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  1. ことばのたのしみ
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ビー玉つかんで立ち上がる。



春のせいでなくもちろん見はるかす山から立ちのぼるうす紫の煙のせいでもなく、奇妙に心が乱れてしまうことがある。

若い頃にはよくあったが、年齢と共におさまった、楽になったと思い込んでいた。

花を見ては涙がこぼれ、空が青いと見上げては鼻の奥がつんとなる。やたら感情過多に陥って口から出る言葉も情緒不安定になる。すべて自分でわかっている。解っているから、こんなはずはないのにと焦る、そしてまた、ぐらぐら揺れる。

17歳や、せいぜい21歳くらいの若い女性なら見ていてもサマになる・・・ばあちゃんになっている現実をマイナスイメージだけではとらえていない、むしろ、ばあちゃんになって気分は楽になったなあと思うことは多いのであるから、現在の自分をひくつに感じることは、生活の場ではほとんど無い、鏡を見て、へえ、こんなんになってるんやあ、と、不思議なものを見る心地もある。知らない生き物がそこにいる、鏡から離れれば、とりあえず意識からはずれてはくれる。

しゅっと、かっこいいあなたではないよ。自分が教えてくれるが。本を読めて、パソコン打っていられればいいのだ、それがつまり望みだ。しゅっでなくていい。誰もが私を「ばあちゃん」と見ている、その役割でもちろん、いいのだった。

とはいえ、はた目からは、そこそこの年齢の人間は、そこそこの落ち着きを保っているのが見易かろう。

お化粧をそこそこにする、奇妙な服が好きで、奇妙な服を売っている店へ買いに行く。

口紅は赤、シャネルのレッド、きっとずっと、この色。まだ何本も持っている、無くなるまでは、この色を。


ちかごろは心悸亢進が激しくて情緒も不安定、いま目論んでいる「再び小説を書く人になる」計画には、こういう自分は、それなりに役に立つ。

本当にどうにもならない感情、というものを描写しようとする時に、ゆらゆらの自分であるとその気になりやすい。モノを書くのは役者が役を演ずるに似ていると思う。入り込み過ぎて違う人格になっていることだってある・・・と、思う。

自分ではもう一度小説を。と張り切ってはいても、人様にお金を出して読んでいただけるものを書いていたのは遠い遠い昔のこと。今はつまり、昔の夢をもう一度、の。ヘタしたら、そういうことも考えたらいいですね、などと、白衣の誰かに、したり顔して励ましていただいてしまうハメになりかねない望みではあろう。

段ボール箱幾つ分もあった、わが作品のあれやこれ、、何度か引っ越しを重ねてほぼ総て、手の内から消えた。

気に入っていた掌編もあった。全部無い、今は。「パリ・ローマ・東京」好きだった。

段ボール箱が、わたしの「若き思い」の棺であった・・・などと。気を放つとあっという間にすぐにこんな風にも書きたくなる、気取り屋、ええかっこしい。

でももう一度、と夢を見る。自分の中から出て来た世界で、誰かが、ひととき、酔っ払ってくれたら。と。壮大な夢を見る。

女の子、だけではない、女の人たちが、鏡に映る「わたし」は、それなりの歳月を通り抜けていて、その証を、頬の陰に。瞼のすみっこに。口角の下がったあたりに刻んでいても。

はあ、こんな気持ちがあったわ、こういうことが欲しかったのだわ、と、思い出したり懐かしんだり、二度と見ることの無い鮮やかだったある夕べの虹のように。

思いたい思い出したい、そんな気持ちってある、と、未だに信じている。懲りないのだわ。

思い切り感じて欲しい、酔って欲しいと願う、私は私自身は感じられない、酔えない、徹底的に醒めた傍観者なのだと、明かしてしまう。

人と人とが、この世でいちばん近い距離にいて。触れ合ったりからまったり、おそらく言葉でない世界で、太古の男や女が伝えあったり共有したり、自然で難しいことは一つも無いはずの、その場にいてさえ、私は、当事者になり切れず。

傍観者であった。望んでそうだったわけでは無い、そうでしかいられない、憐れにも醒めたままの、冷たい女類であった。

観察者だった。じっとじっと、細かく容赦なく眺めているのだった。眺めて観察していた、没頭する自分になれなかった。

没頭するわたしになれなかった。

そうだと、己を、しっているゆえに。

諦めた、手放したものが、たくさんある。

若い自分が許せなかった醜い自分になって。そういった世界から離れた、離れようとした。求められても酔えない女は、人に与えてはいけない。

私は太った男は嫌いだ。

男も、太った女はイヤなのである。例外はある、もちろん。そんなの関係ないよ、という優しさに似た欺瞞もある。

欺瞞に似た、優しさか。・・・いい男だっているものだ。

男にとって女では無い、私。

それが定位置になれば、それはそれで居心地のいい一つの椅子である。

年を重ねるごとに椅子の居心地はますますよろしくなって行く。

お母さんみたいに丸い優しげな包容力のある自分、が、完成する。

そのままでいられたら、いたら、それはそれだった。

油断したらはまった。あっけなかった。学ばない、全く。しかし

やっちゃったな、バカだな。

そんな風に外から「ワタシ」を見ることができれば特効薬はないでは無い。

自爆する。てっとりばやい。人様にご迷惑をおかけしてはいけないのは大人のルールだ、おそらくそうだ、明けてしまった心のジッパーは、静かに、そおおっと、閉める。閉めておく。おーけーだ。

気付かれなければ誰も責めない、ひとり相撲の、て・へ・ぺ・ろ。

しくじった自分に自分で気付けば終わったも同然なのだ、そこは年の功で。賢くなります、傷だらけにはもう、ならない。

ああそうだと大急ぎで定位置へ駈け戻って、自分の椅子によじ登る。

そうだこうして生きていればいいのだ、心臓が躍り上ったりもしない、訳も無く涙がこぼれたりもしない。



心臓が・・・もしかして、この絶え間ないドキドキは、本物の心臓のせいかも知れない。心臓が傷んでいるならば。

駆け込むところは、お医者さん。

それで万事はめでたしめでたし・・・とはなりません。

後遺症が残る。その後遺症は私を、もう一度「切ない思いを描く人」にしてくれるかもしれない。

無駄なことは無い、なんでも役に立つ、転んだら、ビー玉見つけて立ち上がれ。ビー玉つかんで立ち上がる。

ロマンの残り香さえ無いわ、イヤだわ、でもこれでいいのだわ、っと。

ラッキーじゃん。やったじゃん。最後はお得意のじぎゃくでまとめて。

   もやもやを吐けば一本の道が見え

え。はあはあ。

このごときフラフレ文を書いたのは、どこの誰かって。

書いたのはKUONです、KUONの中に、女の子のココロを宿してしまっているどなたかが入り込んで、書かせた。

そのあたり、誰が実際どうなのかは、不問、ってことで。私の中には、何人ものわたしがおります。。

わたしを、呼んで下さい、妄想家、と。真剣一途に妄想いたします。もう男は要らない。やさしいおんなともだちがいてくれればいい。

自分しか要らない。










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  1. 2015.03.12 (木) 08:51
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  3. KUON
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ブログ主よりコメ主さまへお詫びと感謝。

まことに直截なるあいをお届け頂き深謝にたえませぬ。

なれどブログ主KUONの意志ならず。すでに人格すら持ち始めている当ブログ、そのものの「範囲」からは、残念ながら飛び出しております、と言葉を置きまして。

してはならないことと知りつつ削除するには胸が痛む、痛むなれども原文総てをお受けするには難く。

どのみちしっちゃかめっちゃかの現況KUON、こんなこともやっちまえ、と、自らを叱咤激励。

コメ主さまの万感のこめられたコメントの一部のみ。引用の形で、残させて頂きます。

こういったことは、初めてにして最後となりましょう。


T子さん  コメントより抜粋。


>そんなことありません

>冷えた手を腹の布団で温めてやれるのもオツなもの。

>女の身体に良いも悪いも在るものか。

>女の良いも悪いも在る無しは、性根 。

>優しい魂の持ち主が、その優しさで男を包むとき、男は昇華する。

>間違っても私の中の優しさ、なんぞで包まぬよう。

>私の全て心の限りで包むよう。

>言い訳無用。

>かーちゃんやってきてんだ。無敵

・・・ありがとうございました。記憶にとどめましょう。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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