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もういくつ寝ると園遊会



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長期にわたりご病気療養中の雅子妃殿下が、ありがたくもかしこくも、病身をおしてご出席あそばすという、この27日の園遊会。

記事全文を、以下にご紹介させていただきます。

例のごとくのネコナデ声の、大人がまともに読む内容と思えません、が、ぜんぶ。


雅子さまの園遊会参加を勇気づける美智子さまの「ドレスコード変更」


週刊女性PRIME 4月21日(木)11時0分配信

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160421-00026393-jprime-soci

『春の園遊会』が4月27日に東京・赤坂御苑で開かれる。

 毎年、春と秋に天皇・皇后両陛下主催で、三権の要人や各界の功労者が招待され、両陛下をはじめ皇族方が労をねぎらわれる恒例の行事である。昨年11月の『秋の園遊会』では、皇太子妃雅子さまが12年ぶりに出席したことも注目を浴びた。

 そんな雅子さまについて、美智子さまは園遊会における「ドレス・コード」の心配りをされていた─。
「園遊会での女性皇族の服装は、以前は和装か洋装かをその都度、皇后陛下がお決めになり、ほかの皇族方はそれに従われることになっていました。

 当日の天候や気温の問題もあるでしょうから、最終的にご服装が決定するのは、かなり近づいてからになったと思われます」

 そう解説するのは、宮内庁OBで皇室ジャーナリストの山下晋司さん。

「皇太子妃殿下(雅子さま)や各宮家の女性皇族は、皇后陛下のご決定を待って、ご服装の準備をなさると思いますが、女性皇族の場合はヘアスタイルやアクセサリーのこともあるので、大変だったでしょう。

 そういった理由からか、私も最近知りましたが、今は和装・洋装を春・秋で交互にしているそうです」(山下さん)
 つまり、'14年の秋と'15年の春が「和装」と続いたので、
 '15年の秋と今年の春は「洋装」になるローテーションなのだ。

「このように前もって決まっていれば、女性皇族方の準備はそれぞれのご都合でできますし、ご負担は軽減されます」(山下さん)

 一部報道では今回の園遊会は「和装」で、雅子さまはすでに着物を新調されているとも伝えられたが……。

 ご服装の順序化の経緯について、'09年の春か、'11年の秋が“転機”になったかもしれないと指摘するのは、別の宮内庁関係者。

「'09年は3月に皇后さまがテニスの際に左ひざを打ち、靭帯を損傷されたことがありました。

 それが原因でヒールを避けることから和装にされたのだと思いますが、ほかの女性皇族方は洋装でした。

 同じく'11年の10月には、右ふくらはぎが下腿筋膜炎と診断されたからなのか、皇后さまだけ着物でほかのみなさまは洋装だったことがあります。

 特に、園遊会の直前に不測の事態が起きると、混乱を招きかねないので、皇后さまはローテーションにされたのではないでしょうか」

 古くは乳人制度の取りやめや親子同居など伝統やしきたりにとらわれない行動を、陛下とともにされてきた美智子さま。皇室に新しい風が吹いたともいわれた。

「美智子さまが以前、国賓の歓迎行事のときの女性皇族の服装を和服から洋装に簡素化され、皇族方がお喜びになったという話を側近からうかがったことがあります」

 そう話してくれたのは、皇室を長年取材するジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさん。

「園遊会の服装を順序化されたのも簡素化の一環で、病気療養で長年、参列できなかった雅子さまへのご配慮もあったのかもしれません。

 前もって和服か洋装かがわかれば、和服が苦手とされる雅子さまも予定が立てやすく、洋装が続くときに復帰しやすいからです」(渡辺さん)



>園遊会     とは。wikiによれば。

「園遊会(えんゆうかい)は、天皇・皇后が主催する野外での社交会(宴会)である。

皇太子をはじめ各皇族も列席する催しであり、招待客に内閣総理大臣、国務大臣、衆議院議長・参議院議長及び副議長、主な国会議員、統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、最高裁判所長官、裁判官、その他に認証官など三権各機関の要人、都道府県の知事・都道府県議会の議長、市町村の首長・議会の議長、各界の著名人(芸能人、著者など)、功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含めた約2,000名が招かれる。

近代、天皇が主催する戸外での宴会としては、1880年開始の「観菊会」、1881年開始の「観桜会」があった。しかし日中戦争に伴い、「観菊会」が1937年に[1]、「観桜会」が1938年に[2]それぞれ中止された。

「園遊会」の名称で行われる行事は、1953年から始まる。当初は秋に限り行われていたが、1965年から春にも行われるようになり、現在に至る。それぞれ“秋の園遊会”、“春の園遊会”と呼ばれ、赤坂御苑で催されることが通例である。また招待者の名簿は、当初から公表をされており、春の園遊会に各国の外交使節団の団長以下の外交官や、各国領事館の館長と、その配偶者、令嬢も招待される。

昭和天皇の病気・崩御により1988年秋と1989年春秋の園遊会が、1995年1月の阪神・淡路大震災により1995年春の園遊会が、香淳皇后崩御により2000年秋の園遊会が、2011年3月の東日本大震災により2011年春の園遊会が、それぞれ中止になった。

第二次世界大戦前の「観桜会」「観菊会」は、現在ではそれぞれ、内閣総理大臣が主催する「桜を見る会」と、環境大臣が主催する「菊を観る会」に受け継がれている。


60年もっと、続いている行事なのですね。

去年の秋には、まさこが「出席」したことで、「驚愕」されていた。

去年の「NEWSポストセブン」より。 アンダーラインはKUONが引きました。 文字色の変わっている部分もKUONの仕業です。


>皇太子妃雅子さまの12年ぶりの園遊会ご出席に、驚きの声があがっている。園遊会は、数あるご公務のなかでも雅子さまにとっていちばんご負担が大きいのではないかといわれてきたからだ。その高い壁を超えられた理由とは――。

春には新緑、秋には紅葉が、傍らにある池の水面に映える東京・元赤坂の赤坂御苑には、そんな四季折々の変化を楽しめる「三笠山」と呼ばれる小高い丘がある。

11月12日、この場所での天皇皇后両陛下主催の秋の園遊会に、漫画家の水島新司さん(76才)や、iPS細胞を世界で初めて臨床応用した、理化学研究所プロジェクトリーダーの高橋政代さん(54才)など約2400人が招待された。

園遊会は毎年春と秋の2回催されるが、両陛下をはじめ、皇族方が一堂に会され招待客と懇談されるという皇室にとって大切な会。だが これまで12年にわたって、その場に皇太子妃雅子さまのお姿はなかった 

「ところが今回、11月6日になって小町恭士東宮大夫は園遊会冒頭の式典に雅子さまが出席されることを発表したのです。 招待者との懇談はなさらない ということでしたが、雅子さまにとって実に12年ぶりの園遊会へのお出ましとなるわけですから、大変驚かされました」(皇室記者)

このところはご体調も安定し、公務へお出ましになる回数も増えていた雅子さま。それでも、とりわけ園遊会への道のりには、いくつもの高いハードルがあった。

「園遊会というと楽しげにお話しされているお姿が印象的ですが、皇族方はあくまで会のホスト役に徹しなければなりません。特に皇太子さまと雅子さまは、両陛下がお声をかけられなかった招待客へのフォローをしながら、状況に応じた会話をなさるなど重要なお役目でもいらっしゃいます。

言葉選びにも、細心の注意を払わなければなりませんし、先頭を歩かれる両陛下と、後に続かれる秋篠宮ご夫妻とのつかず離れずの距離を保たなければならないなど、一瞬として気を抜く余裕はありません。公務や皇室の行事の中でも、極めて“空気を読む”ことが強く求められる催しなのです」(前出・皇室記者)


“苦い記憶”も残る。療養前最後の園遊会での雅子さまのご様子を、当時を知るベテラン記者はこう振り返る。

「雅子さまは、2003年の秋の園遊会に出席された2か月後に帯状疱疹を患われ、『適応障害』の療養生活に入られました。

この時は、何度か足を揃えようとされてもお力が入らない様子で、表情も苦しそうにお見受けしました。それ以降、園遊会も欠席を続けられてきたのです。このことがきっかけで、雅子さまにとって園遊会はトラウマのように感じられてきたのではないでしょうか」

 実は今年の春にも、雅子さまの園遊会へのご出席が一部で報じられていた。

「結局お姿を見せられませんでしたが、雅子さまご本人は出席を強く望まれていたそうです。医師と相談した上で欠席を決められた際には、大変落ち込まれていたようですから…。今年に入って例年になく園遊会への強いお気持ちが感じられていました」(東宮職関係者)

皇太子ご一家のお住まいである東宮御所と、園遊会が行われる三笠山のある赤坂御苑は同じ赤坂御用地内にあり、距離にしておよそ150m。歩けば2~3分の距離だが、その三笠山に、12年の歳月をかけて雅子さまはたどり着かれた


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もーすぐこんなとこから出て行けるのよ、嬉しくてモジモジ、だんながおしっこ洩らしてる?

わたくしにはカンケーございませんから。


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もうすぐ消えます またこたま


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逃走用車両まであと一歩。

やったぜ、ヒデンカご出席してやったぜ、当分これで、「ご静養中」でいけちゃうぜ。

シュールな画像です。


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がはは、やったぜ、RUN AWAY

この画像中には、ひでんか、なんてものは、いっさい、存在しておりません。



雅子さまが園遊会の冒頭にしかお出ましにならないことに対して、「果たしてこれを出席と言っていいものなのか」といった声も囁かれているが、前出の東宮職関係者がこう指摘する。

「今の雅子さまにとっては、できることからひとつずつ、一歩ずつ前進していくことが重要なのです。そうして成功体験を重ねていけば、完全復帰につながる、と雅子さまも皇太子さまもお考えなのだと思います」



※女性セブン2015年11月26日号


いま、改めて読み返すと、なかなかに凝った部分のある記事で。

まさこさん、アゲられているばかりではありませんよね、これ?。

周到に、意地の悪さの見え隠れ(丸見え、とも・笑)している記事でっせ。

あははは。情けない記事でもあります、もちろん。

上記の、帽子のお方が何やらおっしゃっている「こーごーさまのお気遣い」だかなんだかは、まあ、様式美(美、ではないですね)とも云うべきか・


思うことを、素直に申せば、これも猿芝居、茶番、ご慈愛だか何だかごっこ、阿呆らしきこと限りなし。

天皇皇后が、ひとを招かれる。

皇族方も、招く側におられる、ホストの役である。

一世一代の名誉としてご出席の皆さまが、主に、もっとも前列に並んで、晴れのひとときを過ごされる。

それが皇居の園遊会。

皇后が、皇太子の妻をのみ、あれ一人を慮って、ドレスコードだ何やらとか。

まさこ一人に遠慮してなのかコワいのか、おつむがどうかなっておられるのか(それにしては、情状酌量の猶予期間が長すぎる)、

まさこ一人を気遣って、2000人もの人々に、どれだけの失礼、無礼をはたらくものか。

皇太子と共に出て来て姿を見せるのが「大切なこと」だと仰せとか、こーごーさん、あなたもまさこも、どんだけおエラいのか。

どれだけ、思い上がっておられるか。

どれだけ失礼か、言葉になりません。

東宮の妃なる位置にいながらの、あの体たらく。もう不要です。


とりつくろって済ませる時期は過ぎました。

こうごうさんとやら、あなたさまも既に、不要です。

国のひとびとが思い描く「皇室」を。

時々あおいでは、安心してまた、個々のなすべきことに取り組んで行かれるような。

目に見えぬ支柱のような。

幻想でもいい、日本人の思う「皇室」を、返していただきたく存じます。


皇太子ご一家のお住まいである東宮御所と、園遊会が行われる三笠山のある赤坂御苑は同じ赤坂御用地内にあり、距離にしておよそ150m。歩けば2~3分の距離だが、その三笠山に、12年の歳月をかけて雅子さまはたどり着かれた。

27日まであと三日。

新しい和服をご新調。

わたしたちの望むものは、そんなものではない。

まさこが、和装で現れて、どう歩くのか。

和装でなければどうなのか。

前回と同じコースですと。20メートルだか30メートルだか。先日の「雅子様の古装束での祭祀」を、廊下に幕を張って渡られた、とか報じさせていたけれど。

幕がお好きなのか、笑います。

どんな幕を今回は張らせておいて、どんなタイミングで、その奥へ逃げ込んで、用意させておく逃走用車両に、逃げこむおつもりか。

いつまでこんなこと、続けるつもりか。

ご夫君はツマの逃走をとどめようともせず、礼服の股間を尿で濡らし。

制し得る唯一の立場の老人は、われ関せずと見苦しくくっつき歩いて、振り向きもせず。

いっそ楽しみです、まさこさま、出ておいで、大笑いしてさしあげましょう。

二週間以上、姿をお見せでないと云われる、まさこ夫は、出ておいでなのですよね?

皇太子殿下なのですからね。


・・・いっしょけんめい書きましたが、入れたい画像を入れるまでに至らず。

いったん文字ばかりの記事をアップさせていただきます。


コメント感謝です、お返事、ゆっくり書きたいので、お待ちくださいませ。


ナルさんはいま、いずこに??。





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  1. 2016.04.25 (月) 06:30
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2016.04.25 (月) 06:52
  2. URL
  3. 硬質憂子
  4. [ edit ]

だからいや

KUONさま
こ、う、し、つ。
日本の仕来り、礼儀が身についていない庶民以下。
お育ちって出てしまうものと、今の
硬質を見ると驚かされます。
どんなに取り繕って飾り付けても
やがてボロはボロとして真実を剥き出す。
あのお方々のご実家ですか?
OOこな屋さんも、害口缶さんも
倫理観のないご家庭だったんですね。娘は実家の象徴です。
家庭を築く源ですから。
硬質は躾けのないご家庭になったの
です。
若い人たちは硬質を見習わないようにしなければなりませんね。
見てはいけないもの?
それが硬質とは。。。
  1. 2016.04.25 (月) 14:14
  2. URL
  3. 古狸
  4. [ edit ]

週刊誌が待ち遠しいです。どんな美辞麗句が並ぶんでしょうね~
あの提灯持ちの何とかみどりとか言う人も書くのかしら 長い間あのお方には騙されていましたわ (笑)(⌒~⌒)
  1. 2016.04.25 (月) 23:48
  2. URL
  3. 萌黄色
  4. [ edit ]

くおん様、大変ご無沙汰しております。
ほぼ毎日訪問させていただいていましたが、息子の長期入院やあれやこれやで、心落ち着かず過ごしていました。
ただ今日、大変嬉しいことがあり、久しぶりにコメントさせて下さい(笑)

息子が養護学校高等部を3月に卒業し、B型の作業所に通所しております。
割り箸を袋にいれたり、お米の選別など軽作業をしております。
今日初めての給料日で、1600円入った給料袋を持って帰ってきました。
嬉しかったです。本当に本当に嬉しかったです。
頑張ったねと誉めてやると少し照れくさそうにしていました。
息子が社会に貢献できる事はとっても小さい小さい事ですが、世の中の道具になっていることに母は本当に嬉しかったです。
これからも息子の未来には不安がたくさんありますが、親子で何とかやっていこうと思いました。

ブログの内容と違うことを申し訳なく、大変失礼しました。



  1. 2016.04.26 (火) 14:03
  2. URL
  3. 衣通媛
  4. [ edit ]

園遊会には♪

もういくつ寝ると園遊会 園遊会には尿漏らし~お肉をパクって逃げましょう~…って(ノ_・。)こんな皇族要らないです。
鹿も…もとい…しかも次代のりょうへーかと呼ばれる方々。
また何をやらかすのか…期待を裏切らない(こういう事では)方々ですね。
此処に何箇所かコメを書いたのですが「不正です」と悉く弾かれていました。あまりに過激な事を書いたせいかと思いましたら、単に自分のミスでした。自分も尿漏れ殿下と同じレベルの頭かもです。
  1. 2016.04.29 (金) 22:05
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました。


・ヒミツの〇さん


はい大丈夫です。

大丈夫。

オケーです。

また。



・硬質憂子さん


まことに、見習ってはいけない手本になってしまっています。

思えばずっと、そうだったのですね。

ミテコさんのとんでもなかったこと、それを許して来た(逆らえなかった)ご夫君。

ローマもあのあたりの惨状、醜状も、一日にして成らず、だったのですね。




・古狸さん

アレを、持ち上げて書くには、ナミな神経とテクニックでは難しいと、こっちは思いますが。

なあに。国も皇室もどっちでもいいヤカラが操る日本語では、どんなおためごかしも出て来るのでしょうか。

「mさ子さまは努力されている」と、臆面の無いことも言うから。

今はGWで合併号を出しているところもあります、明けになれば、ウゾウゾと、どんなアゲ記事が這い出して来ますか。逃げないで待ちます、ここまで来たら。



・萌黄色さん。

息子さんの養護学校ご卒業、おめでとうございます。

社会人になられたのですね。お給料1600円。貴いお金です。以前から何度も書いている、40年来の友の長男のこと、思いながら読ませていただきました。

彼の月給は、いま、2000円と3000円のあたりです。もうベテランの作業所員です、その中から、毎年わたしに、お誕生祝いをしてくれます。自分で選んだ花を。花をくれる男性は、彼だけです(笑)。

嬉しい毎年です。一緒にカラオケで唄う、デュエットします。

本当に、おめでとうございます。何と言っていいかわかりませんが、胸の奥から突き上げて来るような嬉しさを、お裾分けにあずかって、ありがとうございます。

これからへの不安は、もちろんおありと思いますが。日々を、大切に、じんわりと、お暮らしくださいね。

お母さん、頑張られましたね。

おめでとうございます!。嬉しいお話を、ありがとうございました。



・衣通媛さん。

いいえ。あの日、靖国で。近くに座って、ものも言えないで涙を流れるにまかせた日のこと、忘れません。

あの媛さまが、ナルぼん殿下と同じくらいのアタマ・・いや、同じ人間、というククリでは語れないあのデンカと、同じところなど何も無い。

無い。

こんな皇室要りません。さっそくマタコのやらかしも編集でうまいこと見せてる、でも。

取り繕えないレベルまで、来ています。ヒトのかたちはしているが、中身は腐臭漂う、人でないなにかでしょう。


期待を裏切らない内廷さんがたとやら。

あと、どのくらい、行けますかね。形式上のケリはまだ、としても、現実は終わっていると思うのですが。

あれは、ほんとに、ひどいです。







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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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