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今日も元気でいましょうね^^

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うた日記   Ⅷ





かの年のうたメモより                         


水仙の新芽を庭に数へゐて呼ばれて知りぬ天皇の訃を


暁方に息絶えられぬ天皇は 容体報道にわれら馴れし頃


天皇が崩御されしといふニュース寝間着姿の吾子と観てゐつ


子や孫に見守られいたく安らかに昭和の天皇一生(ひとよ)を終へしと


天皇の臨終までを報じつつ侍医長の舌ときにもつるる


根本的治療を敢へてはせざりしとふ病みて苦しむ老天皇に


病ます身の下血の有無まで報じられ生きたまひたり「天皇」なれば


手鏡に映して月見をされしとぞ抒情的なる記事もありたり


事あればただ一色になだれゆく国民性か昭和が終はる


大正に生まれ昭和を生き抜きし母の虚心に陛下を悼める


わが子らは如何なる元号の下に生く昭和の最後のひと日黙せり


日の丸の赤がかなしく目に滲むを崩御悼みて半旗は垂るる


天皇の崩御畏み正月の祝花除きて白菊を活く


朝まだき昭和の御代の終り告ぐ六十四年一月七日







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5 Comments

ぶんこ  

昭和天皇陛下

KUON様
昭和天皇陛下の御崩御のお歌をありがとうございます。

姿勢を正して一首一首拝読する毎に目を閉じて昭和天皇陛下のご尊顔お姿を思い返しました。
今宵は平成元年以降の事は考えますまい。

折から、「昭和の名曲大全集‼︎」という番組で懐かしい昭和の歌謡曲が流れています。
我が家は全員昭和の(若くない)人間です(笑)
当時の流行歌に大喜びで、調子っぱずれのくせに合わせて歌っておりますσ(^_^;)

昭和の時代は、高度成長に伴う、社会も個人も熱いエネルギーが迸った時代だと(受け売りです)思います。
何事もスローペースの私は、世間について行けない負け組となりましたが、昭和期に憧れ夢見て得られなかったモノは、却って私の感情の泉を豊かに増やしてくれたような気がします。
その昭和の頂点に天皇陛下がおわしたのです。

KUON様、昭和天皇陛下の祥忌のお歌を読ませて頂きありがとうございました。
長文乱文申し訳ございませんでしたm(__)m

2016/01/07 (Thu) 22:05 | EDIT | REPLY |   

あさき  

27年ですね

KUON様、

27年ですね。
先帝陛下が崩御されてから。

当時、大学生になったばかりの私は、冬休みが終わる直前でした。
いつもなら、歌会始の日でしたから、何となく、家のテレビをつけました。
召し人の方が詠む節回しが雅で風情があるのが好きで、時間がある時には見ていたからです。

皇居の中らしい場所が映っていました。松の間かと思いました。
でも、いつもの歌会始ではない。
そうこうするうちに、昭和天皇が崩御されたというニュースが出てきました。

当時は、明治の末生まれの祖父と、大正生まれの祖母も健在でしたし、戦中生まれの両親も50代でした。
ちょうど、高雄沖で亡くなった大伯父がいることを、母から聞いた頃でした。
そろそろ成人式が近くなった頃で、親戚のこと、大東亜戦争のことが話題になることが増えていました。

天皇陛下とは、高貴な方であると共に、穏やかで、どこか親しみのある、おじじさまでいらした。

香淳皇后様も、昭和天皇のお側にいらして、何もおっしゃらなくても伝わってくるものを感じさせる方だった。
お優しい、どっしりとした風格のある、憧れのおばばさまでいらした。
おそれ多くも、「こんなおばばさまのようになりたい」、と、二十歳前の私は、秘かに憧れておりました。

頭の中身と仕事方面は美智子さんを手本に、心情は香淳皇后様をお手本に、と憧れていました。
その両方共を見事に兼ね備えた紀子様が秋篠宮様とご結婚されるのは、この後でした。

程なくして大学が始まり、全学生に喪章の黒いリボンが配られ、国旗と大学旗が半旗になりました。
大喪の礼まで、喪章と半旗は続いたと思います。

大喪の礼の日は、全国が休みでした。
大雪の、寒い日でした。

歌舞音玉の自粛という言葉を初めて知りました。
当日は、回顧的な番組やドキュメンタリーばかりの放送だったため、レンタルビデオ店が繁盛したとか。
私は、歴史大好きだったので、ドキュメンタリーを片っ端から見ていました。

社会に出てから、佐々敦行さんの本を何冊も読んで、大喪の礼の警備を最後に警察庁を退官されたこと、今上両陛下からは、佐々さんに何の労いのお言葉もなかったことを知りました。

今にして思えば、やっぱりね、でした。
今は昔となりしお話です。

2016/01/08 (Fri) 04:45 | EDIT | REPLY |   

結花  

ご崩御のおうた

昭和天皇ご崩御のおうたを ありがとうございます。
冬空の寂しさ・・静かな悲しみに包まれた日でしたね。
昭和天皇の凛としたお姿、皇后さまの気品ある柔らかな微笑みのお姿、まぶたに浮かびます。

このコメント、届くでしょうか。
1月2日の日記へのコメント、上手く送れず、その後こちらにアクセス出来ませんでした。
私のパソコンの調子が悪いのだと思います。
ご挨拶が遅くなり、ごめんなさい。
今年も宜しくお願い致します。

2016/01/08 (Fri) 17:33 | EDIT | REPLY |   

KUON  

No title

おはようございます。



・五十歳過ぎにやむなき引越しを二度。そのたびに大幅にまわりのモノを処分して、ありゃ、あれは惜しかったと今に思うモノがありますが。(笑)。自称うたメモは、捨てないで持って歩いたのでした。単に未練で持っていたのでして、物入れの奥に突っ込んで忘れていました。

どういうわけか、今度ももの捨てを断行するべしと引っ張り出した「うたメモ」を、まだ整理できません。

新しいうたまでいっぱい、書いてしまっているわけで。(笑)。

ムキになる性分のわたしが、がんがんとうたを書いていた、ぶつっとそれを途切れさせた、そんな時代の、いわば、表には出て来ることのできなかった、

うたの水子たちのように思います。

こうして表に出して来て、面映ゆいですし他の思いもありますが、水子たちはやはり、喜んでいるように思います。

それらを、こうしてお読みいただけることが、嬉しいことです。有り難いことですよ。


仰っているその歌番組は、私も横から見ていました。

昨年大往生した、親のように接してくれたいた叔母が、裕次郎の大ファンで、葬儀会場でも「銀恋」が流れていた。いとこたちの、日本の母]そのものであったで母親への、最後のはなむけだったのでした。

叔母のことも追憶しながら、若くてかっこいい裕ちゃんを見ていました。

いい番組でしたね。私も唄うの大好きです。

長々とすみませんでした。


いったんここで・・。


2016/01/09 (Sat) 07:34 | EDIT | REPLY |   

KUON  

No title

・あさき さん。

あの日のことは、ひとそれぞれ、いろんな風に残っていると思いますが、現役の大学生さんだった方から伺ったことは無い気がして、新鮮に読ませていただきました。ありがとうございます。

私は三十代後半でしたが、ヨメ業盛りの時期で、あれこれ人集まりの多い家で、周囲、おばちゃま指数の大変に高い環境におりました。

この数年後、うたとの別れをしました。


周囲からはいろいろ、学ぶことも多かったし、すてきな熟年女性たちもたくさん、見ました。

あさきさん香淳さまに憧れられた・・解る気がします。つくろわないお姿、ホント、皇后陛下、の感を抱いていました。

思えば美智子さんのあれこれの話は、あの頃、あれこれと聞いたような。けっこういいお家の出で、戦争やその関連のことで運命も変化した方も多く、元なにやら様、なども多くいま、あの皆さまとお茶やおべんと頂いていたあの場へ戻れたら、どんなにおもしろいだろうと、ふと思ったりします。

まさこなどは言葉も不要、一瞥で吹っ飛ばされるでしょう。

美智子さんのことも、トーク解禁になったりしたら、ものすごかったと思われる。あのひとはアーメンや、と、言われていましたしね。

正田家は、全く評価されていない・・はっきり言えば、ものの数には入っていないお家として、云々されていたように記憶します。私は口も慎み(ホンとよ)沈黙のままお花畑にいたわけですが、当時の自分のうたメモを見ても、何が何でも皇室「ばんじゃい」でなかったように思います。お花畑ながら、美智子さんは「変わったひと」の感がありました、そう感じては「ならない」のしばりを、自分に、強くかけていたのかな・・・。

ねえ。あの方、気取るだけ気取ってても一瞬でバレル、みたいな。変わった方と「親交を深められて」も、肝心の方には、礼もなさらず弔問にも行かず。

やっぱり「変わったひと」、美智子さん。カンは当たっていた???(笑)。




・結花さん。

何かパソの行き来にうまくつながらないことがあったようで。

お気を揉んでいただいたようですね。すまない思いがします。

まずは、今年も、どうぞよろしく、お願い申し上げます。

私のパソコンも、年末年始、グレたのか(笑)、言うこと聞いてくれなかったりしていました。

酷使していますから。いい子、いい子と、誉めてなだめて使うことにしましょう。

昭和の終った日の前後、2月終わりに近かった大喪の礼のうたなど、もう少し、書き記したいと思います。

思い出したことも沢山あります。

不遜ながら、このごとく「ご崩御」を悼む気持ちは、これ以降のことにはもう、おこらないだろうな、と考えたりしています。

秋篠宮殿下は、わたしより随分、お若いですから。そのうち立派な陛下となられ、幸せなご長寿をお保ちになられる、と、信じております。殿下。

2016/01/09 (Sat) 13:22 | EDIT | REPLY |   

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