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  1. あほらしいこと
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はんぱなままに。



今年も終わりに近づきたる。

野阪昭如氏、逝きましぬ。。


とっ散らかりをるメモ切抜きのあれこれ、整理せんとて眺むるになんと、まとまりに欠くること甚だしゅうして紙片おびただしくはあり。

ええいとばかり投げすつるには未練重くあり、週刊誌類の破りたるちぎり置きたるのさまざま。

週刊なれば入れ替わるさま飛ぶがごときのzassi、手元に残せし一冊のうちなる秋篠宮さま「天命に動く」とありたる号の一部など、書きとうして書けなかったことども。

野阪昭如さんは、若きわたしの憧れの男性でした。あの独特の文体に夢中でした。読みながら呼吸することの、そのリズムを、覚えました。

素敵な方でした。髪を洗っていない方でしたが大好きでした。歌声も好きでした。

まりりんもんろ~の~りた~~ん。

それから

「黒の舟歌」。

「黒の舟歌」はわたしの、永遠の歌の中の一つです。

もうこの世におられません。さようなら。わたしは道の半ばから、違う方向に歩んで来てしまいましたが。

それで十分、よかったですが。

思い出していたら、あのリズムの、ご詠歌のような呪詛のようなあの文体が、脳裏を駆け巡って。

そんなに悲しくはないです。必ず先立つお方でした。



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先日来の、週刊文春の記事の続き、です。


・>今まさに円熟期を迎えられ、五十にして天命を知る。すなわち与えられた宿命を受け入れ、完治されたのでしょう<

やら書いてある。ううん。宿命。ちっと、違う気が、わたしにはしますのですが。

この「背景」として、不出来な兄上の及び腰がある、のごとき記述があるんです、


.>秋篠宮が‘動き出した‘背景には、当然ながら、長らく続いている千代田と東宮との‘途絶‘状態‘がある。



えええ。途絶状態。そんなあ。

美智子さんは、しょっちゅう愛子さんと会って、戦争の話やら話し合ったり、しっかり考えている愛子さんに安堵したりしてる風に、仰ってるのですけど。

以下に引くように、お父さん・ナルさんは「行きます」と言うて実際、親のところへ行ってないのに、娘さんだけ、おばば様に会いに行っている、ということですか。

そんな、仲よしさん? 不思議な話が多いのには慣らされてはいても、ね。ナルさんは、以下ですよ、ここ10年ほども。

・>陛下は2003年前立腺がんの手術をされる発表前に皇太子さまに御所で直接お話されたいと考えておられましたが、皇太子さまは『行きます』と仰って、それきりいらっしゃいませんでした。思えばこれが‘始まり‘だったのかもしれません。

まあ。

ナルさんというは、行く行く言うて、行かんかったこと多きひと。

なかなか愛子に会う機会が無いと、陛下がお言葉を発されたことがあって、その後、周りの大人が改善策のごときアドバイスをされて、ナルさんは、

「連れて行きます」

と約した。なのに、孫さん連れて行くことは、ほんに、無かったのでありました。

ある時には、行ったは行った、行ってたけれど、ツマが、御所へ「乗り込んで来て」、連れて帰った歴史あり。

2008年には天皇陛下は不整脈による胸部の不調を訴えられた。お休みになられたことの、それまではほとんど無かった陛下が、翌日から五日間、公務を休まれた。同年12月9日には心因性ストレスによる出血性胃炎などが発表された。この年の誕生日会見は(23日が誕生日)、ストレス軽減のため、行われないとされた。

・>この時の(略)おそらく次世代へのご心痛であっただろうとみられています。この頃はまだ秋篠宮さまは兄宮にずいぶん遠慮されていました。

ふむふむ。さもありなん。

殿下ご自身に「前に出よう、出たい」の気持ちなんか、無いと、ずうっと私は、考えています。

お控えなさい。東宮より目立つこと許さじ。の圧力は、変化なく持続して、存在すると。これも、ずっとそのように、考えております。

第一皇子は大切の存在ではあろう。皇太子の身位はあなどれなかろう。

東宮として、ナルは立った(立てた)のであるし、そこは不可侵のものであろう。

少なくとも母親である美智子さんには、ナルでないとあかん、ということのようですね。

そんなことが、非常にまずい結果を生み出す。

よろしくない結果にしかならない、ということは、いささかアタマを冷静に考えてみれば。

ナルさん一途の強欲、我欲、盲愛、偏愛、妄愛から離れて見れば・・・離れられないですね、そこからは当然。

その煩悩が凝り固まって、その澱みが、皇統のスムースな流れをせき止め、腐らせるとしたら。

など、考えます。

自己にとって都合のいいように。名ばかりの皇后、自愛のひと、美智子さんは、控えろ引っ込んでいると、ずっとずっと、押さえ込んでいたんだろう。

やる気のある人間を潰す教育、環境、我欲。そういう恐ろしい存在を、知っている気がします。

特別でない。そのあたりにも、規模の差はあれ、転がっている話。

毒にしかならない親もいますよ、の、話。

思わず力が入って脱線していますが、ちょっと捨てかねた切抜きからの連想でした。


この続きは、今年、ナルマサ夫婦が、あれもした、これもした、成果をあげた、受け継いだ引き継いだと大騒ぎさせたあれこれの、

「実はこうでした」話として、ぼつぼつ書きたいです。

まさこの「何年ぶりぶり」のことも。

行ったやったと言うてるが。

上記・12月10日号の次週には、

美智子さんが行け行け、言うたのに、結局、またこたまの石臼のごときおちりは動くことなかったし~、という、お話もありました。

思いは届かなかった、とかなんとか。

。>果たされなかった美智子さまの願い・。

雅子さまがスルーされた


どうとか、なのですが。行くわけないですよね、戦時中に掘られた地下壕へなど。

まさこが。行っても美味しくもないし。転売の予定のバッグも汚れるし。鹿児島では、一泊30万円のインペリアル・スイートに泊まったんです、あれらが行くわけがないとは、みてこさまも、まだ学習が足りておられないのか。

数年前にはまだ集まったりされていた、姑のお友達のお昼の会で、この「松代の地下壕。特定の方々のためのシェルター。」激しい怒りでもって、語られていたのを、思い出しました。

国民は死んでもええ、皇族たちは助ける、いうことやってんで。

わたしも、茶菓を運びながら、兄弟や恋人やを戦争で失くした女性たちの、怒りの声を聞いていました。


中途半端なまま、今日はこれにて失礼します。







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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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