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手嶋さんありがとう。

今朝から新聞を読み、テレビを見ました。

昨日12日、東京電力の福島の原発事故現場に、初めて、記者団を入れたそうです。

細野大臣の取材を主とする常駐の内閣記者会19社、地元福島県のテレビ局、新聞社が7社、海外の代表と、合わせて36社だったそうです。

フリーの記者やインターネットメディアは、人数に制約がある、という理由で入れられず、ま、お行儀のいい、トンデモ電力様に対してトンデモなことはしないであろう、メディアが、今回、許可されたと。

いろんなことを感じ、考えたのですが、うまく頭の中がまとまっておりません。

お顔の色艶すばらしく、言葉遣いも美しい、吉田所長さんの笑顔が、わたし、とっても不思議だったのです。

カルチャー・ショックとも言えます。

どうして、笑顔なんだろう。

どうして、笑って話しているんだろう。

「福島や日本の皆様方に、ご迷惑とご不便をおかけしていること」を、お詫びする、と、言っておられました。

それだけではないだろう、と、思いました。

本当ならこの人は、ここで、笑顔で、かしこまってお話を傾聴している記者達に向かって、余裕たっぷりにコメントしている人ではないだろう。

東電の元・社長だって、他の事故のケースなら、逮捕されるとか、裁判にかけられているとか、そういうことのはずだ~。

吉田所長さんは、事故後すぐ、政府の許可が出ていないから原子炉への海水注入をするな、と命じられているのにかかわらず「停めた」とされていた海水注入を、社命に逆らう形で、決行していた方でした。

政府より、東電本社の上層部の方々より、現場を知っておられる方、ということと、無知な私でも考え、ぱちぱち、拍手しました、敬意をこめて。

テレビで見ている限り、そういう感じに変わりはありません。

ただ、違和感がありました。

細野(おとこまえ)大臣が、横で、じっとしておられて。

今後何十年、もっと長く、目に見えない放射能に、脅え続ける人々に対する、小さな感情の動きさえ感じられなかったのは、それが「おとな」の企業人の在りかただからでしょうか。

見て見ぬふり、知らないふり、感じないふり、を、うまく、上品に出来るのが、大人というものなのかな。

以前から自分は、感情面において幼稚な部分があるな、と、感じていましたが、大人になるって、私みたいにぎゃーぎゃー騒がないでいることなのかな。

あ。尾崎豊の遺書、なんてものまで読んでいたので、つい「おとな」なんて言葉にこだわってしまいました。

尾崎豊。かなり昔、遺品展、なんて催しに出かけて、ステージ衣裳を見て、あまりの細さに、中に詰まっていたはずの体やココロが想像されて涙が噴き上げてどうしようもなくなったことが・・・あ。何、書いてるんだか。

尾崎豊は、歌詞より、声と、滑舌のいい潔い歌い方が好きでした。

吉田所長さんは、サラリーマンであられるので、言いたいことも言えないのは、そりゃそうだろう、とは、思いつつ、ですよ、なんで笑ってるかな~、と、胸に残った。

福島の方々からも励ましを頂いた、と仰った時は、そういう人ばっかりじゃないぞ~と、突っ込み入れました。

実際、まだ、不思議なものを見せられた感は、消えておりません。

さっき知ったのですが、吉田昌郎所用さんは、去年の秋から所長=執行役員、というお立場なそうですね。

役員なら、会社の側の人ですのかしら。

オトナじゃないな~、わたし。

そうそう、手嶋龍一さんのこと。

9・11アメリカ同時多発テロが起こった時、不眠不休で、しかし整然と、ニュースを伝え続けておられた方。

手嶋龍一さんを、呼んで来ていたテレビ局がありました。

偶然、見られたことに、感謝する気分です。

手嶋さんは言われました・

「カメラマンは肉薄しなければならない」。

(対象に、ということでしょう)。

「カメラに、命をこめなければならない」。

「なぜ、八ヶ月もたってから」。

「出したくなかったのでしょうか」。

一度聞いただけですので、言葉通りでないです、が、こういうニュアンスではあったと思います。

ロバート・キャパと一ノ瀬泰造の写真が出て来ました。

キャパも一ノ瀬泰造も、戦争の真実をカメラで伝えようとムキになったカメラマンでした。

二人とも、戦場で命を落としています。他に、沢田教一というカメラマンも、ベトナムやカンボジアの戦争を撮りつづけて、戦場に消えた一人でした。

なぜ、ここに、キャパがとは、思いませんでした。

手嶋さんは、全くそういう風に言われませんでしたが、ジャーナリストとしての態度、姿勢について、仰りたかったのではなかったのか、と、私は、考えました。

テレビ局が、キャパや一之瀬の写真を、すぐに出して来たのを見て、それは打ち合わせ通りなのかも知れないけれど、あてがいぶちの情報を、ほい、と与えられることに・・・な人たちだっているんだ、きっと、絶対そうなんだ、と、少し、ココロがゆるんだ気のした、わたくしでした。


一号機から四号機までの、破壊された建屋群は、代表撮影として、公開されましたね。

個性的には、撮らせてもらえなかったようで。

東電って、ほんとーに、えらい会社なのですね。ふ~ん。
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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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