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今日も元気でいましょうね^^

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浮足立たれて。




先日の「松代大本営」について、少し書きつもりなのですが。

ざっくり言えばどうということはない、週文の記事。

美智子さんが皇太子夫婦に、戦後70年の節目の年にということで、長野県の「松代大本営」へ行ったらどうか、と、勧めた、とかいう話。

今まで何度もお勧めになり、お考えを直接お伝えになったこともあったのだが、腰が挙がらなかったとか。。

行かないですよ、あのひとたちは。


前振りです。

・>八月初旬、皇后陛下は

『これからは果たしていないことや果たしていきたいことを日々やっていかなければならない』

と決意なさったそうなのだ。


とあるこのあたり、月刊春秋誌に、これからの三年、また次の三年と、陛下と私は約束を果たして行かなくてはならないのです。そうして行くしかないのです。など書いてあった、そのへんのご心境なのでしょうか。

・約束。プロミス。

・ねばならない。

・そうするしかないのです。

はていったい、どんな大層な、と、不思議。果たしていない約束とは何か、知りたい(見当はつきます)。

陛下と私は、って、順序こそ He  and  Iですが、内実は、

「私が焦っていること、私がじたばたしなきゃならないこと」

であると思われます。

美智子さまにおかれましては、「陛下の強いご意志」とは、ご自分が誘導してそこに至った道筋、による、結論。そういうことです。

パラオ訪問がそうでした。来年おそらく強行されるフィリピン行も、その例に漏れないと思われる。

誰が何と言おうと、政府が反対しようと、やりたいことはなさる。行きたいところへは行かれる。慰霊だと。美しい言葉で。夫婦、ミスマッチの服装で、失笑をかいながら。

何度も思うことを書きます。

御魂は、靖国に、鎮まっておられる。異国で命を散らされた瞬間、むくろから抜け出でて、「靖国で会おう」と契りを交わした方々は、飛んでその場へ行かれたと思う。

靖国へ飛ばれたであろう、そして、懐かしい恋しい、ご自身の還るべき場所へ、瞬時に飛ばれたと考える。

行く意志の無いままに遠い異国へ運ばれて、兵士が、多くは戦いに散ったのではなく、餓えや病によって、命散らされた。

その無念を想われるなら、なんで、魂までもが、そこに留まっている。などと、お考えになれるのか。

私にはわからない。

慰霊と仰るなら、まずは、靖国へ、と、ずっと、考えています。

↑これについては、フィリピンへ行かれるプランに反対の余り、書いたこととします。


美智子さんが、誰とどんな約束をして、どれだけ果たしていないのか、民の身にわかろうはずは無いのですが。

>これからの三年、また次の三年と、陛下と私は約束を果たして行かなくてはならないのです。そうして行くしかないのです。

あの方らしいいかにも美智子さんらしい大仰な身振り(見ていないけど)、悲壮感に満ちた「地を這ってでも感」。

ナルヒトさんとそのツマを、どうしても、その位置に就かせねばならないのでも、あるのか。と。

『これからは果たしていないことや果たしていきたいことを日々やっていかなければならない』
これは美智子さんご自身のお言葉なので。老境を迎えると、そういった気持ちになるのは、不思議でないと思われる。

これ、まだ行っていに慰霊の地への思いなのか。

ガ島へまで、行きたいお気持ちがおありのようです。

サイパン、パラオと済めば、そういう風にもなるかな。

しかし。

美智子さんがどう考えようと。フィリピンのアキノ大統領ご自身は、そういうことよりもっと前を向いた形で、と、両国の関係について述べておられました。

パラオの人びとだって、歓迎はして下さいましたが、美智子さんの地を這ってでもの思いとは違う方向で、訪問をとらえておられた。経済的な理由でもありますし。

かつての方々を忘れる、ということではない。過ぎたこととは言えない、そんなことは言えない。多くの方々の多くの死、その周囲の方々の言うに言えない思いの上に、成り立っているのが、今のこの国です。それは動かせない事実。

それは、そう。

・・・慰霊を、と仰るなら、まず、靖国へ。

千鳥ヶ淵へも、お出ましになられるのは、秋篠宮家の皆さまです。

強行したパラオ行きでは、

国の守りを主とする護衛艦を改造して、ホテルの代わりにされた。

手術室まで艦内に作らせて、それをまた撤去。

数十時間の滞在に何着もの服を着替えられたあの様子は常軌を逸するものでした。

陛下には開襟シャツ、ネクタイはされずのお姿。

あれをまた、繰り返すと言われるか。

天皇の肘、つかまえて。

感情的に言っているつもりは無いです。

おかしい、と、言っている。

ご慰霊のおつもりなら、まず、靖国へ。

靖国へおいでになるのが困難な理由があるなら。それを盾にされるなら、極論です、事実です、

どこへも、お出ましにならなくていいのです。

あちこち行かなくていい。

天皇にのみ為し得る、宮中祭祀があります。

その神事をのみ、なさっておられれば、天皇はそれで天皇。

行ってもヘリクツじみますね、これ。

大事でホントのこと、なのですが。「

ジョギング姿などさらさなくていい。お気に入りの方々の何かの会に「顔を出して差し上げなくても」いい。

そうした日常から、いま、おそれながら陛下、こうごうさま、何を生み出されておられるでしょうか。

神官と、その配偶者。それらしい過ごし方が、実は静かな形であおありでないか。

おありだったのではないか。過去形で申してしまいました。もう遅いのか。

そういうあたりだけ眺め、真似をしながら次代は、と、思います。

美智子さまいわくの「果たしていないこと」が何なのか、庶民の身には見当もつきません。


して頂きたいことがある。

東宮として現にそこに置かれていても、東宮の機能は果たされていない方です。

どこからどう拝察しても、東の宮さまではない。本人も、だらりとくっついて、そんな時にだけ夫婦の顔をつくろって出て来る、そのツマも。

あれらを、廃していただきたいのです。それさえして頂けるなら、もう、オーケーや。

天皇皇后と言うそのお立場にして、不可能はおありになるまいに。そんなことは出来ないと、長い間、言いつくろっておいででした、騙されておりました、お人よしの民の一人である、わたくしも。わたくしも。

稲の根元に鎌をおあてがいになって。

皇室に仇なす、周囲の稲にまで害を及ぼす「それ」を、ざっくりと、刈り取っていただきたい。

遠い昔から思っていることがあります。

本気で。命かけるくらい。目が吊りあがるくらい、思って願って叶わないことって、あるだろうか。

したくないだけですよね。美智子さん。どう圧力をかけてだって、守り抜く、庇い抜く。

刈り取りたくない、刈り取るなど、無理。そういう気持ちならまず、無理です。廃せないのですね、あのものたちを。

どなたといつ、どんな約束をなさったのか。

何を果たしておられず、これから果たさねばならないのか。

ご高位の御身が、見苦しくも浮足立っておられて。

ちっともじっとしていられないご様子なのは、何に怯えておいでなのか。

豪壮な御所に、三日とじっとしていられないご老境。

民は迷惑です。



今日も「松代」で行けませんでした。また、ということで・・・。



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