KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
  2. tb: 0
  3. cm: 0
  4. [ edit ]

シナは要らないの。




・ことなべて御身ひとつに負ひ給ひうらら陽のなか何思すらむ

 ・ことなべて おんみひとつに おひたまひ うららびのなか なにおぼすらむ

                         平成十年


皇后が今上を詠まれたうたです。

いろんなことすべて、その身ひとつに背負われて。うららかな陽の中に(陽はうららかなのに)、あなた様は何をお考えでおわしますのやら。

妻の気持ちのこもった、いいうた、のようではあります。

実際そう感じていました。

今の私の感想は、陛下、

「何をお悩みになることもございません。、ひたに、ただに、祭祀にお向かい下さいませ」

です。この一首の中で、詠み人(美智子さん)の夫さま(今上陛下)が重く背負っておられることは、でも果たして、国家や国民の安寧や繁栄なのでしょうか。

抱えておられる鬱屈はもしかして、身の周りのことかともしれません。

家庭内の悩みかも知れません。

天皇が、政治や経済やその他のことを、悩んだり決断したりすることは、論理的には、無い。のですから。まして、皇后が、天皇の先を読んでそこへ突っ込むなど。あることではないでしょ。たとえばどこかの国の政情不安を、皇后が表だって憂うることは、無い。

天災や世界に戦火の絶えないことやその他についてなら「その身一つに負いたまい」とは、美智子さんは詠まないと思う。うまく行かない身辺の,それも、思い通りに行かなくなっている誰かのこと、など。

あの子はあんなにいい子だったのに、とか。色々とおできになるはずだったのに、子の一人も未だに、とか。

言葉を分析すると、天下国家の悩みではなさそうです。


釜山の灯りを詠まれたのはうかつでした。ふと思い出しました。一応、引いておきます。

対馬より釜山の灯(あかり)見ゆといへば韓国の地の近きを思ふ

 ・つしまより ぷさんのあかり みゆといへば かんこくのちの ちかきをおもふ

                             平成2年


自分がすることは何でも通る、懐かしいやさしい気持ちの発露のうたであるのだし、批判などされない、との無意識の思いがおありでしたか。そういう癖がおありです、皇后さま。

善意だから、慈愛だから、何でもやってもいい、おそれませんわワタクシ。それをうまく受けられないのは、そっちの心が歪んでいるから、みたいな。(笑)。KUONヤな奴ですね・・・・・。

そんな気は無かったのかも知れない、うた詠みの性(さが)のような感覚で、文字でもっての写生をされたのかもしれません。うたとしてだけ読めば、景色の見える情緒のあるうたですよね。

この、みちこさんの「情緒」が、曲者(クセモノ)なんですけどね。どう言えばいいのか。

独りよがりで。神官の奥さまでなく、ライオ〇ズクラブなんか忙しいダンナさんは留守がちで、それでグレたりしないで慈善運動なんか張り切ってしておられる富裕層のまだむ、とかなら、これでイケると思います。

皇后陛下は、皇后であることが、ネック。そう言ったら怒られますか。え。いまさら?。(笑)。

なにせ。うかつ、やり過ぎ、独善的、強権的。なのが、あの方の個性の一部ですかしら。

うたを詠む世の中のひと、なら、周囲はたとえば迷惑かけられて苦笑したりしても、本人はゴキゲンでいられる。

美智子さんは、皇后ですから。

美智子さんは、公平無私、のひと、ですから(たてまえはそうですから)。

感情や情緒を、振りこぼすって。違うんじゃないですかぁ。


・・・あのあたりからは確かに、釜山の灯が見える、それを、いささか感傷的に詠まれたのかも。

とも思うのですが、

ご自身の立場やあるべき位置を、わかっていたら、ロマンチックに海の向こうの明かりを想像したとしても、詠むことはお控えになるでしょう。世間さまにどう思われても、詠みたいようにワタシは詠むのよ、ってなお立場ではないのですから。

わきまえが無い。と、考えるのです、いろんな場面で。軽いわ軽いわ、お茶目でかわゆいワタシ、なのか。(呆)。

ずっとずっと長いこと、一方的にけんか腰の隣国を、ああいう感じでうたう意味がわかってない、ばかなのか、やっぱり。



天皇陛下は、どんなことに対しても、祭祀を以て向かわれるお立場と、思います。それが、天皇の所以ではないでしょか。

ともかく、そういうことになっているのでは。(イヤな言い方です、わかっています)。

まあ・・・天皇とて人間なのですから、感情的なさまざまな葛藤はあっておかしくない。とは、頑張れば、解る。

でも、そこをうたってどうなるのか。

皇后でなく一人の妻のうたとしてなら「ある」うたと思います。

しちめんどくさいことを言っていると、自分でもわかっています。


思い出されませんか。かつて、


天皇という立場は孤独なもの(2014年12月)

>今上陛下は80歳の誕生日に、美智子さまへの深い愛情と感謝を語った。

「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています」

80歳の誕生日に際する記者会見にて


よろしゅうございますわねえ、睦まじくいらして。単なる皮肉です。呆れてるしな、実際。

天皇は、確かに、孤独な立場かも、知れ・・・いや、そうであっても、それ、言うたら終わり、なような。

そういうことの範囲かを越えたところにあるのが、天皇、という存在なような。

孤独な私を、支えてくれた妻に、感謝。

はあ。よろしゅうございますわねえ。

ままさこ、あいこ、と、それしか知らん、うすらさま。の、お父君やわ、やっぱり。

お尻に敷かれてたら楽、という考え方もあるのですしね。

天皇さまがおいどに敷かれてるの、びっくりします、みっともないです、奥様、心配しているフリは、上級クラスなので、バレにくかったけどね。(笑)。


赤ん坊だった時代はともかく。

人としてものごころついて、そして、一人一人、世の中の風の中に立つ。

家族がいてもさみしい。

家族がいなくてさみしい。

これ以上ないくらいに近いところにいても、相手は自分では無い、何を思っているか、わたしをどう見ているのか、聞いても、答えを聞いても、わかりきったりはできない。全身を込めて育てた子だって、つと背中を向けたら、その表情は見えない、言葉と言うモノは、どれだけ時間を費やして放ちあっても、ただただ虚しいだけのことだって、ある。

いっぱいある。

私は思う。孤独でない人間は、おりますか。

孤独だのなんだの、思う暇なく働いて、いっぱいの酒にクウラクラ、、ぶっ倒れて眠る、朝になれば仕事に出て行く、15分で食べ終わる食事を、毎日毎日作る、毎日毎日タオルを洗い、たたんで、日々は過ぎて行く。

天皇は孤独なものって。

そりゃあそうかも知れんが、と、鼻白む思いにかられた人は多いでしょう。私もその一人。あなたがそれを、言っちゃいますか、と。

それを、言うたら、あかんやろう。ちょっと白い目で、見てしまいました、あの日。

天皇の孤独を言うなら、もっと深い、もっと重いそれを、胸に抱いておられた天皇がいらした。

実際にその思いを抱えておられたお方は、孤独、なんぞと、口からお出しにならず。

たいそう多くの御製をお残しのなか、拝読して心中をお察しすることはあっても、自らが「孤独」「辛い」なんぞは、言うておいでになりませぬ。比較はできない、立たされてしまった場所も時も状況も異なりますし、比較はできない、しようがないです。

しかしいわば、王者の孤独、の位置に生きられたのは事実。

そばにいらした后の宮は、いかにも、な、うたなど、思わせぶりには、詠んでおられませんでした。

こちらも比較などできないし、あえて、いたしませんけれど。


・次の世を 背負うべき身ぞ たくましく 正しく伸びよ 里に移りて

 ・つぎのよを せおうべきみぞ たくましく ただしくのびよ さとにうつりて


戦時中、集団疎開していたお子がたに(皇室のお子のみでなく)お菓子をたまわった時に添えられた歌らしいです。。

・鴨川のほとりにいでてながめやる荒神橋はなつかしきかも

 ・かもがわの ほとりにいでて ながめやる こうじんばしは なつかしきかも


唯一京都に在る、香淳皇太后さまの歌碑のうたです。

ご実家の久邇宮家の跡地にあたる場所にあります。

飾り気も媚びもない、すっぱりとしたおうた。巧みとかどうとかの範囲でないうた。

私は、ご皇族のうたは、これでいいんじゃないの、と(エラそうに)思っています。シナは要らないの。




スポンサーサイト



 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・