士夫・十三歳、胎児性水俣病。生まれてこの方、一語も発せず、一語もききわけぬ十三歳なのだ。両方の手の親指を同時に口に含み、絶えまなくおしゃぶりし、のこりの指と掌を、ひらひら、ひらひら、魚のひれのように動かすだけが、この少年の、すべての生存表現である。

中村千鶴・十三歳、胎児性水俣病。炎のような怜悧さに生まれつきながら、水俣病によって、人間の属性を、言葉を発する機能も身動きする機能も、全部溶かし去られ(略)。

・・・水俣病の裁判は今も続いている。そこには今は触れない。

江頭豊が、チッソの社長として現実に 関わりを持ち始めた頃には、初めは猫が踊り漁獲量が減ったことで不思議がられたこの海の異変が、企業の犯した深い犯罪によるものであるということが、既に認識されていた。認識はされていた。


〇チッソの補償(見舞金)を受けると、生活保護が受けられなくなった。


「水俣病がそのようにまで羨ましかかいなぁあんたたちは。今すぐ替わってよ。すぐなるるばい、会社の廃液で。百トンあるちゅうよ、茶ワンで呑みやんすぐならるるよ。汲んできてやろか、会社から。替わってよ、すぐ。うちはそげんいうぞ。なれなれみんな、水俣病に」
「あんたも水俣病を病んどるかな? どのくらい病んどるな? こげんきつか病気はなかばい。まぁだ他に、世界でいちばん重か病気の他にあると思うかな。その病(びょう)、病(や)んでおらぬなら、水俣病ばいうまいぞ」
                              (第一部「苦海浄土」170ページ)

わたしゃ、恥も業もいっちょもなかぞ。よかですか、川村さん。
おらぁな、会社ゆきとは違うとぞ。自分家(げ)で使うとる会社ゆきと同じような人間が、もの言いよると思うなぞ。
千円で働けといえば千円で、二千円で働けといえば二千円で働く人間とはわけがちがうぞ。人に使われとる人間とちがうとぞ、漁師は。
 おる家(げ)の海、おる家の田畠に水銀たれ流しておいて、誠意をつくしますちゅう言葉だけで足ると思うか。言葉だけで。いうな! 言葉だけば!
                              (第二部「神々の村」431ページ)

「病んでみろ、病みきれんぞこの病(びょう)は。一生かかっても、二生かかっても」
                              (第二部「神々の村」465ページ)


川本 よし、わかった。そんなら…… 
 あば、もう、あなたは会社の社長ばやめて、十日、いや一週間なり、一ヶ月なり、その、患者の苦しみば、いっしょに味おうてもろうて、ああた方ぜんぶ、患者の家に一ヶ月なり来てもらいまっしょ

川本 社長……わからんじゃろう、……俺が鬼か……なんいいよるかわかるか、……親父は母屋にひとり寝えとった……おら、小屋から行って、朝昼晩、めしゃあ食(か)せた。買うて食う米もなかった。なんもかんも持っとるもんな、背広でもなんでも、ぜんぶ、質に入れた。そげな暮しが、わかるか、明日食う米もなかこつも、何べんもあった。着て寝る蒲団もなかったよ。敷布団もなく寒さに凍えて泣いとったぞ、そんな暮しがわかるか。
 親父の舟も売ってしもうたぞ、
 うちん親父は、六十九で死んだ。六十九で……。精神病院の保護室で死んだぞ保護室で。水俣病で……。格子戸の、牢屋んごたる部屋で、死んだぞ。精神病院ば……見たこつがあるか、行ったことがあるかおまや。保護室の格子戸のごたるところで、……おまやしあわせぞ……誰もみとらんところで、ひとりで死んだぞ、おやじは。こげんこたぁおら、今まで……誰にもいまんじゃったぞ。
 そげんした苦しみがわかるか……。
                              (第三部「天の魚」586-587ページ)

当時も。

近いあたりに住んでいる人々が、チッソに勤めてチッソから収入を得ている人々と、チッソを「敵」と戦う人々と、分かれて。

そういう問題は、現在も、福島の原発事故の後のことを多少、見知っても、軽々にものの言えないことであると、感じてしまう、わたしKUONは意気地なしの、どっちつかずのコウモリ人間だと、常に、そんな気はある。

でも。この本のことを、何度も書いてしまうのは。

チッソの社長であった江頭豊が、現在の皇太子妃・雅子妃殿下の母方の祖父であること。

会社の社長であれば、会社の利益のために、が、最優先の思考になることは、責められないことなのかもしれないが…少なくとも、その程度の前提を置いて語りたいが・・・

江頭豊は、やくざを使ってデモ隊を鎮圧させようとした、多くのけが人を生んだ、水俣についてカメラを武器に、この企業犯罪を世界に発信しようとした(今はあえて、このように言い切ることにする)写真家の、ユージン・スミス氏をも襲わせて大けがをさせ、片目を失明させ、いずれの早死にを呼び寄せた、などということもした。

それ以前に、患者たちに対して、

「貧乏人が腐った魚を食べて病気になった」(それをチッソのせいにする)

「金はやるから文句を言うな」

と暴言を吐いている。

大阪の厚生年金会館で開催されたチッソの株主総会、一株株主になった患者たちの訴えの声が大きく大荒れになったその場では、両手に位牌を握りしめた患が、江頭に詰め寄った、叫び声が轟いた。

江頭個人の罪、ではないのかも知れない。


しかし。しかししかし。

江頭豊は、結局、チッソと言う会社の、終生の名誉会長の座にあった。

余生をどう過ごしたか。

一人娘である「優美子」の夫となった小和田恒とは、仲のいい・・話の合う関係を保ち、後ろ盾の無かった娘婿を擁して、ある時期に大きな家を建てて同じ敷地内に暮らした。

初孫である雅子に入内の話が出て、昭和天皇は、その縁談に反対された。

世界最大ともいわれる公害病の原因会社、世界に知られた企業犯罪の責任者であった男の孫娘と皇孫の結婚は、国民の総意にそむくであろうと。当時の後藤田長官は、この話が成れば、皇居の前にむしろ旗が林立すると発言した。

しかし、昭和帝の崩御の後に、皇太子の強い希望(という物語が、長い間、信じられてきた)によって、まずアメリカのメディアがすっぱ抜くと言うやり方でもって、皇太子妃は小和田雅子、と、決定した(ことになってしまった)。

雅子嬢は、お妃教育を半ばで放棄した。ブライダルチェックを拒否した。家系調査には妨害が入って実行されなかった、嬢の結婚前の芳しくない写真は秘匿された、それでもとにかく、強引に皇太子は遅めの結婚を果たした。

結婚の儀にも披露の宴にも、江頭豊と妻は出席している。

晩年を迎えた江頭は、おとなしい孫娘の夫(皇太子)に迎えられ、たびたび御所を訪問し、そればかりでなく、莫大な費用を投じて御所はバリアフリー化され、車いす用のスロープも設けられた。

江頭豊は、御所の庭を眺めるのが何よりの楽しみであると言い言いし、死んだときには皇太子は、通夜にも葬儀にも出ている。そういったことは、それまで無い、異例のことだった。似た時期に雅子妃は、皇太子の祖母君である香淳皇后の葬儀に「夏バテのようなもの」を理由に出ていない。

・・・…苦界浄土からかなり外れたあたりまで話が飛んでしまった。

その、水俣病を生んだ地へ、海へ、去年、天皇皇后両陛下は行啓された。

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(ここへ来てさえ、このナリ)。

秋篠宮殿下同妃殿下は、そのもっと前に訪れられて、殿下は、首を折るごとき悲しみの姿勢で、今は亡き方々を悼まれた。

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皇太子夫婦は行っていない。

結婚の後、早い時期に、水俣の方々の声として、以下の思いが流れた。

「おふたりで、おいでになっていただければ、ありがたいことです」

あの夫婦は、そんな声、きっと、聞こえもしないだろう。

妃殿下は、他人が自分の祖父についてイヤな風に言うことを、快く思わない。おじい様を悪く言われた、と、口を歪めるのだそうだ。口は歪み続けているが。

婚約発表の折の動画でも。皇太子が、婚約までの時間がかかったことにからめて、ミナマタの文字を口から出した、皇太子は少なくとも嘘のつけない人物ではあるようだ、隣席の女性をはばかる感じで・・・逃げられたくない、或いは、すでに「コワい」人になっていた・・・言葉を発した瞬間の、雅子サンの表情は、なかなかに微妙なものだった。

止まらない汽車が出発してしまっていたのか。



水俣病。

チッソの会社が海へ垂れ流した有機水銀の毒によって発症する病気。神経がやられてしまう。

ひどい症状の現れるその病気では、指が、あり得ない方向に曲がってしまうという形が多く見られる。

後天性のものでも、先天性のそれでも。指の拘縮は見られる。

食べるために、動けない子を荒ムシロの上へ転がしておいて、親たちはしごとに出る。その親たちを、日がな一日、待つしか無かった胎児性の水俣病の子どもたちの、指は、ぐにゃぐにゃに曲がっていた。伸びなかった。

足も。知能も遅れた、学校へ行くどころか、挨拶もできなかった。

ありがとう、とも、言えなかった。

楽しみです、と笑えるようなことも、おそらく、無かっただろう。

 
生まれたときから
 気ちがいでございました
                         (第二部「神々の村」246-247ページ)



◇ 参考までに。

皇太子は結婚後、数十億円かけた東宮御所に住み、その後、雅子さん祖父の元チッソ社長のためにスロープをつけた。

・ 1997年 東宮御所改修工事 5億8000万円 /バリアフリー化、公室棟改修(耐震補強工事・車椅子用リフト設置等))

・3000万円近くかけて子供部屋関係改修(紀宮さま御使用だった部屋の床を耐熱性のあるコルクタイルに、壁にはリノリウム使用、壁と床はクリーム色に塗られた。

・部屋を仕切って看護婦控えを設ける。

最終的には、たび重なる改修費用に 23億円 の拠出。

2001年には小和田氏は、軽井沢に別荘を購入している。

愛子さんが生まれた年にあたる。

もう一件。

秋篠宮ご夫妻が結婚した当初は赤坂御用地内の4LDKの職員住宅があてがわれた。

その後二人の内親王が誕生、が、小規模の増改築のみで住まわれてきた。

秩父宮妃殿下がご自分の宮邸を秋篠宮ご一家にお譲りになると遺言され、ようやく宮邸に引っ越された。

秋篠宮邸は,改修した旧秩父宮邸を平成9年3月からご使用になっており、その、

秩父宮邸改築費用は 1680万円 。

ケタの間違いは無し。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう一件。平成22年に閣議決定されたこと。

療養費
関係県は、一時金等対象者に水俣病被害者手帳を交付します。水俣病被害者手帳の交付を受けた方が、通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けたことによって発症すると考えられる症状(以下、「特定症状」といいます。)に関連して、社会保険各法の規定による療養を受けたときは、社会保険の医療費の自己負担分を支給します。
また、関係県は、水俣病被害者手帳の交付を受けた方が特定症状の軽減を図るために、はり師又はきゅう師から、はり又はきゅうの施術を受けたときや、温泉療養を行ったときは、

月7,500円を上限として、要した費用を支給します。

③ 療養手当
関係県は、一時金等対象者が特定症状に関連して社会保険各法の規定による療養を受けたときは、療養手当として次の金額を支給します。

入院による療養を受けた方 1月につき1万7,700円

通院による療養を受けた日数が1日以上の70歳以上の方

1月につき1万5,900円

通院による療養を受けた日数が1日以上の70歳未満の方

1月につき1万2,900円。

55d3b969a23bc1f0ea0b865db5eaf178.png

恨、ではありません。

「怨」です。

すさまじい「怨」を、皇室に入れてしまいました。



東宮家の一人娘さんにも、手の硬直、拘縮があります。

愛子さんのせいではありません。

けれどこの娘さんの親は、これも含めた、わが子の存在そのものを否定する所業に出ました。

指のまっすぐに伸びる、目の前にいる人間に、媚びをうることもできる、違う子を。

この「怨」の字は、届いていないと断じます。

こと改めては申しませんが。

どこまでもエゴイスティックな、自分たちの、我欲、妄欲のために。

体調だの、連続ご出席すばらしいだの。

ふざけるな。と、申し上げたい。

ふざけるな。

あの腐り果てた、腐臭をはなつ、皇族どころか人ですらない、アレらが、とことんまで、もう、行かずばならないどん詰まるまで、機を待って、落ちるのを待つだけ、なのでしょうか。

もうしばらくなら、待ちます。



お返事ゆっくり書きたいので、お待ちくだせい。





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コメント

こんばんは

小生が現役の頃、某競技場建設の工事監理をやっていた時の事
現場を見まわっていた時、某ゼネコンの主任が近づいてきて
「Xさん、大変お世話になりました!郷里に仕事が見つかりましたので近々に退職いたします」
「あれ???派遣だったの?郷里は?」
「水俣です。ご存知でしょうか?」


口を濁しながらも
カミソリ後藤田さんの
「皇居のお濠が、怨念ののぼり旗で埋め尽くされたらどうする!?」


立ち話でしたが、今でも記憶に残るのは
「水俣と言うだけで、結婚もできません!姉も云才になりますが・・・」
(明るく男前の彼が)笑顔でおおらかに語っていたようですが
それがより心中察するに余り有り・・・

お濠の彼の方たちの周りには
怨霊がまとわりついていることでしょう
誰のせいでもありませんね!

kuonさま

涙無くしては読めない水俣病。
罪も無い人々がどれだけ苦しみ
理不尽さに、心さえ傷つけられた
ことでしょう。
それでさえ、そのまた倍賞問題を
利用する者たちもいるのですから、
本当に根深いですね。
地震災害と同じに、初期段階の対応の甘さです。何はなくともまずは、
被害者の立場になる経営者がいればよかったのです。
穢凍家は他罰的な血統なのでしょう。祖父→母→娘と、恥を知らずに生きて来たようです。
国民の中で最も神聖であるべき場所に、最も穢れた者が入り祭祀などしたら、神のお怒りは当たり前では
ありませんか?
1+1=2の答えを出すように簡単極まるものです。
まずは、コーシツの親の問題でしょう。国民から先祖から授かっている
身分を考えもせず、ハニトラにあって自我ばかりを押し通す跡継ぎを育ててしまったのですから。
何とか憲法っておバカを育てる憲法だったのですね。
穢れの者が上がり、神聖なる者が下がり、そして何もなくなった。
救われたのは、次男さま。
先帝が遺された、ただ一つの希望と
見ます。

園遊会には渡辺和子さんは呼ばれないでしょうね。

置かれた場所で咲きなさい

という言葉を一番理解出来ない人がおられます。

開けなきゃよかった(ブログを)

行く場のないいきどおりを
やるせないおもいを
今、目の当たりにするとは
ユージンスミスはと~の昔に封印しました

最初に見たときには息が止まりました
(そのころ水俣は地方の奇病扱いでした)
(因は小和田の金儲けのためだと知ったのは)
(ごく最近のことです)
人は我欲の為にここまでも薄汚くなれるのか、です
二か月ほど前に
o-157の菌と闘っていた娘さんが天に召されました


久遠さんこんばんわ
今、小和田許すまじとブログに書いたら抹殺されるのでしょうか?
悍ましい朝鮮の血が皇室にと書いたら消されるのでしょうか
サリンにしろユッケにしろ水銀にしろノロと梅毒も
我欲に走った朝鮮人の仕業です
天佑は富士山の噴火のような規模でやってくるのでしょうか?

それでも覚悟はできております。

お返事遅くなりました。



・絢爛さん


そういったお話は絶えませんね。

広島、長崎で被爆された方、そのお子たち。

私も知っています、母のいとこがケロイドのある人で、遊びに来られた時に一緒に銭湯に行って、それまで知らなかった視線に遭いました。うつる、と言う偏見と、とにかくいわれのない差別の対象になるのですね。

人は、人を、何かで差別したくてたまらない部分を持っているようです。

福島の事故後、関西へ来て住みついた何人かと交流を持っていますが、とても複雑な悩みのありように、何も言えず、わははと笑って、って感じなだけですが。

そこに暮らしていただけ、そこでの暮らしや他のものを、失くしてしまったという、方々なのですが。

書いて下さった、お姉さんもご自分も、の、男前で明るいお方。なんとも言えませんね。

後藤田さんの言葉は正しかった。昭和天皇の反対も、当然のことだったと思います。

いい方へもそうでない方へも、人の思い・・念い・・は、強く途切れなく、はたらくもの。

腐って行くばかりのお濠の内側、当人たちは恐れも畏れもしらない様子で。

おそろしいことですね。




・ちりぬるを さん


ひどいことになっているものです。

この言葉しかありません。

>穢れの者が上がり、神聖なる者が下がり、そして何もなくなった。
>救われたのは、次男さま。
>先帝が遺された、ただ一つの希望と
>見ます。

聞いたことでは、今上は祭祀に熱心だと、ひろめようとしている様子ありですと。

何をどう言おうが、顕れてくる形が、総てを語る。

すべてツマの思うが儘、するがままになり果てておられる天皇が、今もなお、祭祀王だとは、いいくるめても何より、神さまが、わかっておられること。

神さまに何がわかる、というなら、話ははじめから成り立ちませんね。

信じることが、神さまと思います。一番わかっていなくて粗雑に接しているのが、あのあたりだとは。


それにつけても。

秋篠宮さまと、紀子さまの、想像を絶するお苦しみを想います。

よくぞ、お心挫けず折れず、おいで下さったと・・・やっぱり、神さまが、お選びになるのですよね。

私はあまりというより、かなりいいかげんな「神さまへの思い」しか持っていませんが、秋篠宮両殿下の心材に、やはり神様は、と、とても素直に感じるのです。



・かぼちゃ さん

渡辺和子さん・・・

どんぴしゃ、お好み、ごひいき、かも知れませんが。ミチコさん、人の好みも偏向きついですね。

お呼びになるのは難しいのではないでしょうか。

私よくわからないんです、私は、どんなものにも神が宿る、という感じの、日本教の生き方に近い気がします、通りがかれば、お寺にも神社にも、お地蔵さんにも道祖神にも、手を合わせてしまう。災害時などで飼い主に巡り合えて甘えている犬の映像などにも、手を合わせてる(笑)。

ミチコさんが咲かせた花は、自分への愛、って花でしょう。

本当に自分を愛するなら、周囲を愛さないでいられないと考えていますが。

何か、いただかれたらしいですね、あのシスター。よく知らない方ですので、どうでしょうね。



・ハシビロコウ ウナさん


ユージン・スミスは、ある種の有名人でしたね。

江頭の雇った「暴」にスミス氏は脊椎を折られ片目を潰され。年若い夫人はりょうじょくされ、娘さんも。夫婦は離婚してスミス氏は早くに亡くなられましたが。

いまも元・夫人のアイリーンさんは、日本で活動されています。福島の後に、水俣と福島の問題には類似点が多い、など発言しておられました。その通りです。

被害者を敵対させる、諦めさせる、本当のことを知らせない、メディアはうまく利用する。こういった大きな共通点があります。

皇室の話も同じです、おそらく。

本当は、同じではいけないと思うのですが。



大阪でのチッソの株主総会で、まさに「怨」ののぼりがはためき、患者側の方々が江頭を取り囲んで怒号がうずまいた・・というあの頃、江頭豊の初孫、オワダ雅子は、可愛いさかりの年頃でした。可愛がったのです、江頭は、人がするように、孫を。


>今、小和田許すまじとブログに書いたら抹殺されるのでしょうか?

どうでしょうか。

私は今までは、抹殺されずにいます。

明日はどうなるか、わかりませんけどね。


私が子供の頃スミス氏が撮影した[母と智子さん]の写真と、骨が変形した魚のレントゲン写真は社会科の教科書に掲載されており、ショックを受けたと共に【公害】という言葉を初めて理解出来た物でした。

福島第一原発の事故に関して当時の石原都知事が、母子への健康被害が水俣病と類似すると都庁の会見で発言し、慎太郎節を引き出そうとしたマスゴミを沈黙させ会見終了した事も記憶に新しいです。

過去の薬や食品による被害でも類似性を思い出してしまう程に、チッソ水俣病は重い事件だったのだと思い知らされます。

社会的責任を放棄し、事実から目をそらし無かった事にする輩が、日本の国家元首の譜系に連なる事に絶望すら覚えます。

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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