KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

ジャムのかなしみ  二



   ざつこちゃんのはんもん 「その前日」のザツコちゃん

          「シモジモよ黙し働き納税しわが静養を見守りなさい」

   しもじもよ もだし はたらき のうぜいし わがせいようを みまもりなさい

                  何茶手くおん 代わりて詠めり


・・・けさもおきられなかった。

あついカーテンをおろしたへやの、ダブルサイズでよういされた、しかしずっとひとりでつかっているベッドの上で、ざつこちゃんはめざめました。

おきられなかったんじゃない。ざつこちゃんは、口の端の裂けそうな巨大なあくびをしながら、みぎてをのばして、サイドテーブルの上にあるはずのタバコのはこをもとめました。ゆびのかるくふれたそれは、あっけなくくうをまってゆかにおちて、カサリというおともたてませんでした。

からだったのか。したうちしたいかんじょうがわきあがってきます。

めざめのタバコのはこが、からっぽだなんて。こんなにきぶんのわるいことはありません。

すでにざつこちゃんの、きょうの「ふきげん」は、ちゃっかてんにたっしはじめているようです。
    

(作者・註・・・この回のこの部分以降は漢字交じり文に移行します。ついでに文体も変わるかも知れません、ザツコの基地外度は変化なしです。)

掛け布団を跳ね除けて雑子は床に下りた。昨夜の服装のままだ。布団に籠っていた雑子の体臭がもわあっと立ちのぼる。顔をそむけてやり過ごす。この部屋は広い、そして臭いなんかはすぐに慣れる。あいつのではないし。

夜更けまでネットあさりを止められない。ものすごい言葉で罵られ笑われている、この国の跡継ぎの妃殿下が、自分のことだとは受け取っていない。なぜなら、すべて何もかもが、嘘で捏造で言いがかりだからだ。そうなのだ。ワタシハアンナオンナジャナイ、読んで腹が立っても、自分のこと、では、ない、か、ら。勝手に言っていればいい。

身の程知らずの愚民どもが騒いでいるのだ、妬んで羨んでいるのだ、私のすべてに。私は、気取ったシャナシャナ声でもの言ったり、機嫌が悪いとドスをきかせて何時間でも相手の神経をひっかき続ける、あの自分大好き女。不平や不満ばっかりのくせに格好つけていい人ぶるから、ストレスの固まりになって買い物依存にはまっている、あの。同じ靴を100足も持って、まだ欲しがっているもっと欲求がひどくなっている、あの、夫の母親の、平べったくて巨大なおしりに、ぺったんこに敷かれてしまっている義父より、エラい。あの義父より私は上にいる。あの夫婦の大事な長男を、私は、蹴ってやることもできる、ドアにぶっつけてタンコブ作ってやった、無視したおして不安にさせて、泣かせてもやった。親なんてちょろいもの。こんな私の力を。

やっかんでいるのだネット民は。

ふん下らない。

毎晩同じような想念の中で雑子は、いらいらとタバコを吸い続け、口中が粘ったりイガイガして来ると、不快感を消したくて炭酸水を飲む。

炭酸が口の中をシュワシュワしてのどの方へ落ちて行く感覚に、ひととき、すっきりする。部屋の中の冷蔵庫には、必ず毎日ぎっちりと、好みのドリンク類を用意させておく。満タンのドリンク缶を眺める時、

「身分が高いってこういうことだわ、きっと」

そんな高揚感ににんまりすることもある。

しかしタバコが無い。。

・・・あ、そうだ。ティテーブルに視線を飛ばすと、あった、まだ半分ほどの残量を示す厚みを保っている愛用の煙草の箱が。

ホッとしてソファに体を預け、一本、火をつける。雑子は煙草を手放せない。初めての一本は、初めての男が教えた。顔が好みだと思った、何もかもにまだ、慣れていなかった。隠れて、タバコやあんなことを、ぎごちなくする、それだけで大事件のように思えた、でもすぐに失敗だったと思い知らされ、離されてしまった、あの時には親たちは、雑子のことだけを考えてくれた気がする。

転居した街には、いろんなタイプの男たちがいた。みな、にこにこと寄って来て、煙草やお酒やベッドのことを楽しみ、当初は控えめにもしていた雑子が、馴染んで親しんだ頃に、つれなく離れて行った。

・・・朝、ぼんやりと覚醒しきっていない頭の中で、過去のことをあれこれたぐっていると、自らの現在をフッと忘れていることがある。

起きられないのではない。起きたくないのだ。起き出してみたって何の変化があるわけでもない。

退屈な日常があるだけ。延々と続くだけ。

単に退屈なのではない。どこかでいつも追い立てられているような、自分を横目で監視する冷たい視線にさらされているような、どすんと重苦しい退屈。

静かにゆっくり「退屈」させてくれるような、あたたかい退屈では無い。

胃が、キリキリするような不快な退屈。

・・男たちといる時間は良かった。いつだって、始まって数か月ほどは、ひと月くらいは、いわば蜜月。濃い時間が自分を覆ってくれたものだった。

最後は薄情に去って行ったとしても、思い出は、悪いものばかりではない。楽しいこともあった、あの男も、そして、次に夢中になったあの男も・・・目の焦点を、無理に合わせようとしないで、薄暗い室内にたゆとう煙を感じている、こんな時間が、嫌いなばかりではない。他に、大して楽しい思い出も無い。雑子に友達はいなかった。

自分を、男が、求めていた時期だってあったのだ。優しそうな言葉も親しそうな身振りも、あった、過去には。


確かに目覚めていて、確かに現実ではあるが、この部屋に一人でいる限り、自分を脅かすものたちは、近づいて来ない。

みんなみんな、大嫌いなものが多すぎる。ドアの向こうのすべてが耐え難い日が、雑子にはある。毎日がそうだとも、言える。


2本の煙草を喫い終えて、コーヒーが欲しいと思った、人を呼ぶリンに触れようとした、その時。

ドアに、遠慮がちなノックの音が響いた。

バイコだ。バイコのノックだ。力のない、おもねるようなノック。

どうしてバイコがこの時間、家にいるのだろう。雑子は、アタマと目玉を、同時にぐるぐるさせた。

学校へ行きそびれて、家の中にいることはある、だが、この部屋に来るとは。

日曜日なのか・・・。

日曜日にはあの子は、家にいる。たぶん一人でいる。時には半日、ノートに文字を書き写しているらしい。係の者がそう報告していた。

何十枚も習字を重ねていることもある。あった。そういう風な撮影の場を設定して、楽しそうにその場をやってのけた子を、見降ろしていたシーンの記憶も、そうだった、あったっけ、そんな時は手がかからなくていいのだが、何をしていたってかまわないのだが、こんな風に自分の部屋をノックして来たりされると・・・

イラつく気持ちのままに雑子は、目の前のテーブルを、ライターの角で叩いた。強くたたいて、入ってもいいと、音によって許可を与えた。

やはりバイコだった。目を伏せて入って来る。からだを横にユラユラさせながら。この子は、母親である自分の前に出ると、体の硬直感や揺れ感が増す。雑子にはそれも、忌まわしい気がする。

アカンボウノコロカラジブンヲミナイコダッタ。

なつかなかった。養育係にぴったり添っていた時期もあった。甲高い笑い声を立てて、喜んで相手をさせていた、あんな姿は見たくないのだ。見せつけられると気持ちがザラつく。止めさせてやった。バイコが伸ばす手を、きゅっと握りしめて、一瞬泣き顔になって、これ見よがしに走り出て行った。

勘違いしてはいけない。バイコはつまりプリンセス。いずれ父親の跡を譲り受ける人間。高貴な身分なのよ。やとわれている人間が、プリンセスに対して親身過ぎる扱いをするなど、出過ぎたマネだわ。

すべて何もかもバイコには、与えてある。溢れかえるほど、与えてある。世話する手だって、いつだって充分に。

バイコの父親は、母親が世話係に「日に一度は抱きしめてあげて下さい」など言って、守らせて、育ったとか。

あの顔があの顔に、そんなこと言ったって、今でも並べて見ていると、噴き出しそう。どうしてって聞かれても答えられないけど・・・噴き出しそうになる、雑子は。


部屋に入って来たバイコは、揺れながらじっと立っている。先日買ったワンピースを着け、髪をきれいに束ねられて、小奇麗な身なりである。

昨日は美容師が来ていたのか。知らなかった。命じておいた形にカットされている。バイコの美容師には人を通して言いつけて、流行を取り入れてやっている。

主に前髪の問題なのだが、夫はしばしば、もう少し短めにしてあげたら、などと、わかりもしない癖に口を出す。髪が目に入るんじゃないの、とか。

バイコが、父親のそんな態度に、うつむいて嬉しげにうなずいたりするのが視界の隅に入ったりすると、雑子は無性に腹が立つ。癇に障る。

お前に、何がわかるというのだ。夫をなじってやりたい衝動に駆られる。実際に、なじる。我慢してはいけないのが雑子の病気なのだ。言いたいことは即時に出す。もちろん我慢などする気も無い。言ってやる、怒鳴りつけてやる、わめいてやる。

アレがそこにいれば。

バイコのことが。バイコの髪型や服装やアクセサリーや靴やバッグのことが、いったい、お前に、何がわかると言うのだ。

服や靴のことばかりではない、何をしてもどうしても、すべて、私が悪いとされるのに、そんなことが本当にはわかってもいないのに。

いちいちこれがあれがとは言わない、が、すべて悪いのは私。そうされてしまう。バイコのママ友が教えてくれるように、妹がアドバイスしてくれるように、バイコを思うあまりにしてやることの、総てを、自分は、拒否されている。その苛立たしさを、どうすることもできない。

怒鳴りつければ夫は黙る。懲りないでまた、口を出して来る。懲りないのだ、あの男は。形状記憶合金とでもいうのか、いったん表情が歪んでも悲しげに揺らいでも、瞬時に元に戻る。

笑顔に。

うなづく表情に。

最終的には、あっはっはと破顔していれば生きて行けると思い込んでいる。もう幾つかの表情のパターンも持っていて、とっかえひっかえでやって行けている。

怒った顔を、雑子に向けたことは、無い。バイコにも。

感謝するようなことか? いいや、単にそういうこと。イライラするだけ、そういうことも。

なにもわかっちゃいない癖に。腹の立つことばかりが、目覚めたとたん自分に降りかかって来る。そう、雑子は感じ続けている。理不尽だ。

中でも強烈なのが、バイコが、普通の子どもよりゆっくりしているという、そのこと。


何もかも「こんなはずではなかった」ことばかりの結婚。詐欺にあったような結婚。何一つ自由にならず、何をしても言っても笑われた。けなされた。祖父の、仕事上のことも私のせいのように言われた。父は、私の結婚のおかげで立身の道が立ったように嫉妬されたが、とんでもない、最も望んだ地位には就けなかった。なぜか。公平を保つべき旧家の外戚に、その地位はふさわしくない、だと。

バカみたい。旧家だとか立派な家とか言うけど、内情は辛気臭い、うっとうしい、おかしな格好を強いられ、変な行事に出ろと急かされ。白いご飯も食べないのは驚きだった。この今の時代に、雑穀など混ぜて食べる人間を、初めて見た。それが、夫の両親だとは。それだけではない。

外食をしない、美味しいものを運ばせることもしない。薄味のつまらないものばかり食べている、あの人たちは。

外国からの客を招いて派手な夕食を摂ることもある、あった、今はもう出てやらない、あんなのは、気が凝って、食べた気にならない、おまけに、隣りに座った見たことも無い人間相手に、喋りながら笑いながら食べなさい、だと。

いいかっこしいの集団なのだわ。カジュアル、フランク、って概念が全く無い。現代人の生きる場だとは受け入れられない。

無理です。だから病名が必要だったのよ。

食べることは生きること。楽しさが大事。私はそれに、たくさん食べないと満足できない、実に人間らしい美徳の持ち主だわ。

と、雑子は考えている。

実家では、寿司や鰻を頻繁にとった。ラーメンや餃子も、けっこう冷めないで届けさせることができた。母は父の補佐として多忙だったし、いったん台所を汚してしまうと、手伝いの人が来る日まで不愉快な思いでいなければならない。

それに、自分も妹たちも、味と評価の定まった名店の味を好んだ。一緒に出掛ければ一台の車で出られる、打ち合わせておいて、お父様が帰って来たそのまま、車を回させることができた。合理的だった、あれは。

大好きなピザだって、自宅では作ることは不可能だ。ああいったものは、デリバリーに限る。はっきりした味付けの食べ物が好きなのだ。

葉っぱ煮たおかずに、鳥のエサの混じったご飯なんか、私の食べるものではないわ。

結婚当時、夫のためにどんな料理をするかと問われて答えられなかった。

私が、料理を、するかって? 。

冗談ではない。

そういうことを、しなくてもいい結婚を、わたしは、したのだ。

あの質問をした人間こそ、なにも解っていない愚か者だろう。

私を誰だと思っていたの。


形を守ることがつとめだとか、全く理解できない。こんなに面倒くさいなんて知らなかった。

夫。あの男に、私は、騙されたようなものだわ。

特性を生かせますよ。あなたにしか出来ない社交があります。私をたすけて下さい。

いけしゃあしゃあと、言いたい放題言ってくれたものだわ。

私の値打ちを知っての言葉だったはずじゃない、あれって。世界にはばたくワタシ(と、ボク)。

私の出た(出てないけど、細かいことはいい、過ぎたこと。日本では大学は、出たことより入ったことが重要視されるはず)学校の特別性。とにかくブランド名。それが大事。

私がいた職場の特別性。省から派遣されて行ってあげたオッペス大が、尊大過ぎて、ワタシの有能性を認めようとしなかったせいで、〆までする気が途中で失せたけど。

トレンチコートにブリーフケース、ばっちりバリキャリ・ルックで省へ通っていたのよ、同じようなものよ「官」でも「員」でも。一般ピープルには見分けなんかつきはしないわ。その証拠に、どこだって私のこと外交「官」と書いていたじゃないの。受かったのよ、でも才能をひけらかさず、慎んでいただけよ、コピーとる人間がいなければ、世の中回って行かない。そうですよね。

わたし、崇高な仕事の仕方をしておりました。そう、自負しておりますわ。それに、

みんな、世の中のヒトって、夢を見たがるものなのよ。私を、実際以上に「いいもの」に見せてあげたてことって、精神的にホドコシてあげたみたいなものよ。やっぱりね~、さすがね~、って、喜んでいたじゃない、あの頃は。

結婚できないと思われていたアレの、妻に、わたし、なってあげたのよ。夢まで見せてさしあげたの。

自分で自分を立派だったと 褒めてあげたいくらいだわ。親夫婦だってホッとしたのではないの。

ある意味、自己犠牲、だったわ、私には。後でそう言われたの、

それだわっ

と、腑に落ちました。なのに、

みんなそれ、忘れているって、ホントにいい加減な国民性。

・・・今は・・・今だって私のネウチには変化なし。オトウサマもあの頃よりえらくなっていらっしゃるし。

夏の避暑地で、どんだけ何年、同じ麦わら帽かぶってらっしゃるんだかわからないような、せこいっていうか・・・う~ん、アノカタのことはいいわ。とにかく、うちの、実家の、わたしの方の父は、いつもいいモノ着てるし。それ大事なことよね。何より見かけが大事、出身校と意味は同じ、ブランド品でなければ人前に出るカチ無いわ。うちはそういう家風。しみったれたことは嫌い。

ダマサレたわ・・・。やられたわ・・・。

言ってみればあそこでは、省では、相手など、よりどりみどりだったはず(あくまで・はず。まあいいわそんなの)。今の夫は、自分が地味だからよね、華やかな派手な顔立ちが好きだって聞いてたわ、当時、私以外にそんな女、いなかったし。夫のタイプに合う女なら、着物なんか似合うわけがないじゃないの。お雛さんみたいなオンナには飽き飽きだったんでしょ。

それなのに、それで私は、責められているんだわ。不条理よ。人権迫害、人権無視の極みだわ。だから私は、国弁大学へ通い始めたの。いずれ告発してやる時のために。でもそれも、邪魔されたのだわ。私の自由も人権も、根こそぎ、許さない勢力が存在します。

それだけじゃない。

子ども。ともかく一番大切なことは、子を生むことだって。目の前真っ白になったわ。この、現代の、おきゅう星きっての先進国で、私のような(いうのは控えますが言いたいことはお判りよね?)人間の最大の仕事が「子産み」だって。訴えてやりたかったわ。侮辱だわ、女性の人権の侵害だわ。

それなのに、このことでは、実家の父も母も。もっともだって言った・・・その通りだと。そのために結婚させる作戦を立て、実行したのだと。

孤独だったわ私。誰もわかってくれない。夫はへらへらしているし。子ども、いいですね~、何人生んで下さってもワタシは幸せですから、どうぞ、どうか、とかニタついて。

人の気も知らないで。生まれたら、おんぶして山へ連れて行きたい。公園で春の陽を浴びて遊びましょう、なんて。絶望した。

他の女でない、私だけに課せられた、惨い酷い義務。あの男の、子を生めと。

3年間は子どもを産むつもりは無かった。夫のはじめの約束通り、あちこち外交してまわるつもりだった。それを、とんでもないと断言された。

義理の父が私に、待っていますよ、と言った時には逆上するしかなかった。舅にそんなプライベートなこと、言われる筋合いは無い。主治医は私に、基礎体温表をつけて渡せと、信じがたいことを要求して来た。断ったわ。診察を拒否して辞めさせてやった。当然よ。

   
・・・実家の親も、私を理解しようとしなかった。さんざんお膳立てして、悪いようにはしないからって、あっちこっちで夫と顔を合わせるように機会を作って。私のためだって。私の幸せのためだって。結婚を勧めて、次は、世界を回ってもいないのに、子を生めだと。

父も母も、このことだけは妥協しなかった。悔しかった。

約束の、予算を度外視してのショッピングさえ、まともに自由にできなかったのに、そんなことだけ押し付けられて。

「嫁いでやりさえすれば、何もかも思いのまま」

母は、そう言ったのに。

私の意思や意志や人権はどうなるの。外へ出れば、頭の痛いときでも眠い時でも、ぎゃーぎゃー名前を呼ばれて、手を振ったり笑ったりの義務がびっしり要求されるし。

踏んだり蹴ったりだった。でも仕方ない、産もうか、と、やっと思っても今度は、ちっともそうならなかった。

最後は意地になった。子どもさえ生めば、後は、したい放題のごほうびがあるって、囁く人もいたし。救いだったわその言葉が。

生みさえすれば、育てるのはしなくていい、おむつも変えたりしなくていいって。それならって、頑張って。

きっと、世の中の女で一番、頑張って私は、子どもを生んだと思うわ。むいていないのよ、こういうことは。

その子が、バイコ。

今、私を見ようともしないで、モジモジと立ち尽くしている、この子。



この子は私の何なのだろう。

雑子は、このところいっそう背丈の増したわが子を、再び煙を吐き出しながら眺めた。

夫は、バイコがいるところでは、と、凝りもせず言う。

バイコの前では煙草を吸わないでやってくれないか、と。

何を言う。と、雑子は思う。いらいらと思う。

この部屋は私の部屋。そこへ、バイコが入って来た。それだけのことじゃないの。

「どうしたの、バイちゃん」

それでも雑子は、火をつけたばかりの煙草をもみ消す心遣いを見せて、一人娘に向き直った。

「あの」

バイコは、もごもごと何か言おうとする。横目で自分を見る。この癖が治らない。

「何なの」

雑子は覆い被せるように言葉を放つ。

あの。あの。バイコが懸命に何かを伝える言葉を放とうとする。

「きちんと言わないとわからないじゃないの」

大声が出た。バイコの肩がぴくっと震える。ああ、うん。

「ごはん。やくそく」。

やっと声になった。

「はあ? 何ですか?」

雑子は大声で応えてやった。

結局、思いを伝えることもできないまま、バイコは部屋を出て行った。

疲れた。雑子は思った。

凄まじい疲労感が全身を包む。

顔を洗うはずだったのに。服を着替えるつもりだったのに。

何もしたくなくなった。

・・・・・でも。明日はデパートへ行くんだった?。

思い出して立ちあがって雑子は、ベッドまで歩いた。ど~~んと倒れてみた。

夫は何をしているのだろう。今日は朝からどこへ行ったのか。あれは、決められたことは、しているようだ。この頃では、雑子の寝起きにも関係なくなり、出かける時にも誘わなくなり、少しはわかりが良くなったようだ。

結婚してすぐから、夜が近づくとイソイソとなる夫がイヤでたまらなくて、夜に起きることにした。

朝は、出て行ってから目覚めるように。

それにも文句をつけられたが、無視して行くやり方を通させた。役に立つ医者もやっと、手に入れた。

最近ではめったに来ない、電話だけで診察できる優秀な医師みたい、もうどうでもいいわ。考え始めると、どの一人にも去られるばかりだった記憶が痛み出すそういう時は、もう要らないのだと、自分に向かって呪文をかければいい。

生きていると賢くなるもんだと、雑子は感じたことがある、あった。


明日のデパートと、その後に、ああそうだ、バイコが気に入っている、あの子の家族と、食事の予定があったっけ。

大きく丸を付けたカレンダーを、バイコは見て、確かめに来たのか。前日からカレンダーを見ているのか、楽しみにしているのか、あの子は。

そうでもなければ、来もしないだろう、あの子は・・。

チクっと、1秒ほど、胸に痛みが来た。バイコを想う時、ごくまれに来る、発作のような痛み。

出来れば、うまいこと行って、バイコと、仲良しになりたかったような・・・もっと、いや、でも、あの子がワタシの愛を、拒んだのよ。

・・・お腹が空いた。空腹であることに気付いた。気付いてしまうと。どうしようもないほどに、飢餓感を払拭したい思いに駆られた。

何か食べよう。雑子は胸を躍らせた。

いま、ここで、このタイミングで、何か食べたら、気が晴れるかも知れない。そうだわそうしよう。何かを、お腹いっぱい食べよう。

久しぶりに生きている実感に巡り合える心地になって、雑子は微笑んだ。

何を食べよう。

雑子の、今日の煩悶の位置が定まった。

                                      続く・・・たぶん。
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コメント

ざつこちゃんは、げんきだなあ。

KUONさま  「ジャムのかなしみ」面白いです!
携帯でページを開いて読み始めたら、スクロールしてもしても終わらなくて、それがうれしいという・・・

ざつこちゃんは常にぷんぷんしているようですが、基本体力があるんでしょうね。
抵抗してもどうしようもない環境に長いこと居続けると、段々怒る気力もなくなると思うんですけど、一向に弱らないwww

周囲に怒りをぶつけて、恐れさせて相手からエネルギーを奪ってもいるんでしょうし。

「ジャムのかなしみ」読んでて、タイプは違いますが、ざつこちゃんはお姑さんとは気が合うような気がします。
二人とも、「わたくしのどこがいけないの?」だから。
最終的に、周囲から誰も居なくなるのでしょうけど、やんごとなきお立場のざつこちゃん。
てっぺんにお立ちになったらば、下々のエネルギーをますますどんどん吸うのでしょうか。
いつかパンパンに膨れ上がって、目打ちで突いたらぱあ~~~ん!!って。
はじけないかなあ。
ちょっと楽しみにしていいですか。

面白いです

けど、ざつこちゃんを持ち上げ過ぎだと思うの
ざつこちゃんはこんなに理路整然と思考することはできません
だって、クワガタクワガタ、ありがたいありがたい、の人ですよ

自問自答も無理
ムカついた〜、しかいししかいし
この程度の頭ですよ

それでも続きが楽しみです
ばいこちゃんが切なすぎ

No title

・laviniaさん。

ホントお元気で。笑えるくらい。

二代にわたってあれ、ほんまにね。好きな事だけするってつまり、ストレスはかからないし。

この稿は以前に書いたものの再掲ですが、創作は時間がかかります。ブログでするべきものかなあと、今更考えています。

ニュース的に新ネタ見に来て下さる方には面白くないとわかっているし、考えますね。

リアルな世界で、別人そのものの人間を娘として連れ歩いているヒトもどきの姿を見せられていると。考えますね。

残念ながら、laviniaさんが「楽しみに」して下さる決着は、私の中にありません、と、書いていいですか。


・日蝕さん。

面白いと言って下さって、ありがとうございます。

でも。

実際のまさこが理路整然としていない大バカでも、この中のザツコが、クワガタクワガタ、馬が馬が、だけなら、人に読まれる形にはなりませんよね。

と、思いました。

どう読まれても仕方がないのですけどね。

本物の愛子さんは、どうしておられるのでしょう。恐ろしい現実が、ふつうにスルーされているこの国が、おそろしいです。

おきゅう星の話はこれからハチャメチャな展開になってゆくかも知れません。(笑)。



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Author:KUONの久遠
・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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