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今日も元気でいましょうね^^

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今の思い。





フィリピン戦没者慰霊碑。

と、ネットで検索すると、びっくりするような内容に突き当たります。大小の島からなる国フィリピンの、その島々のいずれもに、そのどこにも、日本兵は眠る。

日本人でない方々については申し訳ないが今は触れないで書きますが、「先の戦争」で、63万人のうち、49万8600人の日本兵が、この国で散華されました。余儀なき死を迎えられました。49万8600人と書きましたが、実際には8600何十何人、のはずです、その実数だって明確な数字ではありません。

その方々の、大小・・・何というか、数十行に及ぶ数の慰霊碑や地蔵尊や木札や・・・長く石ころの置かれていた埋葬地だったか・・・ようよう尋ねて来た老いた親が建立した新顔の碑や、そこへ来たくても来られない、わかっていても来られない、どこで死んでしまったかさえわからない、まとめてとにかく埋められた方々や、異国の地を照らす太陽に照らされるまま溶けて行った方々や・・・碑の表面のはがされたものや上半分が消滅しているものや・・・その一行、一行が、何とか隊や、団や、県人会が建てた塔や・・一緒に亡くなった数人や、お一人や・・・とにかく、木や草や動物でなく、子であり兄であり父であったり待たせる者のある人々だった、兵と呼ばれる人間たちだった、およそ400基の慰霊碑が、いまや消滅しかけているのだと書いてありますし、かつて作られた日本兵の墓地が壊滅的に荒らされていて、観音像が外へ放り出されている写真、墓石の上に洗濯物がはためいている写真、数年前に存在していた墓碑群が、ごっそりと消えてしまっていて、それは見かけ的によろしくないから除けたよと立札に記されていたり・・街に出回っている軍人のアルバム・・・うまく書き尽くせませんが。

フィリピンは、もう一度書きます、沢山の島々でできている国。

その島々の、上の方から下の島まで、どこにも慰霊のための何かがあるのだそうで。

昨年の両陛下のパラオ国訪問時には、青く美しい透明な海に、往時の戦闘機が水漬いた形で錆びついている写真、かつて兵が隠れていたという洞窟の写真、などが、メディアによって紹介され、両陛下の訪問を機に、そういった「観光対象」とされていて「見るに辛い」戦争の跡地、いわゆる「負の遺産」・・でも観光客が集って来る・・の、整備・・整地・・がなされて、「よかった」とか、そうでないとか。

両陛下の慰霊の旅は、謝罪訪問は、イコール、経済的な「ごめんなさい」になる。

今はそれを言うのはやめます、お金のことより他のことが気になります。

数百の数の、日本兵およそ50万人の「戦没地」。慰霊の地。

前述したごとく、慰霊って何? なことになっている場所も沢山あるようで。

立派に立派な石碑がたてられていて、花が供えられたりもしていて、哀悼の思いを捧げやすいように整えられている戦没地。

何もかもが破壊されて撤去されて、生え伸びた草に何もかもが覆い尽くされている、慰霊の思いで作られたお寺が、今を生きる現地の方の住まいになっていて、日本人って何? 天皇って何? の人びとが、観音像なども戸外へ放っぽらかして、元気に、洗ったパンツなど干してはためかして暮らしている「戦没地」。


フィリピンには、何百も存在している、そんな、いろんな戦没地の。


どこへ、

両陛下は、

行啓される?。

行啓・・・もうそんな言葉では考え難いです。

人として生まれて生い立って兵となって、一つの命を、一度、一回、散らした日本人たち。

一度死んだら、終わりです。

どこへ両陛下が行かれるかと言えば、やはり、わかり易くそれらしい所へ、だと、思います。

何十っ箇所、何百っ箇所、行けるはずがありません。

行きやすくて絵になり易いところへ、行かれるのかな。

兵隊さんたちは、今のあの体たらく、次代さえどうにもならないでいる今上夫婦に、慰霊に、来て欲しいかどうかは、わかりませんけれど。

もしも、旧いタイプの日本人だった兵隊さんが、立派でなく行きやすくも無く、絵になりやすくもないような、あの島の、どこかに、誰にも気にされないまま今も「おられて」、日本の天皇が来ると。風の知らせに聞いたりして。

もしもお会い出来たら、

など、ときめいたりされて。

待ったりされて。

やっぱり、70数年間、ひっそりと忘れ去られたまま「そこ」にいるしかなかった自分のところへは、

おいでではないよ、なあ。

と。

何とも言えない思いを、胸に抱かれたりは、しないだろうなあ。

寂しい気持ちに、なったりは、されないだろう、なあ。

そうだといいなあ。

辛いです、勝手に、思えば。

きっと一か所しか、おいでにならないでしょう、両陛下は。

花だって、捧げられるのは一か所ですよね、きっと。

お洋服は何度も着替えられてもね。


たまたま、その日のその空を、鳥が一羽、ふうわりと飛んだりして・・海の上を鳥が飛んで、は、珍しいことでもありません。

皇后とかいうおひとが、空を見上げて、まあ、とか、つぶやいたりして。

あの鳥。

ここで亡くなられた兵隊さんの、魂かしら。

なんぞと、人に聞こえるように、つぶやいたりして。

そういうの、すっごくイヤだなあ、わたし。

大相撲を見に行かれて(オペラやピアノばかりぢゃないのよ、日本の国技だって見ますのよ・・・)、テーピングしている力士を見て

「けがをしている方がおられるのですか」

とか「心配なさった」という、かまぼこオトトなミテコさま。

いかん。抑えていたのに、怒れて来てしまいました。






両陛下の、1月下旬にどうしても行くのだとという「フィリピン慰霊」の旅。

慰霊碑は宿泊先のマニラから、約70キロ離れた場所にあるといいます。どのへんでしょう。

見当ついてますが。

移動には海上保安庁の巡視船が搭載するヘリコプターを使う予定。だそうです。

移動はヘリコプター。でも、それは、海保の巡視船に搭載されている・・・国防のための大きな船、また、使われるのですね。

また、あきつしま、お使いなのでしょうか?

国防のための船を、使わないで下さい。


今上陛下は、しゃきっとして、お一人で、決然と、靖国へ参られたい。

すくなくとも公平公正、天皇の「慰霊」がなされると信じます。




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7 Comments

カタリナ  

KUONさま、お久しぶりにコメント致します。夜分遅くにすみません、私は明日はお休みにて夜更かしをしておりました。
大変遅れましたが、明けましておめでとうございます(笑)

フィリピンと聞いて。
小野田寛郎さんがお亡くなりになって、もうニ年かと。 その夜のNHKにて、今は降板された大越キャスターが 翻弄された人生か何か分かったようにまとめた言葉が心底嫌でした。

我々は靖國で会おう、と言って散ったんだ、と言っておられました。こちらはyoutubeで観ました。
天皇陛下には靖國に来ていただきたい、(出来なければ総理大臣に)、とも言っておられました。

ご帰国の時は私は未だ生まれておらず、でも、視聴率が大変な事だったと知りました。天皇陛下が知らぬはずはない。

そして、還られ、
英霊の言葉を代弁された。

それを裏切った。

靖國で会おうって言ったのに 勝手に変えられちゃ困る、とも言っておられた。

何でしょう、この茶番。

2度、裏切った。


あの方々、一体 何でしょうか。

2016/01/14 (Thu) 02:19 | EDIT | REPLY |   

KUON  

・カタリナさん。

今年もよろしく、と、まずはご挨拶。(笑)。

夜分でも早朝でも、読ませていただくのは自分にそれができる時間なので、お気遣いなく。いつでもオケーです。

ね。

散って行かれた方々は、まことに信じたか否かは別の話、一途に「靖国で会おう」と、固く誓って、逝って下さったのですよね。

小野田元少尉のご帰国は、私の独身時代の最後の頃でした。

命令を下した人から言われなければ兵であることを止められない。との態度に、びっくりした覚えが、強烈にあります。もう、鮮烈な日本人でいらしたです。

今年も詣でたいと願っていますが、脚がどんどん思うようにならなくなって、団体行動ではご迷惑かけるので、行けるときに行けるように、靖国へ参りたいと思っています。

小野田さんのこと、陛下がご存じないはずなど、無いですよ。美智子さんには、サロンへ招いてお茶を共にしたい方では無いでしょうね。


>靖國で会おうって言ったのに
> 勝手に変えられちゃ困る、
>とも言っておられた。

このお言葉は、上滑りなものでない、本当の御言葉だったはず。

でも、帰って来た国は、小野田さんの目に、どんな風に写ったんでしょう・・・えらそうに言えない、自分も、満開のお花畑の住人でした・・・

茶番。それですね。笑いごとでは無いですね。

>今は降板された大越キャスターが
>翻弄された人生か何か分かったように
>まとめた言葉が心底嫌でした。

↑ こういうことが、こういうことだけが、いっぱい、あるのですね。

今日の歌会の皇后さんのうたも、そうでしたよ。

2016/01/14 (Thu) 22:48 | EDIT | REPLY |   

カタリナ  

おはようございます

KUONさま

今日はお休みではありません(笑)
歌開始の事を伺い、探して観ました。
春の手習い、を、詠まれた大林しずのさん、書道の先生をされているとの御方の、きっと美しい字を書かれるんだろうなあと お作を目でもみたくなったのですが〜たおやかでお優しげな、着物がよくお似合いの美しい御婦人が出ておられ。
その方がちょうどインタビューを受けておられて、「宮内庁から電話をいただいて以来、緊張して夜も眠れませんでした」とされながらも、 「うたは 身の丈を 決して超えませんから、これからも 日々コツコツと励んでまいります」と 仰っておられました。

まさに、そうなのだろうなぁ、 と 思いました。

身の丈を超え、 如何にも美しく素晴らしげに仕上げたもの

何か そこはかとなく、、、、あるいは 思いっきりの違和感を感じるものですね。

日々コツコツと 小さな事に 心込め、励みつつ 、私も 等身大に下手な歌を詠んでみようかと おもいました。 技巧に凝らずとも、それが先ずは何よりと、、、感性も日々の生活なれば、、、と思いました、佳き歌の記事を有難うございました。

ええ、夕茜とか あまたの人失せし、より、よほどよかったです、一般の皆様のお歌。 地球に撒かれた種も、若き友情も、お子様のご成長の側の金木犀も いずれも 等身大の佳き日々の煌きをお裾分けいただいて じんわりと幸せな気持ちを頂きましたので、それで十分に満足でしたので、最後の3つ、4つは文字だけで お腹いっぱいになりまして、よく観てないのですけれど(笑)

身の丈いっぱいに 今日も頑張ります、有難うございます!

2016/01/15 (Fri) 08:04 | EDIT | REPLY |   

カタリナ  

追伸

小野田少尉さまの、晩年の、白髪の紳士になられながらの穏やかなお言葉が

語気荒く強調されたものでなくとも、我々の心にすんなりと入ってまいりますのも

きっと、小野田さんの等身大の御言葉であったからだろう

と、思います。 戦後生まれの私達にも届く散っていった仲間を思うお気持ち。

逆に言うならば。

その言葉が通らない、心にとまらない、無視できちゃう方々って、一体 何でしょう…… (絶句) ですね。

2016/01/15 (Fri) 08:18 | EDIT | REPLY |   

白熊ビーバー  

あきつしま

いつも拝読しております。
両陛下のフィリピン訪問、本当に呆れるやら腹立たしいやらで。
海上保安庁のヘリで移動ですか・・・。
・・・。
・・・・・・。
頭の悪い私ですが、どう考えてもおかしい。
身近な者が保安庁勤務なので話を聞きますが、(勿論全てを話すわけでは無いです)世界最大の巡視船をホテルやタクシー代わりに派遣することによる弊害は甚大です。
改造費用負担等により予算が減り、保安庁が多数保有する船のメンテナンスも必要十分にできていない状態です。
陛下は日本国の海上警備をどのようにお考えなのでしょうか。
昭和帝はきっと嘆かれているでしょう。

自己満足の為にごめんなさいと頭を下げまくる外国慰霊の旅ではなく、英霊への感謝の気持ちで靖国にお参りいただきたい。切に切に願います。

2016/01/15 (Fri) 12:49 | EDIT | REPLY |   

KUON  

おはようございます。

お返事遅くなりました。


・カタリナさん。

>うたは身の丈を越えない。

すてきなお言葉ですね。そして女性方はみなさま、着物姿でした。威儀を正して、という感じでした。無帽で出て来るような、単なる毎年の行事の一つ、の方とは思い入れが違います。いや、皮肉でなく。(笑)。アテコスリです。

背伸びは続かなくて、足元ぐらぐらしますものね。

>日々コツコツと 小さな事に 心込め、励みつつ 、私も 等身大に下手な歌を詠んでみよ>うかと おもいました。 技巧に凝らずとも、それが先ずは何よりと、、、
>感性も日々の生活なれば、、、と思いました、佳き歌の記事を有難うございました。

うたを詠み始めると、普通の暮らしの中に見えて来るものが沢山になります。

小さな花が咲き始めた、だけでも、こころ楽しくなる。

苦しい辛い時は、本当にうちひしがれた時は別として・・・でも、えらいこっちゃ、のさなかにも、ひどく醒めた目で、自分の現状を観察してしまっていることがある・・うた詠み症、重症ですね、それ。そういう風でなくても、まだ血の噴き出しているさなかのような痛みでも、うたの目で見てみると・・客観的に見ることができると、救われることも多い気がします。いっときでも、救いを望んでうたに依る方が、とても多いのは、嬉しい楽しいより、苦しい悲しいことの方が、多いからではないでしょうか。

愚痴や泣き言も出せば軽くなるのは事実ですが、一歩すすんで昇華されてうたになることは、社会的にあるいは他の面でも無力な人間にとっての、喜びになってくれます。人のほとんどは、無力な人間ではないでしょうか。

下手とか。歌会始の儀に選ばれた方々はほとんど、独学で、と紹介されておいででした。作りたい、できた、で行くうちに、自分でわかって来ることがほとんどの気がします。いろんな実作のための本も出ています。とにかく、見て、感じて、書きつけてみる。カレーを作って寝かせておくように、放っておいて読み返してみると、ふと、ここはこうかな、とか、別の言い方あるのでは、とか。目の前が明るくなって来ることあります。

教室とかもあるようですが、いちばん初めのハウツゥを教わるにはいいかも。でも、何より指導者との相性が大切、そして難しい。

少なくとも生徒に嫉妬しない、邪魔しない、押しつけない強権をふるわない。あたりがパスなら、初心者時代には、聞きやすい「せんせい」がいて下さると心強いでしょうけど。

好きなうたをたくさん読む、そのうち、万葉集へ入って行くと(好き好きですが)人間への愛おしさが沸いて来ます。

古今和歌集なども古いですが、このように、セレブ達の言葉遊びに徹したうたもあります。絢爛豪華、技巧の限りを尽くしたような。

しかし、これもまた、水面下では真剣勝負の「遊び」。日本語の自由自在なありようを、楽しめると思います。

でがけに夢中で書きました。

うた、始めて、できればつづけて下さいね。


これにて。






2016/01/18 (Mon) 08:31 | EDIT | REPLY |   

KUON  

・白熊ビーバーさん。

お返事遅くなり申し訳ないです。

今回は「巡視船に搭載のヘリコプターで慰霊の場所へ移動」といわれているのです。手術室をまた作って、なども言われていない。前回のが残っているか・・・ノン。前回のは、終わった後で元に戻した。

どんな風に行かれるのかな、今度は。報道はソフトに。こういう(白熊ビーバーさんやKUONみたいに)

海保の巡視船はタクシーや、もしやの時の改造救急車じゃな~い、と、さわぐ人間がいるからかな。(笑)。

慰霊するなというのではないです、ただ、行き当たりばったりみたいに、大金使って行かれるのはなぜか、です。

行きたいから? この疑問形が、皮肉でなくホントだから、こわいんです。

数えきれないくらいさまざまな地に、運ばれて行って置き去りにされた日本兵の終焉の地がある。そこ、ぜんぶ、行けないでしょう。

兵隊さんたちは、靖国で会おうと、出征された。

靖国へ参られれば、隔てや漏れの無い慰霊が成るのではないか。

宗旨が違うとか靖国なんかアカンベーだとか、そういう話は別にして、添うm考えるだけです。

もうホントに、いいかげんにして頂きたいです。

>自己満足の為にごめんなさいと頭を下げまくる外国慰霊の旅ではなく、英霊への感謝の>気持ちで靖国にお参りいただきたい。切に切に願います。

同感です。

海保のメンテ予算があやしくなるなんて、徘徊旅行のせいで、これをこそ、本末転倒というのではないか。

怒れてしまいます。でも行くのよね、厳冬の日本から、現在の気温27~28度だと言う、フィリピンへ。あ~あ。」


2016/01/18 (Mon) 14:45 | EDIT | REPLY |   

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