Welcome to my blog

今日も元気でいましょうね^^

ARTICLE PAGE

14行、9行、8行。追記あります。



先日、奈良市の西紀寺町にある「崇道天皇社」のあたりを通りかかりました。

平城京から長岡京へ遷都を行った桓武天皇の実弟で、桓武即位に際して皇太子になった早良親王。

無実の罪でとらえられ・・罪のでっち上げなどたやすいこと、邪魔ならば退ける、ということ・・・

無念だったでしょう。死後に、怨霊になられました。

母の身分が低かったため、幼いころに出家して東大寺や大安寺で過ごした。昔は人が、平気で酷い目にあっていたものですが、寺での小僧っ子の扱いの酷さは、いっぱんの農家その他の比では無かったと伺ったことがあります。子どもの頃はそんな生活。長じては、藤原種継の暗殺事件の首謀者として囚われ、皇太子の座も追われてしまった。

長岡京市の「乙訓寺」に幽閉された後の、淡路国(島)への配流の憂き目。大阪府守口市あたりで憤死したとされています。四十九歳。断食を続けての死とも、飲食を断たれて干殺されたとも。わたしは、断食の果ての死と思います。

そんなことで弟を葬った桓武天皇でしたが、第一皇子(後の平城天皇)が発病したのを始め、妃や生母が病死…后、妃が四人続いて、とも・・・疫病が流行し洪水などの天変地異も相次ぐなど、凶事が続いた。

これらは早良親王の祟りであるとされました。下水などの管理が悪くて疫病が蔓延、すると都を移した、とも、聞いたことがあります、それもそうなのでしょう、衛生観念などまるで現代とは違います。平城京では寺社の勢力が強くて政治に口出しして来てやりにくかった、ひさしぶりの「天智系」の天皇であったことも、天武系とは一線を引きたかった、とか、わたしに詳しいことはわかりませんが、しかし。

怨霊。この存在。闇の深かった時代には、まるで本当に脅威のものだったことでしょう。心に疾しさを秘めていれば、なおさら。

桓武帝は、生前に即位していなかった早良親王に「崇道天皇」という追称を与えて「崇道天皇陵」に改葬。早良親王を祀る八嶋神社をととのえ、、奈良町に崇道天皇社を作るなど、鎮魂に努めました。ということです。

桓武天皇は、立派な天皇と認識されるなか、身近なライバルを排除した(それは桓武帝に限りませんが)、で、常に怨霊の恐怖に悩まされましたと。早良親王は同じ母から生まれた、本物の実の弟です。

実弟の。皇太子の。無実を訴えながらの憤死、悶死は、平気ではいられなかったかも。

明るい秋の日差しを浴びて境内は箒目も美しく掃き清められて、晴れ晴れと見えたあの「崇道天皇社」は、日本全国に幾つか数えられる「御霊神社」の、有名な一つなのですね。

藤原種継暗殺事件に関しては、大伴家持が早良親王(崇道天皇)に命じられてやった、となって、種継を厚く信頼していた桓武天皇が怒りにふるえて。

そこで藤原氏と権力争いを続けていた大伴氏に目がつけられ、大伴継人(おおとものつぐひと)をはじめ数十人が捉えられました。

継人は訴えました。

「犯行はすでに亡くなった大伴家持の指示です。
家持が、桓武天皇の弟早良親王の指示を受けてやったことです」

・・・これ。何を考えて言ったのか。本当だったのか、己を庇ったか、そう言ったことにされたのか。いずれにせよ、

家持の墓はあばかれ、官位は停止されました。

「万葉集」の編者として知られる大歌人、大伴家持。政治的には不遇で、死後までもこのような辱めにあいました。墓をあばかれるのは、大変な侮辱、屈辱です。

家持の罪が許され、従三位の位が返されたのは、21年後の大同3年(806年)のことでした。


あれこれと意見の食い違う姑(書家、歌人)ですが、大伴の家持のこのことを語る時、いつも激しい怒りに震えて、ろれつさえまわらなくなる、その時だけ、同じ怒りの思いの中に、リアルに、想像するのでした。

政治なんかきっと向いていなかったのになあ、と。

八十八歳の姑は、今も、普通の時は,ろれつ、回っています。(笑)。


話は変わります。

今朝の某・毎日来る新聞では、


「皇后さまピアノコンサート鑑賞」
 の記事がタイトル別で14行。

 港区での内田光子さんのコンサートに行った。交流は深い、のだそうです。

「農業サミットに皇太子さま出席」

 の記事が同条件で9行。宮崎市、民間機で。ピン(単独)でのごこーむ。

最後に

「秋篠宮ご夫妻が帰国」

 の記事が同条件で8行。

順序が違うとは、このことです。こーごーが、交流の深いどなたかのコンサートに行って、そんなに・・・・・もう言わへん。

シット、や。


さっき時間が足りなくて書けなかったこと。

今上は、桓武天皇の生母にからめて、あちらの国とわが国(日本、のみばかりでない、皇室との「ゆかり」云々と

発言されました。

その、現天皇の「ゆかり」発言で有名になった桓武天皇の母親の高野新笠の系図 について、読ませてもらったのが、以下。

←結論として天皇陛下と現在の朝鮮人は「全くの赤の他人」
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/787.html
投稿者 木卯正一 日時 2011 年 12 月 04 日 06:43:48: xdAt6v.ugMgqA

★現天皇のゆかり発言で有名になった桓武天皇の母親の高野新笠の系図

武寧王[461年日本生まれ第25代百済王(在位501-523年)]

純陀太子  在日1世 (日本に人質に)
斯我君    在日2世
法師君    在日3世
雄蘇利紀君 在日4世
和史宇奈羅 在日5世 (和氏に改名して日本に帰化)
和史粟勝   在日6世
和史浄足   在日7世
和史武助   在日8世
和史乙継   在日9世(娘を天皇家に嫁がせて高野姓を賜る)
高野朝臣新笠 在日10世―桓武天皇[第50代天皇(在位781-806年)]


・・・つまり桓武天皇の母親の高野新笠は10代前に渡来し、6代前に日本に帰化した 百済系10世なのです。

彼女の百済系の割合は1/(2^10)=0.00098。パーセントにすると0.098%となります。
逆に日本系の割合は99.902%で、血筋から見ても帰化している事から見ても正真正銘の日本人です。
ましてや125代の今上天皇との関係は計算すると、0.0000000000000000000000000013%となり数学的にゼロに等しい。
また「百済韓国」である事も強調しておきます。イコール、ではない。

さらに「武寧王の父の東城王は日本(倭)からやって来た」と韓国の古文書に書かれている事も付け加えておきます。

そして桓武天皇が即位したのは781年・・・つまり660年 百済滅亡 の121年後なのです。
百済の政治的な関わりは「0」です。

だからこそ「ゆかり」というリップサービスが出たのでしょう。単なる「情緒」の世界ですから。

結論として天皇陛下と現在の朝鮮人は 「 全 く の 赤 の 他 人 」 です。

「天皇=朝鮮人説」を主張するのは太平洋にキムチ汁を数的垂らして太平洋全体がキムチと主張するようなもんです。


・・・引用ここまで。ありがとうございました。

天皇ともあろうお方の、この認識不足に、のけぞって驚いた方は、身の周りにもたくさんおられます。

あれこれ知るほど、大丈夫かいな? の疑問が大きくなり。

これも、まさかクレバーな夫人に、囁かれちゃって、胸に巣食ったトンデモな無茶話なのでしょうか。

古いが値打ちのお家のご当主。ご先祖の事くらいは、きちんと把握していただきたいと、不遜ながら(笑)お願い申し上げたりしたいです。

天皇は古代日本から現代日本まで 今まで一度たりとも韓国籍 朝鮮籍になったことありません。

だそうです。私は、そう、信じます。




 








スポンサーサイト

4 Comments

黒猫アビ  

スッキリしました~

KUON様

ブログの更新ありがとうございます。

陛下の「ゆかり」発言でモヤモヤしていたのが
スッキリしました~^^
ありがとうございます。

天皇皇后の被災地訪問DVD販売や作詞作曲のCD?付の
雑誌の販売・・・。
驚くことばかりです。
昭和の時代にはありえないことばかり。

それでも正しきお方に皇室をとの思いで
陛下には長生きをして頂きたい。
お皿さんを叱りつける強さ・・・無いか~(泣)

2015/11/12 (Thu) 16:42 | EDIT | REPLY |   

白詰草  

うたの癖

KUON様
お返事をありがとうございます。

全く知りませんでした。
「*和史宇奈羅 在日5世(和氏に改名して日本に帰化)
*和史乙継  在日9世(娘を天皇家に嫁がせて高野姓を賜る)
*桓武天皇が即位したのは781年・・・つまり660年百済滅亡の121年後なのです。」

勉強になりました。ありがとうございます。

********************
KUON様の、
「完全な代作、とまで言いきれなくとも、しっかりとご当人以外の思惑と手が入っていると、確信に似た思いを消せません。はっきり言えば、全く作り変えられたもの、の匂いが濃厚にする。うたが散見されます。お母さまをうたったものに顕著です。」

これ、何首もご説明を受けて、確かにそういう感じが理解できました、そしてそれらの歌は似ていますね。わざとらしさや、お、み、を多用するなど。勢津子妃、喜久子妃、華子妃の皆様は、偽装のうたを読んで、あ、これうーそだ!とすぐわかられたでしょうね。
********************

「ぱきぱきとモノを言う方のようだった、少し感じたのは、お客さまでも好き嫌いがおありのようで、」

写真から伝わるイメージ通りですね。なんとお皿夫人の御所だったのですか。

**********************

6年ほど前パリに8年住んでいた方から、お皿夫人が、靴を納入した業者に、「こんなもの、私に履けって言うの!?」と叫んでその靴を投げつけた、という話を伺ったことがあります。
紀宮様が全く料理ができないとも言われました。
当時は聞いた瞬間、真っ赤な嘘だと思っていました。
今はひゃ〜あれ本当だったの?です。(紀宮様のことは今でも事実ではないだろうと思います。)

***********************

お皿夫人の隠された素顔を知るにつけ(整形含む)、
勢津子妃、喜久子妃は秋篠宮両殿下に未来を託し、あれこれ指導なさったのかもしれません。

BB様ブログで、柿味羊羹様が、紀子様は養子縁組をされて、貴族の令嬢として入内されたようだと書かれていました。全く存じませんでした。正真正銘プリンセスとして入内されていたことが、皿夫人の怒りを買ったのでしょうか。(BB様 憂国の臣様より、1993ベルギー ボードゥアン国王葬儀ではエンペラーとその夫人と呼ばれていたそうです。)

当時から現在まで皿夫人が紀子様を呼び出して叱責されるとか?陛下もそうだと思いますが、1時間も継続してくどくどがみがみ、何十年も言われる心理的苦痛とは相当なものでありましょう。心理学博士でいらっしゃる紀子様、専門書から対処を探されるのかしら、と想像したり。
仏教の教えから、苦と思わぬ修行と割り切っていらっしゃるのだろうかと思ったりしています。

2015/11/12 (Thu) 18:46 | EDIT | REPLY |   

KUON  

黒猫アビさん。

今上があの発言された時のこと、覚えています。当時ワタシは花畑の住人でしたが、へええ?と思いました。

桓武天皇の生母の出自と、子どもの頃から周囲の大人が隔てをもって接していた人々とは、「違う(この言い方も相当失礼ですが)」ことを、知っていたので。

久しぶりにこのようなことを書きましたが、スッキリしてくださったら、良かったです。血筋は(とりあえず父方の)ご立派でも、実態はあんなん、な、ふんぞりペンギンさんもいますしね。堂々たる庶民と自称なさっていて(こちらが大半ですよね)まことに立派な方、も、沢山沢山おられますよね。

今上は、完全にやられちゃってるご亭主。見るに堪えないですね、特に最近。いやです。


・白詰草さん。

いささかは身近な彼女がいたのは、名は申しませんが、最後までおられた妃殿下のところです、この話はここまで、とさせて下さいね。中途半端ですみません。本人が黙っているので、わたしも尊重したいです。ごめんなさいね。ぱきぱき、も、お皿でなくその方の事で。いい思い出ととらえているようですよ。

紀宮さまのおうたは、このたび新たに読ませてもらっていると、本当に素直で快いお作が多いです。いささかの先生の指導はおありでしょうが、賢くてまっすぐなご性質が出ている気がします。

紀子さまの養子縁組の後の入内は、少し昔は当たり前にあったことですよね。これにはこれ以上、触れたくない気がします。

ありのままで堂々としておられた、あのご両親を、すばらしいと感じています。でも、本人方の都合でないこともあるでしょうし、ね。

皿さんは、きーきーっと大声で甲高い声でしかりつける方。しかも、もってまわって「あなたのために言ってあげる」タイプの、最悪のやりかた。

紀子さまがその被害者とは聞いても辛いです、完全にみてこさんは、くるっておられますものね。

何とか、日の当たる、当然の場所へ上がられるまで、何とかもって下さいますように、心から願いますね。

2015/11/13 (Fri) 12:52 | EDIT | REPLY |   

白詰草  

ありがとうございました

KUON様
こんばんは。お返事をありがとうございます。

>この話はここまで、とさせて下さいね。
→もちろんです。

>ありのままで堂々としておられた、あのご両親を、すばらしいと感じています。

→はい、気品のあるご両親様ですね。

>何とか、日の当たる、当然の場所へ上がられるまで、何とかもって下さいますように、心から願いますね。

仰るとおりです。紀子様ブラジル訪問時の白い帽子も、今回の園遊会の白い帽子も、目が隠れそうになっています。ひょっとして3kgはお痩せになったのではないかと案じています。以前の写真では、眉毛が見えるくらいでかぶられているので。海外の王室写真ブログでも、2サイズは帽子が大きすぎると5人の方が書かれていたのです。

https://royalhats.wordpress.com/2015/10/29/japanese-royals-visit-brazil/

2015/11/13 (Fri) 19:51 | EDIT | REPLY |   

Leave a comment