今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

春の雪






墓参の、いつもの道を行くとき、小さな白いものがふわふわとフロントグラスに降りて来て。

ほんの少し。春の雪、というより、風花です。ハッと見つめた息が戻る数秒後には、風花は消えてしまいました。

お墓まわりを掃除して花をそなえて拝をして。車までの緩やかな坂道で、鹿とすれ違いました。

大きな静かな鹿、顔を伏せるように通り過ぎようとするその背に、手を置くと、奥の方にしっかりと生き物の熱さを感じさせつつ、寒さに毛羽立った背の表面は、とがって冷たい。

いい子ねと思わず撫でる手から、迷惑がるふりも見せない優しさで、ゆっくりと離れて鹿は、いま私が降りて来た方へ歩んで行きました。

供えたばかりの花を、食べるに違いない。あいつは。

奈良の鹿は、墓の花を食べます。もしゃもしゃと、葉や茎を残して、柔らかい花だけを食べ尽くします。このことをご存じない、あるいはすぐに忘れてしまう婚家の親類の方がたに、どれだけ何度も叱られて来たやら。

いつ行っても墓に花が無いと。

茎だけになった供花は、墓守りさんがさっさと処理される、だから。若い頃は、年末年始、お盆、毎日墓へ通いました。花を持って。でも、すぐに食べられてしまう。いたちごっこ。鹿との暗闘。その時期、ただでさえ花の値段は暴騰しています。若い私にはイタかったです。

鹿が食べるんですよ~、春日さんのお使いの神鹿が食い尽くすのよ、放し飼いですからね、仕方ないのですよ分かってないんだから、平手打ちするわけにも行きません、いっぺん見てごらんになるといい、そりゃあもう、見事にテキパキ、パクパクと、食べちゃうのですから。

何度、お腹の中で、目の前で怒ってる顔や受話器に向かって、アカンベしたやら。

その親類さんがたも、一人減り二人消えられ、もう、わたしに、そういった文句を仰る方々もおられません。タイム・イズ。オーバー。

鹿が欲しがるなら、食べるなら、なんぼでも食べればいい、と、だんだん大きな墓花を買うようにさえ、なっている昨今です。


墓参を終えて、用があっていつも通る道でない道を走っていました。

円照寺への参道の前を、通りかかりました。

さりげないたたずまい、見落としてしまいそうに狭い入り口です。

奥はずうっと長く広く由緒のあるお寺さん。斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と並んで「大和三門跡」とも呼ばれる、尼寺。

三笠宮殿下の双子の妹君が、世が平成に変わってしばらくの後に生涯を閉じるまで、暮らしておられた場所です。

ある頃まではこの話はタブー。そんな事実は無い。と、されていたようです。本に書かれた方もありますが、このお寺のことをいまネットで調べても、公には存在が出て来ない内親王がおられた。でも、

知る人は知っていること。ご本人は、肯定も否定もされなかった、しかし私は(私も)たまたまそばにいた人として、何度も門跡のお姿を拝見しております。

双生児を忌んだ時代や世界が、確かにあったのでした。昭和天皇の妹君。大正の天皇と正室の間に生まれながら、皇子は残され、皇女は隠された。遺影は、今年100歳の三笠宮さまにそっくりです。近代の皇室の歴史にも、皇子さまでも隠された方はおありですが。

侍女を相手にお人形で遊んだり書をされたりの幼時。おつむを丸められて、山村御流という、とてもシンプルなそれゆえ難しいお華の道を守られた。

ここ円照寺は、山村御殿とも呼ばれるのです。秩父宮妃、高松宮妃三笠宮妃などが訪ねておいでになって、一緒に撮られた写真もあります。義理の姉妹の関係なのですね。妃殿下たちはハイカラなお帽子にお洒落な洋装、ご門跡は、当然ながら黒白の衣。

美智子さんも、お訪ねになったことは無いとされているようです。

知らされなかったのか、知っていても来なかったのか。ご自分は、光の当たる部分で生きて輝いて(・・)おられた、並な言い方をすれば、本家の跡継ぎのおよめさん。

時々門前を通りかかって、ものものしい警備の人びとに行き合うと、

「今日は皇族さん来てはるみたい」

など、ごく普通に言い合う土地柄、バス停もごく普通に近くにあります。おそらく密かにおいでになったことはあったのでしょうが(ホントに無かったかも)、美智子さんが来た、と、なかなか聞こえて来なかったのは、

奈良は、美智子さんのこと、好きでない。これ、本当みたいです。お気の毒にと思ったこともありました。


ここ円照寺へは、三島由紀夫も、数回、訪れています。

一番最後は、昭和40年の夏。市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹して果てた、その4か月ほど前と記録されています。取材だった。

三島由紀夫が、最後の作品となった「豊穣の海」を、まさにその朝に脱稿して、最後の場所に向かったことは知られています。三島夫人は常のようにお子さんを車で学校に送り、馬術の稽古に出かけた、という、あの日。

その「豊穣の海」の第一章、初めの部分をなすのが「春の雪」。

小説「春の雪」で、主人公の女性=綾倉伯爵の一人娘・聡子が、禁断の恋の果てに自ら髪を落として尼寺に隠遁した・・その尼寺・月修寺のモデルになったのが、この円照寺山村御殿だったのです。

わたし映画も見ました。大正の華族の物語。設定もセリフ回しも目の配りも、始まってすぐには、うわあ嘘くさ~、貴族のしゃべりの舌まわってな~い、この女優に華族のオクサン役は無理(ミヤザキさんごめんなさい)、見てるの恥ずかしい~、など、過剰に勝手に恥ずかしがりながら(ワタシおかしいでしょうか)とはいえ俳優さんはプロ集団。妻夫木聡の主人公、竹内結子の女主人公。私の憧れの女性の一人でもあった大楠道代が侍女の役で、その「おひいさま」という呼びかけの声にも、だんだんこちらが馴染んで行って、妻夫木クンの特筆もののセイケツ感、アホやなあ、このボンボンどうするのん、しゃあないなあ、と思わせる感じが飛びぬけていたし、明治維新以後のいわば「成り上がり」の貴族である相手方と異なり、生粋の公家華族、伯爵家の一人娘である竹内結子さん演じる聡子の、ベッドならぬ畳シーンに於ける、まこと貴族的な淫乱さや、逢いたくて無理やり会って重ねた逢瀬の結果の懐妊、宮さまとの婚約なっていたのにやらかしちゃった娘の処理への、伯爵夫婦のドライなこと実利的なこと、呆れながらもフムフムと頷いて観ていた。

引きこまれて見ていて、終盤、女優竹内結子、選択肢他にいっさい無く子を闇に葬り、古都の尼寺に身を託し、この上は身の始末は自分でつけんとばかりに、黒髪を、己の手で、ザキンザキンに切り散らした、あの表情、せっぱつまった目の色。

妻夫木くん頑張ってた。妻夫木くん見たくて、リアルな公開の随分後に、探して見た映画でした、でも、女の覚悟に、負けたねえ・・。竹内結子の聡子役、すごかった。

とまあ、どんどんと記憶はひろがります。


デパートでの花の展示会などにも、尼さんのお姿で、数人の方に付き添われて小柄なからだをすすすっと、入って来られて違和感の無かった、円照寺の門跡さん。

今は亡き方です。

三島由紀夫も今はとっくに亡き方です。

天皇の子でありながら、落飾して生きるほかなかった皇女、糸子内親王の、その所以は、当時の

・男女のふたごは情死者の生まれ変わり

・いっぱんてきにも双子は(気を悪くされる方すみません、当時の言い方です)畜生腹と言われた

に、拘られてのこととか。

捨てるように手離された内親王のお気持ちなどは忖度できません。おいたわしいと思うなど、不遜なことでしょう。・・・・・。

平成の皇室は、皇太子の妃を迎えるにあたって、上記のことは気になさらなかったのですね。

その妃の妹たちは、ふたご。気にしないでおられた。

昭和の天皇陛下は、反対なさった入内でした。おわだまさこさん。


三島が描き出した一つの恋の終焉。

幼なじみ。もの慣れなくて初心で気位の高い不器用な若い華族、二人が、ようやくに互いの気持ちを交し合うことができた時には、伯爵家の娘は、宮さまとの婚約が成っていた。天皇からの「勅許」もおりていた。

他の男とどうのこうのの、許されない身になっていたのでした。

今みたいに携帯も無い。人目を忍んでどこかへ行ける車も無く、こもれるらぶほも無く。

宿ってしまった子を、どうするも、今なら何やかや、手だてもあろうというもの。現に聡子の親たちは、子を始末して、決まっている宮家との縁組をそのまま通そうと企んでいた。

恋などのうえでなくても、子は宿る。

若い過ちの末にできちゃった子は、口をつぐんで始末して、そして、知らん顔して皇室へ入って来た者も、今の世には、おります。

確定的な証拠はありません。でも私は、個人的に、お友達設定の女性の別荘とやらで、その方のお子を抱き上げようと屈んだ、あの現ヒデンカの、未婚の女性のものとは思い難い腰のあたりにただよっている、まあ、そういう何かの・・浮かばれない小さな何かの・・・存在を、まざまざと感じた。幾つも感じたのが、何とも。

普段はいわゆる「視えるヒト」などでないKUONです。そっちの方向の世界にも疎い。ただ、あの時のオワダマサコさんの、なんとも凄まじい、これから皇室へ入る人とは思い得ない有りようが、気持ちから消えない。

小説の中の大正の世の、まことの貴族の娘は、髪を落として生きる道を選びました。

それがいい、という話ではありません。

小説の中の一人の女性の話です。

男は、そして、死にました。どうしようもなかった一つの恋の果てが、その男には、死でした。これも、いいとかそうでないの話ではありません。


三島由紀夫の「春の雪」。

三島は、この主人公「聡子」のイメージモデルに、あの方を脳裏に置いていたと言われます。

昭和の皇太子の妃として、正田美智子さんが入内するとなった時。

率直なご自身の日記の中に、

「日本ももう、もう、終わりだ」

と書いた方。

梨本宮伊都子さま。

その伊都子さまをイメージして、聡子という華族の娘を描いたという三島由紀夫。

早すぎた死であったのは事実。

皇室の現在の醜状を、みさせられることなくいったのは、三島の早い死の、ひとつ「よかった」と言えることかも。

などと、考えています。

今朝の風花は、本当にたまゆらの、はかないものでした。

数秒で消えて失せた、春の雪でした。


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コメント

云いたいこと 本当のことを 伝えきれずに逝ってしまわれた人は 今のこの世を どのように彼方からみておられるのでしょうかね…。

そんな想いを汲み取って 誰ともなく 後世に伝えてくれる人がいたら 少しは報われるのでしょう。


両親は お陰様で健在ですが お彼岸やお盆などで故人の話をするたびに 「こういう時期に亡くなった人の思い出話をするのは良いよね」と 。

父や母も いろいろあったんだなぁ…でも 今は笑い話に出来るのは 聞いてくれる 自分たちがいるから かな?

ご先祖さんて ありがたいですね(^-^)

ミシマを読まなきゃ、と今日も思いつつ。

KUONさま こんばんは。

今日の記事、素敵です。
奈良には、そこらじゅうに鹿がいるのですね。
昨年、奈良に少しだけ行ったのですが、京都にお昼頃着いてから
足を延ばしたので、春日大社をお参りし、興福寺を見て、東大寺へ行った頃には拝観時間も終わっておりました。
春日大社の奥社に佇んでいた鹿が、もうたらふく鹿せんべいを食した後だったのか、穏やかな顔で私たちを見ていたのを思い出します。

私は奈良の空気が好きです。
昔々、スピリチュアルな世界を教えてくれた師匠の真似をして天川村や吉野にも行きましたが、東大寺や興福寺のどーーんとした雄大なスケールのお寺や、異国の人の面影のある仏様を見るのが大好き。
ある種の懐かしさを感じます。
今日の記事を読ませて頂いて、思い出しました。ありがとうございます。

三笠宮さまは双子でいらしたのですね。
現代ではないでしょうが、昔は何かというとお寺に預けたようで、高貴なお生まれでも一生安泰でないというか、楽して楽しむためにやんごとなき家に生まれるわけでないというのがなんとも、です。
一休さんも、天皇のご落胤でしたっけ、やんごとない家の庶子でしたよね。

それにつけてもミシマ。
買っちゃえばいいんですよね、なにはともあれアマゾンで。
なんでこう敷居高く感じちゃうんでしょう。
真っ黒な私の心根を見透かされるような気がするのかもしれません。
野獣のようで、すみません。って。
もっと真摯に取り組むべきことがある。それをわかってるのに、まだ手ぬるい。
反省。みたいな、です。


KUON様こんばんは

奈良行きたいです~
墓参りに行って鹿とすれ違うなんて、羨ましすぎます。
野良猫、犬は悲しい気持ちになるけど、野良鹿はほほえましい。(農業林業されている方は大変かと思いますが)

奈良には、訳のわかってない10代と20代に行きましたが、それでもいいなと思いました。25年前は飛鳥は全く観光地化されてませんでしたが、今はどうなのでしょう。

今週、息子の給食メニューに「近畿の味巡り・奈良県」で、「茶飯・権座・飛鳥汁」とあります。こっちも羨ましい…

KUON様に四国にも来ていただけるよう、森 盲天外という方の句をお伝えします(今日句碑めぐりの本を読んでいて、初めて知りました。元治元年にお生まれ、昭和九年におなくなりになっています)

伊予とまうす国
あたたかにいで湯わく

追伸 先日はあたふたしてすみませんでした。
あれだけ海外報道で心配をかけておいて、なのに葉山を涼しい顔してスタスタ歩かれているのを観ると、皇室について色々知っている人も、全く知らない人も、両方ばかにされているんだな。と悲しくなります…

・焼酎のお湯割りさん。

どうも失礼いたしました。

人の四は二度あると言いますね。

この数字、ふざけてるのでなく、何がいけないのか、これについて書いた部分しか、撥ねられる理由が見つからず。

もっと凄まじいえげつない描写も溢れていますのにね。

私は、誰の身にも来る「それ」と、覚えている人々の中から消えて行く記憶のそれと、二度ある、と書きたかったのですが。


自分という小さな存在の中にいる、やはり小さいけど忘れがたい大切なひと、猫、犬、その記憶。

胸に温めていて、そっと時々、とりだして思いたいと願っています。

自分が逝けば、自分の中の記憶も一緒に終わる。それくらい慎ましくても、思う存分思いたいです。それはできますからね。

ご両親と亡きかたを偲ぶ。すてきですね、たくさん、お話なさって下さいね。



・laviniaさん。

読みたい本だけ読めばいんじゃね?。

ねば、も、べき、も、無くていいんだ、きっと。

文章は美しくてうっとりする、でも、私は自分、だらしなくてぼーっとしてて、家では当然すっぴんで、おとこのひとも、緊張感なくだらだらしてるのがいい、日常では。


書く時だけ、ホンマの自分よりちょっと、だらだらからは抜けるかな、の感じです。一番好きな作家(漫画含む)は、西原理恵子です。高須センセと仲良しでいま幸せそうで、「ダーリンは70歳」なんて描いてる彼女が大好き。三島の世界とは、少し違うかな。少しだけね。作家・三島由紀夫は美意識と自意識のカタマリだったのですが、フツウに生きていてそうだったはずなので、大変だっただろうな、と、思います。東宮のあれらでも生きていられるんだから、〇カの方が、ある意味、生きやすいのかも。

奈良の鹿は、近鉄奈良駅周辺から春日奥山のあたりまで、自由に歩き回っています。あまいもん屋の店先で、何か欲しそうにしていることもしょっちゅう。上げませんけどね。

がっちり利〇で固められたセンベイしか、食べさせてはいけない、鹿のためにも。でも、知人の和歌山のみかん農家は、不揃いのミカンをまとめておいて、大量に積んで来て、鹿に食べてもらっています。

いろんな話があります。楽しいことも。猿沢の池の近くには、むかし、誤って鹿をころすはめになった少年が、石子詰めになった跡も、残っています。歴史が長いと裏の闇が暗いのは、いずれも同じ部分がありますかしら。

私は奈良が大好きです。

一つの物語を読むような感じで読みました。

kuon様。
今日のブログの文章がすっと心に入ってきて広がった感で読みました。
こんな思いを文章にできるkuon様。素敵です。

三島由紀夫先生の本、読みたくて心にありましたが、今日のKUON様のブログで絶対に読もうと決めました。
妻夫木さんと竹内さんの映画も探して見ます。

感じたことを文で表す才能がないので、KUON様の文章がとてもまぶしく見えました。

・ふく さん。

お返事おそくなりました。

婚家の墓が、春日大社の森の裏の方に在ります。少し道を外れれば柳生方面へも行けるようなところ。もう40年くらい、毎月通っていますが、鹿ともたびたび会います。いじめられることを知らないので、おとなしい鹿なのですが、近年は、鹿せんべいをあげるふりして、さんざん見せびらかしてやらないようなイヤな観光客もいて、怒った鹿が頭突きしたとかどうとか騒ぎになったりしています。欧米の方はそういうことはしない方が多い。

動物は口答え出来ないので、人間がアホですね。甘やかされた鹿が、でも自然に共生している場所だと、わかれよ、こら。と言いたい。(笑)。

飛鳥の方にはなかなか行けませんが、風景そのものは変わりようのないところ、それがいいと思っています。私が高校生の頃は、今はできないこと、石舞台の上に乗ったりもできました。

奈良は、表の顔だけでなく、細い路地を入ったところとか、素敵なものがいっぱいあります。表通りは「浸食」されつつある、実は・・・。

四国には大好きな大切な友達がいます。年に一度、会えるか会えないか、ですが。私の足の都合がよろしくないので、このごろは神戸辺りまで会いに来てくれる。

四国へも何度も行きました。うどんはもちろんご飯も美味しく、何より、光が溢れていて、いいなと思います。歩けないことはないが、ゆっくりのペースなので、マイペースの外出しかできないのです。でも、あちこち行きたい欲は持ってる。(笑)。

森盲天外さん。

少しだけ見て見ただけですが。すてきですね。自由律俳句もとても魅かれます。

尾崎放哉  「咳をしてもひとり」  すごうい世界ですよね。

あのわけのわからないご夫婦のことは、言っても思っても書いても、まったくヨロコビが無い。つまんないです。




・うーすけ さん。

こんばんは。

うたを作ったりこういった文章を書いたりしていると、本当に楽しいなあと思い(笑)、頼まれもしていないのに、なんでまさこさんのことなんか書いてるんだと思ったり。

やっぱり、あれ放っておくのは、自分の気が済まないのかなあ、など、思います。決着がついてくれたら、もう、みてこさんもまたこたんも、どーでもいい人。頼まれても付き合いたくない人たちです。(笑)。

私も詳しく三島由紀夫を読んでいるのではないんです。でも、三島は、本物の、純粋な日本人だった。それは本当と思います。痛々しいまでに純な方だったと。

損や得やちっぽけな欲や。そういうものに翻弄されることが、とてもイヤだったのでしようね。そばにいたら、めっちゃ大変な男性だともわかっています。

文章が美しい。とにかく、そこですね。

映画の「春の雪」は、つたやで借りて見ました。初めはちょっと、気恥かしさを感じさせるの。ホントはもっとざっくり話していたんじゃないの?とか。でも面白くなって行ってね。妻夫木くんを、当時は「いい」と思っていて、確かによかったのですが、獅童ととっとと別れて子ども抱えて、の人だとしか知らなかった竹内結子、すごい目ができるのね、と、感心しました。

庭の様子も見て楽しく。

企画に、三島の息子さんが加わっています。これ以後、どうなさったかはわかりませんが。私が知らないだけと思いますが。

天才と呼ばれる父親を持つって、大変でしょうね。


みてこさんのことも、書いていると、自分の性格が悪くなって行く気がします。元々、真っ黒なんだけど。(笑)。ではやめればいいのにね・・・。

お返事ありがとうございます。

KUONさま

>読みたい本だけ読めばいんじゃね?。

そうですよね。でも、いや、誓う、今年中にミシマ、一冊は読みます。
詠みたいです。
自分の中で、三島由紀夫は日本人の中の日本人!みたいな憧れが肥大しすぎて気安く手が出せなかったです。あほですねw

西原さんのマンガ、私も大好きです。
ただ、最近は遠ざかってました。お子さんたちが私の子供たちと年齢が近いんです。
お子さんたちをネタに漫画を描くのは、本人たちにとってきつくないかしら・・・なんて考えちゃって。
でも、良い感じでたくましく育ってるみたいですね。また読んでみようと思います。

最近読んだ本で、最も役に立ったのは「シリコンバレー式自分を変える 最強の食事」です。
読んでから朝食、食べなくなりました。食べなくても済む、むしろ頭が冴えるんです。
自分の身体で色々実験してて、すごく楽しいです。
ヘンタイ、ですね。

とりとめなく、失礼しました。
奈良、今度はゆっくりと時間をとって歩きたいです。
春日大社のあたり、懐かしい感じがします。タケミカズチノミコトは国譲りのときの重要な神様でしたね。昨年「秋篠宮さまに皇統が委譲されますように」とお願いしました。
また行かなくちゃ、です。



春の雪

こんばんは 

KUONさま、おうたも素敵ですが、美しい文でいらっしゃっり、うっとり。
はんなり柔らかな文に、心地良くなりました。
風花って、美しいけれどはかなくて。
目に確かに見える雪がふわっと降りてくるけれど、積もることなく消えてしまう。
奈良の佳人さまをお伝え下さる文に、なんて相応しい。
私の様な一般人に、知らされていないこと・・たくさんあるのでしょう。

三島由紀夫氏は、美意識厳しい方で・・
氏の記念館に再現された書斎は、大きな鏡があり、常に自分の体形・姿勢チェックが怠りない。ナルシーといえばその通りですが・・自分を顧みれば反省しきりです。
また、作中のカクテルは、ドレスの色を考えてとお父様に教えられた・・とか、お母様のスープの頂き方だとか、耽美的ながら美しい文に触れた思春期時代が、懐かしいです。

思春期と言えば、現代では中学生くらいでしょうか。
思春期の女性同士というのは、厳しいもの。
自分が主役、自分が一番でいなくては・・という人はいつの時代にもいて・・
髪形や、制服の上に着たコートの上のマフラーの色一つでも・・
先輩の私は華やかで良いけれど、後輩が同じ様にして目立つなら、むかつく。
「一年生!」と呼び出して注意して、正座させたりなんだり・・

こんな感情を卒業し大人になる人が大部分ですが、変わらず困った大人になる場合も・・
こんな方が親族であれば、本当に大変なことでしょうね。


・laviniaさん。

どうぞ頑張って(笑)お読み下さい。作品は沢山ありますね、けっこう。私も再読を思いました。

私にサイバラを語らせたらきついですよ。彼女は本物のプロ。

全部語ると長くなります、まず西原理恵子は、女性であるところが特異。いわば破滅型に属する部分もある人ですけどね。

男は(多くは)自分第一にして一人で逃げて行けるでしょ。弱虫だから仕方ないけど。

わたし自分の私生活内で、現実生活いろいろあって、めんどくさいから夫婦喧嘩はしないで来たのですが(喧嘩するくらいなら別れるわって感じ)、ほとんどの場合、オットの言うままにハイハイ、で行ってた。お金も、走り回って仕事してるツマに、出せと言うのは辛かろう(親にせびられたお金などは特に。そればっかりだったし)と、そしてイヤイヤ出す自分がイヤなので、ほい、と渡していた。でも、どうしても紛争することもあってしまう。そういう時テキは、最終的には、車のキー持って出て行ってしまうの。

それに腹が立っていましたね。白けたと言うか。あんたは出て行けばいい、腹へったらどうすることも出来る。でも、出て行けないで家にいるワタシは、子どもを食べさせ風呂に入れ、毎日ガッコへ送り出さんといかん。

まあ、被害者意識を持ってる自分もイヤ、なので、そーゆー時はすぐに強引にアタマ切り替えて、食材ありったけ出して豪勢に晩ご飯、とか。うちの子どもたち、自分の親はずっと仲良くて、お金の苦労なんかぜんぜん無かったと、最近まで思ってたとかの伝説もある。アホなんですけどね。怒ると冷静になるんです。私、ヤな女なの。

出て行くオトコはいいよな、そんなんで、まあ、たとえば火宅とかエラソーに言うなよ、ですわ。腹のなか。太宰だって実は「あほ」です。(笑)。

そのうち帰って来ても忘れとく。あっちは解ってる。気が弱いの。いい人でマジメなの。今はものすごく私に優しいですね。優しくされといてるよ。(エラソー)。救いだったのは、テキ(おっと、ね)が、自分のためにいつでも有り金持ち出したり億の借金背負わされたり、していたのでは「ない」ことでした。そうではなかった。だから、よかった。

これも、言い出すと長くなる。今はそのトンネルなんとか抜けた、10年前くらいまでは、悲惨なワタシだった。ある意味、ですけどね。今は幸せ・・・って話でなく、西原も、ひたすら落ちて行くようなダンナ抱えて、自分は両脇に子ども抱えて、生き切ってたのです、爆笑漫画描いてた。仕事するしか子どもを幸せにできない。仕事を断るなんて身分じゃない(笑)。自分以外に誰も自分の子を食べさせてなんかくれない。ナチスじゃないけど、労働は自由への道、ですよ。

母親のお腹にいるうちに離婚した実父は、酔っ払って溝に落ちて死んだ。可愛がってはくれたがバクチで人生負けた義父は、西原の貯金通帳持ち出して最後のバクチ打ったが、負け犬が起死回生できるストーリーなんか、無い。きっぱり。ゆとり無しでバクチも株もやるのは、大ばか者。やりたきゃやるんでしょうが。

優しかった義父と言えど、大学入試のその朝に首つって死んでます。

それやこれやいろいろ、自分は絵を描いて自力で稼いで生きて行くんだと決めて、未だに描いてる。

お子さんのことも描いてますよね。子ども自身は(上の子がハイティーンですねいま)、これで僕らご飯いただいてるから、どう描いてもいいと、言ってるらしい、でも、彼女にもわかっているはず。

どこで、どんな揺り返しが来るか。予測外の事態になるか。油断してる隙間に、悪魔は忍んでくるって、わかってると私は思ってる。私が西原さんを好きなのは、わかっててやってるとこ。(笑)。お腹の底は真っ黒け、と、どなただったか、いや、laviniaさんみたいなことサイバラ言ってる。わたしKUONもお腹の底、真っ黒け。もう、とろっとろに、粘った墨汁のように真っ黒けだい。黒さでは負けへん。爆。

あれだけ有名になってても、実生活でカタギの方々の生きる世間は厳しいとこあって。

お子のPTAから「学校へ来られると何でも描くから来ないでくれ」と申し渡される。そうだよね、と、受け入れてる。・・・どこまで行くのかサイバラ語り。

子どもって傷つけちゃいけないものでしょ、親の責任が愛が、とか。そのへんの気持ちでは、描いていない彼女が好き。ギリギリの線はきっちり守ってる、引いている。

本能でわかってる人がいっぱいいるのも、西原という人。

傷ついたって仕方ない、お母ちゃんそれも引き受けたるで~、そいで足りなきゃ勝手にしろ、息子も娘も、おかあちゃんが働いてできることは、できるうちになんでもしてやろ、だから、強くしなやかな(この言葉はここでは偽善ぽいな)大人になって、世界のどこでも、自分が選ぶならそこで、生きて行け。

独りで立てる人間になれ。

そういうことと思います。どっち向いても腹が据わってる。

ドンだけ書いたか自分でわかっちゃいなくて書いていますが。

プロだと思う、いい子ちゃんにみられなくていい。で、肝心なのは、何を描いても売っても、下品にならないこと。

サイバラ漫画は、汚いの下品の云う向きもありますが。そんなこた無い。

おほほ型の上品ではない。それは、上品もどきだからね。

でも、西原理恵子は人間の品はぴか一と、惚れているので思うのかなあ。

無理に好きになって下さらんでも、いいですからね(笑)。

ご清聴ありがとうございました。ぺこり。







・結花さん。

ワインの色はドレスの色を考えて、とか。実は、そういった感じにも、魅かれてしまいまして。魅かれます。

ワインも楽しめない下戸が申すのもナンですが。大人の楽しみ方。

全く言葉を交わさなくても、どこかわかり合っているような小さなかすかなそぶりとか
大人のやり方、憧れがありますね。日本人は得意なはずですよね、わあお、とか大口あけてハグしなくても。(笑)。

「春の雪」に関しては、清顕の祖母が、宮さまとの縁談に「勅許」の出ている聡子を身ごもらせたこと、大騒ぎのことなのですが、

「よくやった」

みたいに言うのですね。華族と言っても明治の元勲の家である(格下の)清顕の父が、公家である聡子の父を侮辱したことが尾を引いていた両家、気取っているあの家の娘を困らせて、お前はよくやったよ、という祖母。

宮家との縁談は世間体は良くても腹に含むものある聡子の父は、侍女に対して、あの子をきれいなまんまで嫁ったりするな、と、すごいことをお言いあそばす。

イヤな世界だわ~っと思いつつ、そういう世界なのかしら~っと、読んでしまう。

無性に、この世界で遊びたくなっています。

・・・あのお方。

入内が決まって、学生さん方の居並ぶ中を、悠々と堂々と、顔を上げて(首はあの時はまっすぐみたいで)歩いておられる写真があります。

美智子さんはつまり、ものすごくわかり易い「新しい女」でいらしたのですね。

レディファースト。皇室の意義を理解していない。他色々。

美智子さんが「深窓の令嬢」であったと・・いや、言いかけると、またゲンナリします。

三島由紀夫の、作家としての意地悪な目が、たまんない気がします。(笑)。





「春の雪」注文しました。

KUONさま

久しぶりの日本文学、玉砕しても、それはそれですね。

私の腹の底は、黒いことも黒いですが、そこにアレキサンドロス大王が混ぜ倒して作ったヘレニズム文化にキリスト教的不条理のエッセンスを振り掛けてあるドロドロ状態なので、美しい日本の精神性や美意識にに共振できますかしら・・・
楽しみです。

西原理恵子もKUONさんも、男前ですね。男前の、いい女。言葉が変ですけど。
世界中どこでもやっていけるし、世界中の男にもてそうな気がします。
西原さん、昔中村うさぎが対談してびびってましたっけね。

とても楽しくお話しさせて頂きました。
ありがとうございました。



細雪

こんにちは

小さな白いものがふわふわと・・・春の雪

KUONさんが白い粉雪を見上げなから
ぽつぽつ歩く姿が
細雪 『山本富士子』か『岸惠子』のように?(笑)
思い浮かび・・・

市川崑のバックの景色のなかから
人物がバンっと浮かび上がってくるような
コントラストのきいた美しい絵のような

でも鹿ちゃん、食い荒らす鹿ちゃん
ここで頭のカット割りはアニメに
鹿シッシ! って
こっちも、あっちも!!! どんだけーぇ!
の鹿に囲まれてるKUONさんが浮かんできて
笑ってしまいました。


映画『春の雪』のキャステングは
現代の若い俳優さんでは役不足、雰囲気でません
同じ出てた人にしてもらうとしたら
若尾文子かなぁ〜






いつもオバカな妄想してしまうNちゃんでした

・laviniaさん。

「豊穣の海」全4巻、揃っていなくなっていたので、再び注文しました。今日明日には、届くと思います。

今の自分が読むとどうなのか、楽しみです。

男前とかいい女とか。

ええ響きですね~。(笑)。

世界中の男にもてる。そんなおことば、自分がいただけるなんて、長生きはするもんや。嬉しい。ほんと、ありがとうございます。うふうふ。モテたこと無いんで、妄想はひろがりますが、もしかして、モテるの向いてないかも・・疲れるかも・・わはは。

正気に戻りましょう、キリっ。

私も長きの間、読むも観るも、西洋かぶれのものでおりましたのさ。

今は演歌もジンジンしみる。人にも歌にもよりますけどね。人生たのしいこともいっぱいあるなあって、いい気分でいますよ。

三島由紀夫には、初々しくハマるかもしれません。









・ワッ・タ・シ熟女N~さん。

まこと辺鄙な墓所ですねん。観光客がわんわん歩き回ってるあたりから、歩いてもほん近くですねけどな。

自動車置いとくのんも、地のまんまのでこぼこ道に、好きなようにお停めやす、ちゅう按配で。そこやここに低うに木ィの囲いして、それが、イノシシ除けですねん。夜中に大暴れしてますのやで、お腹すかした大っきなイノシシが。ヒズメの跡がよおけ、残ってます。

体当たりされたら車はパーです、人間かてただでは済ましまへん。イノシシかて、人間みたいなもんに会いたいことあらへんやろ。鹿みたいにエサもらえるわけでもないし。

40年、何やかや思いながらも通ってますのや、このお墓、中に、知ってるお方はお一人だけ。めったにお会いもせんかったけど、わたしには、遠慮しいしい優しいお舅さんやった、そのお方だけです。

しゃきっと立って、空の向こうの方をじいっと見ると、お天気のええ日ィには、二上山が見えます。大津皇子さんが眠ってはる山やわ。

そんなとこでえ、風花に会うた。そんな小さいことが、なんやしみじみ滲みる、て。

あたふたせんようになって。年をとるのも、かなんことばっかりやないなあ、て、思うたりしますのや。

岸恵子、やて。

がび~ん。Nたん、会うたことある話したこともあるあんたはんが、そう、お言いやすのや、間違うたことであるはずない。

そうです、うちは、あの時、岸恵子はんやった。

こんなんも、嬉しいですやんな、嬉しい、楽しいことや、ほんま、おおきにな、Nちゃんさん。


・・・・・・・「春の雪」「細雪」。なんて想像力を書きたててくれる世界でしょ。細雪読んだばっかりに、芦屋という町に憧れて。いつか住みたいもんだと、無謀な夢を抱いた。(笑)。谷崎は本来は大阪の人ですが、脳内で芦屋に結びついて。

あの震災で、ずいぶん、変わってしまいました。本当に変わってしまった。

春の雪も細雪も、今の俳優で演じられる人はいない、というNさんのご指摘に、思いっきりうなずくKUONさん。

なんでや、と書きはじめると長くなりそうですが。着物を着られないし、足袋をはけないし、言葉がしっかり出ないし、何より、顔に、細雪で言えば「こいさん」や「いとちゃん」の感じが出ないわ。「ご寮んさん」も、いてへんわ。

ふと「春琴抄」を、先日、観たのです、一番新しいの。斎藤 工くんが佐助やってて。感想は控える。お琴をなんという女優がやったのか、今も知らない。全くどんな魅力も感じさせてくれなかった。ひたすらヒステリックなだけで。

佐助の方が数多い「へっ」て返事を頑張ってて、まあ、私は若いおとこはんに、いささかは弱いので。(笑)。

半年に一度くらい繰り返して観るのは、今のところ、「最後の忠臣蔵」ですね。あの映画の桜庭 ななみは良かったです。役所こうじのはほとんど見ます、何より、浄瑠璃が絡んでいるのが、わたしには、いいのです。

「曽根崎心中」。人形から始まってね。あのセリフに震えますわ。

「この世の名残夜の名残死にに行く身を・・・」あああ、ええですなあ。

はしもとなんたらとかいう政治屋が、文楽に金出すの惜しい、イヤや、と言うた時から。私の中ではあれは、くび、ちょんぎれていてはりまっせ。

守られて来た大切なもの、残さんでどうする。

どうする。

当分、三島由紀夫の世界に溺れやふと思ひます。

市川昆監督は大好きです。尊敬の域まで達しております。

奈良にはこの冬まだ、雪らしい雪は降っておりません。

もう、春なんだ・・春にだって例年は、儚げな雪、ひらはらと舞ってくれるのですが。







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ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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