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「努力目標にむけて」  紀子妃殿下



いただいて参りました。NHK。

梅雨時なのに晴れ渡って青く澄んだ今朝の美しい空の色、風は清しく両殿下は素晴らしい。

秋篠宮ご夫妻 「結婚25年にあたって」全文




6月29日 7時06分

秋篠宮ご夫妻 「結婚25年にあたって」全文


秋篠宮ご夫妻は結婚から25年の「銀婚」を迎えるにあたって、対談形式の文書で感想を表されました。その全文です。


出会い

秋篠宮さま
 今年は結婚をしてから25年が経つようです。時間は常に経過していますので、取り立てて25年に意味づけをするものではないと思いますが、少し振り返ってみるのも記憶と記録を整理する上でよい機会かもしれませんね。

紀子さま
 はい。私たちの今までを整理する方法のひとつとして、対談の形もあるのではないかとのお話になりました。このような形に慣れておりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

秋篠宮さま
 もっとも、結婚する前にしばらく付き合っていた時期があるので、そのあたりから始めましょうか。いつのことか覚えていますか?

紀子さま
 30年位前になりますでしょうか。私が大学1年生の春、本を探しに大学内の書店に立ち寄りましたとき、初めてご挨拶をさせていただきました。

秋篠宮さま
 私の記憶に間違いがなければ、1985年の5月のことです。ちょうどそのころ、各地の文化や自然を楽しむことを目的としたインター・カレッジのサークルを作ったので、そこに誘ったところ喜んで入ってくれました。白川郷の合掌集落などずいぶんあちらこちらに出かけましたね。

紀子さま
 はい。いろいろなところを旅行して、地域の豊かな文化や多様な自然にふれることができました。

秋篠宮さま
 そして1986年、ある集いがあった後、あなたを送っていく途中に・・・。

紀子さま
 二人で信号を待っておりましたとき、突然、将来のことについてのお話があって、びっくりいたしました。大学卒業後は、海外の大学院に行くことを考えていましたので、どのようにお返事をしたらよろしいかと迷い、考えさせてくださいとお話しさせていただいて。 .

結婚にむけた準備

秋篠宮さま
 少し時計の針を進めましょう。私が大学を卒業したのが1988年ですが、その年の夏から暫くの間英国に滞在しました。この間、昭和天皇のご不例と崩御があったことから、しばしば日本に帰ることになりました。日本にいる間は、諸行事に参列するためだったのですが、そのおりに、将来のことについていろいろと話す機会にもなりました。そして、1989年の9月に公表するに至りました。これはいわゆる結納に当たる正式な婚約ではなく、皇室会議の議を経て婚約が内定したということを発表する機会でした。服喪中のこうした発表は異例なことと思った人がいたようですが、1951年7月の順宮(現池田厚子)様の発表は貞明皇后の崩御から約2ヶ月後で、しかも当時参考としていた旧皇室服喪令によると、私たちの発表時期より一段階重い服喪期間中でしたので、手続きを終えたという発表は前例にもあり問題ないと宮内庁は判断したわけです。
 そして、私たちの結婚の時期についてです。秩父宮両殿下のご婚儀が1928年9月末で、昭和天皇の即位の礼が同年の11月初旬。その間は2ヶ月もなく、大変だったことを両陛下が聞いていらしたそうです。そのようなことから、私たちのときには、結婚から同じ年の11月予定の即位の礼までにある程度の時間があったほうがよいとのことで、私が帰国した直後に式がおこなわれることになりました。

紀子さま
 とてもありがたい思し召しを賜り、感謝申し上げております。

秋篠宮さま
 話が少し前後しますが、昭和天皇の一周年の行事が終わり、私は1990年の1月から6月にかけては英国に滞在していたわけですが、その間、新たに住む家については、あなたに任せきりでした。もっとも、改築の平面図を見てもイメージすることができない私より、多少は空間認知に優れているあなたが見る方がよかったのは明らかでしたが。
 今のは自分にとって都合のよい言い訳なのですが、実際のところ帰国したのが6月21日で、6月29日の結婚式までは約1週間しかなかったことを考えれば、新居での生活の準備は完全にあなたへ依存していたわけで、このことについては申し訳なかったとしか言いようがありません。

紀子さま
 いいえ。むしろ、英国よりのご帰国を待っていたのかのように、式までの約1週間、宮中行事の習礼をはじめ、関係者とのこまかい打ち合わせが多くおこなわれましたが、時差がある中、大変ではありませんでしたか。

秋篠宮さま
 幸いなことに、私は一般的に言われていることとは逆で、若いころは東へ向かうほうが時差の影響が少なかったため、それで大変ということはなかったと思います。

紀子さま
 新しい生活にむけての準備や支度は初めてのことばかりで、新居について、相談をしたいと思いましても、当時は連絡手段としてメールはまだ普及していなくて、電話やファクシミリで、英国との時差もあり、すぐには連絡がとれない状況でした。式までに考えるべきこと、決めるべきことがたくさんあり、大学院の講義も受けていましたので、時間が経つのが早く、準備を終えられるか心配でした。
 そのような中、宮内庁の職員が、改築や内装をはじめ、よく考え、提案してくれました。そばにいらしてくださったら、どんなに心強いかしら、と思うことはありましたが、いろいろな人の助けを借り、用意をある程度進めることができました。
 帰国されたときは、本当にうれしく、それまでの不安もどこかにいってしまうくらいでした。


結婚の日と新居

秋篠宮さま
 さて、1990年6月29日の結婚の日は、結婚の儀にはじまり朝見の儀、その他の諸行事が朝からたくさんあり、夜の10時頃でしょうか、一息ついたときにようやく結婚したことを実感した記憶があります。もっとも、その翌日からもいろいろと行事があったので、何となく慌ただしかったですけれどね。

紀子さま
 はい。このよき日の行事を滞りなく終えたときは、安堵いたしました。
 大学院生としての日々から、公的な仕事をする生活となったことは、大きな変化でした。そうした中で、折にふれて、両陛下が導いてくださり、あたたかくお見守りくださいました。各宮妃殿下方にも、行事の所作や服装などを丁寧に教えていただきました。さまざまな形で多くの人から支えられましたことを、ありがたく思っております。

秋篠宮さま
 少しばかり新居となった家のことを話しましょうか。というのは、私にとって10年ほど過ごしたこの家には、けっこう思い出があるからです。
 当初、宮内庁は新婚の我々のために、仮住まいではあるけれど同じ場所に新たな家を建てることを考えていました。しかし、いずれ何処かに居を構えるのに、仮住まいのために立て直すその計画は無駄が多いように思い、現存している建物を一部改築して使いたい旨伝えました。たしかに大勢の人とそこで会うのには適当ではありませんでしたが、こぢんまりとしていたぶん、非常に落ち着く場所でもありました。玄関を入って少し大きな声で呼べば、どこにいても大抵聞こえたのではないでしょうか?
 結婚後の生活をあの家でできたことはよかったと思っています。

紀子さま
 約60年の木造家屋を、二人で過ごせるように直して、新しい生活がはじまりました。そして、娘たちの誕生にあわせて部屋を増やしました。その中で、娘たちは成長していき、子どもたちの元気な声が響き、ギターやピアノの音もよく聞こえる、温もりの感じられる家でした。
  
秋篠宮さま
 今の家からは近くにあるので、この前行ってみたのですが、子供たちが小さい頃に遊び回っていたことを想い起こし懐かしく感じました。彼女たちも気に入っていましたよね。

紀子さま
 はい。今の家に移りましてから、またあちらの家で住みたい、と娘たちが話していたこともありましたね。


日本国内・海外の訪問などに関連して

秋篠宮さま
 ところで、結婚後には公的私的は別にして、日本の各地や海外を訪問する機会がたびたびありました。また各種の行事にも出席をしてきました。訪問場所や行事そのものというより、それらに関連して何か印象に残っていることはありますか?

紀子さま
 この25年の間に、日本国内、国外でいくつもの場所を訪問し、行事に出席いたしました。そして、さまざまな出会いがあり、多様な分野の人のお話を伺ったり、取り組まれている活動を見せていただいたりするなど、貴重な経験をいたしました。

秋篠宮さま
 そうですね。各地で温かく迎えてくださる方たちがいることは、うれしいしありがたいことです。

紀子さま
 また、健康作り、子育て支援や食育など、幼児から一人暮らしの高齢者まで地域の人々の暮らしを見守っている方々にも多くお会いしてきました。心強い活動と感じています。

秋篠宮さま
 私の場合には、たとえば学術や環境関係の授賞式等でご縁のあった人や団体が、その後さらに発展した形で社会への貢献をしたときなどは、とてもうれしく感じます。
 公的ということに関連して、あなたもよく知っているように、皇族には国事行為の臨時代行以外に公務は存在しません。あくまで公的な行為もしくは活動であり、言葉としてきちんと区別するべきものと考えます。そのような公的な仕事は、公務と異なりある程度自分の裁量で取捨選択ができてしまう。そのようなことから、声をかけていただき、それらが適当と判断されたものについては、できるだけ応えるように心がけてはいます。
 
紀子さま
 私もそのように努めてまいりました。そして、公的な活動でも、生活の中でも、宮家に関わる宮内庁や皇宮警察の職員をはじめ、さまざまな形で支えてくれる人たちがいることを大切に思っています。

秋篠宮さま
 いっぽう、これは私的なことになりますが、国内外であなたとは一緒でなく訪れている場所もけっこうあります。なかには、一緒に行ってみたい場所もありますので、近い将来の楽しみとして考えることにしましょうか。
 ちなみに、この時は眞子と一緒だったのですが、かなりの悪路ではあるものの、マダガスカルのチュレアールからムルンベへ行く途中に3種類のバオバブやパキポディウムを見ることができ、コーデックス好きにとっては素晴らしい12時間半のドライブを楽しみました。もちろん、ほぼ同じ時間をかけて帰ってきたのですが、ムルンベのバオバブの景観は本当に素晴らしいですよ。

紀子さま
 いつか見てみたいですね。


子どもたちのこと

紀子さま
 子どもたちが小さいときは動物園や博物館にでかけ、また、一緒に旅行もしました。その他にも、子どもたちとはたくさんの思い出がありますね。

秋篠宮さま
 先日、英国にいる眞子から父の日のカードが送られてきました。普段は必要最小限の連絡事項をメールでしているだけなので、妙にうれしい気分になりました。久しぶりだったからかな。

紀子さま
 すてきですね。私も眞子より母の日に羊の親子のカードを受け取りましたときは、胸が熱くなりました。

秋篠宮さま
 佳子とは比較的最近のことですが、珍しく一緒に買い物に出かけたことがありました。父親にたいしてつっけんどんな態度のことが多いのですが、意外と優しいところもあり、私が自由に選んだものについて、代わりに会計をしてくれました。もっとも、帰りに彼女にそのまま荷物を持たせていたら注意されましたけれどね。

紀子さま
 ほほえましいですね。佳子が小さかったとき、誕生日によく手作りのものを贈ってくれました。幼稚園のときだったでしょうか。私の誕生日に2つの贈り物を考えていたのですが、先に作った貝殻の贈り物を私に見せたくて、早めに渡してくれました。そのあと、誕生日にもうひとつの贈り物をもらい、お祝いを2回してくれた、かわいらしい思い出もあります。

秋篠宮さま
 悠仁もしばしば折り紙などの作品を届けてくれます。上の子どもたちと同様、もらったものには年月日を付して、飾ったり、保存したりしています。最近は、絵も上手になってきましたね。自分が絵を描くことが下手なので言うわけではありませんが、何かを観察してそれを絵として表現できると旅をしたときの記録として意味が出てきますので、どんどん描いてほしいものです。

紀子さま
 絵を描いたりするほかにも、切り紙をしたり、厚紙で入れものをつくったりしながら、いろいろなものを創り出すことを、悠仁は楽しんでいますね。
 私たちの手許には、子どもたちの小さいときからの作品がいくつもあります。どれも大事な宝物。普段なにげなく描いた絵から、本に登場する主人公や生き物などを描いたものが廊下の壁にかかり、折り紙やペーパークラフトが部屋に飾られています。


結婚したころと今と

紀子さま
 ここで、結婚したころと、それから25年たった今のお気持ちを伺ってもよろしいでしょうか?

秋篠宮さま
 このような機会がないと考えることもないですからね。
 1990年というのは、ついこの間のことのように思えますが、やはり相応に時間がたっているということを感じることはあります。仕事や研究などでいろいろな事柄を解釈・判断するときに、若いころでは思い至らなかったことが多々あると感じます。そのことで、ずいぶんと周りに迷惑をかけたことがあるように思います。
 もちろん、いまだに不十分で、反省と後悔すること多々ありです。精神年齢が未だ20代から進化していないのでしょう。

紀子さま
 私も結婚をしたころは、慣れないことや戸惑うことがあり、考えすぎることや力を入れすぎて、ご迷惑をおかけしたことがいろいろあったのではないでしょうか。今は遅ればせながら、力を抜くこつが少しずつわかってきたように感じていますが。
 このようなことにも「進化」という見方があるのですね。今でも、20代のときのような探究心や若々しい感性や創造性をおもちになっているのではないでしょうか。例えば、研究会に参加されているときには、そのように強く感じることがあります。

秋篠宮さま
 たしかに研究会等への出席は、今まで自分がもっていなかった知識を得る機会にもなり、有意義に感じることが多くあります。まだまだ好奇心は残っているなと。出かける前と帰ってきた後とでは、テンションが違うと感じることがあるでしょう?

紀子さま
 はい。お話しくださる様子から、心がはずむ時間を過ごされたのではないかと感じることがあります。

秋篠宮さま
 いっぽう、フィジカルな面は劣化していますね。走り回ることについては、佳子が小学生の時にリタイアしてしまいましたが、最近不便に感じているのが老眼。もともと遠視があったので遠からずそうなるだろうと予想はしていましたが、眼鏡が放せなくなってしまいました。まあ、いたしかたないことではありますが。

紀子さま
 私も小さい字が急に見えにくくなりました。また、疲れたとき、回復する時間が以前に比べてかかるようになりました。
 毎朝のように散策をされたり、休みの日には庭仕事をされたり、よく身体を動かされていますね。週末は、散策に私も誘ってくださいますので、四季の移り変わりを感じながら歩くこの時間は、健康のためにも、楽しみのためにもありがたいです。

秋篠宮さま
 25年というと、親・兄妹と過ごした年月より長く一緒にいたことになります。それだけの期間をともに過ごしていれば、共有することができた貴重な経験は数多くあります。また、誰かの言葉を借りれば導火線が短い私ですので、口論も多々あるのはごく普通のことでしょう。そのようななかで、ほとんど言葉に出さないので不満かもしれませんが、感謝の気持ちもきちんともっていますよ。

紀子さま
 それはうれしいです。

秋篠宮さま
 さまざまな書類、私の所に届くまでに不明な点などを整理しておいてくれますね。これは非常に助かっています。

紀子さま
 まだまだ至らないところもあると思いますが、そういう面でもお役にたっておりますなら、幸せです。

秋篠宮さま
 また、昔から何故か階段を踏み外しやすいことから、階段のあるところでは、滑り落ちないようにさりげなく支えてくれていますね。周囲から見ると、私があなたを支えているように見えているかもしれないけれども。

紀子さま
 こちらこそ、いつもこまやかにお教えくださり、また健康面も気遣ってくださり、深く感謝しております。
 また、一緒に生活をするようになってからわかったことですが、食べ物の好き嫌いがほとんどありませんね。私は、いくつか苦手なものがありますが・・・。食材を自由に選ぶことができて、助かっています。旅先でもいろいろな郷土料理を一緒に楽しむことができ、食文化に親しむ機会が増えたように思います。
 ほかにも、用事が立て込んでいましても、余裕をもって時間を守られていることには敬服しております。私は自分の時計の針を早く進めても、遅れ気味になってしまいます。もっとも、行事の前に私のところにいらして、あと何分と言われると、プレッシャーを感じますが・・・。
 お互いの気づきや発見がいろいろあり、自分と違う考え方だなと感じるいっぽうで、共有できる見方もありました。また、理解するのが難しかったこともあれば、言葉を交わさずとも心が通じ合うようになり、助けられたことも多々ありました。
  
秋篠宮さま
 そうですね。結婚するまでまったく異なるところで暮らしてきたわけですから、考え方などで共有できるところとそうでないところがあるのは当然のことでしょう。その上で、我が家の場合に限って言えば、経験を共有することと趣味を共有しないことがよかったと思います。経験は共有することで将来的に発展しますが、趣味、たとえば、あなたが瓢箪に興味をもってそれを共有したとすると競ってしまいますので、良好な関係でなくなる可能性大です。趣味はそれぞれ楽しみましょう。

紀子さま
 それぞれの趣味もありますが、一緒に音楽を聴いたり、自然に親しんだり、旅行にでかけたりという時間も楽しいですね。


夫、妻、親として

秋篠宮さま
 さて、ときどき夫もしくは親としてどのように認識されているのか気になることがあります。あなたも同様でしょう。最後に評価でもしてみませんか?

紀子さま
 気にしているかどうかわかりませんが、面白そうですね。

秋篠宮さま
 本来であれば、第三者、まったくの第三者というわけにもいかないので、私以外の家族に委ねなくてはいけないのでしょうが、それをするにはまず自らを振り返ることが必要です。とはいうものの、あなたと子どもたちから私の評価を聞くことは、今までの自分の行いを考えると少し怖い気もするので、今回はあくまで自己点検・評価でいきましょう。
 きちんとした項目立てをして、優・良・可・不可で客観的に点検および評価をしたわけではありませんが、漠然としたメルクマールからすると、私の場合には限りなくボーダーラインに近い「可」といったところでしょうか。

紀子さま
 私も仲良く「可」にいたします。いろいろな可能性を秘めている「可」ということでいかがでしょうか。

秋篠宮さま
 おたがい、改善点が多いということですね。「良」や「優」は、今後の努力目標とすることにしましょう。

紀子さま
 はい。これからも、可能性を大事にしつつ、努力目標にむけて一緒に年を重ねていくことができれば幸せに思います。

秋篠宮さま
 それでは、このあたりで終わることにしましょうか。

紀子さま
 そうですね。ありがとうございました。 


  

朝日新聞デジタル様より転載開始。

http://www.asahi.com/articles/ASH6K5G9DH6KUTIL032.html


秋篠宮ご夫妻、心配りの25年 人とのつながり重視

島康彦、伊藤和也 斎藤智子2015年6月27日05時04分

 秋篠宮さま(49)、紀子さま(48)ご夫妻が29日、ご結婚から25周年を迎える。筆頭宮家として天皇、皇后両陛下を支え、長女・眞子さま(23)、次女・佳子さま(20)は成年皇族として活動を重ねる。長男・悠仁(ひさひと)さま(8)も健やかに成長している。ご夫妻の25年の歩みを振り返った。



■豊富な人脈生かし震災支援

 公的な活動を通じて国民の期待にこたえ、天皇陛下をお助けする――。秋篠宮さまは会見などで皇族としての役割をそう語ってきた。数多くの団体の役職を務めるなど、活動量は皇族方の中で群を抜く。

 象徴的だったのが、東日本大震災での慰問活動だ。天皇、皇后両陛下の思いを受け継ぐように発生直後から頻繁に被災地を訪れた。

 2011年5月には、紀子さまと岩手県大槌町に足を運んだ。東京から新幹線と車を乗り継いで約6時間。変わり果てた街並みを悲痛な面持ちで見守った。

 淡水魚の保存活動を通じてたびたび町を訪れていた秋篠宮さま。震災直後の4月、親交のある町の男性に「ご迷惑のかからない時期に、町にお見舞いに伺いたい」と伝え、翌月の訪問につながった。

 ご夫妻は友人を訪ねるように住民一人一人に声をかけ、安否を気遣った。がれきの撤去作業をする自衛隊員をねぎらい、地元の文化保存会の活動拠点にも足を運んだ。

 大槌町在住の男性は「ご一家の存在が住民の励みになっている」と話す。眞子さま、佳子さまも、ご夫妻の思いを受け継ぎ、ボランティア活動に参加した。

 震災支援に限らず、秋篠宮ご夫妻はこれまで培ったネットワークをもとに、活動の幅を広げている。

 「自分は多様な人々を結び、調整するコーディネーターでありたい」。秋篠宮さまは自身がかかわるさまざまな研究分野について、20年来の親交がある国立科学博物館の林良博館長にそう吐露している。

 秋篠宮さまは総裁などとして、多くの団体に関わっている。共通するのが、そこに集う人たちのつながりを重視している点だ。秋篠宮さまの提唱で03年に創設された「生き物文化誌学会」には、研究者を始め全国各地の企業家や地域の文化人、高校の先生など多種多様な人材が集まっている。秋篠宮さまは毎回、会員と肩を並べて前列に座り、自ら質問に立ち、懇親会では酒を手に語り合う。

 3代目会長で、秋篠宮さまが小学生のころから親交を重ねてきた湯浅浩史・進化生物学研究所理事長は、「長い年月をかけて築いた市井の人脈が、秋篠宮家ひいては皇室を支えているのでしょう」と話す。(島康彦、伊藤和也)

■ご一家で支え合い

 秋篠宮さまと紀子さまの出会いは学習院大学在学中だった。周囲も公認の仲だったにもかかわらず、記者が紀子さまに交際について尋ねても、いつも笑顔でけむに巻かれていた。

 だが、1度だけ、記者の前で紀子さまが涙ぐんだことがある。秋篠宮さまが大学卒業後、英国に留学中の時のことだ。当時は携帯電話やメールは一般的ではなく、海外との連絡は時差を超えての国際電話だった。学習院のキャンパスを散策しながら、記者が「英国にいらっしゃる殿下から連絡はありましたか」と尋ねたところ、紀子さまは弱気な表情を見せ、涙顔になった。お二人の今後を案じた様子には、秋篠宮さまへの思いがあふれていた。

 秋篠宮さまが英国留学から戻った1990年に、お二人は結婚式をあげた。それから25年。3人のお子さまに恵まれ、秋篠宮家は皇室最多の5人で構成される。ただ、秋篠宮さま、悠仁さまと2人の皇位継承者を擁するものの、決して支援態勢は十分ではない。

 皇太子ご夫妻と愛子さまがいる直系の皇太子家には宮内庁の一部局「東宮職」が置かれ、専従の侍医を含む約50人のスタッフを抱える。一方、秋篠宮家の職員数は約20人で、侍医もいない。限られた環境をご一家全員で支え合ってきた。

 宮内庁関係者によると、秋篠宮ご夫妻は地方を訪れる際、公務に支障がない限り、日帰りを希望するという。小学生の悠仁さまと少しでも一緒に過ごしたいという親心からだ。悠仁さまが幼少時、ご夫妻が家を空けた際には、眞子さまや佳子さまが自主的に離乳食を作ったこともある。海外訪問から帰国するなり、幼い悠仁さまを抱いて歩く紀子さまの姿を見たことも。

 紀子さまは「妃殿下」として秋篠宮さまの国内外での活動に同行するほか、宮邸内では「妻」として日常を取り仕切るなど「何役も果たさなくてはならないお立場」(宮内庁幹部)だ。しかし、紀子さまと親しい関係者はこう明かす。「常に前向きで、何事にも努力を惜しまない。すごく我慢強い。私たちにも何も言わないんですよ」(斎藤智子)

■秋篠宮ご夫妻の歩み

1965・11・30 秋篠宮さま誕生

  66・9・11 紀子さま誕生

  84・4   秋篠宮さま学習院大学法学部政治学科に入学

  85・4   紀子さま同大文学部心理学科に入学

  90・6   結婚の儀。秋篠宮家を創設

  91・10・23 長女眞子さま誕生

  94・12・29 次女佳子さま誕生

2006・9・6 長男悠仁さま誕生

■秋篠宮さまの主な役職

 皇室会議予備議員▼山階鳥類研究所総裁▼日本動物園水族館協会総裁▼御寺泉涌寺を護る会総裁▼恩賜財団済生会総裁▼大日本農会総裁▼大日本山林会総裁▼世界自然保護基金ジャパン名誉総裁▼日本テニス協会名誉総裁▼日蘭協会名誉総裁▼全日本愛瓢会名誉総裁▼日本水大賞委員会名誉総裁▼日本ワックスマン財団名誉総裁▼サイアム・ソサエティ名誉副総裁▼東京大学総合研究博物館特招研究員▼東京農業大学客員教授▼生き物文化誌学会常任理事

ありがとうございました。


日テレ

 29日に「銀婚式」を迎えた秋篠宮ご夫妻が、これまでにない形式で25年の歩みについて感想を寄せられた。

 秋篠宮ご夫妻は29日、結婚25年目の「銀婚式」を迎え、文書で感想を寄せられた。異例の対談形式をとっていて、両殿下は相談しながら一緒にパソコンでつづられたという。結婚生活について秋篠宮さまが、「ほとんど言葉に出さないので不満かもしれませんが、感謝の気持ちもきちんと持っていますよ」と率直に気持ちを述べられると、紀子さまも「それはうれしいです」と応じている。

 お子さまについても書かれ、秋篠宮さまはイギリス留学中の眞子さまから父の日にカードを受けとったことに、「妙にうれしい気分になりました。久しぶりだったからかな」と父親心をのぞかせた。また最近、佳子さまと買い物に出掛けたことを、「父親にたいしてつっけんどんな態度のことが多いのですが、意外と優しいところもあり、私が自由に選んだものについて代わりに会計をしてくれました。もっとも帰りに彼女にそのまま荷物を持たせていたら注意されましたけどね」とユーモラスに語られている。

 最後に家庭人としての自己評価を行ったご夫妻は、「優・良・可・不可」のうち、可能性を秘めた「可」だとして優や良を努力目標としたい、と締めくくられた。


「努力目標にむけて」

紀子さま。




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コメント

佳き日に

秋篠宮殿下妃殿下 御成婚25年 おめでとうございます(*^o^)/\(^-^*)


素敵な 自然なお二人の普段の会話が 聞こえてくるようでしたね~。紀子さまの 「あと何分などと言われると、プレッシャーを感じます」 や 秋篠宮殿下の佳子さまの塩対応(笑) のお話は なかなか粋な感じがします。 中には 最初にお住まいの職員住宅の事など さりげなく配慮をされたようなお話は 大人の対応だなぁと感じました…ご自身達は あまりこだわってないようですが どうでしょうかね~(^_^;)

自分も今年 銀婚式でしたが 庶民でも山あり谷あり…でも 嫌なことも結構今は 笑話になる不思議。秋篠宮両殿下と共に(ずうずうしい?) 頑張ろう♪と思います!!

くおん様、大変ご無沙汰しております。
いつもブログ拝見させていただいておりました。

今日は本当にうれしい日になりました。
お二人の銀婚式をお祝いするかのごとく、晴天で、爽やかな風もふき、八百万の神々が喜んでるおられるように感じました。
これからも秋篠宮家のご繁栄をお祈り申し上げます。

ほんとうに佳き日になりました。

おめでとうございます!

kuonさま
秋篠宮さまの記事のアップ、
ありがとうございます。
紀子さまは、最愛の秋篠宮さまと
結ばれて、良きお子さまをもうけられ、
まして、たったお一人でおわします親王殿下を皇室に授けた素晴らしいお方です。
この方に皇室は、一番感謝をなさらなければならないのですが、、。
宮家は、例え、皇族でなく、
親王殿下、内親王などの称号を
持たなくとも、十二分に
幸せなご家族でいらっしゃいますものね。


コーゴーさんは、綺麗。(でした?)
紀子妃は、美しい方。

その様な言葉が思い浮かびました。




おめでとうございます

今回の対話方式の文章、とても良かったですね。
秋篠宮様のご提案、とても思考が柔軟な方ですね。
ご夫婦の関係、お互いに尊敬し信頼しあっていらっしゃるのが伝わってきます。
佳子様とのエピソードもほっこりしてしまいました。
父の日のプレゼントでしょうか。
そのまま、荷物を持たせていたら、すかさずご注意・・
やっぱり、佳子ちゃん、鬼軍曹(笑)

宮様は「もし、紀子に出会わなかったら、結婚しなかったかもしれない」とおっしゃっているんですよね。
皇統を考えれば、それは許されないと思いますが・・・
学習院大学の書店で運命の出会い・・・
きっと、神様がお決めになったんだと思います。

婚約内定の記者会見で「礼宮さまとのんびりとした家庭を築いていきたいと思います。」とおっしゃった紀子様。
とんでもない状況になるなんて、思いもよらなかった事でしょう。

紀子様でなければ、耐えられなかったと思いますし、殿下も筆頭宮家として、両陛下を支えることは出来なかったでしょう。

悠仁様が書いた絵、いつか宮内庁の作品展で拝見できるといいですね。

庶民がモヤモヤしていたことに対する答えの織り込まれた、素晴らしい『対談』でした。

また、微笑ましく楽しい内容の中に、兄夫妻を批判したり両親を庇ったりする含みを持たせているところ、さすがですね。

そして、やはりネットをご覧になっているんだなと確信いたしました。
(鬼の首でも取ったみたいに言うことでもありませんが(笑))

こんなに胸のすっとする会見は久しぶりでした。
このお二方、大好きです。

KUON様
会見の内容をありがとうございます。
秋篠宮殿下妃殿下のご結婚25周年を心からお祝い申し上げます。
私も結婚20年超えたあたりです。夫の仕事の浮き沈み、親との確執、子供の出産、教育、反抗期(笑)、受験など、色々超えて今は就職にむけてヤキモキ。そういういろいろを秋篠宮さまご夫婦も皇族と言う大変なお立場の中、お二人で乗り越えてらっしゃったんだなとますますご尊敬と親しみを感じました。
子供のころは皇室って、国民の見本だと思っていました。上品で静かな中にも粛々と祭祀や公務で国民を支えてくださる存在。
それが、病やごまかしの象徴みたいな盗宮をさんざん見せられて、気持ちが離れておりました。でも最近の秋篠宮さまの
存在で皇室も持ち直した感じがいたします。
これからも秋篠宮家皆様のご健康をお祈りするばかりです。

転載ありがとうございます。
実は、私自身の家族関係に苛々し、落ち込んでいるときに拝読し、何とも清々しい気持ちになり救われました。
ちょうど紀子様が大学院にご在学中に学習院大学に在学しました。たまにお見かけする姿は、感動的でした。会見でのイメージとは逆で、しっかりしたお嬢様だという評判でした。
素晴らしいご家庭を築かれて…。お幸せそうですね。

驚きました!

神社が行う大切な行事である
大祓。半紙を人型につくり、
半年の穢れを流すものですよね。
ずっと続いている祭祀に、
天皇、コウタイシ、は為さらず
紀子妃お一人で、祭祀にお出ましに
なられたそうでございます。
去年は、真子内親王がなされたとの
こと。
やはり、ナンダカンダとトーグー
擁護が言ってましても、
為さる方々、為さらない方々。
どちらが国のこと、民のことを
心に留めてくださっているのかを
鑑みれば、答えは一つですね。
国の為の祭祀には、知らぬ顔、
海外公務には、嬉々として出かける

あらあら、箱根の権現さまも
御怒りの様でございます。
日本の象徴、富士山も???
全てのものには、理があります。
決して侵してはならない理が。
自然は神様からの戴きもの。
国民を代表して在る皇室が、ただの
虚飾に満ちたものとなるならば、
御怒りは、御尤ものものだと思って
しまいますが。
秋篠宮さまが、留めてくださいますように。

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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