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返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
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今日の思い。・・追記あります。

                               


70年前の手紙の一部を目にしました。終戦直後のものだそうです。


昭和天皇から皇太子に宛てた手紙。

(抜粋) 

今度のような決心をしなければならない事情を早く話せばよかったけれど
先生とあまりちがったことをいうことになるので
ひかえて居ったことをゆるしてくれ
敗因について一言いわしてくれ
我が国人が あまりに皇国を信じ過ぎて 英米をあなどったことである
我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである
軍人がバッコして大局を考えず 進むを知って退くことを知らなかったからです
戦争をつづければ 三種神器を守ることも出来ず
国民をも殺さなければならなくなったので 
国民の種を残すべくつとめたのである


香淳皇后から皇太子に宛てた手紙。 

(抜粋)

おもうさま(:昭和天皇) 日々 大そう ご心配遊しましたが 
残念なことでしたが これで 日本は 永遠に救われたのです
東宮さん(:皇太子)も どんなにか ご残念なことかと思いますが 
ここが辛抱のしどころで
まちがいのないように しのぶべからざることを よくしのんで 
なお一層 一生懸命に勉強をし 体を丈夫にして わざわいを福にかえて
りっぱな国家をつくりあげなければなりません
こちらは毎日 B29や艦上爆撃機 戦闘機などが縦横むじんに
大きな音をたてて 朝から飛びまわっています
B29は残念ながらりっぱです


申すことはありませんが、この

<B29は残念ながらりっぱです>

の語に、虚をつかれた思いがします。何度読んでも、何とも言えません。

イノセント。あらゆる意味で?。


そして想像します。このご両親からの手紙を受けとられた今上陛下の思いを。

当時は皇太子でいらした、中学生でいらした。疎開経験もされ、ご自分だけは立派なお弁当をつかわれていたとも、ご自身も空腹の中におられたとも、聞きます。

とにかく、怖い思いをされたでしょう。戦争自体の恐怖の重さに加えて、皇太子と言う特別のお立場に降りかかって来る恐怖もおありだったでしょう。

お父さまもご自分も、命を奪われるかもしれない恐怖。

ものごころつかないうちに家族と離され、孤独でいらした、感受性の強い時期に敗戦を迎えた。ただ恐ろしかったのが、今上の少年時代だったのでは、と考えます。

後に、この女性こそ、と定めた(とされる)美智子さまに、今上は、私には家族が無かったと訴えられた(とされる)。

美智子さまは(伝わるところでは)

こんなに淋しい言葉を聞いたことは無かった、

この方に温かい家庭をつくって差し上げなければ、死んでもどうたらこうたら、

と、胸を痛められた(と言われている)。そして世紀の結婚式。

淋しかった今上は、温かい家庭を得られた、お子さま方を手元で育てられた、自分のような淋しい思いを子にはさせずに、済んだ。

めでたし。

・・・わたしが知らないだけでしょうが。

現・両陛下がお子さま方にあてられた手紙が表へ出て来たことって、あったのか・・・?。

時代が違うし。プライバシーや人権に関わることは、皇族だってする必要はない・・・・・? そうでしゅか?。

私の気持ちの中では、未だに、震災ヴィオラとやらの演奏会での、ナルさんやナルさんのご両親や、ナルさんのツマではあるらしいヒトたちの衆目の中を意識した(かのごとき))仲良しごっこの映像の気持ち悪さが燻ぶり続けているのですが。

以下は、ワタシでないよその方が書かれた文章ですが、熱く共感したので持って来させていただきました。


題 Name 名無し 15/03/05(木)14:19 ID:twUdZ6ZA No.1265337
このビオラの背景には津波に流され亡くなった多くの人々
津波から逃れても濡れた身体のまま寒さに凍え、亡くなった人々
それを助ける事が出来なかったと今も悔やむ救出に当たった人々。
多くの人々の辛い涙と癒えない思いがある。
こんなにニコニコ晴れがましい顔で披露するものじゃぁない!!
大震災を自分達のイメージアップに利用する、今の天皇家には反吐が出るわ。
自分達はぬくぬくと税を食み、なんの不安もない暮らしを享受しながら施しをする。
実に嫌らしい!!

・・・ありがとうございました。

そしてもう少し。

あの「奇跡の一本松」とやらから切り出された中には、小さな楽器「コカリナ」というものも、造られたそうなのです。

東京の、確か大手町、というところにある場所でコンサートも催された。

そこには当然、皇族のどの一人も来られなかった。

コカリナ、という楽器を奏するヒトが、皇族の中にはおられない、ということなのでしょうか。

書き始めと書き終わりの今とが結びいていないような記事になりました。なんだかモヤモヤした感情が書かせた、と、思っていただければシアワセです。


追記とお詫びです。


皇后さまは「奇跡の一本松コカリナ」の演奏会を鑑賞されておいでだったようです。

2013年12月15日。

日本コカリナ協会の山田みどりさんから説明を聞かれ、長年親交があるコカリナ奏者、黒坂黒太郎さん(64)が被災地を励ます歌詞をつけた「涙と希望の村」など10曲を熱心に聴き入った。、と。アンコールでは「ふるさと」を一般の来場者とともに口ずさんまれたとのことです。

終了後は黒坂さんらと懇談、黒坂さんから「奇跡の一本松」で作られたコカリナ2本をプレゼントされ、私も練習しますなどと、おっしゃったとか。

あちらこちらに親交の深い方がおられるようです。三笠宮寬仁殿下もこういった「自分が参加してあげたら人が集まるし喜ばれるみたい」と、お出かけになっておられたように記憶します。宮さまはざっくばらんな「べらんめえ」口調が一般社会の皆さまに受けていた、と、ご満悦でした。

私のこのブログを読んで下さっているAさんが、教えて下さいました。かたておちにならずに済んだようです、Aさん、ありがとうございました。





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  1. 2015.03.05 (木) 22:48
  2. URL
  3. あさき
  4. [ edit ]

慈愛と仁愛

KUON様、

更新ありがとうございます。

昭和の両陛下のお手紙は、渡辺みどりさんの本で見たことがあります。

「美智子皇后の「いのちの旅」」という本の冒頭で、今上陛下の、「お寂しかった少年時代」を象徴するかのような取り上げられ方をしていました。

「たまきはる いのちの旅」の歌に感動し、美智子様を理想の女性と尊敬して、素直に、つゆ疑いもせずに手本としていた頃に読みました。
今にして思えば、今の美智子様よりも、昭和の両陛下のなさりようのほうが、遥かに仁愛にあふれていると思います。

皇太子以外のお子様方に対して、美智子様がおっしゃったとされる言葉が、ほとんどないように思います。
まして、お手紙は、ないのではないかと思います。

皇太子に対して、いくつになっても、ただただ、「可愛いナルちゃん」と言い続けておられるようで。
愛情深い母親役に酔っているというか、自己満足ありありで気持ち悪いです。

本当の愛情とは、刺し違えてでも、役目を果たせぬ皇太子夫妻を退かせることでしょうに!

引用してくださった名無し様のコメントにも、全く、その通りと思います。


KUON様のお話と、名無し様のコメントに、先日、見てきた舞台を思い出しました。

「ORANGE」という劇で、阪神大震災当時、救助活動に当たった神戸の消防士さん達に取材して書かれた劇です。
その中で、助けたくても助けられなかった命に対する申し訳なさや、自分への無力感が語られていました。

慟哭のセリフに涙し、それでも、なお、「一人でも多くの命を救い、あの日の負けを取り返すため。二度と負けないために」戦い、現場に立ち続けるのは、「答えが出ないから、答えを自分の手で出すため」に、消防士を続けるというセリフに、頭が下がる思いで見ていました。

人を救うということも、祈りということも、厳しく自分を律し、その中で、ある時は微笑み、ある時は命をかけて役目を果たしていくものではないでしょうか。
震災ビオラごっこなんかしている場合ではないのです。
まして、慈悲深い美智子様役なんかやっている場合ではないでしょう!

こんな、茶番劇の三文芝居をやっているうちに、日本の国がなくなることを望んでいるのなら、もはや、今上両陛下は、天皇陛下でも皇后陛下でもありません。
さっさとお退きください。

こう申し上げたいです。
  1. 2015.03.05 (木) 22:59
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  1. 2015.03.08 (日) 20:25
  2. URL
  3. KUON
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@あさき さん。

お返事遅くなりました。

>本当の愛情とは、刺し違えてでも、役目を果たせぬ皇太子夫妻を退かせることで
>しょうに!

ここ。差し違えてでも。この言葉をそのまま使って息子の結婚を反対し抜いた長年の友人がいます。独身時代からの親友。タイプは全く異なりますが。

友人も息子さんも苦しんだのです。ものすごく。でも引かなかった。

あかんもんはあかんのや!。貫いて、ひどい母親役を甘んじて受けた友に脱帽したものでした。私は甘々の親。

今は息子さんも幸せです。おかしなことを言うようですが。

女性は大地、生ごみも木くずや布のぼろやいろんなもの受け入れて、抱きしめて、いずれ滋養に満ちた土になれる。

ならなくては、でなく、なれるのよ、女性は、と語った女性を、尊敬していました。

愛情とは残酷なものであり、業でもある。美智子さまがここまで、と、思い知ったことは、辛いことでもあり、やっぱり、と、妙にすっきりと納得のゆくことであり。

皇室というものを、根底のところで、基本のところで、おわかりでなかったかと、これについてまた、自分なりの考えも書かせて頂くつもりでおります。


@ヒミツのAさん。

お教え下さり、ありがとうございました。

秘密コメであり、これくらいしか書けませんが、これからもよろしくお願い申し上げます。たいへん、助けていただきました、感謝しております。

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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