今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

今日の思い。








おぐしを丁寧に撫でつけられ、この日は上着をお召しだった。

82歳のお誕生日だとて、何やら文書を読み上げられた。

上品でいらっしゃる。この方が天皇だと言われれば、ああそうでしたねと肯うこともできてしまう。

穏やかそうではあるが、しかし威厳を感じない。

温厚そうであることと、威厳に満ちていることは相反しない。

一人の人間の中にその両方を備えておられることは、高位にある人間に望んでもいいことであろう。

備えておられると疑わなかった過去も、私にはあった。


文書の内容は、あれは、何だったのだろう。

天皇は「先の戦争のことを考え続けた一年」であったとのたまった。

70年前に負けて終わった戦争が、現在に及ぼし続けているものについて(のみ)語った。

そう、書いてあったのであろう文書を、長く天皇職にある日々につちかった、抑制の効いた話ぶりで読んで行かれた。

大いなる惰性も、その身位の特徴ではあろう。

そのはずであったが、乱れた。

天皇の口調が、このたび一貫してなめらかであったと言えば、偽りになる。

お労しくも今上陛下は、幾度か、朗読の流れをつっかえさせられた。

それ自体は、責められるべきでない。ご自身で言葉にされた今年の幾つかのことと同じく、驚きではあっても、責められることでは無い。

こういった範囲の「ミスは」、云われなくていいと思う。

仕方のないこと、もっと言えば、後でご自身がお悔やみになられるかと、いたわしい思いが先立つ。

後でどなたかに責められないといいのに、とも、思う、そのようなことは無かろうけれど。

と、思うことにしておく。

とはいえ、天皇の談話としては異様だった。


陛下は、感情が溢れて、言葉も呼吸も乱された。

「あの戦争」に於けるあらゆる犠牲について、過ぎたことと通り過ぎることがお出来にならない。

当たり前だ。

戦争の惨禍を、通り過ぎることは、いけないこと。

忘れることも、いけないこと。

通り過ぎることも忘れることも、推奨してはいけないこと、悪いこと、人でなしなこと。

それは、大・正論なので、口から出したらあかん、こと。

でも正論を押しつけられると、こういうとき、辟易・・へきえき、という感情が沸く。



正論を、真正面からぶつけられて抵抗するのは、難しいこと。

それがしかも天皇というあたりから、なんと涙ぐむような激情のなかで発せられてしまうと。

白けるしかない。いや、黙りこむしか、できることは無いのです。

今上陛下は、ご高齢の方としては、まことにご立派でいらっしゃる。

「先の戦争」を考え続けておられることも、おそらくご立派なことだ。否定してはいけない。

否定することはできない。      にんげんだもの。


天皇としてはどうか。

あえて強いて、貶めるのは本意でない。

どう言えばいいのか。

ご自身の言葉を失っておられる。


初めからお持ちであったや否やは別として

感情が激して、天皇ともあろう方が、公人が、高齢のゆえもあるとはいえ・・・としとると涙もろくなる、天皇も庶民も、おんなじ、と言っていいのかな・・・声涙くだるおんありさまで、あれこれと悼まれた。

今も日本は迷惑をかけつづけている、大変なことである、もうしわけないことである。

胸が痛む、そう、嘆かれた。

陛下。

戦争の話を、もう、なさいますな。

陛下は、戦争に言及なさいますな。

言っても言ってもたどり着けない道です。


祭祀一途に、おつとめ下さい。

祭祀をされることが、唯一、天皇の道ではありますまいか。

世にただお一人の最高位の神官として、神事のみを、静かにお執り行いいただきたく存じます。

とつくにの民は、その国に於いて慰霊されておられるでしょう。

不遜ながら失礼ながら、そこ、足りないことのあろうとも。陛下が踏み込んで行かれることではありません。

この国の、慰霊をされるべき方々は、靖国におられます。

身を離れた刹那に、みたまは、肉体を離れて一心に、一途に、瞬時に、帰って来ておられます。

靖国で会おう、と、誓い合った方々は、早くとも遅くとも、契りを果たされた。

へそまがりで、そんなこと信じなかった方にだって、望郷の思いは、肉体を滅することで叶ったはず。

故国など恋わない人間だっている。その一人一人を論ずると、ことの焦点が大きくずれて行く結果をまねくこともある。

皇后と呼ばれるお方が、こざかしく、せせこましく、あくまで自分にわかり易い範囲の人間たちと「お心を通わせ合っておられる」、その、底浅い猿芝居のようになる。<皇后には大局という概念がおありにならない。

すくなくとも、このようなことを書きちらしているKUONよりは、解っておられない。「自分立派」なヒトにはわからない。

そのごとき者に、おつむを乗っ取られてしまわれての、あのありさまです、陛下。

美智子さんは、日本人の魂の問題について、ご自分の中に、確たる思いをお持ちでいられるかどうか。

それすら不明です。

たましいは自由です。そう考えています。

肉体は種々の制約に絡まれていても、がんじがらめでも、魂だけは自分のもの。自由です。

自分のものであり、自分を欲してくれる誰かのものでもあります。

苦しみ傷んだ肉体を脱ぎ捨てて、彼方こなたに飢えて渇いた兵の皆さま、

帰りたかった故郷へ、帰った方々がほとんどでしょう。

そこにようやく安らいでおられるでしょう。

国のため。と、教え込まれて。その御こころで。

後に続く国の人々のため、後の世につながる命のため、と。

薄っぺらいうす桃色の紙片に召集されて征かれた方々の、水漬く屍、草生す屍は、もうそこにはおられません。

靖国へお帰りになられました。

慰霊を、の強い(とおっしゃる)お気持ちは、陛下と奥方が靖国をスルーしておられるかぎり、宙に浮いたものでしかないと考えます。

そして

帰る故郷も傷ついた身を安らげる場所もお持ちにならなかった方々を、千鳥ヶ淵へお祀りされているのではないですか。

さまざまな方々、団体が、千鳥ヶ淵を大切にしておられます。

秋篠宮両殿下が。お若い眞子内親王様が、絶やさず、千鳥ヶ淵の慰霊碑に、深々とこうべを垂れて下さっておられます。

陛下は、祭祀を第一におつとめ下さいと。不遜ながら申し上げたい。


何より。

次代について、このたびもやはり何をもおっしゃりません。

なぜ、そんなことがお出来になられますか。

世界の平和も、国家の安寧も、国民の幸福も、お触れになられませんでした。

世界の平和は、自分たちの「慰霊」でまかなわれますか。

国家の安寧は、天変地異を嘆き犠牲となった方々を悼む思いの吐露でお済ましですか。申し訳ない言い方ですが、被災の地の皆さま、お察し下さい。

被災してしまわれた方々の生活がいまだ元通りに戻っていないのが悲しいと仰せですが、皇室の今がダダ漏れにしているのが目に見えてしまう、くだらないお金の使い方。

皇室費など取るに足りない金額である、という言い方は、皇室が、そういった「些細な」問題を凌駕する、他のものとは取り替えようの無い「値打ちある」存在であるとしたうえの、理屈です。

長男夫婦が何をしたと喧伝されようと、ひとの胸に響く、とどくものは、いまや既に何もない。

日本人は本来、うそ偽りを嫌う民族ではありませんでしたか。

ありがたさももったいない感じも無い、ただ珍妙で滑稽で浅ましいあの皇后とやらの服飾費の浪費を、この国に生きるみな、見せつけられている現状。

陛下の胸のお痛みに共鳴できる胸を持てないでおります。

しらじらしいということです。

そしてまだある、

「国民の幸福」。

国の民の幸福は?。

次代とされる機能不全の皇嗣の夫婦の、あの惨状。こうなってもなお、皇族らしく黙っておつとめをお続け下さる宮家のご一家がおわしまして。

ここに至ってな、皇室のこの先に光を見出したくている国民の、安心や得心や、それを思うことは、

ご自分たちの考えてあげることではない、

ですか。

次代は次代のやり方で。とは。

天地もひっくり返るような無鉄砲、無責任な思考方向
ではないかと。

それは実は、奥方の仰せのことであるとしても。

もう既に、奥方をお抑えになるさえ叶わぬ。

・・・奥方を抑えられるご主人が、この世においでかどうかは別として。


何をどう仰せになりましても、ありがたい、嬉しい心地の持てなくなっているお方の多いこと。


雨のせいにされましょうか。皇居における一般参賀の情景、見れば無常。

祝意を持って集まるはずの人びとの数が、あまりにも少なかった。

湧き上がるがごとき「天皇陛下ばんざい」の気配が、感じられなかったと言うもはなはだしく。

あのバルコニーのご様子の、なんとも貧相な輝きのないものであったこと。

多くは申しますまい。

秋篠宮殿下の、重厚感に満ちたまなざし存在感が救いと感じられました。

なるひと氏は、いま、もう、70パーセント。60パーセント、な感じ。そのツマには言うべきこともなし。

出て来て、ニタニタ、手を振っていた。何なのかあれは。場違い大賞。

紀子さまをもっと、皇族の 妃殿下らしい扱いを。と、思った。いくら豊かなお方でも、擦り減らしては申し訳がたちません。

優れた資質をお持ちの内親王さまを、圧迫して萎えさせてはならないと思う、心底、思います。叫びたいくらい、そう思う。

ほんとうに貧相な。美智子さんのことでもあります。

貧相だけなら仕方が無い。

仇をなすものです。害です。

好きとか嫌いで言うではない。

皇室に、皇室としてあっていただきたいのみです。

「先の戦争」で有形無形の悲惨を蒙った日本人、すでに亡き方々、その血縁、陛下の(美智子さんの?)お言葉で言わずとも、もう終わって、済んで、消え去ったものではない。

何を言うこともできず、平和のもたらすさまざまな愉しみにも縁なく生きて死んで行った、ミチコサンの話を喜んで受け入れていた、無邪気で知らされざるひとびとであって、わが子の不始末に対しては自分そのものの罪とがのように、身を小さく厳しく接した、人のもの自分のものを当たり前に分けて暮らした、贅沢を慎んで人の痛みに出来得るかぎり寄り添おうとした。

時にずるくもあったが、時に小さく間違えて知らん顔もしたが、恥の思いを身に付けていた、私の知っている数少ない、普通の人びと。

その人々への痛みも、おありでしかるべきでは。

公平、無私が、皇室を皇室たらしめるものと、ここまで来てもなお、思っていたい。





























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コメント

No title

私のようなものが僭越なのですが、心ふるえる文章でした。
靖国に居る祖父に会いに行きたくなりました。
KUON様のこの文を祖父に読んであげたいです。

kuon様。
ありがとうございました。

No title

・うーすけ さん。

遅くなりました。

うーすけさんにお返事を書いたのでしたが、消えてしまっていました。内容はほぼ覚えています。

うーすけさんのお祖父さまは、妻の胎内に初めてのわが子を残したまま出征され、沖縄でしたか、間違っていたらごめんなさい、遠い海で散って行かれた。どんなにか、子を見たかったでしょう。うーすけさんのお祖母さまは、どんなに生まれてきた娘さんを見て欲しかったでしょう。

戦争の悲惨は、戦う者のみでない、銃後の者のものでもあるのです。父親を知らずに育つ子の運命にも、もちろん影響が。どこの、どの戦争でも。

陛下は、本当に鎮魂の思いをお持ちなら、まず靖国へ行っていただきたいです。いつからか行けないようになっているなど、あまっちょろいことを言わないで、何でもやろうとすればできる方。

あたたかいお正月を、お迎えくださいね。

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五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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