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返事の中までKUONです。

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ヌレエフ

こんばんは。

もうすぐフィギュア・スケートが始まります。大慌てで夕食後の片づけをしていて、二人の娘が幼かった頃のことを思い出しました。

娘にバレエを習わせたかった、自分のことも。

少女時代に、バレエ漫画が隆盛だったことは本当です。お金持ちの子が意地悪で、びんぼうな家の子は、バレエがうまい。ワンパターンのストーリー。バレエやりたいなんて、言い出す隙間も無かった私は、さめーた目で「バレエやれるならびんぼうじゃないじゃないか」と、感じておりました。

バレエ界のスターが二人おられました。大原のりこさん(漢字不知、申し訳ありません)と、森下洋子さん。

本は、わりに好きに買えたので、少女雑誌で、お二人のポーズの写真を眺めていました。

向かいの家の、三つ年上の女の子が、近所の女の子を集めて「バレエのレッスンよ」など、声色まで変えてどたんばたんやっているのを、自分は混じらないで、恥ずかしいことしてるな、と、見ていた。

何度も言いますが、イヤな子でしたでしょう。ね。同意を求めてどうしますか~。ね。


目の前で初めて「バレエ」らしきものを見たのは、高校生になってから。

定時制高校ではありましたが、毎年、文化祭にはゲストを招いていて、中の、かつての顧問の教え子である、という東京の劇団の一人が、控え室にいる時のことでした。

演劇部の顧問は、自分でシナリオを書く人で、私は、その顧問に、ものすごく、はげしく「ひいき」されているヒトでした。

文化祭のスタッフなんてめんどくさいもの、やりたくないと、ここでもナマイキなエラソーなヒトであった私は、顧問にくっついて、いろんな「芸をする人々」を眺めるのが楽しかった。

その時は、臨時控え室である教室に、顧問と、劇団員と、私しかおりませんでした。

顧問が何やら言い、劇団員がうなずき、室内に「宵待ち草」のメロディが流れ始めた、刹那。

劇団員の体が床を蹴り、ふわりと舞い上がり、空中で静止して、音も無く降りた。

狭い、机や椅子を隅にかためただけの空間で、腕が空を抱き、脚と胴が、美しい独楽になりました。

・・・バレエ、いい。しっかり、しっかり、思いが動きました。

たったそれだけのことで、後に女の子の母親になった時、この子にバレエをさせよう、と、決めたのでした。

習うなら、初めてすぐにトゥ・シューズあげますよ、というところでなく、基本をしっかりさせて欲しいと、そういうところへ入門させたので、後が、大変でした(汗)。

発表会に、はんぱでないお金が要る。一人ひとりに衣裳を新調して。大きなホールでやる。チケットたくさん、回って来ました。

姑さんに、分不相応な、と言われて、黙ってうつむいていましたが、内心で、べーだ、黙っててよ、と、舌、出して。

やはり、というか、余裕のあるお家の方が多く、連れていって稽古を見学するにも、毎回、自分の着る服が・・・でもありましたが、気にしないことにした。

長女に続いて次女も始めて、大変でしたが、とっても楽しい時期でした。

誰も、うちの子は天才?と、美しい誤解の中で、うっとりと夢心地、という、自分も同じの十年間でありました。

長女はそのまま、ジャンルは異なれどダンス、踊り、身体表現の世界に邁進し、今も踊っています。

次女は、高校生でダンスはやめて、少しして大学も止めて(怒)、結婚もやめて、どうなるかと見ておりましたら、今、洋服関係で自分の個性を生かした仕事についている。

バレエをさせてくれてたから、安いワゴンセールの服でも、それなりに着られるわ、と言われた時は嬉しかったなあ。

娘自慢のようなことになりました。そんな中で存在を知って、今も忘れられないバレエ・ダンサーがいます。

ルドルフ・ヌレエフ。

ロシア生まれ、後、自由に踊るためにだけ、亡命した。

ビーチ・サンダルみたいなものを履いて、亡命した際のヌレエフに、憧れました。

体一つで、己の体だけをたのんで、異国の人になった男。

イギリスのマーゴット・フォンテーンという名のプリマと、素晴らしいコンビを、長く組んだ・・・ビデオを見せて頂いて、感動した・・・。

その、ヌレエフの踊りを、見ることが、一度だけ、ありました。

大阪のフェスティバル・ホールで。

大変な幸せな偶然のせいで、手に入ったチケット。

短い演目でしたが、目の前で、既に年齢的には最盛期を越えていたヌレエフが、踊った。

かすかな足音もさせず、孤高のバレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフは、空に舞い上がり、空に停止しました。

人の体が、鍛え抜かれた体が、おそらく、一番美しい形で、立ち止まっていました。

忘れられません。





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  1. 2011.11.26 (土) 00:43
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  3. yuuta
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KUONさん こんばんは

早く寝ないと、、、と思いながら ねられずにいます

やさいさんとこでタムドクに会っちゃったからかしら
明日ようこさんに会うからかしら
目が冴えわたってます

KUONさんのお嬢さんもバレエを習ってらしたのですね
うちの娘も一時期やっていました
幼稚園から始めて中学二年でやめてしまいましたが
姿勢が良いのはそのおかげと感謝されたことがあります

うちの子供たちの年代はほとんどがサラリーマン家庭だったせいか
割合サラリとしたお母さんたちで助かりました
子供達の練習を見るのが好きでいつも遠くから眺めていましたっけ

レニングラードバレエ団やボリショイバレエ団の公演を何度か観ましたが
チケット代が高くて その後の生活が必死だったわ
今ではいい思い出

KUONさん いつでもお付き合いいたしますよ
山イチゴさん
えまさん
寒くなってきましたので風邪などひかれませんように
  1. 2011.11.26 (土) 20:20
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  3. 山イチゴ
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ピアノ

お姉さん、娘はピアノを習わた。
小学3年〜6年の短い間「〇〇〇ピアノ教室」月謝も安く、保育園時代お世話になった先生の身内、すぐ近くだった。
私も女の子が生まれたら、ピアノを習わすのが夢でしたが、お金が大変と思ってた。
発表会も行きました!危なげでドキドキ本人も向かないよとやめた。
ただ、音楽好き読めるから中学はブラスバンド部!
担当、くじ引きでパーカッションサックスやがかっこいいと映画にもなった頃。
行事の度に
いろんな楽器をやるから!シンバルとか、ハズレたら目立つでしょ
意外と器用で本人も自信持ち卒業まで
長男は小学2年からバスケットリトルチーム本人希望で…監督が近所の同級生のお父さんだから友達みんな入ってた。中学は部活卒業まで続いた。身長伸び悩んだけど身軽を評価されレギュラー。
高校も一応入ったけどレベル低いと見切り、パソコンにハマり専門学校へ…再来年卒業予定、もう就職活動説明会あり今日行ってきた!
小倉駅裏、初めて行った。
今週は、天候不順で引きこもりましたね定期的に貰う薬もカン夫に行ってもらった。
久々の外出、直前まで悩んだ…土曜日車も少なく30分程で到着
海沿いをドライブ気分で
説明会???就職難だと理解!
髪を切りリクルートスーツ姿の長男を想像し
バンバン「いちご白書をもう一度」と村田英雄「無法松の一生」鼻歌で帰宅。
から気分好転
でも、外出で疲れ昼寝
娘と末っ子も懇談会ある…忙しい!
末っ子君は運動大嫌いだった。運動会ビリでも平気
中学で友達が入ったからと軟式テニス部へ…いきなり目覚めて土・日も休まず
勉強も好き…誰に似たのやらです
子供の成長に一喜一憂するけど、楽しんでおりますよ!
  1. 2011.11.26 (土) 22:58
  2. URL
  3. えま
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ヌレエフとは

kuonさんこんばんわ
携帯で初めてコメント打ってます。無事完成し送れるのか?
寒空の小倉駅で列車を待ってます
ヌレエフは亡命後映画に出てますよね ボレロを映画の中で踊っていて、それが鳥肌が立つような、内側からほとばしるエネルギーのオーラが見える気がしました。そして何とも美しく艶めかしい。
凄い人がいるなあと驚いたのです。何という題名だったかな映画は…
私の母が再婚後生まれた娘にバレエを習わせ、その子(妹ですが余り知らない)はバレエをまだ続けているそうです。大人になっても。私は見に行くきにはなかなかならないのですが、二人の弟のうちの長男は見に行って、主役をやっていた と感嘆符がいくつも付いてました。
私はそんな話を聞いて、その子との住む世界の違いを感じて、ますます会いたくないって思ってしまう、心の狭い人なんです。
その子は何にも悪くないのですが、母親を一人占めされた淋しさなのです多分。
私もバレエやりたかったのにってね(^.^)b
いつまでも子供っぽくて情けないです。
ヌレエフのバレエまた見たい。映画の題名思い出さなければ   
  1. 2011.11.26 (土) 23:08
  2. URL
  3. えま
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kuondさんすみません!
yuutaさんにこの場をお借りして
明日は晴れ だといいですね!ようこさんにも宜しくお伝えください。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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