KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

美談未遂。

「自転車当選といい皇太子妃になることといい、彼女には“運”がついている」

と、のたまったのは、チッソの終生名誉会長であった江頭豊の妻、寿々子さん。。

このスズコさんは、皇太子妃・まさこさんのお祖母さまでもあります。さすが並の感性ではない。

一番下の方に、なかなかユニークな「孫娘像」もご紹介しております。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


石牟礼道子「苦界浄土」を中心に、声を少し、並べさせていただきます。

「銭は1銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に69人、水俣病になってもらう。あと100人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

(合同慰霊祭には、患者と関係者しか出席せず、水俣市発展市民大会には患者が出席しなかった。一般市民と患者たちの間は、完全に分裂状態にあった。それは加害者の側のの常套手段であり、驚くにはあたらない。まず、仲間割れを誘う。)

(患者たちの補償交渉は、そうした水俣の空気の中で始まった。)

「みんないわす。会社が潰るる、あんたたちが居るおかげで水俣市は潰るる、そんときは銭ば貸してはいよ、二千万円取るちゅう話じゃがと。殺さるるばい今度こそ、小父さん」

官は、厚生省批判に対しこう怒鳴った。

「政府が人命を大事にしなかったことがあるか。いまのことばを取り消してもらおう!」

「私たちいなか者は、厚生省は国民のことを考えてくれていると思っていた。次官さん、あなたのことばはひどすぎます。私たちは犠牲者なのです。やわらかいことばでしゃべって下さい」

           この厚生省政務次官は後の総理・橋本龍太郎。
彼は彼の役目を生きていた・・・・のだろう・・・。。

「東京にゆけば、国の在るち思うとったが、東京にゃ、国はなかったなあ。あれが国ならば国ちゅうもんは、おとろしか。水俣ん者共と、うっつ、がっつじゃった。うんにゃ、また一風ちごうて、まあだひどかった。むごかもんばい。見殺しにするつもりかも知れん。おとろしかところじゃったばい、国ちゅうところは。どこに行けば、俺家の国のあるじゃろか」

「私たちは許すことにした。
全部許す。
日本という国も、チッソも、差別した人も許す。
許さないと、苦しくてたまらない。
みんなの代わりに私たちが病んでいる。許す。」


「まだ生きたい」

と言って亡くなった。杉本栄子さん。

水俣病患者互助会五十九世帯には、死者に対する弔慰金32万円、患者成人年間10万円、未成年者3万円を発病時にさかのぼって支払い、「過去の水俣工場の排水が水俣病に関係あったことがわかってもいっさいの追加補償要求はしない」という契約をとりかわした。

「大人のいのち十万円
子どものいのち三万円
死者のいのち三十万円」


「陸に打ちあげられた魚んごつして、あきらめて、泪ためて、ずらっと寝とるとばい。夜中に自分がベッドから落ちても、看護婦さんが疲れてねむっとるときは、そのまんまよ。」

晩にいちばん想うことは、やっぱり海の上のことじゃった。海の上はいちばんよかった。

春から夏になれば海の中にもいろいろ花の咲く。うちたちの海はどんなにきれいかりよったる。
・・・・・
わけても魚どんがうつくしか。いそぎんちゃくは菊の花の満開のごたる。海松は海の中の崖のとっかかりに、枝ぶりのよかとの段々をつくっとる。・・・」




「あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。軽うござすばい。木で造った仏さんのごたるばい。よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。

あっはっは、おかしかかい杢よい。爺やんな酔いくろうたごたるねえ。ゆくか、あねさんに。ほおら、抱いてもらえ。」


「部落にも居られん、水俣市にも居られん、国に行ってみても、国もあてにならん、みんなチッソとグルちゅうことがわかった。やっぱりそんなら、ふり出しにもどって、本家本元のチッソ本社に、お世話になりにゆこ。病人も、ひきとって養うてもらお。ああもう、ながい苦労じゃった」


「はい、もうみなさま方の前で死んでくれれば一番ようございます。それでこの子も本望というもんでございます。

今日はな、美しか服ば着せて来ました。みなさま方にこの子ば見てもらおうと思うて。十七年間もな、夜の目もなかごとして育てて来ました。よんべな、風呂にもいっしょに入ってな、匂いのよか石鹸で洗うて髪もな、今朝もな、ほら、顔も美しゅう、拭いて来ましたばい。

ねえ、とも子。
ほら、先生方の、よか子じゃよか子じゃち言わすばい、裁判長さまの。
美しゅうなって来たもね、死んでもよかねえ、とも子。今日まで大切に大切にして育てて来たもんね。・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、どすこさんよりお借りしています。

↓ この部分は露払い。ドスコイ!。

1986年10月18日、小和田雅子がスペインエレナ王女レセプションパーティーに参加(予め用意されていた出席者名簿に記載されておらず急遽手書きで追加という飛び入りっぷり)し浩宮と会った日の夜、母方祖母・江頭寿々子に語ったとされる言葉「浩宮様ってそんなにおえらいの?」のこと。
なおこの言葉は「皇太子さまっておえらいの?」と誤って認知されているきらいがあるが、1986年はまだ昭和の時代。「皇太子」は今上陛下を指すことになるため誤りである。

当時小和田雅子(23歳)は東大法学部に学士入学の在籍中で、且つこの時点で外務省入りが決定している。それでありながら日本の皇室・浩宮という存在について「そんなにお偉いの?」と問い&“無邪気な感想”を発しているのは、まともに考えれば日本についてとんでもなく無知蒙昧な女が外務省員になるということを意味している。

この「おえらいの?」発言については、「雅子は皇室に地位や特権目当てで入り込んだのではありませんよ!だって雅子は浩宮がおえらい人かどうかすら全然知らなかったんですから!!」という印象を世間に与えようと、祖母江頭寿々子の口を利用して小和田家が雅子にカマトトぶりっこ演出していたのではないかという見方も有力である。

以下の部分は本割です。ドスコイ!。


『週刊新潮』1989年11月23日号<「妃候補」小和田雅子さんの線はこうして消えた>記事
pp.49-50より引用

「雅子が何に傷ついたかといって、この騒ぎの間、皇室周辺のマスコミから、盛んに気の強い女だと書き立てもされたことがその一つだったようですよ。しかしあの子は本当はそんな子ではないのです。ふだんは熱烈な巨人ファンで、涙もろいお婆ちゃん子。東京でずっと育っていればソフィストケートされたのでしょうが、外国で育ったせいか、非常に素朴な子でしてね、気が強いなどといわれたのもある状況の下で理不尽なことをされて多少キッとなったことが誇張されてしまったのですよ」

「雅子は気が強いと書かれたこととお爺ちゃんが公害企業のトップだと書かれたことにいちばん傷ついていましたね」
 と祖母の江頭寿々子さんもこう語るのだ。

「とにかく、外交官というお仕事は、私に言わせれば、あれぐらいキッパリものがいえなくては務まらないんじゃないかと思われるし、本人がしっかりしているからこそアメリカで高校も出、ハーバードも優秀な成績で卒業できたんでしょう。祖父が銀行から派遣されてチッソに行ったのも公害問題が起こったあと。皇太子さまとお会いしたことがあるのも事実ですが、何分、本人は外国育ちなので宮中のことにも疎く、最初にお会いしたあと、帰ってきて、私に“お婆さん、浩宮様ってお偉いの”なんて聞くんですよ。“次の次の陛下(当時)になられる方ですよ”というとビックリしていました。いろいろお話ができて楽しかったと感激していましたが、本人にとっては決して愛情問題ではなかったのですよ」

 雅子さんには、実はすでに心に決めた男性がいるという噂もある。
 彼女は、ロンドンでの騒ぎのあと、高熱を発し、「一週間ほど寝込んでしまった」というから、罪な話だったことになる・・・・。


・・・軍配はいずれに。

「気が強いと書かれたこととお爺ちゃんが公害企業のトップだと書かれたことにいちばん傷ついていましたね」

並列否定のユニークなお家なようです。

この江頭夫人には、水俣の患者さんがたのことは、自分には無関係のことなのでしょう。

無関係以上に、ムカつくことみたいな匂いも感じます。凄まじいことと思います。

一昨年、両陛下は、熊本へ行幸啓され、水俣へも足を延ばしてお花を捧げられました。

お帰りの際のお見送りの人びとの中に、今日、その作品からあれこれ取り上げさせてもらった、作家の石牟礼道子さんも混じっておられたのでした。

石牟礼さんはご病気のため、車椅子で。

美智子さまともそれまでに面識はおありの方でしたが(美智子さんは有名人がお好き・笑)、時間のせいか何のせいだったのか、あ、という感じで見て、そのまま、歩み去られたのでした。

今上ご夫妻が水俣まで、行って。そこで、水俣作家とはからずも呼ばれる石牟礼さんの手を取って、とか。

ぐうぜん起きた美談めいて、皇后さまはそういうの、大好きなのになあ、と、少し、不思議だったKUONでした。

長男夫婦は行っていないし。ご自分たちも、水俣へは初めて行かれたのでした。



お返事が遅れています、しばらくお持ち下さい。




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コメント

マサコは魚(とと)ではなかった

KUON様、

苦海浄土の文、何度も、こちらで拝見し、その度、涙が出て来ます。
高校の課題図書にあったのですが、恥ずかしいことに、全部読んだことがありません。苦しくて、どうしても読み進めることができずにいます。
今こそ、きちんと読まなければと思います。

母親になり、子を持つ身になってからは特に痛いほど伝わってきます。

このような事件を起こし、被害者に対して非道の限りを尽くした祖父を持ち、出自不明な雅子夫人であっても、水俣の謝罪をし、被害者のために祈ってきたのなら、神々も受け入れてくださったかもしれません。

でも、何もしていない。する気もない。「オジイ様ガ、悪ク言ワレテイル」と言っていたそうですから。

また、美智子夫人にさえ、第二水俣病の影がつきまとうとは。

佐々敦行さんの本に、後藤田正晴氏が雅子夫人の入内に反対したとありました。
「皇居にムシロ旗が立つ」と言って反対したそうです。
先帝陛下も反対されていましたし、沙汰止みになったはずでした。

それが、先帝陛下崩御を待っていたかのように雅子夫人が再浮上し、まんまと国民を騙しました。

この大不敬だって、当時は、秋篠宮様と紀子様にスライドされていたのを覚えています。

「先帝陛下の喪中に婚約か、結婚か」と。

さて、どなたのことやら。

先帝陛下の喪中に、先帝陛下がお許しにならなかった女性を皇太子妃にする手引きをしたのは、どなただったか。
しかも、皇太子の意を尊重する風を装って、本物の姫君を退けてまで、先帝両陛下への復讐まがいの縁組みをしたのは、どなただったのか。
美智子夫人だったのだ、と、私の中では全部がつながってしまいました。

美智子夫人が反対したなら成立しなかった話だからです。
まして、「おできになるから」発言を聞いた後では、確信しました。

マサコは、ととではなく、ミチも、シロではなく、限りなくクロに近いのだと思います。

ただの推理と笑えないところが悔しいです。

@あさき さん。

お返事遅くなりました。


>このような事件を起こし、被害者に対して
>非道の限りを尽くした祖父を持ち、
>出自不明な雅子夫人であっても、
>水俣の謝罪をし、被害者のために
>祈ってきたのなら、
>神々も受け入れてくださったかもしれません。

私の思いもそこへ行きつきます。

過去へは戻れないし、あったことを消し去ることもできません。

ただ、ただ、その後のありよう、生き方で、もしも罪と呼べるものを持つなら、償って行くしかないように思います。

しかし、あの人たちは違いますから。

そして。すべてが。

>美智子夫人だったのだ、と、私の中では
>全部がつながってしまいました。

ここも同様です。こうとなれば、ヤフオクのこともテイァラの件も、遡ってまさこさんの入内に就いても、繋がりますし、納得が行きます。というより、そこにしか行きつかない。

おそろしいことですが。

一泊のパラオで五着もお召し替えになったとネットに書かれたら、今朝のアキノ大統領のお迎えにも、慰霊の際のスーツをお召しです。

人を、何だとお思いかと。

数多くの写真を眺めていると、ダマサレていたんだ、と、あまり好きでは無い種類の被害者意識に似た、いや~な感情が噴き上がって来ます。



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