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返事の中までKUONです。

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冬歌

クリスマス・イブです。

娘家族の夕食を用意してから(今日も夫婦は仕事に出ていたので)夫と、用に出て、さっき帰りました。

町には人の数少なく、道路にも車、少なかったです。

きんきんに寒い夜で。ホーム・クリスマスの方が多いのかしらね、などと、話し合いました。

ホームの無い方には、寒さも一層きしむ夜かしら・・・。

いま、午前0時ジャストです。メリー・クリスマス。クリスチャンではないけど。

・・・出先で美味しいケーキをいただきました。

シェ・なんとかという、有名なパティシエの店のケーキだとのことで、ほのかに上品な甘さ。

とても美しいケーキでした。照りのあるチョコレートでコーティングされた上に、銀箔で、雪景色が描かれていたんです。美しいものはいいな・・・。

震災前の、陸前高田とか気仙沼などの写真を見せてもらい、現状を見ていないから比べようは無いものの、この辺は全く変わってしまっているよ、と聞かされて、なんとも言えませんでした。

なんともいえないことが、たくさんありますね。現実があまりに凄まじくて・・・。

地震はこわい。

小さな店を営んでいた頃、奈良市の、ならまちという古い町並みの一角にあった、オリエント・・という魅力的な店を、任されていた女性と、懇意になりました。よく喋っていました。

オリエント・・は、狭い間口に、びっくりするくらい奥に深い・・長い・・うなぎのベッドルーム・・町屋を、改造して、様々な珍しいものを扱っている店でした。

ペルシャの涙壷、などというものもあった。文字通り、涙を溜めておく壷なのです。

高額・高価なものもあったと思うけど、私は、雑貨ばかりが目について。

店を入って奥まで進む途中に、井戸がありました。びっくりされるでしょう?。井戸はフタされていましたが、フタの上に、ちょっとした花が一輪。いつも、とても可愛い花がいてくれました。

井戸の上方に天窓があり、明かり取りのその窓から、濃いブルーの青空が見えたり、静かな灰色の空が見えたりしました。

憧れですね~。天窓。

そこのオーナーさんは、日本人ではありませんでした。高いカギ鼻の、ブルーグレーの瞳の、異国の方でした。

骨董や美術工芸品に鋭い目をお持ちの方のようでした。

ご自宅が、兵庫県の芦屋にありました。

阪神大震災が起こり、家が潰れたということではなかったものの、精魂こめて収集された美術工芸品が、激しいダメージを受けてしまった、ということで。

傷心のオーナー氏は、ほどなく日本を離れられました。

私の大好きだった、日本間は古い町屋の高い天井、おもむきのある欄間、他の部屋には青いビーズや赤いガラスの珠、精密な模様の古いタイルもあったし、どこを見てもいつ見ても心の躍った、あの素敵な場所は、持ち主が海の向こうへ去ると同時に、まったく雰囲気の異なる場所に変わってしまった。

小銭を握り締めて、何か小さなモノ、見つかるかな、と訪れる楽しみも無くなってしまいました。任されていた彼女は、職を失いました。私学へ通う高校生と大学生のお子がおられました。

ほんの、ほんの小さなエピソードです・・・。


sarahさん。

お久しぶりに、来て下さいまして、ありがとうございます。

「出られなかったんだ」と悲痛につぶやかれた・・叫ばれたのかな・・・記憶が無い、すっごく悲しい予感で、固まっていましたので。
何ヶ月もの間、あの方は、わけもわからず放り出して逃げなければならなかった自分と、置き去りにされた牛の気持ちのことを、考え続けておられたのでしょうね。

立ち入り禁止区域の中には、野良ダチョウまでいると聞きます。

豚も、野良になって、グループ行動していたり。豚は雑食だし比較的体も小さいので、生き延びられる確率も大きいと聞きました。もう、悲しいから言いたくないけど、出られない牛は、ね。

去年、やさいさんの所で紹介しておられてDVDで観た「牛の鈴音」だったと思いますけど、おじいさんとおばあさんと牛の映画を、何度も思い出していました、ここ何ヶ月。

あの牛は、ニンゲンらしく、と言うのも変ですが、牛らしく幸せだったよなあ、と、思って。

最後、土に埋めてもらって、その土饅頭がだんだん低くなって行って、春には花が咲いた・・・。

違いすぎるよなあ、と、こうして書いていても・・・言いたいことはあるが、言葉にするのは辛いので。

よろしければ、また、また、コメント下さい。

小出裕章先生の仰っていることも、一緒に聞いてください、、一緒に聞きたい、と、思うのですが、そうしてどうなる、という気分に、やや、浸され過ぎてもおります。なかなか、以前のように、知ってください、聞いてください、と、ご紹介する気になれないでいます。

自分自身は、生物学的にも、もう細胞分裂も鈍いだろうし、自分自身は、怖いとか恐ろしいとか、は、無くなりました。あっちもこっちもあれこれ問題が、無くは無いが、だましだまし、なんとかそれなりのところまで、行ければ十分、と思う。

イスラム教徒ではないが「インシャラー」です。神の思し召しのままに。なるようにしかならん。

でも、この国には、今幼いいのち、これからこの国に生まれて来てくれるいのちがある。

それだから、胸が、ざわざわしてなりません。

元気、出さなくては、です。ファイティン!。


山イチゴさん。

そうですね。

自力で歩けるが、わたし、ペンギンのよちよち歩きです。身軽にわが身を処せません。

幼い孫を連れて外出するとき、頭の中でいつも、シュミレーションしていました。今もです。

誰かが急に、して欲しくないことをしかけて来たら、とか。どう守ってやればいいか、とか。

バッグの中にいつも、コロンの小さなびんを潜ませています。イヤなものを持って襲い掛かってくる人に、その目に、しゅっと吹きかけてやろうと。のったりの私に、それが可能かどうかは解りませんが。

席も、出来る限り、次の車両に近いところに取ります。いざという時には、この子だけでも、隣の車両に送り込もう、とか。

笑われそうですが、本気です。言っておられるニュース、私も気にかかりました。三月の東北で、障害のある方が、、そうでない方の倍、亡くなっていたと。

逃げられなかったんだろうな。

山イチゴさんの宣言、ご家族にも辛いものだったでしょうね。でも、だから、平和ぼけのこの世で、お互いが大切になり合う、という面も、あると思います。いいご家族をお持ちですね。






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  1. 2011.12.25 (日) 02:36
  2. URL
  3. ディラン
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御姉様メリクリ♪( ´▽`)

大変ご無沙汰しておりまするm(_ _)m

テレビ…観る時間なかったけど
観なくて良かったかも(ーー;)
また眠れなくなりそうだもの(>_<)

いや12月…

師でなくても、愚母は走っておりますf^_^;)

強迫性障害の長女が
このところ、エラく不安定でして(汗)

ヒステリックになりだすと
包丁を持ち出して、家を飛び出したりします(>_<)
カウンセリングの先生が仰るには
私の気を引く甘えだそうで …

確かに、大騒ぎはするものの
実際にそれ以上のことはいたしませんし
私が仕事に出ている時間に
自殺したりもいたしません( ̄▽ ̄)

しかし、そういう事に振り回され
ヘトヘトなのは事実です。

あ、愚痴はこの位にして本題f^_^;)


ゼオくんと活性炭を補充したいです。
前回と同じくらいで…

活性炭100個とゼオ君10キロで
お願いしますm(_ _)m

忙しいけど…ヘロヘロですけど…

ベランダの水まき頑張ってま〜す??


  1. 2011.12.25 (日) 09:54
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

メリークリスマス

kuonさんv-255

メリークリスマスv-25v-480v-354

辛いこの1年でしたが、

kuonさん、やさいさん、皆さんと

こうして繋がることで大きな力を戴きましたv-352

私のできることを一所懸命やるしかできなかったですが

これからも、そうしていきます。

あと少しこの1年を静かに振り返りながら

怒涛の年末を乗り切って

新しい新年を迎えたいと思いますv-481

素敵なクリスマスをお過ごしくださいねv-410
  1. 2011.12.25 (日) 13:04
  2. URL
  3. 山イチゴ
  4. [ edit ]

メリークリスマス
私も無宗教ですが小さな頃、サンタクロース来なかった…でも一年間だけ通った保育園年長組クリスマスの朝不二家お菓子セットが
ただ一度。
私嬉しくて父ちゃんに「サンタさん、どこから入ったん?煙突無いよ?」「父ちゃんが鍵開けといたからな」とベタな答えませガキ私は
クリスマスの嬉しさに追求しなかった。
お姉さん、我が家は天窓ありました!長屋の真ん中で暗い。窓開けても壁…長屋が製糸工場改造した珍しい迷路の様な所、我が家は家賃が一番下と思う。
朝、目覚めると空が見えるの、雲が流れるのも雪が降ってるのも見える私は大好きだったよ。
今朝、我が家にサンタクロースが来た
はまやさんから「アンコウ」とようこさんの気持ちが詰まった箱、開けると海の香り…茨城の海の香り
嬉しくて泣きました
悔しさや悲しさは歯を食いしばって泣けないのに、優しさに触れると弱いんです
お姉さんの言葉にポロリ、やさいさんの言葉にポロリ、コメントされてる方、やさいさんの部屋の方々にポロリとしながら今年は大切な出逢いの年でした。
私の中の大きな氷が少しずつ溶ける音が聞こえる年でした。
大災害に言葉も無く、上に立つ方の無力さに未来を背負う子供達を案じ考えた一年間でした。
お姉さんの孫を守ろうとする姿は、私の婆ちゃんと同じダァ婆ちゃんの一生懸命の想いや姿は見て孫は我が身を守る、自分より弱いものを食いしばっての心を覚えるのです。親の子供を想う心と形や深さが違うことは実感としてわかる。私は親として、子供達の未来を守ろうとするでしょう。お姉さんこれからもお互い一生懸命生きて少しでも長く見届けましょうね

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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