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秋の夜話

山イチゴさん、初めまして。ようこそおいで~。笑。

赤木圭一郎が、ゴーカートの事故の数日後、亡くなった夜のこと、小学生でしたが、うっすら覚えていますよ。

大川橋蔵と石原裕次郎が、子KUONにとってのスターさんで、赤木圭一郎は少し後発、どうしてなのか、トニー、とか呼ばれていた・・・鍵っ子だったので、そういう本も読んでいました。

私は、おませだったのか、小学校四年生くらいだったか洋画の「栄光への脱出」というテーマ音楽が、とてもよくてね。ボロのラヂオに耳寄せて、聴いておりました。

中学生になって、初めて「青い目」の魔力にやられたのが「キング オブ キングス」という映画の、キリスト様でありました。それはそれは青い、美しい目でありましたのです。俳優さんの名は知らない

養家で育ててもらっていたのですが、日曜日、クラブ活動だと嘘をついて、狭い町なのに何軒かあった映画館の暗闇に、吸い寄せられていた・・。嘘つかないと、何も出来なかったのです、家にはいられないし、理由が無いと外へ出られないし、当時。
離れ住む母が、お小遣いは、持たせてくれていた。
不良への最短コースにいたのかも~。

映画館の臭いや痴漢の図々しさや(胸が大きくてね、わたし、イヤでした)、帰宅したあとの養父の奥さんの視線や、いろいろまあ、ありましたが、ヨーロッパの映画が好きでした。

女優さんは「太陽がいっぱい」のマリー・ラフォレ、「ウエスト・サイド・ストーリー」のナタリー・ウッド、やはり黒い髪のクラウディア・カルディナーレに憧れました。みな、東洋のにおいを持つ、猫タイプの女優さんでしたね。

映画の話は止まりません。高校生時代は、ビートルズ、GS,最終的にはローリング・ストーンズ。映画を見る時間は無く、音楽をたくさん聴きました。

舟木一夫さん。はは。ほのかに好きだった中学時代の国語の先生に似ていて。

「絶唱」見ました、いーとおーしいー、やーまーばーとーはー・・・今も歌、うたえますよ~。
夕、なんでしたっけ、それも見ました。今も、柔らかい感じになられてコンサート。ツアー、まわっておられるみたいですね。

カン夫さま。やさいさんちで読んで知ってます~、お優しい夫くんみたいですね。正直、一番はじめにやさいさんちへ来られた頃のこと、読み落としていまして、詳しくはわかっていないのですが、胸ん中に、桜島みたいに、いろんな思いがぶくぶく、しておられるようですね。

わからんちんも多いですものね。

先日やさい部屋に書いておられたこと。障害を持つ人への手当てが、災害時に、どうしても遅れると。

私も、30年来の友人の息子が、あれこれ合わせて重度5の認定を受けているのですが、視力を測ろうにも、検査の目的も意味も理解できないので、どこまで見えているのかいないのか、周囲は、見当をつけるしかない。

災害時でなくても、何が起こるかわかりません。

彼は、犬が怖い。もともと苦手だったのが、ひどく噛まれたことがあって・・・散歩をさせていた少年が、怖がる彼を面白がってけしかけたら、犬は本気になって、本気で噛み付いた。秋田犬が。

イデア・サバンの一種と思われますが、彼は、文字が読めず数字もわからないのに、200曲以上の歌を、フル・コーラスで歌えます。覚えているんです。心のこもった、気持ちの入った歌で、あちこちに呼ばれて、歌いに行く。
ほとんどの人は「障害者が、そこそこ歌うんだろう」と、聴き始めます、しかしそうではない、すぐに背筋が伸びて、真摯に聞き始めます。音程は完璧だし歌詞も間違いない、何より、胸にしみこむ「人間の歌」なんです。・・・あ、脱線してますね。

その彼が、ある日曜日、一ヶ月に一度の楽しみ、CDを一枚、買いに出かけました。作業所で、月給を3千円ほど、もらうんです。そのお金で。

ずっと通っている店だし、店主も懇意。親は一人で打出しました。

それが、帰って来ない。

いくらなんでも遅い、と、母親である友人が探しに行ったら、彼は、バスも走る大きな通りの、太い電柱の陰に隠れて、じっとしていた。
横断歩道の近くの店の店先に、犬がつながれていたのです。

きちんとつながれて、きちんと座っている犬だったそうです。彼は、一人でそうして、外出して買い物も出来る。横断歩道も渡れる・・・いつも渡る、決まった横断歩道なら。

犬がいるから、渡れなかった。犬に遠いもう一つの横断歩道まで行く、ということが彼には出来ない。同じ、その歩道しか渡れない。

二時間も、電柱の陰に隠れていたM君。

誰もそんなこと、想像も出来なくて・・・彼は大人の体格の、成人男性です。痛くても言えないから、歯の痛みを味あわせたくない、と、しっかり歯磨きをしこまれていて、笑顔の清潔な若者です、毎朝自分で服を着替える、子どもの頃、六つか七つのボタンを外すのに、どれだけ時間がかかったか、いつもでも親は生きていない、と、友人が、待ったか。
見た限り、彼が、犬が怖くて不自由な足で二時間、隠れていた理由など、わからなかったでしょう。

友人は泣いて語り、私も泣きました。社会の無関心とか、そんなことを言うつもりではないのです、解らないとはそういうことで、解らないのは、逆に、当然で、仕方のないことで・・・きっと・・・おそらく。


この度の地震時の障害者さんたちの話も、その友人から、少し、聞いています。

逃げて、たどり着いた避難所に、いられなくて、外でくっついて夜を明かした親子。

壊れた家へ戻り、ぐらぐら余震の果てしない中、一緒に死ぬしかない、と心を決めていたというお母さん。

ただでさえ大地の揺れる不安に加え、いつもと違う環境、食べ物、トイレ、なぜなのか、ということが理解できなくて、大声を出すなど興奮し、それを「周囲に迷惑かけて」と、胸いためて、避難所を去った人びとが大勢いたと。

身体の障害であっても事情は似ている、まずトイレの問題、車椅子を無くしていれば、床の上にじっとしていることが不可能、とか。

さまざま、聞きました。

どなたも、みなさま、大変。私にしても、何十年も友人親子を見て、知っているつもりで全く知り得ていないことばかりです。

・・・今でも、七万人を超える方が、避難しておられるという。

私には何も言えません、出来ませんが、ときどき、泣きます。


山いちごさん、だらだらお喋りしてしまいました。

私の書くこと少しは解り易いですか。嬉しいです。

実は、理系的に???????なこと、少し遠回りして、ごにゅごにゅ言ってることあり、なのです。

何度も何度もわめいていると、まず、理数系カンペキだめ、な私にも、わかりかけて来ることがある気がして、やっぱり、知っていなければ用心できないこともある・・・

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  1. 2011.10.26 (水) 23:26
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  3. sarah
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クレド、サラヤジ・・・

お話・・・、心に沁みます・・・。

私のブログにも書いたのですが、
朝日新聞掲載の「プロメテウスの罠」という記事、ご存じでしょうか。
私は知らなくて、汗。

イタリア在住の方のブログで知って、リンクを辿ってアメリカ在住の方のブログを知りました。
皆さん、祖国を心配しています。
もしよろしければ、こちらのアドレスをクリックしてみてください。
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/f13884af9cb768d68c404735366479dd?__from=mixi

たくさんのコメントにも涙しました。
「あの日、富岡から川内へ向かう途中、交差点で交通整理をしていた警察官は防護服を着て、映画で見るようなガスマスクをしていました。
私たち家族と言えば前日のジーパンとトレーナーにスニーカー。
すれ違う自衛隊車両のなかの隊員もあの白い防護服とガスマスク。
あのショックは一生消えそうにもありません。
それでもあの長い車列で誰一人右車線に出て追い越していくものはいませんでした。
渋滞してほとんど進まなくても、じっと辛抱していたのです」

日本人て・・・、なんて・・・、涙
あ、いけませんね、日本人だけじゃなくてタイの人々も一生懸命で・・・、泣
トルコの人々も1人でも多く救出されますように・・・、祈
  1. 2011.10.27 (木) 17:17
  2. URL
  3. 山イチゴ
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わからん人達

山イチゴです。
映画や歌のこと、懐かしい話したくさんありがとうございますね
昭和の臭いです!
映画館は、タバコやおじさん臭、お姉さん達のお化粧臭いも混じって独特だった事を思い出しました(笑)
それに、洋画・洋楽もなぜだかちゃんと思い浮かぶ〜!!
どこで見たのかなぁ〜〜?タイトルや名前を見たらストーリーも記憶の奥から飛び出してくる不思議な気分(*^o^*)
今と形は違うけれど、それぞれの事情もたくさんありました、うん、うんとうなずきながら読ませてもらいました!
私も中学生くらいから通路側に座った。いやらしいおじさんはどこでもいましたね〜(怒)
すぐに移動できるように…気配を感ずれば、おじさんの靴を思い切り踏んで睨みつけて移動
当時は障害も軽かった。私は普通と思う事が、周りの教師や大人達から「生意気」「女の子のくせに…」「障害者のくせに…」とばかりで。
俗にいう「不良」でございました…タダの「反抗期」なら時期が過ぎると落ち着きますが、私は物心ついて今だに終わらず(爆)
カン夫や子供達から「母さんは『万年反抗期症候群』!!」と言われます、無関心よりマシよー!!と思ってます。
お姉さんの友人の息子さんみたいな人達は私が小学・中学時代身近にいました…養護(現、支援)学校。寮生活だったから生活を共にして、一番は、何が得意で何が苦手かを把握する事、同じ事を理解させるのもそれぞれ個性を把握と自然に身に付け暮らしたような気がします。
彼はCDがとても欲しかったけど、苦手な犬がいた!2時間も諦められなかったのは、それだけ欲しかったという気持ちの強さ。一生懸命働いたお金で買うのが楽しみだったのね!
根気強く「犬がいたらね、あそこを渡れば行けるのよ大丈夫だよー」とお母さんは教えてあげただろうと私は思ってます。
親なら、自分亡き後 を心配するのは当たり前。私の場合は祖母だったけど…。
残念ながら、今回の震災後視察先で「放射能移してやろーか」発言人間が大臣なれるような国…任せられるわけがない。変えないといけないんです!
事実を知ることからしかないと私は思ってます。
ややこしい数学と化学と格闘して、根気強く脳を働かせないとダメ〜!!
ヨンジュンシ〜と愛を叫びながら…。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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