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ヒトモドキの晴れ姿モドキ・

東大寺の参道へ入る少し手前に「氷室神社」があります。知らなければ見すごすほどのものですが、小さな池があり、その淵の枝垂れ桜が、美しいと有名。きょう、用があってそちら方面へ出向き、車の中から眺めたしだれざくら、ならぬ柳の木の、柔らかな若緑の葉が萌え立つようで。

梅も桃も咲いている。もうすぐ桜が咲きます、コブシ、モクレン、雪柳、連翹も猫柳もクロッカスも、見上げる空のなかに、あしもとに、いろいろ花が咲く。水仙もぱっちり開く。春はいいな。

横田めぐみさんのご両親が、めぐみさんのお嬢さんのヘギョンさんとやっと、逢われたとか。難しいことは思わず。嬉しかっただろうな、と、思いました。悲しかっただろうな、とも。

横田さんご夫妻の「親の心」。私には未知の領域で。不謹慎ながら、こんなにも子を思う親がいるんだ~、と、そういう感じでとらえたりもしていました。ある日、連れて行かれてしまった人々。帰れない人々。想像できません、これも。返せ。

先日こちらには、蓮池薫さんが話をしにいらっしゃってました。



この季節になるとおもいだす啄木のうた。


         やはらかに柳青める北上の
              岸辺目に見ゆ
              泣けとごとくに


                     船に酔ひてやさしくなれる
                         いもうとの目見ゆ
                         津軽の海を思へば


・・・この「いもうと」光子さんは、若く死んだ兄の遺した作品を大切に思いながら、とても長く生きられました。


女性セブンの記事のラストに入ります。一週分の記事で、どんだけノロついているんでしょう私。でも、ラスト、同じ人が書いたのかしら??。文体云々でなく、基本的な知識の分量と、その向く方向に疑問を感じました。ま、とにかく、前回の続き部分の小見出しが

「愛子さまが見せられた「ママは来なくて大丈夫」の覚悟」

いきなり脱力。

だいたいやねえ。「ママ」なる呼称は、幼児の言葉。おもうさま、おたあさま、の時代では無いのでしょうが、幼児期にパパママだった家でも、徐々に
「お父さん」「お母さん」になるのでは・・・Papa,パパ、と、呼ぶ時に唇が強めに合わさる、いわゆる破裂音が、愛子さんの実態に添うものとして、ぱぱ、まま、だったと(一部で)言われています。

愛子さんが親を呼ぶ時に、ぱぱ、まま、は、呼びやすかったのだと思われます。愛子さんは、幼い頃の方が、今より、親御さんを「呼ぶ」ことが多かった気がします。

手の動きも脚の運びも、うんと幼い頃の方がぎごちなさが少ない。左のお手手の動きも、そうです。

ふさわしい養育が為されていないのは傍目に明白なこと。雅子さんのお好きな「人権」の侵害「人格」の否定。ではないんでしょうか、と問いかけても無駄。彼女には解っていない。借り物の言葉を切り貼りしてるだけ、してだけ。論理的な思考の組み立ても今は不可能でしょう。

ご本人もお子さんも、退化しておられる。それは事実と考える。

長年にわたるステロイド・・副腎皮質ホルモンの常用、これだって、おそろしい話だわ。めちゃくちゃな食生活を続けながら、ステロイドを塗りたくって来た。妃の首は象皮状態。皮膚と内臓に関連が無い、ということはありません。

愛子さんにも、強い薬を使い続けている疑惑が晴れないままあって、はじめ「まさか」だったあたりも、戦慄しながら見ている。まともな子育て状況とは思えない。

ナルさんは、次代の天皇(とされる)立場ながら、継続して医師の診察を仰いでいるように見えない。肝臓がやられている顔の色。肝臓は沈黙の臓器。自覚症状が現れる頃には既に、相当の肝臓になっているはず。

私の父親は(と、皇太子と並べて語るはわが父に対して失礼でせうか)家で飲まないで外で呑んで、飲んで、ある日、脾臓が破裂して三日後に死にました。42歳の厄年でした。父は本望だっただろう。

これが放置されている(ようにしか見えない)、あのカーテンの奥って。

夫君である皇太子、妃であるご自身に、人格は無い。戸籍を持たない、それゆえの破格の特別待遇を与えられている皇族に、そんな概念をはめようとするのがそもそも間違い。言っても仕方ないけど。しかし愛子さんは、東宮家の娘さんであるが、現況では皇位継承には無縁の方、普通に行けばいずれ降嫁されて国民の一人になられる立場。

せめてそれが叶うべく育ててさしあげるわけには行かなかったかと思・・・っても、これも虚しい話。


セブンの記事から。


・・・雅子さんへの逆風が吹く中で、学習院の小さな音楽会でのナルさん愛子さんの「初めての親子共演が実現した、とあって、その演奏会で雅子さんが「児童係」を率先して担当した、と。

「これまで皇族がたは代理を立てられていましたから、雅子さまの行動には驚きました。きっとこじれてしまった保護者との関係を改善されようとしたのでしょうね」

感想を求められれば私は言います。

迷惑。ずれてる。そう、言うと思う。

で。その行動の陰には‘愛子さんの‘自立‘も深くかかわっていたと。演奏会の2週間ほど前から、付き添いなしでの登校をはじめていた、と。次、ワタシが爆笑したとこです。

「おひとりで登校される愛子さまの元気なお姿を見て、雅子さまも‘これ以上、自分のことで愛子さまに迷惑をかけられない‘とお感じなったのでしょう」

これ以上自分のことで愛子さまに迷惑かけられない・・・。すっごくよく解る。雅子サン、そう感じられたのですね。解る・・・解らん。雅子さんは、愛子さんにめーわくかけてたって、そーゆー理解?・・・なんか、わかるけどわからなくて、お腹が、フルフル震えて、

他にもっと、いっぱい、超特大の迷惑、かけてるんじゃないのかい! アタマ悪いなあ、性格も何もかも、ほんっとに、悪いやっちゃなあ、どうしようもないなあ、そのアタマ帽子の台か? 帽子も似合わんよね、あんた・・あなた様、とか、きっと絶対、雅子さまにはご理解いただけない。

そうして、1年9か月に及んだ同伴登校が終わったーーー。

12年の2月、初等科での「1/2成人式」で。愛子さまは、こんな話をされたという。

「先日、お母さまから体重が生まれたときの10倍になったといわれて驚きました。ここまで成長できたのは父母や周りの人たちのおかげだと思います。これからも思いやりを忘れずに、人から信頼される人間になりたいと思います」

これは、愛子さんのおことばだそうで。ご立派だ。

ぜひ、こうおっしゃっておられるお姿を、なんらかの形で拝見させて頂きたかった。

雅子さまは、愛娘の思いがけないスピーチに目をうるませた。

そうでした。

去年の運動会でも、目をうるませてはりました、雅子さんは。

そこからは「見えない」位置に陣取って。さあさあ涙、湧きあがらせるわよ、と、示し合わせたタイミングで、がああっとカメラを寄らせて、一番効果的なアップ、激写だ、ってとこで、みごと、わが子の成長に感極まって涙ぐむお母さま、の映像を、残すことに成功。

これ、本当のことなんです。分析したらそのタイミング。

セブン誌には他にも、雅子サンが安堵したとか、胸いっぱいとか、そのせいで「皇太子妃として」公務を果たされる機会も増え、とか、べったべたな言葉が並んでいる。5分公務、被災者の胸につけさせた「ユダヤの☆」もう、お腹いっぱいなんです、もう騙されない騙させない、と、思う。

ラストスパートにさしかかりました。

東宮御用達の「皇室ジャーナリスト」神田某氏の「こう語る」が、載っています。

「最近の愛子さまの姿を見ていると、公私の切り替えが上手に出来ているように感じます。それは愛子さまが‘自分は皇族である‘‘みんなから注目を浴びる存在である‘ということを、さまざまな経験をされたことで認識できるようになり‘プリンセスとしての自覚‘が芽生えたからだと思います」

ほおお。素晴らしいではないですか。

ぜひ、そうあっていただきたいものです。

御用達・神田秀一氏のの「あげ」は続く。

「これからますます成長されれば、かつて紀宮さま(現・黒田清子さん)が美智子さまを助けて来られたように、いまだ病気で苦しまれる雅子さまを支えられる存在へとなっていくのではないでしょうか。共有する時間は少なくても、母娘の絆はもっと深まっていくことでしょう」

・・・記事のラストには、卒業式後の謝恩会で唄われるのがアンジェラ・アキの「手紙」で、

雅子さまと愛子さまにとっては、この「手紙」こそ6年間の万感を込めたお互いへのメッセージとなることだろう」

と、ある。「手紙」はいい歌であろうが、昼間行われる謝恩会にアルコールを要求、と、取りざたされている超・特権階級の愚かに過ぎる親夫婦の、その日の「感慨」に思いを馳せてやる義務は無い。勝手に胸が詰まればいい。どうにでもしているがいい。あまりにもの醜状だ。惨状だ。


そして今、私は、考えておりますね。

愛子さまは、まこと、本当に、ご優秀なのだろう、と。

父親も母親も、その親たちも。どの一人に、公私の区別がついていようか。人の上にある者にあるまじき現状である。

自分の子供のことで、公人が、カメラを向けさせて「感動の泣き顔」を撮らせる。

あの者たちがその立場にいるのは、そんなことのためでないはず。

雅子さんは、そんなことにはならないはずだが、東宮妃から皇后にあがるとは、国の母になることだろう。

わが子のためにのみ泣く人間に、そんな立場はあり得ない。

そうしたければ、明日にでも退くがいい。自分の家庭の小さな幸せを守っていれば済む位置にしりぞけ。

子のためですら、ない、ヒトモドキじゃないか。夫婦とも、自分だけしか見えない自分のためにしか動けないヒトモドキではないか。

あの「子」が、愛をしっているか。自分以外を[愛」することを、知っているか。

紀宮様のようにとは、業腹な。言いも言ったりの、御用言葉商人が。

下らない下らない。

たった一つの記事を読み通して、やっぱり、この号の記事は、よかった、今までにないものだった、と、思います。

女性セブンありがとう。

まことご優秀、親も祖父母も知らず行わない「公私の別」を知って、おこなって、の、すばらしい宮様。

明日の卒業式を、民、KUON、しっかり、お見届け申し上げる所存にございます。

前回、前々回の記事中の[愛子さんの言葉」。すべて、あり得ないと私は、考えています。

あの、3人の一家から出て来る「言葉」たち。すべては雅子さんの・・・その裏の、コトバ。3人は、ご自分の言葉をお持ちにならない方々だと、確信しております。

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お嬢様って

くおんさんご無沙汰しています。面白いものがあったので貼ります。


というわけで、貴重な出会いを逃さないために、お二人の話をもとにして「お嬢様見極めチェックリスト」を作成してみた。

□“すみません”の代わりに“恐れ入ります”。“ありがとうございます”ではなく“ありがとう存じます”
(つい出てくる言葉に、育ってきた環境が表れる)
□一目で分かるブランドは持たない
(それらブランドは両親などから使用許可が出ない。ギリギリ許されるのはエルメスのバーキンまたはケリーのバッグ)
□結婚式に参列する際の洋服やアクセサリーが、母親や祖母から借りたもしくは貰ったもの
(良家の令嬢は代々受け継がれるものを大切にする)
□祖母の出身校が「東洋英和女学院」「聖心女子学院」「学習院女子」
(家族のなかでも特におばあちゃまの出身校で、良家かどうかある程度判断できる)
□付き合う男性に、経済力よりも優しさを求める
(お金の心配がないので、彼氏に求めることとしては穏やかな性格が優先順位高め)
□ロリータファッションを極めている
(お嬢様に多い趣味。ひとつひとつのアイテムにお金を掛けているのでコスプレ感がない)

普通のお嬢様レベルもクリアできない皇太子妃って不思議な存在だなとつくづく思う今日この頃。

に接ものにはそろそろ退場していただきたいさもなければ偽物の皇后が出来上がってしまう。

ローマ法王ではないけれども誰が的確なのか話し合わなくてはいけないのではないかと。
  • 2014.03.18(Tue)
  • さくら
  • URL
  • EDIT

さくらv-252さん。

お久しぶりです、きて下さって嬉しいです。

お嬢様、ですか・・・。

言葉に、出て来た環境が現れるって、そうかも知れませんね。由緒正しき純粋の庶民、雑草のくおん。ワタシは言葉の汚いのが単にイヤで。できるだけ丁寧にものを言うようにしていたら、やはり雑草のわが娘なんかが、人様に大切に接していただくようなこともあり・・。女性の言葉は、丁寧なのがいいなあ、と、思います。BSなどで昔の映画を観たりしますと、ゆっくり丁寧な物言いが、いいなあ、と、思ったりもします。気取っているのとは、また、違います。

一目でわかるブランドもの・・・羽織の裏に凝るのが日本人だったらしいのですが、ねえ。バーキンなども、ハヤシマリコが幾つも持って、今は、どうなのかなあ。崩れかけた美豚さげて安売りスーパー歩いてる、なんてのが、私は、一番イヤです。

雅子サンは、拝見する限り、ブランドはどこが好き、という感じでは無いですね。あれこれ持っておられる。すぐわかるのを持ってて、あと、どこへ下げ渡しておられるのか。下品な話をしますが、もっとも換金に役立つのは、美豚とヘルメス。エ、ですね。他のはお金に代えるには役立たない。雅子さんはいかがなんでしょうね。

私の好みは、綿が好きなんですけど、素材は木綿などでも、大量生産でないものが好きです。せいぜい同じものは数点しか無いようなもの。私の好みはどうでもいいけど、今度さくらさんが書いて下さった、ここのとこが、とっても気に入りました。

>>ローマ法王ではないけれども誰が的確なのか話し合わなくてはいけないのではないかと。

バチカンのコンクラーベ。

いつ、あのお方がどうにかなってくれるかと、虚しい根競べ状態の私たち、本当に、そんなあり方があればどんなにいいかと思います。

つまりは国家公務員のお嬢さん。お嬢さんな感じなど、針でつついたほども見当たらない・・・お嬢さんなんかでは絶対に無い、あんな女に、振り回されているあたり、拝見しているのも、なんだかなあ、です。

そのまたお嬢さんも、肘ついて食事をなさる方のようで。そんなお嬢さん、見たこと無い。

愛子さんが愚痴のバッグをお持ちだった時。勝谷誠彦さんが言ってた。

別にいいけど、僕の母ならこう言ったでしょうね。と。

「お里が知れる」って。お里を疑われる内親王、皇太子妃。かなんわあ、と、思います。

  • 2014.03.18(Tue)
  • KUON
  • URL
  • EDIT

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

 海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
 夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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