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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ことばのたのしみ
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生はいとしき蜃気楼・・・ぢゃ、ないものなあ、私。

もう既に葉桜。

吉野へは行けませんでした。行けないでしょう、この春は。

吉野の代わりにマッサージ。くふふ。

大好き、というか、時おり読んでは「喝」を入れられる気分、はいごめんなさい、顔洗って来ます、しゃきっとしますとか、なってしまう、茨木のり子さん。

「さくら」

という詩もあります。

ことしも生きて さくらを見ています

ひとは生涯に 何回くらいさくらを見るのかしら

ものごころつくのが十歳くらいなら

どんなに多くても七十回ぐらい

三十回 四十回のひともざら

なんという少なさだろう

もっともっと多く見るような気がするのは

祖先の視覚も

まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう

あでやかとも妖しとも不気味とも

捉えかねる花のいろ

さくらふぶきの下を

ふららと歩けば

一瞬 名僧のごとくにわかるのです

死こそ常態

生はいとしき蜃気楼と



●自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



●倚(よ)りかからず ※73歳の作品

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ



●わたしが一番きれいだったとき ※茨木さんは15歳で日米開戦を、19歳で終戦をむかえた。

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように ね


2006年、自宅で脳動脈瘤破裂によって急逝した彼女を、訪ねてきた親戚が発見する。きっちりと生きることを心がけた彼女らしく遺書が用意されていた。「私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じますので。“あの人も逝ったか”と一瞬、たったの一瞬思い出して下さればそれで十分でございます」。この力強さ。享年79歳。


わたしは甘ったれで依頼心が強くてへたれだから、憧れる。この詩人に。

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  1. 2014.04.11 (金) 13:09
  2. URL
  3. やまのこ
  4. [ edit ]

くじけて 泣いてすねてだだこねて
来た道より 行く道が少なくなったって
毎日やって やっつけて
なんだかんだ 忘れても
いいの

みなさまのおかげで
毎日楽しく生きています!
御礼。
  1. 2014.04.11 (金) 17:35
  2. URL
  3. こより
  4. [ edit ]

おかげ様で...、

自分の親の、あまりの馬鹿さ加減に 火を吹いておりました所、
KUON様の ご紹介下さった、素晴らしい 詩 のおかげで、
鎮火に成功!
身の引き締まる思い と 共に、透明な気持ちにもなれました。
ありがとうございます。

え?
何に そんなに怒っていたの?ですか...。(誰も 聞いてないって!)←ボケツッコミ。
遠方に住む両親と、電話でお話し したのですが、
未だ、自虐史観の教育から脱け出せぬ「おめでたい人」で、
読んでいる 新聞は「在日新聞 (毎日新聞 )」。
「いやぁ〜、朝日や毎日は大手だから信用できるよ!」
...って、スットコドッコイな事を さも、正しそうに!(怒)
「あーのーさぁ〜!(以下、略)」と、色々言ってはみたものの、
聞く耳持たず!
『論語』の孔子だって、
「六十にして 耳 順がう。」
「七十にして 心の欲する所に従いて 矩を踰えず」って言うでしょう?
あぁ...自分の事は棚に上げておいて なんですが、
「なーんにも 解ってない人」って、腹が立つものですね。

ネットの記事等を コピーして、私の読んだ「嫌韓本」と共に
送りつけてやろう。
私は、愚か者のまま 死にたくはない。
この世の真実と 向き合いたい。
イチミリづつでも、成長していきたい。

あら.....、また鼻息が荒くなってしまいました。
「生は いとしき 蜃気楼」
「色即是空」
...と、唱えながら 深呼吸致しましよう。

お目汚しの愚痴、すみませんでした。
  1. 2014.04.11 (金) 18:13
  2. URL
  3. さぶた
  4. [ edit ]

>自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ <

これへの応答なのか?

ばかにするな
自分の価値観ぐらい
自分で決めるわ

という色紙がありました。

自分の読むブログは、
自分で決めてますが……

ちがうか……

蜃気楼ぢゃない
思いきり現実の中、
腹をたてたり、
笑ったりしています。
  1. 2014.04.11 (金) 21:32
  2. URL
  3. ぽちゃこ
  4. [ edit ]

ごめんなさい(泣)

物差しで頭を叩かれた様な衝撃でした。この所、何するのも『しんどい』で気が付けば溜息ついて一瞬の桜が風に舞うを見てふと気持ちを奪われる事はあってもうだうだと過ごす事の多い自分を省みて『ごめんなさい!』でした。闘魂注入されました!押忍!
  1. 2014.04.11 (金) 22:25
  2. URL
  3. アビ
  4. [ edit ]

ありがとうがおざいました!

KUON様

私の泣き事にも、優しいお返事!
ありがとうございました!

今日は、初めて読む詩 茨木のり子さんの詩の中で
●自分の感受性くらい
が、深く心に沁みました。
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

まったく、その通り・・・
また、へこたれず、頑張りすぎず日々の生活の中で
小さな幸せを重ね続けていけそうです。

  1. 2014.04.12 (土) 17:22
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

やまのこ さん。

ね。

いいの。

ね。

ありがとう、です。
  1. 2014.04.12 (土) 17:38
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

こより さん。

いやあ。お目汚しなどとはとんでも発見です。え。違いますか、何か?。

親、ですねえ。難しいですねえ。私は夫の母親一人を残すのみなのですが。

何十年も「師」と呼ばれて来た方で、熱心で努力家で、なんだけど。当然、ヨメでも子でも、自分より分かっちゃいない存在、でしか、ないですねえ。別にそれで、いいんですけど。

自虐史観にはさほど侵されていません。終戦前、やんごとないあたりを秘匿するシェルターを作ろうとしていたことを、何度も言い立てて、自分らだけ助かったらええと思うてたんや、と、怒ってる部分もあります。なんかすごく上から目線で皇室を見ている部分もあり。自分にも後醍醐帝の血がつながっていると、マジで考えておられるの。苦笑。

で。雅子さんの話は、絶対に受け付けない。皇后陛下は「美智子サン」だけど、雅子さんがどれだけ「あかんたれ」であると、説明しても聞く耳持たない。なぜか。

トーダイ出てはる。からです。ハバドやオクスを「出て」いるから、と。

学歴信仰、おそるべし。

もう、説得も何も無理だと、最近では孫どもに少しずつ話しております。

柔らかい脳みそを無体に侵さないよう、気をつけながら、うしし、すこ~しずつ。

私も、1ミリずつでも成長したいです。諦めたくないです。

ブログをしていてよかった、ありがてえ、と、思っています。多くの方々とお知り合いになれて。
  1. 2014.04.12 (土) 17:50
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

さぶた さん。

>ばかにするな
>自分の価値観ぐらい
>自分で決めるわ

>という色紙がありました。

どこにどんな状況であった色紙か、ちょっと気になりました。

元気ですねえ、その方。笑。

初め読んだ時、びっくりして目がぱちっと開きました。今でも、読むと、ひえええ、お許しを~って、過剰反応。かっこええ女性ですわ~。

自分にはまだ、生はいとしい蜃気楼、とはまいりません。

まだすること、したいこといっぱいあります。したいことが増えて来て、75歳までに死んだら、その場合だけお金が入る保険に入っているのだけど・・・それまでには絶対、死んでるだろうと思って入った。。。もらえそうにないかも~、しゃあないな~と、考えたりしていたのでした。それもそれでいいです。わはは。

へたれブログを読んで下さっていてありがとうございます。

  1. 2014.04.12 (土) 17:53
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ぽちゃこ さん。
気持ちは解る、泣かんでええぞ~。今でも、知ってても、ぴく、ははあ、ごめんなさい、ってなるもの。
なんと素直に反応されて。ぼちぼち行きまっしょ。押忍。
  1. 2014.04.12 (土) 17:59
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

アビさん。

私は、優しくなんかないんでづけど・・・力いっぱい、やさしくなんぞ、ないんですよ。

雑学の人でしてね。あれこれ、フと、思い出したり思いついたり。それが、お役に立てているなんて嬉しいです。

エラソーに申しておりますのにね。ワタシにも、あれこれ、ございます・・・が。へこたれず、頑張り過ぎず。生きてるだけでおおもうけ、って、俗な楽しみにどっぷり・・・とか、して。
  1. 2014.04.12 (土) 21:39
  2. URL
  3. タン、タン、タヌキ
  4. [ edit ]

この詩、遺書?とても、素晴らしい。
  1. 2014.04.14 (月) 20:08
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

タン、タン、タヌキさん。

これは、遺書そのものではないようですが。

おそらく茨木さんは、一日一日、書くたびに、遺書のような気持ちで書かれていた気がします。

有名な方ですので、茨木のり子、と検索されると、いろんな詩が読めると思います。

亡くなる間近の詩などにも、、出会えます。よろしければお読みになられたら、と、思います。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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