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3月11日。

3月11日。

東京駅に半旗が掲げられていると、友が知らせてくれました。いきなり涙が溢れました。去年はどうだったのでしょう。

去年の今日は私は、広島市の原爆資料館にいて、資料館の中で黙祷をしたのです。


今日、原発事故の起きたあたりへ工場から送ろうとした荷物を、いつも使っている運送会社は拒否しました。他をあたったら、運ぶ、と返事をくれました。それが普通のことになっています。毎日荷物を取りに来るお兄さんが、そこへは行けない、と言うのです。

私の周囲のある一人は、事故基は鉛ガラスを使っての石棺にするしかないのだと言います。

具体的な方法も考え済みなのだが、名案、即、実行とまでは行かないことが大多数。

初めから、石棺にするしかないと言っていました。当時の首相が麻生さんなら、してくれたかも知れないと。

チェルノブイリの原発事故では、いわゆる「英雄」たちが、素手やバケツでもって、事故基をコンクリで封じ込めました。そ英雄たちはすべて、癌で亡くなりました。

個々の寿命だったかも知れませんし、事故に関わりの無い癌だったのかも知れません。

放射性物質が人間にどのような、どの程度の災厄をもたらすかは、解っていないに等しい問題です。人類の歴史上、チェルノブイリや、挙げるとすればスリーマイル島の事故、そして福島。は、無かったこと、経験の無いことなのです。故に、結論までは未だ、到達し得ない歳月しか、流れていない。

海に遠い場所にあったチェルノブイリでは、放射性物質の災害を、局地的なものとしてくいとめることは、日本の海沿いのあの場所に比べれば、出来やすかった。粗悪とも言えるコンクリートを荒っぽく流し込んで、一応「封じ込めた」体裁になった事故基は、25年ともう少しの歳月の流れた現在も、ひび割れ、劣化したコンクリの隙間は露わで、封じ込められてフツフツと怒っているがの原子力発電所は、いつ、どんな形で、どんな牙を剥いて噴き上がる、かも、知れません。

ただ。ダダ漏れになることを、一応、不完全でも、防ぐことは出来た。放射性物質の中でも、とりあえず、人間やすべての生き物に害を及ぼすセシウムの2種、その長い方、137の半減期29年を、ほぼ、カバーして来ている。

半減期29年と言うのは恐ろしい数字です。半分になるまで29年。残った半分がまた半分になるまで、その期間を要する。あと29年たてば無くなるという数字ではない。

チェルノブイリではようやく、セシウム137が半減する時期を、迎えようとしている。

赤い森を抱えながら。

日本の事故基は、毎日毎秒、膨大な量の水やゼオライトや触れるものすべて・・・人間も・・・を、放射性物質で汚染しながら、天井、突き抜けたままの状態で、います。あの日とあの日のあと、噴き上げ流れ、潜りこんで隠れた分だけではない、今も、分量としては少なくなって来ているとはいえ、放出され続けています。

人間には制御できないものを、作ってしまった、使い続けて来た、そして、それが、壊れてしまった。設計に携わった人から、直接、聞いた。

原発の「安心安全安価」とは、順調に動いている間は」の前提ものだ、と。

いったん、ことあれば、どうしようもないものを、作ってしまったんだ、と。

・・・・かつて何度も、あれこれ、書き散らして来たこと。

当時と今とでは私は、政治的な意味では、支持する対象が異なっています。

今も尊敬してはいるが、真実の学者さんではおられるが、つまり「学者さん」である方の、仰ることを、コウベを垂れて聞かせていただきつつ、心の中に、「だって」「でも」と言っている自分がいます。

どこやらのタロウさんみたいに、正義のヒトの顔をして、反対、はんたい、はんた~~い、と言う。それで、どうするんだ、どの方向を向くんだ、責任の向きもどうなんだ。そういうところには、いられない自分がいます。でも、何もできない。根っこのところでは変わっていないと自分を信じつつ、どうとも言い切れない。

もの凄いことが、起きている。

ものすごいことが起きていて、それが表に出て来ないのは、今の私が苛立って、勝手に追っかけずにいられない気分で悶々としている(実にそうなのです、勝手に悶々としているのです、当事者たちの顔が、あまりにもあまりなので、ギリギリする。動きの無いことに絶望したり、腹を立てたり、ちょっと忘れていて、引き戻されずにいられない時の、いっそ泣きたい気持ち)ことがらと、相似している。

日本は大丈夫なのだろうかと、思う。

この国で、生きています、この先もきっと。この国が大好き、自然も、たったいっぷくのお茶を、ああしてこうしていただくことも、一本の花を、一番ふさわしい器を選ぶのをたのしみながら、いれてみることや、日本の言葉も、私は、大好き。

↑この部分は乱心して書いた気もしますが。

結論の無いこと、この頃よく、書いている気がします。今日のも、そう。

東京駅の半旗。

思えばあたりまえのことみたいですが、胸に来ました。

信じていたい気持ちを、信じたい気がします。

放射性物質で汚染されたいろんなものを、ロケットに積んで、太陽に向けて飛ばすしかない、というプランも、周囲では話し合っていました。

不可能なことではない。名案と思いますが、こういうことを、言うと、笑われます。

今日はちょっと、書いて見ました。

3年前のあの日、その後で。さまざまな思いをされた方々、命を落としてしまわれた方々。

申すべき言葉を持ちませんが、私の知っている若いお母さんたち、子の安全を一次に、辛い悲しい思いはねじ伏せて明るく笑いながら時にえ~~んと泣きながら、おられるお母さんたち、は、一生懸命、お子さんたちを守り、育てておられます。

信じたいことを、信じていたいと、いま、思います。読み返す時間が今、無いので、このままとさせて頂きます。






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経験した事のない天災に加え、絶対的安全神話の原発が崩れた日。3年という月日に人間の無力さを感じその中で必死にもがいて生きる人々がいる。奥尻島の津波、阪神淡路大震災もそうだけど奥尻はふるさと創世基金だったか1億円交されて金の像を作ったと、その資金で防波堤を作っておけばと後に読んだ事があります。阪神淡路の際には眉毛ボンの総理が自衛隊の応援を自分の主義から遅らせあたら死ななくてよい命を見捨てた。あの日あの時こうしていればと歯痒い思いと被災者の苦しみは、時が流れても癒える事はないけれど、残された者は日々を懸命に生きています。政に勤しむ人はその責務を任として果たすべき事を果していただきたい…支離滅裂な長文ですが、今日の日の今の思いです。
  • 2014.03.11(Tue)
  • ぽちゃこ
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半旗

東京駅は昨年もそうでした。あと丸の内とかビル街や
他の駅でも半旗が掲げられたそうです。
学習院とかはどうなんでしようかね。
壇上に登る際、日の丸に礼をしない方がトップらしいので
そのうち3色旗が・・・
あの時あの総理でなかったら少しは違っていたのでしょうか
全てが「タラレバ」ですが、今からでもやって遅い事は無い。
そう思いそう願い祈ります。
  • 2014.03.11(Tue)
  • やまのこ
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震災後、3月の内に主人の班は宮城県に行きました。復興のための技術支援のために。
2週間後、帰ってきた主人は、20年以上外したままの結婚指輪を持ち出して自分の左手薬指にはめました。
何を見て来たのか、何があったのかは語りませんでしたが、「行って、現地ば見たもんにしか、わからん。」と言いました。

放射能も測定しながらの作業で、「レントゲン写真何十回分かな?」と、つぶやいていました。
「10年で復興出来るんだろうか?……難しそうだな、、」とも。

政治にも、情報にも、
無関心でいては いけない!
そう実感しました。
  • 2014.03.11(Tue)
  • さぶた
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もう3年

震災で犠牲になられた皆さまのご冥福をお祈りします。
そして、今なお不自由をされている皆さまにお見舞い申し上げます。

いつか必ず襲ってくる地震、そして津波。
それをわかっていて再稼働をしようとしている電力会社と、再稼働を要請している地元自治体。

原発は中央集権的エネルギーですが、これから人口が激減していく時代になる日本を考えると、中央集権的システムを維持するのは無理なのではないかと思います。
無理を繕うと、きっと取り返しのできない歪みが生まれる。

これからも途方も無く増え続ける、賠償や廃炉や安全対策の費用・汚染水・除染土。
事故が起きた場合の賠償責任まで負って原発を輸出しようとしている安倍政権は、どう始末をつけようとしているのか。
きょうの追悼式で、天皇陛下のお言葉には「放射能汚染」という言葉がありましたが、安倍首相の話にはありませんでした。
  • 2014.03.12(Wed)
  • sarah
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希望を持たれませ

気仙沼に嫁に行き、サンマの季節には毎年サンマを送ってくれた、私の元生徒(保育士試験のために必要らしくピアノを習いに来ていた)を津波で亡くしました。

子どもたちを安全な場所に避難させた後、隣接していたデイサービスのお年寄りを避難させようとして、逃げ遅れたと聞きました。

原発については、私はとても難しくて、専門書を読んでも「ハア?」って感じでした。
仕事仲間に「原発は悪だ」としつこく言う者がいて、根拠も示さずただ振りかざすだけの態度が嫌になり、間接的に彼の評判を聞いてみると、彼は極左翼であることが判明してしまい、つき合いたくない人間がまた増えてしまいました。

この国は資源に乏しい国なので、危険というのは承知の上ですが、原発に頼らざるを得ないのが実情なのかもしれません。
現代社会でエネルギーが枯渇してしまえばライフラインは絶たれ、人によってはそれで死に至ることもあります。
いろんなことを鑑みても、原発は必要だし、エネルギーの無駄遣いをしないように各人が工夫をすることは大事だと思います。

大きな声では言えません。でも今のところ、この国では原発でない別のエネルギーのほうがコストが高くなり、経済が圧迫されたら社会的に混乱が生じてしまう。
声高に「原発撤廃」を叫ぶ輩たちは、原発の何が分かるのか。自分で調べ自分で考えているのか。疑問ばかりです。


  • 2014.03.12(Wed)
  • pastora
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原発に関しては上のpastoraさんに同意です。
現在の日本にとっては必要悪といったところでしょうか。
原発稼働は危なっかしい面もありますが、もしも火石燃料が輸入出来ないなんてことになったら日本は一体どうなることやら。即、生死に関わる事態の発生です。
それに、反原発を叫ぶ面々が左翼とダブルのは何故?というのが素朴な疑問です。
左翼の方々は私には日本解体を目指しているとしか思えないのですが。
それと、あるブログで見かけたのですが
福島のことがあって、アジアの某大国が予定していた日本占領計画を中止したとか。
放射能汚染された国土は怖くて手を出す気にならなくなったというところでしょうかね。
でも、その国は国内の広大な砂漠のあたりで核実験をやったりしているんですけどね。
それと、その国からやって来るpmなんたらの方が健康面へ及ぼす影響が放射能汚染より大きいのではと思うのですが。
  • 2014.03.12(Wed)
  • メゾピアノ
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ぽちゃこ さん。

どうすることもできないことが起こり、また起こり。
絶対的安全神話など、初めから無かったのです。神話とはそういうもの。人間のすることに絶体なんて、無い。ということを知らずに、知りようも無く、年々便利になる暮らしを楽しみ、夜中にでも買い物や食事をできる暮らしに慣れて行きました。
今だって私は、夜更かしするのに電気をつけ、エアコンを使っています。
復興と言う言葉。
どんなひどい災害の地にも「復興」は、ある・・・が。政府も電力会社も何も言わない、少ししか言わないでいる土地のこと、結論の言葉はあっても、口に出せない言葉、言えないことがあるって、背筋にこたえて知ったあの頃。
  • 2014.03.12(Wed)
  • KUON
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やまのこ さん。

半旗は去年も。そうでしたか。

あの時、あの総理で無かったら。それは、あくまで、仰るように「タラれば」の話で、どうかしら、と思うしかないのですが。私の中では、あの時の政権は、重大な犯罪者集団だと考えています。では誰がどうすればよかったのか、と、言っても、政治家には文系が多い、とか、脱力するような事実もあって。自分は知らなくても、専門家の(御用学者でない)知恵を仰ぐくらいの機転がきけば。ゆとりが(先天的な)おありだったらば。何もかもがヌルくて甘くて、半端で、都は、後で教えてもらっただけで、私も何も知らなかった。誰も知らなかった、小出裕章先生やお仲間の方々、ずっと警鐘を鳴らし続けておられて、孫は海外へ逃がしましたと仰った広瀬隆氏。アメリカ人たちはさっと家族を連れて日本を去ったし、お金持ちの日本人もそうしました。

何が言いたいかと言うと、言っても仕方ないけど・・現実のことを、知らされている人は少ない。知らされても、知りたくないことを「知る」勇気を、なかなか持てないのかなあ、と、思うばかりです。まとまらなくてすみません。
  • 2014.03.12(Wed)
  • KUON
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さぶた さん。、

>>「行って、現地ば見たもんにしか、わからん。」と言いました。

重い言葉ですね。そうだったのでしょうね。私は、かなり早いうちに、連れて行ってもらって、すごく遠回りして、食料や水、トイレの確保は難しいだろうと、そんな装備で、行きました。一回目。

言葉でこうこうとは言えませんでしたね。 放射線量の高いであろう方へ行って帰った時は、ごめんなさい、ひどいげ〇と嘔吐で、止まらなくて、一週間で4キロ減りました。自分では、ああこれはそうなんだろうと、思っていました。夫も一度、急性の症状に倒れて、死ぬかと思いました。そういう方面の実験が、あらたに増えている中で、ひどい(けっこう皆が平気で犯していた)ミスがあって、結果、もろに、という感じ。仕事上のことですし、備えが甘かったわけで、文句は言えませんが、きつかった。当時、夫婦で言っていたことは、私たちはもう繁殖するわけでもないし、ということでした。あれこれ、ありました。見ました。

これから子を生むであろう人々や妊婦さんに対して取られた、当時の避難誘導対策に対しては・・・いえませんけど、この国は、これに限ったことではないが、国は国民のことなど守らない、ということです。

そのことは、皇室の今のことを考えても共通項がある。自分たちを守るのは、自分たち。そう、考えていることは、無駄でないと思います。
  • 2014.03.12(Wed)
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sarahさん・・・。

そうですね。陛下は、学んでおられるし、それ以上の説明しがたいあたりで、国の災厄、国民の災厄のことを、きちんと把握しておられる気がします。こだわりの無い心に、しみこんで来るように。

防護服も召されないで、普段着のままで、あの地を訪れられた時。かなり詳しい知識に裏打ちされた質問をされていた、と、教えてくれた人がいました。

陛下は「象徴」。おそらく何を口に出されるにも、並でない規制や判断がおありでしょう、その中での
「放射能汚染」のひとことは、重いです。

私は、現首相を、是々非々で見ています、他におられないと考えて・・・とか。言ってしまいますね、やはり。

  • 2014.03.12(Wed)
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pastoraさん。

小文字表記でいいのですかしらん?。今日はこれで。大文字も、なんか堂々としていて素敵、な感じです、ギリシャみたいで。何のこっちゃ。

真面目でこころ優しい生徒さんを、あの震災で亡くされた・・・。あの「美樹」さんもそうでしたが、優しく責任感の強い方を、奪い去って行ったのですね、津波は。

確かに。私は、原発反対なんて、あっけらかんと言えません。言うのはとても簡単。

それは私の本心です。胸のうちには、いろんな方の、いろんな、今まで触れて来た、どうしようまない方々の思いが、住みついていて。消息のわからない中に、忘れがたい方々がいて。複雑です。

之だけは、思っている。南の方のあの島の問題も、原発誘致を何よりの希望の綱にして、反対と言う人間は来るな、と、看板を立てている所も。既得権を押し出して動かない人々も、すべて捨て去って、夫とも別れることを選んで、子どもを守って生きようとしている人々も。一概に分けられない、一人一人の、生活や思いを、考えると、賛成も反対もどうもこうも。

自分は、電気は足りると、穏やかな風貌で仰る尊敬する学者さんの、その、出来得ると仰る生活よりは、多くの電気や自分なりのささやかなぜいたくを。必要としているのは事実で。映画も好きだし、明るい中で本を読みたい。電気は不足しないと仰る方々の生活は、おそらく「清貧」。皮肉でなく本当の意味で、車を所有せず、昼間は電気を消し、冷暖房を求まない。私にはむり。どう言われても。自分にむりなことを、正義の名のもとに叫べないわ。

はんた~い、と、叫ぶには、俗っぽ過ぎるマグマを、内部に抱え込んでいる、ワタシは、人間だってこと。これは、事実です。何とも言えなくなってしまいました。

よく知る、できるだけ、知ろうとする、これは、何につけ、大切な事と思います。基本が理屈より感覚のヒトなので、訳の分からんことを並べ立てていて、ごめんちゃい、です。
  • 2014.03.12(Wed)
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メゾピアノさん。

中国のバブルは人民の知らないところではじけて、でも、あと5年や10年は、尻尾が残っていると。トップは必死ですよねって。何の話してる?。

今の世界は、竹槍や小銃でもってタタカウのでなく、陰湿にじわじわと、人が良くて呑気で(優しいとも言語変換できます)危機感の無い、たとえばわが国のようなとこを、内部から。皇室に雅子さんが入り込んだのは、偶然でなく必然、という。皇室は国情を映す鏡である説を、とるとしたら。

申しますが、私の関連するあたりでは、放射性物質による汚染に対して、大変有効な策を持っている。自賛の類でなく、それがないとどうもならんと言うのなら、と、大学なんかと共同研究もして、という体裁で、かたちを整え、国家に正面から働きかけ、プレゼンもした、今後もする、結果、お墨付きも出ている。

が。そうしない。旧弊な現地主義、現地の利権が、がっちがちに絡まって、それはどういうことかと言うと、

いいものが必要なのではない。なんでもいいから、現地にお金を落とす方法を。これだけです。きっちりそれだけ。

被害者でもある誰かは、利権を守り抜くあたりでは、他に対して立派な加害者となって・・・あああ、すみません、こんなこと、書くべきでないですね。お許しください。何をわめくつもりも。・・・あったのかなあ。

メゾピアノさんが、書いて下さってるとこと、違う話をしてしまったかも。

ごめんなさいね。ありがとう、許して下さいますね。やった。v-221v-411。また、呆れないで、コメント下さりたく思います。

  • 2014.03.12(Wed)
  • KUON
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できることを

私は、原子力発電というものは、ある人々の利益が他の人々の日常や尊厳を犠牲にするシステムである、と思っています、絶対の安全は存在しませんから。
苦しんでいる人々や犠牲になった動物たちがいることを知ってしまった今は、今までの生活をこれからも続けていくべきではないと考えています。
では、どうするのかと訊かれても、答えようがない私は偽善者なのかもしれません。
でも、それを自覚しながら、無知を自覚しながら、原発が無い世界を夢見て、できることをしていこうと思います。

http://ameblo.jp/uchino-toramaru/entry-11776591251.html
(福島第一原発事故の警戒区域の牛舎で何があったのか・・・、このブログで知りました)
  • 2014.03.12(Wed)
  • sarah
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10年程前交通事故にあいました。

冬の深夜、残業を終え暖気もそこそこに家路を急いでおりました。

交差点の手前で信号は青に変わり、ユルユルと交差点に進入しようとすると右側から猛烈な勢いで道路を照らすライトが目に入りました。

身構えた瞬間、私の軽自動車は大きく何度も回転し、ようやく回転が止まった時にはタイヤが空に向かってた。

車は大破。
幸い私は身構えが功を奏し肩脱臼と膝靱帯損傷、数ヶ所の打撲で済みました。

相手の信号無視とスピードオーバー、交差点内の事故で私の過失はゼロでした。
新車購入後、初の車検を通したばかりの車でしたが全損認定。

それなのに、支払われた保険金はたったの15万円…。同等の車すら買えない。

100%被害者でも100%救済は受けられないのだとその時に身をもって知りました。

理不尽だと思いました。


震災と放射能汚染を同時には語れない。
私はそう考えています。

ざっくりと宮城、岩手は被災者
福島は被害者と考えます。

私の職場の近くのコミュニティセンターも多くの福島の方々を受け入れました。
半月たち、ひと月越えた辺りから色々な話が洩れ聞こえて来ました。
毎日毎食こんなものばかりでうんざりだと、日増しに増える手付かずの仕出し弁当。廃棄量は膨大でした。

私の勤める店舗でも「被災者にサービスはないのか!」とか「被災者から金を取るのか!」などとレジで凄む人もいて本当に恐ろしかった。

飲み代やタクシーの踏み倒しも多々あったように聞いています。

極めて一部の気持ちが荒んでしまった方々の疲れ切った言動であったにせよ、やはり私は福島の方々に対して寛大にはなれないのです。

幼稚園2つ、小学校3つ。転勤族の娘でしたから、土地に対する執着もありません。

住めなくなったのなら仕方ないじゃないか。

捨てざるを得ないこともあるんだ。

被害者であっても100%保障なんかされないことの方が残念だけど世の中多いのだ。

私は意地が悪いのでしょうか。
心が狭いのでしょうか。
思いやりに欠けているのでしょうか。
考えれば考えるほど自分がイヤになります。

私の大多数の親戚は岩手で被災しました。家が流され家が焼かれ何もかも無くしてしまいました。

ですが皆、黙って現実を受け入れて文字通り「頑張って」生活しています。
愚痴を聞いたこともない。しなやかに生きるとはこういうことだと心が震えます。


何が言いたいのかわからなくなりました。
そぐわぬコメントになりました。すみません。


国は守ってくれない。
その言葉に賛同します。


  • 2014.03.13(Thu)
  • アラ50
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sarahさん。

>>絶体の安全は存在しない。

そうなんです。その言葉を私は、国策であった原発事業の中で原発基の設計に大きく関わった人間の口から聞いたんです。作り続けているけど、いったんことあれば、制御できないそれのことを。

おそらく、当時は若くもの知らずだった夫と私とに、言い訳のような遺言のような気分だったと、今は、思う。大学の教授から、大企業の子飼いになったあの男性。随分経済的には潤って、結果、晩節を穢した学者・・孤独な最後でしたが。。安価なはずの原発で、多くの利益のうち、一定の割合のお金は、続くはずのメンテ費用、何かあった時の賠償用、に、備えられたはずですが、そんなもの、残っているわけが無い。

残した方ももちろん辛いが、残されて飢え、渇いて酷い有様で死んで行ったあまりにもたくさんの動物たちの画像に、あの頃、sarahさんと私、目をそむけないで見る、とか、言いつつ、離れたあたりで共に、泣くしか無かったですよね。よく泣いてました。何もできないで。今も、痩せこけて互いの汗を舐めている繋がれた牛さんの画像に、声あげて泣けてしまう。これも偽善かもしれません。自分は飢えも渇きもしていないし。。

sarahさんが仰ると辛いけど、偽善者と言えば、私も同じです。

偽善者でだけはありたくないのに、そう、思ってしまう。

sarahさん。話したいことはいっぱい、あります。
  • 2014.03.13(Thu)
  • KUON
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アラ50さん。

胸にビンビン来て、どう言おうか。

こんにちは~とか、とにかく言おう、こんちは~v-411。今日も元気っすか~?v-31いてて。。v-415

>>100%被害者でも100%救済は受けられないのだとその時に身をもって知りました。 <<

そうなんです、そういうことなんです。巻き込まれたら不条理、理不尽の世界。

下さったコメ、全文同感。首、ヘビメタ兄ちゃんみたいにぶんぶん、縦振り状態の中で。

>>住めなくなったのなら仕方ないじゃないか。

捨てざるを得ないこともあるんだ。

被害者であっても100%保障なんかされないことの方が残念だけど世の中多いのだ。

私は意地が悪いのでしょうか。
心が狭いのでしょうか。
思いやりに欠けているのでしょうか。
考えれば考えるほど自分がイヤになります。

   (そんなことは、ありません。KUONが保証します。危うい保障でせうか)。

私の大多数の親戚は岩手で被災しました。家が流され家が焼かれ何もかも無くしてしまいました。

ですが皆、黙って現実を受け入れて文字通り「頑張って」生活しています。
愚痴を聞いたこともない。しなやかに生きるとはこういうことだと心が震えます。<<

そうよ。捨てざるを得ないことがある。・・・言いかけると、全文同感に戻るの。

そうなんです。

仕方が無いの。受け入れるの。それで、がはははと、前向いて行くの。自分が幸せに生きる、周囲もそうあれと頑張って行く、ためには、被害者意識だけは、捨てんと、そうはなりまっせん。

諸行は無常。行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず、なのじゃ。

こだわらない、しがみつかない、人のせいにしない(心の中で、ナンダテメエ、ばーろ、ばーろ、と罵声を飛ばすは可。断じて可。)、がっちり、生きてったろうやんけー、と、時には河内弁なども採用しつつ。生きて行く。

サウイウモノニ ワタシハナリタイ。

いやあ。なかなか、言うは易く、ですわね~ほほほ。

メールの返し方が、未だうまく行かんアホで。返事します、待っとって下さい。泣かずにいてね。



  • 2014.03.13(Thu)
  • KUON
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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

 海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
 夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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