KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

異なる次元のあの二人。

両陛下は沖縄から無事お帰りになられたそうで、不遜な申しようながら安堵しました。

対馬丸と言えば。

むかしアニメーション映画で見ました。撃墜されて沢山の人々が・・・のシーンは、辛かったけどしっかり背筋立てて見ました。

それ以外で、見た瞬間のショックが残っているのか今も忘れられないのは。普通の町の普通のT字路の突き当りを、戦車がガガガガっと通って行くシーンでした。ほんの数秒。

あり得ない光景として胸に刻まれました。

戦車といえば、やはり若い母親だった頃。今は無くなってしまった近くの遊園地に、自衛隊が、戦車や・・・あと、何があったか、キャタピラの戦車を間近で見た感覚が強烈で、よく覚えていませんが・・あれこれ持ち込んで、見せてくれていました。

あのキャタピラに感じた恐怖感を、今も思い出すことができます。

そんな頃でしたか。

大阪へ、新聞社の催した「戦争展」を見に行きました。頭の中でごっちゃごちゃになっているので、別の機会だったかも知れない。。。私、娘たちを連れて、よく、そういった場所へ行っていたのでした。

ナチスドイツがユダヤ人から刈り取った膨大な分量の「髪の毛」のパネルや。その中央にそっと置かれていた、、おそらくピンク色のリボンだったと面影の残る古びたリボンで束ねられた、くすんでしまった金髪の、優しい巻き髪の一ふさ。

匂い発つような若い娘さんが、朝夕、ていねいに梳っていたであろう髪、柔らかい優しい母親の手が、束ねてやったであろう、喪われた幸せの象徴のようであった、ひとふさの髪。

・・・お母さんはすぐに泣くからと、娘どもにぶーたれられながら、涙が止められなかったり。

そこで、見ました。

日本の若者が、それに乗って突撃して行ったという、ハリボテみたいな小さな飛行機を。

「桜」とかいう文字がついていた・・記憶が薄れています・・・が。本当に小さい。例えは悪いが、ゲームセンターで運転のシュミレーションをするくらいの、ゲーム用の車に例えられるような大きさ。

若者一人乗ったらぎゅうぎゅう。羽根も座席もオンボロでした。これが飛べるのかと愕然となった。

これで飛んだのか、これに乗って行けと、言ったのか。

行きの分のガソリンだけ積んで、このボテボテの特攻機、飛び立って行って。

多くは本来の役目を果たす以前に、簡単に撃ち落されて、海の藻屑と消えたと言う。

・・・とりとめのないことを書いていますが、今日は事務仕事の片付け方面をしていて、ちょっとお茶を、とテレビの映画専門チャンネルをつけて。

見た場面が、かなり以前のアメリカ映画「パールハーバー」の、日本軍の奇襲場面でした。

奥歯がぎりぎり鳴りました。

真珠湾へ行ったことがあります。日系三世のガイドさんを頼んで、オプションで連れて行ってもらった。

透明な美しい海でした。岸から伸びた海の上に記念館が設けてあって、その下には、撃沈されたアリゾナ号が、沈んだままになっている。

巨大な錆びた鉄の塊でした。

透き通って、よく見えました。海の底へ、人間もろとも沈んだまま、ダイバーが何度潜っても事故が起きて・・と、ガイド氏が教えてくれました。

・・・思い出話をしたいのではありません。

映画「パールハーバー」、初めに見た時は、戦闘のシーンに度肝を抜かれていたのみでしたが、今日は違う感覚で見ていました。

私が間違っているのかもしれない。日本軍は、開戦時には、あれくらい「力」を持っていたのかも、もしかして、知れません。

でも。あんなにガンガンやれるほど。息もつかせず空襲できるほど、飛行機や爆弾や、惜しげも無く、ほぼ無尽蔵に見えるほど(映画の中で)いっぱい、攻めることができたのかなあ、と。

・・・特攻隊としての役目を果たすどころか。雨に濡れたらそれだけで、べろべろに貼りつけた紙が破れて(紙に見えた、もしくは紙だと記憶している)墜ちてしまいそうな、あんな飛行機に積まれて、戦の最後には、若い人たちが。

人間爆弾にされた。

なんだか堪らない気になったのでした。


・・・天皇陛下と皇后陛下が、お二人、ご高齢で身動きの緩やかになられた御身で。

遠く沖縄まで、慰霊の旅にお出ましになられた。

この夏はパラオにまで、と、うかがっております。

皇太子夫婦の慰霊の旅の図は、私には描けません。

神宮へお参拝の図も、描けません。

全く異なる次元の二人です。

一日も早くのご退位を。最後は、そんな願いを繰り返すばかりです。







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コメント

終戦記念日とお盆の八月

「お盆に、海や川で泳がない」
これ、我が家の常識だけど、ちがうの?
と、思ったのが、
愛子ちゃん、海で泳ぐ。のニュース。
でも、週刊誌か?なにかでみた写真には、
愛子ちゃんのまわりに、見えるはずのないものがみえました。

精霊流しをする川の河川敷で、お盆休みにバーベキューをしている若者が、
泳いでいて、おぼれる事故は、お酒のせいだけではないのです。

迷信とか、宗教とかではなく、目に見えなくても守らなければならないこと。

まあ、小庶民の話かもしれませんが、我が家とか、地域のルールのようなものありますよね。
そんな、庶民でも、あんまりしないことを、しでかすのよね、あちらは。

ここでは、お盆の海で泳ぐのは置いといても、

戦没者慰霊もせずに、毎年、お盆の交通渋滞もろともせず、
ご静養というお遊び。
これだけでも、皇太子失格です。

徳仁廃太子!  今、一番聞きたいニュースです。

亡き祖父を

思わず思い出してしまいました。
出征し、中国の雲南省で亡くなったらしく
やはり遺骨は届かぬまま。
私の母はその時祖母のお腹の中で、祖母は
27歳で未亡人。7年間の結婚生活。
三人の子を抱え働き抜き、辛口毒舌でも愛嬌のあった祖母は、子や孫や曾孫に愛され
晩年は幸せで、祖父と再会できたと思いたいです。

写真でしか知らぬ祖父の、戦地からの一通だけの軍事郵便を母から宝物だと見せてもらったことがあります。
男の子なら正信、女の子なら○○と名付けて欲しい。これからは女の子にも教育をつけてやって欲しい、と。
柔らかな字で精一杯の愛情が綴られておりました。

陽があたろうがあたるまいが、しかし逞しく生きた方達の上にもそれぞれの平坦ならぬ人生があり、今の私達に繋がっている。
遥かからつながる先人にただ感謝です。
まだまだ頑張りが足らない私だと
今日は反省致しました。

だからこそ、だからこそ。
慰霊の旅を続け祈ってくださる両陛下を愚弄するように務めも果たさず
武蔵野陵にすら参拝しない輩を
もうこれ以上見たくもないのです。
kuonさまに甘えてしまいました。
長々と身内の話で失礼を致しました。

人の心あらず

はあ。
指導するのって大変です。最近は、保育士志望のピアノなんか弾いたことがない学生さんに教えてますが、なんとかして社会に出たときにまともに弾いてもらわなくちゃ、と気持ちを砕き、どんなに出来なくても叱らない、…忍耐です(笑)。子育てみたい。

普通に、他人を思いやる気持ちとか、自分がされてイヤなことは、しないと思うだけに、なんだか東宮夫妻が身近にいればいやなやつに思えてきてなりません。
だって、あの人たち、周りの人にイヤな思いばっかりさせて生きてるじゃないですか。
容姿云々は二の次、一番大事なのは、この国のために働いてくれてる人たちに敬意を払うこと、災害に遭った人たちを励ますこと、自分のライフワークを持つこと、興味のあることを一生懸命勉強すること…弟宮一家は真面目に働いているのに。嘆かわしい。

ホリエモンがツイッターで「皇太子のせいでアポに遅れる」と言ったとか(笑)。
SMAPの中居君は「韓国と話し合って仲良くすればいいのに」と番組で喋ったとか…

ホリエモンはどうでもいいけど中居君の発言はちょっとヤバいかなあ…自分、韓国人に仕事中に怪我されたことがあったので、以来韓国人の人とは話したくはないんです。きな臭い国だし。

話が飛んですみません。
正直、東宮一家のメッキが剥がれるのも時間の問題かしらと思っています。

嘘をついても隠し事をしても、いくら捏造を繰り返しても、もう意味がないことなのに…

KUONさんの見た『桜』と付けられた特攻機、『桜花』かなと思いました。特攻機に括り付けられ敵機に文字通り体当たりする一人乗りの…『永遠の0』にもありましたね。以前『回天』を広島の大和記念館で見てその小ささに愕然としました。知覧の特攻基地で零戦や遺書も見てどれほどの恐怖と戦って強大な国との戦いをしたか…高齢にも関わらず慰霊の旅を続けられる両陛下のお姿を拝見し、両陛下の思いは勿論ですが、共に国民の思いも一緒に連れて行ってくださってると思いました。日本の象徴となられ日本最高位の神官として国民の為に祈ってくださり…その思いは、秋篠宮ご夫妻がしっかり受け継いでくださるものと確信しています、あぁ長くなってしまった(苦笑)ごめんなさい。

夏に向かってくると、日本映画専門チャンネルでは、よく戦争映画の特集をします。
戦争を知っている世代が作った作品なので、映画とはいえ、リアリテイがあります。
若い皆さんには、ぜひ見ていただきたいと思います。

一時期NHKBSで、昔の大河のアーカイブを流していました。
現菊五郎主演の「義経」では、衣川の戦いのシーンを見て戦慄しました。
本当の、殺し合いでした。きれいごとではなく・・・・。
「戦争を知っている世代が作った映像だ」と思いました。

戦争はかっこよくもなく、勇ましいものでもない。
だからこそ、戦争をしてはいけない。
いけないからこそ、力を持たなければならないのです。

日本には、軍備だけではなく、神の力、という他国にはない力があります。
その力を支えてくださっている両陛下に、心から感謝申し上げます。

メディアっていぢわる・・・

こんにちは。
対馬丸の事件は子供の頃、なんと少女マンガ雑誌で読んだので、何となく頭に残っていました。
木内千鶴子という方が描いた「ああ!七島灘で眠る友よ」という作品です。
(現在、ネットで読めるようになっていて、正確な題名を知ることが出来ました)
私は船の名前とか忘れ果てていて、このような報道があったので、あのマンガの話かと思い検索してみました。

マンガとはいえ、当時を御存知の方が描かれたのだと思われ、子供達を疎開させるため船に乗せたのに、その船が沈没させられてしまったので親達から責めたてられ、気が触れていく村長さんの話など、とてもリアルです。

KUON様がご覧になったという、アニメーション映画は知りませんでした。
そういう映画がある、という事すら存じません。
夏は地上波で「蛍の墓」ばっかしか放映されなくなったけれど、他にも戦争に関する映画は沢山あるのだから、そういう映画も放映してくれれば、と思います。
けど放映したら「旧日本軍は筋を通して戦っていた」「従軍慰安婦なんていなかった」「卑怯なのは米英や中韓の方だ」ということがバレてしまうので絶対放映しないのでしょう。
なんでそんなとこだけ用心深いんだよぅ!! サヨメディアの意地悪さが嫌になります。

私は対馬丸のことは、私が小学生の頃、日教組の先生が、だから戦争はいかんというスタンスで、分厚いプリントを作成したもので教えられました。


沖縄訪問の両陛下の音声つき映像を見ていて、お年をとられたな、と思ってしまい、何か集大成のようなものに向けて、お二人は歩まれているようにお見上げしてしまいます。
それがなんとも切なくて。

とうぐう一家は相変わらず、雑子とむすめさんは深夜にお食事、LINEで連絡、菊栄親睦会では三人で固まってた。
庶民の私でもこんなこと書かれたら嫌です、というか、書かれないようにしようと思います。

藍色さんがおっしゃるように、メディアはいぢわるですよね。
ある日唐突に従軍慰安婦問題が出てきたと思ったら、それ以降、からゆきさんの言葉を聞かなくなった。
封鎖されたんでしょうか。

初めまして。
あの時のまさこさんのお帽子に違和感を覚え、
どーして、どーして?とネット上をさまよって、こちらにたどりつき、
いろんなことが腑に落ちました。ありがとうございます。

約束事のある装いをなさらない、
しかも冬服で、弔問に夫婦揃ってにへらにへらと笑顔で登場する。
お式の時もお車の後を一列に並んで従う、
そんな基本的なこともわからない。並んでしかも一歩前を行く。
ワタシたちの感覚で言えば、黒だからいいじゃん、白線入ってるしーと
ア○ィダスのジャージで葬儀に出てきて、
お焼香の時に柏手を打つようなものでしょう?

どーして?
なぜ誰も注意なさらないのか。教えてさしあげないのか。
そのためにもたっくさんの方が仕えてらっしゃるのでしょう?
お召し物を整えて差し上げる。作法やしきたりを教える。

聞く耳も覚える心も、ましてや敬う気持ちなどこれっぽちもお持ちではないのだと
よーくわかりました。バカですね、あのご夫婦は。
スイスへのご訪問には、あきれるを通り越して、恥ずかしくてなりませんでした。
国辱です。
グラスを迎えにいく、尖らせた唇の見苦しいこと。アル中のおっさんじゃないですか。
サイズの合わないジャンパー。ちゃんとしたお付きの方がいれば、
寸法を直したり、アイロンをかけたりなさったでしょう。
せめてネクタイは取り替えなさいっ!
そして、あのカメラ。オランダでも、みなさん顔をしかめておいででしたね。
ワタシもしかめました。・・・恥ずかしい。

随分昔になりますが、アフリカだったでしょうか、両陛下がおでましになった時。
陛下が皇后様のお写真を撮られました。
皇后様は、一緒に撮っていただきましょうよ、とおっしゃって、
マスコミの人間に「お願いできるかしら?」とカメラを渡された。
緊張しながら、アングルを考えて撮影したその男性は
「キリンが入るように撮りました」とカメラを返しながら伝えた言葉に
おふたりはそれはうれしそうな笑顔を向けて「ありがとう」と。
仲むつまじいお姿に、
なんてステキなんだろう、ありがたくうれしく涙目で拝見したことを思い出しました。
カメラひとつで、たったカメラひとつで、ここまでも違うものかと、
ふつふつと怒りがこみあげてまいります。

まさこさんが、古着を着続けるのは、公務なぞしないという表明かと思うのです。
新しいスーツを作ったら、公務に行くってことになる。
故に断じて作らない。着ない。
ならば、その通りもうまるっと出てこなければいい。
そして、その決意表明を通すのならば、退くのが筋というものでしょう。

>すみれ様の
「慰霊の旅を続け祈ってくださる両陛下を」というお言葉が胸に響きました。

神として生まれ育てられた昭和天皇が、身を刻むように、
日本中を回られた。民に近づき国民のために祈って慰めて励まして。
絶望から立ち上がった、今のこの国の繁栄は、陛下のご尽力とお心にあると
ワタシは思うのです。
そのおこころざしを、そのままに引き継いで、今上天皇と美智子皇后さまは
いつも国民の心に寄り添って、想像を絶するご公務を勤めていらっしゃる。

ワタシは、もうこれ以上、がまんがならない。
あの一家を、今すぐにでも、追放しなくてはいけないと思うのです。

始めて伺って長々と申し訳ございませんでした。あふれてしまいました。

泣けます

いや…いろんな意味で…。
年老いた玉体で沖縄まで慰霊の祈りを捧げる両陛下、さらに南洋まで行幸されるとの思し召し。
今上陛下は東宮時代に両殿下で先帝陛下の御名代として各国を廻られ、立派にお務めを果たされました。
現在は御老体の歩みが緩やかで.お互いを労り合う両陛下…何故アレラは見習おうとしないのでしょうか?
アメリカは過去がバレるからや~よ~!だけど欧州ならいいわよん!!亜細亜やアフリカは真っ平!ってクレイジーな肥澱禍(`´)
両陛下がお労しくて、両澱禍が情けなくて泣けてきます。

さぶた さん。

お返事遅くなりました。

いろいろ、ありましたよね。

敷居を踏んではダメ。夜に笛を吹いてはいけない。私は田舎へ預けられることが多く、祖母の「ダメ出し」をシャワーのように浴びていた記憶があります。意味のあることだったと思います。

お盆に、云々も、意味のあることだと、今も普通に感じているし、若いひとたちをそう言って停めてガッカリさせたこともあります。

お盆はクラゲの出て来る季節だし・・・というより、やはり、世を去った近しい人々が還って来られる時であるし、と考える方が、腑に落ちやすい昭和人。笑。八月は、終戦以前から、日本人にとっては慎みの時だったと思います。

あの娘さんの、お盆の時期の「海水浴」の写真。何かぼやけた写真でしたが、一見、ゾワザオワしたのは確か。祖母ならば、そんな大事な可愛い子なら、なんで盆の海なんかに漬ける! と、驚愕、叱咤したであろうと思います。

魂とか。目に見えない世界を一切認めない・・。感じない、オワダマサコさんにとっては、惧れも穢れも畏敬の念も慎みだとか、すべてそんなもの、何よそれ、でしかない。断言。

馬鹿な人です。

それで、行けるものなら行くがいいと、思う。

私の信じる神さまの世界には「地獄」は無いのですが。あれは、堕ちると、普通に思う。私は、日本教の人です、きっと。笑。

穢れは嫌いです。


>迷信とか、宗教とかではなく、目に見えなくても守らなければならないこと。 <

これ、私にとっても普通、当たり前のことです。

すみれ さん。

お返事遅くなりました。

>写真でしか知らぬ祖父の、戦地からの一通だけの軍事郵便を母から宝物だと見せてもらったことがあります。
男の子なら正信、女の子なら○○と名付けて欲しい。これからは女の子にも教育をつけてやって欲しい、と。
柔らかな字で精一杯の愛情が綴られておりました。<

何と言えばいいか、こういうお話には無条件に・・・。

おばあちゃまは、27歳で(当時で言えば)未亡人になられ、三人のお子を育て上げられた。

・・・帰ってこなかった夫さんの、精いっぱいの愛情のこもった宝物の手紙、そして、その「愛情」そのものを支えに、頑張り抜かれた。

どう言ってもうまく言えないので、私の好きな無名の女性の短歌一首、引かせていただきますね。

   終の日の御手にもつれし髪梳けばただ幻と思ふ戦は

明日は出征という日の、最後の夫婦の夜の、夫の(御)手にもつれた、わたしのこの髪。いま、その髪を梳いていると、遠い日が、あまりにも遠いあの戦が、幻であったかと、思われる。

この女性にとって、幻などでなかった夫の記憶、戦のこと。生涯忘れない最後の夜をうたって、この方の思いがいま、残っています。

よく頑張られて、辛口毒舌、そして愛されたおばあちゃま。

こんな話を読ませていただくと、つくづく私は甘ちゃんです。

よろしければまた、このようなことも書いていらして下さいね。

>遥かからつながる先人にただ感謝です。

そうですね。

pastoraさん。

奮闘しておいでですね。

教えるって大変なことと思います。しかも相手が

「最小限の投資(練習)で最大限の成果を」

とか企んでしまう、可愛らしいお嬢ちゃんだったりすると。笑。

あのね。

雅ドンは、どんな稽古ごとも続かず、到達点まで達したことの無いお人。

めんどくさがり屋で、努力が出来なくて、嫌いで、最後、私が出来ないのは教える方が悪い。

それ以前に、音楽を聴いて涙したり、絵画の前で立ち尽くして動けなくなったり、そういう感性のゼロの人。

あい、という言葉の語源は「食べさせること」だそうですが、夫にも子どもにも、喜ばせたくて料理したことも無いでしょ。

だから・・・ヒトモドキ。動物以下と言えば動物に申し訳ない、動物たちは、懸命に生きていますもんね。

ぎいいいいい。思えば思うほど、ヒトモドキ。

ホリエモンは確信犯で余人とは違う人なので、まあ、なんというか。仲居さんも私にはどうでもいい・・・テレビでいろいろ言っている人たちが、宇宙人に見えるのは、私がばあちゃんになったから?。

大変なお仕事と推察させていただきますが、あの時のあの先生の・・・ってことが、実際ありますので、どうぞ、辛抱強い先生でいらして、伝える方の役目を果たして下さいね。

先生の一言って大きいことがあると、信じているKUONばあちゃんです。

ファイト!。

ぽちゃこ さん。
言われて見れば「桜花」だったかと。とにかく小ささとペロペロなのに驚いた記憶です。知覧にも行きました。いろんなことを感じました。特攻に赴く若い兵たちの遺した手紙の数々、私は、すべて本心とは思わなかった、いわゆる「様式美」の部類・・・でも、やせ我慢しながら、雄々しく凛々しく国のため、と出て行こうとした日本の青年たち。そう思うことが救いであった部分もあると思う、大義名分のもとでないと決行しにくいものもある、きっと。
今の感覚では語れないでしょう。何もかも、現代のまな板には載せて語れない・・・ただ現実は、沢山の精神と肉体が、散って行ったこと。その背後の、膨大な悲しみのこと。他人事では無いこと。
ぽちゃこ さん。長くは無いですよ、また書いて下さいね。

ららら♪さん。

>戦争はかっこよくもなく、勇ましいものでもない。
>だからこそ、戦争をしてはいけない。
>いけないからこそ、力を持たなければならないのです。

私もこのことを、考えていました。

私は戦後の子ですが、まだリアルな戦前戦中戦後の話を聞いたり見て感じたりして来た世代です。

日本人は、など、大上段に振りかぶって語るキャラではありませんが(笑)先日の皇太子のスイスでの、フヌケたなんちゃって閲兵の画を見て驚愕しました。平和ニッポンから物見遊山に出かけた日本のコータイシは。赤絨毯も用意されず(意図的だと思いました)、スイス国では閲兵用の衣装は無いとか、迷彩服の大男たちの、しかも銃を構えている前を、へらへらと歩いていました。

スイスは永世中立をうたう国家、なので、軍備はすごいものと聞いています。自分たちは戦争はイヤ、好まない、だからしないの、などと呑気に(大ばか者です)デモなんかやってる、極東の国とは違う。

ナルさんには何もわかっていない。その気になればどうにでもできる、うすら笑いの馬鹿殿下でした。

ららら♪さんの

「戦争をしてはいけないからこそ、力を持たなければならない」

これ。本当にそう考えます。

イヤだのどうだの言ってる平和ぼけの皆さんは、どこからどうされても微笑しつつ、自分たちの思いを貫かれますかと、聞きたいですね。

誰か、どこかが、自分たちは何も「こわいことなど」したくないも~ん、とうそぶいている日本を守ってくれるのかと。そんな甘いものなら、いさかいは起こらない。これについては、思うこと多々あります。

テレビも新聞も、もう、だめだと思います。

>戦争はかっこよくもなく、勇ましいものでもない。
>だからこそ、戦争をしてはいけない。
>いけないからこそ、力を持たなければならないのです。

そう思わせていただきます。



藍色さん。

木内千鶴子。はああ、懐かしい名前。このコメントをいただいて、かつてのデラマにネットで飛んで。

ぶっ飛びそうな懐かしさで、クラクラしました。木内千鶴子、西谷祥子。私は水野英子の世界にはまっていたのですが、他の漫画も大好きでした。木原敏江もいかったな。鈴原研一郎というヒトは、私の小説を勝手に使って漫画にしてた。やあすまん、って感じだったし、そのままになりましたが。すべてが緩かった・・。

木内千鶴子さんは、堅実な作品を買いたらしたような・・それは見ていません。読みたいな。

育って来る間は、主悪の根源・日教組の力の強い時代だった気がします。今も、おそらく…。知らない間にかぶれてた気もします。

野坂昭如、五木寛之が盛りの頃でもあり・・・私は今もノサカ氏にひかれる部分がありますよ。その野坂昭如の「火垂るの墓」。

アニメの「火垂るの墓」は、かなり原作に遠い感はありつつ、私の好きでない「ジブリ」が出した中では一番好きなアニメーションです。上品で美しかった母親が、全身、包帯だrけの姿なのが「残酷」とかで、あまり見せなくなったとも聞きますが、あれが「残酷」だと言う感覚は信じられません。

姑息なそういうやり方で隠して、本当に恐ろしいことも隠して・・・とか、怒ってると止まらないので、今日は止めます。

昔の漫画を追っかける予感・・・。

モッコクさん。

従軍慰安婦のことは、米軍の話も加わって来て奇妙な展開になって来ました。

思うのですが、人間には「被害者でいる快感」がある。少なくとも今が当時より「いい状態」であることも必須条件で。あんな目に遭った、こんなこともあった、と、言えば人が聞いてくれるとか、失礼な言い方ながら「お金もくれる」とか。わらわら湧いて出た「旧日本軍のイアンフ」のばあさんたちにそれを感じる。そして、辺見庸みたいな男でも、そんな婆さんの虚言に引きずり込まれてしまう。

都合の悪いことはきれいに消して、可愛そうだったワタシになっちゃう。

巫女。ナースみたいな立場。売春婦。は、人間が生まれた頃からの女性の三大職業です。昔は(今も・しかも議員でも)売春婦は多かった。

戦争中だから。そりゃ、本当に酷い酷い目に遭った人間は、沢山いる。非日常が日常になり、殺さなければ殺される、沢山殺せば英雄、なのが、戦争。わたし、いっとき、ボンバーマンというテレビゲームにはまってました。

始めは一人ずつ・・・1ボンバーマンずつ、やって行く。それが、どんどん何もかもパワーアップして行き、もう、ここでまとめてやっちゃおうとか、爆弾もパワーアップですよ、まとめてやると快感がある。

戦争もきっとこれだな、と、感じた記憶があります。

以前も書きましたが、タイの島で、実弾を撃たせてくれるところがあって。

本物の銃って、引きがね引くと、ドンって、後ろにひっくり返りそうな衝撃があるんです。で、しっかり腰に力を入れて、両手で銃を構えて、前方の「ヒトガタ」=「人型」を撃つ。

私、きっちり心臓を狙っていました。頭とか。そういうもんなんだ~、と、実感しました。いや、アタリはしませんでしたが・・。

なんか、今夜は脱線ばかりですが。

>沖縄訪問の両陛下の音声つき映像を見ていて、お年をとられたな、と思ってしまい、何か集大成のようなものに向けて、お二人は歩まれているようにお見上げしてしまいます。
それがなんとも切なくて。 <

・・・皇太子夫婦に関連して、両陛下へのさまざまな声も高まっていますね。私の中にもあります。

でも。「限りある身の力ためさん」

でいらっしゃるかと思うと。

ね。ナルは、わかっていないだろう、大バカ息子が!。

水月さん。

初めまして。おいで下さり嬉しいです。

返事が遅れて申し訳ないことでした。

さてと。「腑に落ちた」瞬間と言うのは、私にもありました。

そうだったのか、やっぱりね、まさかそこまで、と。他いろいろ。

それが、まさかの雅子で、どんどん深く凄くなって行きます、はい、雅ドンの実態が、考えられない限度を超える、そこまで行くかの、もっと奥まで。

まさか、皇太子妃がそんな、と。そんな、の、一億倍が、雅子さん。

私だったら生きてられない、人前に出られない、と思う、その一兆倍まで行く雅子さん。

私、人が悪くなったと思います…本性が発揮されてるだけです・・・いやあ、ソーカだのBだの墓無しだの。その決着点としての現状だとは。

今、慣れて来ていますが、初心に戻ろうと頑張ってみて考えると。

あり得ない存在です、小和田雅子さん。すべてが。オールナッシングです。

とか、書いてますが。嬉しいわけではないです。

情けないし。汚くて生理的にヤだし。御所が穢れに満ちているのを想像するのはたまらないし。あの一族のツラの皮が想像できない厚さで。

もう。申し訳ないです、基本的には人様のワルクチは、あまり好きでない・・・のは嘘ですが、言葉のブーメラン現象は知っている。。。けど。

こうして、たまらん憤懣抱えた新顔さんがおいで下さると、ううう、とうなって、止めるもんかぁ、と、雄叫びあげたくなってしまう。

あの、神に国に他のすべてに最大級の不敬を行い続けている夫婦と背後が、なんとかなるまで、ご一緒に、見て参りましょう、と、申し上げますね。

一部がとまったら。欝血して、血が通わなくなって、ふはいしてゆく、そして、くずれるしかない。

それを、望んでいます、きちゃなくてイヤですけど。


聞く耳も覚える心も、ましてや敬う気持ちなどこれっぽちもお持ちではないのだと
よーくわかりました。バカですね、あのご夫婦は。

衣通媛さん。

私も泣けました。

理屈抜き。感情のミックスしたやりきれなさ、

なんで、このようなご苦労を、と、あの馬鹿息子どもが。ぐぐぐ。

ゆっくりさんでも、清らかならそれで充分。皇族は。にこやかにマジメに上品に「こーたいし」していたらそれでよかった。おそらく、即位の後にもそれで「おーけー」だったと思う。妙にリベラルとかかぶって、三笠宮さまみたいになるより、まっすぐ清潔な足りないさまでよかった。

とは誰しも同じ思いでしょう。

何もかもが無茶苦茶な女が入り込んで。

・・・て、言い続けていたらきっと、明日になります。

いつもありがとうございます。

6月30日は、春日大社へお参りさせていただいて来ました。

ここの宮司は花山院さま。昔は学校の先生で、自転車ですーいすーいと通っておられました。かっさん、と呼ばれておられました。悠仁さまが来寧の折に、シカセンベイを上げておられる宮さまの背後で、にこにこ優しい笑顔でおられました。

雅ドンをどうお思いか、伺ってみたい気がします。



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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

プロフィール

KUONの久遠

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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