KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

わたしは行ってみたいです。






もう少し書いてしまおうと思いました。


戦後70年の節目であると美智子さまは今年、大いに意識しておられた。

終戦記念日の天皇の言葉には、「先の戦争に対する深い反省」という文言が盛り込まれていた。

何を言うかと。こころある方々の胸を抉る文言だった。そんな、隙あらばどこへでも謝らなければ、アタマさげなければ、の自虐史観的な思い込みに憑りつかれ続けておられる両陛下が、放置している、としか見えない皇太子とそのツマ。

あれらがあの位置にいることをこそ、反省しとおみよし~。あれらがああなのは、あの戦争が敗戦に終わったのと同じく、うちらのせいではおへん。

美智子さんが動きまわったこの年、めでぁいあは、息子の方も、何をしたかにをした、トンガへ行った黒豚食べた、手土産はなんと30億円持ってっただよ~。煙雨迂回ではまたこたま、30メートル歩いたとかなんとかあほらしゅう。

言い垂れました。でも、ぢつはね。


皇位継承者である皇太子と雅子は、

・>当初は沖縄ご訪問もあるのでは、と見られていましたが、結局、戦争関連で皇太子ご夫妻がお出ましになったのは、千代田区内の二つの展示だけです。ご日程を見返しても、例年とほとんど見分けがつかない。

愛子と戦争の話をしたなど、こうごうさまは語っておられたが、それはエア語らいだった、と、書くのもためらわれる。

そんなに嘘ばかりつかれて、と、思ってしまうのです。

東宮は、長野県の『松代大本営跡』へ行ったら良い、と。

美智子さんは何度も仰り、直接(とうぐうにも)伝えておられた由。

それっていったい、なんだろう。



松代大本営とは、第二次世界大戦末期、本土決戦に備える大本営移転のため{KUON:註・当時は東京都内にあった)極秘のうちに造られた、大規模な地下壕のこと。

真田十万石の城下町である松代に、天皇と政府者庁、当時のNHKなどの中枢機能を移して、12000人規模の大本営を地下に構築しようという、壮絶な計画があった。ということ、

終戦までの9か月間、延べ80万人を動員して10㌔余りの坑道を掘り、終戦時には八割が完成していた、というもの。

週刊文春12月17日号から、です↓。

・今上陛下は昭和天皇から聞いておられた。

・いざの時の退避場所、天皇の地下御座所であるそこは、シェルターとしての役割を重視。

・地下60メートルの深さに掘られ、広さは400平方メートル程度。

・日本は終戦間際まで、長野に昭和天皇が御動座される案を現実的に考えているほど、

・事態はひっ迫していた。

(今上)両陛下としては、この史跡について皇太子殿下とお考えや知識を共有されたいのだと思います、と。

・美智子さんはそこの歴史的背景や地下壕の造作などについて、大変お詳しい。

・今年、昭和天皇が終戦の‘聖断‘を下され、戦後も長く、雨漏りのするなか、お暮らしになっておられた「御文庫附属室(地下防空壕)」の映像が公開されました。

その流れの中で皇后さまは、戦後70年という今年に『東宮が行くことができれば』と願われたのだ、と。

>皇太子殿下はお小さい頃から、陛下が徹底して教育されて来た『記憶しなければならない四つの日』に黙祷されるなど、慰霊の精髄を心から理解されているはずです。

いやあ・・・ここ残念ですが、実際には東宮さんは、今では、そのように徹底教育された皇太子さんのままで、あるかどうか。

大災害の一か月後に、娘の友達を招いてのお遊びに、小半日、興じておられた事実。

伊勢の御遷宮のことの後、天皇陛下が神器のお供をされた滅多にないその時、とうぐう夫婦は、例年のスキー静養に出かけていた。

皇居の留守をお守りになっておられたのは、秋篠宮殿下でいらした。

黙祷も。

された。と、報告はされている。誰も見ていない。見ていないことを、確かになさっておられると、無条件に信じられる宮家もあり、そんなのしているかな、どうかな、と。まあ、信じられない皇太子も存在している、ということでしょうか。

ここで週文誌は、美智子さまの「ことば」を紹介している。

>しかし雅子さまは戦争の記憶について、あまり関心を持っていないのではないかと、危機感を持っていらっしゃいます。

東宮妃とは通じるものが何もないのよ、とぽつりと仰ったのが印象的でした。



・・・かなりの間、わたしKUONは、皇后さまはまさこさんに、そういった感じをお持ちなのだと考えていました。お気の毒だなと、おひひとよしにも、考えていました。

ひとの気持の本当のところなど、はたから見えるものではありません。逆に、じっと長く見ていると、何も語られないようなことも、ふっと匂って来ると言うか。見えてくる瞬間がある、というか。

実はそうだったのか、みたいな。

美智子さまに対しての疑問が大きくなる一方である今、こんなことを、突然書かれているのは何だよ、と、思う。

まさこさんは、自分の身内以外の生の人間と、何かが通じ合わせるような人ではないと考えています。

とつぜん、そういう奇態な人格になった訳でもないでしょう。初めから、目に見えて普通でないものを持った人でした。

ともかく、美智子さんが望んだように、息子夫婦は動かなかった。

松代大本営跡では、今も、昭和天皇が居住される予定だった仮御座所が、外から見学できるのだそうです。

皇室の静養先である奥志賀や軽井沢からもアクセsもいい、東京から日帰り訪問も可能な地。

週文誌によれば、静かな町中に、こつ然と「象山地下壕」の入り口が姿を現すのだそう。

1990年から公開されている地下道は500メートル。ヘルメットをかぶって壕内へ入るのだそうです、地下への板張りの通路は次第に広く、高くなり、緩やかな傾斜を降りきった時に、ヌメッとした湿気が感じられ、等間隔にぶら下がった小さい電球で足元はぼんやりと照らされているが、

道の先は真っ暗闇、地面はデコボコして、壁面や天井には岩を荒々しく削った跡が残り、

・>まるでさっきまで大勢がそこで作業していたかのような、嫌でも戦時中に引き戻されたかのような感覚になるーーー

と描写されています。

昭和天皇は、軍部から松代大本営に動座を勧められても決して動こうとされなかったといいます。


美智子さんは、皇太子とそのツマが、どうにも自分の望むようには動かない、見守って庇って背中を押してアゲ記事を書かせてプッシュしてやっても、成果が挙がらない。そんなレベルでは無く、子どもを朝から学校へ送り出すという基本さえ抑えられない夫婦だと、いつから解っておられて、いつから解っておられないのでしょうか。

昭和天皇が、帝都から信州のシェルターへお移りにならなかったのには、ご意志とお覚悟のおありだったゆえと拝察します、あれこれ、周囲は騒がしかったようです。

言うまでもないですが、何度も美智子さんが望んだにかかわらず、夫婦が動かなかった理由は、昭和の陛下とは全くことなるわけによったですね。

ヘルメットかぶったりぬめったり湿気くさかったり薄暗かったり。

そんなところへ、行かないですね。

あの人たちは。

美智子さんも行ってません。






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コメント

次期皇后の雅子様、
未来の女性天皇の愛子様に
行って頂きたい。


松代大本営

長野の松代大本営には
朝鮮から強制徴用された朝鮮人が
不当に働かされたとボランティア(?)が声高に
説明する小さな小屋が有ります。
火薬の扱いに長けた朝鮮人の某が活躍したので
この大きなトンネルが掘れたのやら、
余りの過酷な労働環境に日本人は少なく
殆どが朝鮮人だったのやら、
色々言っておりました。
終戦の間近の建設でしたから、
日本人は殆どが前線に出ていて本土に残っていたのが少なかったと思うのですが、
そういうバックグランドは全く説明なく
兎に角強制労働させられた、のイメージを植え付ける説明でした。

きっとそう言うのを聞かせたいのでしょうね。


入口の脇に3台程駐車できる小さな有料駐車場があり、
その料金を払う小さな小屋です。
駐車するなら聞いていけ、という態度でした。

あそこは~

長野県はアカの強い場所でヤダ…と長野県在住の同業の友人が嘆いております。 実は今年の3月に自分も松本大本営跡に参りました。同業者の研修会の時でしたから、ボランティアのオサーンの説明には(-_-;)ウーンと思う方々が殆どでした。(他からは好待遇で高給で雇われていたという事実を聞いていましたし。)
そのような場所に行かせてアカ教育をなさるおつもりなのでしょうか…。

皇后さんは戦争戦争とおっしゃるけれど、決して日本人の立場で感じたり考えたりなさらない。
だからこの方が戦争云々おっしゃるたびに「けっ」と顔が歪んでしまいます。

皇族が反面教師になってしまうなんて。

雅子さんを見るたび「ああこうはなりたくない!」と思い、
皇后さんを見るたび「ああこんなおばあさんになりたくない!」と思い、
まあそういう意味で(のみ)役に立っていると言えば言える、、みたいな。

それはさておき、
戦争を歪曲して「物知りで謙虚で慈悲深い」自己アピールに利用するのはいい加減やめて頂きたい。

あのお二方に日本人の誇りが踏みにじられるのはもう沢山です。

・tomatoさん。

なるほど。そういうことですか。

当然、老いも若きも病人でさえ、戦地へ駆り出されていた戦争末期。日本人の男は、引っ張って来れなかったでしょうね。兵隊さんであれば、一応、お給料も出ました。

酷いやり方で働かされた朝鮮の人々が、掘ったり爆破させたりしたと納得できます。

このことを、今の感覚でいいの悪いのとは、ほとんど知識もない私には言い得ません。

慰安婦の話にもつながるのですものね。

わかっているのは、軍部が何かを考えて強引にことを進め、天皇はいつの世にも利用されるものであり、突貫工事に従事した(させられた、という言い方)歩とたちがいた。


>。終戦の間近の建設でしたから、
>日本人は殆どが前線に出ていて本土に
>残っていたのが少なかったと思うのですが、
>そういうバックグランドは全く説明なく
>兎に角強制労働させられた、のイメージを
>植え付ける説明でした。

そうなんだろうな~っと、うなずきました。

話は、ある意味、大声で激しく言うた者の声が通る面があります。

わたしは個人的に、そういう場所に興味があり、姑が、これも一方的にまくし立てていた、あれがこれだな、と、思ったのでした。

わゆる従軍慰安婦さんたちも、体を売った代償は、しっかりと獲ていたのでしたが。

やられた話しかしませんからね。

これも、単純にいい悪いの断は下せません、でも日本人は、大声でがあっとやられると、うす笑いして後ずさって、アタマ下げてしまう傾向が、ありますね。オルグしやすいと笑われる、お人よし日本人。



・衣通媛さん。

行かれたのですね。

皇后さまご推薦の、そこへ。

昭和天皇のご意志は、とことん踏み潰すがごときのあの、変わったお方の肩入れされるのは、何か、何でもが、ふっと匂う。

紀子妃殿下が、監督女優まっかっかのあの映画をご覧になったってニュースは、ご紹介する気になれませんでした。

ホントに嫌いなんです、あの嘘っぽい女優。あ。もどきでない、長くやってる、あのひと。

「世界中が九条の気持ちを持てばいいな、そしたら戦争なんか起きないし」

とか、綺麗ごと言ってた恥ずかしいひと。

こうごうさまとも仲がおよろしい。うえ。

どんどんダメになって行きます。偽善アレルギーと言いますか。

本当は、もっとまだ、ずけずけと思うことがあります。

私自身がまだ、十分「偽善だよな~」と。

月を見上げたり。(笑)。

愛子さんがb望まれたら、行かせてあげて、曾祖父さまがこうだった、とか、真っ赤に染めあがる教育の、きっかけに、なさったりして。

被害者意識しか無い人モドキは、イヤですよね、媛さま。



・ひらりんこ さん。

とっても同感です。後でもう少し、書き足しに戻って来ます。今はちょっと一時、退散。


地元です

はじめまして、地元の松代大本営についてのエントリに反応しました。
コープながので『松代大本営ガイド養成講座』的なものがあり参加しましたが本当に赤くて赤くて。
私なりのレポートを書いて抵抗しましたがなかなか難しかったです。
『れきみちの家』にある、岩田正孝さん(大本営を松代に、と決定するのに関わった一人)の手紙が展示されています。それを読むだけでどれだけの思いであの時代を生きて来られたのかが伝わります。
…とっちらかった内容になってしまいすみません。
『赤い』ガイド、『赤い』案内表示を問題だと感じている人間も相当数います、少しずつですが改善(案内表示の訂正など)しているところです。
ぜひ、いちど、いらしてください。
地下のため、外気の影響を受けにくいので夏は涼しく、冬は暖かいです。

・ひらりんこ さん。

戻って参りました。(笑)。

仰ること同感です。

どんどん傾きがひどくなっている感ありです。

先日のまさこさんの出した内容もひどかった。自分の現状を、すべて認めていただいている、お見守り頂いている、の方向へ持って行った。

注意もされていない、自分はこれでいいんだ、との、厚かましい文書でした。陛下がまさこさんを「苦手」なのは、ある時期までは見てわかりました、今はおそらく、美智子さんに抑えられておられる。次代になるなるべき心構えも何も、不要認定されているとしか見えませんよ。

どんなものでもご自分の方向へ引っ張る、ご自分のアピールにお使いになる。歴然としています。

このたびの記事では、庇い抜いているまさこに対してさえ、「通じるものがない」など、自分を庇っておられます。可哀そうなワタクシ、です。東宮が行けば、って。

そんなこと、するものかと、私たちは考えますが、息子さんでさえ、ご自分の深慮のアピールの種なのね、と。

ストレスたまりますね、あの方。嘘ばっかりで。言いたいこといっぱいです。

>皇族が反面教師になってしまうなんて。

これですね。何とも、その通りで、なんとも言えませんね。ますますひどいですね・・・。


・みどはち さん。

現地の方が、現地の様子を教えて下さり、ありがとうございます。

長野県はもともと、そういう言い方をすれば自由っぽいというか、赤いよね、な傾向が強いかな~って感じは抱いていました。二十代初めの頃に、長野駅に近い(市民会館にも近かった)小さい家を借りて、一冬住みました。あれこれありましたが、いろんな思い出があります。けっこう親しくなった男の子たちが、街で平気で自転車を乗り逃げ、乗り捨てしていて、びっくりしたり。そういうのはキライです。

春に近くなったら、藤村の詩のあとを訪ねたかったんです。

今回の大本営跡も、姑が騒いでいたことがあって、どんな巨大な廃墟を作ったんだろうと想像していました。

コメントいただいて、その岩田さんとおっしゃる方の「手紙」を読ませていただきたいと感じてしまいました。

地元の有志の方々が、動いておられるのですね。

どうぞ、頑張って下さいね。とか。無責任かもそれませんが、これ本気。よろしくお願いします!。

美智子さんは、そこを、どう「見て」欲しいと思われたのでしょうね???。想像がし難いのです。

不思議なお方です、ますます、だんだん。

ありがとうございました。










自分の息子が某私大で日本史を専攻しています。

確か 一年生の時にオリエンテーションで松代大本営に行ったよなぁ~と思い出し 聞いてみました。その時は変なアカっぽい説明するオッサンはいなかったみたいで 朝鮮人がどうの、とかの話も全くなかったそうです。大学的にそういうのを受け付けないかもしれません…。

他の学部の名誉教授は 安保の件で 憲法違反ではない とハッキリ説明された方ですから(^-^)

。焼酎のお湯割り さん。

息子さん頼もしいですね。

アップした責任は覚えていますが、なんで美智子さんがここへ東宮をやりたかったかが、未だに理解できないわけで、詳しくは何とも言えません、今は。

ただ、当時は日本には男という男は出払っていていませんでした。

そんなこともこんなことも関わらず、やると言ったらやったもんですね、軍部は。

詳しく言おうと思うとものすごく長くなり素です、「今はその気力が足りないです。ごめんなさいね。

行ったひとりひとりに、それなりの感想がおありとは思いますね。



岩田さんのお手紙です。

こんばんは、
娘が小6の夏休みに松代大本営を研究したので、
岩田さんのお手紙全文をワードで保存していました。
お読みくださいね。



拝啓 
厳寒の折柄 教育にご精励の趣 邦家のため 喜ばしい次第に存じます。
さて、松代大本営に関して 貴校の生徒諸君が大いに関心を持たれている由承り、感激を新たにする次第であります。
唯、憂慮するのは、大東亜戦争を是認するか否認するかによって、松代の遺跡顕彰の在り方が左右される点であります。
私は、大東亜戦争は、白色人種から奴隷として蔑視されていた有色人種が解放されたという、人類史上最大の功績を果した戦争と評価していますが、残念ながら東京軍事裁判によって日本は侵略者なりと断罪されて今日に至って居る始末です。
アフリカの南端に今もなお残っているアパルトヘイト、この人種差別政策こそは、百年前の世界の姿であります。
日本が明治維新以来、昭和終戦に至る百年間、戦い続けた努力の結果が 現在の世界であります。
若し日本がこの百年戦争を戦うことなかりせば、世界は永久に白人に支配され、世界が今でもアパルトヘイトに泣かされていることでしょう。
従って、私は 松代大本営の遺跡は、人種解放の顕彰碑 そして世界平和の原点と考えたいのであります。
取敢えず 以上だけ申し上げて、参考資料をお読みください。
 なお、新宿駅では、改札口を間違えないことが大切です。西口改札口を必らず出てください。そうすれば、西口駐在所はすぐわかります。その横に花屋があります。そこで一月廿一日(木)午后三時に待ち合わせましょう。私は一米六〇の小柄で帽子をかぶつています。
では お目に掛るのを楽しみに。                       敬具
一月廿八日
                                      岩田正孝
土屋光男様               

No title

・みどはち さん。

お返事が遅くなり申し訳ない事でした。

貴重なお報せをありがとうございます。

まだ勉強不足で、この内容に何を申すこともできませんが、とにかく、

「誠実さ」

このお手紙の文面、書かれたお方の誠実さを、強く感じました。

一度行ってみたいところです。

本当にありがとうございました。

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