今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

お飛び立ちあそばせ。



去年、2013年の11月18日に書いた記事があります。「浮かび上がって来るかたち」がタイトルです。

そこから再び、雅子さんの周囲の女官さん、医師について、拾い上げてみます。

現・皇太子夫婦が結婚されたのは、21年前の6月9日のことでした。1993年。

1992年 ・高木みどり氏(61)、東宮女官長就任。

・木幡清子氏(49)東宮女官就任。

(木幡氏の夫君は小和田恒氏の友人で、外務省での親交が厚かった)

1993年。6月、ご成婚。

川口政行氏(宮内庁病院の副院長)、東宮侍医就任。

・6月23日(?)  中町芙佐子氏 東宮女官就任(臨床心理士(セラピストのキャリア有り)元・家裁調査官。

1996年。

・栗山基朗氏、東宮侍医就任(東大卒・漢方と免疫アレルギー専門)

1997年。

3月 川口政行氏(93~)東宮侍医解任。

3月 小山昭二氏(93~)東宮侍医長退任。

4月 川口政行氏、東宮侍医長就任。

4月 新啓一郎氏、東宮侍医就任(高血圧、循環器科専門)。

1998年。

 中町芙佐子氏 (93~)東宮女官、退任。

・6月 安東博子氏、東宮女官就任。

99年の雅子さん懐妊のときは坂元教授をリーダーとして計5人の医師団を結成。女医2人は雅子さんの強い希望によるもの。

2001年。

・3月1日 堤治氏(東大教授)東宮御用掛就任。

・雅子さま出産の医師団は堤氏を中心に専門医7人が加わり、川口東宮侍医長ら約10人の規模に。

10月半ば  中町芙佐子氏 、森幸男氏、東宮職御係に就任(着帯の儀式、皇太子夫妻の代理をつとめるため)。

12月1日 敬宮愛子内親王誕生。

・愛子さん誕生後に看護師4人が公費で置かれ、その後看護師2人が増員。

2002年。

・東宮職では侍医が2人から3人、看護師が4人に増員された(2008年までは4人のまま)。

・(就任時期不明にて中村嘉宏氏(小児循環器専門が加わった)。

・7月 川口侍医長辞職。

・小西富夫氏、東宮侍医長に就任。

・堤教授は「雅子さまは妊娠中もタバコを止めなかったんだ」と周囲に漏らしていた。(=テーミス)。

2003年。

7月、高木みどり氏、東宮女官長を退任。木幡清子氏が就任。

6月 堤治氏 宮内庁御用掛を辞職。

・6月以降、 大野裕 ・慶応大保健管理センター教授が雅子様の治療を担当(雅子さんの妹・礼子氏の夫・池田祐久氏の紹介。(KUON註:現在の、いわゆる「一人医師団です)。

=2009年4月21日の第171回国会・決算行政監視委員会で現・宮内庁長官・風岡氏が

大野医師は、皇太子妃の担当医師として、東宮側が委託をするという形で、東宮職の他の医師とともに治療にあたっている。特に公的な肩書を持ってということではない。必要な経費については公費をもって負担をしていると発言。


2005年。

オランダ(私的静養)旅行同行者。

・ファーストクラス利用

  東宮侍従長   末綱  隆氏
  東宮侍従    野本  勲氏
  東宮侍医    中村 嘉弘氏
  東宮女官    箱島 明美氏
  出仕       福迫美樹子氏
・ビジネスクラス利用

  内閣府事務官  川上 泰男氏
  東宮内舎人   平山  学氏
  東宮女嬬    小山内さち子氏
  看護師      中川 直美氏


  医師      大野  裕氏
  ヘアドレッサー 水尻 美雪氏

2010年

4月1日 小山久子氏 愛子さんの養育専門の東宮女官として就任(同年4月1日付学習院幼稚園長を定年退職)。

・7月以前(?)中川直美氏解任(愛子さん担当看護師)。

・12月27日 小山久子氏、体調不良を理由に東宮女官依願免職。

・小山氏の退職に伴い養育専任東宮女官のポストを廃止。

・木幡清子氏(92年~)(67)本人の希望により東宮女官長を退任。

2011年。

1月 木本彰子氏、東宮女官就任。

(夫・故人)は広中和歌子氏の実弟)

でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・既にご成婚前から、小和田恒氏の関連の方が東宮女官につかれていたり。

医師団の変遷についてはもっと詳しい資料もあるのですが、大野医師の存在を、現・風岡長官(宗教同じ)が公の場でこのように説明していたり。

・明らかな説明になっていない気もしますが。

・愛子さんご出産の立役者とも言える(当時は大きな扱いでした)堤医師が、妊娠中の雅子さんの喫煙習慣を明らかにしたり・・・これは、よほどのことだったと私は思います、医者の守秘義務だなんて、このクラスの方に言うも愚かでしょうし。

・セラピストとして入った中町芙佐子さんの存在が、常に見え隠れしていますし。

・鳴り物入りで愛子さん専任に就かれた、学習院の元・園長の小山久子さんの、体調不良の休職の果ての依願免職。

・超・高名な広中ご夫妻の実弟、どなたも熱心な学会員であられるそこからの、2011年の女官就任。

…事実をほんの僅か、並べてみても、浮かびあがって来るある形ってものが、あるのだなあと、しみじみ思う(略)。。

〇この、下線部分の中町芙佐子さん。

ドス子の事件簿に於いては、以下のごとき記述となっています。各文章の間の空き行はKUONが設けました。

中町芙佐子は、「福祉の現場における情緒障害児や精神障害者(児)の相談や心理療法」、「海外のソーシャルワーカーと我が国の社会福祉士との活動の比較研究」を専門としている職業婦人であった。

中町は昭和十七年生まれ、大阪大学文学部哲学科卒業、家族社会学を専攻し、鳥取、大阪の家庭裁判所で調査官をつとめた。退職後、大阪児童相談所で情緒障害児の治療にあたった。昭和五十七年に夫を亡くし、ニューヨークのコロンビア大学院に留学、精神障害児のセラピストとして、市立ウッドホール病院精神科に勤務した。

平成四年には、カレン・ホーナー・クリニックにて、適応障害、人格障害など精神症患者への対処法を学んだ。

平成五年に五十一歳にて東宮女官に就任し、平成十一年までつとめた。(中略)現在、中町は東京家政学院大学教授として、社会福祉に関する研究と講義に専念している。近年の研究に「インドにおける障害児対策の推移:1980年代から2000年」などがある。
 
中町が女官に起用された背景には、宮中入りする雅子妃のよきカウンセラーたることへの期待があった。これは一つに、美智子皇后の過去の経験を克服するためであった。もう一つは、外国語ができて、外国事情に詳しい人を配することによって、雅子妃の生活環境を整えるためであった。雅子妃の女官選定には、当初から周到な配慮がなされていたのであった。
 
結婚して十年後に「適応障害」という耳慣れない病状を公表された雅子妃であるが、結婚当初から、「適応障害」の専門家が女官として配されていたのには、驚きがある。一体、皇室あるいは宮内庁は何を予想してそのような人事をしたのだろうか。そして、中町はなぜ辞任したのだろうか。現在、中町は職を辞して、宮中のことについては慎み深い態度で沈黙を保っており、一切は不明である。


・・・この中町芙佐子さんに関して、私のところへも、

「なぜ、このような経歴の方が、雅子さんに、初めから関わっていたのか、「適応障害」とやらは入内後に雅子さんが陥った病名では無いのか」、といった趣旨の書き込み・・というか、ご指摘を頂いておりました。

優秀なエリート外交官が、旧弊な皇室に入れられたことで、精神のバランスを崩してしまった・・・つまり、あくまで、雅子さんの「適応障害」は、被害者、アタクシは可哀そうな犠牲者、といったストーリーの上に成り立つ病名だったはずなのですが。

上記内、

中町が女官に起用された背景には、宮中入りする雅子妃のよきカウンセラーたることへの期待があった。これは一つに、美智子皇后の過去の経験を克服するためであった。もう一つは、外国語ができて、外国事情に詳しい人を配することによって、雅子妃の生活環境を整えるためであった。雅子妃の女官選定には、当初から周到な配慮がなされていたのであった。

ここ。

もっともらしいことが記されていますが。初めからカウンセラーを必要とする入内って。

お妃教育を途中で放棄。

神道についての講義を受けるに、英語のテキストを要求し、これもぶん投げたおきさきさま。

茶道に至っては、当然、ご立派な[教え役」がつかれたにも関わらず、これも「合理的でない」と、習うことを拒否したまたこたん。

海外ではこの妃の事を、

鳥籠の扉は開け放たれているのに 飛び立たない鳥

と書いたところもあって。

言い得て妙。皇太子に、無理やり乞われて皇室へ入ってやったが、能力を生かせないので病んでしまった可哀そうなアタクシ。そういった設定を、強力に流布して。ハジメカラ。ハジメカラ。問題のおありのお方だったと、私は思う。確信犯。

それでも。

嫌なら、出て行けばよかったのに。

今だって明日だって、出て行けばいい。誰も止めないのに。

・・・オランダ行きに同行した大野医師についても疑義あり、書きたかったですが、次回にさせていただきます。

この医師が、なかなかの、黄門さまドラマの大黒屋風味で。

精神科の主治医を連れて海外安静旅行する皇太子妃。かかった経費は膨大でした。おかけしたご迷惑も甚大でした。

女王陛下が設定してくださったヨット遊びは当日の朝にどたキャン(前夜、王宮へ引き入れた実家の両親や妹家族と夜更かしして飲食饗応三昧の結果・・・かどうかは、断定できませぬ)。ご亭主だけ行かせた。


本当に苦しんでいる精神科疾患をお持ちの当人、ご家族にとって、どれだけ迷惑。

神経を、大根をおろすオロシガネで、ざりざり、やられるような苦痛を、与え続けて、今日も静養中です。





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コメント

凄い人件費ですね。

宮内庁病院もあるのだし、
そこまで、配備しないと、いけないの?

日頃、皇族らしい振る舞いもできないのに。

周りの方が『適応障害』になってそうな破壊力…

東宮職医師団のお医者様へ

東宮一族ご用達「東宮職医師団」のお医者様に、以下を伺いたいです。

①『東宮職医師団』に属するお医者様方々の氏名、出身大学、専攻の科と専門分野をお示しください。
②東宮職医師団の先生方は、誰一人として11年以上にわたり会見をなさっておられません。是非公の場で、妃殿下の病状や経過、治療方法、今後の展望をご説明ください。
③公人である妃殿下の病気の会見がなされないのは、どうしてですか。どちらからか、圧力等々があるのでしょうか。
④11年余にわたり妃殿下をご加療なさっていますが、軽快なさる事もなく、近年は悪化の一途をたどっておられます。この経緯をご説明ください。
⑤現在の妃殿下に対する診察の状況を日数、また投薬等について教えてください。
⑥妃殿下の公務やまた日常生活に至るまで、「お医者様の判断」と報道されております。どのような基準で、妃殿下の行動を統制なさっているのですか。その判断基準について、詳細に教えてください。
⑦妃殿下の病状に関して、よく『体調の波』と表現されております。具体的にいつどのような時に、如何なる症状が発症するのでしょうか。医師団の先生方はこの波を、小さくしたり鎮めたり等々コントロールはできないのですか。またどのような時に発生しやすいか等々、把握しておられますか。薬剤で抑える事は、できるのですか。
⑧現代の医学界では、セカンドオピニオンが必須とされております。しかしながら皇太子殿下は「お医者様がよくやっているので」と希望なさってません。この事を如何にお考えですか。
⑨現在の状況を、医師としての職を全うなさっているとお考えでしょうか。「東宮職医師団」を辞する気持ちはおありですか。
⑩妃殿下に関しては、廃妃論も盛んに唱えられております。医師団の先生方のお考えをお聞かせ下さい。


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このコメントは管理人のみ閲覧できます

主婦さん。

お返事遅くなりました。

人件費も凄い。それもそうですが、雅子さんは、入内する折りの、つまりは身体検査をも拒否している。ばーじんでなかったのがバレるとイヤだと思った、など口さがないことを言われてもいますが、あの女性を見て、普通に世間を通って来た大人なら、まさかそのへん真っ白だとは思わないですね。29歳だし。事実、奥の方では、握りつぶすことにされた写真も入手されていたのですし。

それより何より。ここで言いたかったのは。

初めから、大変あやうい精神状態の方を、ということです。

壊れかけか、すでに壊れていた、か、壊れることが見通されていたか。そのいずれかの女性を、結局、身辺調査(家系を含む)も結婚前のしんたいけんさも無しに、強引に入れてしまった。

そこの部分の真っ黒さが、知れば知るほど。

ここについては、秘密のコメントを頂いて腑に落ちたことも在り、また書きます。

また書きます、の宿題が、どんどん溜まって、8月終わりの小学生みたいになってるワタクシ。

精神のお病気ですよ。それも、そうと思い込ませようとして来た、皇室へ入ったせいではない。

おそろしい話です。

人件費のことは、アレラは気にしませんね。自分のフトコロの痛む話では無い。ほぼ無尽蔵に使えるお金があるのですね。税金。

ぽちゃこ さん。
このぽちゃさんの一行も、納得の破壊力。まともな神経の人は、疲れ果てて、あるいは嫌われて、ぼろ屑のようになって、御所から敗走したのでしょう。なんかすごい話です。すごいわ。

はなちゃん さん。

全部その通りですよ。ホントにそうなんです。ふざけんなよ、こらあ、って感じ。しかも、このオーノ・ひとり医師団。このところは、以前のように日付をまたいでお二人で「カウンセリング」とか「患者の訴え」とかで、時を共にお過ごしになられるということも無く。

いっときのように長電話でのカウンセリング、ってのも失せたようで。

一言で言うと、オーノ医師は「逃げた」とも言われておりますが、実際はどうですかしら。どなたかが仰るごとき、アヤシイことは無かったと私はそれは、断言しますね。

リスクを侵すにふさわしい相手かどうか、判断しやすいケースですよね、医師の方には、これは。ふふ。

逃げられちゃったなら、次のお医者がどなたか、いるのか、など、公表していただかねばなりません。

とにかく、公人中の公人。駅で手ェ振るのがお仕事、の方ではございませんのでね。

はなちゃんさん、これ、雅ドンのハッピーバアスディのある、12月の某日あたりに、突きつけて差し上げたいですね。

突きつけてあげましょう。無視されても挫けないで、さ。ふん、ふざけるなって。

ヒミツの内緒さん。

貴重なコメントありがとうございます。

いま、文中の実名の方についてなど、知ろうとしております。そのうち、ご教示の内容をいただく節には、よろしくお願い申し上げます。

コメントへのお返事をありがとうございました。

はい。
頷きながら、拝見しました。

改めて、何故、あんな人が、
日本の最も由緒ある家に嫁げたのか、、、

一国のプリンセスになれたのか、
、、
闇、やみ、ですね。

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・・・・・


三好達治『乳母車』

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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