KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
  2. tb: 0
  3. cm: 15
  4. [ edit ]

よくわからない。




「英霊」という概念と「遺骨」は、イコールではない。私の考えではそうです。御魂も遺骨も、お一人お一人のものであるのは言うまでもないですが、イコールではない。

第二次世界大戦における日本人戦没者は310万人といわれ、そのうち外国を中心に遺されているおよそ113万人、それだけの遺骨が、収容されていないという。

熱心なねんごろな方々のご努力によって、遺骨が帰還されても、身元の判明はますますむずかしいこととなり、空襲など国内での戦没者だけでも、30万柱以上が「無縁仏」になっておられるのが実情といいます。(毎日新聞から)。

数をあげればパラオには、一万数千柱が未だに、遺されておられると。


戦争は、現実にありました。


多くの犠牲がありました。


天皇陛下が、日本の国民と国家の安寧、繁栄、世界の平和を、祈って下さる存在というのがまことなら。

公平にどこへも。ニューギニアにもミャンマーにもシベリアにも、等しくお運びにになれない、人でしかない御身なら。

フラフラと出かけたりなさらず、お召し物を何度も替えたりなさる必要も無い、天皇が祈る場所に、しかとどっしりと御身をお定めになられて。

天皇のつとめたる祭祀をおつとめになり、神事を欠かさずの、天皇らしい慰霊を。

どの国、どんな僻地で果てられた方々の、一人としてこぼれることのない、全き祈りを、捧げられる、お立場ではないかと。


遺骨の収集には、お金も要ります。

英霊は、ご自身の願うままに、肉体を離れるや否や、還りたかったところへ、還っておられるでしょう。靖国へ行っておられない御魂も、自由な存在となって、望んだ場所へ行かれたと、私は信じています。


ご遺骨は、そういうわけには行きません。自分ではお帰りになれません。

このたびのようにお金をお使いになるなら、そうなのなら、かえれないままのご遺骨のために。

思い切って言ってしまえば、遺骨のお帰りを願う。ということは、問答無用の正論のようなものです。

無駄遣いのようにお使いなら、せめて、本気で考えられている方々の方に、お使いになられたら。

こういう風に、申します。こうしか言えない。

この問題は、一概に言い切ることのできない問題で、私は今は

慰霊、とお騒ぎになられたことに、主に気持ちが向いているのです。

私個人の、思いです。

A級戦犯という言葉は、日本の皇后が使う言葉ではありませんでした。

あの体たらくの皇太子を次代と仰ぐために、亡くなって下さったのか。そんなわけ、ないと思う。本当に、慰霊などとお考えなら、たんにあの立場に生まれついてしまっただけで、神さまにつながるものを一切感じさせない皇子に、次代を託そうとなど、考えられない・・・と思いますが、

それしかおありにならないようで。

ちゃっちゃとパラオ慰霊記念硬貨も出ます。(笑)。

















スポンサーサイト


  1. 2015.04.14 (火) 14:29
  2. [ edit ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2015.04.14 (火) 15:34
  2. URL
  3. ひろおんぷ
  4. [ edit ]

こんにちは。

ニュースで「慰霊の旅」の映像を何度も目にしました。

飛行機のタラップをお降りになる美智子さまの足下の非常に覚束ない様子が見受けられました。お顔だちも以前とは異なる気がいたしました。

皇室は祈りである、ならば、あちこちにお出ましにならず、心穏やかにお祈りだけされていればよいと思われます。チェロを弾く愛子さんと同じくらい、痛々しくて、残念な美智子さま。

普段皇室に興味がなく、どちらかといえば斜め向きに捉えている夫でさえ、「天皇か皇后かどちらか相当具合が良くないのではないか。だから皇太子と雅子が存在感出しているんじゃないのか。」と言い出す始末。

もう普通の国民でさえおかしさに気づいている次第でございます。
  1. 2015.04.14 (火) 17:45
  2. URL
  3. プリン
  4. [ edit ]

とっても、深くて、重い、お話でした。
心に染みました。
世界平和とかいう言葉よりも。

御遺骨は、「ーー柱」と数えるのですね。

  1. 2015.04.14 (火) 18:51
  2. URL
  3. 大和こころ
  4. [ edit ]

早速、拝見しました!

不必要な善意のブログを読ませて
頂きました。色々、勉強になりま
すので、これからも拝見して参り
ます。ありがとうございました。
ところで、慰霊の旅について、、
私も祖父を戦争で亡くしています。
残された祖母は、姑と3人の子供を
抱えて、並々ならぬ大変な生活であったと思います。長男の伯父も特攻隊の生き残りとなり、ずっと精神を
患い、またそれでも、大変な思いを
した様です。何でか、祖父の遺品が
家に有りますが、瓶に入った戦地の
土、墓石は建っていますが、中には
爪が入っているそうです。
今の皇室を見ていますと、堪らない気持ちになるのです。今は、その伯父も母も此の世におりません。
皇室は祈りで在りたい。と皇后は
おっしゃったものと、記憶しておりますが。 ならば、祭祀も公務も出来ない子孫を、今の位に留めていることは、最早皇室の存在さえ、蔑ろに
することになるのでは、ないのでしょうか?皇室が真の心から、日本国、日本の民を愛し、祈願していただかなかったらば、戦死した者、今も
敬愛の念を持ち続けている者に、
どうお答えになるのでしょうか?
東大?ハーバード?外務省?
偏差値?器楽?ご優秀など、如何でも宜しいです。皇室自体が皇紀2700
年の世界的ブランドなのですから。
伝統に培われた、神の祈りの中に
神と民との橋渡しを為さっていだければ、その笑顔の中に、国父国母と
しての清々しさをいただければ、
充分なのです。
kuon様、素晴らしいブログです。
在るものに疑問を呈するのは、浅はかな弁護より、皇室に対する深い愛と尊敬を感じます。正すことと、揶揄することとは、違います。
頑張って頂きたいと、お祈り申します。
  1. 2015.04.14 (火) 21:12
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事させていただきます。


@ヒミツのYさん。

う~ん。考え方の基礎から異なりますので・・・クリスチャンの方とバトる気持ちは、いっさいありません。私は変わらないし、自分以外の誰かの大切なものをどうこう言う気もありません。

靖国には何もない・・・もしかして、そうなのかも知れませんね。でも、何も無いと思わない人もおいでです。そこに触れてはいけないものもあります。そうではないでしょうか。

見えないものの世界です。私はあなたの大切なものを大切なのだろうなと思いますから、ここへ、しかもヒミツコメントで、靖国は空っぽだよ、と、言いに来ないで下さいね。お思いになるのは、あなた様のご自由です。

お願いします。



@ひろおんぷ さん。

>皇室は祈りである、ならば、あちこちにお出ましにならず、
>心穏やかにお祈りだけされていればよいと思われます。
>チェロを弾く愛子さんと同じくらい、痛々しくて、
>残念な美智子さま。

・・・杖を、お使いになればいいのにね、の声が高まっています。

私も時に使いますが、本当に楽ですし、少なくとも一国の天皇を杖代わりにする惨状も・・・。

ご高齢の身で、アクセサリーを欠かさず、パンプスをお履きになっての皇后さま、ご立派と思います。服のデザインは、わが目には壊滅的に「ブー」ですけど。あは、これ書けるようになって、快感。誰がどう言おうと、あの服も帽子も「変!」。

今の美智子さまが、歩行に杖をお使いになって、誰が何を言いましょう。いいません。ただ、まさこは何をしてる?となるかもしれませんし、天皇を杖の代わりになさるお方は、ただお一人で。すっごくお気に召している、かも知れませんね。皮肉がきついですかしらん。

痛々しい皇后さま(と言われるのもお好き)、痛ましい愛子さん(ごめんなさい、でも利用のされようが)、中間にいる、めっちゃふてぶてしい、またこたま。

アメリカ映画の中なら、おーまいがっ。そのような有様にお見受けします。

皇族に、武士道の精神は無いと不要と教わり、ものすごおく納得したのですが。

うちら、知らない内に、武士道みたいなもので、いろんなことを図っている気がします・・・

武士は食わねど、とか。

恥を知れ、みたいに。心の中で吐き捨ててしまうのですわ。・・・。



@プリンさん。

そうなんです、「柱」と数えるのです。

「海行かば水漬く屍   うみゆかば みずくかばね

「山行かば草生す屍   やまゆかばくさむすかばね


これは、戦争の時に誰かが作ったものでなく、大昔に、大伴家持という歌人が詠んだ長歌の一部です。

海に山に地に、打ち捨てられて陽に灼かれて、風にさらされて時には何かに食べられて。

白く乾いたお骨になられた。

みつけてもらって故国へ還った遺骨、おそらく地の終わる時までまで忘れ去られたままの遺骨。遺骨の運命もさまざま。

平等なんてあり得ない。であるゆえに、

魂は、身から離れて自由になって、お帰りになっておられると、私は、思いたいのです。

隔てのない御心で、あらゆる御魂を慰撫される天皇を夢見るのです。

とか、ちょっと甘みが過ぎましたか。てへ。




@大和こころ さん。

長屋の爺さんのブログを、さっそく訪問されたのですね、私も学ばせてもらうこと膨大です。

>東大?ハーバード?外務省?
>偏差値?器楽?ご優秀など、如何でも宜しいです。

>皇室自体が皇紀2700 年の世界的ブランドなのですから。

>伝統に培われた、神の祈りの中に
>神と民との橋渡しを為さっていだければ、

>その笑顔の中に、国父国母としての清々しさをいただければ、
>充分なのです。

「伝統に培われた、神の祈りの中に
神と民との橋渡しを為さっていだければ、」

私も、この通りに考えます。

なんだか真面目な良い子ちゃんになって行きそうで、いささかそれが恐ろしく、不良ばあちゃんの立ち位置はぶれるまいと考えつつ・・・あまりにも、あのお立場のお方のなされようが、と、胆の潰れる思い・・・違いますでしょう、と、いや本当に、真面目っ子ちゃんにはなるつもりが無いのですが。。。

思うこと、多過ぎます。

これからもよろしくお願い申し上げます。



  1. 2015.04.14 (火) 22:02
  2. [ edit ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2015.04.14 (火) 22:38
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ヒミツのYさん。

あのう・・・。

よく解りますよ。すっごく解る。でも、ここで、あなたはヒミツでさ、あなたが書いていることも当然、表に出てゐなくて。

私は、ヒミツで書いて来ておられるあなたの、ヒミツ性を尊重したい。これは本当の事。

それで、ね。

「誤解」も何もないんちゃうの?。

正面から向き合えていないのですよ。

ヒミツのコメントは、そこが困ります。良く分かり合えないではないですか。

とにかく。本当は私は、五分五分で話したいのです。でないと、真の話が出来ません。

よく、わかるんですよ。でも、ヒミツの相手と、向き合えないよ。どう向き合うんだよって話。私、言うのならきちんともの、言いたいし。

でも、語りあうとか議論とか、する気が無いとは、ずっと書いてる。

私がここでお相手させてもらう方は、一人や二人では無い、そして、拙いながら未熟ながらボロボロながら、私、自分なりに正面向いて、向き合ってるつもりなんです。



  1. 2015.04.14 (火) 22:44
  2. URL
  3. ジェリコ
  4. [ edit ]

「理解できない」

ちょうど今夜、英会話の先生が、
レッスンの終わる間際に、そう言ったのです。

「慰霊の旅、アメリカ人には理解できない」と。

とても博識の穏やかなアメリカ人です。
神父になる勉強をした方でもあります。
皇居前で「車のミチコサンと目が合った」と、
若い頃の思い出を誇らしげに話した先生です。

そりゃ、彼女、ボケてるからですよ、と言うのは簡単だけど、
言いたいことはそれだけじゃないので、
というか、そこじゃないので、何も言いませんでした。

言いたいこと、つまり、KUON様の記事のようなことを、
英作文して先生にメールしようかしら。
非合理的なんですよ、最初から狂ってるんですよ、
ずっと裏切られていたんですよ、と。

案外、「そうだね、そう思うよ」、と、あっさり言われるかも。

だって、考えて合理的に行き着くのがそういうことだと思うから。



  1. 2015.04.15 (水) 00:19
  2. URL
  3. orenge
  4. [ edit ]

お返事にも

全てに同意です。
蔵王が噴火しそうです。御嶽が噴火した時に天皇の祈りが本物ならばあの程度の噴火は抑えられたと仰る方がいらっしゃいました。

何かに力を殺がれているとも仰っています。
きっと祭祀の簡略化かもと。
外国では遺骨は徹底的に探して持ち帰るそうです。
日本人のここが理解しがたい処です。

硫黄島の遺骨は滑走路を剥がしてということですがいつになるやら
いつも心のこもった記事をありがとうございます。
感服しております。
  1. 2015.04.15 (水) 00:26
  2. URL
  3. プリン
  4. [ edit ]

KUON様が書いてくださったように、
多くの人手、
お金を掛けても、

全ての遺骨は、帰らない。
そして、勿論、命も、かえらない。

だからこそ、せめて、安らかに眠ってと祈る。


それにしても、
先日の「慰霊旅行」
なんだったのだろう。。。

なんだか、「演出」が、ハリウッド的だった。

チャーター機
ヘリコプター


衣装もシーン( 場面 )ごとに。

本当に本心からの「慰霊」だったのか。

なんだか、、、「この辺りで、一花咲かせて、おこうかしら」

の気持ちなかったのだろうか。。。


「パラオルール」、、、
最期まで、軍服に身を包んで亡くなった、日本の兵隊さんの御霊に、
失礼な気がする。



  1. 2015.04.15 (水) 14:18
  2. URL
  3. 今出川
  4. [ edit ]

靖国

先日 娘が鹿児島に旅行にでかけました。
桜が満開の知覧にも足を延ばしたようです。
綺麗な桜の写真を見せながら
「同じくらいの年の人達が あまりにも立派で涙がとまらなかった」と。

 散る桜 残る桜も 散る桜   良寛

綺麗な桜とその句があまりにも悲し過ぎるとまた泣いていました。


半年前には高校生の息子が東京の修学旅行での自由時間
班の仲間と靖国に行って来たようです。
私達に「このお守りはいつものものと違うから」と

義母が「お兄ちゃんがそこにいるから行ってくれてありがとう」と
言いますと「じっくりいかなあかんな」と

靖国で会おうと国の為に身をささげた方々が居られたことを
忘れてはなりません。


  1. 2015.04.15 (水) 20:37
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事させていただきます。



@ジェリコさん。

話は外れますが、わたしアメリカのハワイ州に行ったとき、パンチボールの丘って、真っ白な墓標がたっくさんのお墓地へ行って。妙に羨ましかったのです。

ここでは、亡くなった兵隊さん、明るく大切に思われてるのだなあ、と。国旗にも国家にも、くら~い感じはないですよね、アメリカ。

国歌を拒否するとか国旗に拝をしないとか(学習院の院長も、そうでした、変わりましたが)、それが「かっこいい」みたいな自分の国って・・と、愕然としましたね。

今は、小さめの「マイ国旗」を、旗日に掲げています。いろんなイベントで、息継ぎもできない歌手がへたくそな「君が代」を斉唱(?)すると、引っ込めアホ~とわめいております。難しい歌ですが。

長年の、強い願い。か何かしりませんが、なんだか訳がわかりませんよと、言いたい気持ち。あの長男では、すること出来ないだろう。それを放置して何の猿芝居やねん、と、書くとね。

すっごうく怒られるの。雅子さま批判は許していたが、皇后さまを、とか。何でもいいけど、どうなってもいいのね、と、思っています。私は日本人ですが、理解できません、ミー、トゥ。

どうして謝罪の旅などなさる。おかしいやろ。勝手にいい顔して謝るな。

「ぼけてるからですよ」で放置したら、えらいことになる。いっそなったらいいのかな、とも、感じる、今日この頃です。(笑)。



@orengeさん。

アメリカ人は、事故の時のご遺体に対して、日本人と感覚が違うとは、御巣鷹山の本を何冊も読んで、知りました。多くの方は、

魂は神様に召されたので、肉体に関しては・・・と、ご遺体に拘りの強い日本人とはことなる方も多かったと。

そのアメリカ人が、遺骨の完全撤収をするのですね。ベトナム戦争の時の、ご遺体バッグの話も読んで・・しっかり連れ帰られる。

日本の兵隊さん方は、食べるモノ飲むものににことかき、おかしなことに「玉砕を禁ずる」とか中途半端に命令されて・・・とか、言い始めるとキリが無いですが。

祖母だって母だって、身内の消えた土地へ旅することは叶いませんでしたが、生きている間、ずっと、朝も夕も手を合わせて、黙ってお礼と、祈りを、捧げていました。自分の場所で、毎日。悼むってそういうことなんだと、教わった気がします。

両陛下は、死者のためだけでなく、周囲の方々、迷惑をかけた方々に(。。。だとか・・・)何をしに、行った?。パラオの人びと、歓待するに決まっているではないですか。これ以後は口を慎みますが。歓待されたって。当たり前だろ、バカみたいに騒ぐな、が本音。どこへ行って何をしても「歓待された」ことになる方々です。経済効果すごいし。

遺骨の収集にも、私なりの考えはありますが、なかなか言えません。

せいぜい言って。よく、どんなことも、風化させないで、とか言ってるけど・・・やっぱり自粛。(笑)。

何回も着替えをして、陛下を杖に歩いた、あのお方に、強烈なマイナスイメージを抱いてしまっていて。まさどんの比では無くなってきました。

激しくなってごめんなさい、お許しくださいね。




@プリンさん。

ハリウッド的。なるほど~。

チャーター機、ヘリコプター、改造させた船。う~ん。

白いタキシードに赤い薔薇いっぽん、ジェイムズ・ボンドの世界?

女王陛下の007って映画もありましたが・・・そういうシチュエーションでは、女性は絶体に、若く美しいってのが、条件ですね。ボンドは渋くトシを重ねて行っても、ボンドガールは若く、よく跳ねる女性、これはスタンダードな話なので。怒っても無駄。(笑)。

・・・ふざけてはいけないのですが(そうかな?(笑))

陛下は白いシャツ姿。皇后さまがフル・アクセサリーでいらしたことは、不可解。陛下のシャツも、ボンドの、一見ふつうに見えるシャツとは、随分ちがうモノの気がします。

自分だけお洒落して、夫と子供は普段着のテキトー、な服着せて、夕方には一張羅の美豚提げて3割引きの食材探す、いまどきの・・・って、言い始めると止まりません。

カンペ読んで「こと足れり」だったナルさんの、目つきを見てから、体の中が暴風雨状態。

「最後まで軍服を着て・・・」

う~ん。着たきりスズメで、オンボロだったでしょう、兵隊さん方。その地へ「慰霊」、あのかっこで、アホとしか思えません。

ほうけておられるなら、悪く言うべきでは無い・・・何を言ってるかと思いますね。

ほうけていらっしゃるなら、そのように扱ってさしあげなければ。

ご本人が、出たがり屋さんでむずかられるとしても。そう思います。



@今出川さん。

私(たち)新婚旅行は九州にして、もちろん天文館で遊びもしましたが、知覧へ、ぜひ、行きたかったのです。

身内のひめごとがあって、その地へ行ってみたかった。夫が、いいよと言ってくれたので。

感想は控えますが。ある種の洗脳下にあったにせよ、笑顔の眩しい方々の写真を、たくさん見ました。遺書も、帰ってからもたくさん読みました。

立派です。本当に、あの若さでご立派でした、だから、涙が、こうして書いていても出ます。

すてきなお嬢さん、ご子息をお持ちなのですね。

義母様も。

ありがとうございました。
  1. 2015.04.16 (木) 17:23
  2. URL
  3. ソナチネ
  4. [ edit ]

英霊と遺骨

KUONさん こんにちは~

舅はサイバンの玉砕で戦死しました。終戦の1か月前のことです。

そして、37回忌の年に遺骨収集の方々によって我が家に帰ってきました。認識票によって身元が判明し帰ることが出来ました。

本当に稀なケースです。身元が分からない方々の遺骨は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に奉安されています。

 英霊は靖国神社

 遺骨は千鳥ケ淵戦没者墓苑

仏壇の一番下の引き出しから出して初めてページめくりました。

千鳥ケ渕戦没者墓苑 創建50年史

昭和34年3月28日竣工

竣工式、引き続き、天皇皇后両陛下の御臨幸を仰いで、戦没者の追悼式を行う。と、記されています。その後、昭和40年11月まで、毎年御親拝。終戦25周年(S45)、30周年(S50)にも御親拝。

終戦35周年(S55)皇太子同妃両殿下御参拝。

今上両陛下は、この1回のみです。(平成21年迄)


つよい、つよい 慰霊への想いならば、即位後しばらくの間は靖国神社参拝はご意志があれば可能だったのではないか~。

また、現在であれば千鳥ヶ淵戦没者墓苑もしかり、また、地方への行幸の際もよりの護国神社の御参拝もつよいご意志があれば慰霊へのおもいは、かなえられるのではないでしょうか ? 。

KUONさん。拙い文で、ごめんなさい。




  1. 2015.04.16 (木) 18:17
  2. URL
  3. プリン
  4. [ edit ]

KUON様、皆様のコメントをよんで、
戦争の話を、とても身近に感じています。

今まで、こんなに、身近に感じたことは、ありません。自分自身、驚いています。





  1. 2015.04.17 (金) 09:46
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅れました。



@ソナチネさん。

舅さまは、サイパンで玉砕なさった。37回忌の年に、認識票によって身元がわかり、やっと、ご自宅へ帰られた・・・。

>遺骨は千鳥ケ淵戦没者墓苑

私も、知識がブツ切れであやふやで、エラソーにこのごとき記事を書ける立場ではないと、重々承知をしつつ。

>終戦35周年(S55)皇太子同妃両殿下御参拝。

>今上両陛下は、この1回のみです。(平成21年迄)

改めてこのことを知り、ショックと言うか、やっぱりと言うか、靖国神社のことを調べ直しつつ、あんまり強圧的な自分になりたくないな=似合わない・笑=と感じていましたが。

この、千鳥ヶ淵戦没者墓苑のことも、もっと知りたくなりました。

何かの時は、このコメント、お借りしたいです、その時はどうぞよろしくお願いします!。

自称・へたれのちゃら男さん・ナイスボーイ、お元気でいらっしゃいますか?・笑。



@プリンさん

わたしだって、知らず知ろうとせず、お花畑でランランラン、と、長く来たヒトです。

ご一緒に、いろいろ、感じて行きましょうね、ね。



 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・