FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ことばのたのしみ
  2. tb: 0
  3. cm: 2
  4. [ edit ]

Ⅺ  ことの顛末 ザツコ  一

          今日の一首 「かの墓へいつの日行かむブライダルブーケのごとき供花を抱きて」



    のっぽん国営放送・2時のニュースより。

「こーたいしひザツコさまは今日午前、恒例の、ないしんのうバイコさまの社会見学、庶民生活たんほう、デパ地下ご視察のお付添いの途次に体調を損なわれました。国民及びデパート客への影響を懸念されて密かに現場をご退出、現在は療養状態に入っておられます。

食欲その他血圧等にはお変わりなく、愚内庁も、国民の皆様に置かれましては、過大なご心配に心閉ざされること無く、日々のお暮らしの継続にお励み下さいますようと、声明を発表しています。」

3時にも同じニュースが流され、夕方もう一度流されて、ザツコひでんかの「突発性爆笑性継続性過呼吸症候群」に関する話題は沙汰やみになった。

何日が経過したのだろう。


ザツコはいま、見たことも無い館の、2階とおぼしい広い洋風の部屋にいる。

2階であるとわかるのは、遮光を意図してか鎧戸のほぼ閉ざされた大きな窓の、細い隙間から見える景色が、それらしいからだ。

背の高い、きらきらと陽光に照らされて葉裏の光る葉っぱの生い茂った樹が、立っている。2本か、見える限りでは3本、立っている。

その向こうは空だ。春の生まれ初めの、淡い水色の空だ。

景色にも空の色にも興味は無い。世界が美しいなんて感じを抱いたことは無い。けれど、こういう空の色を、じっと眺めていた記憶がある。

あれは、どこの、そしていつのことだったのだろう。育って来る間、数年ごとに住処が変わった。父親は転任の多い人だった。母も必ず付いて、姉妹を連れて、幾つもの国を巡った。祖父母はのっぽん国にいたが、子どもたちが学齢を迎えてもザツコの両親は、娘の教育のために親に子を託して、落ち着いた学校生活を与えようとはしなかった。

皆まとまって移動した、一緒だからと言って、家庭内でもまとまって一緒だったというのでもない。

家事手伝いをする人間が、いる時もいない時もあった。食も衣も、その時々、適当なやり方で始末がつけられて行った。

適当に食べ、適当なものを着せられていた。母はまれに、薄物のワンピースなどを手作りすることもあったが、後に見る、写真の中に残されているそれらは、どれもこれも見事に丈の短い・・・胸のすぐ下のあたりにウエストの切り替えのあるような・・・幼い女の子の白いぱんつが、まるごと見えてしまうような、そんなものばかり。母はズボンの前後ろを逆にはいていても、誰かに思い切った疑念を向けられても気にしない、そのままで何の痛痒も感じない、おおらかな(自己判断に拠る言葉)人間である。

なぜ、娘たちのワンピースの丈がいつもどれも短かったのか。何年も同じパターンを使っていたから。以上の他に理由は無し。

・・・そんな、日々の中の、いつか、どこかで、今日の、こんな水色の空を、眺めていたことが、あったのだったか。



ドアがノックされる。こんこん、ではない。こっこここっのっこっこ。おかしなリズムで、それが毎度、几帳面にノックされる。誰だか何の用だか、応えてやる気になれない。

「ひでんかさま、めがさめたか、そうか」

大きな盆を捧げた、なんと言うか、イタリアンの店の調理人のような身なりの男が、鼻の下の髭を横向きににま~っと引き延ばしながら入って来た。笑顔なのだ、それは。

「ひでんかさま、お茶をのむよな」

笑い方もモノの言い方もイライラするが、何か飲みたいから黙っている。手を出すと、冷たく冷やされて汗をかいているグラスを手渡された。

「麦茶だ、ひでんかさま。暑いときにはのっぽん人、これを飲むんだな」

麦茶だって。暑い時は、だって。今はこの国は、まだ、冬だ。春になっているそうなのだが、事実は冬だ。

「お腹空いてるよな~、ひでんかさま」

「・・・」

「いま、籾を脱穀して、お米を作っているんだからな~。もうすぐ、ご飯は炊かれるだろう」

「出来たらお願いね」

おとなしく応じてベッドに横たわって男に背を向けたのは、どうやら、この男にしか、現在の自分は会うことができないらしいと、うすうす、わかった気がするから。

天蓋付きのベッドに、シャワールーム。サニタリー部分は別にあって、何も置かれていなくて広い大きな、楕円形の卓。

あるものはそれだけ。携帯電話もパソコンも無い。のっぽんの雑誌が何冊か、これはおそらく、最新号ばかりだろう。自分はそして、置かれてあった新品だったジャージを着て・・色はベビーピンク、気恥ずかしいくらい柔らかい、綺麗な色のジャージ。そういえば娘にも・・・娘のバイコにも、こんな優しい色のベビードレスを選んで、着せてやったことがある。

初めて母親になったころ。ザツコは幸せだった。精いっぱい幸せだったと思う。

あの子は柔らかい子だった。体のどこもが柔らかくて、抱きにくい子だった。その抱きにくい体を、器用にくにゃっと抱いて、目を合わせて笑い合って、バイコの喃語に合わせて、あーだのぶー、だの。いつまでも、楽しそうに、睦んでいた養育係。ザツコの娘を可愛がり、ザツコの娘を愛し、ザツコの娘に愛されなつかれ、後を追って泣かれ、胸の中で、安心して眠らせていた、養育係。

最後の日、バイコは、懸命に両手を伸ばして養育係を求めて泣いた。あの女も、バイコの泣き声に身を裂かれるように顔を歪めていた、涙をこぼした、ザツコは、さようならと、今日かぎりで職を解かれる養育係の、そこからの退出を促した。

バイコは、ベビーピンクなどという、淡い優しい色合いの似合わない赤ん坊だった。

ザツコの胸が、一瞬、チクリとする。痛む。

バイコのあの、悲痛な、本能で悟ったか別れを悲しがっていつまでも続いた、泣き声。ザツコに向けられたものでなかった、あの声。

自分では無かった、バイコが求めたものは。

その記憶が、ザツコの胸を刺す。

・・・音の無い部屋だ。

床には足音が消えるほど厚い絨毯が敷き詰められている。濃い茶色。オークの色だ。壁も、どうやら、防音が可能なつくりになっている。音も、刺激も吸収する仕組みのようだ・・・よくわからないけれど。

ドアは施錠されている。いつも鍵がかかっている。何度も、右へ左へノブを回そうとしてみた、押そうと試みて全身で当たってみたが、どれだけ厚い材質なのか、ビクともしない。

ドアの向こうは廊下なのか。多分そうだ。廊下の側からしか開けられない、ドア。その内部に自分は、とらわれている。

今は出られない。それは、理解できている。

なぜ。それは解らない。解ろうとすると、考え始めると、頭の中心に楔を打ち込まれていて、それをぐっさぐっさと揺り動かされるみたいな、凶暴な痛みに支配される。

考えなければどうということも無い。食べて、眠って、時には外を・・・水色の空と、陽に煌めき風になびいてさやさやと鳴る、掌の形の葉っぱとを、眺める。

食事は運ばれて来る、味付けの薄い、野菜だの豆腐だの、ササミだの。

塊の肉、大量のチーズに塗れたパスタ、夫が毎夕封を開けて朝には空っぽの瓶になっている大吟醸の酒、そんなものは現れない。

まだ今は、それが無いと生きている感じがしないと狂おしくなるような感覚には襲われない。

まだ今は。

・・・いったい、どれだけの時が流れたのだろうか。

もうぼんやりとして、前世というものがあるなら、もしや前世のことだったかと思われる、遥かに遠いあの日のできごと。

はっきりとは思い出せない・ただ、バイコが、ジャムの瓶をデパートの床に落として。

幾つも落として、慌てて受け止めようと走り寄った夫が、瓶のひとつに足を取られて転びかけて、でもあの人は、無駄な反射神経は見かけより優れてあったのか、転倒はしないで、その場で泳いでしまって、父親にはお構いなしでバイコが、よほどあのジャムが欲しかったのか、持たせてあったブッチのトートに、ぎゅうぎゅうとジャムの瓶を詰め込み、それを見たあの、憎たらしい、お澄ましの変な言葉遣いのなりすましのSPが、それはなりませんだかいけませんだか、お支払しないでお持ちになってはダメだとか言って、夫がまあ、ああいう時には妙に賢しげにね、では私が、とか財布を出そうとしたんだわ、でもあの人は、お金を出してものを買ったりしないの、あの人にはお金なんか意味ない、私しか持たないのよお金は、だからアタフタしてたら、あのあいこくが・・・おかしな言葉遣いよね、あれは、あれが、では私がお支払いをとか、意味わかんないってのよ、何であれが、お金払うのよ。それでも夫は、にっこにこしてしまって、ピンク色になって笑った・・・といきなり、バイコが笑いだして・・・バイコが笑うと夫も嬉しいから笑っちゃって、私も笑ってしまって、止まらなくなったんだわ・・・SPとかいうなりすましたちが、困った顔でこちょこちょ、ヒソヒソ、話し始めたから・・・笑って止まらなくなって・・・。

つまりそれが、ザツコひの、突発性爆笑性急性無呼吸症候群の始まりであって。

わはははは。

再び笑えてきた。ザツコは笑った。

のどがひっひっと鳴って苦しくなって、泣きながらザツコは笑った。

「ひでんか。ごきげんはうるわしゅうございますか」

背後からいきなり、声がした。

ひっ。出た。来た!!。

これイヤ、嫌い、ごきげんなんか麗しゅうない。全身に悪寒が走る。

「いいえ用は無い、出て行って」

「つれないことをおっしゃりますね」

低くて、人を小馬鹿にしている声だ。こういう男は嫌いだ・・・嫌いな気がする。

「つれないって何のことよ」

振り向こうとして止めたコンマ数秒の間にザツコは、モホトカ河で魚釣りをした幼児の情景を思いうかべていた。

いつまでも夜の訪れて来ない白夜の河で、細い竿もどきを振り回して、銀色の小さな魚を釣ろうとした、釣りたくてうずうずしていた、あの日の・・幼い、ザツコ。

「ひでんか。少しお話をさせて頂きたく、参りました次第にございます」

図々しく男は、ザツコの部屋(今は)の、ザツコの卓(今は)のビロード張の椅子の一つに掛け、自分のような身分の高い(のだと思う)女性の前で、長い革靴に包まれた脚を、高々と、組んだ。横目でその足を眺めてザツコは、女装か、と思った。何のつもりよ。ほっそい脚して。にくいわ。

「先日初のお目見えの折りに、名をのみお聞き頂きました者にございます。」

「は」

ザツコは振り向いてその声の主を見た。

ぎゅいー~~~ん。顎が前方に飛び出た。目も出た(きっと・・・)

「タンス・ブレーキ・ファン・エルゼンにてございます」

立ちあがって男は、正面からザツコに微笑みかけた。

「はあ」

金髪だ。目に見えるままのことをザツコは思った。

金色の髪だ、きんぱつだ。

こんなおとこ・・・みたことない。

厚い胸板貧弱な胸、のザツコ。その胸が、不安定な板の上に据えつけられた脱水機のように。

がくんがくんと。

揺れた。

そらのいろみたいなめのいろを、している。

みずいろのめ。

きれいな、そらのみずいろの、め。


        続きます。  

        いずれまとまる時に(まとまるのか?)手を入れるべきは、入れる所存にございます。

スポンサーサイト





  1. 2014.02.13 (木) 20:19
  2. URL
  3. ぽちゃこ
  4. [ edit ]

KUONさん大好き!

仕事帰りのバスの中、笑い堪えるのがどれだけ大変だったか!『タンス・ブレーキ…』もう、ムリ!家でゆっくり読もっと携帯閉じて、今また肩の揺れを感じながら読みました(笑)こぉなったら締めは鈴持って大階段を降りてもらうしかない。しかし…一人になっても娘や夫に心馳せる事なき哀れなざつこ妃。その胸に去来するのは昔の思い出ばかり、『こんなはずじゃなかった』『もっと違う人生があった』哀れとは思うけどそこまで。ジャムの瓶はKUONさん?それともエルゼン?透明な瓶に溢れんばかりの心の色に似た果実が今は哀しみと哀れみがないまぜになっているのでしょうか。あ。きれいにまとめてしまった(テヘ)でも『フェルゼン伯爵』登場は感激でっす。KUONさん最高!
  1. 2014.02.17 (月) 20:26
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ぽちゃこ さん。

大好きって言って下さってありがとーございます~。
やっぱり嬉しくありがたいお言葉。私、いま、やっぱりそっち方向へ向かっている気がしますが、昔「小説ジュニア」や「ジュニア文芸」「美しい十代」とかセブンティーンに書いていた頃、どんどんマニアックになって行って、サンローランみたいなメガネの似合う先輩、とか書いてて、横文字使って威張ってるとか、投稿が来て。好きだ! と言ってくれる人がものすごく熱かったので、編集者も当時はすっごく熱心だったので、熱さを中和してガンバtってたけど、威張るつもりでない、単なるオタクだったので、いろんな思いをしました。
で。フェルゼン(もどき)を描いてはみたが、読んでお気づきのごとく、金髪のありようを私は、タンス・ブレーキのその髪を・・・オスカルのあの、なびく金髪って感じで、書いとりました。
だから、冷たい太陽。って・・・とほほのほ。ま、tyっと喜んで下さって、よし、かと。

 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・