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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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上杉さんはこう語る。

上杉隆さんは、テレビ番組などで見ると、けっこう今風に軽めに、お茶らけたことを言ったり態度に見せたりも、しておられます。

絶対に、東京電力の「これはよし」のお墨付きを得て、取材、質問をする(できる)立場の人が座るところにはいない、記者クラブというものに対しても印発言を続けている人です。


坂口安吾の「堕落論」を引いて、大戦前と現在の状況が、恐ろしく似通っている、と、他の場所で話しておられましたが、今夜は上杉さんの「堕国論」の「一」を貼り付けさせて頂きます。

「三」までありますが、今夜は「一」を。よろしければ、お読みください。ハラ、立って来ますけど。

去年暮れの発言です。今年のものは、また、いずれ。



「子どもと女性を守ろうとしない国家(政府)は必ず滅びる」

明治の粉ミルクからセシウムが検出されたという共同通信発のニュースは、強烈な無力感を筆者にもたらした。

本コラムの読者ならばすぐに察しがつくだろうが、相も変わらずこのニュースも、最初に調査したのは政府やマスメディアではなく、市民団体(NPO法人・チーム二本松「市民放射線測定室」)である。

〈速報 【粉ミルク(明治ステップ)からセシウム検出】2011/12/06

明治乳業(株)が製造の粉ミルク『明治ステップ』からセシウムが検出されていることを、明治乳業(株)側が認め、40万缶が無償交換されることになりました。
http://www.47news.jp/news/flashnews/

当測定室での測定結果を基に、共同通信社の記者さんが動いて下さいました。〉
(http://team-nihonmatsu.r-cms.biz/topics_detail1/id=43)

それにしても、いったいこれで何度目だろう。そう思い、ラジオ出演中の筆者は、思わず冒頭の言葉をラジオ(『吉田照美ソコダイジナトコ』(文化放送))でつぶやいていたのだった。

4月4日の放射線汚染水の海洋リーク、レベル7への引き上げ、メルトダウンの追認、作業員の被爆、海産物への放射能汚染――。

だが、3・11以降、数あるこうした政府・東電・マスメディアの情報隠蔽の嵐の中、ずっと取材をしてきた筆者自身、もっとも堪えたのは次の3つだった。


「4月の茨城、千葉の母親の母乳から放射性セシウムを検出」、
「6月の450人の児童の尿から放射性セシウムを検出」、そして、今回の
「粉ミルクからの放射性セシウム検出」である。

まず「子どもと妊婦を守る」
最低限のモラルすら守ろうとしなかった国
放射能に対して、相対的に耐性の弱い子どもや妊婦などに対しては、震災発生直後から、世界中の政府・国際機関などが優先的避難を日本政府に対して訴えてきた。

実際に、米国やフランスをはじめとする各国は、3月18日までには子どもと女性を、政府の用意したチャーター機で国外退避させるなどしている。

また、同時期、日本国内でも、チェルノブイリ子ども基金の創設者でもある広河隆一氏などが声を上げ続け、福島県の各自治体に対して、子どもと妊婦の一時退避を直接、呼びかけ回っていた。

さらに同じ3月、予想される内部被爆の危険を避けるため、グリーンピースなど各国NGOのスタッフなどがやはり現地入りし、食品の安全摂取と検査の必要性を説いて回っていた。

同じくWHOも、福島県内の子どもと妊婦への取り計らいを日本政府に求めていたのも3月のこの時期である。

なにより、こうした有事の場合、子どもと女性を守ることこそが、政府や各自治体の行うべき最優先事項であるのは自明の理だろう。

古今東西、長い人類の歴史の中で、数多くの戦争や天災、大事故などが発生している。

近代以降、有事の際には自国の子どもを守り、女性を救うということが、国家の存亡につながっている最重要事項になっている。


とりわけ、現代においては、社会的弱者である子どもと妊婦は特別に扱われるべきという概念が広がり、世界共通の認識にさえなっている。

だからこそ、私たちはいま、たとえば世界各地で頻発している紛争において、子どもたちが死ねば大きなニュースになり、また地震などの天災発生時には、妊婦などの救出が優先されることに少しの違和感をも持たないのであろう。

だが、そうした時代の中、「子どもと妊婦を守る」という最低限のモラルですら守ろうとしなかった国がある。私たちの国・日本である。日本の社会は本当にその大事なことを忘れてしまったのだろうか。

党内からの子どもと女性優先避難の
提言を無視し続けた民主党政権
「被災地支援を続けている私達にも世界各国から暖かな救援物資などの援助が届きました。本当に感謝でいっぱいです。

『液体ミルクを送ったので被災者の皆さんに届けてほしい』2億円分もの液体ミルクがヨーロッパの友人から届きました。

あくまでも寄付は匿名にしてほしいということで名前を明かすことはできませんが、この方は民族浄化から自らの命をかけて第二次世界大戦中に迫害されている人々を救った方の孫にあたる方です」(原口一博オフィシャルブログ)

原口一博衆議院議員は、初期の段階から子どもと女性の避難を呼びかけ続けてきた数少ない民主党幹部のひとりだ。

3月、官邸に乗り込み、菅直人首相(当時)や枝野幸男官房長官(当時)に子どもと女性の優先避難をも直談判している。

だが、政府は、原口氏の提言を無視し続けている。そればかりか、細野豪志原発担当相は、避難解除宣言とともに、子どもと女性までも、例外なく南相馬などの解除域内に戻してしまう始末である。

世界の対応と間逆のことを続けている、これが現在の日本社会の現状なのである。

実際、子どものセシウム摂取を防げれば、後の健康被害も軽減できるという教訓は、チェルノブイリ事故を取材してきた広河隆一氏も繰り返し述べている。

たとえば、当時、ポーランドでは母乳からの粉ミルクに切り替えたため、小児甲状腺癌の発症率が下がったという報告もある。

なにより、放射能国家日本を救うのは、未来の日本人、つまりいまの若者たちだ。とりわけ、その主役になりうるのが現在の乳幼児やこれから生まれてくる赤ちゃんたちだ。

その赤ちゃんの「主食」であるミルクの汚染に関して、当初から多くの人が万全の注意を払うべきだ、といい続けてきたのは当然のことだろう。

だが、日本政府はそれをできなかった。今回の粉ミルクからのセシウム検出は、残念だったという言葉では片付けられない。

にもかかわらず、政府や大手メディアは、次のような報道を続け、相変わらずの「安全デマ」を撒き散らしている。

〈粉ミルクから1キログラム当たり最大で30.8ベクレルの放射性セシウムが検出されたことについて、食品の安全に詳しい国立医薬品食品衛生研究所の松田りえ子食品部長は「今回検出された値は国の暫定基準値を下回っているうえ、粉ミルクは7倍くらいに薄めて飲むので、赤ちゃんの健康への影響を心配する必要はないと思う。ただ、メーカー側が公表したように、大気中の放射性セシウムが入り込んだのだとすると、空気中の微粒子が製造過程で混入したことを意味している。放射性物質については想定外だったとしても、外部から空気を取り入れる吸気口に微粒子の侵入を防ぐ目の細かいフィルターを設置するなど、管理態勢をもう少し厳しくしておくべきだったのではないか」と話しています〉(NHKニュース)。


国の暫定基準値は震災以降、ご都合主義で引き上げたものだ。さらに内部被爆による幼児などへの健康被害はわかっていないことが多い。それをなぜ、「心配する必要はない」と言い切るのか。報道の公平性の観点からいえば、危険だという反対意見を述べる専門家も出演させるべきである。

3・11以降、そうした当然のことをしなかったために、日本は世界からの信頼をも失っていったのだ。

明治乳業に罪はない
「犯罪者」は政府やマスメディアだ
〈【北京時事】中国国家品質監督検査検疫総局は7日、日本産の粉ミルクについて、昨年4月に日本で発生した口蹄(こうてい)疫や今年の東京電力福島第1原発事故の影響を受けて導入されている輸入禁止措置を現在も継続していることを改めて明らかにした。

明治の粉ミルク「明治ステップ」の一部から放射性セシウムが検出されたことは、7日付の中国各紙も報道。同総局は、オーストラリアで製造され正規輸入された明治の粉ミルクについては、検疫当局の検査に合格し、「豪州産」と表示しなければならないと指摘。正規販売されている豪州産製品には問題ないとの認識を示した。(2011/12/07-14:41)〉(時事通信)

明治に罪はない。「犯罪者」は、一方的な「安心デマ」を広めて、結果として、日本という国家の信頼までをも貶めてしまった政府やマスメディアの方である。

あの3月、川内博史衆議院議員らが繰り返し訴えていたのは、SPEEDIの公開だった。

仮に、公開によって、放射線の飛散状況などを知ることができていれば、個人も企業も各々が判断を下して各々の対応ができたはずだ。明治であるならば、その数日間だけ操業を停止して、今回の悲劇を回避できたかもしれない。


政府・東電・マスメディアという「原子力帝国」が、そうした情報公開に積極的でなかったのは、国家や国民のことは、自らの利益や立場に比して二の次だと考えているということの証明となろう。

中でも、子どもと女性を守ろうという成熟した民主国家であるならば、誰もが考えうる大前提を忘れてしまっていたのは残念極まりない。

繰り返し言おう。子どもと女性を守れない社会は必ず滅ぶ。日本政府と東電、そしてその「犯罪」に加担した日本のマスメディアはいま、世界から冷たい目で見られている。



東京電力福島第一原発の事故は、日本の社会システムの欺瞞、とりわけパワーエリートたちの驕りを、世間に知らしめるきっかけになったようだ。

放射能事故における数々の情報隠蔽は、結果、多くの国民を被曝させ、それは食品などを通じて内部被曝という形で現在も進行している。また、そうした放射能事故処理の失敗は、国際的に日本という国家全体の信頼を落としめるに十分なものになっている。




山イチゴさん。

カン夫さん手術が順調でよかったですね。

昔アイドルのコンサートですか。楽しんで来て下さいね。

えまさん。

「ばかものよ」なんて、びっくりするでしょう。

読むたび、ひぃい、お許しを~って気になるんですよ。座禅組んでるとき(最近は組むことできませんが)後ろからぱしーっと来る、あの、なんと言いますか、棒・・・、あれ、みたいなんです。

でも、この方の詩は好きです。もう一つ、ご紹介しましょうね。


倚りかからず

茨木のり子


もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない 
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


・・・yuutaさん。

これ、禅師、と呼ばれるお坊様の詩、のようですね。

「ハナヨ」は、まず、著者が美しいので好きなのですが(笑)、風景も書かれている言葉たちも、みな、すごい、と、徐々にその思いは深くなります。

深まる思いは、語り合わねばなるますまいな。うむ。










 

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  1. 2012.01.07 (土) 10:05
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  3. ようこ
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kuonさん

「よりかからず」
ズキンとする言葉です。
私、椅子の背もたれにもよりかかってきたけれど
人にもたくさんよりかかって生きてきたから・・

きのう久々に
昔から使って使って使い古して
風化しそうな言葉
「明日は明日の風が吹く」を聞きました。
私にはなぜか新鮮に聞こえました。
でも
重症の時には役にたちません。
軽症の時に頼りたい言葉です。
  1. 2012.01.07 (土) 11:31
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  3. yuuta
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おはようさん

ようこさん
人との縁は椅子の背もたれの役目も果たすのではないかしら
そうであってほしいです

山イチゴさん
カン夫さまの鼠形ヘルニアの手術のこと
今は日帰りでできるんですか
ずい分と医療技術は進歩しているんですね
40年くらいまえに経験しましたよ 私も
一週間近く入院した覚えがあります


KUONさん 
子供と女性を大事にしない国家にいるのか、、、
と思うと悲しいです
彼らだって女性から生まれて 子供だった時があるのに
みんな忘れてしまってるんだね
鎖国ニッポンのようだなぁと感じる
こんなことを1人のちっぽけな人間が思っても
それをどこへ どのように向けたらいいのか

昨日 もう1人の姪が手術をするので(テルテル兄弟のママではないの)
1人では不安だという姉のそばについていました
手術室から病室にもどされて どうやら意識も醒めつつある、、、と思ったので姉を残して帰宅したのですが
それからが大変だったみたい
夜になってからわめいたり起き上がったりガタガタふるえたり したようです
個室に移してもらってその日は姉は一晩中付き添ったようです
家には軽度の要介護の義兄が1人で留守番です
今朝電話がきて様子を知り もう落ち着いているようですが 今からちょっと行ってきます

今日とてもいい天気 
皆さん良い一日になりますように
  1. 2012.01.07 (土) 18:06
  2. URL
  3. 山イチゴ
  4. [ edit ]

お姉さん、「感受性だけは鈍らせない!」私最後のプライド。貧乏でも体が動かずとも失ってはならずと生きてた。
けれど「うつ病」でままならなくなった時、暗闇に突き落とされた。もがけばもがくほど沈んでいく。残ったのは絶望のみ。
大量の薬でなんとか落ち着くも副作用で記憶・判断力・感性鈍い日々。
数年間我が子の成長すら今も空白。
蘇りのきっかけは2つ!
たまたま見てたテレビドラマの「タムドク」強烈な印象で飛び込んできた。毎回見る度に生き様がセリフが鈍った感性を刺激した!
不思議な事にその時この俳優が「冬のソナタ」韓流スター、ぺヨンジュンと結びつかず。
もうひとつのきっかけ、遠い昔祖母の死と大人として不安な旅立ちした頃出逢い同じ境遇の過去を持ち、言葉が無くても通じ合える人。人生を共に歩けなかった人。
カン夫が勝手に探し相手に事情告げ1度だけ電話で短い会話。「お前がこの世に存在すると思うだけで自分は生きられる!!別れても忘れた事ないしこれからも忘れない!つらいけど生きろよ…!!」悲痛な叫び。私が「わかったよ」と答えるまで何度も何度も繰り返した。返事を聴き安堵した声でもう1度「生き抜けよ…!!」と電話は切れた。
一昨年夏、だいぶん回復した頃、保育器寄贈映像見た、ぺヨンジュンとに衝撃を受けた。それから昨年のいろんな出会いが蘇りつつある感受性を刺激…。
かの高杉晋作は「女も子供も老人も大切にする国を造るんじゃ!みんな女から生まれる。子供は未来を造り、老人は昔を教えてくれる。
身分関係なく人を大切にせん国は滅びる!」と口癖のごとく言った。
そして、日本初身分関係なく作ったのが「騎兵隊」。
あの時代武力で迫る外国から日本を守る目的は、幕府派も倒幕派も同じだった。今の日本上層部と明らかに違う。
諦めてはいけないのです。未来を造る子供は我が身を呈しても守らねばならんと思ってますよ私…!!
  1. 2012.01.07 (土) 19:49
  2. URL
  3. 山イチゴ
  4. [ edit ]

からなので続きです
「よりかかり」
驚くほど今の私の心情と符合します。
若き日、孤独と自己の進むべき方向探し本当いろんな事に首を突っ込んだけど、真に弱き立場に寄り添う事を貫いたものに巡り会えず。
枠内での評価や実は「ビジネス」の隠れ蓑だったりが多くて
でも、どこかにあるのではないかと…信じたかった。今はこのブログでも小さいけど、個人でも貫いてる方はいると知り、安心する半面隠蔽し続ける政府や大企業には石投げつけたい思いですけどね…

この場を借りて
yuutaさんありがとうございますね
私も40年前盲腸切りましたが、その夜は痛みと麻酔の副作用でやはり一週間入院!
カン夫、当日は痛み止め飲んだり動きがスローだったけど、翌日からは昼間は普通です。夜は寒いので昨夜も痛み止め飲んだ。
姪っ子さん手術無事終わり良かったですね…無事回復されますように祈ってます

ようこさんへ
一昨日、テレビに北茨城が映りました。漁船がたくさん並んだ場所で市長さんインタビューされてました。地域名が「はまや」と同じだったのでこの近くとガン見した!
まだまだ街の復興大変だって市長さん話されてました。
でもね、北茨城画像で見てようこさんに早く会いたいと思った。
えまさんへ
お仕事であちこち大変な様子。体に気をつけてくださいね
今年もよろしくお願いしますね。お隣なのでいつかお会いしたいですよ!
  1. 2012.01.07 (土) 21:10
  2. URL
  3. ようこ
  4. [ edit ]

こんばんは

kuonさん
色々なこと語り合わせてください。

yuutaさん
ありがとう
考えました人との縁を
語り合わせてください
姪御さん、どうぞお大事に。

山イチゴさん
ガン見してくれたのね
ありがとう
カン夫さん、お大事にね。
  1. 2012.01.08 (日) 00:20
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

kuonさん皆様こんばんわ
また出張なので携帯でコメント打っています。
よりかからず…
この方は強い方ですね私は、トホホ…   
いろいろ何でも背もたれにして寄りかかってます
最近はヨンジュンさんに全体重かけてよりかかってますし 
イオンに行くとキムヒョンジュン君が宣伝用のビデオに出ているのが流れていて、こんにちわキムヒョンジュンです、が、何度聞いてもペ・ヨンジュンですに聞こえてしまう… 
でも、その度私は笑顔になっていて
幸せだなあって思う
単純すぎですけど…
そしてキムヒョンジュン可愛いなあと思います。
話がズレてますね
あの つまり、
皆さんとのご縁も
繋がりキムヒョンジュンの如く、幸せだなあって思うのです。
笑顔になるのです 
皆さんにも寄りかかってるかな…
kuonさん 来週ははまやさんに行かれ、楽しいひとときをお過ごしになるのですね。
私はまだ先でないと行けないので、
kuon流旅の記憶
楽しみにしております。
この場をお借りしますね。
山イチゴさん声をかけて下さってありがとうございます。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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