今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

その二




順不同で、と初めに書かせていただいたので気が楽です。

今日は、p・217~からの部分を書きうつします。

昭和35年1月。ご成婚の翌年、第一子(浩宮)をご懐妊中の美智子さんの書かれたこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「本当に私はさしあたって赤ちゃんのことが心がかりでなりません。手元で育てさせていただくとすれば、それはもう皇后さまのお時代と違う形をとることになってしまいますし、それから乳母(めのと)の問題もーー。
東宮さまは二人で皆に話せば大丈夫と固く仰せくださいましたが、その実現もまだ心がかりでございます。
そしてそれと同じくらい、それによって起こる波紋を私はとても心配しております。
 別に誰にも言わずに、黙って私がお乳をあげて育ててしまうなどということは出来ないのでしょうか。そういたしましたら誰もそれをとりたてて言う人もおりませんし、黙って目立たずにすれば、ずいぶん波立ちが違いましょう。それからこれは大切な、東宮さまからも時々ご注意いただきたいことでございますが、私はいつも心の中で、皇后さまがお許されにならなかったことをさせていただくことへの感謝を忘れないようにいたします。
 本当にどんなに静かにしたところで、お傷つきになられますでしょう。それが申し訳ないことと身に染みて思います。両陛下さえ誰が育てたなどとお考えにならないうちに、赤ちゃんが五つくらいに育っていたら・・・・・そして、それが夢のようなことならば、せめて新聞の方たちだけにでも伏せておけないことでございましょうか。
 それでも東宮さま、私たちはどうしても‘家庭‘を持たなくてはいけないと思います。そしてその家庭は、家族が愛しあうということにおいてだけは、きっとどんなに幸福であってもいけなくはないのです。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

20代半ばの美智子さんの思い。

美智子さんは、夫である東宮さまを信じ、その東宮さまの言って下さる言葉を信じた。

「二人で皆に話せば必ず大丈夫」

これを。

現実には、ご夫君が愛妻のために、頑張られたのだと考えてしまうのですが。

美智子さんには皇后陛下がコワかった。何でコワいのかわからないまま、こわかった。おそらく。

困ったもんだ。

読んでKUONが感じたこと。

初めてのお子を授かってあれこれ、想うことが多々おありだったのは、理解できます。が。

自分のもうすぐ産む子は、自分と、まい・だーりんである夫君にとっての「可愛いベイビー」というだけの存在ではない、そこの、根本的に根っこのところが、わかっちゃいなかったのだなあ、ということです。

書いてある内容、何言ってるんだ、お妃さま。

で。

この方が、この数か月後に、あのうたを詠まれた。

  あづかれる宝にも似てあるときは吾子(あこ)ながらかひな畏れつつ抱く


手元で育てたい思いは、叶ったわけでした。

思い通りになったのでした。

・・・世に知られている、この赤ちゃんが「いずれの天皇」であることへの畏れ、という解釈とは、わたしの中で違って来ます。違ってくるというより、初めから、そうでないかという感はありました。

初めての子を得た若い母親の、気持ち。触れたら汚してしまうのではないか、この足の裏が、いずれは汚れてしまうのか。

惜しい、もったいない。そんな感覚をもつ母親はなんぼでもいる。

ヤンキーなお母ちゃんでも、わが子を「宝物」と感じる、しっかりしなくちゃ、とも決意したりする。

世界中のお母さんの、気持ち。つまるところ、普遍的なそれ。

うたの先生は、そこのところをとても意識して、元のおうたを、この形につくりあげられたのではないか。.

日本で一、二とうたわれる歌人が、美智子さまのうたの先生でいらしたのです。

うたは、なおされて世に出ることが多いのは必要に応じての、常識。なんらの問題は無い、ナッシングです。

美智子さんの御歌は、本当に素晴らしいものが多いのですが、最近では私は、ご本人より御歌が遥かに、上、行っている気がしてならないので、こんな失礼なことも書いております。本当に、怒られそうなこと、書いてしまいました。でも、

前記の一首も、世の人びとは、最上級の受け取り方で受け取ってくれました。ので。めでたし。(か?)








     





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コメント

書き起こし、ありがとうございます。
実におもしろいですね。

若い、青い、クサイ、頭でっかち。
こういう人が長い手紙を書くと、
自分の言葉に酔って、文章が破綻しますね。
敬語がなってない、というのはまた別の話として。
このお方は、人の話を聞く気はまったくなかったのですね。

昔々、『二十歳の原点』という日記を読みました。
読後感が似ています。

続きが楽しみです。

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・ジェリコさん。

若くて青くてクサくてアタマでっかち。おまけがあるんでは。

自信過剰、恥知らず、自己陶酔型のフシギちゃん。

人の言う事なんか聞きゃしない。

「・・・の原点」私もその本、読みました。中の詩にメロディつけて、当時はギター触っていたので、友人と唄ったりもしました。

高野 悦子さん。鉄道自殺なさいましたね。

でも彼女は、思い上がっていなかったし、自分を顧みる目を持ってらした気がします。未熟であること、他はうろ覚えですが、が、私の二十歳の 原点である、と。

みてこさまははたちには、堂々と自信たっぷり、りんごがどうじゃこうじゃと語っておられました。

皇太子さまに「リベラル」を教えてあげたお方ですよ。(笑)。

ネタ、と言うとまたおこられそうですが。いっぱいあって、びっくりしています。

・ヒミツのコメントさん。

今日、お帰りですね。いろいろ、ありがとうございました。



歌の奥深さ。
Kuon様の解説で知る。

「ヤンキー母さんも、一緒の思い」
わかりやすい解説。


水仙の花のお歌も有名なのかな?
私も、阪神地域だから、かなり、
「水仙・美談」聞きました。
阪神大震災の慰問の時の話です。

Kuonさま

お子様を手元でお育てになったのは
美智子様が最初だという意見に対し
良子が最初だったと
昭和天皇はきっぱりとおっしゃっていたと聞いたことがあります。
ただ戦争前、天皇の神格化が始まって
明仁親王は3歳ごろから土日しかご両親に
会えなくなったそうですが。
義理のご両親との交流はそれほどに薄かったということでしょうか。
(明仁親王の子供時代が寂しかったのは
「皇族だから」ではないのではないかなー、
とも思います)

・プリンさん。

水仙の花束のエピソードは、よく覚えています。

ご自宅から持って行かれた(持たせて行かれた)のでしたね。

あの時のおうた、ありましたかね、探してみますね。

美智子さまは、ある頃から、歌会始の御歌の他は、あまりうたを残しておられない気もするのです。

なぜか。


・mueさん。

香淳さまは、

照宮成子内親王(てるのみや しげこ、

1925年 - 1961年) - 盛厚王妃(東久邇宮家)

久宮祐子内親王(ひさのみや さちこ、

1927年 - 1928年)

孝宮和子内親王(たかのみや かずこ、

1929年 - 1989年) - 鷹司平通夫人

順宮厚子内親王(よりのみや あつこ、

1931年 - ) - 池田隆政夫人

継宮明仁親王(つぐのみや あきひと、

1933年 - ) - 第125代天皇・今上天皇

義宮正仁親王(よしのみや まさひと、

1935年 - ) - 常陸宮

清宮貴子内親王(すがのみや たかこ、

1939年 - ) - 島津久永夫人

今上をお産みになった時が、一番幸せだったと仰せになったそうですね。

内親王様方を、若くして何人も失くされた。中の、夫さんがホステスさん方で亡くなったという衝撃の経験をなさった、鷹司和子さん。この方と美智子さんは、同じ敷地内に住まって、仲がよかったそうです。

仰るように、それまでとは違う親子の関係も持たれたそうですが、敗戦後も今上は、ご両親と暮らすことは無かった。弟君様とも、いったん一緒でしたが、分かれてしまった。

>(明仁親王の子供時代が寂しかったのは
>「皇族だから」ではないのではないかなー、
>とも思います)

ここ、わたし、とっても気になった。何で、だったと、お考えですかね?

引用部分、意味をとるために読み返しました。独特の言い回しのせいか、mue様と同様の所で、まずひっかかり、、…香淳皇后の時からご自身で授乳なされたのだし。

どこかで読んだのですが、昭和天皇が仰せになったことには、乳母は夜間のみで、日中は良子様が授乳なさっており、皇子女はお側近くでお育てしていたけれど、時代の情勢で云々、と。

今、検索してみて、すぐヒットしたリンクです。拝借します。
http://file.mrsoakelyfisheer.blog.shinobi.jp/a45689cb.jpg
http://ja.dosuko.wikia.com/wiki/%E4%B9%B3%E6%AF%8D%E5%88%B6%E5%BA%A6%E5%BB%83%E6%AD%A2


・望郷さん。

皇室の方々についての知識は、私は、お詳しい方がたの足元にも及ばないと多分わかっています。

この本にからめて考えたり書いたりしております。美智子さんはこう考え、こう書かれ、ということを。

おそらく私自身は、香淳さまはお乳をさしあげておられたことも知っているとは思いますが、ここでは、美智子さんはこのように書いていられた、ということで、何かを匂っていただけたら、など、考えて書いた気がします。

皇太子さまは、弟君よりもっとたくさん「お欲しかった」お方かも、など。

もう追いかけるのはやめる方がいいかな、などとも考えています。私の手に余ることかな、とも。

Kuonさま

>(明仁親王の子供時代が寂しかったのは
>「皇族だから」ではないのではないかなー、
>とも思います)

ここ、わたし、とっても気になった。何で、だったと、お考えですかね?

ふっとそう思っただけなのです。
あくまでも私の想像としてお読みください。
さみしかったのはむしろ、
天皇が神格化されてしまったからではないかと。
皇族だから寂しかったのだ、というのはちょっとおおざっぱではないかと思ったのです。
人間をそれ以下の存在としてみることが
非難の対象となることは珍しくはないでしょうが
人間以上の存在、神格化もまた、
無理が大きかったのではないでしょうか。
そしてその反動を幼かった明仁親王がまともに受けてしまったのではないかと思いました。

今上が敗戦後もご両親とは暮らしていらっしゃらなかったとは知りませんでした。
家族って難しいですね。
個人的な話で恐縮ですが...
両親との関係から結婚とか子供とか考えるのも嫌でしたし
そろそろ子どもは無理だろうという今でも
ほぼそう思ってますが
皇族はそうはいきませんね。

・mueさん。

不良ばあちゃん(KUONのことです)の問いに、真摯に答えて下さり、ありがとうございます。

私も自分なりに考えました。

今かくと過激になり過ぎそうですので、明日、朝の陽の中で、書かせてもらおうと思います。

ありがとうございます。

ご事情はわかりませんが。

皇族よりふつーの自分たちの方が、幸せではないかな、とは、考えています。絶対そうですよ。それも含めて紀子さまはおえらいな、と、思う。

結婚や子どもについても、どうしても他の人と同じことをして、同じものを持たなくてもいい、気がします。通り過ぎた今になっての思いかも。

おやすみなさい、また。

・mueさん。

思うことは多々ありますが。

俗に

「唐様で書く三代目」という言い方があります。家を(事業も他の事も)続けて行くのは難しい、という意味でしょうか。

皇室が、120余代続いていること。想像の限界を越えます。ただ、今は、世の中に「楽しいこと」「自由と言う概念」があるだけでも、難しいことは多いのでは・・・うまく書けませんが。

どんな状況、環境も受け入れてクリヤして行ける人もいれば、重荷としか受けられない能力もある。

昔の人に聞けば、今上は・・・・だが、ナルさんは「やってくれる」とかの勘違い、妄想、騙されっぷりがあったとも聞きます。

またいらして下さいね。

KUON様、ずっと気になっていたことがあります。
今上陛下は継宮でしたよね。
継=血縁関係はないか、薄い者が後継者になる時に使う
嗣=血縁関係有り。日嗣皇子
なんですよ。
継体天皇は応神天皇の5世の子孫と言われてますが、もう赤の他人ですよね。一滴くらいは血はあるかもって程度。天皇の姉、手白香皇女と結婚したから大和の覇権を握ることを地方の豪族達も許したのではないかと言われてます。
万世一系の天皇家ですが、諡号によって後に藤原氏か他の誰かがこっそりとここは怪しいと伝えているのかなと考えました。怪しいけど何とか繋いだから継体天皇。
だから博識な昭和天皇が、やっと出来た日嗣皇子の親王に何故わざわざ「継宮明仁」と名付けられたのか。どうして「嗣宮」ではないのか。
ここがわかれば、昭和帝の愛した森を伐採することをたとえ愛する嫁が言いだしても、天皇がはっきり「否」と言えば、見て子さんがヒステリーでぶっ倒れても離婚すると騒いでも皇后位に上がったら離婚は出来ないので、森を護り通せたはずです。
あっさり伐採し、平成の御代は災害ばかり。
そもそも祭祀をしてはいけない人だったら…余りにも馬鹿げたこと書いてすみません。都市伝説並の独り言です。
自分も薄いから、女性天皇でもいいとか。見て子さんのナル愛しだけじゃなく、今上の天皇位なんて…という気持ちが今の皇室の惨状なら大変なことです。秋篠宮殿下の即位を望む者なので、万世一系であることを信じたいと思ってます。まとまりのない稚拙な文を長々とすみません。

お返事、ありがとうございます。

こちらに書き入れて、お気づきになられるかわかりませんが、上記の書き込みを、まず謝ります。元々、表現が追いついてこない上、曖昧にしておきたい心理が働いておりました。感覚→遅れて思考→だいぶ遅れて言葉になるのですが、... 悪文を失礼しました。

”当時こういう環境・事由があったはずなのに、当時の皇后さまもご承知でしょうに、どこか変な主張..。事実と違う印象が(メディアで)喧伝されてきたこともおかしい。” と、思いました。

「すべて何かにひっかかる。」ということです。

受けた印象を申す事は、いまだ畏れ多いですけれども、個人的印象とことわりまして、皇后陛下の御言葉または動きのどこかに、ひっかかりを感じます。皇室の知識や短歌の素養・知識、私自身には全くありません。しかし、感じるときには強く感じますので、...どうも感覚的に受け付けない部分が生じます。

ここの例では...現皇后の多大な決意、深い愛情で乳母制度が廃止された、お手元でお子達をお育てになったのも皇室初、旧弊を打破された皇后さま、のようなイメージがあったように思え、私も長いことそのように受け入れておりました。昭和天皇がそれを否定された、と後年知ると、喧伝イメージを鵜呑みにしていた衝撃は大きかったです。そして、KUON様の当記事で、引用の御言葉を知り、「この方は御自ら、なにを主張されているのか」、素直に意味がわからなかったのです。

以前ご紹介のあった長歌にしても、独特な言い回しで伝え聞く御言葉にしても、何かすっと意味がとれない、嫌なものを感じました。虫食いのりんごというのを、存在を知って、某掲示板スレを遡って読んだときも、同様な感想をもちました。お若い頃の論文を、どうと評することもできませんが、皇后陛下の御人となりは、さほど変わらないように思えます。否定、肯定というのでなく、あくまで私見です。

勿論全てではないでしょうが、どこか人を傷つける要素がある、と私には見えました。長歌は発表当時に眺めただけですが、あれは辛い御歌でした。私の過剰反応かもしれませんが。御言葉の先にある、関係されるであろう人たちの心情はどうだろう、立場はどうなる、と、他者への視点がどうなのかと、伝えにくいところです。申していいか、本当に葛藤します。

KUON様の貴重な記事、集う皆様のコメント、学び知ることが多く、とてもありがたいです。最新記事まで全然追いつけてないのですが、案じたことをひとつ...もしKUON様の感覚で、具合がよろしくなかったり、不快になられることが増える際には、あまり突き進まず、考えず、と願います。たまに、光のある所、あたたかな所、そちらの方向を見られると、よいのかもしれません。さしでがましくも、効果があるかもしれません。

・望郷さん。

お詫びしますが、記事も多く書いているようですし(私が・笑)コメントも多くいただき、表も裏にもいただき、少し以前のものになると、探し出すのも事実、大変でもありまして、失礼なことをしていたり、しますし、過去にどんなコメントをいただいたかも、すべては記憶して(できて)おりません。

でも、謝っていただくようなことは、無いと思いますよ。

美智子さんに対する印象では、重なるところもあります。

善人ぶって気取っていて人をバリバリっと引っ掻いている人がいますね、そういうお一人かな。

ひっかかりというのは、独特の「シナ」に起因する気も。ストレートでないのです。盆踊りを踊るのに、一手ずつ腰でリズムとって素直な手を振れない人がいますが、ああいう感じ?

不要な半動作が多いようです。あー、書いていて思い出して、イヤになって来ました。

こういう時は、それこそ、美しい楽しい本を読みます。

音楽も聴く。スメタナの「モルダウ」が好きです。

本はやはり、万葉集か、B級グルメの本か、あとあれこれ。テレビはスポーツか天気予報くらいです。言葉遣いが無茶苦茶なので、ドラマも見なくなりました。昔は夢中でしたのに。

辛辣になってきて、反省したりもしております。(笑)。

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・・・・・

五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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