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ドントムーブ。




昨2015年6月、フィリピンのアキノ大統領が国賓として来日され、天皇皇后両陛下主催の歓迎晩さん会が行われました。

成年になられた秋篠宮家の内親王・佳子さまが、初めてこういった席に、と、明るい華やいだ話題になりました。

まさこさんも出て来ていましたが、佳子さまと別の意味での話題になっていました。

独身でいらして単独での来日の大統領閣下を迎えるに、皇后さんがずっと、陛下とペアで行動しておられ、かつ、今より半年前のこの時には、ロングドレスの足さばきも軽やかにすたすたと歩いておられて、動画を見ながら、これも話題だよね、と、鼻、フガフガと笑っていました。


晩餐会の冒頭に天皇は、けっこう長い挨拶を読み上げられました。一番最後に一応、全文、コピーさせていただいて置きます。

長い挨拶をかいつまめば、↓ 下になると思われます。

アキノ氏の、このことに対する態度は簡潔にしてさっぱり、すっきりと前を向いて、さまざまな問題も多いであろうお国の大統領として、「今」を生き、今を考えて行動なさっているのが、よくわかったのでした。


国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領を歓迎する天皇、皇后両陛下主催の宮中晩餐会ばんさんかいが3日夜、皇居・宮殿で開かれた。



 天皇陛下は冒頭のあいさつで、先の大戦時にフィリピンで多くの国民が犠牲となったことに触れ、「私ども日本人が深い痛恨の心と共に長く忘れてはならないことであり、戦後70年を迎える本年、犠牲者へ深く哀悼の意を表します」と述べられた。


 これに対し、アキノ大統領は「過去に経験した痛みや悲劇は、相互尊重や尊厳に根ざした関係構築に努めるという貴国の約束によって癒やされてきました」と英語でスピーチした。


こういうことだったと私は考えています。


・・・・・・・・・・・・・・・

日本の皇族が対外的になすべきことは、皇室が皇室らしく健全に機能していて、国の象徴である存在として、温かく気品に満ちた存在として「そこにある」ことを、見せて行くことだと、わたしは、それ以外には考えられません。

慰霊を思われるなら、皇室の方としてのやり方で、黙ってなさればいいんじゃないか。

天皇が天皇として存在していることが、人々の目に、それと見えることって、大切と思う。

いま、そうではないですからね、内廷皇族と呼ばれるあたりを包んでいる風景、感じ、匂い、何より現実、すべてが。

もう一つ、女性週刊誌の「セブン」最新号の記事に、何やら書いてあります、最新号からですが、ポストセブン、すべて出ておりますし、取り上げる時はわたし、お金出して買っていますから、お許しくださいね。

まず、セブン誌の、いったい目的はナンジャラホイ、の「宮内庁関係者」だけの内容を、以下に。

引用させていただきながら突っ込むなんて失礼千万とはわかっていますが、記事中、我慢できなくなったら、赤字で突っ込みを入れさせていただきます。

・・・………………ポストセブンより。


 初春の青空が広がった1月2日、皇居で新年恒例の一般参賀が行われ、天皇陛下は訪れた人々に向かって、こうお言葉を述べられた。

「本年が国民一人ひとりにとり、安らかで良い年となるよう願っています。年頭に当たり、我が国と世界の人々の平安を祈ります」

 午前と午後に計5回、長和殿のベランダに立たれて参賀者に応えられた天皇皇后両陛下。前日の1月1日には早朝5時半の四方拝に始まり、新年の祭祀を立て続けに執り行われたが、両陛下はお疲れのご様子を見せられることなく、いつも通りの柔和な笑顔でお手を振られていた。

人として、ご高齢の陛下に「お疲れの様子を云々」とするのはわからなくもないとしても、陛下は唯一無二の「天皇」という立場の公人でいらっしゃいます。陛下の祭祀についてこういう言い方は「おかしい」とKUONは思っています。

 しかし、昨年12月23日に82才のお誕生日を迎えられた陛下にとって、さまざまな行事や公務がお体のご負担になっていることは間違いない。

 8月15日の全国戦没者追悼式で黙祷の前にお言葉を読み上げ始められたことや、10月に富山県で臨席された式典の最中に進行を確認されるという異例の行動を取られたことから、一部で“ご健康不安”も報じられた。

「私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」

 お誕生日に際しての記者会見で、ご自身の“年齢”についてそう言及された陛下。しかしその会見でもお言葉の途中で突如絶句され、“15秒の沈黙”が流れたことが伝えられると、陛下のお体を心配する声はますます高まった。

 一方の美智子さまも、頸椎症性神経根症による肩や腕の痛みに加え、昨夏には胸の痛みを訴えられ、心筋虚血による精密検査を受けられた。

「元日の新年祝賀の儀で、美智子さまは段差を上れずに立ち止まられてしまい、陛下が手を取られるというシーンもありました」

ええ、そのシーンありました。ティアラもブラもおつけにならず、堂々の人前ですので、堂々と足の動きにくいふりもお出来になられたか。ジョギングはしておられる?。意地悪言うてますが、言わせるのはあちら。はっきり申します、美智子さん。


 両陛下の公務によるご負担の軽減は、喫緊の課題としてあげられてきた。

「皇太子さまや秋篠宮さまも、折に触れて両陛下にあまり無理をなされないようにとお話しになってこられたといいます。ですが陛下は美智子さまとともに、生涯を賭して天皇としての努めを果たされようという強いお気持ちを抱かれてきました。

生涯を賭してと言われてしまうと、申し訳ない気分になって身がすくみます。

それと。秋篠宮殿下は「あまり無理をされないように」とか、思い切ったご発言として「定年制のようなものが」も、ありました。視線で、天皇であるが父君である陛下を慰撫しておられる場面も見せていただきます。

でも皇太子は、見守ってくれてありがたいとは言っても、お体その他に気遣いを見せたことは無いように思います。

一緒くたにしないで欲しいな~。


 ところが最近になって、陛下自らが、今後公務の数を減らしていこうというお考えをお持ちになったようです。1月26日からのフィリピンへの公式訪問を区切りにされるおつもりのようで、皇太子さまと秋篠宮さまにも、公務を順次引き継いでいくことを伝えられたそうです。長らく陛下のお体を気遣ってこられた美智子さまも、その“お約束”に大変安堵されているといいます」(前出・宮内庁関係者)

 今回のフィリピンご訪問について、両陛下は当初、2015年内に実現されたいというご意向だったという。

「フィリピンのアキノ大統領から招待を受けたのは昨年6月のことでした。通常、両陛下の海外訪問には事前調整に多大な時間を要しますから、年内というのはかなり難しいことでした。そして、両陛下はそういった事情を充分おわかりになっていたはずでした」(前出・宮内庁 関係者)

アキノ大統領の「招待を受けた」

そうなんですか?。

わかるお方はわかって下さい、アキノ氏がそうだと言う訳ではないが、社交の場では「ぶぶずけ」辞令もありますやん。

やわらかいお言葉を、遮二無二自分中心に信じ込んで、行く、行きますとも、這ってでも・・・

行きたいんでしょう、つまりは。

行って欲しくないです。

ご迷惑かけそう。

あの皿帽かぶってマントスーツ着て、あちら様は現職のご多忙な方、来てあげましたよ~って、行かんとって下さいよ。

海、危険です。きな臭いですよ、世界は今。それと、あの国防用の巡視船、徘徊用に使わないで下さいよ。


 先の大戦で甚大な犠牲を被った地を一刻も早く訪ねたい、という両陛下のお気持ちの強さは想像に難くない。それにしても、なぜ“強行スケジュール”ともいえる年内の訪問にこだわられたのか。

「年内に訪問が実現されれば、2016年の年明けとともに“公務を次代に引き継げる”というお考えがおありだったのではないでしょうか。戦後70年という節目の昨年を、一つの契機とされたかったのだと思います」(前出・宮内庁関係者)

                                  女性セブン2016年1月21日号

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

んで。両陛下が「招待されたしぜったい行く」って、それは、以下のことでしょうかしら?。

大統領は、誠実に普通に会話をされただけと思われますが。


 国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領にお別れのあいさつをするため、天皇、皇后両陛下は5日午前、大統領が宿泊する東京・内幸町の帝国ホテルを訪問された。

 国賓の離日前に行われる恒例行事で、宮内庁によると、約20分の懇談で大統領が「素晴らしい歓迎に感謝します。両陛下にフィリピンにお越しいただき、お返ししたい」と語ったのに対し、天皇陛下は「そのようなお気持ちに感謝します」と応じられたという。

 両陛下がホテルを去られる際、大統領は「どうもありがとうございました」と日本語でお礼をした。

2015年06月05日 Copyright © The Yomiuri Shimbun



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨年6月、宮中晩餐会での陛下の挨拶全文。


 皇居・宮殿で3日夜、フィリピン大統領を招いた宮中晩餐会(ばんさんかい)が開かれた。天皇陛下の「おことば」は次の通り。

     ◇

 この度、フィリピン共和国大統領ベニグノ・アキノ三世閣下が、国賓として我が国を御訪問になりましたことに対し、心から歓迎の意を表します。ここに、今夕を共に過ごしますことを、誠に喜ばしく思います。

 貴国と我が国の人々の間には、16世紀中頃から交易を通じて交流が行われ、マニラには日本町もつくられました。しかし、17世紀に徳川幕府はキリスト教を禁じ、鎖国令を出して日本人の外国への渡航、外国人の入国を禁じました。そのため、キリシタン大名であった高山右近と内藤忠俊は、徳川幕府により、日本人キリスト教徒と共にマニラに追放されました。本年は、高山右近がマニラで病没してから、ちょうど400年に当たります。我が国は19世紀半ば、鎖国政策を改め、諸外国と国交を開くことになりました。20世紀初頭には、多くの我が国の人々が貴国に渡り、両国民の交流は盛んになりました。

 しかし、先の大戦においては、日米間の熾烈(しれつ)な戦闘が貴国の国内で行われ、この戦いにより、多くの貴国民の命が失われました。このことは私ども日本人が深い痛恨の心と共に、長く忘れてはならないことであり、とりわけ戦後70年を迎える本年、当時の犠牲者へ深く哀悼の意を表します。

 戦後、1956年の国交回復から今日に至るまで、両国は、共に手を取り合い、友好関係の増進に努めてまいりました。今や、約1万8千人の日本人が貴国に住み、20万人を超えるフィリピン人が我が国に滞在しております。その中には我が国の福祉施設に勤める人々もあり、高齢化する社会の中で大変重要な役割を担ってくれています。私どもが福祉施設を訪れた時、介護に当たる人々の中にフィリピンから来たと紹介される人もありました。

 我が国の青年海外協力隊は発足した1965年から間もなく貴国において活動を開始し、今までにその総数は1600名近くに達しています。近年、経済、文化、そして人の交流など幅広い分野で両国関係がますます緊密になっていることを、誠に喜ばしく思っています。

 今から53年前、当時皇太子であった私は、ガルシア大統領を国賓としてお迎えしたことに対する答訪として、昭和天皇の名代という立場で、皇太子妃と共に、貴国を訪問いたしました。その時、マカパガル大統領御夫妻を始め、貴国国民から温かく迎えられたことは、忘れ難い思い出となっております。また、カヴィテにアギナルド将軍御夫妻をお訪ねし、スペインとの独立戦争に勝利し、1898年フィリピンの独立が宣言されたバルコニーに将軍御夫妻と共に立ったことは、誠に感慨深いことでありました。

 1986年2月、閣下の母君は、大統領に御就任、その年の11月、我が国を国賓として御訪問になり、私は皇太子として、大統領をお迎えいたしました。その後、1989年2月の昭和天皇の大喪の礼、翌年11月の私の即位の礼にも、御列席いただいたことに深く感謝しております。

 閣下は、2010年の御就任以来、我が国を度々御訪問になっていらっしゃいます。2011年9月には東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市を御訪問になり、復興のための義援金が贈られました。このほかにも貴国からは、緊急物資や医療チームの派遣など、様々な支援を頂いております。また、昨年6月には広島市を御訪問になり、平和記念公園の原爆慰霊碑に献花をなさいました。我が国に対する温かいお気持ちに対し、心より感謝の意を表します。

 閣下が、御就任以来、国民の声に真摯(しんし)に耳を傾け、貴国の平和と発展のため、貧困対策を始めとする諸課題に献身的に取り組んでいらっしゃることに、深く敬意を表します。また、我が国との関係強化に意を用いていらっしゃることを心強く思います。この度の御訪問が、両国の相互理解と友好協力関係の一層の発展に資する、実り多いものとなることを切に願っております。

 ここに杯を挙げて、大統領閣下の御健勝とフィリピン国民の幸せを祈ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

認識の違い、相違、乖離。というもの、考えます。

セブンポストの記事が、何を言わんとしているのか私には、わからないのですが、皇太子と言う立場の意味も意義も、わかりません。

ぜんぜん、皇太子ではないじゃん。名前だけじゃん。

その皇太子「と」秋篠宮殿下。並列に言わないで欲しい。皇太子は機能停止しています。

名前だけどかんとあるままだから、やりにくいったらないと思う。

大事なことがいっぱい、油もさされずメンテナンスもなされず、頑張る方々のお力をのみアテにして、の状態になったままという気がします。

こういう状態は、考える力がおありで、思案する心をお持ちで、実際に動かれる時の制約はけっこうものすごくあってしまって、よく出来て当たりまえ、とされてしまいがちであるお立場の、ご当人には、本当に大変だろうと。老婆心。

KUONは「老婆」の自覚に遠く呑気に生きておりますが、実際に大変なお立場をおつとめのお方を拝見しているしかない身ですので、時にしばしば、老婆心が、もくもくと沸いてしまうのであります。

神さま、まっとうなご皇族を、どうぞどうぞ、お守りください!。

両陛下は、ドントムーブ。






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