KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
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一緒に。



「皇太子ご夫妻は御所に於いて阪神淡路大震災で被災された方々に黙祷された」

そうですよ。

誰も見てないし。そういう風に言うことは、何日も前に決まっていて、それを、報じさせただけだし。

雅ドンは早朝、起きたのかな起きていた続きかな。

黙祷の前に口くらい漱いだのかな、顔くらい洗ったのかな。

あの二人は時々、御所で「黙祷」と報じられるが、信じられていないし。

部屋着のままでジャージのゴムの跡、痒いのをポリポリしながらするのは、東宮の黙祷、ではないし。

そのための何だか特殊な衣装を、あの東宮は用意していないままだというし。

一人っ子さんに、今日はこういう日で、だからあなたも慎んでモクトウさせていただくのですよ、なんて、教えてはいないだろうな。

ヒトでないのだから、そんなこと、思わないししないだろう。もうしなくていいですし、アレラは。

してやらなくては、と、思うな。そんなことを、チラとでも思うな、周囲に企ませるな。

被災された方々に失礼です。無礼だ。東に居座っているあの人たちは、もっとずぶずぶ、とどめようの無い所まで行けばいい、落ちて墜ちて堕ちて行くがいい。落ちろ。

人でないなら人でなしとしての存在を、いっそ、全うするのか如何でせうか。完全な人でなしになるがいいですよ。

中途半端に人間ぶらなくてよろしいのでは。


20年前の今日、大きな地震があった。私が住まう地では震度4、それでも経験したことの無い、激しい長い揺れだった。つけたテレビの画面の中で、高速道路が横転していた。

その三日後、20日から、予定通り皇太子とそのツマは中東へ出かけて行った。

ラクダレースを見物して、丸出しに愚かな大口開けて喜ぶキサキ、おもねるように、でなく、完全におもねきっている皇太子は、妻にカラダを傾け、顔色をうかがい、喜びはしゃぐツマを見て、自分も一緒に笑っていた。

アラブの王様の新調のフネで、クルージングを愉しませてもらってもいたが。

お国では大変な状態だそうです。あちらの王族に帰国を勧められてキサキは、機嫌の悪さ全オープンのふくれっ面で帰国した。

真っ赤なロングドレスに純白のショールをまとって。紅白衣装で胸を張った写真は、その時のもの。


この皇族は、人では無い。


その2年前、7月、北海道では南西沖地震が発生した。翌月夫婦は、二人で(警備員はびっしりつけて)那須登山。下品なキサキは下品にお尻を突きだして、花を摘んだか花を折ったかしていた。皇太子は二人連れでゴキゲンでした。


この春3月で発生から4年になる東北地方の大地震、あの時にも。

まるっと一か月後の4月11日。人でなし二人は、御所へムスメの友人を何人も招いて、お楽しみ会だった。

半日、広い庭を御所の内部を解放して子らをもてなし、写真を撮り、オノレラの娘をよろしく活動に熱中したのだった。


夫婦は被災地へ行くのは好きでない。楽しくないから。それはそうだろう。

かんけーないから。多分そうだろう、そうであるなら、出て行って欲しい。出て行け。

避難所を訪問しては大袈裟に目をむいて話を聞き。出て来たらそそくさと乗り込んだ車の窓を閉めさせた。

避難所には自宅のような湯量の豊富なシャワーなど無いから。匂うんです。寒い中、体育館の床にシートを敷いて、せいぜい配られた毛布を恃んで、不安な朝を迎え夜を過ごし。冷たいおにぎりやパンでいのちを繋がれている方々。

誰だって匂うようになるのです。その方々の、

体臭が、

耐え難かったのだと、コウタイシヒは。一刻も早く、臭気に満ちた場所を離れたかったのです。ヒデンカは。

またある時は。

家も船も流された漁師のひとことに。

陸に上がったカッパのようなものですとの言葉に。

破顔、爆笑のキサキだった。

面白かったのか。面白いことを言って笑わせてもらったのか。そうだったのか。

被災地へ。ちっとも行かないと突き上げられて、重い重い腰を上げてしたことは。お迎えする方々の履歴書を提出させ、名前書いたプレートを胸に付けさせ、

「こういう質問はしないように」

とお触れを出して。椅子に掛けさせて寒風にさらし、充分に凍えたあたりでニタラニタラとお出ましなさいまして、腰を屈めて5分、7分。

「被災地訪問をなさる皇太子ご夫妻」の証拠写真を撮らせたら即、撤収。

長居は無用、早く早く家へ帰ろう。

前夜はしゃぶしゃぶ(すき焼きだったか?)食べた、ステーキも出させた、デザートも美味しかったからお代わりした。

来てあげた上に、美味しいですねとほめてあげて食べてあげたのだから。

光栄でしょ、嬉しいでしょ、感謝しなさいよ。そういうことです、いつだって。供された大吟醸酒。気に入った。

ひと箱下さい。もらってあげますよ、ワタシが、ナルちゃんが、気に入ってあげたのです、ありがたく思いなさい、酒はすぐに送りなさい。

以前にも書いた。

日本には「こつじき」「乞 食」「こじ き」なるものは存在しないらしい。この国は、社会保障の行き届いた国だから、だから。

いるよ。

あの広壮な御所にいる。夫婦揃ってくれくれこじきが。

渇して盗泉の水を飲まず。こんなん書いても、読めないだろうな、二人とも、いぎりすの大学を「出て」きたとのフレコミの夫婦ですが。

細く長く、地震の後に出会いのあった女性たちとの交友が続いている。

人との交わりのうまくない私に付き合いが続いているのは、あの方々の、まこと大地のごとき、汚いモノ不要なものも包みこんで、大地の糧と変えるような、広い心のゆえと感じている。

いろんな目に遭って来られて、なお誇り高い日本のおばちゃん、ばあちゃんたちだ。

私が、このごときブログを続けているのはご存じない。だから書いてもいいと思う。

彼女たちは言う。

コータイシたちは来なくていい。嬉しくもありがたくもなんともない。

つまらん金が要るだけだよ。来て要らん、えらそうにニヤニヤして手、振って。

心なんか寄せてくれなくていい、あの奇跡だかなんだかの木だって、うちらぁはどうでもいい、あれが何でそんなにエライ木なのかね。

来てくれんでいい。こっちのモンは、こじきじゃない。

えらいひとたちに、可哀そうがって、来てもらわなくていいんだよ。


ばあちゃんAさんの言葉の翻訳は、KUONでした。(笑)。

・・・きょうは。BBさんのブログの、さまざまなお写真に、朝から号泣していました。

奇跡のビオラとやらの、あの時の騒動に違和感があり、それは、自分のココロがひねくれているからだと、自分の方に原因を求めていました。

でも、あの高貴なおん母子が、気持ち悪かった、本当に。同じ思いの方々が多いと、おいおい知って来て、あれこれ考えました、今も考えます。

年に一度の「・・・の会」など、そこへ、私は、行って、手を合わせたりの出来ない人間です。気が臆す・・・。

で。いつものように家にいて。

私も、私なりの気持ちをこめて、黙祷させていただきました。

孫どもも一緒に、黙祷しておりました。

身近なものにも、伝えて行く。

これくらいのことしか出来ない。

これくらいのことを、しっかり、続けて行きたい。



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  1. 2015.01.17 (土) 20:15
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  3. 定年親父
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ハア〜

貴ブログも含め、複数のブログやニュースサイトを本日拝見してきました。
正しく国難とも言うべきこの日。
天皇皇后両陛下におかれましては震災犠牲者並びに未だ苦しみの中にもがく
被災者に対して大御心を示されました。
ただ、「盗宮」とかぬかす奴バラの行動については誰かがでっち上げた
「誰の目にも触れない」行動が報じられたのみ。

ふざけんじゃねーよ。
オレのオヤジは今年91歳。
オレの退職まで随分長く待たせてしまった。
今年はオレが様々な事を引き継ぐからナ。
だから元気でいていろんな事を教えてくれよナ。
って思いつつ、オヤジの指導を受けながら何にでも取り組んでいる。
天皇家とは比べるにも値しない民草の「伝統」「血脈」を守るために
必死になっている臣民から見ても
「盗宮」の惨状は余りにも余りにも............
ただ早く生まれし者(ナルさん)が大事か、「皇統」の維持が大事か。
陛下の思し召しは如何に?
  1. 2015.01.17 (土) 21:09
  2. URL
  3. ニャンコ
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一緒に♡

記事、そして、
早々のお返事をありがとうございました。

気持を「一緒」に過ごさせて頂きました。
私も、~~~会とかには、参加しません。
気持の中で、思い出して、思いを馳せて、祈る、だけです。

KUON様には、ブログでの皆様との集いの場を設けてくださって、感謝しております。

東宮には、この様な思い、届かないのでしょうね。

東宮の傍若無人な振る舞いガッカリ
です。
今更書くのも、虚しいですが、、、
  1. 2015.01.17 (土) 21:14
  2. URL
  3. KUON
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定年親父さん。

お久しぶりです。以前、ご希望に添うつもりでしたことが、結局は失礼なことであったかと、ずっと気にかかっておりました。おいで下さり嬉しいです。

今日は、愚愚夫婦のやらかしの、ほんの一部分に触ってみましたが。二人揃って、まともな判断力にも最低限の人間性にも見放された人モドキであると。そんなバカなことが、と、唖然とする「東の宮家」であることが。

御父上は91歳、そのお方に指導を受けつつ、と。具体的にはわからないながら、ご立派ですね、孝行なさいますねと、トシをとると感覚が鈍るのは嘘で、感じやすくなりますよ。お励みなさいますよう、と申し上げていいですよね。

陛下のお気持ちは・・・陛下は、お気持ちは、あまり変わりなくお持ちであったと、考えているのですが。

今年は大きな節目になりますか、なっていただくことを望みます。
  1. 2015.01.17 (土) 21:30
  2. URL
  3. KUON
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ニャンコ さん。

一緒に、思いを馳せて下さった・・・ありがとうございます。本当に。

>東宮には、この様な思い、届かないのでしょうね。

よく思うのですが。
皇太子さんも雅子さんも、お友達、お仲間、の存在が希薄なのですね。というより、皆無のような。

ナルさんは賀陽さん、雅ドンはTさんという「お友達」」が、ご結婚時に、どうだこうだと語っておられ、今見てもどう見ても、主に雅子さんのご友人の上品で美しい方が、実は親御さん方面のコネでの「頼まれフレンド」だったことが、明快にわかります。期間限定のお友達でいらした。

ナルさんに友達はいない。雅子さんにもいない。

友達って、できて、いてくれて当たり前、の存在ではないですものね。

友達もいない二人が、夫婦になって、共依存のような関係はあっても、空虚な関係であろうとはそうぞうできます。愛子さんにも、本当の友達って・・・

国民の思いが、届くとは考え難い、空虚な吹きさらしの人たち、としか、思えなく・・・。

おかげ様で、ブログを通じて、今まで無かった方々とのつながりを、感じさせてもらっています。
ありがたいことです。
  1. 2015.01.17 (土) 21:47
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  3. モッコク
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他人様のために祈れること

奇跡の一本松ビオラは悪趣味極まりないと思っていました。
プレゼンツ バイ 皇后陛下だったと思いますが、笑顔でおさまった両陛下と雅丼の写真のどこにも「皇室は祈りでありたい」を感じませんでした。

平成に入ってからは大災害続きでしたね。
東北の大震災の後、私のご縁のある方々も様々な行動をされ続けています。
微力ですが、私も加えさせていただくこともあります。

変な言い方かもしれませんが、「お互い様だから」という言葉を、実感をもって、身に染みるようになりました。
普段、軽く使っていた言葉が実に重い言葉なのだと思うようになりました。

他人様のために無心に祈れることは、人間の持つ美徳だと思います。
KUONさんとお孫さん、たくさんの市井の人々、異国の方々、地位の高さ低さ関係ありません。

アレラがもうどうしょうもないのは明明白白ですが、追悼がただの儀式化されたものになってしまうと意味が違うと感じてしまう時があります。
両陛下がご高齢にも関わらず精力的に追悼にお出ましになるのは、たしかにありがたい。。
でも、意地が悪いですが、奇跡の一本松ビオラ演出を考えると、二枚舌を感じてもしまいます。

日本の真ん中で特権を享受しているだけの●●より、
日本じゅうで、心から黙とうしている方々の方がはるかに清らかだと誰でも思いますよね。
  1. 2015.01.17 (土) 22:08
  2. URL
  3. sumire
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20年・・

時の経つのは早いですね。
下の娘が先日成人式にでてきました。
離婚、難病発症、と波乱万丈な人生ですが結構楽しんでます。
阪神淡路大震災から20年?被災者のかたは昨日の事のように苦しんで
いるひともいるでしょうね・・(T_T)
東宮家の黙祷したわよ偉いでしょ新聞記事には吐き気がしますが・・
ってか黙祷の意味を知らないでしょ!せいぜい黙盗が似合うわ。

忙しいなか丁寧に返事くださってありがとうございます。<m(__)m>
でもKUON様のお身体が第一ですので私のようなアホコメはスルーして下さいね❤
  1. 2015.01.17 (土) 23:23
  2. URL
  3. アビ
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人でなし

KUON様 今晩は。

あやつらは本当に人もどきで人でなしです!
黙祷なんて絶対していないと国民には分かってる!

20年前の今日は息子の高校推薦受験日でした。
東京もかなり揺れてこんな日に入試やるのか?不安でした。
そんな息子もいまや35才です。
月日の流れは早いですね。
でもあの大震災で月日を失った方も多く、悲しいです。

東日本大震災3・11もかなりの揺れで
昔から言われている 地震・雷・火事・おやじと言う言葉が身に沁みました。
本当に怖かった・・・今でも心の中でトラウマになるほど怖かったです。
取りあえず地震の備えはしています。
夫は東日本大震災の後から復興状況をじかに確かめたいと毎年5月の連休を利用して
東北に行っています。
同じ場所を回ってきているのですが、まだまだダメだと・・・。
あの義援金は一体どこに使われているのか不思議です。
最近は家族で日本の事、皇室問題を話す機会が増えました。

毎日、寒い日が続きますがご自愛なさってくださいね。







  1. 2015.01.18 (日) 00:50
  2. URL
  3. sarah
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アレとアレ

もう、20年とは・・・。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。

もう、徳仁・雅子とか、ナル・マサとかも言いたくない。
なので、アレ・アレで、アレら。

アレらが御所で黙祷したと、ニュースに。
アレらは黙祷などしていない。

秋篠宮家の御方々は、ニュースにはなっていないけれど心からの黙祷を捧げられたと信じられます。

紀子さまはすばらしい方です、皇族として、妻として、母として。
そして、何よりも人間として。
闇が深いほど、光のありがたさを思います・・・。
  1. 2015.01.18 (日) 04:59
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2015.01.18 (日) 12:44
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  3. ぽちゃこ
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モッコクさんに同意

一本松ビオラの茶番と敢えて言わせてもらいます。被災地でない所でニコニコと家族円満ロケに付き合わされた感で一杯でした。高齢の両陛下が動かれる度、頑張ってはるわ、有り難いと言うよりはアレラの替わりにせんでもえぇんやない?それより御身を労ってと思います。もう庇わんでもよろしいやろと。
  1. 2015.01.18 (日) 14:46
  2. URL
  3. メープルおばさん
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御所で黙とう・・・・そうですよね きちんとした それなりの服装で臨まれるはずですよね。
いくらなんでもお寝坊一家の面々が あんな早い時間にきちんと着替えて・・・想像つきません。

あのアラブ訪問の件を 記者会見で突っ込まれた時の皇太子の返答がまたすごかった・・・・。
「政府の方針」の一点張りでしたね。情けない。
外務省>宮内庁>皇太子の力関係で 皇室外交=外務省の操り人形だということを 思わずぽろっと。

避難号号の中での訪問の成果は何だったでしょうね。
考えても見当たりません。

いざという時には国民の盾になる・・・・なんて絶対ないですよね。
1番先に逃げるよね きっと!
  1. 2015.01.18 (日) 16:27
  2. URL
  3. KUON
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モッコクさん。

わたし冷たい人間で、経験してない人間に「痛み」なんかわかるかい、と思うし、わざわざカメラの前で目を閉じた姿で祈ったりは、自分としては絶対できません! ですし。よく言われる「風化させないで」には、あからさまには言えないが、自分なりの感想があります。でもこのたび、亡くなったお子さんのかつての同級生さんがたと、年に一度寄って、話して、それが支え・・・となると気難し屋の虫がうずくが、それが「楽しみ」っていうのは、とってもよく解り、よかったなあ、そういうことが出来て、と、本気で思いました。

>アレラがもうどうしょうもないのは明明白白ですが、

そうね、どうしようもないです、人前に出せるレベルでない。さっき買い物に行ったら、週刊誌の売り場の有名女性誌・2誌の表紙に、美智子さままんせーのすごいタイトルが。

命がけのご公務ですと。気の弱い一般国民を恫喝されますか。望んでおりませんが。息子夫婦がやらないからって、こっちに押しつけがましく見せないで。とか。

私の心にブリザード。きっついブリザードが。(笑)。

皇后が「命賭けて公務」。やめていただきたい、当然、訂正要求は出されないでせう。

重い。重たい。蝋梅はいいけど老害はやめてけろ。。

>追悼がただの儀式化されたものになってしまうと意味が違うと感じてしまう時があります。

これです。この思い、一緒。でもうまく言えないし、黙ってるの、いつもは、私。言って下さってうれしー。


  1. 2015.01.18 (日) 16:37
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sumireさん。

日本人の奥様と永住を決意しておられたのに、傷心の帰国をされた方。知ってます、他にも。

東北の方の災害では、とにかく、子を連れた母親と残るしかない夫との、シビアな話をいっぱい聞いたし・・関わりもしたし・・正解の無いことがらで、人の心の傷だけが生々しくて・・・なんで、どうして、が、多過ぎて、答えなんか出ませんしね。でも皆、いっしょうけんめい生きようとしてる、負けてしまった人もいる。

お嬢さまの成人。おめでとうございます。

一区切りですね。私も、娘が能天気にピースして写真に撮られてるの見ながら。

私よりマシ、わたしよりシアワセ、娘は。よっしゃーって、思いました。(笑)。
  1. 2015.01.18 (日) 16:52
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  3. KUON
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アビさん。

>夫は東日本大震災の後から復興状況をじかに確かめたいと毎年5月の連休を利用して
>東北に行っています。
>同じ場所を回ってきているのですが、まだまだダメだと・・・。

優しい夫様ですね。

私、神戸へは、地震後かなり経って行って、変わってしまった街に言葉も無かったです。あの地震が直接の理由ではないが、壊れやすいものばかり扱っていた私の店も、しりつぼみになりました。仕方の無いことでした。大きく変化したものが沢山沢山ありました。

福島へはかなり早いうちに行って。何度か、迂回して行って。

個人的には翌年行って、20㌔地点、警戒区域のぎりぎりの場所で、無帽でマスクも無しで若い娘さんが旗振りをしている姿に、なんとも・・どうも、今も言えません。津波が全部さらって行った村中に、鳥居だけとか、門柱だけとか残っていて。学校の体育館の壁に、水の来たラインに線がくっきり浮き出ていました。うんと見上げるあたりでした。大量の車がドア開いたまま放置され、そこも案内してもらったひばりさんのうたの灯台・・・塩屋の灯台は、何も無かったみたいに、近づくと、歌声が流れました。

少しずつ思い出しますが。今も時々行きますが。膨大な量の捨てられたビニール袋。

もうやめますね。

ご家族でいろんな話をされる・・・素晴らしいですね。


  1. 2015.01.18 (日) 17:03
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  3. KUON
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sarahさん。

「日の本」というサイトで、あの当時のアレラの中東行きの細かいことが読ませていただけます。

ナルは「逡巡した」。

後に記者たちに突っ込まれて「言われたからボクタチ、行っただけだも~ん」。

古い血筋の生まれの方の中に、ノブリス・オブリージュの体現者がおられる。

と同時に。

冷徹な、自分のこと以外にはいっさいココロの動かない、冷血な生き物だって、古い血の中には生まれ出て来る。

そういうことも事実と考えます。そういう基本的な冷血生物を、パンケーキのタネの中にぶち込んで、なんとか焼いてみて、それらしくしたけど、残念でした、はがれてしまった、と。

不思議でもなんでもない。イギリスだかフランスだかには・・・日本にだって・・・そういう、どうしようもない、表舞台には出しておけないモノを、なんとか隠しておいた話も、沢山あります。

慈愛の世界ではないところで。
  1. 2015.01.18 (日) 17:06
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  3. KUON
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ヒミツのNさん。

自分と言うより、先のある者のために、備えていることはあります。

枕元にはいろいろ、詰めて、古いぷらだのリュックを置いて寝ています。ありがとうございます。

でも天災よりドロボーが来たら、このリュック、盗って行きやすいよね~、と、思う。(笑)。
  1. 2015.01.18 (日) 17:09
  2. URL
  3. KUON
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ぽちゃこ さん。
けっこう「来」ましたね、あれ。偽善は嫌いやねん。見ている者を、舐めたらいかんぜよ~っと、思ったが、当時は小さい声でしか、言えませんでした。
  1. 2015.01.18 (日) 17:15
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  3. KUON
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めーぷるおばさん さん。

黙祷に寄っては、衣冠束帯、みたいな姿で行うモノもあるらしいです。そんなの誰も見ていないし。

神さまの目のこわいヤカラでは無いので、何でもできるし、どうとも言えます。宮内庁が麗々しく「発表」するのが、アホ過ぎ。と、私は思います。

いざという時には国民の盾に・・・はあああ。

マサコもアイコも放り出して逃げそうです。皇太子として以前に。オトコとして、あかんでしょ。もののわかった妃殿下なら、悲しい思いもされたと思います、あれこれ。

雅ドンだから、双方相殺。って感じですか。

虚しきこと極まりなし。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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