今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

壇上で。



考えましたが、 「週刊文春」2015年11月12日号の中の記事、書き写します。

文春誌さん、ありがとうございました。買っていましたからね。笑。


 

天皇 富山海づくり大会〈式辞ご中断〉事件 美智子さま「ご心痛」の核心

富山県の地元紙だけが報じた三大行幸啓での小さなハプニング。だが、その意味は重い。来月八十二歳の誕生日を迎えられる天皇は、美智子さまと毎朝、「スロージョギング」をなさっているというが、ご健康面を心配する声は宮内記者を中心に静かに広がっている。

「すべては壇上で起きたことで、その場にいた全員が目撃しました。一般の観衆はちょっとしたハプニングだと捉えたようです。しかし、天皇陛下の為さりようを長年拝見してきた記者なら、いま我々の目前で起きていることは非常に重い意味を持つのではないかと、深刻に受け止めたはずです。だからこそ、宮内記者会は侍従だけでなく次長に対しても、詳細な説明を求めた。
 ただ、この“事件”を報じることは、取りも直さず陛下の健康問題について指摘することに繋がる。これは非常にデリケートな問題であり、やむを得ず報道するのを見送りました。各社ともそう判断したのだと思います。地元紙二紙だけが外形的事実を報じています」(宮内庁担当記者)
 それは十月二十五日、富山県で開かれた「第35回全国豊かな海づくり大会」の式典行事に天皇皇后が臨席されたときのことだった。
“事件”の詳細の前に、まずはこの「全国豊かな海づくり大会」がいかに天皇皇后にとって特別な行事であるかを説明せねばなるまい。同行事は天皇皇后が地方へお出ましになる毎年恒例の「三大行幸啓」のひとつだ。
「三大行幸啓とは、初夏に行われる『全国植樹祭』と、秋に行われる『国民体育大会』、そして『全国豊かな海づくり大会』の三つです。これらは行幸啓の中でも、もっとも正式な扱いとなっていて、かつては東京駅や羽田空港での御発・御着を“三権の長”が揃ってお見送り・お出迎えをしていました。平成に御代替わりしてからは、負担をできるだけかけたくないという陛下のお気持ちから、そのうちの一人が来られればよいということになっています」(同前)
 植樹祭と国体のご臨席は昭和天皇から引き継がれたものだが、唯一豊かな海づくり大会だけは、天皇が皇太子の時代に始められ、一九八一年の第一回大分県大会から出席されている。

陛下が右手をパッと出された

 同大会関係者が話す。
「日本中の漁業者が誇りを持って一堂に会する大会で、水産資源の保護や漁業振興の啓発などを目指して毎年各県が持ち回りで開催しています。魚類研究者でもいらっしゃる天皇陛下には、その土地に生息する稚魚や稚貝の放流もしていただいています。二〇一三年の熊本県開催の際は、水俣湾にヒラメなどの稚魚を放流され、水俣病患者とご懇談になりました」
 溯れば八九年の即位に際しての記者会見で、天皇はこう述べられている。
「皇太子時代、毎年豊かな海づくり大会に出席しましたのも、日本をかこむ海が少しでも良くなるように願ってのことでありました。地球規模の環境が日本でもだんだん関心を集めてき、それに取り組む人々が増えてきていることを、大変うれしく思っております」
 今回の富山ご訪問にあたっては、天皇皇后は富山市の県立イタイイタイ病資料館も視察されている。イタイイタイ病は一九六八年に認定された神通川のカドミウム汚染による公害病。同施設では患者の家族らとも懇談され、翌日は富山湾に面した射水市の海王丸パークで、ヒラメやキジハタを手ずから放流された。
 問題の“事件”が起きたのは、二十五日正午頃。壇上では、若手の漁師夫妻による決意表明や、児童による最優秀作文の朗読などのプログラムが次々と披露されていた。
「その時までは何の滞りもなく、式次第通りにプログラムが進行していました。最後に、『閉会のことば』を述べようとする横山栄・富山県議会議長が舞台下手の主催者席を立ち、高校生の先導で、ステージ中央後方の天皇皇后両陛下に向かって最敬礼をするポイントまで進むと、天皇陛下が議長を呼び止めるように右手をパッと出されたのです」(別の宮内庁担当記者)
 一礼を終えた横山議長は、天皇が右手を差し出されたままなので、何のことか分からず狼狽した表情を見せた。
「なかなか歩み寄らない議長に対し、陛下が“ちょっとちょっと”といった感じで手招きをされました。議長は訳の分からないまま、陛下の方に恐る恐るといった感じで近づき、一メートルもない距離で、陛下は議長に何やら語りかけられました。その間、美智子さまはお身体を陛下のほうに少し傾けられ、陛下のご様子を不安げに注視されていたようでした。『何事か』と会場内はにわかに緊張感が高まりました」(同前)
 議長はおもむろに舞台上手に並んでいる発表者を指し示し、説明を続けた。
「たまりかねたように美智子さまが陛下により顔を近づけられ、何かを話しかけられたのです。陛下も皇后さまの方を振り返られ、ようやく出された右手を戻されました。陛下のお声がけに美智子さまは『うん、うん』と頷かれ、最後に陛下は議長の説明に納得されたご様子で、居住まいを正されました。式典の進行は一時中断し、会場は一瞬の静寂の後、ざわめきに包まれました」(同前)
 思いがけず、天皇から言葉を投げかけられた横山議長は、面食らってしどろもどろになりながら、
「以上をもちまして、第35回全国豊かな海づくり大会……、富山大会、えー……式典行事を終了させていただきます。ありがとうございました」
 と「閉会のことば」を述べ、自席に戻った――。
 一体なにがあったのか。当の横山議長に話を聞いた。
「本当に驚きました。私が頭を上げると、陛下が手招きをされている。一、二歩進んでも陛下の声があまりよく聞こえませんでしたので、失礼を承知で本当におそばまで近付いたところ、『最優秀作文の発表は終わりましたか?』とお訊ねになったのです。何のことか、一瞬よく分かりませんでしたが、その言葉の意味通りに受け取って、『終わりました』とお答えしました。陛下は最初、本当に終わったのかしら、と心配されたようなお顔でしたが、『終わりました』と申し上げると、ふうんと納得されたような感じでした」
 この模様を、地元紙・北日本新聞では次のように報じている。
「式典の終了間際、天皇陛下が閉会あいさつに立った横山栄県議会議長(66)に声を掛け、式の進行を確かめられる場面も。横山議長は『突然で驚いたが、式典や行事を通じ、両陛下とも本当に気さくな方だと感じた』と語った」(十月二十六日付朝刊)

侍従の回答は隔靴掻痒

 大会関係者は一様にショックを受けたようだ。再来年の開催地である福岡県の漁協関係者は、
「台本にない出来事だから、かなりギョッとしました。私はこれまで四回ほど式典に出席していますが、最優秀作文の発表の段取りも毎回ほぼ同じです。今年の式次第は例年に比べて簡潔だったくらいで、むしろ進行は分かりやすかったと思います。天皇陛下がわざわざ壇上の誰かに声をかけて確認されるなどという光景は見たことがありません」
 驚いたのは宮内記者たちも同じだった。式典が終わると早速、同行していた侍従に説明を求めた。
「ところが、侍従は『昼の会食が終わったら議長をつかまえて聞き取りをしますから』と言うばかり。どうもおかしい。結局、説明はこの日の夕方から行われた、県庁と宮内庁による合同記者会見まで待たされる格好となりました」
 合同記者会見は行事の終了後に行われる定例のもの。十七時二十分、ANAクラウンプラザホテル富山の小宴会場には、富山県知事、宮内庁の野村護(まもる)総務課長、下(しも)均侍従らが出席。質疑応答に移ると、宮内記者会の幹事社が口火を切った。
「式典の中で、閉会のことばを横山県議会議長がお話しする前に、陛下がお招きになって何やらお話をされていたと思うのですが、それはどういう経緯があったのかというのを教えていただきたいと思います」
 これに対し、下侍従が用意していたのは、隔靴掻痒な回答だった。
「いつもお子さんのことを気にかけていらっしゃいますので、最優秀作文の発表が終わったのだったかどうかにつきまして、念のためにご確認されたと、そのようなところでございます」
 納得のいかないこの記者は再質問。
「今の侍従の発言で確認なのですけれども、(最優秀作文の)岡本さんについて、最優秀作品の発表がありましたか、というような確認だったと?」
「ええ、終わったのだったでしょうか、みたいなことだったと思います」(下侍従)
 このやり取りについて、前出の宮内庁担当記者が解説する。
「岡本さんというのは、今年、最優秀作文に選ばれた高岡市立野村小学校五年の岡本春希(かずき)さんのことです。題名は『人とブリと富山湾』。両陛下の御前で、『ブリの伝統は、他県にはない、富山県の宝物です』と大きな声で読み上げた。時に聴衆の笑いを誘う、非常に印象的な作文でした。終わったかどうか、間違われるはずがない。他はさておき、最優秀作文の発表は、式典最大の山場なのです。岡本さんの作文発表は陛下が議長を呼びとめた約三十分前に終わっており、両陛下も笑顔で拍手を送られていた。壇上の机の上には式次第が置いてあったそうですし、一体どういう理由で確認をされたのか……」
 十一月二日、宮内庁次長の定例会見でも記者から質問が出たが、山本信一郎次長は「最優秀作文の発表は終わったのか念のために確認をされたと総務課長から報告を受けている」と答えるのみだった。
 冒頭証言の宮内庁担当記者の脳裏には、ある懸念が去来していたという。
「思い出したのは、あの八月十五日の終戦記念日に行われた全国戦没者追悼式での“お言葉フライング”の一件です。正午の時報とともに参列者全員で一分間の黙祷を捧げてから、陛下のお言葉という段取りでした。何十年も続けてこられたこの追悼式の手順を間違えられ、黙祷を待たずにお言葉を読みあげられた陛下のお姿は、衝撃的でした。
 式典での細かいミスというのも、これまで全くと言っていいほどありませんでした。あれだけ厳格に仕来りを墨守されてきた陛下です。不注意ということは考えにくい。おそらく老化にともなうご健康問題だろうと考えます。富山の一件で、心配していた『点』と『点』が『線』で結ばれたような気がして、心からご案じ申し上げています」
 心配されるのは、お年を召されるにつれて物忘れをなさることが増えていることだという。ある宮内庁関係者はこう証言する。
「たとえば皇居の清掃をするボランティア『勤労奉仕団』に対し陛下は、平成に入って約二十四万人にご会釈されていますが、全国からやって来る奉仕者の資料をよく読まれ、出身地や団体、顔まで覚えている方もいらっしゃるほどです。また折々に記帳された名前を両陛下でご覧になり、かつてお会いになったことのある名前を見つけると、お二人で『この人は』と色々なお話をなさるのだそうです。
 それが、最近の陛下は直近のご予定をお忘れになることもあるそうです。もちろん八十一歳というご高齢で、仕方のないことではありますが、まだまだ永く仰ぎ見ていたいと強く願う者としては、そういった一つ一つの心配事が本当に気掛かりでなりません」
 だが、最近ではもう一つ、寒心に堪えないことがあるという。

「聞こえない」「大きな声で」

「約一カ月ぶりに陛下とお会いしましたが、またずいぶんと耳が遠くなられました。来年初めに予定されているフィリピンご訪問について、ブリーフィングを受けられた際は、何度も『聞こえない』『もう少し大きな声で』と仰ったといいます。気の置けないお客様と御所でお会いになる時は、人の声に対して集音能力の高いセパレート型と見受けられる補聴器をお使いになっているそうですが、『え?』と聞き返されることが多いそうです」(同前)
 富山での事件の一報を聞いた千代田関係者は、「皇后陛下のご心痛の真因が明るみに出てきたということでしょう」と訥々と語る。
「皇后陛下は『天皇陛下がお年を召したことで傷つかれては困る』と思っていらっしゃいます。先日お話しさせていただいた折には、『天皇陛下のことをお見守りしなければ』とおっしゃっていました。しかしこのたびのような状況では、皇后陛下がお支えすることは難しかったでしょう。
 本来なら、壇上で天皇陛下の後ろに控えている河相周夫侍従長が、サッと歩み寄り、天皇陛下とその議長が直接お話しになるのを避けることもできたはずです。そのための側近代表として随従しているわけですから。側近は横の横の横、裏の裏の裏まで見透さなければ務まらない。私は側近の覚悟のなさこそ心配です」
 小誌記者が河相氏を自宅に訪ねると、「別に、僕たちはあそこですごい心配していたっていうこともないし」と話すばかりだった。
 十二月二十三日、天皇は八十二歳の誕生日を迎えられる。冒頭証言の宮内庁担当記者が話す。
「ご自分の健康は自分だけのものではない、国民のものなのだというお考えから、これまで陛下はご体調についてはありのままの状態を発表されてきました。不整脈から前立腺がん、心臓病のときもそうだった。
 今年もお誕生日に先立ち、陛下の記者会見が開かれますが、関連質問の機会はないだろうと見られています。つまり記者会が事前に提出した質問に対し、陛下がご準備された文書を読み上げられる形の会見になる。その文書にご自身の健康について綴られるのか……。あの温厚篤実な陛下だからこそ、現在の皇室が成り立っている。陛下にはいつまでも健やかでいて頂きたいと願うばかりです」
 我々はいま一度、今上天皇の存在の有り難さを心に銘記すべきだろう。

「週刊文春」2015年11月12日号





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コメント

文春記事のご紹介をありがとうございました

KUON様、いつもありがとうございます。

週刊文春の記事のご紹介をありがとうございました。
大変な事態になっているのですね・・・。
文春誌面の写真もショッキングでした。

とてもつらいことだけれど
しっかりと共有しなければならない現実だと思いました。

あまりのショックに言葉がみつかりませんが
ただただKUON様にお礼を申し上げたくてコメントしました。

いつも本当に感謝しております。

初めまして

いつもROMさせてもらってます。
週刊文春の記事をありがとうございます。

80歳も越えると認知症でなくても、物忘れは激しくなってきます。
陛下もこれまでに色々な兆候があったのではないでしょうか。
例え認知症になっても、薬や療養などで、治すことはできなくとも、進行を遅らせることはできます。
あの方がそういう適切な治療を、陛下に受けさせてあげてくださるといいのですが。
おもてを取り繕うだけではいい方向には向かいません。

KUON様お元気ですか。

嫌な気持ちにさせる人は、掌に載せてふっと成層圏まで吹いて飛ばすイメージが良いそうですよ!

風雲急を告げる
なのですね。

最近、東宮派の人はオークションについてどう思っているのか、3つくらいブログをみたのですが、やはり「単なる噂で」扱いでした。

でなければとてもじゃないけど擁護できませんよね。

贅沢その他の事は百万歩譲っても、オークションの件だけは絶ーー対無理です。

だいたい、もし次の天皇陛下におなりになっても、必ずそのあとに「天皇」というものがいらないと思っている勢力が暴露して、マスコミが祭りして…

そのいざという時の切り札として利用するために、あえて今沈黙しているのかもしれないのに

ならないほうがいいですよー(誰かに向かって叫ぶ)

・HN考え中さん。

このままのお名前もユニークで素敵と思いますが。せっかく、どんな風にでもお名前を選ぶことができるのですから、とびきりのHNを、と。(笑)。私の「くおん」は、好きな言葉の「久遠」と、孫二人の名を関連付けたものです。いい気になって申しますが、好きな名前をつけてよかったと思います。(笑)。

陛下にとってはデリケートな問題と思案しましたが、天皇は公人であるご信念のもと、昭和の陛下が辛い発表を続けさせられたこと。

このことからも、診断書も出さず「長期療養している」ことの異常さがまた、感じられます。

陛下のお辛くないご長寿を、衷心から願うものです。

こうは願えない方もおありで。宮内庁はしっかりお仕事せねば。と、エラそうにも書いてしまいたいです。まともに仕事しなさいよ、宮内庁。


・ひなぎく さん。

初めまして。ようこそのお越しを感謝します。

>おもてを取り繕うだけではいい方向には
>向かいません。

まことに同感です。何でも、表側を塗って塗ってをくり返したら、ついには剥がれ破れて、その下のおぞましい者が現れてしまいます。

まさか皇室の方が美容整形を。そんな訳ないわ、と、思い込んでいた日は、つい、この前のようです。それからの崩落模様。

水俣での陛下のお言葉が、まことでありますように、と、思いだし。なんで現実はこうなのか、とも。

またいらして下さいね。

・ふく さん。

わたくし、ニンゲン、出来ていないと言うか、アホと言うか、両方ですね多分。看過できない時があります。

恥ずかしいです。(笑)。


>贅沢その他の事は百万歩譲っても、
>オークションの件だけは絶ーー対無理です。

そうですね、どんだけ贅沢したとて、毎日北海道までラーメン食べに行く、なんてことは出来ないし。ただ、通常考え得る以上の、異常な浪費・・みてこさまの洋服など、には、何か大きな心の穴、ブラックホールを感じます。正常では無いのですね。

物欲に走るあの方、何がそんなにひもじいか、餓鬼道に堕ちておられます。

でも、役人たちの馬鹿遣いに比べれば、見て子さまの浪費など。。。という見方も出来ます。

それには、お立場を生きて下さっているなら、の条件がつきますものね。

紀子妃殿下が、たとえば、ご公務の都合で、どんなすごうものをお召しになっても、気にならないです。

ただ紀子さまは、精神の充実を知り抜いておられ・・・と確信・・・ガイコクのロゴのあからさまなバッグなど、決してお持ちにならないでしょう。持ちこなされるとは思いますが、とにかく、プロのご皇族でいらして。


>だいたい、もし次の天皇陛下におなりに
>なっても、必ずそのあとに「天皇」という
>ものがいらないと思っている勢力が暴露して、
>マスコミが祭りして…

>そのいざという時の切り札として利用する
>ために、あえて今沈黙しているのかも
>しれないのに

>ならないほうがいいですよー
>(誰かに向かって叫ぶ)

なあるほど~。KUON単細胞で、目からウロコです。なるほど。

まあ、皇室の歴史は、利用されること、その時々の力の方に添って、続いて来たのが皇室。

と考えれば、まあ、ですけど・・・。

考えの足りない方々を、誘導するのは、たやすいかと思うけど・・・そんなこと、ダメです。

私は元気です。脂肪肝も糖尿も、数値下がりました。元気でいたいです。ありがとうございます。


記事をありがとうございます。

KUONさま 今晩は。
こちらは11月にしては暖かい日でした。

陛下のご様子、心配です。
年齢的に仕方がないのかもしれませんが。また、お立場的に公務の場で起こったことは記事にされてもやむを得ないかもですが、胸が痛いです。

文春の記事だけでなく、先月のミテコサマお誕生日の際のシャツ一枚のお姿を見ても、大事にされてない印象を受けます。

でも、陛下自身は苦痛に思っていらっしゃらない気がします。
もう苦痛に思ったり、奥様に苦々しい思いをする感性もあまりないのかも。穏やかに長生きして頂きたいです、奥様より一日でも長く。

KUONさま、また和歌から色々読み解いて下さいませ。
とても面白く、そして怖いお話。
小説より面白いです。大好きです。

・laviniaさん。

>でも、陛下自身は苦痛に思っていらっしゃら
>ない気がします。
>もう苦痛に思ったり、奥様に苦々しい思いを
>する感性もあまりないのかも。穏やかに
>長生きして頂きたいです、奥様より一日でも
>長く。

胸がつまりますね。

何とも言えません。ナルさんのコンサートの会場で、頭越しに会話する不躾なMさんとMにフツーだったこと、やみくもに話しかけて来るまさこを避けたくて、奥さまの方へ身を傾けておられたこと。

初めはナルを叱責もされたのでしょうが。水俣ではなんとか、願望を出されたのでしょうが。女房さまには勝てなかった・・・

lavinisaさあん仰るように、ゆるやかに呆けられて、苦痛が少なくいられるといいなと切望します。公の場はもう、減らしてさしあげて欲しいですが、どうなることやら。


・立山連峰さん。

貴重なお話をありがとうございます。お身内の方にも感謝です。

12日の園遊会が終わってから、くらいに、このことを書かせてもらおうと考えています。その時はよろしくお願いします。

こういったことで、いわゆる「身バレ」が心配な折には、どうぞ、ご自身をお守りになって、ヒミツコメントで下さっても、と思います。まあ、大丈夫とは考えていますが。いけないことは一切、ありませんしね。(笑)。

管理人のみ閲覧できます

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・ヒミツのTさん。

お気持ちに添わせていただきました。

よおく解っております、ご安心を。

また。(笑)。

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・・・・・

五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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