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返事の中までKUONです。

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hakanaihanasi

こんばんは。

パソはまだ、写真を取り込むのはいやだと動かないので、しかたがないです。

技術の未熟な使い手で、パソ君も不憫であります。時どき、日本語の表記が全くできない時があり、そんな時は、いいかげんにしてよね、っと、汗をかきかき、キカイに向かって文句を投げつけたりしております。


わかっているようでわかっていなかった、もんじゅ。

高速増殖炉、というものだそうですが、それ、なに?でした、ずっと、わたし。名前は知らないわけではなかったし、何年か前、事故が起きて、そのままになってる、それって??と感じていました。

自分にはカンケー無いもの、の感覚でした。

京都大学の小出裕章先生が、解り易く教えて下さっているので、自分に理解できた範囲で、書かせていただきます。

関係無いものではない、ですので。


はじめの話です。

石油、石炭などの、それまでエネルギー源として来た、自然界の化石燃料は、そのうち無くなる。

限界が見えている。それが、地球がプレゼントしてくれていた化石燃料から、原子力への転換の理由の、大きな一つであった。

・・・ずっと、延々と、石油・石炭はあと数十年分しか無い、と、数十年間言い続けていて初めの「もう、ちょっとしか無い」というのは、事実無根、平たく言うと「ウソっこ」だったとのことですけど。

実はウランこそは、資源としてはとても貧弱な・・・たくさんは無い資源である、と。

で、ウランを、原子力発電に使っているのだから、その燃えカスをリサイクルして、新しい燃料を作ろう、おお、それはすっごくいいじゃん、と、考えた。誰かは(わたしは)知らぬが。

ウランから作る、リサイクル燃料。その名は、プルトニウム。

プルトニウムは、地球上には存在しない物質でした。

それを、使って発電しようと、もんじゅが作られた。文殊菩薩の「文殊」だそうです。永平寺の高位のお坊様が、当時は、原子力に対して大きな夢や希望を抱かれて、命名されたとのこと。

・・・今は、反省しておられるとか・・・誰が、このお坊様を、石もて打てるでしょうか、と私は思う。

全く成果なし。

一兆円というお金がつぎこまれて、稼動17年のうち200数十日、なんとか動いたが、1時間に1キロワットの発電も、していない。出来ていない。

途中で大きな事故が起きました。

1994年~1995年12月、発電しようか~と、出力を上げた途端の事故だったそうです。


停まっていても、維持費が、年間200数十億円、必要なのだそうです。

お金の桁を、間違ってはいません、今は。しっかり確かめました。

もんじゅは、ずっとずっと、温め続け続けなくてはならない。

福島の炉のように、水で冷やすというのでもなく、水では冷却できない。ナトリウムというものが使われているから。

ナトリウムは、70℃で個体になってしまい、体積が変わり、つまり構造が変わってしまうので、温度を保ってやらねばならないのだそうです。

停まったままで、使えない状態で、腫れ物が爆発しないような手当てだけがされ続け、それが、すっごいお金を食っている。

誰のお金でしょうか、これ。

東京電力の原子力発電所の事故で、何もかも根こそぎ、形あるもののみでなく、未来への不安や苦しみ、どっさりと抱えこまされてしまった沢山の、本当に沢山の方々に、100万円だか50万円だか、10万円とか5万円とか、何かの間違いでしょう、それって、みたいなお金を、書類出せば出させてもらいますよ~、と。本音は、出してやるよ、か。な。


そんなことやってるのに。

共感疲労だけではないわ、共感怒り。

待っても待ってもお客が来ない。阪神大震災の後、私の店もそうでした。

でも、あの震災は、放射能事故は無かったもの。

お米も野菜も肉も、一所懸命作っても出せない。除染とやらを、どれだけ頑張っても、また、降って積もりますね。屋根に積もった放射性物質が、屋内被曝を生んでいると、今日の新聞に。

なんか、バランスが、すっごくおかしい。おかし過ぎる。そう思う。


・・・そのプルトニウムと言うもの。

人類が遭遇した最悪の物質、なのだそうです。

ベクレル、という、少し耳に馴染んだ(イヤだけど)単位で言えば、テラ、の世界だそう。

100万分の1グラムで、、人が死ぬ、そういうもの。

それを、と、小出先生がおっしゃる。

何十万トンと、原子炉に入れて。と。

そういうものを、現実に、作った。現在も存在している。

他の国の、この類いの原子炉は、ほぼ全て、潰れているのだそうです。

中国やインドが、何とか考え始めているようだそうですが・・・。

日本と言う国家は、既得権益が、大衆の命などより優先され、大切に扱われる国。

少しでも、エネルギーを作り出せれば。

いいえ、それも、無いとは言えないでしょうが。

プルトニウムという物質は、超・優秀な核兵器材料になる。

長い自民党政権の中で、そんな位置であった、と。



ここで止めたら、一兆円の投資が無駄。そんな考えも、あると思われるのですが、小出先生は、話の最後に、こう仰っています。

これからのことを考えたら、一兆円の無駄、それがなんでしょう、と。


・・・知らなかった。

yuutaさん。

今月末に、はまやさんへおいでですか。

おいしいもの一杯、召し上がって下さいね。

私は、来年かな~。

冬の魚が頂きたいので、なんとか、と目論んでいます。

もしよろしければ、だんなさん放っておいて、ご一緒に。

酒は涙かため息か。ココロの憂さの捨てどころ。

私は、ビール二口が限度の(全くダメだったのが、カンパイの一口くらいいけるように特訓しました)真性の下戸ですが、食べる方はオーケーな人ですよ。

山イチゴさん。

墓、ねえ。

私は、法事と仏壇と墓の問題、けっこうしんどいことがずっとありましてね。

ま、その時をなんとか勤めましょうとして来たんです。

最近、夫が言いますのです。

おばあちゃん(自分の母親)が生きてはるうちは付き合ってするけど、その後はもう、ええよなあ、と。

自分は、父親と母親の入ってる墓に入りたくない、死んでまで関わるのはイヤだ、と。

おばあちゃん後は、仏壇の中身もお寺さんに引き取ってもらって、墓ももういい、遺骨は、海にでも山にでも撒いてくれ~と、本気で申しております。

とっても親孝行、と称えられて親に尽くして来た人の言い分ですよ~。

先のことは誰にもわからない、ので、あーそう、はいはい、と聞いておりますが、私は、できるならば、能登の海へ・・・がいいなあ、と、考えております。墓も要らん。

と言いつつ、毎月、お墓へ参る。

尽きせぬ問題がありますな~。

あの、例の歌の話ではないですが、私は、山イチゴさんの大事なおばあちゃん様は、山イチゴさんの、どっちかの肩のあたりに、いて下さると思うけど。

全く自分の考えですけど、人は、忘れ易いから、心のよりどころとして、お墓を必要とするのかな。

そこへ行って、手を合わせて、気持ちを、そちらへ向ける。そうすると、落ち着くから、ココロが鎮まる効果があるのでしょうか。

・・・それなら、ほとんど知らない人ばかりで、知ってると言っても、会って落ち着く、というお方でない、としたら、どーなのかしら。

お墓のことはね、本当に、私に、もの思わせることなのですわ。

母の・・・というか、実家の墓は、名古屋にあるのですが、実は私、すこ~し、お骨を、秘めておりましてね。

某年某月、それを、母の故郷の、母が懐かしんでいた、子ども時代を遊んだ・・・私にも馴染みの深い、川へ。

蒔いてやりました。

見上げれば、なだらかな山々。真っ赤に夕焼けしておりました。

あの山が、恋しかったのだ。

この川が、恋しかったのだ。

お母ちゃん、ここなら、ずっとずっと、落ち着いて、ゆっくり、いられるよね、と、大変に母思いの娘のような、せんちめんたるなココロもちになって、小さなビンの中の、もう、さらさらの真っ白な清らかな砂のようになっているそれを、撒きました。

母は満足していると思う。

私も、です。

   古びたる学舎や母のふるさとの山に向かひてブランコを漕ぐ

山イチゴさん。もうこの世にいない母親って、やっぱり、懐かしいですよね。違う?。




















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  1. 2011.11.23 (水) 01:03
  2. URL
  3. えま
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kuonさん こんばんわ

今日また出張から帰ってきました。
山イチゴさんはお隣の県でした・・・近いのですね~~v-344
ネットの世界とは驚く事ばかりです。

不思議な感じです・・・
お会いした事ないkuonさんはじめ皆さんと
こうして親近感を感じながら
(これこそv-20の奇跡です。)
お話ができるなんて今は普通の事でしょうが、
私は何分なんでもおくてなんで、凄いな~~って今もまだ感動しっぱなしです。
遅っv-402

山イチゴさんともいつかきっとv-237
お会いできる日が来ると思います。
v-20繋がり・・・奇跡はまだまだ続く・・・楽しみですねv-221

yuutaさんははまやさんに今月行かれるとの事、楽しんで下さいねv-22
私も弟家族と行きたいなあ・・・


  1. 2011.11.23 (水) 17:21
  2. URL
  3. 山イチゴ
  4. [ edit ]

お姉さんこんにちは
そうですか、お姉さんの夫様そのような事を話されてるんですねぇ〜。
お墓や仏壇は私も同感。
学校入学まで、毎月祖母に連れられ祖父の墓参。とても不便で途中から道が無く線路上を歩きます。でも、電車は1時間1本通るかの田舎町。
祖母は歩きながら話しや歌を歌ってくれ、墓を掃除しながら祖父に日々の報告や愚痴を言ってた。
祖母は祖父を「ダーリン」と呼んでましたが、子ども達は話したがらず、墓参や法要も母と叔母がたまに付き合う、事情ありと私なりに感じ聞く事はなかった。
墓標だけでした。その後、祖母も亡くなり…。
母や叔母が墓参する時必ず私呼び返されました。盆・年末の仏壇掃除係も私…東京でも「帰って来るんだろ!!」母の強引さは母らしくて今はイヤな思い出はないです
バブル期に公共事業予定地に墓地、代替地の市営墓地もらい母が「自分がいずれ入るから!」とこれまた強引に似合わない大きな墓を作った。
移動の際、私が祖父母の骨壺を膝に抱えました。
イヤだったのでしょうねぇ〜。新しい墓になり墓参する度に「居心地悪いから留守だわ」とわかるせっかく来たので線香の横に火のついたタバコを置くと風が吹きす。帰って来たタバコ吸ってるように減り「またね…」タバコ置いて!
カン夫家墓、石材屋で働いてて義母他界し遠方、カン夫自ら文字掘り会社の墓地にお骨移動。
当時は、両家うるさいのがいたからね
私もカン夫も葬儀・墓も要らぬと子ども達には伝えてます!!
両家の墓と仏壇は私達が片付け、中のものは宗派問わずのお寺にと…費用がなかなかですけど。
今、母も祖父母もカン夫家方々も側にいます
イベント母と祖母も参加…私の両肩に乗ってね
時々、私は恐山のイタコさんみたくカン夫に伝えますが…。
カン夫家方々、側におるにカン夫は感じぬと嘆いてます

えまさん、お仕事ご苦労さまです
そうですねぇ〜いつかお会いしたいです!

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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