Welcome to my blog

今日も元気でいましょうね^^

ARTICLE PAGE

その一



いろいろなことが書かれている。

感じたことを、順不同、アットランダムに記して行きたいと思う。

                     橋本明 著 (美智子さまの恋文」より。

今さら過去のことをほじくりかえしても仕方が無い、現存の方をしいて貶める気も無い。

ただ。

喧伝された「優秀な」女性は、まず何よりも神という存在に対しての畏れに遥か遠い、理屈の勝って自信に溢れた、用いる言葉は謙虚そうに見えても。

引いて考えて己を振り返る、という賢さに無縁とすら思われる、そんな女性だったように、KUONは考えます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結婚前の皇太子(現。今上陛下)について       p.40~

[五摂家とか大大名とか、大きなところは嫌だということを皇太子は終始一貫して言っていた。自分の力で暮らしている家の人でないと困る。能力が無い人はだめなんだと一般論として言っていた」

                                        大久保忠恒

「いま実力をもっている家柄の人でないと困るという実利論者だったね」

                                        井口道生

「高等科から大学一年にかけて明仁親王は若々しく意欲的、知識欲に燃え、宗教論を弁じ、スポーツに熱中し、恋愛、女の子を論じたレジスタンスの時代だった。結婚については元皇族は絶対にもらわない、旧華族でも公家華族や大大名の家からももらわないと宣言した。ぼくのところに来る人は世間一般をよく知った人でなければいけない、と言っていた。世間知らずのお姫さまが来たって何の進歩も無い。一般的な人、それでいて将来新しい皇室をつくりあげられる個人的能力を備えた人が理想だ。そういう気持ちだった」

                              徳川義宣・旧名・堀田正祥)


中学生で敗戦を経験し、天皇である父親がアメリカに殺されるのではないかと怯え、自らの誕生日に「A級戦犯」の名を帯びて「デス・バイ・ハンギング・・・絞首刑」が執行された皇太子は、上記のような方でいらしたと。

初めてはっきり知りました。ちなみに、各氏の言葉は昭和33年暮れの「学友座談会」でのもの。翌34年四月には皇太子と正田美智子との結婚が発表されていた時期です。

どこからもコピーできず時間がかかります、少しずつ行こうと考えています。



スポンサーサイト

2 Comments

主婦  

皇太子(現・天皇)

「ぼくのところへ来る人は、世の中を知ってる人~」

そんな事、言う事が世間知らず。
~夢みる、夢夫さん~
だから、尻に敷かれ続けてるのか?!

あの時代に、
皇太子が結婚できる人は、

華族の姫さんか、どこかのお嬢さんしか、いなかった。

華族の姫さんをお嫁さんにして、
宮内庁の人を
世の中を知ってる人にするべきだった。

でも、もう、遅いわね。

次代は、秋篠宮家に。。。

思うけれど、

今のこの、後回し、後回し、、、
だと、
やはり、東宮夫婦が、
即位の可能性、高いですね。


2015/09/28 (Mon) 18:01 | EDIT | REPLY |   

KUON  

・主婦さん。

今上は、やはり、ものごとの法則に憑りつかれておられたのでしょうか。

教育と。

本の中には、職を引かれて数十年後のヴァイニング夫人が、昭和天皇の洩らされた、血を吐くようなお言葉についても書かれています。後に書かせてもらいますが、戦争にまつわるあれこれの責任感に苦しまれた昭和帝が、皇太子の教育の事で洩らされたお言葉のようです。

今上には、おそらくわからなかったのね、と、私は感じました。おそれながら、美智子さんに、すっかり、やられちゃっておられたのかな、と。うぶな世間知らずな男性と思えば、むべなるかな、とも。

ナルマサ、あれらが即位するなら、当分わたしは、そっちの方を見ない考えです。というか、どのツラ提げて。でも、美智子さんの事書くだけで、わあっと来ますからね、まだ。

なんともかとも。

2015/09/29 (Tue) 14:51 | EDIT | REPLY |   

Leave a comment