KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 呆然となること
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カッコだけですが、何か。って。



3学期に入って、今では「遅刻」「欠席」の情報でなく、まれな登校自体がニュースになりそうな愛子さん。

本人のあずかり知らぬところで「ご優秀伝説」の盛り上げられた時期が、長くありました。つい最近まであった。今も、ひょいと、出て来そうなものではあります。酷い話だと私は考えています。

お母さんの雅子さんにも「優秀伝説」が盛り上げられていました。結婚報道当時、ものすごい才媛であるとのふれ込みでした。

皇太子の妃となる女性。賢くしっかりして、ごゆっくりさんの皇子さまを支えて頂きたい・・・と、皇后陛下ならずとも、お望みになったことは難くない。

皇太子妃の候補者は、たくさん挙がりましたがどんどんと消えて行かれ・・・ここにも、雅子さんの実父であるオワダ氏の力が働いていて・・・雅子さん入内は、大きなプロジェクトであって・・・それでも、ご自身のご決意も固くお残りになられた方も、おられた。今も惜しんで語られる、Kさん。元華族の出の、地道で優秀な方。現在はお医者様です、その方を、ずいぶん(30歳直前まで)、お待たせしたまま、結果は雅子さんに風は向いた。

「あちらの方が、おできになるから」

皇后さまが、そう仰ったからかどうか、昭和天皇は反対なさった相手、オワダさん、いったんは浩宮に「あの方はダメ」と言い渡されたオワダ雅子さんを、昭和帝のご崩御間もなく「オワダサンではだめですか」と。

再び皇太子が言いだして(ハニートラップがすんなり効いて)、両陛下は「皇太子の望むようにしてやって欲しい」と、

なったそうなのでした。

オワダさんを反対した当時の後藤田官房長官は、

「御所にムシロ旗が立つ」

と発言。雅子さんの身元調査を進めていて、父方の3代前の「金吉」とやら以前がわからないままいた宮内庁に、

「身元調査は人権侵害である」

と。部落解放同盟の突き上げがあり。結局、オワダ家の3代前は不明のまま。

皇族の結婚に際しての・・・次代をもうけるのが、妃なれば最大の「つとめ」なので・・・女性が受ける調査も雅子さんは、プライバシーの侵害として拒み。

お妃教育の「神道」は英語のテキストで、と望んだ雅子さん。

英語は、達者だからよしと、受けることさえ省略された。

茶華道は「意味がわからない」と、指導者の呆れかえる中、席を蹴るように中断、そのまま放擲。

和歌も当然、途中で放擲したが、これは代作の効く世界ではある。


雅子様優秀伝説

田園双葉の入試に2回落ちて、3回目に編入。

高校生の時、両親は、長女の雅子さんだけを伴ってアメリカへ。双子の妹は「学校があるから」日本へ残された。雅子さんにも、学校は、あったのですが。

あったのは素行上の問題。

アメリカの公立高校では語学最低レベルのESLクラスから出られず。

当時ハーバードで客員教授をしていた父のコネで女子部のラドクリフに入学。これが「ハバド出身」の根拠。同じラドクリフ卒のケネディ大使には会おうともしない。

中国系学生デビッド・カオと半同棲。彼は5歳上だった。宮内庁も握っていた=握りつぶした、トップレス写真を撮られる。 このカオ氏は後に殺害されている。

卒業論文も父のコネで普通の学生には不可能な経済界の大物達= 一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
 http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

それでも優良可の良にあたる評価がやっと。

1986年4月~1987年3月中退:東大法学部(22~23歳)

→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。

小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) 現在ではなくなっている「コネ」入学。当時それがあったのなら、その恩恵を受けた者もいたのだろう。

 ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

授業にはほとんど出席せず、1単位も取れずボロが出る前に中退。これが「東大卒業」の実態。

父親の力の及ぶ外務省に、これもコネで入省。

=2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、
 通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。

外務省時代は内規違反をしてマイカー通勤しVIP専用駐車場に駐車。
通勤手当をもらっていたので返却することに。しかも連日遅刻。

仕事が出来ないため大切な仕事は任されなかったが、頼まれると失敗して泣く。
周囲を気にしない傲慢な態度だった。

しょっちゅう化粧直しに席を立ち、なかなか戻らなかった。 コピー番長と囁かれていた。

職場でも父を「お父様」と呼んでいた。

オックスフォードに国費留学するが、同期の中で唯一修士が取れず帰国。 1300万円ほどの国費の投入されたヒトではあった。=「オクスフォード卒」と、これでも言う。

米国、英国、外務省時代に同棲・不倫の噂多数有り。中の一人・O氏は後に、イラクで殺害されている。

皇室に入内後は父親の影響が及ばず、すぐに引籠もる。

普通の会話が、日本語でも堪能とされた外国語でも続けられずパーティーでは壁の花。 =婚約時は英語フランス語ロシア語に堪能とふれ込まれた。韓国語も含まれていたか?。

人にものを頼むときに「May I・・・」や「Would you・・・」を使うという初歩の初歩ができない、と、きっぱり指摘されています。


上記は、日本のメディアが触れなかった「おわだまさこ」さんの独身時代、に関してです。

皇太子妃としての役割を果たして下さっていれば、過去の経歴や学歴はどうでもいいようなものです。

当人及び擁護する有象無象が、役割を果たせない言い訳としてありもしないことを言いたてて来たので、こうして何度も持ち出すのです。

雅子さんは、単に「勉強があまりできないひと」なだけでなく、入内前から精神的な何らかの問題があったと思わざるを得ないのですが、ごり押しで皇室に入り込んでしまった。

皇太子との初めての出会いも、追いかけて行って既成事実を作って見せた「コルマールの夜」も、皇太子をワゴン車に押し込んで鴨場に連れ出し、そこでプロポーズ・・・のことも、うさんくさいこと限りない話は山盛りあるのですが、つまり、父親主導のことではあった。ナルさんは、ただ、自分だって恋をしている、と、夢見ごこちでいただけかも知れません。

以下の動画は過去、何度も貼ったものですが。

動作、目つき、腰のあたりの感じ。未婚の、きちんとした暮らしをしてきた女性にはとても見えません。

最後の方で「誉めて」おられるお友達だと言う女性も、父親関連での「限定期間つき・友達」。

見るたび、やられた~~感がこみ上げる雅子さまでいらっしゃいます。




・・・婚約なって、オワダ両親と雅子さんが「墓参り」をした、その、有名な「墓」の話。

「小和田匡利」とフルネーム(?)の彫られた、右へ傾いた古そうな墓石の、下。台だけが新品で、据えられているのがどう見ても、よその墓と墓との通路、隙間っぽい。赤い蝋燭が三本立てられmいわゆる「墓花」らしくない背の高い洋花が一対、突っ立ててある。

その墓の前で、サングラスをした有髪のお坊さんが読経をし(多分)、雅子さんも両手をおへその前で合わせているが、手は、大地と平行の形の合掌で。

お念珠が無い。

生まれて初めて墓参りしたような、小和田家。

小和田匡利が何者であるかは新潟県村上市の小和田本家も分からないということで(結婚の時に、うちとは関係ないとご当主が明言されている・普通なら名誉なことと思われるのだが)、恒の父方家系は全く辿れないのが現実である。

毅夫の父親は、現在に至るまでその人物像に不明な点が余りに多すぎる小和田金吉である。毅夫がごく幼い時期に金吉は亡くなっていて、その生活に大きな苦労があったことは容易に察せられる。しかしその苦労がトラウマとなったのか、自らが学校長となったときの振る舞いに疑問が投げかけられている。

時代が下り、毅夫の孫娘である雅子が学歴ロンダリングで箔をつけ、ついには皇太子妃にまでなってしまったその原点は、恒を育てた毅夫に見ることができると言っても過言ではないだろう。

小和田毅夫氏は雅子夫人の父方祖父であり、小和田恒の父親である人物。

教職に携わっていた人物で、息子恒らが通う高校の学校長を務めていたこともある。小和田恒については新潟県立高田高校百年史にも記録が残る「13票」の逸話が知られるが=生徒会長に立候補しての得票が13票だった=、そこまで人望のない恒が卒業式で総代となったのには当時学校長であった父毅夫のバックがあったからという見方が有力である。

県立高校の校長として、優秀な学生に支給される県からの奨学金に自分の高校の生徒を推薦、
それが た ま た ま 自分の子女 全 員 だった。安月給だけをやりくりして入れたわけではない。

小和田恒含む6人の兄弟も、結局は人の金を貰いながら大学進学。父親の推薦で。

小和田毅夫の広島師範学校は新潟県村上市の士族出身が受け取る鮭の養殖講の奨学金で。

(毅夫は2才で父親と生別、その後すぐ父・金吉は死亡、母・毅夫・妹は村上市以外の実家に身をよせて
住所も村上外だったのに、申請して支給されている)

利用できるものは利用する、合理的思考が小和田の血に流れているのでしょう。


以上、ある意味、頑張り屋。立志伝中の人物として描かれてもいい、ような、祖先をお持ちのようですが。

そうはならなかったのが、小和田家。

利用できるものは利用する、合理的思考が小和田の血に流れているのでしょう。

頑張った祖先を持ち、子孫の中から皇太子妃までを輩出している。そのオワダさんチが、全員優秀であの時代にすべて、大学を出た。その小和田家の、お墓が、いま、どんな風になっているか、取りざたされない。

雅子さんが「出世」しているのに、ご親戚方面の話も無い、母方の江頭家の祖父母とは親身な様子でもあったが、父方の祖父母は、晩年を老人の施設にいて、孫娘が「あの」雅子さんだとは、結婚の前後にも、施設の職員も知らないままだったと言う不思議な話。

小和田家の墓は前述のごとく「存在」したようですが、江頭家の墓に触れられたことは無い。水俣方面の恨みをおそれて、と、かすかに聞いたことはある。それだから隠すなど、水俣の患者さんを貶める噂だとは、感じました。

あの有名な飼い犬のショコラちゃんでさえ、留守になる家に残して放置、ショコラちゃんは餓えて、渇いて、の最後だった。不要になったものは捨てる。それが平気でできる家なのね、と、私は考えるが。それも「合理的」なのかどうか。

天皇陛下には口答えをし、両陛下を訪問する夫・・皇太子に腹を立てて、のりこんで行って連れて帰った、と。なかなかに勇ましいおキサキさん。新年のバルコニーには出て来る。陛下の誕生日にも、車の中から参内する様子を撮らせる。それ以外はほとんど、何もしない、どこへも出てこない。静養はする。年に何度も静養する。妹家族や自分たちで選んだ友人(とりまき)も伴って、支払いのすべては持つ。東宮家が。いや、国民が、です。

・・・去年、愛子さんが武蔵野御陵を参拝されたと、大騒ぎして報じていました。玉串の奉奠がおできにならなくて、ちぃっと困った動画が、流れてしまっていました。初めての、曾祖父天皇のお墓参りでした。

東宮家のお子さんが、中学生になるまで、お墓参りをしておられなかった。

いまの皇太子家は、そういう家。鳥居をくぐれないと長く云われて来て。去年は、何に追い詰められての事か、伊勢の神宮で鳥居も親子三人、くぐっていました。

潔斎無しの参拝だった。

潔斎無しに、参拝されたそうです。

そんな東宮家の参拝に、大宮司は、お付きになられませんでした。

参拝にあらず。との、ご判断でしたか。大騒ぎして行ったのでしたけど。

貪られたとかの伊勢海老カレーなどが、取りざたされて。暑苦しい夫婦。

そういうモノが、東宮御所で、殿下妃殿下と呼ばれています。

何を言いたいかはっきりしませんが。気持ちの悪い話なんです。

今日は、今は、ここまでとさせていただきます。記事の参考にさせていただいた各氏にはお礼を申し上げます。


しかし、今回の皇太子のサウジ行の際に、見送り出迎えの無いあの方の[雅子さま」の「ま」の字も、出なかった。

皇太子さんは、一人であることが「当たり前」のようでは、ありました。








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  1. 2015.01.28 (水) 22:36
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  3. hortensia
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1993年6月9日は、学校が休みでした。

家族や友人や周りの人間誰もが、不思議なことに浮かれておりました。

私はそんな雰囲気に馴染めなかった。
今は亡き祖母が、「結婚の日にこんなによくないお天気なんて可哀想に」と呟いていた。
私も子ども心に、普通めでたい日は晴れやかなものなのになあ、と、どんよりした思いでいたのを覚えています。

報道では雅子さんがいかに優秀かをしきりに流していたけれど、私は(今思い返せばひねくれた子どもでしたが)ちっとも優秀に見えない、歯並びが悪くて気持ち悪い、目つきがいやらしくて…と感じていました。

ぜんぜん「美しい雅子サマ」になんか見えなかった。

昔のことを長々と失礼いたしました。

今やそんなメッキは剥がれ落ち、どんどん醜態が曝され、追いつめられていることに彼らは気づいているよしもなく、相変わらずの傍若無人ぶりでいることに、怒りしか湧きません。

一刻も早く皇籍を離脱しろ、二度と顔も見たくない。
そればかり考えています。

相変わらずの直情的なコメントをお許しください。どうやら自分も「導火線が短い」のかもしれません!?
  1. 2015.01.28 (水) 23:16
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  1. 2015.01.28 (水) 23:55
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  3. さぶた
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ボロがぼろぼろ

歯列矯正は保険が使えず、どこからも利用できる資金が出ず、ガチャ歯のまんま。
墓参りなんてやったことないし、ロウソク?花?坊さん?こんなんでええでしょ?状態のなんちゃって墓参り。
ご友人役の別荘は、散らかり放題。
家事も子供をあやしたこともないのバレバレの動画。
見てるこっちがイライラします。
廃太子、廃妃、早く!
  1. 2015.01.29 (木) 00:24
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  3. ジェリコ
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あっちゃ~の連続

この動画を見た時のこと、覚えています。
ゴム手袋で火の付いたレンジの回りを拭いてる・・・あぶないだろ?
いろいろと、「頭いいって・・・ウソだろ?」と感じる事が結婚式パレードまでの間にたくさん出てきました。

でも、アレが結婚できたんだから、ま、いいか、と納得しようとしました。

マスコミってうまいこと報道しますね。
(ケンジゴトウジョーゴさんの生母さんの映像もうまいことつぎはぎしてますが。)
今回も、皇太子のサウジ弔問のニュース(帰って来た時のニュース画像)の中で、
マサコヒもいたはずの昔の動画も使われていたのですが、
彼女の姿は映っていないのですよ。
まるで、最初からいなかった人みたいな扱いだと感じました。

切り取っちゃうんだなぁ、
フェイドアウトさせて、国民の意識から彼女を消すつもりだろうか、
・・・なんて思いました。

こういう扱いって、マサコヒ、今までされたことはあったのでしょうかね?
そういう方向に行ってるということなのでしょうか。
(だったらいいなぁ・・・。)
  1. 2015.01.29 (木) 00:32
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  3. ニャン
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むしろ旗ねぇ、、、

その 物騒な不穏な空気がつたわってくる。

きな臭さ、というか、、、

読んでて、虚しい。
これだけ、すでに、兆候があったのに、
日本の聖域に、あれら一族が入り込んでしまった。
追い出す方が何倍も労力が要る。

せめてもの救いは、
雅子の不器用さ。

一人のお子様が、女の子であること。
そして、女性天皇論を推せないほどの、
障がいの可能性、、、

単に甘えて、クネクネ?
では、ないですよね。。。

  1. 2015.01.29 (木) 00:59
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  3. 平成式部
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『鴨場の恋』等と報道されておりました、か?

天皇皇后両陛下が、山形での公務で御所にいらっしゃらない時を見計らって、実行されました。
ナル仁親王を、拉致した如く警備の目をかいくぐり鴨場に連行し、雅子嬢と密会させ、た。
当時は、奥手で純朴なナル仁親王の反乱、世紀をかけた一途な恋と盛んに美談仕立てで報道されておりました。

しかしながら、一生かけて添い遂げようと思う大切な相手に対してだったら、こんな姑息な手立てはなさるはずもない。両陛下にご紹介してから、順当な手続きをお取りになるでしょうにね。

まさに当時から、巧妙かつ狡猾に仕組まれた策略だったと解りますね。
はめられてしまった皇太子殿下も、今となってはお気の毒とも思われますが。
身から出た銹でしょうか。

  1. 2015.01.29 (木) 01:11
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  1. 2015.01.29 (木) 07:43
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  1. 2015.01.29 (木) 11:31
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  1. 2015.01.29 (木) 13:57
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  3. sara
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プロレスラーみたい

久しぶりにこの映像見返して、改めてすごいなと思いました。台所のシーンは、普通の姑なら10回ぐらいダメだししそうだし(昭和末期は姑というものは世間的には非難されながらもまだ小言を言う存在でした)、赤ちゃんシーンは馬脚は現していないかもですが、例によっていいところが1つもない。
このころの週刊誌の写真を見て、当時の上司が「なんかプロレスラーみたいだな」と言ったのを思い出します。ソーセージ炒めだったかな。。。私はそのとき、おっさんはすぐ大和撫子みたいなつつましやかなもの求めるからやだな、と思いました。
私はほぼM妃と同世代なんですが、そういうのに反発してました。だけど今になってそういうこと、つつましやかな日本女性というものにいかに価値あり、一朝一夕にはムリなものかということを思っとります。最近は世界のロイヤルファミリー情報の載った英語ブログなども見てるのですが、やっぱり外国人にとっての日本の魅力は上品さなんだなあということが、よくわかります。
しかし、プロレスラー、ほんとに言い得て妙ですよね。この映像でも。一言では言い表せないんですが、この動作の仕方が、、、私どもが若かった頃見たビューティーペアの休日とかに似てるのよね。
  1. 2015.01.29 (木) 20:10
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  3. KUON
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hortenciaさん。

導火線が短い。(笑)。あちらの宮家は、すべて花丸。不遜な申しようですが、敬愛ってこんな感じ。
その名のお子さん、存在が消えかかっておられる・・・無惨です・・・。

あまり記憶が無いのですが。ハヤシマリコが、雨が上がってパレードに陽がさしたことを、えらいこと興奮して「雅子妃の勝利」とぶち上げた記事を、白けて見ていた記憶。

皇太子は、誰から「まさこさん」を守るのか。ハヤシマリコの言う「勝利」は、誰を仮想敵にしてのことか。

ふざけんじゃねえよ。ガラ悪く、皇太子の髭の剃り跡が青々して行くのを(すみません)きしょく悪く眺めていました。先に謝っておこう・・・このふたりが、いっしょにねるのか、って、すっごくc級の感想がありまして。うげ~って、思ってました。勇気あるのね~って。ごめんねここでバラシマシタ。(笑)・・・で、いいですか?。

横目で見ていた方、けっこう多いのですね。ふむ。
  1. 2015.01.29 (木) 20:22
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  3. KUON
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ヒミツのMさん。

おっしゃること、よおく解りました。denhutaに関してもT大のそういうところも。

・・・自分の記憶箱にしまっておいて、何かの折の参考にさせていただくことにします。

想像を絶することも、あるのですね。今は、これだけ、ありがとうございました、また、よろしくお願いします。!。
  1. 2015.01.29 (木) 20:36
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  3. KUON
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さぶた さん。

歯列矯正。まず、それ、考えますよね。あのお母さまは、ご近所の方に、

「矯正は経費で落とせないのよ」

と、当たり前の不満顔でのたまったヒト(もどき)。婚約なって、お祝いの花を沢山もらって、花屋に交渉して、引き取らせようとした「ばか」。

私も40過ぎの大・大人になって透明の矯正具をつけました。もともと歯並びはいい(すみません自慢です(笑))のですが、上の前歯の間が開いて来てしまって。ずっとかかっている歯医者さんが、これ寄せよう、と、透明の器具をつけてくれました。当時はお金を自分のために使えない時期でしたが、数万円でしてくれました。(自分からはネギらない)。今もぴったり寄っています。感謝しています。雅子さんのあの歯は、あの家のどうでもよさの象徴のよう。

どこぞのおばちゃんなら別に~ですが、皇太子妃が、あの歯並びでは、かっこつかんやろ。愛子さんの歯も、ワタシが見る限り、歯磨きしていないので、歯垢で溶けかかっています。手づかみでモノを食べておると言うのも、事実のようで・・・信じられないが、居座っていますしね。

あ~ん。イヤですね。



いらいらします、
  1. 2015.01.29 (木) 20:54
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  3. KUON
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ジェリコさん。

私は、ぐるぐる回って転んだ坊やを、座った姿勢でよっこいしょ、とした時の、彼女のガバッとした腰の感じに。

以前も書きましたが、何人おとこがいたんだろ、と。普通じゃないわ、と。水児の霊が、一人分どころじゃないぞ、と。強く感じて。誰も問題にしなかったのか、大変フシギでした。私がこの動画を見たのは、化けの皮が剥がれて来てからの事で。29歳は微妙な年と思いますが、あんなに、何というか、フレッシュで無いヒトがね、と。恋の経験なんてもんじゃないですよね。

>でも、アレが結婚できたんだから、ま、いいか、と納得しようとしました。

(笑)。そうだったんですよね、おそらく。

ゴトウ氏に関して、何も言えないと思っているのですが。彼が「ふびん」と感じることがあるとすれば、あのヒトを母親に生まれてしまって、三つの年に捨てられて、それだけならまだいいが、ここでしゃしゃり出て来られて「母親づら」されてしまっているという、その点です。産んだから母親、ではありません。 ずっと、それは考えています。

皇太子さん、サウジでまた、アホなこと言って来たようですね。いま、調べていますが。もう出さないでいただきたいです。こっちでは「・・・」認定でも、出て行けば「日本の皇室のヒト」ですからね。う~む。
  1. 2015.01.29 (木) 21:07
  2. URL
  3. KUON
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ニャンさん。

むしろ旗。インパクト大ですね。事実、官房長官は、そう言って「反対」でした。私が「まさこさん問題」を知りはじめた頃は、皇室は、キヨラカ過ぎた故に、押し入られてしまった。どえらい目に遭ってしまわれた。というような流れで、捉えていて。とにかくオワダ&背景に、総ての問題や原因があった、ごとく思い込んだ・・・それは事実とも思いますが・・・しかし、皇太子の結婚って、そんなんで通ったのか、本当か~?と、新たな見方が自分の中に動き回っております。

おかしい。一番初めに戻って考えると、おかしさの端っこに、何かが見える・・・って。なんぼ「ポアロ」のファンだと言いましても、ね。推理なんかさせないで下さいよ、皇室の方~。

何とか始末つけていただきたいと思います。為し得る方に、ぜひぜひ、と、願っております。

責任とって下さいと申し上げたいです。

意味不明の事を記しまして、ごめんなさい、アタマの中、煮え煮えです。すみません、ぺこり。
  1. 2015.01.29 (木) 22:01
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  3. そら
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KUON様
とーぐー夫妻のご成婚の年も日もよーく覚えております。それはそれは腹が立つほど。当時水泳部員だったので雨が降っても関係なしと言われればそれまでですが、外のプールですし冷夏で水温が上がらず、そんな中スタートの練習で腰を痛めて今だに影響ありです。
あの結婚は全力で天に止められていたんだと、今ならよく分かります。
  1. 2015.01.31 (土) 18:38
  2. URL
  3. KUON
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平成式部さん。

初めまして。お返事が遅くなり申しわけのないことでした。

鴨場の恋。・・・皇太子さんは、弟さんカップルが羨ましかったのでしょうね。ごく普通にそうは思います。で、相手さえあれば、ご両親のような「夫と妻」になれると、ごく普通にお考えになったのか・・・。甘やかされて育って。

実際より上に上に、見せることに腐心して見せて来たご長男。本当なら、周りが、ナルさんを引っ張ってくれる人を妃に、と、今になれば何を言っても虚しい話、ご両親も、自分たちは「軽井沢の恋」と喧伝されての結婚だったので、おそらく強くも言えず。仰る気も無かった?。

なにもかもが、アチラの思惑にかかりやすい状態ではあったのでしょうか。冷静に考えて、皇太子の結婚が、外国の新聞のスクープだの何だので「決定」して、それを拒むことも成らず・・・なんて、あり得ますかね。あったんですが。(笑)。裏事情を探れば、えげつないことも見えて来ます。

皇室は昭和で終わった、などと、秋篠宮両殿下がおいられるので、思いたくないですが。

ナルさんが、派手な見かけのオンナが好きだった。これはありますね。今も漏れて来る、大変に俗な好みの日常生活。これは雅ドンも同じ。

歌手だか女優だかに魅かれる皇太子を、周囲が止めさせることもせず。時代の風だか、学歴至上主義のこれも風に、皇族までが乗ってしまったか。

皇室の次代の結婚と言う雰囲気は無かったのでしょうね。

婚約決定までに、チャンスがはあったのではないかと今になって思っても。

>しかしながら、一生かけて添い遂げようと思う大切な相手に対してだったら、
>こんな姑息な手立てはなさるはずもない

そうですよね。荒っぽいですね、いろんなことが。恋の他にはすることの無かった、やんごとなき方のなさるには、荒唐無稽。安っぽい「皇太子の恋」、がっかりです。雅なとこがいっこも無い。ガサツな女とベロ出しハァハァの男の・・・恋物語とは、認めたくない、何と申しましょう・・・つまり、やられてしまったのですわ。邪悪なものを、寄せ付けてしまった・・・がっかりです。
  1. 2015.01.31 (土) 18:50
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  3. KUON
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ヒミツのmさん。

初めまして!。

>新潟駅からお寺さんまで
>4kmくらいでしょうか?
>まだ嫁いでないのに
>信号は動いてませんでした。

>それと新潟市になんで
>お墓があるのか?と。
>一応、村上市出身のテイなのに。
>色々と不思議です。

あの墓参の時期をご存じなのですね。

あの墓石は「拾い墓」という説。オワダ氏の先祖に「金吉」はいたそうでも、あれこれ検証されても墓石の フルネーム「小和田匡利」なる人物については、未だ謎のまま。背乗り説も有力ですね。

墓などどうでもいい人たちなのですね。29歳で結婚が決まるまで、墓参の経験も持たなかった。その女性が、神道の長の家の後嗣のツマとして入り込んだ。それだけでも「ブー」ですやん。

よくあれで通ってしまいましたね、と、今更びっくりです。

>嫁いでないのに交通止めして

・・・成金だから、そういう特別扱いが何より好きなのでしょうね。

もう、クサくてクサくて、近所にそのタイプがいたら、最高会釈だけ。あちらが無視してくれたらラッキー、って感じで。すり寄って来られたりしたら、全力で逃げます。(笑)。恥知らずは嫌いです。恥の観念は、ひと、それぞれとはいえ・・・。あの墓への墓参を、撮らせる神経も凄いと思います。お念珠も無し。不思議。
  1. 2015.01.31 (土) 19:00
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  3. KUON
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ヒミツのMさん。

いろんな思いを寄せていただいていますが・・・。

>父方の祖母に面会に行った時の様子。仰向けに寝ていて、無表情の老婆の手を
>握っているだけの写真。さらに、父方の祖父は、よど号ハイジャック犯の田宮の父親と
>親しかったし、家も近所だった。こんな家柄の女が…恐ろしい!

オワダ氏は、チッソの終生名誉会長であった・・・彼なりの解釈では社会的地位は自分の親よりは上だった・・・ツマの親の方に、傾き切っていたのでしょうね。過去に長い記事を引用した覚えがありますが、江頭爺とオワダは「気の合う同士」だったそうですし。そして、オワダの方のご両親は、孫娘の皇太子との結婚の時にも、完全にカヤの外で。

行き来もなかったようですね。幼い頃に、オワダ夫婦とオワダ老夫妻と雅子さんが写っている写真を一枚だけ、見たことがあります。

が・・・赤軍の田宮・・・高麿ですよね? それと、親しかったと言うのは、初耳です。よろしければ、秘密コメントでも、教えて頂けると嬉しいのですが・・・。よろしければ。
  1. 2015.01.31 (土) 19:06
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  3. KUON
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ヒミツで「伊雑宮が好き」とコメント下さったお方へ。

初めまして。申し訳ないのですが、そのHNの読み方が、まず、私にはわかりません、何と読むのでしょうね?。

それと。読んで下さっていて、ありがたいのですが。あれこれ、ご質問を下さっても、秘密ですと、お答えするのになかなか難しいです。

私の考えですが、あなた様の今回のコメントは、秘密になさる必要を、あまり感じられないのと、知っているわずかなことを書かせて頂くにも、難しい気がします。

よろしければ、身元を特定されると困るとか、どなたかにご迷惑がかかりそうとかいう以外は、どっちにせよHNの世界ですので、表へお願いしたいと存じます。

他の皆さまに知っていただくことも、それなら、出来やすいので・・・。
  1. 2015.01.31 (土) 19:18
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  3. KUON
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saraさん。

ショートカットで、丸い顔で(ヒトのこと言えない・・・あっちは公人、ワタシは一般人・笑)ソーセージ数本乗っけたフライパンを差し出して、がは~っと笑っている写真ですね。

プロレスラー。

いや。昨日、浜口京子ちゃんがテレビに出ていて、上腕二頭筋のすっごいのを見せていましたが・・・あどけなくて可愛いジョシでした。雅子さまは・・・鴨場で、鴨をぐいっと捕まえて、羽根、折ってしまったという・・・。プロレスラー・・・

あの顔、個人的な意見ですが、キライな顔です。大嫌い。

>だけど今になってそういうこと、つつましやかな日本女性というものにいかに価値あり、
>一朝一夕にはムリなものかということを思っとります。最近は世界のロイヤルファミリー情報の
>載った英語ブログなども見てるのですが、やっぱり外国人にとっての日本の魅力は
>上品さなんだなあということが、よくわかります。

同感です。私は一回りくらい上の年代ですが。

つくずく思うのは、顔のつくりや細いふといや、自分でどうにもならないところはありますが、せめて下品でいたくない、という思いは、自分でどうにかなります。

生活の中で、一言や、一動作、気をつけていることで、身につくことがあると信じています。そして、もしかして、それがすべてでないか、とも考えます。

あんな下品な人間になりたくない、あんなままでいて平気でいたくない。

強烈な「アンチ」気分が、いつの、どんな雅ドンにも向いてしまう。こういう人も珍しいなあ、と。(笑)。
  1. 2015.01.31 (土) 19:20
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  3. KUON
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そら さん。

ごめんなさい、明日までお返事お待ちになって~。(笑)。

姑が呼んでいるらしいので、行ってきます。
  1. 2015.02.01 (日) 15:53
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  3. KUON
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そら さん。

改めてお返事を。(笑)。

水泳部員で、雨でプールで腰を冷やして。ううううう。く〇ったれ、と、天に向かって叫んでもいいです、天が(そうなの?)許可します!。

天が許さなかった。今なら皆も許さない。でも、親が許したんだから、止めようがなかったざますわね。

勝手に入り込んだなど、うそ・・・そう、考えつくに至って。雅ドンの真実を徐々に知って行った時より、今の方が、ショックが大きいワタシ。みちこさま、の真実の、おそろしさ・・・とか。

そらは青いのがいい、人はすっきりしてるのがいい、ですな・・・しみじみ。
  1. 2015.02.01 (日) 22:06
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  3. そら
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KUON様
わざわざのお返事ありがとうございます。
あの年はまともに青空の下で泳いだ覚えはありません。あの日も、こんな雨で何が一体めでたいんだか…と思いながら泳いでおりました。もちろん試合も今は無き新大宮の県営プールで雨でした。
余所様のブログで、美智子様の衣装やお辞儀のことが取り沙汰されておりますが、真実は一体どこなんだろうと思う今日この頃です。
  1. 2015.02.02 (月) 14:27
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  3. KUON
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そら さん。

あれこれ言われていますね。

ところで。新大宮の、元・県営プールって?。

ならんちゅ、でいらっしゃいますか?。
  1. 2015.02.02 (月) 22:00
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  3. そら
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KUON様
はい。実は、ならんちゅでございます。とはいえ南の山手の方ですが…(山手じゃないですね、山です)実家の方は猿・イノシシ・鹿等々がよく出没しておるようなところです。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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