KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
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姑と私の私語の世界。(笑)。



夫の母のところへ行っていました。

昭和2年に生まれ、以下のように詠んでいます。

     紅色のたすきを好みてかけし日の
               思ひ出かなし野あざみの花


戦の中の青春だった。若い娘のおしゃれ心に応えてくれるものは、モンペ姿に着ける一本の赤いたすきだった、と。このたすきは「いっちょうら」だったそうです。

ほのかな思いを抱いた人は沖縄で戦死。後でわかった。

会ったことも無かった人と、仲人の言葉を受け入れて19歳で結婚。男性不足の敗戦直後、親にも急かされたとのことです。

結婚した相手は、8人きょうだいの長男。(9人説も、もっといた説もある)。私の舅です。

戦争で、ビルマ、今のミャンマーへ征っていた。密林を彷徨するなか、周囲にいた兵隊さんはばたばたと倒れ、あっけなく亡くなって行ったそうです。そのままにして進み、虎に会ったこともあるそう。舅はほとんど、ビルマでのことは口にしませんでした。自分は、いわゆる「食糧係」ともいうべき部署に配置されていて。だから助かったんだと、ふと、私に、言ったことがあります。マラリアで死にかけて、しかし、日本の土を再び、踏むことが叶った。

帰ってみれば。

空襲で、父親は即死。ただ一人嫁いでいた一番上の姉は片足を吹き飛ばされ、家も消失していた。結婚を約していた女性も、家族もろとも亡くなっていた。

家も頼りの父親も婚約者も亡くし、まだ復員していなかった義兄の妻(姉)は、赤ん坊を抱えた身で大けがをして寝付いていた。それが、20代半ばの舅の背にのしかかった戦後の現実であり。何より大きな問題は、弟妹を、食べさせること、学校へ行かせること。

軍人年金とかいうモノがあるそうですが、舅は、数か月足りないということで、受けられず。それは、舅は、いい、と言っていました。

「そいで、農家の娘やったわたしと、お父ちゃん、結婚しやってん」

この話になると姑の口はなめらかになる。

姑の家は、後醍醐天皇がどうのと、普通にじいちゃんばあちゃんたちが口にのせる古い村の、いわゆる富農だった。体が弱くて農家の嫁はつとまらない、結婚相手もおらんようになる、と出した娘のために、米や野菜やお茶や、どんどん、運ばせたという。それでみんな、いのちつながはったんやで。

「みんなえらそうにしたはるけど、大きゅうなって学校も出て、み~んな、〇○のお爺ちゃんのおかげや、誰も言わんけど」

と、このあたりから、延々と恨み節が続くのですが、割愛。今日も聞いて来ましたが、割愛。

今日の姑のボヤキは、

「なんで、パラオへ行きはるねん」

でした。

「安倍さんは、反対やってんで。あっちは警察も少ない、中国からの観光客が押しかけてるよってに、海も汚しやるらしい、手ぇいっぱいらしいやな、、。警備もしにくいよって、行かんとって頂きたい、て、安倍さんはその気持ちやってんで」

よくご存じなのです。傾聴しておりました私。

「あの、巡視船か。あれも、バリアフリーにしてんやな。一泊すんのにそんなんして、次は誰が乗んのや。巡視船なんちゅうフネ、元気な人が載るもんや。無駄や。そこに金使うとこと違うやろ、美智子さん、おかしなったはるわ」

と、昭和ヒトケタ、よもやの爆弾発言。

「そこまでして行くなら、ニューギニアはどや、ビルマはどうお考えや、外国行かんでも、空襲あったとこや、コンクリ何センチはがしたら、どっこもここも血まみれやないか、何を考えてはんね」

語るほどにヒートアップ。たまには全身を血の巡るもよろしかろう。昨日、お医者さんにもついて行っておりますし。

「サイパンかて、わたしも行ったけど・・・ん、あんたらと行ったか?」

いいえ。私は行ってない。次男さんご夫婦とばっかり、海外旅行、したおしてはりましたやんか、おかあさん。

うちらは、旅費の調達と、留守宅の雨戸閉めに通ったり・・・ま、もうそれもいいですわ。とにかく、サイパンへは、私は行ってません、

サイパンへ両陛下が行かれた時は、韓国人犠牲者をお祀りする記念碑に、いきなり、みたいに、参拝をされてしまった・・・・・

パラオにもそれがある、ので、あっという間にいやもしかして仕組まれたりして、参拝されてしまったら大きなことだよ、皇室が韓国の嘘の歴史を認めることになるのよって

とは、私がさっき、お話ししましたね、おかあさん。私はBBさんのブログで拝見した。

「サイパンかて、今は、れじゃーの人ばっかりや、腹立てて帰って来たんや、わたし」

はい、そうでした。日本はどうなってんねん、と、お怒りでした。

「美智子さんもな、船で泊まる、いうんなら、そのまんまの船で泊まりはったらええね。直させたりせんと、不自由しやはったらええ、それが無理やったら、年寄りの冷や水、つつしまはらんかいな。誰かて、慰霊やとか、行きたいねん、デーサービスに来てる人も言うておいでや、うちは誰誰があっこで死んだ、いしころ帰って来た、うちの里は全滅やねんよ、兄は海で死んだらしわ、行けるもんなら行ってやりたいけど、若いうちは、お金も時間ものうて」

黙って聞いておりました。何してんねん、あのヒトらは。はい、何してるんでしょうね、おかあさん、もっと言うたって。

「息子に行かせたらええねん。こーたいしはんは、雅子さんが、外国好きやなかったのか、何してんねん、あのヒトらは」。

はい、何してるんでしょうね、あのヒトらはね、おかあさん、もっと言うたって。

「紀子さんとこに負けてるやないか」

はい、負けてます、比べるのも失礼なくらいにね、おかあさん、ようやく、紀子さまのこと、お認めになられたのですか、よっしゃ。こっほん。

どんどん、延々、姑のトークは続いたのです。私は、ずっと「皇室好きやあ、美智子さん、ようやりはる~」で、通して来た姑の、今はタガが外れていると感じ、本音が流失していると感じ、どれだけ長い間、天皇陛下が「人」ではなかった時代に育ったこの女性が、押さえ込んでいたものが、と、思っていました。

「皇室もええかげんなもんと思てたよ。わたしは、元皇族サンのお友達もいてるもん、いろいろ、知ってる」

おかあさん、その話は、誰にも言わなかったこととして、何度も聞かせて頂きましたが・・どうぞ。言いたいだけ仰いませ。

「皇室だけ助けるために、シェルター作りはってん、場所は」

もにょもにょ。これは私は、姑からのみ聞いている話なので、自粛します、とにかく、彼女によれば、皇族だけそこへ隠して、あとの国民はどうでもよかったんや、と。これは何度も聞かされた。

金の塊も隠して、あれも、これも、と、止まらなくなる姑の「皇室〇秘話」。

で。

実は姑は、美智子さんが「キライ」だったと判明。

「あんた(KUONのこと)が雅子さんのこと、火ぃついたみたいに言うてたけど。雅子さんは、誰の目に見ても、、、、や。どんな無理しても無理な人や、上までは行かれん、そやけど、美智子さんに私は、夜叉を見てたわ」

げげ。 夜叉 。

・・・最近、徘徊めいたjことが始まっていますが、幸いにもというか、体力がついてゆけない。

あちこちにアタマさげて、もしも〇○だったらご通報を、とお願いして回っている現状ながら。

昭和ヒトケタ。生き抜いてきた人の迫力はすごい、言いたい放題はワタシに向けてだけ、ではございません(ちょっと、皮肉って見ました・笑)。

家庭内のぷらいべーとな話を、少し、書いてしまいました。

安倍政権がお勧めしなかったことを、強行なさる。

すごいお力をお持ちなんだ。やりたいったら、やるのね。

なんだって、できてしまわれますね。あ、主語抜きで私、喋っていました。

畏れながら。

畏れながら。

ご判断能力に根底的な疑問。










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  1. 2015.04.04 (土) 17:51
  2. URL
  3. ジェリコ
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バッサリ!

もっとゆうたって、kUON様の姑さま。
バッサバッサと切り捨てて、かっこいいです。

うちの昭和ひと桁の母も、「ボケたか。ボケたな、みちこさん」と言います。
父も、「ネットの時代、もう隠せないだろうな」と。

嫁を見習って、ドタキャン、やってくれないでしょうか。
  1. 2015.04.04 (土) 18:09
  2. URL
  3. hortencia
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解る方には解るんですね。

夜叉、とおっしゃいましたか。

私も、365度どこから見てもそうとしか見えませぬ。

以前コメントさせていただいた、両親のことですが、私が激して怒鳴ってしまった(笑)からか、「雅子ヒサボリ説」を漸く認めてくれました。
皇太子のボンクラはいまだに「様」付けにこだわってますけど。

何度しつこいと言われても、あれだけ品格のない日本一の公人に、次代は任せられませぬ。

お姑さん、御理解ある方ですね。
  1. 2015.04.04 (土) 21:38
  2. URL
  3. 主婦
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この記事、凄かった。

語調は、ポンポン、リズミカルだけど、
戦争で亡くなった人の話、涙が出ました。

ヒールで歩き回れる様に整備された街も、
戦時中は、空爆されたりで亡くなった御遺体がたくさん横たわっていたのでしょうね。

忘れていたけれど…

それにしても、何故、今、パラオ。。。
この季節には珍しい大型台風が、南方で発生と聞いたけど。

美智子皇后陛下、やっぱり、変だよ。

人命救助なら、ともかく、巡視船が南方まで行くって。
わざわざ、泊まるって。

両陛下用キャンピング船 。。。納得できません。

  1. 2015.04.04 (土) 23:24
  2. URL
  3. セロリ
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少しずつ

いつも拝見しています。
大正生まれの祖母も美智子様に疑問を持っておりました。小さな小さなことが積み重なっての現状と思っています。
佳子様がICUにご入学されました。それは喜ばしいことですが神道の祭主のご家庭のお子様がキリスト教の大学で学ばれるということに違和感を感じるのは私だけでしょうか?
  1. 2015.04.05 (日) 08:09
  2. URL
  3. あさき
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KUON様、

お姑様がおっしゃるように、少し前から、美智子様のお顔が、夜叉に見え始めました。
陛下を滅ぼそうと、とり憑いた夜叉か、死神に見えてしまう最近の美智子様です。

渡辺みどりさんの本に、「入内直後の美智子様の愛読書は、「鬼の研究」という本であった」ということが書いてあったのを思い出しました。
正確な表現も、その本の内容も、とっくに忘れてしまった本ですが、この一節だけが印象に残っていました。
その頃は、自分の内面を押し殺して鬼にならねばならない、美智子様の辛い立場に同情しながら読んでいました。
でも、自分に聞く耳持つ心がけが元よりなかった方だと分かってしまった今となっては、見方が変わりました。
「ああ、やっぱりね。」と。

雅子夫人の表情が、ふてぶてしく不遜で不快でした。
ご同類ですから。

海外なのですから、雅子夫人の出番でしょうに。
  1. 2015.04.05 (日) 08:27
  2. URL
  3. まりりん
  4. [ edit ]

圧巻です

お姑様、すごいです。
政府の反対を押し切り、決行される事もご存じで・・・

そりゃあ、海保にしてみれば足元もおぼつかない方が、船内で転んでけがでもされたら大変ですから、バリアフリーにするしかないじゃないですか。

戦争で苦労された方やその時代に生きていた方々は判るんですね。
私の母も昭和一桁生まれです。
今は認知症ですが、雅子さんのことは嫌いでした。
TVの情報だけでも、「あのわざとらしい、作り笑いが気持ち悪い。紀子さんは本当に上品で、育ちが違う。お子様も育て方が違う。」と言ってました。
  1. 2015.04.05 (日) 11:52
  2. URL
  3. 紀子様大好き
  4. [ edit ]

KUON様、最高!!

姑さんとの心のご対話、ポンポン超おもしろく
拝読させていただきました!!(^_^.)

美智子さん、自己満足を実現するために這ってでも
パラオに行くんですよね。
日本国にまた災害が起こったら美智子さんのせいに
してしまう自分がコワい...。
  1. 2015.04.05 (日) 13:27
  2. URL
  3. ある陽
  4. [ edit ]

お姑様、バンザイ!

形だけの、女優擬き美智子さん。
形も出来ない、仮病の雅子さん。

正統が何たるかを、ご夫婦一家で
護っていらっしゃる、紀子妃殿下。
これが国民である私の気持ちです。
  1. 2015.04.05 (日) 18:21
  2. URL
  3. はつこ
  4. [ edit ]

初めてなんですが

戦後70年に当たるので、この際見て見ようと、皇室関連のブログを初めていくつか閲覧しました。個人的に思うことですが、雅子妃殿下について色々書かれているなら、まだ皇太子様が独身のうちに、ご自身や身内や知人の娘さんらをお妃候補に入れてくれるように動けば良かったのに…。皇室を変えたい、雅子妃殿下には次期皇后陛下になってほしくないと真剣に考えているならば、言っているばかりでは先に進まないから、我こそはと、宮内庁職員になったり、或いは雅子妃殿下の女官に立候補して実現したらどうだろうか。皆さん、雅子妃殿下を教育できる力がありそうですし。
  1. 2015.04.05 (日) 22:44
  2. URL
  3. 大根大好き・ウナ
  4. [ edit ]

お早うございます(嘘・うちょ今22:22)

父も母も戦争の悲惨は一言も言いませんでした
(オラの耳には入らないようにしていただけ?・・・)
滅多には夜中には目が覚めることはありませんでしたが
ふと気がつくと両親が『あの当時』のことを話しておりました
息を堪えて聞きいりました
私は共産党でもなくクリスチャンでもなく
学会員でもありません
『入る機会』はいくらでもありましたが
(折伏ならオラに任せてくだせ~・・・?)
戦争の真実はそれとは無く知っておりました
『村』には引き上げてきた
お侍様も沢山居りましたし・・・・


KUONさんに座布団三枚を差し上げたいと思いますが
安定性に欠けるので一枚とさせて頂きます
この土日は気持ちが晴れませんでした
産経新聞のせいでした
『どの指とて切られたら痛い』と記事にありました
戦地に家族を送りだした人の気持ちを想うと・・・・です


いつもなら酔い瞑れて寝ている時間ですが
今夜は酒が利きません
ブログでも書いてみましょか・・・・・
  1. 2015.04.06 (月) 15:18
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました。



@ジェリコさん。

姑ねえ。美智子さんタイプなんです。(笑)。人様に称賛してもらうためなら、家族でも蹴り飛ばして、立派な、頑張っても理解されないワタシ、みたいな、褒められるためなら這ってでも、って感じの。

ずっと、いい人だとは認めるが、キライな、人でした。

でも、家を(倒産のあおりで)追い出されて、沢山だったはずのトモダチが消えて、お金も無くして、変わったです。けっこういいとこが残った。心残りのないように、したがって行く覚悟です。(笑)。

ご両親、ご賢明ですね。ダテに生きて来られなかった、ということでしょうか。。



@hortenciaさん。

ご両親と、まっすぐに向き合っておられる。認められたのは、怒鳴られたからでなくて、この娘がここまで言うなら、の、ご理解ではないかな。まっすぐ。いいですよね。

姑は(笑)。まっすぐな人。努力家で、結婚してから書道の師範にもなったし、短歌もある程度まで極められたし、料理も上手、お茶もお華も一通り。ただ、それが、夫のお蔭と思えない方で。(笑)。いつも自分だけが正しくて、自分だけが我慢してやっている。よめの不出来も、もちろん。我慢したってる(笑)。

で、40年。上げられたり下げられたり、今は、どうかな?。(笑)。

舅が死んで数年経ってから、おとうちゃんが女遊び三昧だったのは私も悪かったかも、と、、少しずつ仰いまして。私にはそれはわからないことで。(笑)。

いのちいっぱい、生きていただきたいと願っています。あなた様も、親御さんとなかよくなさって下さいね。(笑)。



@主婦さん。

戦争で・・・。

私の実家も、名古屋の空襲で、家は無事でしたが、いささかあった家作を全部やられ、嫁ぐ寸前だった父の妹の、ココロ尽くしの嫁入り道具もろとも、父の実家は焼かれました(と聞いた)。その後へ、勝手にバラック建てて棲みついた人たちが、のいてくれなくて、そのままに。私が見たわけではないし、私の土地でも無かったので、ぴんと来ません。

舅は、私が嫁いできて数年で、愛人さんのところへ行ったきりになられたので、ほとんど接触は無かったのです。でも、たまに会うと、私には優しい方でした。人間は多面体ですから。

晩年、愛人さんに追い出されてから、時々食事に来てもらい、ぼつぼつ、話を聞きました。自分は食糧係だったから、というのは、自嘲じみた言葉で、他の人より食べてしまったから、という意味だったとも。突っ込んで聞けなかったです。

私は、天皇陛下は、落ち着いて、じっくりと、祈られるお方と思いたいです。

皇后陛下は、その陛下を皇后としてお支えになられる方ではないか、と。

心がざわめきます。

皇太子夫婦の事など、人間の次元で好き放題に放置したけれど。

神さまに近いあたりにおられる方々の,放縦が、このままでお済みになるのか、と。

いつだって、何でも、後にならないと解らないものですから。



@セロリさん。。

そうですか、お祖母さま。その頃の方は、今、私が言っているようなことは、口にのぼらせられなかったですしね。でも、感じておられたのですね。

私の短歌の師は、中国・青島からの引き揚げの方で、皇室の話題は一切、スルーでした。運命すべて、狂わせられたと思っておいでだったような。

佳子さまの学校。私も、想うことあるのですが、これ言いだすとまた、広がるので、今は慎んでいます。昭和帝の頃からの話を、書きたいのですが。

内廷皇族の皆さまが、あれこれ・・・ですので、落ち着いてそこへ行き難くおります。平気ではないのですよ、私も。


@あさき さん。

>その頃は、自分の内面を押し殺して鬼にならねばならない、
>美智子様の辛い立場に同情しながら読んでいました。
>でも、自分に聞く耳持つ心がけが元よりなかった方だと
>分かってしまった今となっては、見方が変わりました。
>「ああ、やっぱりね。」と。

この「ああ、やっぱりね」。とっても解ります。

解ることは、本意ではないのですが、あれこれ見て行くと、今の方向でしか、ものが考えにくいのです。

まず。

華やかな東宮ご夫妻時代の、そして平成の美智子さま。

基本に戻って思うと。各国の王族に混じっておられるお姿は、外交だか親善だか、しらんが、

神に仕える祭祀王の、つま。のおもむきに、一切、見えない。

ご自覚も無かったのだと、今は、思います。

大きなことだと思うけど。宗教の話をするとややこしくなるので避けますが、美智子さんはずっと、祭祀王のつま、ではなかったのです、それは、思う。思って、びっくりします。

まさこ。あんなの、もんだいではない次元で。





  1. 2015.04.06 (月) 16:00
  2. URL
  3. ソナチネ
  4. [ edit ]

言いえて妙~

ごぶさたです。

  夜叉 とは 言いえて妙というか ずばりですね。

  つもりつもった行き場のない思いが流れてくれました。

  ありがとうございます。

  戦争を潜り抜けてきた人たちには、みえるのでしょうね。


  孫(大学生) 自称:へたれのちゃら男が言いました。

   ラスボス

  ラスボスもいいなーと思っていたけれど、夜叉のほうがしつくりきます。

  1. 2015.04.06 (月) 16:46
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

@まりりん さん。

お母さまが、やはり、昭和ひと桁。お腹を空かせ、娘さんの時代はお洒落もままならなかった世代、姑は今も、光るモノ(宝石でなくていい)赤いモノが好きです。

まさこさんの事は、私が、学歴もでっち上げと行っても言っても、信じたくなかったのか・・・子どもに学歴つけてやることが、希望だったようなので、実際、やり抜いたのでした。学歴が捏造なんて、許せなかったのでしょう、しかも皇室にいる人間が。

あ、人間じゃなかったっけ。てへぺろ。(笑)。

テレビでご覧になって、まさこさんの「ほんと」が見えていらしたお母さま、認知症・・・どうぞ、大切に、してさしあげて下さいね。



@紀子様大好き さん。

大好きになりがいのあるお方を「大好き」で、お幸せですね。

私、初め、紀子さまにいささか、苦手感が・・・初めてワンピースで出ていらした時は、驚愕。こんなお嬢さんが、本当におられたんだ、と。よく仰いますが、皆さん。(笑)。

小さな店を営んでいた時、あるオバチャン(としか言いようの無い方でした)に、紀子さまのワルクチ盛大に聞かされ。信じなかったけど、笑顔に、ちょっと無理があるな、と、少し・・・お苦しみの中におられた時期だったのですね。

ひどいことを言いまわったヤカラがおりました。ろくでもないヤカラが。

いま。まことに、穏やかで慎ましい中に、光を放ってい織られます。紀子様。

ダイヤモンドは傷つかないのですね。

今日はった、10年前の美智子さま。自己実現されてましたね、やはり。

勝手に予定変えて。今は10年前ともっと違っている意識は、おありでないですね。

やってしまうんですね、あの方。大丈夫かしら。




@ある陽さん。


初めまして、でしたね?。

>形だけの、女優擬き美智子さん。
>形も出来ない、仮病の雅子さん。

>正統が何たるかを、ご夫婦一家で
>護っていらっしゃる、紀子妃殿下。
>これが国民である私の気持ちです。

いやあ。

まとめれば、こうでしょう、同感、同感です。

女優もどきでウロウロしてただけならいいが。

タガが外れておられるので、放置は危険だと思います。

ずっとまさこさんのことを書いていましたが、まこと、あの人は、

・・・なだけなので、まだ制御が可能(と思ふ)。自分うっとりの皇后さんが、ワタシ、今、本当に恐ろしいです。

あさってご出発です。



@はつこ さん。

初めまして。

どんなお考えも個々の自由ですが。私のブログに関しては以後、ご放念下さい。



@大根大好きウナさん。

私も大根~好きですよ~

座布団はいちまい~あればいい~

共産党におるぐされたことは、ある。

自由の人権のと言うオトコが、自分のオンナ扱いしている女性を殴ったりしていたので、アホらしくて、そんなもん。

キリスト教の友達はおりますが、私は日本教の信徒なので。

学会員・・・語れば長いので省略、もう一度。私は、日本教徒。(笑)。

しゃっぷくも、インチキ占い師も、子どもを人質に取られたら、やるかもしれません。爆。


>どの指も、取られたら痛い。

記事を知りませんが、この一言は、十分、重いです。

座布団、一枚にして下さったお心遣いが嬉しいです。

三枚敷いて、転げ落ちたら、だるまさんが~転んだ。に、なる。(笑)。

眠れない夜は、私にもあります。

   茫々と荒野をわたり来る風が

   耳ふさぎてもなほ鳴り止まぬ

うたに気取ると、こーゆー感じです。




@ソナチネさん。

お久しぶりです!。嬉しいです。

お孫さん。

>自称:へたれのちゃら男が言いました。

>ラスボス。

自称へたれのちゃら男さん、へたれどころか。素敵なセンスですね~。この話が出たので書かせていただきますが。

今日から中学2年坊主の孫は、

「 あかんこと言うたら、憑りつかれそうな顔してはるな~」

と。逃がしてくれなさそうな、らしいです。叱らなかった自分。(笑)。

単なるお気楽な醜聞のレベルでない、あのあたりにまつわる黒い雲が、私は、恐ろしくあります。大丈夫でしょうか・・・。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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