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今日も元気でいましょうね^^

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ひでんかのうた。追記あります。







昨日は愛子さんお誕生日当日でしたので、思うがままなことは書かないでいました。

今朝は三笠宮さまの100歳のお誕生日、ということで、テレビが報じておりました。

まさこさんのうたについて、感想を述べたいと思います。

まさこさんという女性が、単に一人の女性であるなら、こういったことはしないと思います。私人のまさこさんが何をしようと、おそらく興味も持たず、心の中で笑うことはあっても、いや、まず、関心を持たないと思いますね。

残念なことに、あのまさこさんは、皇太子の正妃だという。公人中の公人の立場にあるひと。

あの方がこのまま夫君にくっついて「皇后」にすわるは悪夢。認めないと言ってもミジンコの遠吠え。

どんだけ自分しか頭にない馬鹿なのか、言っても言っても言い足りないのです、わたしは。

あれが、日本のある意味の代表女性で、いいですか。私はイヤだな。イヤだイヤだと、言い続けたいです。



言うまでもないことですが 、うたの感想は、KUON個人のものです。違う感じを持たれる方がおられるのも、いうまでもないこと。

一首の下にひらがなでよみかたを記しているのは、お節介ですが、読みやすいように、と考えてのこと。

辞書に頼ったりネットに頼ったりで、間違いの無いよう、つとめておりますが、ミスっているところも、時にはあるかとも思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・生れいでしみどり児のいのちかがやきて君と迎ふる春すがすがし

 ・あれいでし みどりごのいのち かがやきて きみとむかふる はるすがすがし

                             平成十四年


二十九歳で入内して、三年間は子どもを作らないなどと発言した。

国民の皆も(あなたがお産みになってくれるのを)楽しみにしておりますよ、と、おそらく柔らかい笑みで仰せになった天皇陛下に対し、

「私のまわりにはそんなこと言う人はいません」

と言い放ったまさこさん。

結婚当初から公然と昼夜逆転の生活を押し貫いた果てに(同衾を拒否していた、という意味ですね)、10年ほども経ってから、医学の手を借りて懐妊なったと聞き及びます。一般的には不妊治療、そのこと自体を否定する気持ちはありません。とうぐう夫婦も仕方が無かったかと思う。思うけど、なんでそんなに身ごもりにくかったの?との疑念は、消しようが無いです。入内自体にさかのぼって疑問があります、今にして思えば、ですが。

愛子さんの前に、ベルギー行きを強行し、ヨーロッパまで飛行機で(気圧の変化の中での長時間)飛び、ハイヒールで歩き回り、しこたまワインを。存分にワインを楽しみ、帰国後の年末に流産した。

何もしらなかった私は、雅子さまお気の毒と、本気でいたわしく感じたものでした。自分も初めての子を喪った経験者だったこともあって。さぞや肩身がお狭いだろう、などとも感じていた時期で。

愛子さんを身ごもっていた時期の写真はほとんど無い。お腹が大きいのを見られるのは恥ずかしい、だったそうで。

産みに入る時には、車の中からいつものように手を振って、しゃら~んとした顔で入院。

特別にまさこさま仕様にしつらえた産室で、安産だったのか、長引きもせず、母になった。

退院の時は左手を、甲の部分を赤さまのお尻の下に差し入れていて、変なの。と、思いました。ふつう、てのひら二枚で抱きますやろ、赤ちゃんて。

「生まれて来てありがとう」

と、何やら言語感覚疑問形のコメント、記者会見で涙流すし。

とまあ、思い出せばあれやこれや。


このうた読むと、でも、まさこさん嬉しかったのね、と、意外な気もします。

すぐに、

皇太子の子ども生んだ。君・・皇太子も喜んでいるし。ああ、わが世の春ってこうなのね、すがすがしいってことなのね。

という弾みなのに気づきます。

皇太子の子なら、女の子もいずれは、の思いがあったか、聞かされていたか。

「生れいでしみどり児のいのちかがやきて」これ、公文書の定型文のようなうたで。こう書いてあれば文句は出ない、のカタチ。

ところで、「すがすがしって、どーゆー意味なの?」とは、お訊ねにならなかったでしょうね、ひでんか。




・いちやう並木あゆみてであふ町びとにみどり児は顔ゑみてこたふる

 ・いちやうなみき あゆみてであふ まちびとに みどりごはかほ ゑみてこたふる

                              十五年


銀杏並木を、歩む。市井の人々に出会う。人々は、内親王を抱っこしているワタシに、とても優しい。

笑顔で話しかけて来る。腕の中の子は、ほっぺもぷっくぷく、足も手もこちんこちんに固太りして、重いけどこの重さも貴重なものよね。

ミルクの濃さ、うんと濃度あげて、栄養たっぷりのミルク呑ませた甲斐があったってことかしら。

ぷっくぷくの子は、皆が笑顔だと、自分も、顔、にこにこと笑い顔にして。

みんな家へ帰って行ったら、今日、お会い出来たよ、お元気そうで可愛らしくて、とか、言うのね。

うふふ。生んでみてよかったわ。

安泰だわ、この子もいるし。うふふ。この子がいるからね。

赤ちゃんの時の愛子さん、可愛かったと思います、私。お母さまに、お股をぐいっと掴んで抱かれたりしておられた。

ミルクの濃度を守らない母親って、はっきりとは言えませんが、特殊です、そういうひと。赤ちゃんの体に負担をかけるとか、理解できないような。専用のナース複数人つけて、の話。なんでも多ければいいだろ、の思考癖でしょうか。

アンビリーバブルです。




 ・ねいるまへ かたらひすごす ひとときの わこのゑがほは しあはせにみつ  


・すこやかに育つ幼なを抱きつつ幸おほかれとわが祈るなり       皇太子

                               十六年
 

「家族の幸せ」を絵に描いたような。あ、字に書かせているのですね、失礼。

片言を話すようになり(多分そうだった?)よいしょっとヤンキー座りするようになった、笑顔の幼子と、その両親。

ファミリーのしあわせ。貴重にしておかさざるべき大切な幸せ。

それはいいんですけど。

それだけで済ませるのなら、じぶんっちの幸せを、こうしてはばかることもなく追及して行くだけの皇族なら、あなたがた要らないんで、とか、思う人、当時から沢山いたでしょうね。

ご存じないかもしれませんが、人々の方を向いていてこその、一種、プロのサービス業みたいな面があるのが、現代の皇室だと、書いたヒンシュクをかうでしょうか。

しあわせを人に見せるって、芸がいるのですよ。もう、芸と申します。

少なくとも、私人の幸せとバランスとれてる、公人としてのしゃきっとしたお姿と。・・・そんなん望んでも、

無理やん、なあ。

そういう感覚は無し。だははは、でへへへへ、と、笑ってるだけ。

そーゆーの、アホ、と、言いませんか。



・紅葉ふかき園生の道を親子三人なごみ歩めば心癒えゆく

 ・もみぢふかき そのふのみちを おやこみたり なごみあゆめば こころいえゆく

                               十七年


いわゆる「公園デビュー」は済まされた後か。

可愛い可愛いで来たお子さんに対して、不安の確定して来た後でしょうか。

初めての、しかも一人っ子なら、比較するような存在がそばにいない。よそのお子さんに接したりすることで、自分の子が「わかる」ということもある。気付かれたのでしょうか。

この一首は、重い一首と思います。

紅葉の鮮やかな道を、夫と子と自分と。

なごやかに談笑しながら、行きながら、こころが癒えて行く。ように、思う。

心細かった。悩んだ。苦しんだ。そういうことだったのか。

子のことは、こたえる。雅子さんも、さすが、本気であれこれ、向かい合うべきことに直面されたのか。



・輪の中のひとりわらへばまたひとり幼なの笑ひひろがりてゆく

 ・わのなかの ひとりわらへば またひとり をさなのわらひ ひろがりてゆく   


・いとけなき吾子の笑ひにいやされつ子らの安けき世をねがふなり   皇太子

                                十八年



私はまさこという人が全方向から嫌いですが。

この「うた」は、いいおうたと思います。エラそうですみません。

誰か専門家の手でまとめるにせよどうにせよ、すべて創作してしまうことは、まあ無いと思いたい、たとえば

「ひでんか、おうたの締め切りが(そんなの無いか)近づいております、歌会始の儀にはどのようなおうたを」

「えええ? うたなんかわたし、どうでもいいのよ、適当に作っておいて」

「それはなりません。何かきっかけなりと、ご自身でうたっていただきませんと。宮中の重要な儀式でごじゃります」

「んん、もおお、それどころじゃないっての、悩みいっぱいなのっての、うるさいいっての」

「きっかけのおコトバ(の切れ端を)いただかねば。何か、お心に留められたことなど」

「あ。」

「はい」

「子どもって、一人笑うと、他の子も笑って行くよね」

「は!」

「え?」

「ひでんか、それがよろしゅうございます、それ頂きます」



全くの妄想ですが、そういう具合にできたかも、と、いえ、妄想、妄想。

まさこさんは、この時期、あの方なりに、お子さんを見つめておられた(かもしれません)。

ここらでは、皇太子の能天気と言うか、現況を理解する能力の破壊的な欠落で、まさこさんは「悩んで」いたkもしれません。

と、ひどく甘い自分になっていますKUON。人は、子のことで、こたえる。

皇太子は、ペットを可愛がるようにお子さんに接するだけの人と考えています。ツマに対しても本気で向き合うことは難しいひと…一緒に、子のために真剣にはなってくれなかった父親。夫。そうだったのかも。

まさこさん自身、現実から逃げ出してしまうのではありますが。

ナルさん。あの方に対人的な「愛」の感覚は無い、きっと。



・月見たしといふ幼な子の手をとりて出でたる庭に月あかくさす

 ・つきみたしと いふをさなごの てをとりて いでたるにわに つきあかくさす

                                 十九年


幼い子の母親って、庭に出るのは、多く、夜よりも明るい時間帯のように思います。本能的なものでもあるかと。

働くお母ちゃんが、保育園から子を引き取って、買い物袋と子の重みでユラユラの自転車を必死でこいていて、ふと。

まま。お月さまきれい。

背中に貼りつく幼子の声に、えええ、と安全なあたりに寄って、止めて。いつもは月どころでない忙しさ、でも、

大きな透明な月が、見降ろすように励ますように、ふんだんな光を降り注いでくれている。

みたいなシーンは、ある、としても。

おっしゃ、へたばりかけてたけど、ママ頑張るで~、のような。

は、あるとしても。

これはいささか??な光景。幼い子に、月の光はよろしくないとも聞いたことあり。陽の光がよいですよ。暗くなったらお家にいることです、育って行っている間は。

逢魔が闇。

ズバり言えば、この母と子は、夜にしか、まともに、一緒にいない二人のように感じます。昼間は寝ているお母さん。

子は、放っておいても誰かが見ている。そういう母親。幼い愛子さんには、とてもとてもなついていた係の方がいらした。

放っておいても世話をしたくなくても、嫉妬心だけは旺盛なひと、愛子さんがなついている人を、止めさせた。

たくさん人を辞めさせています。二年の余も完全に無視されて止めていった方も。

気が向けば子を向く。

夜の庭に連れ出したこともあったのでしょう。

月あかくさす。

この「あかく」が「赤く」なのか「明るく」なのかで、うたの色彩も変わって来ます。

そして、この一首の中の母子の「孤独な感じ」に、父親の存在感は感じられない。出張中で不在、の形でなく、存在感の問題。

KUONの私感です。生まれてすぐの弾けるシワセのうたとは、家庭内の空気に変化を感じます。



・ともさるる燭の火六つ願ひこめ吹きて幼なの笑みひろがれり   

 ・ともさるる しょくのひむっつ ねがひこめ ふきておさなの ゑみひろがれり 

                                  二十年



バースデーケーキの、蝋燭、六本。

家族でケーキを囲んで、一人っ子である女の子は、頬ふくらませて、ローソクを吹き消した。これもしあわせを象徴するような光景ではあります。

みな、笑顔だったのか、この誕生日。

細かいことですが、ともさるる、とは人ごとじみた感じ、お母さんなら自分で火をともして、

「ともしやる」

ではないのかなあ、とか。言い過ぎですが。「ともしやりし」とか。字余りは得意なのに。

お父さんは点けないね、きっと、ローソク垂らさないでよ、とか言われちゃって。大変軽く扱われているお父さん。

この当時すでに、娘さんは皇太子でもある父親を、趣味その他がじじくさいので「ジジ」と呼んでいて。長くか短期間かはともかく。

テーブルセッティングは周囲の人がお膳立て、なのかしら。それがすべて、いつものこと、当たり前のようであるし。

どうでもいいことのようでふと、気になりました。イヤなやつ、KUON。



・制服の赤きネクタイ胸にとめ一年生に吾子はなりたり

 ・せいふくの  あかきネクタイ むねにとめ いちねんせいに わこはなりたり

                                   二十一年


よくわかるうたです。

ひねりも何も無い、でも、事実だけで成り立つうたでもある。

事実を、ちぎって投げて丸めたような。

スッキリしていい、ともいえるような。

まさこさんは、かなり、病んでおられたのでしょうね。

壊れて、と、申し上げてもいいでしょうか。

入内前から病んでいる。その壊れが進んで来て。

もう引っ込めてあげた方がいいのに、そうはされず、本人も虚しい、国民はもう、たまんない。

引っ込んで下されば、こんなこと、書きもしない。今は「公人」ですから、あの方。公人らしういてもらいたいと望むのみ。

贅沢ですか、それ。

まさこさん放置、愛子さん放置。皇室に於けるある種の犯罪でしょう。

現代の言い方で言えば

「だれとく?」誰得? 

いいかげえんにして欲しい。



・十一年前吾子の生れたる師走の夜立ち待ち月はあかく照りたり  

 ・じゅういちねんまえ わこのあれたる しはすのよ たちまちづきは あかくてりたり

                                   二十五年


有名な一首です。

出だしの「十一年前」が話題になりました。

私見です、まさこさんというひとには、和歌のセンスは全く無いと思われる。

無くてもいいと思います。ふれこみにあったように、外国の言葉に精通し、公人としてそれを活かされるなら。

園遊会に出て来て、栄えあるひと日の皆さまを、妃殿下らしくおねぎらいされるなら。

内親王を、あるがままの姿でみつめて、お病気があるなら、それを、いい方へ、福祉の方面へなど、身をもって生かして行かれたなら。病気は本人のせいではない。と理解を求めて行くことだって、あのお立場なら可能だったのに。

うたのセンスが無いとえらそうに言い切るのは。七五調のリズムが体に入っていないとわかるからです。

↑上の方にコントみたいに書いたのは、おそらくああしてポイントだけを受け取って「まさこさまのうた」を作り上げている状況があるからで、五七五七七のリズムと内容がくっついていない、こういうことを、まさこさまは言っているので~と、型にはめただけなのがわかるので。

うただけでない、何も続いておられなさそうな、まさこさま。

茶華道放り投げ、フルートも超豪華なプラチナのそれを写真に撮らせ、あとはおぼろ。

オボロではダメ、今、あのフルートどこにありますか。

まさこさま、皇太子妃殿下さま。

あなたはなあに。


何をお詠みにならrますか、と問われて。

表記のうたのごとき「思い出」が歌の形になったのだと推測します。

整合性などもう、遥か彼方のものになりました。

立ち待ち月、と云われる月が、師走のものでないこと。

おおよそは八月のものであること、などを、進言する方がおられたやら、どうやら、ひでんかが立ち待ち月、と仰せなのだから、定型にはめておけ、だったのか。

演歌歌手のうたででもその言葉を知って(あるのです、そういう歌)、いいな。と、思ったのか。すてきな言葉ですもの。立ち待ち月。でも違ったちゃったんです、ひでんか。

上記した、幼子と庭に出るうたで触れましたが、この、月が「あかくてりたり」ここ。

赤く、なのか、明るく、なのか。

わかりません。明るく、なのなら、文字通り明るい月であって、イメージも明るい(一般的には)。

赤く、なら、イメージ変わって来ます。

赤い月は、不吉な何かを思わせます。

まさこさんの月は、どちらなのか。

赤い月に魅かれる方のような気もします。

 
愛子さんのお誕生日に出された写真、動画、記事あれこれ。

胸が悪くなるほどの嘘ばかり連ねられていました。

画像はしかし、「お察し下さい」の感もありました。いつも甘くて後で自分を嗤う自分になります。

中学生の女の子に、アイシャドー、ピンクのチーク。例年のこと。そろそろメイクに関心を持つ年頃でも、せいぜいリップクリームまで、普通の親はそうではないかと思う。

気付いていたけど書くことはためらいました、耳の中に入っているのは、薄いピンクの補聴器?

補聴器が入っていて悪いことは無い、まったく無い、いたわしいことと思います。

昨日の動画をフルサイズにして見て下されば、わかります。ドキンとしました。

もっと驚いたのは[一人で両陛下にご挨拶」と仰々しい動画。

一人じゃない、大きな車に、女性(女官?)と共に乗って、東宮家流の仁義。窓あけて、中学生が手を振って。という、動画の中の愛子内親王。

目が逝ってます。お母さまとおんなじ。異様名光りよう。

目が泳いでいます。おくすりたっぷり与えられて、人前に出て来られたか。

どういうことなのか、あれ。







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5 Comments

ひなぎく  

解説面白かったです

KUONさま

歌会始の歌は毎年読んできましたが、改めてKUONさまの解説を読んで、なるほどと思い面白かったです。
毎年巨大掲示板でああだこうだとみんなで検証していたな、と。

雅子さんなりに悩んだこともあったんでしょうね(当たり前かw)
私も第一子に発達障害があるので、比較対象がなくて気づかないというのはよくわかります。

愛子さんの写真も見返すと小さい頃はそれなりに可愛かったのだなぁと。
時は取り戻すことは出来ないけれど、気がついた時点で修正することも人間には出来るのにと残念に思います。
私もかなり甘いですね。

2015/12/03 (Thu) 09:48 | EDIT | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2015/12/03 (Thu) 12:00 | EDIT | REPLY |   

KUON  

・ひなぎく さん。

面白がって下さって嬉しいです。

皆さまで検証しておられたのですね。

愛子さんは、何でもケナせばいいとは思わないので書きますが、幼稚園から小学校へ入られたくらいの時期は、可愛らしかったと思います。ひどい書き方をしていますね、わたし。

ただ、畏れというものを知らない内親王に育ててしまわれた。だだ甘やかしにされた。両親も双方に祖父母もいて、専任の養育係もいて、今の状態なのは、どういうこっちゃと思います。

女帝などハナから無理、無謀。世が世なら反逆罪ものかな。

東宮家の娘さん、でしかない。結婚相手が見つかっても、生活をして行くのは難しいだろうなあ、と思う。

親亡き後を絶え間なく考え続けているおやごさんたちの気持ちなんか知ったことでは無いですね、あのバカ夫婦は。

挨拶とお辞儀と、おひめさまらしい「感じ」それで、特に何を悩まなくても行ける方ですのに、潰しのきかないお子になってはるので、そちらからも、美智子さんへの疑惑を覚え始めました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・ヒミツのTさん。

>あまり過激にやると誹謗や攻撃を受けますよ。

ですと。放っておいて、と申し上げます。放っといてください。

あなた様がお好きな言葉遊びとやら、おそらく高度なお遊びなのでしょう。

私にはわかりません。わかりたい学びたいと思えない類のものであります。

遊びは独りでなさって下さいませ。ご家族のことなども私には関心ありません。

もう、来ないで下さい。はっきり言わないとわかっていただけないようで。

中途半端に生ぬるい忠告を、ヒミツにして言って来られる。こういうなさりようが、何より私は大嫌いなんです。説教と指図がイヤで、わざわざ回り道して生きて来たバカです私。

過激なバカだと思い捨てて下さいませ。

以上、よろしくお願いします。

2015/12/03 (Thu) 15:30 | EDIT | REPLY |   

lavinia  

愛は愛でも自己愛

KUONさま こんにちは。

・輪の中のひとりわらへばまたひとり幼なの笑ひひろがりてゆく

私もこの歌は素直にいいなあと思います。
あのマサコさんが、普通に幸せそうなお母さんみたいで。
一瞬、「あ、本当はイイヒトなのか?」と思ったりします。

でも、この方の場合歌は歌。
「中の人」は違うと思います。
KUONさまの妄想どおりに作られたお歌が多いのでは、と。

愛子さんを雑誌やTVで見ていて、疑問符がどんどん増え、とうとう皇室って何?という所まで私は来てしまいました。
私事なのですが、我が家の次男は小さい頃言葉が遅く、落ち着きもありませんでした。
発達障害かもしれず、それについて勉強したし、次男の育て方については試行錯誤、相談もたくさんして周囲に助けていただきました。今は普通の高校生ですが、本人も家族もいろんな努力が必要でした。

愛子さんを見ていると、家族が一生懸命に手を尽くして育てている様子が見えません。
家族と本人が努力するべき部分が丸ごと抜け落ちて、権力やお金でその穴を埋めようとして見えます。
両親も、祖父母も愛子さんの抱えている問題に向き合いたくなかったのだろうと思います。
子供に向き合わない大人。普通にいます。
ただ、家族全員は酷いです。
愛子さんの事を考えると、ふつふつと怒りがこみ上げてきます。

2015/12/03 (Thu) 17:07 | EDIT | REPLY |   

KUON  

・laviniaさん。

愛子さんも犬も「ステイ」している感じでした。

十四歳の女の子に、今では誰も使わないような色のアイシャドーをつけて写真を撮らせる悲惨。

耳の中に入っているのが補聴器なのかどうか、何のために撮影時に入れさせて?

遠隔操作の道具と思えば納得も行くのですが、それって、酷い話と思ってしまいます。

両陛下に挨拶に、という車内では、目が吊りあがってしまっている。勝手にクスリを、与えているのか。濃ければ大きくなるだろうと、濃度をアップしたミルクを飲ませていた周囲ですから、何でもやりますね。

言いたいことはいっぱいあります。大人の野望に発する邪念を除ければ、愛子さんには愛子さんの生きる道もあるでしょう、皇室のお子なのだから、恵まれていることは多いですよ。


>/愛子さんを見ていると、家族が一生懸命に
>手を尽くして育てている様子が見えません。
>家族と本人が努力するべき部分が丸ごと
>抜け落ちて、権力やお金でその穴を
>埋めようとして見えます。
>両親も、祖父母も愛子さんの抱えている
>問題に向き合いたくなかったのだろうと
>思います。

同感です。それが、グチのバッグだったり中学生にはそぐわない腕時計やアクセサリーだったり、に結び付く。

一番精神性とやらに遠い育ち方をされている。愚かな両親はともかく、まさこを育てたそっちはともかく、慈愛の方のはずであったあの方が・・・と、とにかく、腹が立っています。次男さまと長女さまは、母親の関心が薄かった(長女さまは事情がまた違いますが)分だけ、きちんと周囲の丁寧な手がかけられて、ラッキー!だったとか。

どういうジャンルのギャグですかね。

2015/12/04 (Fri) 21:56 | EDIT | REPLY |   

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