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返事の中までKUONです。

  1. ことばのたのしみ
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ざつこちゃんのおもひで  ヨウコ    シリーズⅣ

      ざつこちゃんのおもひで  ヨウコ    シリーズⅣ

          イメージ短歌    おとうさまが嫁けと言うから来てあげた私がそんなに敬愛できない?」

   (ザツコちゃん話は↓の・・・・・・以降から始まります。その前に、リアル雅子ざま話を少し)。

雑誌AERA。2月3日号。

「天皇皇后の熱き改革」なる文字が表紙に踊っており、進む皇室財産の解放、とか。陵墓の縮小とか。国民負担を考慮、お金のかからぬように、とか。

「自分の体は国民のためでもある」治療内容も公表のご決断。とか。

家計簿のごときをオープンにされる。治療内容を公表される。と言うことは、当然、両陛下と共に「内廷皇族」である東宮ご一家も、同じくされるということ。

その5人のお方のみが「内廷皇族」であるので、筆頭宮家、である秋篠宮さまご一家とは大きく区別され、あらゆることで破格の特権が設けられており、東宮家では日々、特権の方はじゃぶじゃぶと行使されているのですから。

両陛下がご決断になった、お金の使い道のオープン化(と申していいでしょう)、ご病気ならばそれに対する説明をくきやかにされる、と。

当然のようでなされて来なかったことを、東宮夫婦も、共になさると。いやあ、めでたい。日本晴れ。言い過ぎ。いや、ほんま

愛子さん一人の「お小遣い」に相当する額(およそ年間6000万円)でもって、否、それ以下で。

ご公務多忙、人望希望厚くお集めの秋篠宮さまご一家は人件費(10名ほどとか)光熱費生活費、ご公務の際の旅費に加えて(もちろん被服費も)、一昨年からは将来の天皇陛下であらせられる悠仁親王殿下の学費までをご支出。他のすべてをまかなっておられる秋篠宮家思えば、ぜひ、愚愚夫婦は両陛下のご決断の御実行を、と、願うものであります。

脂肪でみっしみし、フォアグラ肝臓の(はずの)ナルさん、公人として毎年、検診受けてるか、とか。体調の波、なんて言葉が、いまや10年越しのギャグになり果てているヒデンカの、そのご体調の波の秘密も。10年超しのギャグって。芸人さんなら欲しいですよねえ、それ。

東宮家には、ご立派な医師団が専属でお付きになられ、ひたすら東宮夫婦の方をのみお向きになって、献身的にお仕え(のはず)なのでございますゆえ。

ここ10年のカルト・・いや、カルテの開示だっておちゃのこさいさい、いつだってお申し付けくださ~い状態の明るさであると信じる。すべて、質問にも答えられると信じる。

カルテ見せてね、おーの先生。それも10年分(端数は略しました、結婚してから半分以上)今年で終わりなので、最後のご奉公して下さい、オーノせんせい。

今年で終わり、の部分は、ブログ主の独断、専横を通しているので、良い子のゲストさま方は、そこんとこ、激しく突っ込んできたりはなさらぬよう、期待します。くすくす。


肥は肥殿下のひ~、卑~は卑でんかのひ~。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「週刊誌を数冊そそくさと買ってヨウコは小走りになり、ラスト近くに飛行機に乗り込んだ。

靴を脱いで足を解放し、用意しておいたコットンで化粧を落とす。何回前かの日本で、眉のアートメイクをしておいた。あれは便利だ。肌には保湿だけをしておく。機内では水だけを口にする。席に就いたらなるべく立ちたくない。機内へはメールも届かないし、電話もかからない。ゆっくりできる貴重な時間。帰れば友人たちが、日本の週刊誌を読みたがるから、それは熱心に求めるから・・・入手できないのではないのだが・・・多く買い求めるけれど、ほとんどヨウコは読まない、眠気が来るまでパラパラするくらい。

飛行機に乗ったら、眠る。そう決めている。帰ればすぐに、オフィスへ直行だ。

・・・なのではあるが。

今日は、いささか眠りに入り難い。朝からばたばたして食べ物をうまく摂り損ねた。空腹感がある。機内食でも胃袋に収めておかないと、快適な眠りの確保ができにくいこともある。

経験上、食事がこのシートのあたりへ運ばれて来るまで、1時間近く。

仕方が無い、眠りを急ぐのはやめよう。

ヨウコは、シートを倒そうとして、後ろを振り向いてチラ、と笑顔を作ってみせた。後部は小柄な白人の老女である。

パルドン。声をかけて、笑みが返るのを待って、リクライニングのレバーを引いた。


姉。相変わらず姉は、ガンバっていた。

気難しい年頃になっている一人娘の、話のわかる「ママ」。

修習生を終えて父親の事務所に入ったまま動こうとしない、小口規模専門弁護士と自称して照れない義兄の、母親もどきの混入している「妻」。

「ヒロユキさん」の賢母=姑の「実の娘と思っていますわ、それ以上ですわトウコさんは~」など背筋にゾゾンの気配の走る甘言を受け止めて、うつむいて微笑んでいるオヨメサン。

妻の実家に妻子を預けたまま、職業運動家なんて胡散臭い存在として生きた、最後まで子供じみていた父の、最後の妻だった女とだって、未だに年賀状なんかの交換を続けて。退き時がわからないのだ。それが、姉、という人なのだけれど。

それで・・思い出してヨウコは笑みを漏らす。

ごきげんよう、の世界へ入りたかったのだった、姉は。

言ってみれば古いだけの家、ともかく昔からの家。つまりはそれだけ。そこで、半ば「でもどりの娘の子」として育って。

姉は。ヨウコは思い出す。テーブルマナーを身に着けたくて。いずれ、怖気ないでフォークを操る女になりたくて。あの、真面目な姉は。

ジャガイモのコロッケを、つつしんだ風に皿の上に横たえて。ニンジンやインゲンを添えて・・・野菜などはいくらもあったから・・・フォークとナイフを用いて、口に運んでいた。はじめの頃はご飯をフォークの背中に乗っけて押し付けて、食べていた。それが「正式」と信じ込んでいた頃の姉は。

・・・すでに飛行機は海の上、わあ海だ、と、初めての搭乗なのだろうか、甲高い子どもの声が前方から聞こえてくる。

子どもの時は。いつか飛行機で、外国へ行ける日が来るなど、想像したことも無かった。

・・・それでザツコを、初めから、憎んだのかもしれない。

・・・あんな子が、そんなことになるなんて。と。

姉は、そういった目ではザツコを見ていなかったように思う。姉の方が素直な人間だったと思う。幼い頃から。


よく気の付く子。控えめだが気働きのある子ども。姉の立ち位置はそれだった。

Nの、伯父の家の敷地内にある家に、母と姉とヨウコは暮らしていて。もの心着いたらあの、小屋とも呼べる小さな家にいた。

世話になってと言えば言えるが、母は、あの家には都合のいい働き手だった。現在のヨウコはそう、感じている。

そういうことに敏感だったのが、時々東京から来たあの家の、目つきの悪い損得にはしこい(とヨウコはみていた)Uオバだった。あのオバが、自分の祖父母のものであったN家と、どんなつながりがあったのか、正直今でも、ヨウコにはわかりきっていない。

血縁では無かったようだ。戦争の話がからむ。昔の戦争だ。何代も以前の、Nの家と、あのひとたちの何代前かの誰かのカンケイ。

上官だとか命を救われたとか、恩だか義理だか。台所で囁かれていた話は、人によって少しずつ異なっていて。ただ、ヨウコの中の結論は。

「Uオバの家の誰かがむかし、Nの家の先祖の誰かをたすけて、恩を感じて今も続けて、Uオバの家をユウグウしている。Nの伯父は、跡をとっている者として、伝わることを守って、Uオバたちに「よく」し続けている。

他にあるかもしれないが、ヨウコとしては、そのあたりが、自分自身にとって、収まりのいい話になるのだった。血縁に無いところが、いい。

・・・Uオバは利害に敏い人だった。一番弱い人間と一番力のある人間とを、瞬時に見分けた。

ヨウコたちの母親。田舎の嬢ちゃんで育って、夫に、しばらく実家にいろと命ぜられるままに、バカみたいに素直に、従っていたそんな女にUオバは、どう扱ってもいい、の烙印を押したのだ。そうだろう。

大家族に嫁いで来て、外へ出た子の子、イトコハトコや孫までを、年に1度でなく2度でなく、引き受けて、ものすごい量の飲食を提供し続けて、農産物を持たせて帰して。自分は、宴の後の片付けのようやく終わった台所の隅で、もさもさと残り物を食べていた伯母。

ヨウコの母も、そうだった。伯母とヨウコの母は仲がよかった。それが救いではあった。

Uのオバ。ある時、とんでもない立場として浮上した、あの抜け目のない女が、利用しながらバカにしていた伯母、そしてヨウコたちの母親。気取ってふるまっていたが、盆正月に遊びに来られる家は、他に無かったか。

後に知ってヨウコは、身震いしながら得心した事実もあって。


ザツコ。Uオバの娘。どでんとした腹を突きだして、庭の柿の木の下で、夕陽を見ていた。

Nの家の男の子たちが川で釣って来た魚を、じいっと見下ろしていた。

バケツの中の魚が、残らず、水面に口を必死で突き上げてぱくぱくしていた、あの時、ザツコは、あの菓子を食べていた。2~3センチくらいで、くるりと捩じられた、よこづな、と呼ばれていた、食べ始めると止まらなかった揚げ菓子を。

塩と油にまみれて、食べ過ぎると後で気分が悪くなった。あの菓子をザツコは、一袋、おそらく食べてしまっていて、口元も指も塩と油にまみれ、そうして、バケツの中の魚が。あれからすぐに、総て、死んでいた。バケツが脂だらけだと、川へ行った男の子たちが後で叱られていた。

ザツコは、知らない顔をして、いつまでも、スイカをかぶり続けていた。

よくザツコは、ただ眺めていた。いろいろなものを。無表情に。

幼い妹が転んでも、抱き起そうともせず。じっと、転んだままの妹を眺めていた。

飛んで来て抱き起したのはいつも、姉、トウコだった。土ぼこりを払ってやり、頭を撫でてやっていた。ヨウコは、ザツコを嫌いだったし、妹の方も嫌いだった。だから触らなかった。体中がネタネタの子だった。

あまり代えてもらえないで、ずくずくになって垂れ下がったようなオムツのお尻を振って、ザツコの妹は歩き回り、いつもNの家じゅうで一番新しい畳が敷いてある仏壇の間でも、握りしめたオカキの粉をこぼしこぼし歩き回っていた。庭で飴を落として、それを拾ってそのまま口に戻していた。そんな様子を、Uオバもザツコも、じいっと眺めていて・・・お尻に接着剤が付いてるみたいに、と、Nの叔父は苦い顔で笑っていたが、そんな態度で、ただ眺めているのだった。

口の中が砂でざらざらするとか、汚いとか。そんなことは考えないようだった。お腹は丈夫だったようだ。耐性をつけませんとね、と、Uオバが言っていたと、台所でくすくすと潜めた笑いの起きていたこともあった…覚えている。

外国へ参りますと、日本とは衛生状態の違うこともあります、だとか。ダイドコロのオバサンたちは、口真似をして笑っていた。ヨウコは、笑う方にも笑われる方にも、なりたくない、と、考えた。


ザツコは、服の左の袖がなぜかいつも長くて。口の周りが何かで汚れると、左の袖をびろ~んと伸ばして、拭いて、その部分を折り返して、汚れが外に出る工夫はしているようだった。

勉強はとても出来ると、Uオバは言っていた。私立へ行かせているのが、自慢のようだった。

Nの家に集まるオジサンたちは、そういう話を聞かされると、ほお、ほお、ほおおお、と、杯を運ぶ手を休めて、ザツコの母親の東京言葉を聞いていた。

ヨウコは、自分は、何かしゃべって、ああして、ほう、ほう、ほおおお、なんて頷き方をされたら、死んだ方がマシ、のように、感じていた。

やはり子どもの時に。

人前でものを言わないようにしていた。自分たち親子は、好き放題なウンドウなんかをして、家族を放り出しているオトコの家族で・・・そんな態度はあからさまにせず、オジサンたちもオバサンたちも、よくしてくれていたけれど・・・普通に両親がいて、両親と一緒に集まっている子どもとは、何かが違っていた。

お父さんがいないと駄目なんだ。ヨウコにはわかっていた。どこか、人の扱いも違うし、自分自体が、大声あげて泣き叫んだり何でも欲しがって転がったりと、子どもになりきることはできないのだと、自覚があった。

ザツコの父親は不思議な人で。

相当おかしいことをしていて。ザツコの母親、ツマが、台所のオバサンたちが皆、ひそかに突っつきあって下向いて笑っているようなことをしていても・・・床の間を背負っている伯父が、一番先に箸をつけるべきのものを・・皆が、その順序だけは当然に守っていることを、へいちゃらで気にしないで、とことこと取りに来て、ごそっと皿に盛って平気な顔してザツコの父親のいるところへ戻る、ようなことを、していても。

Uオバを叱ったり、気を兼ねて辞めさせるようなことは、いっさい、しない人だった。ザツコのことも、やりたい放題、皆が宴会している縁側で、いきなりザツコの妹がオムツから抜けておしっこを始めても、そんな時だって、にほにほ笑って、

あの子のお尻をなんとかしてあげなさいよ。

みたいに、笑っていた。

「してあげなさいよ」の言葉は、特定の誰か・・・妻、に向いていたのでもない。
だUオバはすぐに動かず、天ぷらのエビの尻尾をどれだけ残したらいいかと、本気で考えている様子のような風で、ヨウコの母かNの伯母か、時には、小学生であったヨウコの姉、トウコが、ザツコの妹を抱えに行ったり、するのだった。

自分は絶対、あんなことしない。

内心に誓ってヨウコは大きくなった。ザツコたちは、ほどなく来なくなった。いないと、来ないと、せいせいした。



ザツコが、人の云う「シンデレラ」になると知ってヨウコは、何とも言えない気持ちになった。

それだけは、そんなことだけは無い。ゴシップになっているのは知っていて確信していたことが。そうなると知って。

日本にいなくて良かった。初めの思いはそうだった。

当時のヨウコは、後に夫になるエドワードと共に暮らして、キャリアのアップを願い狙う毎日だった。

よく勉強したし、仕事もした。日本のあの最古と言われる家の長男の結婚に、エドワードはそれなりの関心を抱いていて

「ダイアナみたいに何も知らないで若くて結婚しても、難しいのにね」。

どんな意図なのか測りがたい明るい顔でそんな風に言って来る。

「ヨウコの国のあの家の結婚としては、とっても不思議なバランスだよね、彼女って」

ずっとザツコを嫌いだったし、成り立つべくもないシンデレラストーリーへの違和感にくらくらしつつ。異国人である夫に、ヤユめいた感想を向けられると、なぜかイラ立つものがあった。

婚約を知って、本当に結婚した姿を見て、流産しただの女の子を生んだだの。ヨウコのまわりの日本人たちも、あれこれ、ザツコを中心のゴシップめいた話題に興じたりするなか、ヨウコは、まさかその、なかなか環境に馴染めないで大変だと言われるお方、を、自分はかなり知っている、年は幾つも下ではあるが、昔、田舎の夏休みに、いわば自分はホームの強み、ひそかに意地悪をしてやった過去も持つ、ことなど、口の端にも出しはしなかった。

ザツコと関わりのあることを、名誉に感じなかった。全く嫌だった。

ある時。

久々に日本へ帰って戻っていた知人に、お茶に誘われて。

断り得る回数は超過していたので、お菓子を持参して訪ねて行った。

一部屋広い部屋に移ったばかりだった知人は、ティ・ポットもカップも新しくしていて、こんど伊万里で揃えちゃったの、と嬉しそうにあれこれ、東京の新しい話題を披露した。

それでね、と、知人は、日本にいたなら絶対にしないであろう仕草・・・扇子を広げて顔をあおぐ・・・をしながら、意味も無く(と、その時ヨウコは感じたのだ)声を低くした。

「・・・あの、あの方の実家のお父さまがね。」

そう聞いてヨウコは、口に入れたスコーンの味が、いきなり砂の味に変化する気がした。

いけない。今日は、今から、聞きたくない類の話になる。直感した。ザツコの話題は、それなりにそういった場面では出やすいモノではあったが、それでも。

ザツコの父親の「おかしさぶり」は、英国にいる日本人たちの間に、じんわりと範囲を広くしつつ、伝わって行っていたのだ。

「歌舞伎を、ご覧になりに、途中から入って来られて・・・ご家族で」。

ああ・・その話は知っている。姉が。姉に聞いていた。ヨウコには情景の見える話だった。

汗が噴き出て来た。ハンカチを取り出して汗を拭いた。

おろしたての綺麗なハンカチを、幸運にも持っていた。

「・・・詳しくは忘れたけれど、ね。オトウサマ、自分の席から、立ちあがってね、ずずいと周囲を・・・上の桟敷まで見回してね」

ええ、なあに、教えて。

午後の紅茶に心のほぐれた、日本語で聞く面白そうな話に、あの場の人々はあの時、皆、解放されて楽しんでいた。

異邦人の中で日々を送る彼女たちに、日本語で聞く、同胞たちのゴシップ話は、けっこう上等の快楽であり。

「自分がまるで、どこかの王様で、皆にこうして挨拶をして差し上げるのですよ、って思い入れで。

 中村屋や高麗屋が、見えを切る場所で、ずずいとまわりを見渡して~」

みたいに。

きゃはは、と、曇りの無い笑い声が、その男の無様な勘違いの様子を活写していた。

 ワタクシガ。このワタクシガ。あの。あの、

ザツコのお父上でございますぞ~~~。

と、やったのだ、あの、Uオバの夫が。ザツコの父親が。

「もう得意満面で自分アッピールしたから、うちのオバ、そこにいて、あまりにびっくりして、バカなんで、多分、他の方たちもね、静まり返ってしまって・・・」



・・・食事を配るカートの音が近づく。ヨウコは目をあけて、自分の前に食事を置くスペースを作る。

食欲が無い。あったのに無くなった。おかしげなことを思いだした。昨日、姉に会って、ザツコのあれこれなど、聞いてしまったせいなのか。

姉は今回、まともな選択をした。一人娘を、あの学校の一番上まで通わせようとしていたのに・・・それまでの努力も並のものでなかったのに・・・。

エスカレーターを、途中で降りると言う。

ザツコには、とことん、関わらないでおこうの決断だ。自宅にまで訳の分からない記者(なのかどうか)が訪って来るとは・・・昨日は姉を、思いきり、称えてやった。

楽しい、姉妹でのひとときだった。

私もザツコごときにとらわれるまい。

エドと、ジェイムスが待っている。私が得た、私の家族が。

食べて、眠って、自分の生活に帰ろう。帰る。

ヨウコは、機内食のトレイに向かって、いただきます、と手を合わせた。


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  1. 2014.01.29 (水) 13:32
  2. URL
  3. mituba
  4. [ edit ]

はじめまして、笑い過ぎで勢い出てきてしまいました。

はじめまして
もう10か月あまり、ただみさせていただいておりました。(爆笑)
この頃はおなかがよじれてーーー。歌はできませんけど、読むのは好きです。
わたくしも昭和の真ん中あたりの年うまれです。そのせいかKUONさまの感覚にひきよせられるものがありましてーー。とうとう我慢できずに初コメです。
おやじさまのところへの歌 いけず です。失礼。つられて読んで大笑いでした。

でもよく考えたら、あの方は日本一のいけずおんな。私自分の生きている間にこんなことが、歴史の中の闇こんなことも、あんなことも。道長や平家物語や、道鏡などーー。
えげれすでは倫敦塔や、フランスの庵戸和ネットなどのようなことがーー。ただあのおふたりお立場からのいてくださればよいのです。ただし蟄居なみの待遇で。日本人はやさしいからーー。でもお宝は回収してね。

昔の庶民の間には狂歌とか川柳とかがありました。
おごれるものは『ひさし』からず となりますように。
ちょっとわたしなりにーー

ねえ、てんてー。来年のお題は本なの。本だから辞書もあり、ってとこでもう指折り数えてられないから、メモ書きわたすからてきとうに作っておいて、ああ下のはほんねだから、本音はださないようにして、文化的なかおりのするものをーー。あそうだ妹の0子ちゃん本だあしてるしーー。

ざっこちゃんの辞典
言質を取る (これ詠み方しらなかったんだけどね)
一生お守りします。言ったわよね国民の前で、約束ですからあなたが死んでも私や私の家族がこまらないようにすることよ。準○○扱いにするって言ってたじゃない、ししゃも場のデートで。
清貧の思想
清い わてくしほど心の清い人はないけれど、貧ってどういうこと。じょうだんじゃないわ。なんのためにあなたごときとけっこんしたのか意味ないじゃない。華麗なるキャリアを捨ててまでーー。いいよる男あまたいたのにみんな切ったのよ。
な~に。いまARERA という雑誌でーーー。
次代は次代。またきゅうちゅうかくめいすればそんなの関係ない でしょ。ねえ。おとうさま
私たちには犬鳳会がばっくにあるんですもの。せいふよとうの実力者の弱みもにぎってあるからーー。
なんかネットではわてくしたち夫婦のことをARERAとか、ふけいだとかかいてるらしいけど、うざいのよね。待ってなさい、わが世の春になればーーー。
何を運ぶの?わけわかめ。あっお宝運び ならやるわよ。
きゅうちゅうさいし
私これもよめなかったし、そもそもとりいをなんでくぐったり、あのわたしには理解できないことをやらなければならないの。そんなの廃止。結婚当初はお父様の命令で形だけ参加してやったけど、やってられないわ。どうせ異民族の宗教でしょ。私にはーー。おだいもくがあるもの。おでんかもブラジルまで行かせてかんかさせてやったわ。かんたんだったわあ。ーーー     
とまらなくなるし、人様のブログですからやめておきます。
これからもどうぞよろしくです。
雑誌AERA はザッコチャン派??アカピだからかーーー。それともかわにく??
  1. 2014.01.29 (水) 20:38
  2. URL
  3. さぶた
  4. [ edit ]

ざつこ~

バケツの魚に何してくれとんねん?

まぁた袖口汚して、折り返したとこ、真っ黒やんけ!

って、そこにいるざつこに突っ込みながら読みました。

結婚前のざつこを知る人が、思い出を語ろうとしない。少しでも関わりをなくすため学校、職業、住所を離して、知り合いだった過去に口をつぐむ。

有り得る話に、ヨウコさんの気持ちを重ねながらも、、、
機内食、お肉?お魚?気になる、食いしん坊な、さぶたでした。
  1. 2014.01.29 (水) 22:10
  2. URL
  3. モッコク
  4. [ edit ]

あるあると思える日本の家族の原風景と、そんな家庭に闖入する変な一家。不気味なざつこちゃん。
伯父さんが背にした床の間の柱の陰影まで目に浮かぶようです。
KUONさん、面白過ぎますー。

ざつこちゃんのお母さんは、ズボンを前と後ろ逆にはいてて平気な人なんですよね。
ざつこちゃんの妹のオムツの交換なんてばっちいこと、気にしたくもありません!
歌舞伎の演目も皆目知らないけど、桟敷席から見下ろすのは悪くない。
いかにも考えそう。
何から何まで人さまの失笑をかう。

ヨウコの目線、ちらっとあらわれるトウコ姉の存在、楽しみにしております。
  1. 2014.01.30 (木) 11:55
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

mitubaさん。

10か月、笑い転げていただいた果ての、大爆笑しつつの初めてのお越し。ありがとうございます。

でへへ~v-291(こんなやつなんです、KUONって)。

悪魔の辞典ならぬ「ざつこちゃんの辞典」。

今におもへば、あのお方の入内自体が既に、国家毀損への第一章。大事件でございました。20年間、飽きずにバカやり続けていられるなど、並ではございません。近頃では、人民服に身を包んだ(この前は上衣の前ボタンぜんぶ止めてた。自分の言われよう、ご存じなのですね)。オッサン、などと、女性なら耐え難いはずの言われよう、なさってて。

清貧の思想。宮中祭祀。み~んな、読めずわからず。

どんなすっごい「かわにく」突きつけられても、にへ~と笑顔もどきで、ぴこぴこぴ~なあのお方。初めはお気の毒なとの感情の1ミクロンもあった覚えもあるような・・・今は、断じて、ありません。ためにならない毒虫です。

退いていただきたい。2月のいっぴ、からでも、すみやかに。そしたら日本人は、石の牢に幽閉したり首をばつーんと断ったりは、いたしません。私の持論ですが、捨扶持は黙って飲み込んで差し上げて。娘さんのこころの安定のために(こうなると、困難感が増大してしまうのですが)引っ込んでいて欲しいです。どうも何も出来ないように・・・。それ以外は望みません。見かけても、石投げないし、あほう呼ばわりもしません。

あの位置を、退いて欲しい。そうですよねっ?。

またいらして下さいね!。
  1. 2014.01.30 (木) 12:31
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

さぶた さん。

けけけ。

ざつこ~、バケツの魚に何さらしてくれとんねん?って~。けけけ。そー、思うでしょ?

わたし書きながら、なにするねん、こらあ、って、突っ込んでましたもん。きっと、塩と油でぎったぎたの手、どばんと入れて・・・「純粋な好奇心」、後先考えることの不可能な好奇心で・・・わたし、ざつこちゃんを、偏差値72のお子とは思えず・・・あれ、72って誰のことだったかしら・・・って、そんな感じで。いつもハンカチ持ってるイメージ、今でも無いですし。

今では、顔も手も、洗ってない気がします。ピザで汚れた手は、ティシュで拭うだけ。ティシュはそのまま放り投げてある、上衣を脱いだらそのまま、ハンガーなんて知らず、ぽいっと・・・誰も入れようとしない自室に・・・
それくらいでないと、あの汚髪の状態の言い訳もつかない感じ。本当に洗ってないですよ、あの髪。だから減っていて、かもじといいますか、中にいっぱい、仕込んである気がします。美容師さんがそう言ってた。

結婚の時「友人」として出ていた方は、期限付きで頼まれて、だったそうです、そうだったと思います。お友達はいなくて、今も一緒に何とか湖でスワンボートに乗ってる「ママ友」は、「有名人の友達である私、が、好きな人ばかりと思う。まともな人間関係、きずける人でない…って、止まらなくなりますわ~~~。きー。

機内食は・・・ううむ。ずっと、外国行きのひこーきに乗る機会が無いので・・・ほんっとに、どこへも行ってないので・・・ヨウコさんは、肉か、魚か。イギリス行きのひこーきなら、魚には期待せず、お肉、だったでせうか。わたしもお腹すいて参りました~けけ。
  1. 2014.01.30 (木) 12:44
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

モッコクさん。

何から何まで???な一家だと、解って来ると、ほんまに「きしょくわる」くなって来ます。そ~れ~は、せんやろ~、なことばかり。外務省時代も、部下のお家へ皆で行って、用意していなかったから家族の分をお出ししたら、黙って食べて、挨拶は無しだったと。誰も、押しかけご飯を気にしていなかったと。これは「実話」のようですね。これ読んだら、基本の姿勢の想像がついてしまう・・・。思い上がりと下司と。

まさか、との打消し感覚の一片も湧かない不思議な一家。

それがあそこに居座っておられる。いるだけでなく、真摯におつとめ下さっている方々の害になっている・・・のが、たまりません。

何もかもがもう、耐え難い状態ではないでしょうか。

ざつこちゃんの話として書けば、今はまだ遠慮していることも(あるのです)いてまえ~、で。ゆけるかな、と。

魑魅魍魎の滅する日を、願うのみです。
  1. 2014.01.30 (木) 16:37
  2. [ edit ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2014.01.30 (木) 20:50
  2. URL
  3. やまのこ
  4. [ edit ]

渦の中

雑子より下の家族は当時、巻き込まれたような顔でしたが
いつの間にかお遊びの仲間入り。金魚のフンのように。。。
馬鹿の勘違いは怖い、限度も無く、とことん突き進む。
ネットでなんだかんだ書かれても、現実に東宮へはフリーパス。
風向きが変われば知らん顔して逃げるのでしょか?
礼節のどちらかの足が遠のいているとかでしたよね。

お話と現実が表裏ではなく・・・裏裏・・・なので
腹をかかえて笑って汚物を吹き飛ばすしかないですね!
ざっこちゃんの辞典  って脅迫?
あー でもあのおバカさんが~~言っちゃったんですよね
あの おバカが・・・

ばかたれ あかんたれ あほんたれ

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・