KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
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皇居に背を向けて 追記あります。



昨日の続きで昔の皇室関連記事から書きます。50数年も前の空気のようなものが、けっこうリアルに伝わる気がします。

今でこそ私は、読んで「これ違うわ」と。 憤然 ボーゼンとしておりますけれど。

自分が大人になって来る過程では、「ああ、そうなのか~」みたいな、そういう風に思った方がいい、思わないとイケナイ感覚の中に、受け入れて行っていた気がします。

以下、仰っているのは、当時、有名な「ガイジン」でいらした、フランソワーズ・モレシャンさんです。この色の文字部分です。

日本語を、懸命に話しておられた記憶がありますが、このように日本の「その頃」を見ておられたのだな、と、びっくりしました。当時はそんなには違和感が無かったのです・・・私の関心が薄かっただけ、でしょうか。(笑)。多分そうです。(笑)。


『美智子さまの思い出』

>お二人の結婚がなければ日本女性の地位向上、若者の自由、貧富・階級の格差解消、つまり日本の民主主義が今のように育っていたか疑問でしょう


ゆうべ、これ読んでいて、ひええ、そうなのお? と驚いた。

モレシャンさんはフランス国の方。初来日は1958年です。今上両陛下のご結婚の前年です。NHKの「フランス語講座」の先生でいらしたのですね・・・知らんかった。

>初めての日本の夏を軽井沢の友人の家で過ごし、当時の皇太子さまも妹貴子さまを連れて来ておられるのを見た。

>日本の上流階級を遠くから見ているだけだったが、皇族の自由で明るい姿に驚いたこともあった。

>軽井沢での休暇ということもあったが、皇室の窮屈な生活は在日外国人の間でも知られていたから


・・・皇室の自由やお楽しみ用に関しては、かなり縮小して伝えられていたのは事実のようです。石、投げられないように、用心しておられたのでしょうか。

モレシャンさんの来日の翌年、4月、世紀のご結婚は成りました。NHKのギャラをヘソクリして貯めていた(ご本人・談)彼女は、当時の日本人のごとく、初めてのテレビを買われた。

その日の朝。

住んでいた家の大奥様・大家さん、ですね、その方が、書置き残して家出。旧華族出身の方だったそうですが。


>今日は夜まで帰りません。

>今日一日、皇居に背を向けて過ごします。

>夕食の用意はしなくて結構です。

>おなかも空きませんから。


そういった内容の置手紙だったよし。

モレシャンさんと、大家さんの若奥さんは、困ったと思いながらもテレビの前から動かなかった、おばあちゃんの気まぐれには付き合っていられない、馬車のロイヤルウェディングを、お茶とおせんべいを用意して、うっとりと見とれていた。

>夜になって帰って来た大奥様は口もきかずに寝てしまいました。

とのことだったそうです。

皇室に、大奥様のような人がいたら美智子さんは大変だろうと思っていたが、自分たちの方にも矛先は向けられてきた、と、モレシャンさんは書いています。

皇太子が「そういう決断をした」のは、英語を学んだアメリカ人の先生や進駐軍のせい。当時はアメリカ人もフランス人も「ガイジン」で、「外国の悪い影響を受けて」など言われて、悲しい思いをしたこともあります、と。

>そんな時、美智子さまとわずかでも痛みを分け合っているような気分でした。

・・・評を控えて先へ進みます。外国の方にシンパシィを感じてもらっておられたのか・・・と、いささかは驚いたのですが。

お二人の結婚がなければ日本女性の地位向上、若者の自由、貧富・階級の格差解消、つまり日本の民主主義が今のように育っていたか疑問でしょう

で、前述のこの部分が書かれているわけなのですが。ここは

>そうした日本の変革の象徴となられてしまった、美智子さまのご苦労を思うと心が痛みます。

・・・わたしには当時の実感が薄いので、何とも言えません。そんなに、苦しいことばかりの美智子さまでいらしたのか?

これからも調べて行こうと思います。

モレシャンさんはまた

>…美智子さまのファッションは今でも私たちの模範となるものです。

>現在の皇室のあり方も日本人だけでなく、世界の人々の模範的家族です。


と、称えて下さっておられます。牝牛防空。めるしぼくう。

>ご結婚の日に家出騒ぎを起こした、あの大奥様も世を去られていられますが、もし生きておられたなら、今では、間違いなく当時の意見を変えているのではないかと思います。

この記事は、このように締めくくられています。

家出大奥様は、さて、いかが、お思いかと。想像もしてみましたよ、私は。


取り急ぎ、アップさせて頂きました。後で誤字脱字など、いじりに戻ると思います。

今日もお読み下さり、ありがとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以下のごとき、これは「ルポ」でしょうか。

いささかの衝撃を以て読みました。現在の皇太子妃に関して、出自その他あれこれと言われておりますが。

その前代の「皇太子妃」に関してのことです。

個人の感想はいっさい無しで、引用させて頂きます。

今日、↑に書き出したモレシャンさんの記事のラストに

>五反田の近くに住んでいたが、何度も家の前を通った。

>イギリスの田園風景の中にあるような木造の家で、立派な家でしたが、かにもお金持ちという派手さがなくて

>お母さまも

>古風でありながらモダンなエレガンスをお持ちの方でした


と記されている、その「お家」に関する「ルポ」なのだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

122 :名無しさま:2011/02/20(日)
J D T      群馬県T部落   文・上原善広
同 和 地 区 指 定 さ れ て い な い 理 由 あ り の T 部 落

 群馬県T駅に降り立ったのは午後3時くらいだろうか。私は駅を出ると横を通り
駅舎の裏側に出た。
 部落は必ずしも一律全てが悪条件な場所にあるのではない、ということを以前
に書いたが、ここはそれとは正反対。いわゆる今までの偏見どおりの、条件が悪
悪い部落に入るか。 以前の地名は「××町」といい、道端の案内板によると、
昔は湿地帯の中を曲がりくねった道が続いていたので、それで××とつけられた
と、道端の案内板は解説している。
ここは非常に説明しにくい部落だが、非常に貴重な部落でもある。なぜなら
、ここから女性が一人、皇族に嫁いでいるからである。そもそもこの土地につ
いては、ある研究者の方に紹介していただいて知ったのだが、最初は私も半信
半疑であった。しかし今回実地に歩いててみて、それを確信するに至った。
 まず、日本有数の企業N社がここから誕生しているのだが、女性はその社長
の娘だった。地元では「粉屋の娘」と呼ばれていたという。何代にもわたって
記録的な成長を続けてきたこのN社だが、それはやはり「差別からの脱却」が
まず根本に、怨念のようにあったからであろうと思う。江戸期から商いに奮闘
してきたその歴史は、彼の地にあるN記念館でも辿ることができる。老舗の醤油
屋も現在彼の地にあるが、その醤油屋から分家してできたのがN社である。「こ
な屋」と「醤油屋」はいずれも女性の一族の経営で、 故に彼の地ではうどんが
名物となっているが、これは不味いのであまり有名でない。醤油もそう良質な
醤油でなかったと聞いている。


123 :名無しさま:2011/02/20(日)
J D T      群馬県T部落   文・上原善広

駅の裏にはそれらの工場群が散在する。日本を代表する大企業であるから、
本社はずいぶん前に東京に移してあるが、工場は小規模ながらまだこの発祥の
残っている。いずれも古い施設だ。その工場の一つをぐるりと回ると、その裏
にひっそりと、これもまた古ぼけた白山神社が祭られている。白山神社の周囲
には廃屋と呼んでもよさそうな、朽ちかけた家々が並ぶ。ここは女性が皇族へ
嫁いだため、行政から同和地区指定されなかった。 指定を受けると部落とわ
かってしまうからである。家々の横を泥川が流れる。
「貴 あ れ ば 賎 あ り」か ら 真 に 貴 も 賎 も な い 時 代へ・・・
 私はこのような事実をことさらスキャンダラスに書いて、読者や部落民の劣
情に訴えたいのではない。休刊した「噂の真相」三月号でも書いたが、この事
実を考えると、私たち「平民」よりも皇族の方が先進的ではないかと思うのだ。
なぜなら皇族は過去の身分上、最高位にいる。その彼らが過去の身分上最底辺
の部落民と結婚するなどということは、身分社会の崩壊を意味しているからだ。
ただ「平民」と「部落民」の結婚差別どころの騒ぎじゃない。無論、皇族や宮
内庁内には数々の激しい抵抗があったと予想できるが、私たちにそのことをう
かがい知ることはできない。
 私はこの事実を知ったとき「さすがは象徴天皇である」と、心の中で喝采し
た。私たちも税金を払っている身である。しかし、この事実は、公表されて初
めて意味を成すことである。公表すればそのまま、差別に対して皇族の先進性
がアピールできるではないか。これをもって「部落解放」を宣言しても良いく
らいの、画期的な「事件」なのだから。

124 :名無しさま:2011/02/20(日)
J D T      群馬県T部落   文・上原善広

 しかし、それはされなかった。そうした事実がまことしやかに広まることも
ほとんどなかった。一部の研究者や関係者だけの心に留め置かれたのである、
なぜか。
 女性が結婚したその当時は、残念ながら差別はまだまだ悲惨なものだったか
らである。
 しかし、これは快挙事であることは間違いない。現天皇が自らの祖先につい
て朝鮮半島を持ち出して一騒動になったことはまだ記憶に新しいが、今思えば
彼らしい自由な発言であるといえる。そして今回の皇太子による「雅子のキャ
リアや人格を否定する動きがあった」という発言は、この父にしてこの子あり
、真に勇気ある堂々とした発言だ。周囲の関係者や宮内庁職員の方が、天皇家
よりも閉鎖的で前近代的なのだろう。正に皇室の新時代の幕開けと見て良い。
私は今まで松本冶一郎の「貴あれば賎あり」を信じてきたが、これからはそん
な古臭い言葉なんか放棄したい。真に、貴も賎もないのだとしたい。
 こうした事実を、この稿で堂々と具体的に公表できたらいいのに。そして地
名も堂々と公表することができたとき、部落解放は成されたと見ても良いと私
は思う。
 彼の地を歩いたその夜、たいしてうまくない田舎町の飯と酒と女だったが、
それはたいそう私のはらわたに沁みた。彼らの「歴史的な結婚」の四十年に乾杯
しようではないか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。正直に申し上げて私は、この書き手の方の考え方その他に、同調する者ではありません。私はもっと怖がりでええかっこしいです。貴だの賤だのについても、保守的な感覚を持ち続けている気がします。

「貴」が単純に「貴」ではなく、いわゆる「賤」が当たり前に「賤」であると決めつけ難い気持ちは、はっきり持っています。

その反対の気持ちもあります。

ただ、今まで読んだことの無い内容のルポであって、引用させていただきました。

どうもありがとうございました、と、申し上げます。







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  1. 2015.02.07 (土) 10:37
  2. URL
  3. ららら♪
  4. [ edit ]

美智子さんを入内させたい勢力があった、ということは確かなのでしょうね。
戦後の日本の「民主化」をアピールするためには、最適の存在ですから。

その一方で、美智子さんご本人、並びに
正田家では、この縁組に乗り気ではなかった、いやむしろお断りになりたかった、
それも事実。
けれども結局は、ある事情で「そうならざるを得なかった」。

入内が決まった後の記者会見の、美智子さんの映像を見るたびに、心が痛みます。
このときからすでに「ごっこ」が始まっていた。
一本松コンサートを、「仲良しごっこ」という方々がいらっしゃり、
「そんなものは見たくない」という方もいらっしゃる。

けれども、上流の方々の生活とは、しょせん「ごっこ」ではないでしょうか。
価値観が違うのですから。

最近保守ブログで持ち上げられている某妃殿下。
裏話はいろいろと聞いております。
でもこれを、「スキャンダル」として見ることは、私にはできません。

皇族も人間です。
その人間が、神々しい生活をしなければならない、そこに、
どんな葛藤、どれほどのストレスがあることか。

正と負を踏まえて、それでも私は皇室が好きです。
あ、例の方は別ですよ。
そこだけは、譲りません。
内実はどうであれ、人前に出れば一応の取り繕いを見せる、それが上流社会。
  1. 2015.02.07 (土) 16:34
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ららら♪さん。

ざっと音を立てて皆様に引かれてしまったようなスレッドに、コメントをいただき、ありがとうございます。

確かに入内推進勢力はあったのでしょう、私には何のルートもありませんので直接聞いたわけではないが、考えて行けば結論はそこへ行くかと。美智子さまご自身、口実を設けて「辞退」の意をしめすために、国を出られた。ベルギーの同窓会世界大会へ、それからヨーロッパ、アメリカへも。

ナイアガラの滝つぼに一人で下りて、渦の中に吸い込まれてしまいそうな妄想に悩まされました、と「悲痛な叫び」をあげてもおられる・・・ようです。

しかし結局「お受けになった」。私は一般庶民ですし、個人的なことを申せば、もしかして入って行くことになったかもしれない、それなりの「上流まがい」の生活に組み込まれる予想に怯え震えて、二十歳にもならない身で、自分で生きる世界に飛び込んで行った、養い親にそむいたできそこないの娘でした。

関西の上流まがいの人々の中に入るのが、とことん、イヤでした。だから、しなくてもいい思いもしましたが、自分に無理を強いることもあまりしないで、普通のヒトの暮らしを得られました。幸せだったと思います。

上流ってなんでしょう。それなりの実態もイメージも、自分の中にはあります。ただ。

皇室は「上流社会」とは違うものだと、私は、考えています。

たとえば「一本松コンサート」。あれに対しては、さまざまな感じ方や解釈があるのでしょう。

慈善コンサート、というモノはある・・・実際にお金が必要なところへお金が回って行くように、綺麗ごとだろうが失笑ごとだろうが、とにかく何かの催しを立ち上げ、微笑みながら場を盛り上げて、皆さまがいくばくかのお金をお捧げになる。そういうものには「現実にお金が集まる」、要るところへお金が流れるという「やりがいのあること」が、あって。

しかし私の感覚では、あの震災ビオラを皇太子が弾いて、裏側の絵をかざして得意げに笑って、皆がそれに拍手した、というあの行為は。皇后さまが口を利かれてなった、という、あの茶番劇は。

すみません、思うままに続けさせていただきます、被災された方々にとって、不遜、偽善、それ以外の言葉のみつけようのない、暴力的に失礼な行為でした。私にはそうとしか、感じられません。

あの場には確かに「上流の方々」がおいでになったのでしょう。で「皇后さまや皇太子さまのお心遣いに拍手された」。うげえ。

勝手に偽善、不遜、同情ごっこをなさったのだと思います。これは、私の感覚ですので、言い過ぎでしたらお読み捨て頂きたく存じます。

>皇族も人間です。
>その人間が、神々しい生活をしなければならない、そこに、
>どんな葛藤、どれほどのストレスがあることか。

こう仰るそのお気持ちは、私にも、解るところはあります。

確かにそうだと思います。

が。そうなのなら、もう、皇室など何の意味があるでしょうか。

弱い所も脆い所も、人間ですから、ある。では、人間らしくいらしたらいいのではないでしょうか。可愛い子は切り捨てられない、立場のことも教え切れず放置するしかない、愚かな親でいらしたらいいのです。

人間のすることなら、ひとは、後ろ指さして笑うことはあっても、大した迷惑には至らない。

しかし、それで済むのか。それを勝手に考えておろおろとする、愚かな身ですね、わたくしは。

戦後ももう70年。昭和帝が人間宣言をされて。皇室財産も、すべて、アメリカに取り上げられて。神道を破壊、毀損、の計画は順調に進んだのか・・・知りませんが。

それまでの「皇室」は終わった。全く違うモノになった。それでいいではないですか。プレッシャーからは逃れられます。ご自由に生きる道だっておありになる、戸籍も姓も人権もお持ちになれる。

が。もう、仰げません。自由の裏側にあるものも、お引き受けにならなくては。当たり前のことです。ご自分の生活は、ご自分で責任をおとりになる。当たり前のことですよ、それ。

・・・ただ。いたずらに持ち上げてはならないと心しますが。まだ、秋篠宮両殿下がおいで下さる。

私が描く「皇室の方」を、実直に実践して下さっているお姿が、確かに見えます。ですから皇室を諦められないのですが。

私の中では、皇室は、単なる上流社会の人々では無いです。

神道の長の家の、方々。

内実はどうでも、人前ではそれなりに取り繕いの出来る方々。それが上流と言われる階層を生きる方々の「姿」であるとは、同感です。それでなければその世界を生きて行けません。いいことばかりではないはずです。しんどいよ・・おそらく・・・笑。

皇室には、もっと違うモノを、全く違うモノを、望んでしまうのですが・・・甘いのでしょうか。

ららら♪さんには、今まで、さまざま教えて頂いて来ておりますので、自分の思いを書かせていただきました。

美智子さまは本当に、激しい人生を生き抜かれた、驚異のお方と思いますが。

お辛かっただろうと、不遜ながら拝察申し上げますが。

このまま、朧の世界に逃げ込んで行ってしまわれるのですか、と、傘寿をお迎えのお方に、非道と知りつつ、思いを向けないではいられません。

呆けの中へ入りこまれて、それで済ませるおつもりですか・・・など、問うて虚しいとも、知りつつ。

皇后・美智子さまは、特別な、ただ一人の立場のお方なのですから。
  1. 2015.02.08 (日) 22:03
  2. URL
  3. ららら♪
  4. [ edit ]

美智子皇后については、みなさま、愛が深かった、期待が深かっただけに、
また惜しむ気持ちも大きいのですよね・・・・。

惜しむなんて、軽い言葉ですね、ごめんなさい。
いつか、直接お会いできた時に、いろいろなお話ができれば、と思います。
非公開にしろ、ネットでお伝えできる事柄ではないので。

  1. 2015.02.10 (火) 11:06
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ららら♪さん。

言いたい放題の生意気申し上げた私に、なおお声をおかけ下さりありがとう存じます。

私の気持ちは受け止めて下さるはず、と、甘えも内包して(てへ)率直に申し上げました。

・・・どんなお話を伺えるやら、と、コメント拝見してすぐ、バスに乗るのか新幹線に乗るのか・・・すぐに拝聴したいとこころ逸りましたが。成ることではございません。

正直、あまりにどっと押し寄せている「実は」の堆積に、脳内の整理のおぼつかない状態ではあります。いま。

正と負を踏まえて、それでも皇室が好き・・・アレは当然ながら除けて・・・と仰るららら♪さんのように、私は「皇室が好き」かどうなのか、よくわかりません。

数日、皇室の事を離れて時を過ごしたいと考えております。

お心遣いをありがとうございました。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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