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風に揺れるコスモスのように

こんな風に。

今日のように空の高い、青い、風の心地いい日だった。

何年前のことになるのだろう。

ずいぶん前だ。

こんな美しい秋の日だった。理子の葬儀に向かったのは。

男の子二人とまだ小学生の女の子と。

顔を上げてこらえている二人のお兄ちゃんにはさまれて、風に揺れるコスモスのように、理子の娘はふるえていた。

さらさらの髪の一束を結ぶリボンが、ずり落ちかけていた。誰も手を伸べてそのリボンを結びなおしてやることは出来なかった。少女は遺族として「そこ」にいた。

妹を庇うように直立する少年達といたいけな女の子を、残して、死んだ、かつての仲間の、葬儀。

毎年、曼珠沙華の赤い赤い花が畦道をを埋める頃になると。

十代の理子の、ぼあ~とした笑い顔が、私の中に帰って来る。

目じりのアイラインを少しはねて描いて、自信に満ちた笑顔を見せた三十代の理子。

棺の中の、小さく小さくなってしまっていた顔に施されていた化粧が、あまりにも濃くて理子に似合っていなくて、悲しくて悔しくて、私は、似合わない化粧をされて黙って目を瞑っている理子が切なくて、泣いた。

四年間、同じ学寮で過ごした。とても大きなことだった、そのことは。



集まれる者が集まって、車に分乗して、京都の、理子の家へ向かったのだ。その日。

道路は少しずつ渋滞して行った。

車の中で、私の知らなかった理子の話を聞いた。

息子二人を、奈良の名門校に通わせている。

○立病院の内科病棟婦長を務めながら、日勤、準夜勤、深夜勤務をこなしながら、子供他たちの塾や習い事の送り迎えをし、夜食を作り、希望の学校へ進んだ息子に,朝ごとに弁当を作って送り出した。織物職人である理子のダンナさんは、仕事しかしない人で、理子は「そんなエエ学校目指させんでも~」と、ゆったりのたまう夫に、自分で全部する、手伝えとは言わないから黙っていて、と、決然と、おのれの道を歩いた・・・走りまわっていたのだと。

ほとんど寝ていなかったと思うわ~。

みんなのお姉さんのように優しいK子が、既にまた、涙ぐんでいた。


十五歳で寮に入って、私たちは、いつもいつも走っていた。

朝は走って准看養成所へ行き、夕方、走って夜間高校へ飛び込んだ。授業が終わればクラブの部室へ駆け込み、短い部活時間が終了すると、走って寮へ戻った。

寮の日課は厳しく定められていて、帰れば自由、ということは無く、毎晩、寮長が前に立っての「お話タイム」があった。寮生が交代での三分間スピーチや合唱の練習や、説教や(長いし押し付けがましいしむちゃくちゃ評判悪かった、当時は)、貴重なる小一時間をそこで取られ、自分の部屋へ走りこむ。

そんな中で「走れなかった」理子は、遅刻大魔神と呼ばれた。それが、子供のために走る母親になっていたのだった。

自分が、自分の親にもらえなかったもの・・・これでもか、と、うんざりする程の愛を・・・深い強い思いを・・・理子は、自分の分身だと信じられるわが子たちに向けたのだったか。

「眠らなかったし、理子は、おしゃれしたかったから、あまり食べなかったのね。理子ちゃんは、目覚めてから、ものすごく、おしゃれしたかったから」

卒業後も理子と親しい付き合いを続けていたK子は、もう涙を停めて、ぼんやりした口調だった。

ダメだわ。いきなり、運転していたM代が言った。

「もう間に合わない、携帯も通じないの。私、先に行って、出棺を伸ばせるだけ伸ばしてもらえるように頼んでみる」

・・・先に行くって。

どうやって?。

皆が顔を見合わせる中、M代は助手席にいたR子に、運転を変わるよう命じた。

それは、まこと「命じた」のであった。

とても体の弱い男を愛して、周囲の反対を押し切って結婚して、気迫で一人娘を産み、笑わない婦長と陰口を叩かれながら仕事に邁進し、自力で家を建てた。夫には最後まで優しい、丁寧に気のまわる頼りになる妻であり・・・M代はすでにその最愛の夫を亡くしていた・・・この葬儀のM代は立派だったのだが、その話はいずれ。

とにかく、威厳あるM代は、R子に命じた。あーい、と人のいいR子は応じた。

M代は、自分の黒いショルダーバッグを首から提げ、渋滞のひどい道路に出た。

車の進めない道路脇を、バイクがすいすいと通り抜けていることには気づいていた。

気づいていたが私には、理子の葬儀にどうしても間に合いたい、M代ほどの思いも無かったのだろう、彼女が決行しようとし、実際にやってのけたことを、思いつきもしなかった。

道路に出るやM代は、進行方向の逆に体を向け、白いお雛様のような古風・和風の顔に決意を漲らせて、大きく腕を上げた。

・・・見ず知らずの中年女性に、路上で手を振られて停止して、その女をバイクの後部に乗せて、若者は走り去った。

あっけにとられて見送る私の目の中を、M代が思い切りたくしあげた喪服のスカートの裾が、ひるがえりながら遠ざかって行った。

M代は、バイクの後部座席に、またがって乗って行った。

寮にいる頃からそうだったが、M代には頭が上がらない。すごい女だと思っている。尊敬に近い。

・・・私たちは間にあった。

理子の家は、大きな家だった。白壁の塀が長く続き、理子の病院の関係者だろう、大勢の人々が、喪の服装で右往左往してた。

遅くなって気後れして立ちすくんでいる私たちを、門の向こうから走り出て来たM代が手招いた。

こっち、こっち、待ってもらってるんだから。

飛び石の上を小走りに行った。目の前に広い縁のある部屋が展け、縁側に引き出されるように、斜めに、理子の棺が、秋の陽を浴びていた。

理子は小さくなっていた。

小さな顔になって、しっかりと目を閉じていた。

眩しかろうに。既に理子には、そんなことさえ感じられなくなっていて。

周囲で、何人もの人が、さまざまにざわざわしていた。

私は、棺のフチに手をかけて・・・いたと思う、ものすごく腹をたてていた。

化粧が濃すぎる。

四ヶ月病んで逝った理子の顔は、小さくなってはいても、やつれは少なかったと思う。

ただ、理子は、おてもやんにされていた。

肌のことは記憶が無い。

ブルーのアイシャドーが、濃くひかれていた。

頬に、濃い色のチークが、ぐるんと丸く塗られていた。

唇はピンクに彩られ、ぼったりと色を重ねられ、そして理子は、どういうことでそうなのか、唇を微かに開けて・・・半開きの口元で、弔問客に、顔をさらしていたのだ。

悔し泣きに立っていられない私を、優しいK子が支えて、門の外へ連れ出してくれた。

私はK子に文句をつけた。もう少しマシな顔を作ってあげてもよかったんじゃないか。

あれではひどい、理子がかわいそうだ。

K子は何も言わなかった。泣き怒りの私の肩を包み、そのうち、ぽんぽんと叩いた。

「ほら。理子のお父さんとお母さん。呼んでもらったのね。」

え。そんな人が来ているのか。示された方を見た。

その時にはもう、塀を背に、喪主である理子の夫君、子供さんたち、親族が、大勢の・・・200人くらいは道路をみっしり埋めていたか・・・の弔問の人々に向かい合う形で並んでいた。

K子が教えてくれた。

理子の父親は、ダンナさんの左から・・・番目にいる、理子の生みの母親は、右側から・・・番目で、ずっと下を向いている。

涙目で私は、父親を、でなく、理子を生んで捨てたという、母親なる人を見つめた。

普通の、どこにもいそうな、痩せた、老いた女性だった。

・・・あの人は、理子のあの、かわいそうなくらい似合わない死化粧を見て、どう思ったのだろうか。

何も感じなかったのだろうか。

平気だったのだろうか、娘が、母親を求めて辛かった時に、新しい子供を抱きしめて笑っていた、そんな時のように。

・・・理子のお母さんは、今、幸せなのだろうか。

逆縁だ。

この逆縁は、あの老いた人にとって、どんなものなのだろうか。

私は理子の母親を、その場で憎みながら、憐れんでいた。

・・・しかたがなかったのだろうか・・・。

しかたのないことが、この世には、ある。

あると思う。

喪主の挨拶が始まっていた。

真面目、律儀を絵に描いて黒い服をまつわらせたような理子の夫君が、一生懸命なにかを話していた。

話しているのはわかったが、言葉として耳に入って来なかった。

父親と兄たちのそばで、紺色の、いささか大きめのワンピースを着せられて立ち尽くしている一人の女の子に、気持ちのぜんぶを吸い取られていた。

小学校の、中学年くらい。

細っこい。手も足も細い。髪のリボンがすべり落ちかけている。

・・・あの子の祖母は、そんなことにも気が回らないか・・・回ればあの子に、触れることもできるのだろうか・・・。私の気持ちは、理子の母親から離れられないのだった。

せめて理子の、確かにかつて自分が産んだ娘の、早い死を、悲しんでいて欲しい。

そんな思いに絡め取られていたのだ、私は。



理子の夫君は、妻が、いかに頑張って生きたかを、語っているようだった。

どんなに子供たちを愛して守りたがっていたか、語っているらしかった。

知られた学校の制服をきちんと着けた二人の少年は、父親の傍らで、身じろぎもせず直立していた。

よく出来たお子だと思わせる雰囲気が濃厚にあった。惜しいだろうな、理子。そう思った。

末っ子の女の子から、私は、目を離せないのだった。

「死」の意味が、あの子に、わかっているのだろうか。

お母さんは死んでしまったもうどこにもいないと、理解できるのだろうか。

わかったとして、理解できたって、どうなる。


・・・理子。死んではいけなかったよ。

こんな小さな子を残して、死んだりしては、いけなかった。

私はK子にもたれ、K子はR子に肩を支えられて、秋の陽のなか、別れの行事の進行を見守っていた。。



・・・何を愚かなことを。

一番生きていたかったのは、誰でもない理子。

死にたくなかったのは理子。

幸せになりたくて、必死で幸せになろうとして理子、やっぱり。

遅刻大魔神だったのに、同期生のトップを切って、行ってしまった。

ドジだったね。

でも精一杯だったんだね。

理子。



悲しくて辛くて悔しくてどうしようもなかった日のことを、こうして、今も思いだす。

理子の残した二人の息子は、二人共に医師になった。
母親の葬儀の日、誰にも支えてもらえなくてふるえていた、あの日の女の子は、ナースになった。

そう聞いている。

陰ながらでも見守って息子を医師にしたからエライ、なんぞと言う気は無い。

理子が愛おしんだ子供たちが、母親の気持ちを理解していたのだろうか・・ということに、なんとも言えない思いを抱く。

そんなことを、思う。


・・・・・・・・・・・・・

今朝の新聞より。

椎名誠さんが言っておられます。。

「地球が直径1メートルだったら」という本があるらしいのです。そこから。

@空気がある成層圏の厚みは1ミリ。

@エベレストは0,7ミり。

@最深の海溝は0、9ミリ。

@水の量は全部で660cc。

@地球の自転もあり、海流はすごく速い。福島原発から放射性汚染水を流しても「広いから大丈夫」というのはウソ、ダマシである。

@水の大半は塩水で、地球が直径1メートルなら淡水は17cc。多くは南極などの氷塊で、飲めるのはわずか5CC。

@しかも、660CCの水の絶対量は増えない。

@水は海や陸から蒸発して雲になり、雨が降るという閉鎖系を循環しているだけで、地球外からh供給されない。

@だから汚してはならないのだ。


そうなのだ。汚してはならんのだ!

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  1. 2011.09.28 (水) 17:58
  2. URL
  3. stainless steal
  4. [ edit ]

椎名 誠さん。。。

いかが お過ごしですか?

こんばんは KUONさん

椎名さん 解かりやすいたとえの 記事ですよね

彼は 怪しい探検隊の頃から。。。ずっと 一貫して 地球の 自然の そんな こんなを 怪しいながらも
書いたり 見たり。。。

こんな 解かりやすい記事でも 解からない あの人達

v-217

解かっているけど そんなこと 判っているけど
やらないのよね。。。いろいろな 一般peopleには
手の 届かない理由で

諦めたら 駄目だけど
だからと云って 拳振り上げてもね

ほらね あの人達が 思うつぼ ねv-40
でも 私 抗いようはなくても 思うつぼには ならないわv-237 絶対

あ。。。「絶対」って 漢字 とても 力強く見えるのね

今 気が付きました
明日も元気でいましょうねv-22
  1. 2011.09.29 (木) 00:37
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

理子さん・・・

濃密な時間を共有した仲間がいらっしゃったということ・・・。
羨ましいです。

今でもあの時のお友達の表情をこのように詳細に表現できるということ・・・。
とっても羨ましいです。


理子さんという女性が生きていたという証し・・・。
他人の記憶の中に存在しているということほど貴いことはありません。
理子さんのご冥福をお祈りします。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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